王の剣
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれANTIQUEと共闘する能力者達のリーダーとなった十四歳の少女。
・吉田大地…土の能力者。唯一人地球からやって来た少年。地球にいた頃は高校二年生だった。
・シルバー…鋼の能力者。二十八歳にして公国公軍の大隊長まで務めた優秀な軍人。
・キイタ…火の能力者。十三歳の王国王女。敵に襲われた故郷を救う為に仲間となった。
・ガイ…雷の能力者。二十四歳で分隊長を務めた軍人。元はシルバーの部下。怪力の持ち主。
・アクー…水の能力者。殆どの記憶を失っている為年齢も不詳。その正体は一切わかっていない。
・ナル…生命の能力者。闇の力に引かれ暴走していたがココロに救われ仲間となった。
・クロウス…三百年前に滅んだアガスティア王国の近衛隊々長。
前回までのあらすじ
ココロの慈しみ深い言葉により、頑なだったナルの思いは漸く氷解した。戦いが終わった日、世界一幸せなさようならをあげると約束してくれたココロにナルはANTIQUEの戦士としてどこまでもついて行くと誓うのだった。
遂に七人目の仲間を得た能力者達は喜びはしゃぐが、そんな彼らの前に奈落へ落ちたと思われていたクロウスが現われる。
彼を蘇らせてしまった事、そして彼を救えなかった事に責任を感じるナルとココロにクロウスはただ笑顔で礼を言うのだった。ココロはそんな彼に向かい部下ではなく自分達の仲間だと訴える。
クロウスはそんなココロに一つだけお願いがあると言い出した。
「え?」
一つだけ願いを叶えて欲しいと言うクロウスの言葉に、ココロとナルは同時に顔を上げた。相変わらず笑顔のままクロウスはココロに言った。
「ありがたいお言葉はいただきましたが、この姿では姫のお供をする事もできませぬ。せめて、我が王をお連れいただきたい」
「我が、王?」
クロウスの言う言葉の意味がわからずココロが眉間に皺を寄せて訊き返した。しかしクロウスは静かに笑うと、返事もせずにココロから離れ歩き出した。
クロウスが行き着いた場所は大空洞の端、垂直に立ち塞がる岩壁の前だった。ココロは思い出した。先程もクロウスはあの岩壁の前でカンサルク王の名を呟き、まるで祈るように膝を折っていたのだ。
「マヌバラ殿が言っていた通り、我等にも象徴が必要でありました。大地殿!」
突然振り向いクロウスが大地の名を叫んだ。まさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかった大地は、不意を突かれ驚いた顔を向ける。
「大地殿のお力でこの岩の壁、崩す事はできるだろうか?」
大地が一人クロウスの傍に近づくと、場所を譲るようにクロウスが静かに身を退いた。
クロウスがどいたその場所を手で触れながら、大地は頭上にそそり立つ岩壁を見上げた。
「どの位?」
「元々ここは岩屋のようになっていた場所を我等が石で埋めたのだ。我らが埋めた石を取り除いてもらえれば結構」
長い時間の中で一体化してしまっているが、言われてよく見てみればなるほど、確かに穴の中に大きな岩を詰め込んだような跡が見える。
「テテメコ…」
壁に手を当てたまま大地が静かに呟くと、大地の体が薄黄色い光に包まれ始めた。目の上まで垂れていた前髪が風に巻かれたように乱れる。
やがて大地が手を当てた場所を中心にバリバリと岩壁に亀裂が走り始め、次には重々しい音を轟かせて壁の一部が崩れ落ちた。
立ち込める砂埃が晴れるとそこには直径五~六mの大穴が開いていた。舞い上がる埃から顔を背けていた大地が恐る恐る顔を上げた。
「あ…」
思わず大地が声を上げたのは、そこに今までなかった大穴があったからではない。その穴の中に一本の抜身の剣が地に突き立てられ輝いていたからだ。
軽い足音を立てて駆け足でアクーが近づいて来る。つられたようにキイタやガイも大地の傍にやってきて穴の中を覗き込んだ。
「これは…」
