アクーの決意
●登場人物
能力者
・ココロ…世界を守る為魔族と戦う十人の仲間を求め世界中を旅する少女。
・吉田大地…地球から戦う為にやってきた土の能力者。
・シルバー…ココロに絶対の忠誠を誓う鋼の能力者。
・キイタ…王国の第二王女。優しく控え目な火の能力者。
・ガイ…元はシルバーの部下として活躍していた雷の能力者。
・アクー…殆どの記憶を失ってしまっている水の能力者。
・ナル…暗い過去の記憶から立ち直り仲間になった生命の能力者。
フェズヴェティノス
・ハナ…シュベルとの戦いに残った僅かな同胞を率い人間の味方になった魔族の首領。
・タマ…ハナの配下で狂暴な化け猫。
●前回までのあらすじ
宿に付帯する大浴場で二人のフェズヴェティノスと文字通り裸の付き合いをしたココロはより一層ハナへの信頼と友情を深くする。
一方、ガイとナルはタテガミの語るカンサルク王三種の武器につき様々な推論を立てる。それが自分達にとって必要な情報であるかどうかは不明ながら、どうしても知っておくべき事と判断したガイが更にタテガミに質問しようとしたところへ、買い物に出かけていた大地とシルバーが戻って来た。
「おお!風呂上がりの娘の匂い!」
入浴を終えたココロ達四人が部屋に戻ると、ガイが夢見るような顔で近づいて来た。
「キャハハ!堪らんですか?」
笑顔で訊いてくるタマにガイはぐっと顔を近づけた。
「堪らんですな~」
「アホ」
タマは目の前にあるガイの顔面にカリッと爪を立てた。
「ぎゃああああ!」
鼻っ柱に真っ赤な爪痕をつけられたガイは両手で顔を覆って悲鳴をあげた。
「まったく…」
ドアの近くに立ったキイタが呆れた声を出した。
「てめえこの小娘!俺様の顔に何て事を!」
「今更一本や二本傷が増えたって何も変わらないよ」
「四本ついてるじゃねーか」
「そうだエヘヘ、四本指で引っ掻きましたぁ。ウフ」
「ウフじゃねえこの…!」
「先輩‼」
ガイがタマに掴みかかろうとしたその時、ナルが大声を上げた。その声にいち早くココロが走り出す。
部屋の中央を抜け、隣の寝室に飛び込むとベッドに屈みこむようにしてナルがアクーの顔を見つめていた。ココロも顔を向ける。薄暗い中でもはっきりとわかるアクーの青い瞳が光っていた。
「アクー!」
ココロに遅れてガイと大地もアクーの名を叫びながら寝室へと雪崩込んできた。
キイタが素早くランプの火を強くする。暗かった部屋が丸い光に包まれ、アクーが眩しそうに眼を細めるのがわかった。
「アクー…」
ココロは涙を含んだ声で呟くと、足元からベッドを回り込んでアクーの傍に近づいた。
「ここは…」
アクーは状況が呑み込めていない様子で部屋の中を見回した。
「先輩よかった!目が覚めたんですね?」
言葉を発したアクーにナルが感激の声を上げる。
「ナル…」
一度ナルに向けた目を、そのすぐ隣に立つココロに向ける。
「ココロ…」
「アクー…」
アクーが口を開き、更に何かを訊ねようとしたその瞬間、もの凄い勢いで近づいて来たガイがアクーの体に手を伸ばしてきた。
「アクー!アクーよかった!どっか痛くねえか?どっかおかしくねえか?」
ガイの勢いに一気に覚醒したアクーは苦笑いを浮かべた。
「どうしたの?」
ふと見れば大地もシルバーもキイタも、みんながベッドを取り囲み心配そうな顔で自分を見つめていた。
仲間達の顔を見ている内、徐々に意識がはっきりとしてくる。それと同時にアクーの中の記憶も鮮明になってきた。
ゴムンガの巨大な拳に吹き飛ばされるナル。自分は奴の第二手がナルに及ばないよう必死に攻撃を仕掛けた。
巨大なゴムンガには下半身への攻撃が有効と咄嗟に判断した。一度水矢を打ち込んだ傷に追い打ちをかけるつもりだった。しかし…。
アクーの記憶はそこで終わっていた。今仲間達に囲まれここで目を覚ますまでの記憶が定かではない。
「みんな…僕は一体…」
「我を失って暴れまわったんだ」
そんな声にアクーが顔を僅かに上げる。隣の部屋から誰かが自分に話し掛けていたが逆光となって相手の顔はよく見えなかった。
