魔族VS魔族
●登場人物
能力者
・吉田大地…土の能力者。闇のANTIQUEに攫われた幼馴染を救出しようと地球からやって来た。高い知識と根性が武器。
・アクー…水の能力者。自身の失われた記憶を取り戻すため仲間になった少年。高い身体能力を活かして戦う。
・ナル…生命の能力者。闇に堕ちかけていた自分を救い出してくれたココロを慕い仲間になった。本来両足の機能を失っている。
アテイル
・ゴムンガ…アテイル一族四天王の一人。底知れぬ腕力の持ち主である事から「剛の竜」と呼ばれるが実は知略に長けた策士。
フェズヴェティノス
・タマ…オヤシロサマに使える白の巫女。正体は猫型獣人族であるが普段は真っ白な肌をした可憐な少女の姿をしている。
・ヒカル…同じく黄色の巫女。正体は金色に輝く巨大な蟒蛇。人間体は非常に美しくグラマラスな美女。
・オオグチ一族…狼型獣人族。鋭い牙と爪、そして目にも止まらぬ速さを武器に群れを成して戦う。残忍な一族。
・モリガノ…オウオソの民を率いる大将。好戦的で血の気が多いが仲間思いで部下からの信頼も厚い。
・テン…モリガノの懐刀と呼ばれる知性の高い老齢のオウオソ。
・ハクザサ…唯一白い羽を持つオウオソ。岩石をも切る剣筋から「イシキリ」の二つ名を持つ。
・ゲンシキ…特攻隊長の役目を担う好戦的なオウオソ。短気な性格。
・ウンリュウ…巨漢で怪力の持ち主。不言実行型のオウオソ。
・サトリ…テンと並び経験豊富な年嵩のオウオソ。
・クロキリ…サトリを師と仰ぐ忍術使い。
・コウガ…速さを武器に戦う若いオウオソ。
前回までのあらすじ
ゴムンガの鉄拳に吹き飛ばされたナルだったが、寸でのところでココロが発動したガーディアンクロウジャルの力に救われた。しかしその衝撃にナルは気を失ってしまう。
ナルが倒された事に怒りを爆発させたアクーは素早い連続攻撃でゴムンガを責め立てるが、一瞬の隙をつかれやはり戦闘不能の状態にされてしまった。
次々と入る能力者達からの妨害にココロ抹殺を諦めたゴムンガは標的をキイタへと変える。強烈な攻撃の前に晒され風前の灯火となったキイタの命を救ったのは、何と敵である筈のフェズヴェティノス、オウオソの民であるアカツキであった。
ミドリマルの背に乗り戦場に乱入したフェズヴェティノスの姫であるハナはココロだけを攫うように連れ去ると後も見ずにその場を離脱して行った。
アカツキに救われたシルバーはココロの悲鳴を聞きつけ即座に馬を走らせた。ヒカルの援護を受けたガイとキイタも連れだって戦場を離れ馬で去っていく。
意識を取り戻したナルは勝手のわからないプレアーガの荒野に一人取り残されている事に気が付き慌てる。タテガミの指示に従い離脱を試みようとしたナルは、倒れたまま動かないアクーを発見し慌てて駆け寄るが、そんなアクーをオオグチの長、ラプスは両手に抱えると何処かへと連れ去ってしまう。
フェズヴェティノス達が次々とゴムンガに立ち向かっていく中、ラプスが飛び去った夜空を見上げナルは一人 茫然と佇むのだった。
「お~い、土の能力者ぁ~」
ココロの飛び去った先を呆然と見上げていた大地の元に蹄の音が近づいてきた。自分に呼びかける声に我に返った大地の目の前に一頭の馬が立ち塞がる。
「ああ!化け猫!」
馬の手綱を取っているのはフェズヴェティノス、白の巫女だった。彼女は大地の顔を見ながらぷうっと頬を膨らませる。
「化け猫って言うなぁ。私の名前はタマちゃん!はい言ってみて」
「タ、タマちゃん」
「そう、よくできました」
