大地の過去
●登場人物
・吉田大地…土の能力者。遥か時空を超えて地球から戦いに赴いた高校二年男子。
・シルバー…鋼の能力者。十代から公軍に従事してきた根っからの軍人。
前回までのあらすじ
ハナとタマを案内に立てた能力者達一行は何とか宿の一室に落ち着く事ができた。ココロとキイタはよりにもよってハナとタマのフェズヴェティノス二人と一緒に風呂へと行き、大地は買い出しに出かけると言うシルバーに同行を申し出る。
こうして銘々別れ宿でのひと時を過ごす事となったが、未だに目を覚まさないアクーを看る為部屋に残ったガイとナルの二人に、突然アガスティア王国カンサルク王の愛刀、タテガミが声を掛けてくるのだった。
「あ!シルバー!あれ!あれ買って‼」
賑わう町中には露店のような店が所狭しと並んでいた。夜半に近い時間だと言うのにどの店も活気に溢れ、例外なく酔客がたむろい騒いでいた。
そんな店を覗き歩いていた大地は激しく湯気を上げる料理を作っている店の前でシルバーの袖を引いた。
「何だお前荷物持ちを買って出たのではないのか?」
「ガイが絡んでうるさいから黙っていたけどもう限界なんだよ。腹減りすぎて目の前がフラフラする」
大地が大袈裟に腹を抱えて見せると、シルバーはため息をつきながら店頭の料金表を見つめた。
「一つだけだぞ」
「やった!」
喜んだ大地はそそくさと店頭で料理をする店のおやじに声を掛けた。シルバーが支払いをしている内に手渡された何かの肉に大地は早速歯を立てた。
「あつっ!あつっ!」
出来立ての熱に苦戦しながらも大地は肉の塊にかぶりついた。
「美味っ!何これ?美味っ!何の肉?」
口いっぱいに肉片を頬張り、黒光りするタレで口の周りを汚しながら大地は戻って来たシルバーに訊ねる。
「アブレトシキの足だな」
「アブレトシキ?何それ?」
「この辺りの荒野に生息する巨大な鳥だ。まあ鳥と言っても空は飛べずもっぱら荒野を走りまわるんだがな。この地域ではよく食べられている」
シルバーの説明に大地は咄嗟に地球の駝鳥を思い浮かべた。上品ではないが、淡泊な肉に甘辛いタレが実によく合っていた。
一刻も早く飢えを凌ごうと勢いよく咀嚼する大地を尻目に、シルバーはさっさと賑わう露店街を進んで行ってしまった。
「さっさとしろ大地!急いで宿に戻るぞ!」
そんなシルバーの声に肉を食いつくし残った骨をしゃぶっていた大地が慌てて駆け寄る。
「お!あれも美味そう!シルバー、俺あれも食いたい!」
立ち並ぶ屋台の賑わいにすっかりテンションが上がった大地は一軒一軒の店を覗いては初めて見る料理に興味を示した。
「いい加減しろ大地。他のみんなだって空腹で待っているんだ、お前の買い食いに付き合っている暇はない!」
「はいは~い」
シルバーのもっともは叱責に大地は小走りでシルバーの大きな背中に追いついた。
「ただでさえ今ココロ様はフェズヴェティノスと一緒にいると言うのに…」
前を見つめたままシルバーがぼそりと呟く。大地は足を止めため息をつくと、店の女と交渉しながら煮た豆を量り売りしてもらっているシルバーの背中を見つめた。
「この辺りで野菜や果物は希少だ。値段も高騰している。申し訳ないが肉とこの豆程度で我慢してもらうほかないな」
「大丈夫だよ」
「せめてココロ様とキイタ様にはもう少し良いものを召し上がっていただきたいが…」
「ハナちゃんとタマちゃんは、大丈夫だよ」
「何?」
大地が野菜が不足しても大丈夫と言ったと思い込んでいたシルバーは、ハナとタマの名前が出た事に足を止めた。大地は少し俯き加減に振り返ったシルバーを探るような目で見上げた。
「ハナちゃんやタマちゃんがココロ達に危害を加える事はないと思うよ?」
シルバーは一度大地から目を離すと大きく息をついた。再び大地に向けられた目は鋭く光っていた。
「なぜそう言い切れる?今は仲間のような顔をしているが、奴らは魔族だぞ?」
「友達だって言ってた…」
「話しにならんな。あの異形の者達の口から出た言葉など信用できるものか」