「混乱し、錯乱したお前は敵も味方もなく矢を射かけた」
言いながら寝室に入って来た相手の顔がぼんやりと見えてきた。メガネのフレームがランプの灯かりにキラリと反射する。
「お前は…フェズヴェ…!」
部屋に入って来たのはハナだった。その背中に隠れるようにタマの姿も見える。思いも寄らぬ敵の出現にアクーはベッドの上で必死に身を起こした。
「アクー!」
「先輩動いちゃだめだ!」
ココロとナルが同時に叫び起き上がろうとするアクーを押し留めた。
「アクー…」
低く静かな声が耳に届き、アクーはハナから目を移した。シルバーが苦しそうな顔で自分を見つめている。
「シルバー…、何で?何でこいつらがここにいるの?何で…」
「落ち着けアクー」
シルバーは少しだけ声を強めアクーの質問を遮った。
「恐らく、記憶が蘇りかけたのだ」
「記憶?」
「そうだ、お前の封印された記憶だ」
シルバーの言葉にアクーは海のように深い目を大きく広げた。
「その時、拒絶反応を起こしたんだろう。お前は私達にも構わず矢を向けた」
「そんな…僕が?」
言いながらアクーはココロの顔を見た。
「ココロにも…?」
ココロは何も言わなかった。傍にいるガイもナルも、肯定も否定もせずただ気まずそうに眼を伏せていた。それで十分だった。
「何て事だ…」
アクーは絶望の声を出して両手で顔を覆った。
「俺がお前を撃ったんだ。ウナジュウの電撃を飛ばして。それを喰らったお前は今まで意識を失って眠り続けていた…。みんなを守る為とは言え、俺はお前を…。済まなかった、この通りだ」
ガイはベッドに突っ伏すように頭を下げた。それでもアクーは顔を隠したまま無言でいた。
「水の能力者、ラプスから伝言がある」
アクーはそっと指の間から声の主を見た。ハナがベッドの足元まで近づいて来ていた。ハナに合わせて相変わらずその背中に隠れたタマも足を進める。
「ラプス…?」
その名を聞いた途端、アクーの顔に一瞬にして暗い不快感が表れた。
「奴は…、ラプスはもう二度とお前の前に姿を現さないそうだ。どうも自分自身の存在がお前の記憶を呼び覚ます引き金になっていると考えたようだな」
「…。」
アクーは何かを考えるように無言のままハナの顔を見つめていた。
「先輩、フェズヴェティノスはね、彼らなりの考えでシュベルに立ち向かう事を決めたんだよ。完全な仲間とは言えないけど、でも少なくても僕達の敵ではないんだ」
フェズヴェティノスに対するアクーの異様なまでの執着は、仲間になったばかりのナルにさえ感じ取る事ができた。共闘する中でいちいちアクーが錯乱していては戦いにならない。ナルは必死にアクーを説得しようと試みた。
「ラプス自身にも覚えはないそうだが、いつかどこかで自分がアクーを襲ったのかもしれないと言っていた」
ハナの言葉を補足するようにシルバーが言い加えた。
「あんなにも錯乱する程の恐ろしい記憶なら、そんなものは蘇らなくてもいいとラプスはそうも言っていた」
「そんなに、僕は…?」
「あ、あんたとんでもなかったよ!」
突然ハナの後ろからタマが荒げた声を出した。
「敵味方構わずって言うけど、あの時敵なんかいなかったし!キイタちゃんや鋼のおっさんにまで矢を射ってさ!」
「え…?」
「黙れ!」
シルバーが鋭い声でタマを諫める。
「冗談じゃないよ、私だってもう少しで…」
「わかった、わかったからタマちゃん」
大地が苦笑いをしながら止まろうとしないタマを宥めた。
「そうか…。迷惑、かけちゃったんだね…」
力なく枕の上に頭を落としたアクーは天上を見ながら呟いた。
「アクー!」
突然ココロ、大地、キイタが同時にアクーの名を呼んだ。三人は一瞬目を合わせた。
「あ…」
何となく発言を譲り合う雰囲気が流れる中、大地が口を開く。
「アクー…、その、変な気を起こさないでね?」
「変な気?」
「あ、いやその…」
アクーに訊き返された大地が言い淀むと、ココロがそっとアクーの手を取った。
「何があっても、私達にはアクーが必要なのよ」
「ココロ…」
「チームを抜けようなんて、そんな考えは起こさないで」
