ンダライ立つ
●登場人物
・アリオス…元アスビティ公国公軍隊士。テリアンドスでココロ達と出会った事からANTIQUEや魔族の事を知り、最も早く魔族に対し宣戦布告をすると思われるンダライへと亡命した。
・ポルト・ガス…国王不在のンダライ王国の執政を代行する優秀な男。アテイルの策略に嵌りイリア、キイタの両親である先代国王 皇后を暗殺してしまった過去を持つ。
・マーニー…ンダライ王国国防軍C小隊の小隊長。理解力、行動力、決断力のすべてにおいて優秀なうえ武術にも秀でている。常に穏やかな笑みを浮かべているが氷の精神を持つ鬼隊長と呼ばれている。
・ソジュン…同じくB小隊の小隊長。アリオス着任の前はA小隊を任されていた。貴族の出身ながら軍人としての理想が高い国防の人。
・ボリア…同じくD小隊を率いる小隊長。体が大きく豪快だが単純な性格で話が複雑になると急に不安になる癖がある。
・ゼルビッツ…同じくE小隊の小隊長。平民の出身で小隊長にまで上り詰めた実績を持つ。そのせいか怖いもの知らずで少々向こう見ずな性格。
A小隊
・タスニット…亡命して来たアリオスを何かと補佐してくれる優秀な一等兵。心根が優しく仲間から一目置かれている。
・フォン…A小隊々員。アリオスの部下。
●前回までのあらすじ
ンダライ王国国防の要と言われるシュナイドリッツ五小隊の小隊長達が一同に会し会議が開かれた。アリオスは新たな仲間となった四人の小隊長達にアスビティ公国公軍に伝わる「制圧術」を覚えるよう進言する。
その前段として聞かされたイリア失踪の事実に戸惑いなかなかアリオスの話しを飲み込めないB小隊長のソジュンとD小隊長のボリアだったが、他国の戦闘術を覚えるいい機会だと言う会議開催の発起人であるC小隊長マーニーの言葉に取り敢えず納得の様子を見せた。
しかし平民出身のE小隊長ゼルビッツだけは覚えた制圧術で誰を倒すのかを知るまで納得して部下を指導できないとアリオスに迫る。
未だポルト・ガスが全貌を打ち明けない今の段階ですべてを話す事ができないアリオスは必死に世界を巻き込む大戦の可能性を示唆する。
しかしアリオスの必死の説明は大きな戦争など予想もしていなかったソジュンとボリア、マーニーにまでも不信感を抱かせてしまう。
だがそんな中アリオスへの反発を見せていたゼルビッツだけが世界の覇権を握ろうとする奴はたくさんいる、そんな連中を叩く為にはンダライのような良識ある大国が手を結ぶべきだとアリオスの意見に賛意を見せるのだった。
自分を愛称であるゼルと呼べと気さくに笑いかけるゼルビッツにいつしかアリオスの不安に満たされた心も溶けていくのだった。
「ちょ、ちょっと待てよ」
いつの間にか和やかな雰囲気になった三人の間にボリアが割り込んできた。
「んだよ?」
ゼルビッツが不機嫌な顔で体の大きなボリアを見上げる。
「確かにアリオスが生半可な気持ちで国を渡って来た訳じゃないって事はわかったよ。亡命してきた途端ソジュンをB小隊に異動させてまでA小隊の小隊長に就任させた事一つ見ても執政官が事情を知っているって言うのも信じるに足ると思う」
「それで十分じゃねえか。何を待てって言うんだ?」
ゼルビッツが相手を殺しそうな眼光で睨みつけながら言う。
「い、いや、だから…」
「話しが壮大過ぎてついていけていないのだ」
狼狽える最年少のボリアに代わってソジュンが冷静な声で言った。
「あ?」
「話しの内容には納得できる部分もあった。しかしその全体像が大き過ぎて捉えきれずにいるのだよ。プレアーガ全土を巻き込む大戦争に備えるなど、そんなに安易に始めるべき事とは思えぬのだ」
