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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
160/440

憎しみの記憶

●登場人物

能力者

・ココロ…始まりの存在と出会いANTIQUEの能力者を探し出す使命を背負った公国の令嬢。

・吉田大地…暴走した闇のANTIQUEにさらわれた幼馴染おさななじみを救い出そうと異世界へやって来た地球の青年。

・シルバー…ココロの国で軍人をしていた男。やや頑固がんこだが真っ先にココロの仲間となった頼れる男。

・アクー…失われた記憶を取り戻そうと仲間になった少年。常人じょうじん離れした身体能力と弓矢で戦う。

・ナル…闇にちかけていたところをココロに救われ仲間になった。大地と同じく異世界から加わった青年。


フェズヴェティノス

・ハナ…三種の魔族であるフェズヴェティノスの時期首領。わずかな部下を引き連れANTIQUEの戦いに関わり続ける。

・ラプス…フェズヴェティノス、オオグチの一族をひきいいるおさ。アクーとは因縁いんねん浅からぬ存在。

・ミドリマル…フェズヴェティノスきっての戦闘車集団オウオソの民の中でも精鋭せいえいと呼ばれる十一騎の一人。



前回までのあらすじ

 ココロはハナに、シルバーはアカツキ、キイタとガイにはヒカル。そしてアクーは宿敵ラプスの手により危機から救われそれぞれ戦場を離脱りだつして行く。

 その場に残された大地は自分を救出しようと現れた白の巫女タマにナルを助けてもらえるよう頼む。馬に飛び乗った大地はナルを乗せ走るタマに続いて戦場を離れた。

 能力者達全員をその場から逃がしたフェズヴェティノスに対しゴムンガの怒りが爆発する。ヒカルは巨大な大蛇おろちへとその身を変えオウオソと協力してゴムンガを追い詰めるもその怪力の前についに倒されてしまう。

 そのスピードと強靭きょうじんな爪や牙を光らせ襲い掛かるオオグチの一族もゴムンガに傷を負わせるもその圧倒的な力の前に犠牲を出してしまう。おさであるラプスから無理をするなと言われていたオオグチはそれを機に戦場を離れ姿を消してしまう。

 能力者達が逃げ切る時間を稼ぐためゴムンガに挑んだフェズヴェティノス達はその役目を果たしその場を去っていく。そんな中オウオソの民を束ねる大将のモリガノはゴムンガの力に魅了みりょうされ徹底的に戦いを始めようとする。

 奥義おうぎり出そうとするモリガノを部下のオウオソ達は必死に止め暴れる大将を抑え込みながらゴムンガの前から姿を消す。

 部下の暴挙ぼうきょに怒り心頭しんとうのモリガノであったが彼らの思いを知りたかぶった気持ちを抑え部下を引き連れハナの下へと向かうのであった。







 アクーは深い闇の底にいた。まるで夜の海の中に漂っているような心持ちだった。青いような、黒いような、そんな揺蕩たゆたう闇の中に、白っぽい光を見た。その瞬間、耳の中にごうごう々と何か大きな音が聞こえてくるのを感じた。

「う…」

 思わず声をらし、アクーは薄く目を開いた。目の前に激しくれる幾筋もの青い線は、ひと時も止まる事なくおどり狂うように乱れる自らの前髪だ。

 ゆるやかにに記憶が蘇ってくる。ゴムンガと名乗った巨大なアテイルとの戦闘が脳裏をよぎる。その途中から、アクーの記憶はふっつりと途切れていた。

「あ…!」

 自分は戦闘の真っ最中だったはずだ。そう思い出された瞬間、アクーの意識は一気に覚醒かくせいした。大きく目を開ける。自分が今どこにいて、どのような状況に置かれているのか見当もつかなかった。