ココロは厳しい目でアクーの目を見つめたまま言った。
「でも…でも僕は…」
「駄目。それだけは絶対に駄目」
「俺達の事を思うなら、ずっと一緒にいてくれ。」
迷いの表情を見せたアクーに大地も言う。アクーは大地の顔を見つめ、周りを囲む仲間達を見た。みな思いはココロや大地と同じらしく、力強く頷いて見せる。
「ラプスの言う通り、そんなに厄介な記憶なら思い出さなければいいんだ」
ハナが言った。
「過去の事など気にせず、水の能力者として戦えばいい」
「おおそうだそうだ、お前の過去に何があったかなんて俺達には関係ねえ」
ガイがハナの言葉に乗った。
「お前はお前だ。俺達にとっては今のお前こそアクーなんだよ。それでいいじゃねえか」
「ガイ…」
顔を巡らせアクーはガイの顔を見つめた。ガイは今にも泣きだしそうな顔に一生懸命笑顔を作っていた。
アクーは両手をついてベッドの上に半身を起こした。みんなが慌てて押し戻そうとする。
「大丈夫、どこも痛くない」
アクーは差し出されたたくさんの手をやんわりと拒み、ため息をついた。嘘ではなく、体のどこにも不調を感じる事はなかった。
ただ、明確に像を結ばない掴みどころのない記憶の残滓が不快な気分にさせていた。
こんな嫌な気持ちに今後もずっと苛まれていくのか。戦いの間も、戦いが終わり、ココロ達と別れた後もずっと続くのだろうか?そうだとしたらそれはアクーにとって恐怖にも近い考えであった。そんな記憶を蘇らせる事なく今後を過ごせるのだとしたら、どんなに楽な事だろう。
しかし大恩あるポーラーはアクーの記憶を取り戻させる為に自分の身をココロ達に託し、別れの言葉もなく去って行ったのだ。そんな彼の想いに自分は応えなくてもよいものかと言う思いも同時に頭の中を駆け巡った。
確かにラプスの姿に最も反応する事は自分自身よくわかっていた。しかし、仮にラプスが二度と姿を見せなかったとしても、自分はフェズヴェティノス自体に理由のない嫌悪感を抱き続けている。
ラプス一人が消えればそれですべては解決するのだろうか?アクーの中にいくつもの疑問が浮かび、そして何一つ解決しないままそれらは胸の中に滓のように蓄積されていった。
「そんな事、できないわよね?」
「え?」
アクーが顔を上げると、キイタの笑顔が見つめていた。
「キイタ…」
「アクーは、アクーの目的を持って旅に加わったんだもんね?私と同じで。そうでしょ?」
アクーはポカンとした顔でキイタの顔を見つめ返していた。
能力者はそれぞれ自分の目的を、旅に出る為の理由を持っていていい。ポーラーと過ごしたイーダスタの洞窟でキイタが言ってくれた言葉だ。
アクーはきゅっと口元を引き締めるとハナに目を移した。
「僕は…、自分の記憶を取り戻す為に旅に出たんだ。そしてどうやらそれは間違いではなかった」
「ア、アクー?」
アクーの決意に溢れた言い方にガイが戸惑った声を出した。
「蘇った記憶が自分にとって楽しいものでなかったからと言って、僕はそこから逃げるつもりはない。フェズヴェティノスの姫」
「ハナちゃん」
ハナが不服そうに訂正したが、アクーはそれを無視して話し続けた。
「あいつに…ラプスに伝えて欲しい。遠慮なく僕の前に現れろと。僕はもう二度と、取り乱したりはしない」
アクーのきっぱりとした口調にタマが抗議の声を上げる。
「な、何勝手な事言ってるんだよ!そんな事言ってまた訳わかんなくなったらどうする気だよ!」
「その時は今度は私が止めるわ」
キイタが即座に言った。
「キイタ…」
「ば、バカ言うな!そん時は俺がまた…」
ガイが慌てて言うと、アクーは少し皮肉めいた笑顔を浮かべて言った。
「ガイ、僕を止めてくれてありがとう。君が謝る事なんて何もないよ」
「アクー…」
「ハナちゃ~ん、あいつあんな事言ってるよ?」
アクーの決意を聞いたタマがハラハラした顔でハナを見る。ハナはふっと笑顔を零すとアクーに言った。
「なかなかいい覚悟だな水の能力者。だがああ見えてラプスは私達フェズヴェティノスにとってなくてはならない貴重な存在なんだ。もしお前がまた奴を襲うような事があれは、私達はラプスを守る為に全力でお前を倒す事になる」