「そう!俺もそう言いたかったんだ!」
ボリアが我が意を得たりとばかりに勢い込んで言う。アリオスは戸惑った表情で口を開いた。
「ソジュン殿…、私は…」
「おおっとアリオス、ここは俺に言わせてくれ!」
そう言ってアリオスの言葉を遮ったのはゼルビッツだった。
「なあじいさん」
「無礼を言うな」
「慎重にも程があるぜ?そんな悠長な事を言っている間に他に先を越されたらどうする?」
「何?」
「どうも貴族の皆様は理屈が立ち過ぎる。話しを複雑にすりゃあいいってもんじゃねえ。世界を相手にンダライの強さを見せつけるまたとない機会だ、それでいいじゃねえか」
「短絡に過ぎる」
ソジュンが話しにならんとばかりにゼルビッツの意見を一蹴する。
「あんたA小隊長の地位をアリオスに取られちまって悔しいんだろう?だからそんな…」
「馬鹿を言うな!」
ソジュンが珍しく大きな声を出した。
「人事は国の方針。私はどこにいても私のすべき仕事をするのみだ。今の話を聞けばアリオス殿がA小隊を率いるは当然」
ソジュンは静かな眼差しでアリオスを見つめた。
「アリオス殿。このゴロツキの言う事を真に受けないで欲しい。私は軍人として戦場に立ち、我が祖国を守る事だけが生き甲斐のような人間だ。どこの隊を任されようが、いや…、仮に一兵士であったとしても自分のその思いを成就できるならばそれでいいのだ。これは嘘偽りのない我が真なる思い。それだけはどうか、信じていただきたい。そしてもう一つ、勘違いをしないでいただきたいアリオス殿。貴君の祖国に伝わる戦闘技術を学ぶ事に私は何の抵抗もありはしないのだ」
ソジュンの真っ直ぐな瞳に見つめられながらアリオスは暫く声を出せずにいた。少々頭は固いのだろうが、このソジュンと言う男には他の小隊長達にはない筋の通ったものがあると感じ取れた。
決して折れる事のない鉄の意志。国を思い、戦う事だけをひたすらにやめようとしない男。彼が協力してくれればどれ程に心強い事か、いや、何を置いてもこの男の信用を勝ち取らねばならない。
「ソジュン殿…。ここまで来たからには今一つ、私の覚悟を是非にも聞いていただきたい」
「覚悟?」
ソジュンはアリオスの恐い程真剣な眼差しを真っ直ぐに見返した。言葉もなく自分を見つめる異国の男のその燃えるような瞳を覗き込んだソジュンはそれ以上何も聞かずただ静かに頷いた。
「今日私は自分の部下達にシュナイドリッツを抜けたい者は今週中に申し出るよう通達した」
「はあ!?」
アリオスの言葉にボリアとゼルビッツが同時にひっくり返った声を出した。
「アリオス殿、あなたに人事に関する権限はありませんよ?」
アリオスはソジュンから目を逸らさないままマーニーの言葉に答えた。
「いや、部下の希望は何としても通させていただく。死ぬ事を恐れる者に、戦いを以って国を守る事は不可能」
そう言われたマーニーはハッとしたように今日一番の真剣な表情を作った。
「皆さんには申し訳ないが、来週から我がA小隊は休暇を取らせていただく」
「な、何?」
真剣に話しを聞いていたソジュンは急激な話題の展開に戸惑った声を出した。
「故郷の肉親に会い、今生での別れをしてくるよう指示を与えた」
アリオスのその言葉に部屋の中は一瞬にして張り詰めた空気で満たされた。今まで決して表情を崩す事のなかったソジュンが目を大きく見開き言葉を失っていた。
「そ、それも権限外の事ではないか…」
アリオスの真剣な目と衝撃的な告白に気圧されたソジュンが、無理やり絞り出したのはそんな言葉だった。
「誰が何と言おうと、これも通させていただく。できれば他の隊の者達も順次 休暇を取らせてやっていただきたい」