 激しい風が打ち付けてくる。そのせいで自分の髪の毛はれにれているのだ。うるさく鳴る音の正体は耳をかすめる激しい風の音だと知れた。

 目の前で暴れる青い髪の毛にからまるようにして銀の粉をまぶしたような黒く太い毛が同じように目の前でおどり狂っている。

 鼻腔びくうを突く嫌な臭い。生臭いような、全身に粟肌あわはだが立つような不愉快な獣の匂い。

 アクーは大きく左右に動かした。飛んでいる。自分は今、先も見えない闇の中をものすごいスピードで空をっていた。

 自分の体を抱きかかえる太く力強い腕。張り裂けそうな筋肉は長く不潔ふけつな毛でおおわれ、アクーの背に当てられた指からは刃物のように固くとがった爪がき出しになっている。

「は…なせ…」

 まだ混乱する意識の中で、たまらない臭いに胸を圧迫されながらアクーは声をしぼり出した。

「離せ!その手を離せ‼」

 自分の身を抱きかかえ夜の空をける何者かに向かいアクーは声の限りに叫んだ。叫ぶと同時に自分の体を激しくよじり始める。

「アクー、暴れるな!」

 頭上から降ってくるのは間違いようもない、宿敵ラプスのつぶれたようなダミ声だ。

「くうっ…!」

 この世で最も嫌いな相手の口をついて自分の名前が呼ばれた瞬間、アクーの全身に悪寒が走った。胸の中をせり上がってくるような吐き気に、言葉にならない悲鳴にも似た声がれる。

 アクーは無意識に右手を後ろ腰に当てた。そこに頼りの剣はなかった。必死にまさぐる指先に、乾いた音をたててゆぎが当たった。

 わずかに一本の矢が残っていた。アクーはおぼれる者のようにその矢をつかむと、思い切りラプスの腕に突き立てた。

「ぐっ!」

 ラプスは苦痛の声を上げ、太い枝の上に着地した。相手の力が弱まった一瞬のすきに、アクーは器用にその腕から抜け出した。足にあたった枝らしきものを思いきりり、闇の中後ろ向きに跳躍ちょうやくする。

「アクー!」

 傷ついた左腕をかばいながらラプスが叫ぶ。ラプスを正面に見下ろす枝に飛び移ったアクーは、青い目をギラギラ光らせながら憤怒ふんぬの表情で怒鳴った。

「僕の名前を呼ぶな‼このジュラモンスターが‼」

 いつものアクーからは考えられない、冷静さの欠片かけらもない声だった。まるで別の人格が乗り移ったかのように浅く激しい呼吸をり返しラプスをにらみつけるアクーの瞳は青い炎のように闇夜に光った。

 草の一本すら生えないジルタラスの荒野を抜け、飛び渡る事のできる枝を広げた木々が茂る森の中にいた。しかし今のアクーはそんな事にも気づかずただ憎悪ぞうおの眼差しでラプスをにらみ続けていた。

