歴史を駆け抜ける者達
●登場人物
能力者
・ココロ…始まりの存在にANTIQUEの能力者達を導く立場になった。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球人。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた軍人。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた大国の王女。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた元シルバーの部下。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた記憶を失った少年。
・ナル…生命のANTIQUEに選ばれた異次元の青年。
フェズヴェティノス
・ハナ…一族の次期首領。フェズヴェティノスとしてはまだ若年であるが部下達からは慕われている。
・テン…オウオソ十一期の知恵袋。長く物理世界留まり人の歴史を見つめ続けて来た生き証人。
・ヒカル…ハナを慕いこの地に残った蟒蛇。普段は非常に美しい娘に化けている。
・タマ…ヒカルと同じくハナとの友情の為戦いの中に残った化け猫。
前回までのあらすじ
暗がりから響いた悲鳴にキイタ一人を行かせた事を深く後悔しながらガイは森の中を走った。剛剣を手に躍り出れば、そこにはフェズヴェティノスの集団に囲まれた仲間達の顔があった。
キイタの無事を知ったガイは全身を襲う痛みに崩れ落ちてしまう。ナルに肩を借りて小屋に入ったガイは、自分を散々に痛めつけたヒカルと仲良く枕を並べる羽目になった。
一方シルバーがオウオソの一人テンに問い掛けた質問に興味を失ったオウオソ、オオグチの一団は次々と闇の中へと去っていき、アクーを捜す目的でタマもまた一人暗い森の中へと消えて行く。
その場に残ったテンはアクーの到着を待つ間に質問に答えようと一同を小屋の中へと誘う。静かな声で語り始めたテンの話は衝撃だった。何と彼らフェズヴェティノスが人間を知恵ある者へと導き、歴史を動かして来たと言うのだ。
粗末な小屋の中、焚火の火を見つめたままテンは無表情に口を噤んでいた。パチパチと火の爆ぜる音だけが小屋の中に響く。
「私達が築いてきた歴史の全てが、フェズヴェティノスの掌の上で踊り続けた結果だと言うのか?」
シルバーが何かに耐えるように歯を食いしばりながら言った。
「すべてと言ってしまうと語弊があるがのぉ、まあ大半が…」
「信じられん!」
「そりゃあ受け入れ難いだろうとは思うが私は偽りを語っている訳ではない。そんな事をする意味がないからなあ」
「でも、どうやって?」
大地が身を乗り出すように訊いてくる。テンが顔を上げて大地を見た。
「人とは基本的に争い合う生き物だ。同族同士での殺し合いをやめる事のできない世にも珍しい生き物だ。放っておいてもどこかで必ず大なり小なり戦いが起きている。そんな時、ほんのひとさじ分だけ力や知恵を貸すのさ。その微かな加減で歴史は大きくうねる。面白いようにな」
「人に、直接助言する訳?」
「助言となるかどうかは相手次第だがの。人に化け、人に紛れ近づくのは簡単ではないが、それだけに如何にも面白い」
「じゃあ、例えば戦国武将に力を貸したり?」
大地の言葉にテンはにっこりと笑った。
「そんな事も、あったかもしれんなあ」
「ど、どんな武将?武田信玄とか、徳川家康とか?」
歴史伝説の類が大好きな大地は益々身を乗り出して質問を重ねたが、テンは静かに微笑むだけでそれに答えてはくれなかった。
大地は大きなため息と共に前のめりになっていた体を戻した。もしかしたら歴史に名を遺す人物の中にはフェズヴェティノスが化けた人間がいたかもしれない。山本勘助、服部半蔵、真田十勇士、本田忠勝、幕末三大舟…。
大きく歴史を動かした人物の傍には常に武勇の徒や知恵者がついていた。人の歴史を弄ぶ事の残酷さに対する怒りよりも、大地はそこにロマンの香りを感じていた。
しかし他の聞き手達は誰一人として大地のように感じ入ってはいなかった。シルバーは膝の上で激しく震える手を強く握りしめ、押し殺したような声で訊いた。
「では、アガスティアとマウニールの戦いも…」
「さて、些細な諍いのすべてにまで首を突っ込む訳でもないがな」
「些細だと…?」
「恨むなとは言わん。確かに私達の遊びで不幸になった者もいれば命を落とした者もいただろう。だが、我らが歴史を動かさなければお前達が生まれてくる事もなかったのかもしれんのだぞ?」
「何だと…」
テンの言い草に怒りを抑えられないシルバーが絞り出すような声を出す。テンは顔を上げた。その表情はもう笑ってはいなかった。
