ガーディアンクロウジャル
●登場人物
・ココロ…ANTIQUEのリーダーである始まりの存在に選ばれた能力者。小国の公女。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた能力者。メンバー唯一の地球人。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。戦闘スキルの高い剣士。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた能力者。大国ンダライの第二王女。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた能力者。元はシルバーの部下。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた能力者。記憶を失った少年。矢の名手。
・エミカ…三百年前に滅亡したアガスティア王国の王女。
・ココロ…アガスティア王国第二王女、エミカの妹。現代のココロから見て直系の先祖にあたる人物。
・エルフィン…アガスティア王国王妃。エミカ、ココロの母親。
・マヌバラ…アガスティア王国女中頭。
・クロウウス…アガスティア王国 近衛隊々長。
・ジーン…近衛隊副隊長。
前回までのあらすじ
エルフィン王妃に自らの死を伝えようとするココロ達能力者とそれを阻止しようとするマヌバラとの攻防が続く中、突如イーダスタ国境付近に残っていた筈のキイタ、ガイ、アクーの三人が乗り込んでくる。
三人の能力者とエイクを連れてソローニーアから瞬間的にレメルグレッタへと移動して来たエミカ王女は、自軍の兵士達に剣を退くよう命令した。
突如現れた亡き娘の姿を見たエルフィンは自身が既に生きていない事を悟る。その瞬間、エルフィンの願いに支えられてきたラディレンドルブルットが音を立てて崩壊を始めたのだった。
エミカの輝く手が、差し出されたエルフィンの手を優しく握った。
「未来は未来を生きる人々の手へと託し、私達は帰りましょう、私達のあるべき場所へ」
「エミカ…」
「母上…」
エルフィンが呟くと、エミカの体を包んでいた光が急速に消えていった。フワフワと舞っていたエミカの髪が音もなくその肩へと落ちる。
エルフィンの背後から強い光が射し込んできた。大地とココロはそちらを振り向き、眩しさに目を細めた。
対岸でこの様子を見上げていたシルバー達、そしてアガスティアの兵士達も皆一様に目を覆った。
エルフィンの背中で更に上へと伸びる階段の先が、目も眩む程の光に包まれている。それと同時に歪み、荒く作られた石の階段が美しい姿へと見る間に変貌していく。
エルフィンも、彼女の手を取ったまま跪いていたエミカも光の先を見上げた。
「お迎えが参りました」
エミカが笑顔のまま静かな声で言った。光の中に人影が見える。しかし逆光である筈のその姿は陰の色に染まってはいなかった。その人影自体が眩い光を発しているのだ。
光の人物はゆっくりと階段を下りてきた。長い衣をたなびかせ、今 悠然とした仕草でエルフィンとエミカの前へと立つ。
「おお…」
マヌバラが感嘆の声を上げ、深々と頭を下げた。その文字通り神々しい姿に大地までもが狭い階段の上で思わず身を退いてしまった。
全身を輝かせた人物は手を伸ばせば届く位置まで来ると立ち止まり、ゆったりとした声で言った。
「母上」
エルフィンの黒い瞳から新たな涙が溢れては零れ落ちた。その後ろでエミカが嬉しそうな笑顔で光の人物を見上げている。
エルフィンが堪えきれずにその名を呼んだ。
「ココロ…」
エルフィンの声を聞いたアガスティアの兵士達が一斉に地へと膝をつき、首を垂れた。天上への階段を下りてきた人物は他でもない、アガスティアの第二王女、初代ココロであった。
「お迎えに上がりました母上。また昔のように一緒に過ごしましょう。私と姉上、弟達…。そして勿論…」
そう言うとアガスティアのココロは後ろの階段を振り仰いだ。
「父上も、待っておいでです」
その時、階段の上にもう一つの影が現れた。先に降りてきたココロとは比べ物にならない程その人影は大きく、威厳に満ちていた。
その姿を見た途端、エルフィンは立ち上がり始めた。エミカが優しい笑顔のままそっと握っていた手を放す。