「それはおかしいよシルバー」
背中を見せたシルバーに大地は食い下がった。
「異形の者だから信用できないの?だったらあのクロノワールなんか相当かっこいいぜ?」
その言葉にシルバーは再び大地を振り返った。見つめるその目はさっきよりも更に鋭さを増していた。
「おっかない目だなあ」
「生まれつきだ!」
そう言ってシルバーは向きを変え、人込みを掻き分けるように大股で歩き始めた。
「あんな目の赤ちゃんいたら怖いよなあ、テテメコ」
大地は人波の中に頭一つ飛び出したシルバーの銀髪を目で追いながら呟いた。
大地が何とか追いつくとシルバーは前を見つめたまま早口で隣を歩く大地に言った。
「クロノワールの、奴のあの姿は紛い物だ。奴の正体は醜く巨大な獣だとココロ様も言っていた。フェズヴェティノスの二人もそうだ。愛らしい娘の姿をしているが、あの二人の本来の姿をお前も見ただろうが」
「まあ確かに」
大地は道案内の為暗い夜道を駆ける巨大な狸と猫の姿を思い出した。シルバーの言葉に納得しかけた大地は慌てて首を振った。
「いや、そう言う事じゃなくて、異形だから信用できないってのはそれはある種差別でない?」
「差別などではない。あのような化け物と理解し合おうなどどだい無理な話しなのだ」
そう言うとシルバーは手近な店に向かい、買い物を続けた。大地はそっとそのシルバーの横に立つと更に話しを続けた。
「俺はそうも思えないんだけどなぁ?」
「まだ言うか?いくらだ?」
シルバーは店の主に必要な金銭を渡し商品を受け取るとそれを重そうに腕に抱え店を出た。
「お前が何と言うと、奴らには事実人を殺めて来た歴史があるんだ」
酔いつぶれ、大声で騒ぐ酔客達で溢れているとは言え、人前で話す内容でもない。二人は歩きながら話した。
「そりゃあそうだけど。でも両腕が剣になったり腕が何倍にも膨れ上がるのだって相当 異形だと思うぜ?」
「それは話が違う」
「あの、何だっけ?オウオソだっけ?言ってたじゃない。人と一緒に過ごすのが楽しいから人を滅ぼしはしないって」
「奴は我らの命を虫と同等とも言った。またいつ奴らの理屈で裏切るかわかったものではない」
「それはないと思うんだよなあ」
遂に足を止めたシルバーは体ごと大地に向き直るとその顔を高い位置から見つめた。色素の薄い銀白色の瞳に見つめられながら大地は怯む事無くその目を見返した。
「俺がテテメコの能力を鍛えて来なかった理由、言ったっけ?」
「恰好が悪いからだろう?」
「そう。人に見られたら、恰好悪いからだ…」
大地はシルバーから目を逸らすと、辛うじて聞こえる程の声で言った。
「六年前、ましろが闇のANTIQUEに攫われた時、最後に傍にいたのが俺だったって事で大人達から随分色々と質問されたよ」
「大地…」
ついさっきまで軽い口調で根拠もなくフェズヴェティノスを庇っていた大地が突然深刻そうな声で話し始めた事にシルバーは戸惑いを覚えた。
「何を訊かれても子供だった俺は怖くて何も答える事ができなかった。尤も、話したところで誰一人信じちゃくれなかっただろうけどね」
大地は青白い顔に自嘲めいた笑みを浮かべて続けた。
「幼心に相当な恐怖を感じていた俺を思いやって、大人達は気を使ってくれたよ。それでもましろが姿を消した時、最後に一緒にいたのが俺だったって言う噂は、俺が通う学校の中であっという間に広まった…。級友の何人かがそれをネタに俺をからかった、面白半分に。その事で怒られるのだったら耐えられた、その事を責められるのだったら、まだ我慢できた。でも、彼らは俺をからかいの対象にしたんだ」
道の真ん中に立ち尽くした二人の脇を酔った男達がすり抜けていく。誰も二人を気に留める者はいなかった。
「耐えられなかった。恐怖の悲鳴を上げながら闇の中に引きずり込まれていったましろの事を笑う奴を、俺はどうしても許せなかった」
大地はそこで言葉を切った。シルバーは胸の中に大きく黒い不安が渦巻くのを感じた。