「その呼ばれ方は好きじゃないと、前にも言ったはずだ」

 ラプスが感情のこもらない声で言った。

「お前が嫌がるなら何度でも言ってやる、ジュラモンスター、ジュラモンスター、ジュラモンスター‼」

「アクー…」

 命を助けた相手から受けるには余りにもひどい仕打ちに、ラプスはつい口にした。その瞬間、ラプスの足元に激しく水の弾丸が撃ち込まれた。

 慌てて跳躍ちょうやくする。今まで自分が立っていた太い枝は一瞬にして折れ、直角に曲がってれさがっている。

 闇夜にプラプラとれる折れた枝から興奮した顔で自分をにらみつけるアクーへと目を移したラプスは、前にもした質問をもう一度投げかけた。

「何故、それ程までに我らを憎む?」

 それを聞いた瞬間、アクーの口は大きく割れるように笑いを浮かべた。しかし、燃え盛る青い瞳は少しも笑っていなかった。

「何故だって?白々しい!!お前のせいだ!お前のせいで僕達は!…いや、僕は!」

 アクーの目が一瞬にして光を失った。苦し気にあえぐ肩はまだ激しく上下をり返している。アクーは樹の幹に体重を預けかろうじて立っているようだった。

 顔全体に汗が流れている。大きく見開かれた目の中で青い瞳が忙し気にれていた。

「お、お前が…お前達が…。お前が、あの時僕を…」

「あの時?」

 アクーが独り言のようにり返す言葉に、ラプスが短く反応した。アクーの頭の中に記憶の欠片かけら達が洪水のように押し寄せてきた。

 まとまりのない微)(かす)かに遠い記憶の残滓ざんし。言葉であり、音であり、絵であり、感情であった。

 小さな頭の中で脳みそがふくれ上がり、中から頭骨を割って飛び散ってしまいそうだった。

「そうだ、あの時…、あの時!お前が僕を!いや、お、お前がアクーを!!…ち、違う!アクーは僕だ…、僕だ!僕だ!!僕は!お前のせいで僕達は!僕達は!僕達は‼」

 最早もはやラプスを見る事もなく虚空こくうに向かってそう叫んだアクーの目がフッと色を失った。

「アクー!!」

 再び意識を失ったらしいアクーの小さな体は、糸の切れた人形のような無抵抗さで高い木の上から暗い地面へと真っ逆さまに落ち始めた。

 慌てて枝をったラプスだったが、落ちていくアクーの体に追いつく事はできなかった。身軽に地に降り立ったラプスは、地面に叩きつけられたであろうアクーの姿を探した。

 宝石のように赤く光るラプスの目は夜の闇をもかして見る事ができた。夜行性動物の習性を身に着けている彼らオオグチは夜でもわずかな光源さえあれば昼と変わらぬ景色を見る事ができる。

 しかし、落ちたはずの場所にアクーはいなかった。驚異的な嗅覚きゅうかくを使い周囲を捜して回ったラプスであったが、ついにアクーを見つける事ができなかった。

 確かに落ちたはずであった。意識を失ったように見えたのは芝居しばいだったとでも言うのか?自分を地上へと誘導ゆうどうし、すきを見て茂みへと逃れたのか?

 しかし、ラプスの闇でも見える赤い瞳は落ちていくアクーから一時もれる事はなかった。アクーが走り去る音も聞いていない。それでも現にアクーはいなかった。

「アクー…、一体どこへ?」

 訳が分からず、途方とほうに暮れた声でラプスがつぶやいた。呆然ぼうぜんと闇を見据みすえるラプスの脳裏に、アクーの支離滅裂しりめつれつな叫びがこだまする。


(あの時お前が!)


(お前がアクーを!)


(お前のせいで僕達は!僕達は…!)


