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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
162/440

虚無の住人

●登場人物

能力者

・ココロ…始まりの存在に選ばれ能力者を捜す旅に出たアスビティ公国の令嬢。

・吉田大地…三人目の能力者として地球から参戦した。土のANTIQUEのバディ

・シルバー…二人目の能力者。アスビティ公国公軍大隊長を務めた。鋼のANTIQUEのバディ。

・キイタ…四人目の能力者。ンダライ王国第二王女。火のANTIQUEのバディ。

・ガイ…五人目の能力者。かつてはシルバーの部下として活躍した軍人。雷のANTIQUEのバディ。

・ナル…七人目の能力者。不幸な過去を背負い人との関りを絶っていた。生命のANTIQUEのバディ。


フェズヴェティノス

・ハナ…人間との戦いのためわずかに残った仲間を率いる実質一族の首領。元気いっぱいの眼鏡っ子。正体は狸型獣人族。

・ヒカル…ハナとシキ呼ばれるパフォーマンスユニットを組んでいた一人。クールな美女でイメージカラーは黄色。正体は巨大な蟒蛇うわばみ

・タマ…シキの一人で白い肌と真っ黒なサラサラショートカットヘアがトレードマーク。イメージカラーは白の猫型獣人族。

・ラプス…フェズヴェティノス一の残虐性を持ったオオグチの一族の長。二mを超す巨体に鋭い爪や牙を持つ狼型獣人族。

・モリガノ…オオグチ以上に好戦的なオウオソの民を率いる大将。姿は日本の妖怪烏天狗に酷似しており、空中戦が得意。

・テン…モリガノの右腕、懐刀と称される知性の高い老齢のオウオソ。



前回までのあらすじ

 ココロを捜し森の中を駆け巡っていたシルバーはハナに呼び止められようやくココロとの再会を果たした。

 ココロが連れ込まれていたのは近隣に住む木こりが使う物置のような粗末そまつな小屋だ。そこにはハナとココロの他、彼女達をここまで連れてきたオウオソの一人、ミドリマルもいた。

 ハナが危険を冒してゴムンガに挑み掛かりココロを救出した理由は、ただただココロとの友情のためであった。フェズヴェティノスが百%人類の味方になった訳ではなかったが、むしろその理由に妙な真実味を感じたシルバーは仲良く手を取り合うココロとハナの姿を複雑な面持ちで見つめるのだった。

 そんな三人の元へタマに導かれた大地とナルも合流。その後ゴムンガとの戦闘を振り切ったフェズヴェティノス達が続々と小屋へと集まって来る。

 羽音も高く空からはオウオソが、茂みの中から大口の一族が。そしてゴムンガとの戦いで負傷したヒカルも合流する。

 つい数日前まで命懸けの戦いをり広げて来た魔族に囲まれた大地は生きた心地もしなかったが、やはり彼らに敵意はないようだった。

 そんな中、ココロは未だに現れないキイタ、ガイ、アクーの身の上を案じ必死に夜の森に向けテレパシーを送り続けていた。

 一方その頃、完全に道に迷ってしまったキイタとガイの前に、かつてイーダスタの森で自分達を導いた灰色の犬が現れる。どうやら首輪をしているらしいその犬は無言のまま二人を案内するように森を歩いた。

 犬の後を追ったガイとキイタは遂に明かりを灯す一軒の家を見つける。怪我けがを負っているガイを気遣ったキイタはその場に彼を残し、一人様子を見にその明かりを目指し歩き始めるのだった。









 暗い森の中に一人取り残されたガイは言いようのない不安にさいなまれていた。

キイタは以前にはあのオオグチを蹴散けちらし、今日も今日でアテイル四天王の一人であるゴムンガに果敢かかんに攻撃を仕掛けていた。

 フェルディと心を通わせ火の能力者として覚醒かくせいしたキイタは、最早もはやガイが心配するような存在ではなくなっているのかもしれない。

 それでもガイの不安は消えなかった。薄い雲にかすむ星以外には灯かりの一つもない、真の闇と言ってもいい夜の暗さがより一層その不安をき立てた。

「いや、やっぱり駄目だ」

 ガイは小さくつぶやくと馬の手綱たづなを取り、キイタの登って行った細い坂道に向かって数歩を踏み出した。待てとは言われたが、考えれば考える程キイタを一人で行かせるのは間違っていると思えてならなかった。

