ドルスト道中
●登場人物
ココロ…アスビティ公国令嬢にして、ANTIQUEのリーダーをつとめる14歳の少女。始まりの存在である「ゲンム」の能力を宿し、テレパシストとして覚醒している。
大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。地面を思った通りに破壊する事ができる。ただし、その能力を発動させる為には右腕が通常時の五倍程度まで膨れ上がってしまう。
シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれたアスビティの剣士。体を鋼鉄に変え、あらゆる攻撃を跳ね返す事ができる。
●前回までのあらすじ
ココロの認めた公爵に宛てた親展の書状を持ち、一路アスビティ公国首都を目指していたシルバー腹心の部下であるブルーは、その国境を渡る山中で同じくシルバーの部下であるアローガからの突然の攻撃を受け、書状を持ったまま夜の崖下へと落ち、生死不明となってしまう。一方、そんな事とはしらないココロ達一行は、ンダライ王国首都ハンデルを目指し旅を続けていた。
「まいどありぃー」
「お世話様ぁー」
愛想よく見送る洋品店の店主に、同じく愛想よく返事を返して大地は最後に店を出た。
山中でブルーとアローガの二人と別れたココロ、シルバー、大地の三人は、ンダライ王国の首都、ハンデルにほど近いドルストの町へと無事に到着していた。
ブルーの身に起きた災難を知る由もない一行はそこで宿を取り、夜明けとともに出発したところであった。ンダライの首都であるハンデルを目指す途中、ようやく見つけたこの店で旅に適した服を一式買い揃えるべく立ち寄ったのだ。
「へー、しっかりした生地だなぁ。でもちょっと暑いかな」
高校の制服とは打って変わり、プレアーガ特有の服に身を包んだ大地は珍しそうに自分の恰好を見下ろしながら言った。
「これから冬になる、その位で丁度いいんだ」
「似合っているわよ、ダイチ」
そう言うシルバーとココロもすっかり衣装替えをしていた。必ず地球に帰ると言う決意を込めて大地は脱いだ制服を捨てず、シルバーの軍服と同じように荷物の奥底へとしまい込んでいたが、旅の邪魔となるココロの服数点はほとんど店の主人にくれてやった。
国家主席の娘が着ていた服だけあって随分と高価なものであったのだろう、売ればかなりの値がつく筈だ。そのせいか、店の主人は必要以上に親切にしてくれた。
「さあココロ様は馬へ。手綱は私が取りましょう」
「え?俺らは?まさか歩くの?」
ぎょっとしたような顔で大地がシルバーに訊く。
「何も慌ててハンデルに着かなくてはならない理由などない。それよりもココロ様には、できるだけ落ち着いて仲間へのメッセージを送っていただく事の方が重要なのだ。ダイチ、そちらの馬はお前が引け」
「えー、そんなのした事ないよぉ」
「馬は賢い。引けばお前の歩調に合わせてついてくる。心配するな」
「心配するなったって…」
ぼやきながらも大地はしぶしぶ手綱を取る。すぐ近くに馬の顔があった。
「よろしく」
馬に向かってそっと声を掛けると、馬は一つ大きな鼻息を吐いて答えた。
プレアーガの馬は地球のものとそっくりであったが、唯一、額の中央に小さな瘤があるのが特徴だ。まるで生え変わり始めたシカの角のような瘤が例外なくどの馬にも見られた。
(この角は大きくなるのかな?だとしたら、もしこいつらが何かの拍子に時空を超えて地球に行った事があるなら、案外、伝説のユニコーンってのはこいつらの事かもなぁ)
馬の顔を見ながらそんな事を考えていた大地に、シルバーが話し掛けてきた。
「時にダイチ」
「んー?」
「お前、本当に武器は買わなくてよかったのか?」
「武器って、剣とか盾とか?」
「別に槍でも弓でもよいが」
「いらない、いらない」
大地は空いた方の手を振って答えた。
「そんなもん持ってたって使えないもん。邪魔なだけだよ。俺はテテメコの力だけで十分」
「テテメコの力と言うが、単に地面を割るだけだろう?」
「お、聞き捨てならないなぁ」
シルバーの言葉に反応して、突然当のテテメコが現れ抗議を始めた。
「僕の能力が人間とシンクロした時には想像できない程の力を発揮するんだぞ」
「想像できない程の、力?」
シルバーが問い返す。
「鍛えれば鍛える程進化していく。その可能性は無限大だ。最後はどうなっちゃうのか僕自身も想像がつかない」