「お前達は、虫の命を何と思う?」
「人の命を虫と同じだと言うか!?」
「その通りだ。圧倒的に立場が違うのだと理解しろ。お前達が自分の命と虫けらの命を同等に扱えないのと理屈は同じだ。我らはお前達を憐れみもしなければお前達から説教を受ける謂れもない。されたところで何一つ響きはせん」
シルバーは目をきつく瞑ると俯いた。
「所詮、魔族は魔族か…。わかり合えるなどと思った私が愚かであった…」
苦し気に吐き出されたシルバーの言葉をテンは澄ました顔で聞き流し、更に一本の薪を焚火の中に放り込んだ。暗い部屋の中に火の粉が舞い上がり一瞬闇を退ける。
「ただし、我らが行うのほんのひとさじ手を加える事だけだ」
火が収まりすぐにまた元の暗さが戻った頃、ぽそりと零すようにテンが呟いた。
「最後の選択は常にお前達人間が行ってきたのだ」
シルバーが静かに目を開く。
「我らは剣を取れと囁いた。それがあんなに大きな大戦に発展するとは思わなかった。このままでは人が減りすぎる、だから今度は手を結べと再び囁いた…。まさかその戦いを反省し、戦争を放棄した平和な国を作り上げるとは思いもしなかった…」
シルバーは顔を上げた。見開いた目が睨むようにテンを見つめる。テンは素知らぬ顔で火を育てている。
テンが語っているのはアスビティ公国の事だと大地は気が付いた。些細な戦いに首は突っ込まないと言っていたテンだったが、今の発言は自分達の関与を認めたと言う証拠だ。
「真、お前達は面白き存在だ。我らはお前達を見続けて来た。いつも傍で見つめ続けて来た。我らフェズヴェティノスはお前達人間の歩んだ歴史の証人だ」
「でも何で…」
そう言いだしたのはココロだった。全員が部屋の奥に座っているココロの顔を見る。
「そんなあなた達の暗躍を、どうしてANTIQUE達は見過ごして来たの?」
テンは笑いながらココロから目を逸らした。
「思い違いをしちゃいかんよ娘さん」
「思い違い?」
「ANTIQUEにとって、あんた達一人ひとりの命なんぞ守る対象でもなんでもないわね。この宇宙全体に存在する人間達が百人死のうが、千人死のうが、例え星一つ滅びようが、そんなもの単なる自然現象に何の関りがある?そうだろう?ANTIQUEが守りたいものはただ一つ、自分達の手によって生み出されたこの世界がありのままそこにある事、ただそれだけだ。今奴らはこの世界の決まり事に当て嵌らぬ連中がこの世界で生まれた自然の存在を殲滅し、征服する事を何としても食い止めようとしているに過ぎない」
「ならば何故不自然な存在であるお前達は排除されなかったのだ!」
シルバーが挑み掛かるように問う。
「我らはこの世界に同化した。お前達と共にあり、共に生き、共に過ごしてきた。ただそうしていただけだ。この世界の理を何一つ違える事なくな」
「…っ!」
シルバーは何か言い返そうとした。しかしテンの静かな物言いに言葉が続かなかった。シルバーのビリビリとした無言の怒りが小屋の中を満たしていく。
そのはち切れそうな緊張感の中、天井を見つめたままヒカルが小さな声で呟いた。
「私達はこの世界を征服しようなんて、手にいれようなんて思った事は一度もないんだよ…」
テンは頷きすぐに続けた。
「そう、私達はお前達と共にありたかっただけなのだ。共に泣き、共に笑い、中には人間を生かす為に自らの肉体を滅ぼし虚無に還って行った者もいる。果ては、あろう事か人間との間に子を生したたわけまでいたのだ。人間は愚かしくも可愛い存在だ。いつしか我らは出来の悪い子を見守る親の如く、お前達に愛着すら抱いていた」
「じゃあ、俺達人間の中には人とフェズヴェティノスのハーフとかいたりするの?」
大地が目を見開いて訊く。
「さあどうかな?そんなものが今もまだ残っているのかどうか…。しかし、ANTIQUEの能力者に選ばれるような者は案外…」
「ふざけるな‼」
テンの言葉にシルバーよりも先に小屋の壁を叩いて怒鳴ったのはナルだった。ココロとキイタはナルの剣幕に怯えたように肩を竦めた。ガイは寝ころんだままチラリとそんなナルに目を向けた。
「僕の体に、お前達の血が流れているなんて…。そんな訳があるか!…そんな訳が、あるか…」
そう言うとナルはみんなに背を向け壁の方を向いてしまった。
シルバーやナルが心穏やかでいられない気持ちは大地にも当然理解はできた。しかし彼らのように何故かフェズヴェティノスを一方的に恨む気分にはなれなかった。
テンの言う通り、最後の選択は常に人が自ら行ってきたのだ。良い事も、愚かしい事も。大地の脳裏に様々な物語や伝説が浮かんでは消えた。
雪女、鶴の恩返し、浦島太郎、桃太郎にかぐや姫…。幼い頃に聞いた異形と関わるたくさんの物語達。あれは後世に残されたフェズヴェティノスと人間との触れ合いや争いを伝え残したものではなかったのか?