「きゃあっ!」

「キイタ‼」

 ガイの耳にキイタの小さな悲鳴が届いた瞬間、ガイは馬の手綱たづなを放り投げ風のように坂道を走り始めた。

 小さく見えていた人家の灯かりと思しき光がみるみる近づいて来る。体中をけ巡る痛みも一向に気にならなかった。全力で走りながらガイはただただ後悔していた。

 やはり一人で行かせるべきではなかった!自分のミスだ!走っている間、自分を責める自らの声が頭の中でグルグルと渦を巻いた。

 間もなく坂を上り切る。目指す家はもう目の前であった。ガイは腰の剣をつかむと足をゆるめぬまま一気に引き抜いた。

「キイタァァァっ‼」

 絶叫と共に開けた場所におどり出る。ぼんやりとした光が小さな建物かられていた。そのわずかな明かりに照らされ、数人の人影がうごめいているのがわかった。

「ガイ!」

 闇の中からキイタの声が聞こえた。ガイは叫び声を上げながら人影の群れへ向かって突っ込んで行った。

「待て、ガイ!」

 突如聞こえた叫びにガイの体が止まった。高々と剣を振り上げたガイの目の前に立つのは、暗がりの中でも間違うはずもない、誰よりも尊敬するかつての上官、シルバーその人であった。

「シ、シルバー…」

「ガイ、大丈夫だ。剣を納めろ!」

 シルバーの声に呆気あっけにとられた顔でガイは周囲を見回した。ズラリと並ぶ光る眼は、三種の魔族の一つ、フェズヴェティノスの一団であった。

「ガイ!」

 叫び声と同時に軽い足音が響きガイの元にキイタがけ寄って来た。

「キイタ…」

「ガイ、ごめんなさい。ここまで来たらココロがフェズヴェティノス達に囲まれているのが見えて、私てっきり…」

「そ、それで声を上げたのか…」

「ごめんなさい!」

 キイタは泣きそうな顔で自分の失態しったいびた。ガイは大きく息をつくと上げていた剣をようやく降ろした。

「よかった…。俺はまたてっきり…、よかった…」

 譫言うわごとのようにつぶやいたガイはその場にがっくりとひざをついてしまった。

「ガイ!」

 キイタに続いて仲間達が口々にガイの名前を叫びながら走り寄って来た。

「どうしてもじっとしていられない奴だな」

 シルバーがあきれた声で言いながらガイに肩を貸す。ナルもガイの体を支える。

「あ…、馬…」

 乗ってきた馬を坂の下に置き去りしたままなのを思い出したガイが、不自由そうに首を回す。その痛々しい姿に大地が咄嗟とっさに声を掛けた。

「大丈夫、俺、連れて来るから。早く休んで」

「すまん…」

 シルバーとナルに両肩を支えられながらガイは小屋の中へと入って行く。キイタもオロオロした顔で木戸を開け三人を誘導した。

「シルバーここはいいから、話しの続きを」

 ガイに肩を貸し一緒に小屋に入ろうとしたシルバーにナルがささやく。シルバーがナルの顔を見ると彼は自分の目を見つめ返し無言のまま一つうなずいた。

「さ、ガイしっかりつかまって」

 ナルはガイをはげましながら小屋の中へと姿を消す。シルバーは途方とほうに暮れた顔つきで二人の背を見送った。

「シルバー…」

 いつまでも心配そうにガイの様子ようすを見つめているシルバーの背中にココロが声を掛ける。我に返ったシルバーが振り向くと、何となく白けた顔のフェズヴェティノス達がココロと一緒になって自分を見つめている。