「陛下…」
エルフィンが絞り出すように呟く。止めどなく涙が溢れては落ちていく。
「お会いしたかった…」
その言葉を聞いた人影が一つ頷いたように大地には見えた。
次の瞬間エルフィンはその人影に向かって階段を駆け上がり始めた。
「マヌバラ」
「は!」
エミカの声に、マヌバラが体を小さく縮める。そんな彼女の姿を振り返ったエミカは優しい声で言った。
「何をしている、王妃に従いなさい」
「王女…」
そう言って上げられたマヌバラの顔は、元の優しくも逞しい女中頭のものに戻っていた。
「早くなさい」
マヌバラは戸惑ったようにエミカを見つめていた目を、その隣に立つ初代ココロへと向けた。相変わらず光に包まれたままの彼女が小さく頷く。
激しく唇を震わせたマヌバラの目に見る見る涙の粒が溢れ出す。それを隠すように一度顔を伏せたマヌバラは、勢いよく立ち上がると駆け出したエルフィンを追って階段を上がって行った。
「姉様、お迎えに上がりました」
威厳すら感じさせる妹の声に、エミカはこっくりと一つ頷いた。
「随分と時間が掛かってしまいましたが、ようやく私もあなたのところへ行く事ができるのですね」
「もう離れる事はありません。さあ…」
エミカの言葉にココロはそっと手を指し伸ばした。エミカは妹の手に向かって伸ばしかけた自分の手を止めると、傍らで呆然とした顔のまま成り行きを見守っていたココロを見た。
「あなたが、ココロね?」
突然声を掛けられたココロは、慌ててその場で膝をついた。
「何とも不思議な心持ちですね。自分の血を引く子孫とこのように言葉を交わすなどと…」
そう言いながらエミカの横に同じく膝を折った初代ココロの体も光が消え、まるで生きた人間のようにそこにいた。
バッサリとした桃色の髪を持つ現代のココロとは全く違う、白髪に近い銀の髪をサラリと落とした初代ココロの顔は、しかし、どこか大地のよく知るココロの面影を宿していた。
「わ、私の方こそ…、このような光栄は又とございません」
普段のココロらしくもない、恐縮しきった声で答えた。余りの事に顔を上げる事すらできなかった。
そんな彼女の様子を見たアガスティアの王女姉妹は、目を見合わせるとクスリと笑った。
初代ココロが改まった声で子孫である娘に声を掛けた。
「顔をお上げなさい、我が血を引く者よ」
そんな言葉にココロは恐る恐る顔を上げた。天使のような笑顔で彼女を見返していたエミカが突然真面目な顔になると、やはり改まった声で言った。
「あなたの元へ集いし戦士達は、命ある限り平和の為悪と戦う事でしょう。あなたは彼らの真なる導き手として、彼らを守らなくてはなりません」
エミカが言う言葉の意味を掴みかねたココロは、呆けたように口を開けたままその顔を見つめていた。
「私が、みんなを守る?」
「その通りです」
戸惑った顔のままココロは、エミカの横で微笑む自分の先祖を見た。初代ココロ妃は、笑顔のまま黙って頷く。
ついさっき、大地に守ると言われたばかりの自分がみんなを守る?しかしゲンムの能力は、大地やキイタのように敵を倒す力はない。ココロ自身にもシルバーやガイ、アクーのように敵を倒す剣や弓の技術がある訳でももなかった。
戦闘においてはただただ仲間達に守られ続け、足手まといにしかなりえない自分が一体どのようにして?
頭を巡るそんな思いが顔に出たのか、エミカがふっと笑顔を零す。
「案ずる事はありません。私の力をあなたに与えましょう」
エミカがそう言うと同時に、彼女の右肩から幻の珍獣、ヴィゼレットがひょっこりと顔を覗かせた。
「これは私の道連れ、名はミニート…。今日からはあなたの道連れです」
「この子が、私の道連れ?」
突然ミニートが細い声で一声鳴くと、その場でクルリと体を一度回転させた。次の瞬間、ミニートの体は眩い光に包まれた。ココロと大地は強い光に思わず目を背けた。
その光が落ち、もう一度ココロが目を開けると、彼女の目の前に見慣れない物体が立っていた。
白く、美しい装飾で輝く頭部にはいくつもの鉄輪がつけられ、その下には三尺程の長い柄がついている。
今、ココロの前に膝をついたエミカの手が、しかっりとその柄を握りしめている。
神々しい迫力を宿したそれは一本の杖であった。これは、あのミニートと呼ばれたヴィゼレットが変化した姿だとでも言うのであろうか?