柄と刃を分ける鍔の部分こそまるでファンタジーゲームにでも出てきそうな奇妙な形をしていたが、反りの強い片刃の刀身は、大地がテレビなどで見る日本刀によく似ていた。
「カンサルク王は指導者としても優秀であったが、それと同時に幾多の武器を操る武芸に秀でた戦場の人でもあった」
剣の前に立ったクロウスが説明を始めた。
「これは、王が多数愛用されていた内の一振り…。その名も“タテガミ”」
「タテガミ…」
誰ともなくクロウスの言葉を繰り返し呟いていた。
「王は抵抗を止める証としてその時手に持っていたタテガミを地に突き立てられた」
よく見ると、まるでつい今しがた投げ捨てたかのようにすぐ傍らには空になった鞘が転がっていた。その形状からタテガミを納めるべきものと推量できた。
「王の首を取ったマウニールの追撃隊一行は、王の死を証明する戦利品として、ご愛用の武器を全てこの砦から持ち去ってしまった。しかし、王自ら地に打ち立てたこのタテガミだけは、屈強の男達が数人で掛かっても決して抜ける事はなかった」
見ればその刃先は固い岩盤を破り、地に埋まっていた。
「マウニールの兵士達が去った後、我等も王の形見を引き抜こうと試みたが全くびくともしない。我々は、これ以上王の品を持ち出されぬよう、この岩屋を石で固めタテガミを封印した」
クロウスの話しを聞く限りこの剣は、三百年前カンサルク王がこの場に突き刺したと言う事だが、目の前で怪しく光る一振りの刀剣はそんな時の流れを感じさせない見事な輝きを放ちそこに立っていた。
クロウスが静かにココロを振り向く。
「姫、どうかこのタテガミを王の分身として旅の仲間に加えていただきたい」
「え?」
言われたココロは目を丸くして変な声を出した。
「だ、だってそれ、抜けないんでしょう?」
「王の末裔であるココロ様であれば、引き抜けるものと私は考えます」
「そ、そんな。屈強な男が数人掛かりで抜けなかったんでしょ?私は無理よぉ」
「力ではございません、姫。カンサルク王が多用された武器の内数点には精霊が宿っており、誰でもが易々と扱う事はできなかったと言われておりました。このタテガミもその内の一つ。もしもタテガミが…、いえ、タテガミに宿る精霊が次の持ち主としてココロ様を選んだのであれば、間違いなく引き抜く事ができます」
「え~~~~~~?」
半信半疑のままココロはタテガミに近づいて行った。クロウスが膝をつきながら身を退く。
真っ直ぐに立つ剣の前に立ったココロは、不安そうな顔でチラリとクロウスを見る。クロウスは誰一人抜く事のできなかった王の剣を、未来の姫が見事に引き抜く事を微塵も疑わない目で見つめ返してきた。
ココロはそっと右手を逆さになった柄に当てた。少し力を入れて引き上げてみる。剣はビクともしなかった。今度は両手で持ってみる。
「う~~~~~~~~~~~~~ん…」
ココロは顔を真っ赤にして剣を引いた。それでも剣は抜けるどころか、微かに動きすらしなかった。
やがてココロは手を振り振りため息と共に言った。
「は~っ、とても無理。全然動きもしない。なんかね、持った瞬間わかるの、あ、無理だな~って。全く抜ける気がしないわ」
クロウスは目に見えて落胆の色を濃くした。
「なんか、ごめんなさい…」
明らかに落ち込んだ風のクロウスにココロがそっと謝罪すると、クロウスは慌てて言った。
「滅相もございません、そんな。いや、とんだ思い込みで…、余計な事を申しました」
そう言いながらもクロウスの気落ちした顔が晴れる事はなかった。
「どれどれ、じゃあちょっと俺にもやらせてみて」
そう名乗りを上げて近づいてきたのは大地であった。大地はいたずらっ子のような笑顔で両手を擦り合わせる。
「プレアーガ人でもないお前に抜ける訳がないだろう」
ガイが後ろから茶々を入れる。
「んなのやってみなきゃわかんねえじゃんよ」
そう言うと大地は、しっかりと剣の柄を握った。
「偉大なるアガスティアの王よ…」
目を瞑った大地が静かに呟く。その体がANTIQUEの能力を発動し、薄い黄色の光に包まれ始めた。
「我に力を貸したまえ!」