「あ…」

 キイタが現れた直後、抜刀ばっとうしたガイが乱入してきた事でシルバーの話しは途中で放り出されたままになっていた。テンが表情のない顔で自分をじっと見つめていた。

「お頭…」

 暗がりから聞こえた声にココロとシルバーは顔を向けた。見れば暗がりからオオグチのおさ、ラプスがゆっくりと近づいて来る。

 相変わらずの巨体で、恐ろしい姿をしている。危険はないとわかっていたが、ココロは我知らずシルバーの後ろに身を隠してしまった。

「遅かったね、ラプス」

 ハナが声を掛ける。

「アテイルにやられた水の能力者を連れて来ようとしたんだが、あいつはその途中目を覚ますと、俺の手を振り払ってどこかへ消えてしまった…」

 ラプスは決まり悪そうに言った。小屋の中からナルが飛び出して来る。

「お前…。先輩は⁉」

 ナルに問われたラプスは無言で首を振った。

「そんな…どこで?先輩はどこでいなくなった?」

「ナル」

 ココロが控えめな声でナルを呼ぶ。振り返ったナルの顔は必死さを隠そうともせず、アクーの身を案じ不安にいろどられていた。

「一人で動いては駄目だ」

 シルバーが静かだが厳しい声で言った。不慣れな土地、それもこんな時間に一人で行動すればナルまでも帰れなくなる。ココロもシルバーもそれを心配していた。

「でも…」

「あ~あ」

 突然タマが大きな欠伸あくびをした。

「何だかつまんない話しになってきたからタマちゃん散歩でもしてこよーっと」

 頭の後ろで手を組んだタマはそんな言葉を残しプラプラと歩き出すと、全員が見ている前で消えるように暗い森の中へと飛び込んで行った。

「大丈夫」

 突然ハナが言った。見ると彼女は笑顔だった。

「水の能力者はタマちゃんが連れて帰って来るよ」

「教えてくれ、ANTIQUEの能力者達」

 ラプスがココロの顔を見つめながら言った。

「アクーは、一体何を抱えているのだ?」

「え?」

「目覚めた途端とたん奴はまるで気が触れたように暴れ、訳のわからない事を叫びながら俺を攻撃してきた。その様子ようすはとても尋常じんじょうとは思えなかった…。奴は俺を恨んでいる、だが俺は奴に会った覚えはないのだ」

 困惑こんわくした顔でに言葉を吐くラプスにココロとシルバーは目を合わせた。ココロも戸惑った声でラプスに答えた。

「アクーは記憶を失っているの。イーダスタの森で倒れているところを発見されて今日まで暮らしてきたけど、それより以前の記憶は全然ないのよ」

「記憶が…」

「そう。自分がどこから来て、なぜあの森で倒れていたのか…。それまでどこでどんな生活をしてきたのかまったく覚えていないの」

 ラプスの脳裏にアクーの叫び声が鮮明に蘇る。

(お前が、あの時!)

(お前のせいで僕達は!)

(アクーは僕だ!)

「あの時…」

 ココロの話しを聞いたラプスは確信した。あの時アクーの中で失われていた記憶の一部が戻りかけたのだ。怒りと恐怖のためあんなにも我を忘れ攻撃的になったに違いない。

 少なくともイーダスタに着いた時、アクーは既に自分達を目の敵にしていた。それ以前にイーダスタでアクーと出会った記憶はラプスにはなかった。

 しかし、それよりも前に自分はアクーと会っているのかもしれない。そして、アクーが思い出す事を拒絶きょぜつする程の恐怖を自分自身が与えてしまったのかもしれなかった。

 ラプスは無言のまま思考の闇へと沈んで行った。

「鋼の能力者よ」

 テンの呼びかけにシルバーは慌てて顔を戻す。

「話しを戻そう。お前が知りたい事、答えてやってもよい。よいですな?ハナ様」

「…いいんじゃん?」

「俺はその手の話しに興味はない。テン、人の相手はお前に任せる」

 愛想あいそ欠片かけらもない声でモリガノは言うと、返事も聞かずに背中の翼を広げ暗い空へと飛びあがった。大将の後を追って、他のオウオソ達も次々と夜空を目指して飛び立って行った。

「二人やられたか…」

 部下達の姿を確認したラプスが低くつぶやく。部下達は面目めんぼくなさそうに一様に目を伏せた。

「お前達も散れ。体を休めろ」

 ラプスの言葉に小さく頭を下げたオオグチ達は、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで闇夜の中へと消えて行った。

「あら、みんないなくなっちゃったの?」

 オウオソが飛び去った空を見上げながら大地が戻って来た。そのかたわらにはキイタとガイが乗ってきた大きな黒毛の馬が大人しくついてきていた。

 一度大地に目を向けたテンだったが、すぐにシルバーに目を戻すと言った。

「人の住む町まで案内するつもりであったが、あと一人がそろうまでここを動けまい。中に入ろうじゃないか」

 テンの言葉にシルバーはココロの顔を見る。

「行こ、ココロちゃん」

 ハナが満面の笑みで近づいて来ると、ココロの手を取った。

「さ」

 テンにうながされ、シルバーも続いて小屋に入った。馬を手近な木に繋いだ大地も小屋に向かう。ふと振り返ると、ナルが一人暗い森を見つめてたたずんでいた。

「ナル?」

 大地が呼び掛けるとナルは振り向き、未練がましく何度も森の方を見返りながらそれでも大地と一緒に小屋に入った。

 ただ一人小屋の外に残ったラプスは、全員が中に入るのを見届けると木戸のすぐ脇の壁に背を預け、地面に座り込んだ。真っ赤な目が見つめる先にはアクーが消えた森が黒々と広がっていた。