「私の部下達にも、親に別れを言って来いと、そう言えと言うのか?」
「親だけではございません。兄弟、友、恋人。妻や子のいる者達はそれらに…。二度と生きて会う事はできない覚悟を持って別れを言って来るようにと、そうご命令ください」
「認めようではないか」
アリオスの言葉に必死に何かを言い返そうと息を吸い込んだソジュンは、突然部屋に響いたそんな声に言葉を飲み込んだ。その場にいる誰の声でもなかった。五人の隊長達は一斉に声の方を振り返った。
「執政官!」
部屋の入口に立っていたのはポルト・ガスだった。ボリアが驚いた声を上げたのも無理はなかった。供も連れずこんな夜更けにシュナイドリッツの宿舎に執政官が訪れる事など初めての事であった。
ガスは驚いた顔の小隊長達を意にも介さず冷静な表情のまま部屋に入ると静かに扉を閉めた。ゆっくりと部屋の中を進んだガスはアリオスの正面に立った。
「来てくださいましたか」
見れば声もなく佇む他の小隊長に反し、アリオスは落ち着いた表情でガスを出迎えていた。
「あなたが何を言い出すか、心配でしたので」
泣いているようにも見える笑顔でガスは静かに答えると、後方に立つ小隊長達に向かって言った。
「今夜ここで、我が国の誇)るシュナイドリッツの隊長達が一同に会し話し合うとアリオスから聞いていたのでな、私も同席させてもらう事にした」
マーニーとソジュンが慌てて腰を折り、礼を示した。
「あ…」
我に返ったボリアがさっきまでゼルビッツが腰かけていた椅子を軽々と持ち上げガスの傍に運ぶ。
「ありがとう、ボリア隊長」
笑顔で礼を言ったガスは、ゆっくりとその椅子に腰を下ろした。
「話しを元に戻そう。アリオス」
「は」
ガスは座るとすぐにアリオスに声を掛けた。
「先程の休暇の話しだが、許可を出そう。他の隊も順次計画を立て申し出てくれ。検討のうえ随時認可する」
「執政官…」
ソジュンがガスの余りの物わかりの良さに気味の悪そうな声を出す。
「君達は…」
ソジュンの呼び掛けを無視したガスは床を見つめたまま小隊長達に話し掛けた。
「君達は今のアリオスの話しをどう思った?」
「俺は信じました。これで納得して部下達に訓練を受けるよう指示ができます」
一国の執政官を前に臆する事もなく言い放ったのはゼルビッツだった。ガスはチラリと彼の顔を見るとすぐに首を振り、嘲るような笑いを浮かべて言った。
「短絡的だなあ、君は」
「は?」
「他の者はどうかな?まさか、アリオスのあんな話しを真に受けて、軽々しく部下に死ぬ為の訓練なんか受けさせる気ではないだろうね?」
八割がたアリオスに説得され掛かっていた小隊長達は互いの顔を盗み見るように目を合わせた。アリオスと想いを共にし、キイタを守る為に戦おうと誓い合ったガスがアリオスの言葉を信じないように小隊長達を説得し始めていた。この裏切りにも似たガスの行為に、しかしアリオスは怒る事もなくただ黙っていた。
「シュナイドリッツの小隊長ともあろう者が、異国から来た軍人のあのような曖昧な話しを鵜呑みにして部下を死地に送り込もうとするなど言語道断。些か失望した」
「し、しかし執政官…」
「誰が話してよいと言いましたか?」
マーニーが言い繕おうとするのを許さずガスは居丈高に言った。マーニーは慌てて口を噤んだ。
「私が話しましょう、本当の事を。何もかも、含むものもなくすべてを。あなた方には、知っていてもらわなくてはなりません」
ガスは背を伸ばすと権威に満ちた声で高々と言った。
「アリオス」
「は」
囁くようなガスの言葉にアリオスは腰を折って耳をその顔に近づけた。