タマは一瞬で笑顔を作ると機嫌のいい声を出した。
「あのでっかいのはウチの連中が止めておくから、早く馬に乗って!」
「な、何で…?」
「そんなのは後後!早くここから脱出してココロちゃんを追っかけるよ!」
そう言われた大地はハッとしたように周囲を見回した。
「お、俺より彼を頼む!」
「え?」
大地が指さす方を見たタマの目に、剣を片手に立ち尽くすナルの姿が見えた。
「彼は馬に乗れないんだ!」
「何だってぇ!?まったく、しょーがないなー」
ブツブツ言いながらタマは馬の体を反転させると急いでナルの元に向かった。それを見送った大地は急いで自分の乗る馬を探した。
「そこの!」
背後から掛けられた大声にナルは慌てて振り向いた。闇夜に浮き上がる程真っ白い顔をした見知らぬ少女が馬上から自分に向かって叫んでいる。
肌の色とは対照的な真っ黒いショートカットが揺れている。見た事もない少女の出現にナルは一瞬ぽかんとした表情を見せた。
「あんただよ、お姉ちゃんみたいな顔のお兄ちゃん!早く乗って!ココロちゃんの所まで連れて行って上げるから!」
「え…?」
初めて会う相手から馴れ馴れしく話し掛けられたナルは戸惑い、すぐに返事ができなかった。
「ぼんやりしないで!」
それでも動けずにいるナルの耳に、更に新たな蹄の音が近づいてきた。
「ナル!」
「大地!」
「大丈夫!その馬に乗って!ココロを追うよ!」
「わ、わかった!」
ナルは慌ててタマの後ろに乗ろうと鞍に手を掛けた。
「ちょっと、もぉ!その物騒なもんしまってよ!」
タマに言われてナルは自分がまだタテガミを抜身のまま手にしている事に気が付いた。
「ご、ごめんなさい」
可憐な少女の見た目からは想像もできないタマのきつい言い方にナルは完全に委縮していた。慌てて腰の鞘にタテガミを戻す。
「あ…」
剣を仕舞おうと下に向けた目線の先で、何かが小さく光るのが見えた。ナルは慌ててその光の源へと駆け寄る。
「ちょっと何やってんの?早くしてよ!!」
「あ、はい!」
タマの怒りの声に慌てて返事を返したナルは、地面で光る小さなナイフを慌てて掴み上げた。それは意識を失ったアクーの手から落ちた、白刃の短剣であった。
ナルは自分の懐にアクーの剣を入れると、急いでタマの元へと戻った。
「変な所触らないでよね!触ったら殺すよ!」
タマは背後のナルに向かって牙を剥き出す勢いで叫んだ。
「えっと…、どこを持てば…」
「知らないよそんなの!あたし以外のどっか!」
馬に慣れていない為どこに掴まればいいのかわからないナルは更に混乱した。しかしタマはそんなナルにお構いなく勢いよく馬の脇腹を蹴った。
走り出したタマの馬を追おうとした大地は、背後で聞こえた巨大な音に振り向いた。
「うわぁ…」
そこに展開するとてつもな情景に言葉を失う。地面を割り地中から天に向かって巨大な蛇が金色の光を放ちながら立ち上がっている。
その巨大な口には、自分達が手も足も出なかったアテイル四天王の一人、ゴムンガの体が咥えられていた。
大蛇の前ではゴムンガの巨体もまるで子供のおもちゃのようだった。天高く持ち上げられたその体目掛けて剣を手にしたオウオソ達が羽を広げて襲い掛かる。
ANTIQUEとはまた違った常識外れの戦いに恐怖にも似た感情を覚えた大地は、逃げるように馬の向きを変えると先に行ったタマとナルを追って走り出した。
「ぬおお…」
巨大な蛇に姿を変えたヒカルに咥えられたゴムンガは、何とかその戒めから逃れようと両手で無理やり大蛇の口をこじ開けた。