 ラプスは静かに空を見上げた。

「アクー…。お前は一体、何を背負っているのだ…」



 タマが手綱たづなにぎる馬の背にられながら、ナルはポカンとした顔で頭上を見上げていた。

 彼らが進む場所は、闇に沈む森の中であった。見上げたナルの目線の先にはなかなか立派な大木が風に吹かれて葉を鳴らしていた。

「ジルタラスに、こんな森があったなんて…」

「そりゃ国土全部が荒野って訳じゃないよぉ」

 前を見たままタマが答える。

「面積からすりゃ森林は少ないけどね、この国の人達のほとんどがこう言う小さな森のそばに暮らしている」

「そうなんだ…」

 感心したような声を出すナルを余所よそに、タマは後方に続く小さなひづめの音をその耳にとらえていた。

「遅いよ!土の能力者ぁ!」

 馬を進めながらタマが大声を上げる。言われた大地はむっとした顔で馬の足を速めた。

「うるせえな化け猫!」

「化け猫じゃないって!タマちゃん」

「俺の名前は大地!」

 言い返すとタマはようやく大地を振り返り、ちょっと意外そうな顔をした。

「へえ…君、大地って言うんだ?」

 タマは口元に小さな笑いを浮かべた。

「そう、吉田大地。それが俺の名前。それよりこれどこに向かってんの?」

「森のそばには、人が住んでいるんだって」

 ナルがたった今タマから教わった知識を披露ひろうする。しかし大地は急に疑わし気な表情を作るとタマに向かって言った。

「そんな事言ってぇ、本当は暗い森に誘い込んで油断したところやっつけようとか考えてんじゃないのぉ?」

「う~ん、本当はそうしたいのはやまやまなんだけどねぇ」

「やまやまかよ!」

 悪びれる様子ようすもなく怖い事を言うタマに、大地は冷や汗を流して言い返した。

「特に大地、君を殺してしまうとハナちゃんが怒るからねえ」

「ハナちゃんが?」

「うん。このよく知らないお姉ちゃんみたいなお兄ちゃんはともかく」

 タマが親指を背中のナルに向ける。

「僕の名前はナル!そのお姉ちゃんみたいなお兄ちゃんって呼び方やめてくれないかなあ?綽名あだなにしても長ったらしいし」

「ならクソガキ」

 突然ナルが腰に差したタテガミがぼそりと言った。

「黙ってて!」

 ナルは自分の腰に目を落とすとしかり飛ばした。ナルとタテガミのやり取りに吹き出した大地は、大きく目を見開いたタマが無言で自分を見つめている事に気が付いた。

「何?今の」

「え?」

「今誰がしゃべったの?」

 タマがタテガミの声に驚いているのだと気が付いたナルは慌てて言った。

「あ、今のはこれ、名前はタテガミ。僕の、剣なんだけど…」

「君の剣は、しゃべるの?」

「そうだね、うん、しゃべるんだ」

 タマはもう一度無言で隣を進む大地の顔を見た。

「お、俺はノーコメントだよ?俺の中にある常識じゃとても納得のいく説明なんかできやしない」

「ちょ、マジきもいんだけど…」

「何だと小娘!」

 タマの感想にタテガミが不満の声を上げる。タマは目に見えておびえたように身を震わせると、耳をつんざくような悲鳴を上げた。

「やだやだやだ、きもいきもいきもい!何これ?超怖いんですけ?しかも何でおっさん声なの?」

「何をぅ?おっさんだとぉ!」

「タテガミはこの剣に宿る精霊なんだよ」

「は?何、精霊?意味わかんない。お化けとか超無理!」

「お化け無理ってお前…」

 お前こそ妖怪の類じゃないかと大地は鼻白はなじらんだ声を出した。

「ちょっとナル君、君もう降りな。降りて走れさ」

「降りるの?」

「やだよもお、気味悪いなあ。降りて降りて」

 タマは後ろのナルを叩くように手をパタパタと振った。

「いやタマちゃん、そんなきつい事言わないで上げてよ」

 大地が困った顔で取り成すが、ゴキブリに出会った女子高生のようにタマは奇声を上げ聞いていない。

「わ、わかったよ。わかったから暴れないで」

 ナルは後ろ向きのまま歩いている馬から飛び降りると器用に着地し、そのまま二頭の馬の後を小走りで追いかけ始めた。

「もおやだぁ。タマちゃんお化けとか初めて見たし」

 タマは眉根まゆねを寄せ、汚い物でも見るようにナルを見ながら言った。

「だから初めてじゃないべ?」

 大地がぼそりとこぼした声など、興奮気味のタマの耳には一切入っていなかった。

 初めての戦闘を終えたばかりのナルは自分が思う以上に疲弊ひへいしているはずだ。大地は自分の経験を思い返しながら、息を切らして山道を走るナルを気の毒そうに見下ろした。

 しかし残念ながらこの山道を自分よりはるかに体格のいいナルを乗せて馬をあやつる自信は今の大地にはまだなかった。



「ココロ様ぁーっ!」

 上空高く連れ去られたココロを追い、森の奥へと入り込んだシルバーは、先の見えぬ闇に向かって叫び続けていた。

「ココロ様ー!ココロ様ー!」

「うるさいよ‼」

「ココ…、え?」

 必死にココロを捜し回るシルバーは、突然投げかけられた高い声に驚いて馬の足を止めた。声の主を捜して周囲を見回すシルバーの目に、今にも崩れそうな一軒のあばら家が映った。