「ガーディアンクロウジャル」
エミカが静かな声で言った。
「あなたが仲間と信ずる者達を漆黒の脅威から守る聖なる錫杖です。あなたはこのガーディアンクロウジャルを手に、選ばれし勇者達を守り導くのです」
「で、でも…」
「まずは…」
見ているだけでひれ伏してしまいたくなる程美しいその錫杖を前に、ココロがそれを受け取るのを躊躇うと、すぐに初代ココロが口を開きそれと同時に姉の持つ柄に自らもそっと手を添えた。
「自分自身を信じる事です、私の名を継ぐものよ。臆する事は何一つありません。我等アガスティアの力、存分に振るいなさい」
すぐにエミカが続ける。
「さあ手に取るのです。あなたにはその資格がある。未来の姫よ」
姉妹二人の手で握られた錫杖の長い柄に、ココロは震える手を伸ばした。
「恐れる事はありません。この力を使いこなす事ができるは我らの血を引くあなたのみ。掴みなさい、プリンセス・ココロ!これはあなたに与えられし力。あなたにはその資格があり、その義務があります!」
ココロは、渾身の力を込めてその柄を掴んだ。再びガーディアンクロウジャルが波のようにうねる美しい光を放ち始める。その光の中で長く響くミニートの声が聞こえた。新たなる継承者、新たなる主人を得た事を心底喜び上げる鳴き声に聞こえた。
ココロは虹色に輝くガーディアンクロウジャルを手元に引き寄せた。掴む柄は彼女の手に余る程であったが、それに反して重さは殆ど感じる事はない。ココロの細い腕でも容易に振りかざす事ができた。
ココロの手にガーディアンクロウジャルを渡したエミカと初代ココロの姉妹は笑顔で見つめうと、静かに立ち上がった。
「エミカ様、ココロ様…」
ココロは慌てて立ち上がると二人の名を呼んだ。姉妹はこの上もなく優しい笑顔で三百年後の世に生きる子孫を見つめた。
「私達は参ります」
エミカが囁くように言う。
「その名に恥じぬ働きを。アスビティを、頼みます」
初代ココロの声がゆったりと流れるように届いた。ココロの左目から一筋の涙が零れ落ちた。エミカの細い指がそっとその涙を拭う。初代ココロが歩み寄り、ココロを優しく抱きしめた。
二人は静かにココロから離れると階段を上がり始めた。向かう先には二つの人影が寄りそうように立ち、二人の娘を待っている。
「未来は…!」
ココロは、去り行く二人の背に、その向こうに立つアガスティア国王 皇后両陛下の姿に向かって叫んだ。
「未来は必ず守ります!この名に賭けて!」
姉妹は振り返るともう一度微笑み、やがて光の中へと吸い込まれるように消えて行った。
「必ず…」
三百年振りにようやく一つになったアガスティア国王一家を包み込んだ天上の光を見つめたままココロはもう一度 呟いた。その手には、たった今受け取ったアガスティアの力を宿した錫杖、ガーディアンクロウジャルが美しく輝いていた。
「エミカ様…」
「エミカ王女」
申し合わせたようにキイタとアクーが同時に声を出した。
「天上の門は開かれた!」
姉妹を飲み込んだ、光の溢れ出る空洞内に突如大音声が響き渡る。光輝く階段を呆然と見上げていた大地はびくりと肩を震わせ、声の方を見た。
ANTIQUEの能力者とエイク、そして副隊長ジーンをはじめとする数十と言うアガスティア近衛兵士の亡霊達が見つめるその中心に、クロウスが仁王立ちになっていた。
「栄光の近衛兵士達よ、今こそ我が王に従え!」
続けて叫んだクロウスは、手にした剣を高々と掲げ、光の階段をその剣先で指し示した。
「お…おおっ!」
真っ先に反応し立ち上がったのは副隊長のジーンであった。彼は後方で棒立ちになっている部下達に向かって叫んだ。
「隊長の命令だ!全軍、王の元へ、王の元へ!」
ジーンの叫びを聞いた途端、五十人以上に上る亡霊達は一斉に雄叫びを上げた。三百年振りに主君を見出した漢達の、地を震わせる程の歓喜の叫びであった。
「ああっ!」
キイタが後ずさりをしながら叫ぶ。すぐ横にいたアクーも、座り込んだまま動けずにいるガイも、剣を握り成り行きを見つめていたシルバーもすぐには声が出せなかった。