ぶるぶると震えるゴムンガの両腕の下で、大蛇の口がビチビチと奇妙な音を立てながら開き始めた。
やがて絶叫と共に完全に蛇の口を開いたゴムンガは、巨体に似合わぬ俊敏な動きでそこから脱出すると、襲い掛かるオウオソ達に向け空中で剣を振り回し応戦した。
力任せに口をこじ開けられたヒカルは巨大な体を地面に倒すと、のたうちながら見る間にその姿を元の美しい娘へと変えた。
ゴムンガは片膝をついて地面に着地する。その衝撃に地面が激しく砕けた。まるで万力で締め付けられたような、経験した事のない痛みにゴムンガは珍しく肩で息をしていた。
そんなゴムンガに向かい凄まじいスピードで迫る殺気があった。ハッとして顔を上げた瞬間、両肩に強い衝撃を感じた。
無様に態勢を崩したゴムンガであったが、辛うじて尻を地に着く事はなかった。慌てて立て直すとその勢いのまま立ち上がり振り返る。
ガチャリと鳴った音に自分の体を見る。衝撃を受けた肩の辺り、自慢の鎧が一部切り裂かれ胸元で揺れている。
顔を上げた先には二匹のオオグチが立っていた。どうやら目にも止まらぬ速さで襲い掛かり、鎧を破壊したのはオオグチの巨大な爪と鋭い牙であったようだ。
「ヒカル、無事か?」
両手で顎を抑え顔をしかめているヒカルに話し掛けてきたのはオウオソ十一騎の一人、サトリだった。
モリガノの知恵袋とされるテンと並び老齢な彼は、どこか飄々とした風貌で若いフェズヴェティノスの中では殺気のないのんびりとした雰囲気すら感じさせた。
しかしその目は油断なくゴムンガの背を見つめ、いつでも攻撃に転じられるよう、態勢は常に戦闘の為に整えられていた。
「大丈夫なもんか!あいつ、何て力だ」
涙を浮かべながらヒカルが毒づく。
「綺麗な顔が台無しだのお」
「大きなお世話だ爺!お~~~~痛ぇ~~」
「まあここは我らに任せ、お前はお嬢を追え」
ひょっひょっひょっ、と特徴的な笑いを上げてサトリが背中の羽を広げる。
「ちっ!あ、痛!」
サトリの態度に酷くプライドを傷つけられたヒカルは舌打ちと同時に走った顎の痛みに再び顔をしかめた。
立ち上がったゴムンガの前にゆっくりと近づく影はオウオソの頭目、モリガノであった。
「面白い…」
フェズヴェティノスの中でも主力の一人であるヒカルを圧倒したゴムンガのパワーに、戦いの民であるオウオソの血が激しく騒いだ。
「ANTIQUEが離脱するまでの時間 稼ぎのつもりであったが…。アテイルの首領格、是非とも討ち取ってみたくなったわ」
モリガノは口元に不敵な笑みを浮かべながらゴムンガににじり寄った。血走った眼は決して笑ってはいなかった。
「大将、ご本分、忘れてはなりませんぞ」
圧倒的なパワーを見せるゴムンガに本気で勝負を挑もうとするモリガノを、テンがそっと窘める。
「本分?忘れたぞそのような事は」
「大将!」
アテイルとフェズヴェティノス。二大魔族の首領格同士の戦いとなれば相当の激戦が予想される。実力は互角。ほんの僅かなタイミングのずれが勝負と生死を分けるだろう。モリガノが百%の確率で勝利を収めるのは不可能だ。
そんな事は戦いに挑もうとするモリガノ自身が一番よくわかっている筈だ。恐らく彼は、存分に剣を振るい、納得のいく戦いができるのであれば、その後の結果として自らの肉体が滅びてしまう事などまったく意に介していないに違いない。
しかしテンはここでモリガノに倒れられる訳にはいかなかった。戦い好きの大将を何とか思いとどまらせようと必死に頭を回転させていた。