 その古い小屋を背にメガネの娘が怒ったような顔でこちらをにらんでいる。フェズヴェティノス桃色の巫女、ハナだった。

 シルバーは慌てて馬をハナの立つ方へ向けるとけ足で近づいた。ハナの前まで来ると急いで馬から降りて地に立つ。その間、ハナは腰に手をあてたままシルバーの行動を黙って見ていた。

「話しはアカツキから聞いた」

「ん?」

 静かな声で話し出した鋼の能力者の顔をハナは見上げた。シルバーが次の言葉を言おうと口を開きかけたその時、突然自分とハナの間に大きな黒い影が立ちふさがった。

 ハナをかばうように立っているのはオウオソ。ココロを連れ去ったミドリマルだ。自分を睨みつけて立つミドリマルを見たシルバーは小さく一つ息を吐き出すと、腰に差した剣をさやごと抜き取り、それをそのままミドリマルに向かって投げた。

 飛んできた剣をミドリマルは片手で受け止める。それを見たシルバーはハナの顔に目を戻すと落ち着いた声で言った。

「争う気はない。教えてくれ、ココロ様はどこだ?」

 シルバーの灰色の目が、メガネの奥の大きな瞳を真っ直ぐに見つめている。ハナも黙ったままただじっと見つめ返していた。

 しばらく無言で向き合っていると、ハナの背後にある木戸が静かに開かれた。

「シルバー?」

 そこに立っていたのは、まぎれもなくココロであった。

「ココロ様!」

 シルバーが叫ぶとココロは目の前に立つハナとミドリマルの間をき分けるように小屋から飛び出しシルバーの胸に飛び込んで来た。

「ココロ様!」

 シルバーはもう一度叫ぶと、身をかがめてけ寄るココロの体をしっかりと抱きとめた。

「ご無事でよかった…」

「シルバーも」

「ココロ様、お怪我けがは?どこか痛いところはございませんか?」

「大丈夫」

怪我けがなんかさせる訳ないだろ」

 そんな声にシルバーが顔を上げると、受け取った剣を肩にかつぎながらミドリマルがあきれた顔をしているのが目に入った。

「このお転婆てんば姫は空の上でも大暴れだ。引っかかれて怪我けがをしたのはこっちだぜ、まったく」

「だっていきなりさらうんだもん」

 ココロはミドリマルを振り返ると、ねたように口をとがらせた。

「損な役回りだぜ、何で俺だけ…」

「お前が一番若いからだろ」

「そりゃそうだけどさ…」

 苦笑いを浮かべて言うハナにミドリマルはまだブチブチと不平をこぼしていた。

「礼を言う、フェズヴェティノスの姫」

「ほう」

 シルバーがハナに向かって頭を下げると、ハナは急にいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。

「この人間はなかなか礼儀を心得ているな、気に入った」

「お嬢、こいつは鋼の能力者。コクヤを倒した奴ですよ」

「へえ、コクヤを?」

 さらに興味深げに自分を見つめてくるハナの目に、シルバーは気まずそうに眼をらした。そんなシルバーの仕草にハナは声もなく笑うと、ココロに声を掛けた。

「取り敢えず入ろ、ココロちゃん。その内みんな来るからさ」

 そう言うとハナは返事も聞かずにクルリと二人に背を向け、さっさと小屋の中に入って行った。

「みんなは、まだ?」

 シルバーがそっとココロにたずねる。ココロは不安そうな表情を浮かべ無言でうなずいた。

 シルバーは背後の闇を振り返った。突如とつじょオウオソに連れ去られたココロを追う事ばかりを考えいの一番にその場を離れてしてしまったシルバーは、今更ながら戦場に置いてきた他の仲間達の身を案じ不安になった。