「私の傍にいてくれ。私が臆病者にならぬよう」
「…は」
短く答えたアリオスは身を起こすと椅子に座るガスのすぐ傍らに立った。二人の正面には訳が分からず困り顔の四人の小隊長が並んでいる。
ガスは一度静かに目を瞑ると、再び彼らの顔を見つめた。
マーニー、ボリア、ソジュン、ゼルビッツ。四人共部屋を満たす正体のわからない緊張感に今度は不安な顔になって立ち尽くしている。
「皆さん、剣をお外しください」
突然アリオスが言った。
「は…は?」
ボリアが間の抜けた声で訊き返す。アリオスは無表情のまま彼の顔を見ると、もう一度ゆっくりと繰り返した。
「腰の剣を外し、後方のテーブルへ」
アリオスの突然の言葉に全員 呆気に取られていた。そんな中、真っ先に剣を外したのはソジュンであった。
「ソジュン殿…」
ボリアが呆然とした声で言う内からソジュンは外した剣を持ち部屋の後方にあるテーブルへ向かった。大きな音をたてて剣をテーブルに置いたソジュンは長い髪を翻して振り返った。
「お聞かせください」
そう言ったソジュンの傍に歩み寄ったマーニーがそっと剣を置く。笑顔のまま振り向いた彼はそのままソジュンの隣に立った。
二人の様子を見ていたボリアとゼルビッツは顔を見合わせると慌てて先の二人に倣い剣を置いた。
「もう少しお近くへ」
アリオスの声に四人は足を揃えて前に進んだ。
「そこで」
アリオスの合図で四人は足を止める。
「アリオスは剣を外さねえのかよ?」
ゼルビッツが不服そうな声で言う。しかしアリオスは彼を無視して続けた。
「皆さんはこれから、衝撃的な話しを聞く事になります。何卒冷静に、決して取り乱す事のないよう」
「一体…」
ボリアが訊こうとするがアリオスはこれもまた聞き流した。
「お約束ください。何を聞かされようと、それ以上執政官に近づかないと。もしこれを破り執政官に近寄る方がいたらそれが誰であろうとこのアリオス、その者を切って捨てます」
それがゼルビッツの問いに対する答えだった。四人の小隊長は驚きに顔の色を失った。そんな四人を穏やかな顔で見つめていたガスが静かに口を開いた。
「私が代行を任されたのは、何故だと思いますか?」
突然の質問に訊かれた小隊長達は一様に戸惑った表情を見せた。やがて探るような声でマーニーが答えた。
「それは…、執政官が先代の国王からの信頼に厚く、その国政の理念を最もご理解されているからと…」
ソジュンが冷静な声で補足する。
「国王 崩御の後女王となられた皇后陛下のお側で補佐をされた実績もございました」
二人の回答にガスは何度か小さく頷いた後、顔を上げて言った。
「そもそも、国王 皇后両陛下がご逝去なさらなければ、私が執政を代行する事などありませんでした」
ガスのいやに冷静な声に、答えた二人は気まずそうに口を閉ざした。
「でも、二人とも病気で亡くなってしまったんだから、しょうがないですよね?」
話しの先がわからないゼルビッツが言う。ガスはもう一度軽く目を瞑った。アリオスの左手がさり気なく腰の剣へと動く。
やがて眼を開いたガスは、頼もしい四人の小隊長達の顔を見つめながら静かに口を開いた。
「お二人は病気で亡くなられたのではない。殺されたのだ…。この私に」
翌日。シュナイドリッツA小隊は昨日の訓練と言う名の喧嘩で負傷したマルコ達も含め三十一名全員が地下訓練場に顔を揃えていた。
「以上が本日の訓練予定です」
日課となっている朝礼、進行役は一等兵のタスニットだ。
「隊長から何かございますか?」
言われたアリオスは目の前に整列する隊員達一人一人の顔を見た。全員が前を向き、まるで人形のように動かない。