「何だ、ヒカルちゃんもダウン?」

 板の間に倒れ込んだガイは、すぐ隣で同じように寝転んでいるヒカルに声を掛けた。

「うるさい、お前との戦いがなければ万全だったんだ」

「そりゃあ俺のセリフだっつーの」

 ガイが言うと、ヒカルはチラリと目を向ける。自分を見つめるガイと目が合うと、二人はどちらからともなく吹き出した。

「まったく、サイテー野郎だな」

 そう言うヒカルの声は何故か楽し気だった。

「お互い様だよ」

「お前なんか大嫌いだ」

「俺はヒカルちゃん嫌いじゃないけどなぁ」

「やめてくれ、吐き気がする」

「あ、ひっでーなぁ」

 互いの体を散々に傷つけあった者同士、仲良く並んで寝込んだまま笑い合っている。そんな二人の心境を理解できないキイタは複雑な表情で痛がりながらいつまでも笑い合うガイとヒカルを交互に見ていた。

 そこにココロとハナが手を取り合いながら小屋の中に入って来た。その姿はまるで子供の頃からの親友のようだった。すぐにシルバーとテン、大地とナルも入って来る。

 ハナはココロの手を引くと板の間に上がり、一番奥の方に陣取じんどった。

「キイタちゃんも、こっち」

 ハナが明るい声で手招く。何となく一度大地の顔を見たキイタは、誘われるままココロの隣に行き腰を下ろした。

 焚火たきびそばに座ったテンは、手近なまき手折たおり火にくべるとシルバーの顔を見た。

「座らんか?」

 言われたシルバーはすぐに横たわるヒカルの足元をまたぐように板の間に上がると腰の剣を抜き、テンの横に胡坐あぐらをかいて座った。

 大地は土間の隅にあった何に使うのかよくわからない手頃な道具に腰掛ける。ナルは戸口のそばに立ったままだ。締め切らない扉の隙間すきまから、壁に寄り掛かったまま座り込んでいるラプスの肩がのぞけて見えた。

「私の質問に答えてくれるか?」

 シルバーがいさんで聞くとテンはおだやかな笑顔でもう一本 まきを火に放り込んだ。

「まあそう慌てず。私はオウオソの民、名をテンと言う」

「…私は鋼のANTIQUEの能力者。名前はシルバーだ」

 教えをうのに自分の名すら名乗っていなかった。そんな礼儀知らずな行為ををよりによってこの異形いぎょうの者からやんわりと指摘された事に恥じ入りながらシルバーは言った。

 シルバーの自己紹介をテンはウンウンと何度も小さくうなずきながら聞いている。それで随分ずいぶんと気持ちが落ち着いてきた。

「改めて聞きたい」

 シルバーは姿勢を正すと真摯しんしな態度でテンと向き合った。

「あなた達虚無の住人の事、シュベルの真の目的。私が知りたいのはこの二点だ」

「さて…」

 テンは静かに目を上げるとシルバーの顔も見ずに口を開いた。

「虚無の住人について知りたいと言うが…。では逆に問おう、お前達人間とは一体何だね?」

「え…?」

 思いも寄らないテンからの問い返しにシルバーは口籠くちごもった。

「答えられまい?私達も同じだ。私達はただ私達としてそこにある、それだけの存在だ。いつから、何のために自分達がそこに存在するのか?自分達とは一体何者なのかなど、答えられるはずもない」

 テンのおだやかな声にシルバーは閉口する他なかった。考えてみれば当たり前の事だ。魚には水、鳥には空、草や虫には土。それぞれが生きるためにその地を与えられ当然としてそこにあるように、人にはこの宇宙が、魔族には虚無が与えられた。気が付けばそこに生まれ、そこに生きて来た。ただそれだけの事だ。

 そう考えれば、今まで出会い交合う事のなかった未知の存在であっただけで、彼らはいつでもそこにいたはずなのだ。自分達がそうであるように、生まれた意味などわかる訳もない。

「虚無の世界がどのようなものであるかを言葉で言い表すのはかなりの難事なんごとだ」

 シルバーが何も言わずにいると再びテンが話し始めた。

「限りなく別種の存在。ANTIQUE共が言う通り、この世界の決まり事には何一つ当てはまらない我らは、しかし恐らくお前達よりもわずかに優秀にできているのだろう。その証拠に、我らはこちら側をのぞいて見る事ができる。お前達にはできまい?」