大地はフェズヴェティノスをよく知っている。彼らは大地の国では妖怪と呼ばれる類の存在だ。その殆んどがこの世界に実在する獣の姿を真似ている一族だ。
彼らが彼らなりに人を愛し関わろうとしたように、大地の中にも彼らを愛おしむ思いが少なからずあった。
「人は時に我らを魔族と恐れ、時に神と崇めた。何とも愛らしいじゃないか」
再びテンが話し始め、大地は現実に引き戻された。
「しかし、人は愚かだがその進歩は驚く程に早い。寿命と同じようにな。お前達は瞬く間に我らを疎むようになり、遠ざけ、排除し、住処を奪いそして忘れて行った。我らはすぐに伝説となり、その存在を消し去られた。その度に私達は時空を超え、我らを満足させてくれる未発達な人間達を求めこの宇宙を彷徨い続けた」
テンはココロに目を向けた。
「正直に言おう。我らはお前達人間を見下してはいたが、悪意を持って接したり、恨みを抱くような事は一度としてなかったのだ。人を導き、忘れ去られれば消えていく。それが我らが長、オヤシロサマの考えでもあったのだからな」
テンの話しは終わった。しかし聞いている人間達は誰一人言葉を発する事ができなかった。暗い小屋の中に火の爆ぜる音だけが小さく鳴り続けていた。
「と、まあ」
突然ハナがこの場にそぐわない明るい声を出した。ココロがビクッと肩を震わせる。
「以上が一世代前のおじいちゃん達の言い分ね。私達は人間の作る世界が好きで残っていただけだから、別に忘れられても何しても気にならなかったし。山が削られても川が埋められても、人の姿をしていれば居場所なんかいくらでもあったしね」
「そ、そうなの?」
ココロが唖然とした顔でハナを見つめる。テンの余りにも重たい話しとハナの輝くような笑顔の間には理解不能な広すぎるギャップがあった。
「そうだよぅ。ねえ土の能力者」
「え?」
突然呼ばれた大地は驚いて顔を上げた。
「私が好きなものってなーんだ?」
「さ、さあ?」
大地は中途半端なひきつった笑いを浮かべた顔で肩を竦めた。
「原宿のクレープ!」
「あと葉山のパンケーキな」
ヒカルが呆れた声で追いかける。
「あ、それも好きー。あとねぇ、ブロードウェイのアイスとマルキューで買い物する事ぉー」
大地は半笑いのまま固まっていた。現代妖怪…。そんな言葉が脳裏を掠める。
「最近日本じゃあ何が流行ってるの?ギャルとかまだいる?」
「あ、ああ」
「マジで?あいつら超しぶといなー」
頷いた大地にハナが言うと、ヒカルが大きな声で爆笑した。顎に走る痛みに苦しみながらもそれでもまだ笑い続けた。
自棄クソのように笑い続けるハナとヒカルに、やがて大地も吹き出した。
「ハナちゃんだっけ?」
「はーい。ハナちゃんでーす」
大地が指さして言うとハナは浮かれた声で答えた。
「俺は吉田大地」
「吉田君かー」
ハナが言うと大地は大袈裟に天を仰いだ。
「吉田君とか呼ばれるのマジ久しぶりなんですけど。大地でいいよ」
「オッケー大地!」
「ちょっと大地!」
ナルが大地を咎める声で言いながら振り返った。
「しょうがないんだよ」
大地はそう言うと座っていた台から降りた。
「異種の者同士がお互いの立場を自己主張したところで、理解なんかし合える筈ないじゃないか。そこに悪気は微塵もないのに一方的に怒ったって何も生まれやしないさ」
「でも!」
「ナル、それはもう好き嫌いのレベルの話しなんだよ」
大地はナル、シルバー、キイタ、ココロと順に仲間の顔を見つめながら言った。
「俺達は世界を守る!その為に集まったんだ。その目的を達成するのに今強い味方が現れた。明日には敵になっちゃうかもしれない味方だけど今は敵じゃない。だったら、今日の内に存分に利用させてもらおうよ。それでこの世界が守れるなら、俺は何も拘る気はない」
「私達に何をさせようと言う気だ?小僧」
テンが大地の顔を見て言う。大地はテンの目を見つめ返して言った。
「何、シルバーのもう一つの質問に答えて欲しいだけさ。虚無の住人については理解した。次に知りたいのは…、シュベルの事だ」