その時、再び闇の中からオオグチが二匹、風のようなスピードでゴムンガに襲い掛かった。先程とは違い今度は左右から同時に躍りかかる。
しかし、一度その技で辛酸を舐めているゴムンガに二度目は通用しなかった。左手から襲い掛かったオオグチはゴムンガの渾身の蹴りを体に受け、殴られた犬のような声を上げながら吹き飛ばされた。
間髪を入れず振り向いたゴムンガは牙を光らせ襲い掛かるもう一匹のオオグチの顔面をグローブよりも大きな手で鷲掴みにした。
「稚拙な…」
オオグチの単調な攻撃に不愉快そうな声を出したゴムンガは、相手の頭を掴んだ右手に力を込めた。オオグチの頭がミシミシと不気味な音を上げ始める。
「俺は愚か者ではない」
片手でオオグチの巨体を掴み上げながら、ゴムンガは静かに語り始めた。
「貴様らが何を思ってこのような暴挙に出たかは知らんが、俺は一人でフェズヴェティノスの集団を相手にする気はない。無論、これ以上ANTIQUEを深追いするつもりも毛頭ない」
頭を掴まれたオオグチが、長い舌を出して苦しそうに喘いでいる。
「始まりの存在の姿は覚えた…。鋼、水、火、雷、土…。彼らの能力もしかとこの目で見た」
ゴムンガの大木のような腕を掴んでその手から逃れようともがいていたオオグチの体が大きく痙攣を始める。
「どうやらあと一人の能力者については未知数ではあるが、随分と興味深い武器を持っている事がわかった」
次の瞬間、ゴムンガの手の中でオオグチの頭が熟れたトマトのように潰れ、弾け飛んだ。ぐちゃりと嫌な音をたてて地に倒れたオオグチの体は、頭を失くして尚激しく痙攣し続けていた。
「現在七人となった能力者どもの顔はしっかりと記憶させてもらった。これ以上ここにいる理由はない。黙って下がればよし、あくまでも手向かうと言う事であれば仕方がない、相手をしてやる。とは言えフェズヴェティノスが相手となればこちらも必死、容赦はせん。相応の覚悟を持って掛かって来い」
「おい、オウオソ」
テンの傍に立ったオオグチがそっと耳打ちをする。呼ばれたテンはちらりと声の方に意識を向けた。
「俺達は奴の足止めを命じられただけだ。お頭からは無理をするなと言われている。ここらで退かせてもらうぜ」
「懸命だ。ANTIQUEは無事にこの場を離れた。我らとしても最早長居は無用」
テンが同意した途端、星空にオオグチの長く強い遠吠えが響き渡った。それを合図に黒い影が四方八方に散っていく。オオグチの一族が戦いの場を引き上げたようだった。
テンは自分の前に立ちゴムンガを睨みつけているモリガノの背を見つめた。
「案ずるな」
ぼそりとモリガノが呟いた。
「お前の相手はこのモリガノ一人がしてやる。存分に掛かって来るがいい」
それを聞いたゴムンガがニヤリと口元を歪ませる。
「この状況でその言葉を信じろと言うか?フェズヴェティノスであるお前の言葉を」
「他の者に手は出させん、我が奥義に賭けて」
そう言いながらモリガノは静かに左手を横に広げた。持ち上げられた左手が地面と水平になる頃、突然モリガノの体が光に包まれ始めた。
「大将!いけません!」
ユラユラと揺れる不知火の炎のような煌めきがモリガノの体を包みだした途端、狼狽えた声を上げながらテンが背後から抱きついてきた。
「テン!何をしている!離さんか‼」
「そうは参りません!ウンリュウ‼」
怪力自慢のウンリュウはテンに名前を呼ばれるやいなや背中の翼を広げると、ゴムンガの体を飛び越え仲間であるモリガノに飛び掛かった。