「何を、したのだ?」
大地はやはり笑みを浮かべたまま軽く首を左右に振った。
「俺がしたんじゃない。でも、耐えがたい感情の起伏はテテメコの能力を発動させた。数人の友人の前で俺の腕は何倍にも膨れ上がった。彼らはみんな腰を抜かし大声を上げて泣いた。勿論攻撃なんかしなかったさ、まだその方法さえ知らなかったんだから。ただ、抑えきれない怒りの感情が俺の体を目に見えて変化させたんだ」
その時の情景を想像し、シルバーは固唾を飲んだ。
「悪ガキの言う事なんか誰も信じやしない。まして、大地君の腕が何倍にも膨れ上がりましたなんてそんな話し、大人達は誰一人相手にもしなかった。けど、翌日から友人全員の俺に対する態度は明らかに変わった。それは間違いなく、恐怖だった。誰も彼もみんなが俺と距離を置き、いじめもからかいもしない代わりにまるで腫物でも見るような目で遠巻きに俺を見つめるようになった」
大地は顔を上げ周囲を見回した。特に意味のある行動ではなかったが、その顔から笑いはもう消えていた。さりとて悲しみも浮いてはいなかった。何かを悟りきったような、サバサバとした表情だった。
「こんな力はいらないと思った。消えてなくなれと願った。以前の状況に戻る事ができるなら何でもしてやるとさえ考えた。でも、どう足掻いたところでましろが消えた事実も、俺に宿った土の能力もなくなりはしなかった。だから俺は、代わりに友人をなくす事を選んだ。できる限り人とは会わないようにした。必要がない限りは部屋から出ないようにした。何も消す事ができないならば自分自身を消してしまおうと思っていた。そうしなければ俺もナルと同じように闇に堕ちていた筈さ」
大地は少しおどけたような顔をシルバーに向けた。肩を竦め諦めきった笑顔を浮かべる。
「進学して、新しい環境に身を置いてもその態度は変えなかった。誰にも舐められないように、何か一つ誰にも負けないものを作ろうと俺はとにかく勉強ばかりしていた。だから成績は常にトップクラス…。誰とも口を利かずに生きる俺の、それがただ一つの拠り所だった」
「お前が色々な事をよく知っているのはそのせいか…」
シルバーは大地の博識ぶりに合点がいった。
「それでもテテメコが辛抱強く俺に話し掛けてくれたんだ。ANTIQUEの事、魔族の事…。年齢と共に俺は徐々にその話しを受け入れる事ができるようになっていった。ましろを攫った闇のANTIQUEは、俺達の世界では星雲の竜と呼ばれる伝説の魔物だった。だから俺は学校の勉強と同時に歴史や伝記、伝承の類を調べ漁ったんだ」
大地は優しい笑顔をシルバーに向けていた。すべての同情を拒む、痛々しい笑顔だった。
「だから俺はテテメコの力を使う事を躊躇い続けて来た。そんなものなくても何とかなるって思っていた。まあ、結果としちゃ何ともならなかったけどね。でも、姿かたちが醜いから心も醜いって、そんな風に考えたくはないんだ」
周囲の喧騒が返って来る。大地の独白は終わったらしい。
大地が何故何事においても冷静でいられるのか、そして何故思いも寄らない方面に深い知識を持っているのか、今の話しを聞いたシルバーの中でその謎がいっぺんに氷解した。しかしそれは如何にも悲しい理由だった。
「人間達の発展にフェズヴェティノスが深く関わっていたと言う話しは種族のプライドからして受け入れ難いのはわかるよ?でも、それで人類の歴史に横たわるミッシングリンクが見事に埋まるような気が俺はするんだよね?」
大地は必死にシルバーを説得しようと早口で捲くし立てる。
「うん、確かに実績はある。彼らは俺達人間にとって決して愉快な存在ではないだろうし、恐るべき相手だと俺も思うよ?だけどさ、今はともかく人間を一人残らず駆逐してしまおうなんて言ってるイカレた男の野望を打ち崩すって言う部分では利害が一致している訳だし」
しかしシルバーはそんな大地の言葉を殆ど聞いていなかった。聞いてはいなかったが、話し続ける大地から目を離そうとはせず、その話しを遮る事もしなかった。