「へー、そうなの?」
そう訊き返したのはテテメコのバディである当の大地であった。
「大地は僕の力が好きじゃないとか駄々をこねて鍛えようとしてこなかった、だからあんな程度しかできないんだよ。ここに来るまでにもっと色々試してみれば良かったんだ」
「どこですんだよ、そんな事」
呆れた声で大地が言い返す。狭い田舎町に生まれ育った大地であった。腕を通常の五倍に膨らませて地面をたたき割る練習を秘密で行う事など、できる筈もない。
「それはこの男も同じだ」
と、今度はシルバーの腰にぶら下がる銀のメダルから声がした。珍しく鋼のANTIQUE、デュールが自ら話し始めた。
「シルバーも私の能力を鍛えようとはしなかった」
「デュール、余計な事を言うな」
シルバーが少し慌てた声を出す。
「私は剣士だ、国を守り戦う剣士だ。我が身を守る為だけの能力など必要なかったのだ」
「もったいないよなぁ、組み合わせればもっと強くなるのに」
「組み合わせる?」
テテメコの言葉に今まで黙ってそのやり取りを聞いていたココロが訊ねた。
「そうだよ。特にゲンムと光と闇。それ以外の九つのANTIQUEは個々であり、一つの自然現象だ。土と鋼、水、雷、火、重力、氷、生命、風…これらの自然現象の特徴をうまく組み合わせていけば、その威力は二倍にも三倍にも膨れ上がる」
そう言うテテメコの答えに、大地とシルバーはお互いの顔を見合わせた。
「じゃあ二人とも、仲良くしなきゃね?」
いたずらっぽくココロが言う。
「えーーー!いや、それはちょっとなぁ…」
即座に大地が声を上げる。
「何がちょっとだ、それは私の方こそ言いたい!」
シルバーもすぐに抗議で返す。
「何だよぉ」
「何だ、文句があるのか?」
そうやっていつまでもお互いの悪口を言い合っている二人の背中を見ながら馬上のココロは、既に結構仲がいいなぁ、と微笑ましく感じていた。
「大体、武器は使った事がないだ、馬には乗った事がないだと、お前の住む世界とは一体どんな所なのだ?」
「あ?…いやぁ、世界、って言うか…、俺の住んでいた国が、そうなんだよね」
「そうなんだ、とは、どうなんだ?」
「あんた達の国と同じ」
「何?」
「戦わないの。俺の生まれ育った国は、戦争を永久に放棄したんだ」
「それは…」
「素晴らしいわね」
一瞬言葉に詰まったシルバーに代わり、ココロが言った。
「ねえダイチ、今度ゆっくり地球の話しを聞かせて」
「いいけど、別に大して面白くもないと思うよ?」
「ううん、きっと面白いわ。そうそう、例えばダイチっていう名前にはどんな意味があるの?」
「意味?えっと、そりゃ大きい地面、広大な土地の意味なんだけど。…う~ん、そうだな、イメージ的には、雄大な、とか、力強い、とかそんな思いを込めて名前にしたんだと思うけどね、親が」
「大きく、広大で、雄大な地面…。大地…。いい名前ね」
「完全に名前負けだな」
シルバーが茶々を入れる。
「うっさいなぁ」
ひとしきり漫才のような小競り合いが終わったところで、今度は大地がココロに訊いた。
「ココロって言うのは?どういう意味?」
「え?あぁ、意味っていうか、アスビティ公国の歴史上の人物で同じ名前の偉人がいたの。私の名前はその人にあやかってつけられたのよ」
「そうなんだ…。いや、実は俺の国にはココロの名前とまったく同じ音の言葉があってね」
「え?ココロと言う言葉があるの?」
「そうだよ」
「それは、どんな意味?」
ココロが俄然、目を輝かせる。
「うーんとねぇ、人の胸の中にある気持ちとか、感情とかの事かな?通り一遍にやるんじゃなくて、一生懸命丁寧にやる事を心を込める、とか、ぼーっとしている状態を心ここにあらずとか、そんな風に使うね。別の国では、心臓と同じ発音で表現する場所もある。つまり、心を失う事は、心臓が止まって命を失うのと同じ位の意味があるって事だね」
「心を失う事は、命を失うのと同じ…」
ココロは、大地の言葉を繰り返した。
「地球ではあまり名前に使われる事はないけど、でも、ココロもいい名前だと思うよ」
大地は馬上のココロを振り返り笑顔を見せた。そんな大地を見てココロも嬉しそうに微笑み返す。
「じゃあ私、ココロを込めて仲間にメッセージを送るわ」
「そうだね、お願い」