突如始まったオウオソ同士の諍いにゴムンガは訳が分からず戸惑いの表情を見せた。
「撤退だ、クロキリ」
サトリが穏やかな声で言うと、無言で頷いたオウオソが高く飛翔した。クロキリと呼ばれたオウオソは上空からゴムンガ目掛け何かを投げつける。
彼の手から放たれたテニスボール大の黒い玉は、ゴムンガの足元に落ちるなり炸裂し、大量の白い煙を吐き出した。
一瞬にして視界が奪われる。咄嗟に太い腕で顔を庇ったゴムンガが、手に持った剣を振るいその煙を晴らした時には、既にオウオソの集団は一人残らずその姿を消していた。
全身で殺気を探るように暫く佇んでいたゴムンガであったが、周囲に敵の気配が完全になくなっている事を確信すると無言で手にした剣を腰の鞘に納めた。
ゴムンガはオウオソ達が飛び去ったであろう夜空を見上げた。いつのまにか頭上には満天の星が広がっている。
薄く雲がかかり始めた星空から何やら黒い物がフワフワと舞い降りて来た。ゴムンガの太く武骨な指先が、意外にも器用にその黒い物体を空中で摘まみ取った。
それはオウオソの背から抜け落ちたらしい一枚の羽根であった。ゴムンガは指先で捕らえた羽を自分の顔に近づけた。
「モリガノ…。あの男、何をしようとした?」
夜の荒野に取り残されたゴムンガの呟きに答える者は、誰一人としていなかった。
「ええい、離せ!離さんか!」
夜空を飛びながらモリガノは叫んだ。自分の意志で飛んでいる訳ではない。その証拠にモリガノは両腕を仲間達に捕らえられ後ろ向きに空を渡っていた。
「お怒りはごもっとも。お叱りは後程いかようにも」
テンが落ち着き払った声で言う。
「言ったなテン!その命で贖うと言うか!」
「ご随意に。我らが何人死のうと、ここで大将が倒されるよりは遥かにまし」
「貴様…、この私が負けると言うか⁉」
「勝てる保証がないのであれば容認はできかねますな」
「おのれ…」
歯ぎしりをしたモリガノが突然背中の翼を大きく広げた。誰よりも大きく力強い翼で急制動を掛ける。モリガノの体を捕らえていたウンリュウとテンが思わずその手を放す。
「大将!」
「大将!」
後ろからついてきていたハクザサとコウガが口々に叫びながらその体に組み付く。
「ええい‼」
モリガノが鬱陶しげに腕と羽を一振りすると、ハクザサとコウガの体は簡単に吹き飛ばされてしまった。
「わかった!わかったから俺の体に触れるな!まったく何たる無礼千万!」
モリガノは苛ついた声を出しながら部下達の顔を見た。
「大将…。自重してくだされ。オヤシロサマと別れた我ら、頼りはまだ幼いハナ様のみ。この布陣で最後まで戦い抜かねばならんのです」
テンが半分泣きそうな声でモリガノに訴える。
「最後の相手がANTIQUEであろうと、竜の一族であろうと、いずれにせよ強敵である事に変わりはございません」
ウンリュウが追いかけるように続けた。モリガノは激しく舌を鳴らす。
「大将、今はまだ序盤だよ。いずれ人間と魔族の全面戦争になる。どちらにつくにせよ、その時こそ存分に働こうじゃないですか」
一緒に吹き飛ばされたコウガと肩を貸し合いながらハクザサが言った。
「何とも、頼りのない奴らだ!臆病風に吹かれおって!」
モリガノが怒りに満ちた目で睨み返してくる。彼を説得しようとする仲間達の言い分が正しい事位わかっていた。だが、部下に正論で窘められ、上げた拳の降ろしどころが分からなくなっていたのだ。
「臆病にもなりますよ。俺達が頼れるのはモリガノの大将だけなんだから!」
喚くように言ったコウガは、モリガノの一睨みに慌てて肩を竦めた。