昨日までの反発の雰囲気は消えていた。しかし、それ以上にアリオスの言葉を恐れるような妙な緊張感があった。
本当にこれでよかったのか?ここまで自分の信念に従い行動してきた。アリオスは昨夜の小隊長会議を思い出していた。
ガスは自らの命を賭けて決意したのだ。すべてを告白しようと。メロと言う名のアテイルに洗脳され、命じられるままに国王夫妻を亡き者としたと言うガスの告白は、四人の小隊長達を大いに動揺させた。
しかし、ガスやアリオスが心配するような事は起きなかった。敬愛する国王夫妻を殺害された事に隊長達は激しい怒りを見せたものの、その怒りの矛先はそのままアテイルへと向かい、ガスを責める事はなかった。
だがこれで終わった訳ではない。ガスはこれから自分の犯した罪を全世界へと発信し、魔族の脅威を広く伝えて行かなくてはならないのだ。
国の内外を問わずそれを責める者は必ず現れる筈だ。いつか魔族に勝利しイリアとキイタが無事に国へ帰って来た時こそ、ガスはすべての責任を負い罰せられる事になるだろう。人々の憎しみと恨みを一身に背負い、今の場所から消えて行かなくてはならない。
そんなガスの覚悟のお陰で、ンダライはシュナイドリッツを中心に世界で最も早く対魔族を想定した戦略国家となるべく第一歩を踏み出すのだ。
アリオスはマーニーが持つという氷の精神を羨ましく思った。感情を捨て去り、自分も他人も犠牲にしてこの世界を救う事に一切の迷いもなく邁進できる強さを切に望んだ。
だがアリオスは知っている。シルバーやガイの持つ優しさが、ココロやキイタの持つ博愛がどれ程自分達の力となったかを。
アリオスは並の人間以上に人間だった。どうにもならない不安と恐怖を胸に呑んだままここに立つ部下達を思わずにはいられなかった。
「隊長?」
タスニットの声にハッと我に返る。
「ああ、いや。特にはない。怪我のないよう今日も励んでくれ」
「ありがとうございます。他に報告のある者はいるか?」
タスニットの問いかけにも隊士達は微動だにしない。
「何もなければ訓練を…」
タスニットが朝礼を終了しようとしたその時だった。
「小隊長」
そんな声と共に手が上がった。見れば昨日、アリオスの休暇の提案に真っ先に異を唱えたフォンだった。
「何だ」
アリオスの問いに発言を許されたと判断したフォンは砕けた口調で話し始めた。
「昨夜ベンとエリオット、それにタイザと俺で話し合ったんですが…」
「うん」
アリオスは胸の不安を悟られまいと無表情を崩さず答えた。
「来週からの休暇、俺らだけ五日もらえませんかね?それも一番初めに」
フォンの言い分に僅かに隊列が崩れた。アリオスは自分の足が震えだすのを抑えるのに必死だった。
彼らは休暇を取ると言う。それは即ちこのまま隊に残り自分と共に戦う決意を固めたと言う事に他ならない。アリオスは声が震えないように慎重に言葉を継いだ。
「何故、お前達四人だけ特別扱いを?」
「俺達四人の家は遠いんですよ。行くだけで馬で丸一日は掛かる。休まず走っても着くのは多分二日目の早朝だ。帰りも同じだけ掛かるとすりゃ家にいられるのは一日もねえ」
アリオスは自分の意思に関わらず目元が熱くなるのを感じた。それに必死に耐えながら何度も頷いた。
「そうか。事情はわかった。他の者達にも納得してもらおう。今名前の挙がった四人は特別に五日間の休暇を与える。執政官の許可も下りている。他に同じような希望を申し出る者はいるか?」
アリオスが問い掛けると、今日のスケジュール表を両手で抱いたタスニットが言った。