そう叫ぶと同時に大地は思いきり剣を上へと引き上げた。足元の土がメキメキと音を立てて割れ始める。
次の瞬間、タテガミの柄を握った大地の手が高々と振り上げられた。共に天を指したタテガミの切っ先にはたっぷりと地面が付いてきた。
「おおおおおおおおおっ‼」
剣の先に付いた大量の土の重さに耐えられず大地がフラフラとみんなの方に寄ってくる。
「わ――――――っ!」
「バカバカバカ!降ろせ降ろせ!」
散り散りに逃げ惑いながら仲間達が叫ぶ。大地は地を揺るがして剣を地面に降ろした。はあはあと荒い息遣いが空洞内に響く。やがて顔を上げた大地は笑顔で言った。
「抜けた」
「いいや抜けてない!」
アクーが即座に突っ込む。
「モリっと地面ごと引き抜きやがって」
ガイも呆れた声を出す。
「これ駄目?」
大地に訊かれたクロウスは静かに首を振った。
「駄目かぁ…」
呟いた大地は諦め悪く剣を抜きに掛かった。
「ぅおりゃぁっ‼」
気合一発再び大地の手が高く掲げられた。しかし、その手に剣は握られていなかった。
「うん、無理っ!」
大地が力強く言う。タテガミと言う名の剣は変わらず地面に突き立ったままだ。
「アホ、引っ込め」
ガイが冷たく言い放つと、大地はへらへら笑いながら身を退いた。
「じゃあ僕もちょっと試しに」
好奇心いっぱいの顔でアクーが近寄ってきた。アクーは初めから両手で柄を掴むと、全身を使って引っ張った。しかし、やはり剣はピクリとも動かなかった。
「いやあ、こりゃ無理だ。しかし何でだろう?そんなに深く入っているとも思えないんだけどな?」
そんな言葉と同時にアクーと大地は腰を屈めて剣の先を覗き込んだ。アクーの言う通り、タテガミの切っ先は僅かに地面に刺さっているだけに見える。しかし、まるで万力にでも締め付けられているかのように剣はビクともしなかった。
「ガイもやってみてよ」
大地が顔を上げる。
「え?いや、俺は伝説の剣を手に入れたばかりだからな。俺らの中で剣士と言えば、やっぱシルバーだろうよ」
「ん?」
名前を出されたシルバーは、やぶさかでもないと言う顔つきで近づくとタテガミに挑んだ。しかし、結果は同じだった。
「どうやら、私でもないようだ」
「あら?本当かよ。んじゃあ、やっぱ俺様かねえ?」
ガイは真打登場とでも言いたげな顔でタテガミに近づきその柄を掴んだ。力強く引き上げる。大地とアクーが反対側から大地が抉り取った土の塊を必死に引っ張る。
ガイは左右の手を変え、或いは両手を使いタテガミを引き抜こうと挑んだが、やはり剣は動かなかった。
「何だこりゃ!?一体どう言う刺さり方をしているんだ!」
ガイが悔しまぎれに大声を出す。その顔には滝のような汗が流れていた。
「何だかさ、抜け掛かってもまた引き戻されるような感じがしない?」
アクーが不思議そうな顔で言う。
「あ、じゃあさ俺が残りの土も全部粉々にしちゃうとかどお?」
「そんなのズルじゃん」
無邪気な顔で提案する大地に、アクーは冷めた目付きで否定した。
「じゃあアクーが土を全部水で吹き飛ばしてよ」
「だからそれもズルだってば」
「恐らく無駄だな」
クロウスがぼそりと言った。
「え?」
大地が訊き返すとクロウスはアクーの顔を見ながら続けた。
「彼の言う通り、無理に引き抜こうとしてもタテガミが何度でもその地面に戻ってしまうのだ。例え大地殿がその土を全て払ったとしても、暫くの後には恐らく…」
「またその土が集まって剣にくっついちゃうとか?」
「いずれにせよ、武器としての役割は果たさないだろう。タテガミはあくまでも己が選んだ持ち主の下でしか働かぬのだ」
地面に座り込んだまま大地はアクーの顔を見た。二人は見つめあった顔を同時にキイタへ向けた。
「え?」
「はい」
二人に見つめられたキイタが慌てた声を出すが、大地は冷静にタテガミの柄を指し示した。
「そ、そんな。私は無理よ」
「力じゃないんだってさ、キイタ」
言いながらアクーはもう一度土の塊に手を添える。大地も同じように助力の為土を抱えるようにして掴んだ。
「ものは試しだよ、やってみなよ」
「え~」