「まあ大将、ここは一つ若い連中の気持ちを汲んでやりましょうや」
サトリが好々爺然とした態度で穏やかに言った。
「俺は嫌いじゃないがな、大将のそう言う喧嘩っ早いところ」
「これクロキリ、滅多な事を言うもんじゃない」
ようやく収まり掛けたモリガノの気持ちを再び高ぶらせるような事を言い出したクロキリをサトリが厳しい声で諫めた。
「俺もクロキリに賛成だ。多少の犠牲を払ってでもここでアテイルの一角を堕としておけば今後の展開はずっと楽になる」
「堕とせればな」
鼻息荒く言ったゲンシキの後ろからアカツキが冷めた声で言った。
「堕とせればだと?アカツキ!何なら俺が今から戻って証明してやろうか!?」
「やめねえか!!」
好き勝手に話し始めた若い仲間にテンの一喝が飛んだ。
「多少の犠牲だと?多少で済むと思うのか⁉我らはオウオソ!戦いのプロだ!我らが戦う時、それは確実な勝利が約束された時だけだ!!」
「テン」
モリガノが冷静な声に戻って信頼熱い右腕の名を呼んだ。
「大将…」
「早まったのは悪かった。ここはお前達に従い一度 退こう。ゲンシキ!」
「おう!」
「言っておくがあれは俺の獲物だ。横取りするんじゃねえぞ!」
「べ、別にそんなつもりは…」
モリガノはフッと頬を緩めると仲間達の顔を見回した。
「さあ、取り敢えずの目的は果たした。我らが主の元へ集まろうではないか」
一定の距離を置いて浮遊していたオウオソ達は、モリガノのこの一言で一つ所に集まり始めた。モリガノを先頭に先に離脱したハナの元へ向かおうと言う事らしかった。
力強い羽ばたきを起こし体の向きを変えたモリガノが先頭に立つと、傍にいた部下達も次々と彼に従って夜の空を飛んだ。
黒い体が漆黒の闇に飲まれ消えていく。それを見送りながら、サトリとクロキリの二人だけがそれに従わずまだ宙にのんびりと浮いていた。
「師匠」
クロキリが低い声でサトリに話し掛ける。呼ばれたサトリは静かに振り返った。
「あの竜の男…。本当に大将では倒せなかったと思うか?」
先程までの穏やかな笑顔を消しクロキリの顔を見つめていたサトリは、ふっと遠くを見つめるように視線を外すと、静かな声で答えた。
「そりゃわからんよ。わからん内は、戦ってはいかんのだ」
「勝つと知れている勝負など、面白くもない」
「子供の喧嘩ならばそれもよかろう。しかし、今度の戦いはそんなものではない。我らはオウオソ。歴史の闇の中で、いつでも時の移り変わりを見つめてきた。時には時代を動かす大きな合戦にも参加した」
「人のふりをして、人間の手下になってな」
「真似事だよ」
「真似事?」
「この者を勝たせよう。その為に一体何ができるか?そうやって人の世を裏で操作する事が、我らの遊びであったのさ」
サトリはゆっくりとした動作でクロキリを見た。
「しかし、俺がそこに遊んだ時のように時代は激変しなくなってきた。緩慢な時の流れの中で、お前達若者にはなかなか楽しい事が回ってはこなかったの」
サトリの独白のような言葉にクロキリは軽く首を傾げるだけであった。
「心して掛かれよクロキリ。今度の戦いは、今までにない程の大掛かりな激流となって時代を動かすだろう。我らはその証人となり、あわよくば我らの住みよい世界を作る為暗躍する。ただの一つも選択を誤ってはならん。これがシュベルとも、竜の一族とも違う、我らフェズヴェティノスの国盗りよ」
そう言うとサトリはいつもの穏やかな笑顔で自分を師匠と呼ぶ若いオウオソへ笑い掛けた。