 そこでテンは初めてシルバーに顔を向けた。その後ろにいる大地と、戸口付近にたたずむナルの顔も順に見た。

 自分の言葉が聞き手達に不快な思いをさせなかったか確認しているようだった。やがて火に目を落としたテンは話しを続けた。

「思えば、それが不幸の始まりであったかもしれんな」

「不幸?」

「そう」

 シルバーの問い掛けにテンはうなずいた。

「重力を振り切る事の出来ぬ肉体を持ち、日の光を浴び、寒さを感じ、暖かさに喜び、出会いに笑い別れに泣く。同胞どうほうと争い、傷つき、愛し、生まれ、死んでいく…。そうやって生をつむぎ時を渡るお前達を見るにつけ、いつしか我らはお前達をうらやむようになっていた。あの地面に立ち、生きる事を実感する事にあこがれを抱き始めた」

「虚無の世界ではそれが一つもないの?」

 いつしかテンの話しに引き込まれていた大地が質問する。

「ああないとも。我らにはそれらを感じる肉体がない。姿もなく、声もなく、ただ意識だけが無数に存在する世界だ」

 質問に答えてはもらったものの、テンの語る虚無の世界は大地にはまったく理解も、想像すらできなかった。

 いや、大地だけではなくプレアーガに生きるココロ、シルバー、キイタ、ガイ。アウケラと呼ばれる星から来たと言うナルであっても、この宇宙に生まれ生きて来た者達の中に虚無の世界を思い描ける者など一人としていなかった。

「少し前までは、虚無の世界とお前達の住む世界の境界は実に曖昧あいまいであった。だから、我々は度々こちら側へ来る機会に恵まれていたのだ。我らフェズヴェティノスはその多くがこちら側の世界に暮らした」

「え?」

 テンの言葉に聞いていた人間達全員が顔を上げた。

「気が付きはせんだったろう?我らは長い事お前達と共にあったのだよ」

「そうなの?」

 ココロはすぐ隣に座るハナに顔を向けた。ハナは何も言わずニっと歯を見せて笑うばかりだった。

「思えば、お前達が三種の魔族と呼ぶ虚無の種族の中では、我らフェズヴェティノスが最もお前達に近しい存在であった。我らは自分達の持ち得るあらゆる知識をもってお前達を導いてきた」

「導いて?」

 シルバーの声にテンはニヤリと笑いを浮かべた。

「お前達まさか、今日こんにちのような発展が自分達の力だけでされたとでも思っているのか?だとしたらよっぽど暢気のんきだのう。そう、我らが導いたのだよ。お前達を知恵ある者に育て、この世界の頂点へと君臨くんりんさせたのだ」

「なぜ、そんな…」

 ナルが震える声で問う。

「まあ聞くにえんとは思うが聞きたいと言ったのはお前達だ。包み隠さずに言うが、それが我らの退屈をしのぐ最大の楽しみであったからだ」

「よく、意味がわからないなあ」

 大地が戸惑とまどった声を出す。

大規模だいきぼな戦争、あるいは偉大いだいなる発明…。この世界の歴史を動かす大きな事件のほとんどに我らは関わっている」

 人間達はその話しのすべてを完璧に理解する事ができず、混乱の中で沈黙を続けた。

 大地の頭の中で分厚い歴史の教科書がパラパラとめくられていく。石器、火、土器、稲作、遣唐使けんとうし遣隋使けんずいし応仁おうにんの乱、戦国時代、ピラミッド、ナスカの地上絵、蒸気船じょうきせん、ガス灯、ライト兄弟初飛行、明治維新、ダイナマイト、電話、レントゲン、世界大戦、湾岸戦争、テロ…。

 そんなものの全てが彼らフェズヴェティノスの先導によって引き起こされた事象であると言う事なのか?

 これらの中には、罪もない多くの人の命が奪われた事件もある。直接的であれ、間接的であれ人間の進化発展の途上とじょうではたくさんの命が奪われてきたのだ。

 それが全て、このフェズヴェティノスと言う別世界に住む、肉体すら持たない種族の退屈 しのぎで引き起こされてきたと言うのか?

 その壮大そうだいな話しに、大地は怒りを覚える事すら忘れただただ呆然ぼうぜんとテンとハナの顔を見比べる事しかできなかった。










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