キイタはココロと同じような反応を示しながらも恐る恐る剣に近づいて行った。小さな指先でそっとその柄を握る。
「あ…。ココロの言っていた事わかる。ダメって感じするもん」
「でしょお?」
「いいからいいから、引いてみて」
「じゃあ…」
キイタは両手でタテガミの柄を掴むと、まるで綱引きでもするように体ごと剣を引いた。
「もっと引け、キイタ!」
反対側の土の塊を掴む大地とアクーが大声で応援する。
「きゃあ!」
汗で滑ったのか、いきなりキイタの手からタテガミの柄がすっぽ抜けた。勢い余って後ろへ吹き飛ぶキイタの体をシルバーとガイが慌てて支える。
「う~ん」
大地は考え込むように立ち上がった。
「どうやら僕らは選ばれなかったみたいだね。この、王の剣には」
服の汚れをはたきながらアクーも立ち上がる。
「いや、まだだ」
探偵のように顎に手をあてたまま大地が呟く。
「え?」
そう言ってアクーが大地の顔を見る。大地は急に顔を上げると言った。
「ナル!君の番だ」
「ぼ、僕?」
「当たり前だろ、全員やるんだよ」
ナルはおずおずとした態度で仲間達の顔を見回した。まだ全員の名前すら覚えていない状況だ。何となく照れ臭いような、妙な心持ちになった。
「で、でも僕はほらレヴレント達に迷惑をかけたような、そんな奴だし、とても選ばれるとかそんな…」
「ごちゃごちゃ言わない。やってみりゃわかるんだから」
「あ、あの…」
「おう、やってみろやってみろ!」
まだ地面に座り込んだままのガイが陽気な声で煽る。
「え?え?ちょっとココロ?」
戸惑うナルの後ろから笑顔のココロがグイグイと彼の体を押していた。
「いいから、やってみよ。ね?」
ココロが笑顔で言う。先程までの大人びた、涙で濡れた笑顔ではない。まるで子供のように無邪気な笑顔だった。
ココロのそんな笑顔が見られた事に気をよくしたナルは、奨められるままタテガミのところまでやって来た。
「じ、じゃあ…」
控えめに言うと、そこに差し出された柄にそっと手を伸ばす。
「いいぞナル!」
「頑張って!」
ガイとキイタが囃し立てるように声援を送る。
「よーし、思いっきり引っ張れよ!」
アクーが再び両腕で土の塊を抱え込む。
「先輩…」
「俺は大地。土の能力者だ」
アクーと一緒に土を掴んだ大地が言うと、ナルは大地の顔を見た。
「大地…」
「よろしくな、ナル!」
大地の笑顔につられるようにナルも口元を綻ばせた。
「うん。よろしく、大地」
「よし!やろうぜ!」
「うん!」
大地とアクーは全身に力を込めて土塊を抱きかかえた。ナルも両手で剣を掴む。タテガミと言う名の剣を挟み、三人の目が力強く見交わされた。
最早、剣が抜けるかどうかは問題ではなかった。長く自分を責め続け、独りぼっちで過ごして来たナルが仲間になる為の一つの儀式としてこの行為はあった。
土の能力者と水の能力者、そして新たに仲間に加わった生命の能力者が協力して一つの事に立ち向かう。それ自体に大きな意味があったのだ。
始まりの存在の能力者、鋼、火、雷の能力者が笑顔で応援してくれる中、こんな取るに足らない一つの行為が奇妙な一体感を生み出していた。それがナルには嬉しかった。
大地もアクーも、ココロ、シルバー、キイタ、ガイも、そんな彼らを黙って見つめるクロウスも、そして剣を掴んだナル自身も、これでタテガミが抜けるとは思っていなかった。それでも良かった。
(僕はANTIQUEの能力者。今日から僕は、一人なんかじゃない)
「よーし、ナル!引けぇ!」
大地の号令を合図にナルは渾身の力を込めて剣を引いた。ほらね、抜けなかった。そうやってみんなで大笑いするそんな一瞬先の未来を期待し、胸が高まった。
しかし、そんな期待は裏切られた。仲間達の笑顔は凍り付き、大き声援は絶え、静寂が場を支配した。
「え…?」
何の抵抗も感じなかった。全く手応えを覚えなかった。それなのに、腰を伸ばしたナルの手には光り輝く一振りの剣が握られていた。
鍛えられ、怪しく光を放つ刀身の先に地面に突き刺さり今まで見えなかった鋭く研ぎ澄まされた切っ先があった。