それから暫の間ココロは静かに目を瞑り、いつもの言葉を胸の中で繰り返していた。大地とシルバーもそれを邪魔しないよう、黙ってただ歩き続けた。
ドルストの町はアスビティと国境を成すダルティスの町に比べればまだ活気があった。しかし、それも暫く歩くと再び家屋の少ない田舎道へとつながっていた。
日が高くなり、気温も上がってきた。牧歌的な景色は戦いを忘れさせる程美しかった。
道に沿うように川が流れ始めた頃、三人はその川の畔で休憩をとる事にした。汗をかき始めた大地の弱音の提案にココロが賛成したのだ。
「しかしなぁ大地。話しを戻すようだが…」
川の中に入って派手な水飛沫を上げながら顔を洗う大地を見つめつつ、シルバーが声を掛ける。
「えー?」
「この先、いつどこで敵と遭遇するかわからんのだぞ?やはり、剣の一本も持っていた方がいいのではないか?」
「大丈夫だよ、そんな使い慣れないもの持っていたって意味なんかないもの」
濡れた顔を拭きながら川からあがった大地は、そのまま立ち止まらずにシルバーの横をすり抜けココロの待つ道へと土手を上がって行った。
「そうは言うが、先程の話ではお前はまだ能力を鍛え切れていないようではないか」
シルバーもすぐに腰を上げ、大地を追いかけるように土手を登りながら、その背に向かって続けた。
「それはシルバーも一緒でしょう?」
「だから私は剣を極めているのだ。私がデュールの力を適切に使いこなせていないのは認める、だが私には剣がある」
大地は無言のまま、顔を拭いた布を無造作に馬の背にある荷物に突っ込むと、手綱を取って歩き出した。シルバーの助言にだんだん不機嫌になってきた事がわかる。
「大地…」
シルバーもココロを乗せた馬を引きながら歩き始めた。
「ブルー一人を残して他の隊士全員を地に倒したあの技は実際見事だった。だが、彼らは人間だ。この先お前が相手にするのは、魔族だぞ?」
黙って歩き続ける大地の横に並び、シルバーは説得するように話した。
「私はお前を心配しているんだ」
不意に大地は立ち止まると、一つ大きなため息をついた。そして上げた顔をシルバーに向けて小さく微笑みながら言った。
「心配してくれてありがとう」
「なに…」
「いや、これは皮肉でもなんでもなく、素直にありがとう。でも、今さら剣や槍の練習を始める位なら、テテメコの力をどこまで引き出せるかそっちに時間をかけたいと思う」
言い終わると大地はシルバーの返事も待たず再び歩き始めた。ありがとう、などと言われて気をそがれたシルバーはハッと我に返ると慌てて大地を追った。
「そんな悠長な事を言っていられるのか?アテイルとの闘いは既に始まっているのだ。そら、今にもその辺りから魔族が襲い掛かってきてもおかしくないのだぞ?」
シルバーが目の前の茂みを指差しながら言う。大地はもう一度ため息をつくと言った。
「冗談じゃない。いくらなんだってそうヒョイヒョイ敵に出くわしてたまるか…」
大地がすべてを言い終わる前に、突然、今正にシルバーが指差した茂みが、ガサガサと音を立てて揺れた。
「うひゃぁ!」
説得の為の脅しが効き過ぎたのか、大地はらしくない大声を上げるとシルバーに抱きついた。
「こ、こら!大地、離れんか!剣が抜けん!」
大地とシルバーがそうやってもみ合っている間も、目の前の茂みは揺れ続けた。そこに何かしらの生き物が潜んでいるのは間違いがなかった。しかもその生物は、三人の目の前に自ら姿をようとしているのだ。
馬上のココロは慌てて体を捻り、馬の後に括りつけていた父親 直伝の剣を取ろうと手を伸ばしていた。
三人ともバタバタするばかりでまったく戦う準備が整わないまま、遂にその“何か”が目の前に現れた。
「え…?」
ココロ、大地、シルバーの三人は同時に動きを止め、声を出した。三人の目の前に現れたのはまったく予想していなかった人物であった。
怯えたように見開かれた大きな目、透き通るような白い肌、少年のように短くした髪の毛は燃えるように美しい赤毛であった。
顔や手足が薄汚れてはいたが、それを差し引いてもすぐに美しいとわかる、まだ体の小さなあどけない顔をした少女が、そこには立っていた。
三人の能力者と赤毛の少女はお互い言葉もなく暫く見つめあっていた。そして、一番にその沈黙を破ったのは、茂みの中から現れた少女の方であった。
少女は二人の男の背後で馬に乗るココロを見上げ、囁くような小さな声で言った。
「呼びました…か?」