「一時はシュベルの下にいた連中が仲間になれば俺達にとっても得難い情報が手に入ると思うんだよね?だから俺言ったじゃない、明日には敵になっちゃうかもしれない仲間だって。そこは割り切って利用しちゃっていいんじゃない?」
大地の冷静さはともすると冷徹とも言い換えられるものだ。温情もなく、人の想いも考えずより合理的な道を選ぼうとする大地の性格は、そんな暗い過去に裏打ちされていたのだ。
しかし大地はココロとキイタを守ろうと一人で戦った。叶わず二人がンダライの塔へ幽閉された時には悔恨の涙を流した。二人を攫ったダキルダを今でも激しく恨み続けている。
キイタを救おうと瀕死の重傷を負い、それでも尚地を這った。アクーにけじめをつけさせようと自分達を言葉 巧みにヤック村へと導いた。
それだけではない。テリアンドスでもこのジルタラスでも、いつでも大地は冷静に戦いを見つめ、自分達に適切な指示をくれた。いつも仲間一人一人を気遣い、声を掛け続けた。
冷徹などではない。もともと熱すぎる程に熱い男なのだ。そんな彼が周囲の人々とのかかわりを絶ち過ごした幾年かは、性格を変えてしまう程のその期間は、どれだけ苦しかった事か。
そして今もまた異形であるだけで憎しみの対象となろうとしているフェズヴェティノスを庇い、自分に心配させまいと気丈な笑顔を向けている。
戦いに臨む者としては如何にも甘い考えだ。いつ寝首を掻かれてもおかしくはない。呆れる程に戦士に向かない男だ。
それでも大地は戦いを挑む。悲鳴と共に時空の闇へと消えたましろを取り戻す為に。
シルバーの胸に、ドルストの町で覚えた感情と同じものが熱く溢れて来た。
(この男は戦士には向かない。しかし誰よりも、この私よりも強い。この戦いに、なくてはならない存在なのだ…)
ンダライでの戦い以来常にシルバーの中にあった大地への信頼が改めてはっきりと胸に刻まれた。
「大地…」
「あ、ごめん…。何か、話しそれちゃった…」
言いかけた大地の頬を、シルバーの大きな手が強く抓りあげた。
「イタタタタタタタタタタタタタタタっ‼何するんだよ‼」
「貴様、私には腹を割って話せなどと偉そうな口を叩いておきながら、自分はそんな話しを隠していたのか⁉」
シルバーが言っているのはドルストの町宿での話しだ。大地の提案からシルバーはココロやキイタの前で強烈な自分の過去を話して聞かせる羽目になった。
シルバーの怒りの理由に気が付いた大地は慌てて愛想笑いを作ると言った。
「あ~、だからあんな深い話しまでしなくてもよかったのに…」
ヘラヘラ笑って言う大地に、シルバーの顔色がみるみる内に変わっていった。
「や、やはりお前なんか大嫌いだ!」
そんな捨て台詞を残してシルバーは大地に背を向けると再び人込みの中へと進んで行った。
「な、何だよぉ、怒ったのかよぉ」
言いながら大地は慌ててシルバーを追う。と、無言で前を行くシルバーがある店で足を止めた。これ幸いと大地は追いつき、その横に立った。
「おやじ、それはモウルーか?」
シルバーが露店の店主に声を掛けている。
「そうだよ旅の人!新鮮で美味いよぉ!」
「モウルー?」
聞きなれない言葉に大地が首を傾げて見せる。
「山裾の水辺を縄張りとする牛の一種だ。食べてみるか?」
「え!いいの?」
「おやじ、一つくれ」
「あいよ!」
掛け声と同時に笑える程巨大な肉塊がまな板の上に叩きつけられた。漬けダレが飛び散り、湯気が立つ。
店の親父がまるで刀のように長い刃物で器用に肉を切り分ける。やがて出て来た湯気を上げる肉片は、一見大地のよく知る角煮のような料理だった。
「隅の方で食っていろ。食ったら戻るぞ」
店の前が極端に混雑している訳でもないのに、なぜかシルバーは大地を遠ざけるような仕草をした。
僅かな疑問を感じながらも、目の前の料理に心を奪われていた大地はあまり深く考えず言われた通り隅の暗がりで大きめに切り取られた肉に噛り付いた。