「ウチの大将が付いてるんだから大丈夫だよ」

 ココロとシルバーの不安を察したのか、ミドリマルが不機嫌そうな声で言ってきた。

「お前達の仲間はその内みんなやって来るさ」

 シルバーはミドリマルの言葉にうなずくと静かにココロの背中を押し、小屋へ入るようにうながした。

「ほれ」

 ココロに続いて小屋に入ろうとしたシルバーに、ミドリマルが剣を渡してくる。

「すまん」

 シルバーは短く言うとミドリマルから剣を受け取り、元通り腰に差した。つまらなそうにため息をついたミドリマルが先に立って小屋の中へと入っていく。

 最後に小屋に入ったシルバーはざっと中を見回した。思っていたよりも広い。しかしその大半は土間で、板張りになった場所は全体の四分の一程だ。板の間の真ん中には囲炉裏が切られており、今そこにはあかあか々と焚火たきびが燃えていた。

「ここは?」

 シルバーの問いに、火にまきをくべながらミドリマルが答える。

「近くに住む人間が物置に使っている小屋だ。大丈夫、夜の内は人は来ない」

「本当は近くの町まで直接送り届けても良かったんだけどさ。変化が得意じゃないオオグチ連れて人里には行けないからね」

 暗い部屋の隅からハナの声が聞こえた。れる焚火たきびの灯かりに照らし出されたハナは、板の間の奥にたたずんだままこちらを見ている。

「え~っと、何だかハナちゃん私を助けてくれたみたいな訳で…」

 ココロが、自分もまだよく事情が呑み込めていない様子ようすでシルバーに言う。シルバーはココロの顔を見てうなずいた。

「私がラディレンドルブルットへ向かう途中現れたオウオソから事情は聞かされております」

「事情?」

 ココロが問い返すとシルバーは部屋の奥にたたずむハナに目を向けて続けた。

「オヤシロサマは、今回の戦いから手を引くと」

 するとハナは静かに笑顔を見せた。

「そう。じっちゃんは今回のシュベルのくわだてからは身を退くと、そう言って仲間を連れて旅に出た」

「ハナちゃんは、おじいさんについてはいかなかったの?」

 ココロが問うとハナは愛くるしい笑顔をココロに向けた。

「私はじっちゃんにはついていかなかった…。私はまだこの世界に未練があるから」

「この世界を手にしたいと言う事か?ならば何故我々を助けた?」

 シルバーの質問にハナの笑顔が消える。

「私達は魔族の攻撃からこの世界を守るために集まった!お前達魔族の手にこの世界を渡さないためにな」

「シルバー」

 ココロがシルバーの言葉をとがめるようにその名を呼んだ。しかし言われたハナやミドリマルは別段怒る様子ようすもなく黙っていた。

「世界なんか、別に欲しくないよ」

 暗がりの中、ハナがポツリとつぶやくのが聞こえた。

「この世界は、この世界で生まれた者が治めればいい。シュベルなんかいなくたって、私達はいつだってこの世界の片隅かたすみでお前達と共に生き続けて来たのだから」

「ハナちゃん…」

 まだ何か言いだしそうなシルバーを制して、ココロがハナを呼んだ。ハナは目だけでココロの顔を見る。

「だから私達を助けてくれたのね?ハナちゃん達はこの世界で生まれた者の味方をしてくれるんだね?」

 ハナは感情のない表情のままじっとココロを見つめ返してきた。ハナの答えを待つココロも、黙ったままその目を見返している。

 やがて小さく息を吐きだしたハナはココロから目をらすと静かに口を開いた。

「別に。私達は誰の味方でもない。結局のところ、どんな結果になったって、特に私達にはカンケーないもの」

「じゃあ何で?何であんな危ない真似までして私達を助けてくれたの?」

 ミドリマルが、自分もそれが知りたい、と言った表情でそっとハナの顔を盗み見る。しばらくの間黙ったまま自分の足元を見つめていたハナがゆっくりと顔を上げる。

「だって…」

 ハナの無表情だった顔がくずれる。泣き笑いのような何とも言えない表情を作ったハナが、ココロ顔を見ながら言った。

「私達、友達になれるんでしょう?」













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