「小隊長。自分も休暇をいただきます。一日を家族と過ごし。最期の一日は兄と心行くまで飲み明かそうと考えています」
「タスニット…」
「小隊長!」
また別の隊員が手を挙げた。
「何だ!」
「俺は親も兄弟もいないんだ。休暇をもらっても宿舎でゴロゴロするしかねえんだけどどうしたらいいと思います?」
「なら休暇はなしでいいか?」
「それは不公平っすよ」
「俺も行くとこないです!」
「俺も」
「俺もです」
故郷を持たない隊員達が次々に手を挙げる。
「何だお前ら休暇を一緒に過ごす女の一人もいないのか!」
次々と休暇取得を表明する隊員達にアリオスは大きな声を出した。どっと笑いが起きる。
「そう言う隊長はどうなんすか!?」
「つまらねえ事を訊くんじゃねえよ!行き場のねえ寂しい奴らは俺がまとめて面倒見てやる!」
「何してくれるんすか!?」
また別のところから声が上がる。
「そうだな…、三日しかないから遠出はできんが…」
「何が悲しくて小隊長と旅行しなきゃならないんですか!」
そんな声にアリオスの口からも思わず笑いが零れた。
「それもそうだな。よし!じゃあいっちょ町に繰り出すか?」
「小隊長の奢りですよね?」
「お…、まあ、そう言う事になるか…」
その途端隊列のあちこちから甲高い喜びの声が上がった。
「タスニットこれは軍の経費で落ちると思うか?」
訊かれたタスニットは優等生らしくもない皮肉を込めた笑いを浮かべると言った。
「執政官に訊いてみてはいかがです?」
「お前!嫌な奴だな!」
また大きな笑いが起きる。
「小隊長何なら金くれるだけでもいいっすよ!」
「バカ野郎!ちゃんと俺と会話をしろ会話を!」
「合う話題があるとは思えないなー」
「だったら休暇の日までに話題を考えておけ!面白い話をした奴は奢ってやる!」
「まじかー!」
「急に条件 厳しくなってんじゃん!」
最早隊列などなくなっていた。全員が腹を抱えて爆笑をしている。
と、突然アリオスはタスニットが持つ訓練計画書を奪い取るとその中身に急いで目を通し始めた。急に何を始めたのかと、隊員達の間で波が引くように笑いが消えていった。
部屋の中が完全に静かになった頃、アリオスは手にした計画書を床に放り捨てた。
「全員ちょっと座れよ」
そう言ってアリオスはその場に胡坐をかいた。隊員達は小隊長の突然の行動にぽかんとしたまま動かない。そんな部下達を見てアリオスが言った。
「どうした、ほら早く座らんか」
アリオスの言葉に三十一人の隊員達はおずおずとその場に腰を下ろし始めた。
全員が床に座ったのを確認したアリオスは彼らの顔を見た。互いにさっきまでの不安な表情は消えていた。
「実はな、うちの休暇が終わったらB隊も、C隊もD隊もE隊も全部順番に休暇を取る事になったんだ」
隊員達は小隊長の意外な言葉に驚いた顔を上げた。自分達と同じ理由で休暇を取ると言う事は、他隊の連中もみんなこの大きな戦いに身を投じる事を決めたと言う事か。
「なあみんな」
アリオスが笑顔のまま言った。
「本当に休暇)を取るかどうかはまあ置いておくとしてだ。もし今休みを貰えるとしたら本当はどんな事をしたい?訓練なんかいいからさ、今から一人ずつそれを俺に教えてくれよ」
「またさぼるのかよ!」
「やるよ、ちゃんと訓練はやるからさあ。手短にパパっと話せよ」
どこからか飛んできた笑いを含んだ抗議にアリオスも軽い調子で答えた。
「タスニット」
「はい?」
「お前からだ、話せ」
「私ですか?ですからさっきも言った通り…」
埃っぽい訓練場の中、車座に座った男達は朝からはしゃいだ声でそれぞれの休暇の過ごし方を披露し合うのだった。