彼らの目の前で雄叫びを上げるアガスティア兵士達の体が見る見る緑色の光を放ち始めていた。
五十人の亡霊が放つ強い強い光は、天上へ向かう階段が放つ光にも劣らぬ眩い輝きを広げ、巨大な一つの光の玉となってアクーやシルバーの間を縫うように走り始める。
大地がテテメコの力で作り上げた巨大な溝をものともせず一気にココロの傍まで進んで行く。
「ココロ様!」
シルバーが振り向き叫ぶ。ガイも痛みも忘れ立ち上がった。
「ココロ!」
「ココロ!」
キイタとアクーも咄嗟に叫んでいた。しかし肉体を持つ彼らに、王の元へと急ぐ亡霊の集団を追う術はなかった。
瞬く間に輝く階段を駆け上がっていく緑色の光の玉が手を取り合うココロと大地に迫る。次の瞬間、二人の姿は緑の光に飲まれた。
「ココロ様ぁー!」
行ける筈もないとわかっていながらシルバーは、ココロ達のいる方へ向かい走り始めた。
「案ずるな!」
背後から叫ばれたクロウスの声にシルバーの足が止まる。見れば、一瞬の内に緑に輝く光の玉はココロと大地の体をすり抜け階段を上へと走っていく。
「我等は王の元へ行く」
見ればクロウスとジーンの体も他の亡者達と同じ緑色の光に包まれていた。
「クロウス殿…」
シルバーがクロウスの目を見つめる。緑に輝く亡霊の瞳がその目をじっと見つめ返してきた。
「行かれるのですね?」
クロウスはシルバーの問いに無言で頷いた。
「あなた達の血で築かれた平和を、今度は我等が守り抜く。そう約束する」
その言葉にクロウスはもう一度静かに頷いた。現代に語り継がれる史上最悪の戦いの、その真っただ中を駆け抜け散って行った命。悲しくもあり、愚かしくもあった。
しかし、そんな彼らが散らした命の先に、失った時間の果てに、今自分達は生きている。レヴレントとなり彷徨い続けた彼らとの奇妙な触れあいの中で今を生きるシルバー達はこの平和と世界そのものを守り抜く事を改めて強く胸に刻む事ができた。
クロウスとそれに従うように立つジーンが微笑んだように見えた次の瞬間、二人の姿は光の玉となり、一瞬にしてシルバーの体を突き抜けて行った。
(さらば、名もなき英雄達。私はあなた達一人一人がそこに生きていた事を、決して忘れはしない)
緑色に輝く光の玉を追い後ろを振り仰いだシルバーは、去って行く二人の戦士の姿に胸の中で別れを呟いた。
眩しく輝く光の海の中に、多くの者の姿を見た気がした。女だてらに忠義の意を貫き通したマヌバラ、人の好さそうな御者であるビルター。そして、最期の瞬間まで家族の元へ帰ろうと生きる事を諦めなかったマノエ。
彼等はみな、笑っているように見えた。幸せそうに、笑っているように見えた。
それを見たのはシルバーだけではなかった。ココロと大地も同じく光の中で笑う多くの人の姿を確かに見た。
ジュディとマリーが笑っている、祈りの乙女エミカ、アスビティ創建の母ココロ、そして、悲劇の王妃エルフィン…。彼等との約束を果たそうと、その身が朽ちて尚戦い続けた兵士達。彼等は今 漸く、戦争を終える事が出来たのだ。
階段の中段に立った二人は、ほんのすぐ目の前で起きている奇跡に言葉もなく立ち尽くしていた。
その時だった。ココロの耳に“彼”の声が聞こえてきた。
「ココロ?」
突然弾かれたように振り向いたココロに大地が何事かと声を掛けるが、ココロはそれには答えない。
(ナゼ、イッテシマウノ?)
「ココロ?」
(キミタチモ、ボクヲオイテイクノ?ボクノコトガヒツヨウダッテ、イッテイタノニ)
「何を言っているの?」
(ウソツキ、ウソツキ…)
「あなたは何を言っているの!?」
「ココロどうしたの!?」
大地の叫ぶような問いも聞こえないように、ココロは緊張した顔を一点に向けている。
「ココロ様?」
下から見上げるシルバーもココロの異変に気が付いたようであった。やがて大地とシルバーは同時にココロの見つめる先に気が付いてそちらへ顔を向けた。
(ダメダヨ、イカセハシナイ。ボクヒトリヲオイテナンテ、イカセハシナイ…)
ココロの見つめる先では天を指すように伸びる生命の樹が、更に強く緑色の光を放ちつつあった。