仲間と別れ一人森に入ったタマは木から木へと移りながら夜目を凝らしていた。
鋼のANTIQUEが始めたつまらない話しに興味がないのは事実であった。しかしどうせ単独行動を取るなら、退屈 凌ぎにラプスの手を離れたと言う水の能力者の行方を捜してみるのも面白そうだと考えていた。
タマは散歩気分で森の中を飛びアクーの姿を追い求めた。森と言っても自分達が陣を張ったイーダスタとは比べ物にならぬ痩せた森だった。
しかもここはアテイル、竜の一族が統括するジルタラスだ。今日自分達フェズヴェティノスはそのアテイルに対し真向から反発の意志を見せた。
もし今ここに能力者達を襲ったあのでかいアテイルが現れでもしたらタマ一人では到底倒せないとわかる。その緊張感がまたタマの好奇心を激しく揺さぶった。タマは鼻歌混じりに木々を渡り、暗い森の中を駆けた。
「ニャ?」
軽く弾むように走っていたタマの足が止まる。葉を踏む音が思いのほか近くから聞こえた。
「ニャ、ニャ、ニャ…」
タマは鋭い爪を伸ばすと手近な木に登り始めた。足音は自分の方に近づいて来る。しかしゴムンガの物とは思えなかった。もっと軽い足音だった。
小動物でもない。近づいて来る足音は二足歩行、間違いなく人間のものと思えた。タマは木の上からやがて現れるであろう足音の主を待った。
サクサクと葉を踏んで現れたのは人の子供だ。フラフラとした足取りはどこか負傷しているように見えた。木の上から見下ろすその頭は、真っ青な髪の毛に覆われている。
間違いない、水の能力者だ。タマは確信するとアクーに声を掛けようと息を吸い込んだ。しかし、タマが声を出す前にアクーは突然立ち止まると、傍らに立つ木に背を預け、崩れるようにしゃがみ込んでしまった。
「ありゃ?」
驚いたタマは木から飛び降りるとアクーの傍に駆け寄った。アクーは座り込んだままピクリとも動かない。
「お、おぉい。水の能力者?お前水の能力者だろう?」
タマは及び腰でアクーへと近づきその体をつつくが、それでもアクーは動かない。長い睫毛が影を落とす両の瞼は閉じられ、まるで静かに眠っているような表情だ。ざっと見た限り体にも大きな負傷は見受けられなかった。
「おーい?死んじゃった?」
どこか見えない箇所に傷でもあるのかとタマは更にアクーに近づいてみた。
「おい?」
次の瞬間、闇夜にアクーの真っ青な目が開かれた。その体が一瞬で青い光に包まれる。右手の先に生まれた輝く水の塊が大砲の弾のようにタマの腹目掛けて撃ち出される。
発射された水の塊は僅かに左に逸れながら夜の森を走り、その軌道上に立つ木に命中して飛散した。
枯れ葉が強く踏みつけられる音と共に巨大な猫が地に四つん這いで着地する。言うまでもなく正体を現したタマだった。
危なかった。能力の発動と言うよりはアクーの全身から発せられた殺気を感じ取り、咄嗟に身を躱していた。そうしていなければあの強烈な水の大砲をまともに受け無事では済まなかっただろう。
「な…何のつもりだ水の能力者‼」
全身の毛を逆立ててタマが叫ぶ。金色の目が闇夜に光り、大きく開けられた鋭い歯の並ぶ口は真っ赤に濡れていた。
ふらりと立ち上がったアクーは、タマの問い掛けに答える事なく水の矢を右手の先に生み出すと、無言のまま弓に番えタマに照準を合わせた。
「フェズヴェティノス…」
アクーの口から小さな声が漏れる。ギシギシと音を鳴らし弓が引かれ始めた。
「な、何だよこいつ…。どうかしてる」
未だに消える事のないアクーの殺気に気圧されながら、タマはじりじりと後退った。一瞬の隙をついてタマは身を翻すと、夜の森をハナの元を目指し一心に走った。
今正に矢を放とうとしていたアクーは、その機を逃し静かに手を下ろした。形を崩した水の矢がその指先から光りながら地面へと落ち、あっという間に土に吸い込まれていく。
タマの逃げ去った方へゆっくりと顔を巡らせたアクーは、大きな弓を背負うと、タマの後を追って走り始めた。