「わかっているさ。その時は遠慮なく僕を止めてくれ」
口元に笑みを浮かべ言うアクーの青い瞳は笑ってはいなかった。アクーはその目をハナから周囲の仲間達へと巡らせた。
「みんなも、もし僕がまた暴走するような事があればその時は、その時は僕の事を気にせず全力で止めて」
「大丈夫」
「お、おう!任せろ」
キイタとガイはすぐにそう返事をしたが、他の仲間達は複雑な顔を見合わせた。確かにそれぞれの想いと目的を持っていていいとココロは言った。しかし、そうまでしてアクーに記憶を取り戻させる事が本当に正しい事なのかどうかそこには一抹の疑問を残した。
仲間達が戸惑ったように黙っている中、当のアクーはぴょこんとベッドの上に立ち上がると明るい声を出した。
「何だか僕、お腹がすいちゃった!」
「あ…、そう言えば。食事の準備、できてます」
「本当⁉」
ナルが答えると、アクーは嬉しそうな顔で身軽にベッドから飛び降りた。それでみんなも何となくぞろぞろと寝室から移動した。
アクーは早速ナルと一緒に買い物袋の中を漁り始めている。
「あ、ココロ様…」
シルバーがココロを振り向き紙袋を一つ差し出した。
「ココロ様とキイタ様の分です。せっかく身を清められたのですから、ご自分のお部屋で召し上がってはいかがですか?」
「何でよ?みんなで食べた方が楽しいじゃん?」
大地が声を上げると、床に車座になり食糧を広げていた男性陣からも同じような声が上がった。しかしシルバーはたった一言でそれらの声を打ち消した。
「ここは不潔だ」
「何ぃ?」
「まあ確かに…」
「認めるのかよ…」
「あ、そう言えばお風呂は?」
アクーが誰ともなく訊く。
「ご心配なく、一晩中入れるそうです」
ナルの言葉にアクーが小躍りして見せる。
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
ココロははしゃぐ男性陣を笑顔で見ながらシルバーの手から紙袋を受け取った。
「それと…、これはあなた達に」
そう言ってシルバーは長方体の包みを一つ手に乗せハナの前に差し出した。
「これは?」
「何、ささやかな礼だ」
「フェズヴェティノスは人間の施しなんか受けないよ~だ」
タマが思いきりあかんべぇをしながらシルバーに言った。
「そうか…、それは残念だな。モウルーの肉を塊で譲ってもらったのだが」
そう言ってシルバーは手の上の包みを広げた。そこには、大地が食べた切り分けられた肉片とは比べ物にならない巨大な塊肉があった。
どうやら大地に肉片を与えている隙に店の主人と交渉し手に入れたようだった。
「にゃ~」
タマはらんらんと光る眼でシルバーの手の上に鎮座する肉塊を見つめていた。
「タマちゃん涎、涎。滝のような涎…」
タマの口から諾々と流れ落ちる液体にキイタが慌てた声を出す。
「何の礼?」
ハナが微笑んだままシルバーに訊ねる。
「今夜一晩、お二人を頼む」
シルバーは真剣な目でハナを見返した。ハナもその目を見つめ返す。やがてハナはふっと笑みを浮かべると目を伏せた。
「ありがたく、いただいておこう…」
ハナはシルバーの手の上でモウルーの肉を包み直すと両手で持った。すぐに後ろからタマが手を伸ばしそれを受け取る。
「だがもし、ココロ様の身に何かあったら…」
「わかってるよ。私達フェズヴェティノスが全滅するまで追い回すって言うんでしょう?あんたそう言う目をしてる」
「ほんと、蛇や狸くらい執念深そう」
「ちょっとタマちゃん蛇や狸が執念深いってどういう意味よ!」
「そーゆー意味でぇ~す」
「こら待て!肉返せ!」
ハナは廊下に走り出たタマを追って部屋から飛び出して行った。
「シルバー、ありがとう」
食料の入った袋を手にしたココロが笑顔で言った。
「いえ…。それではココロ様、キイタ様も。充分にお休みください」
そう言ってシルバーは堅苦しく頭を下げた。
「お休み~」
シルバーの粋な計らいをにやけた顔で見ていた大地は、ココロとキイタに大きく手を振って見せた。




