ラディレンドルブルットの崩壊
●登場人物
・ココロ…はじまりの存在に選ばれたANTIQUEのリーダー。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた能力者。
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた能力者。十三歳の王国王女。
・ガイ…雷のANTIQUEに選ばれた能力者。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた能力者。一切の記憶を失っている謎の多い少年。
・エルフィン…三百年前に滅んだアガスティア王国王妃。
・エミカ…三百年の間平和の為に祈り続けたアガスティア王国の第一王女。
・マヌバラ…アガスティア国王一家に仕える女中頭。
・クロウス…アガスティア王国近衛隊の隊長。
・ジーン…近衛隊の副隊長。クロウスの部下。
前回までのあらすじ
自らの恐怖に真向から挑み、苦手な幽霊を克服しようと決意を固めながら大地は一人ココロを救うべく地下大空洞への階段を下りていく。
一方、エルフィン王妃を目覚めさせ、自らの死に気づいてもらう事こそこのラディレンドルブルットを崩壊させる唯一の手段だと悟ったココロは、何とか王妃の元へ行こうと石でできた階段を駆け上がり始めた。
しかしそんなココロをマヌバラが執拗に妨害してくる。遂には掴まり地面に倒されたココロに、彼女を殺害し仲間に引き入れようとするマヌバラの手が伸びた。
そこへ現れた大地はテテメコの能力を使いマヌバラを翻弄。漸くココロとの再会を果たした。必ずココロを守ると宣言した大地は更に迫り来るマヌバラ、更には突入したシルバーを追い攻め込んで来た五十人の近衛兵の亡霊達を相手に奮闘、遂にココロをエルフィンの元へと辿り着かせた。
策を講じココロの傍へと駆けつけた大地は、大勢の敵に囲まれたシルバーを心配するが、その時突然洞窟内に正体不明の少女の声が響き渡った。それと同時に出現した眩い光の中から、負傷していた筈のガイが剣を振り上げながら現れたのだった。
何もない空間に突如現れ飛び降りてきたガイは、振りかざした大剣を躊躇なくクロウスの右肩に振り下ろした。
ガツンと言う鈍い音と共にクロウスが態勢を崩し片膝をつく。着地したガイもそのまま尻餅をついた。
「痛ぇっ!畜生!」
まだ体の自由が利かないガイは悔しそうに叫んだ。その背後では唐突に出現した激しい水流と強烈な火炎が兵士達の体を薙ぎ倒していた。何人かはその勢いに押され再び崖下へと落ちていく。
「キイタ、アクー!」
遠目に戦場を見ていた大地が叫ぶ。その戦場の真ん中で、呆然とした体で佇む青年は大地がまだ知らないエイクだ。
「大地!王妃が!」
ココロの叫び声に大地が振り向く。見ればこの大騒動の中、昏々と眠り続けていたエルフィンの眉間に皺が寄っているのがわかった。目覚めようとしているのだ。
「王妃…」
マヌバラが絶望的な顔で対岸からその様子を見上げている。
(戦いを止めるのです、アガスティアの兵よ!)
再びあの声が響いた。凛として優しい、少女の声だ。
「戦いを…、止める訳にはいかない…」
苦し気な声を出しながらクロウスが立ち上がる。シルバーは慌てて剣を向けた。
「た、戦いを止めてしまったら、我等の存在は消える…。我等は永遠に、約束を果たし、続けるのだ…」
「誰と交わした約束でありますか?」
剣を構えたまま、静かな声でシルバーが問い返す。
「何の為の約束でありますか!?」
「王との約束だ!」
キイタの攻撃を振り払ったジーンが振り返り叫んだ。鎧に引火したまま、その火をものともせずにジーンは静かに歩み寄って来る。その姿にガイは痛みを堪え立ち上がった。
「我等は誓った…、あの日。晴れがましくも栄光に満ちた入隊式の日に我等は誓ったのだ!王と王妃の前で!この命は国王 皇后に、この国へ捧ぐものなりと!」
「その通りだ…」
そう呟いたクロウスが完全に立ち上がる。遠くエルフィンの傍で大地とココロもそんなやり取りを聞いている。ココロは狭い足場で静かに立ち上がった。
「ココロ…」
大地が代わってエルフィンの傍に寄る。
「我等は誓ったのだ…、未来永劫、アガスティアの繁栄が続くよう国王一家をお守りするのだと」
不意打ちをかけた当初こそ優勢であったアクーとキイタであったが、結局は不死身の亡霊が相手、きりのない攻撃に徐々に後退を余儀なくされ始めていた。
「国王の血筋を守り続ける、カンサルク王家の血族が残っている限り…」
マヌバラが静かに振り向き苦し気に呟き続けるクロウスを見つめる。訳の分からないままエイクも黙って彼を見つめていた。
「アガスティアは滅びはしない!」
クロウスは剣を振り上げシルバーに襲い掛かった。しかしガイの一撃が効いているのか、その速度は目に見えて落ちていた。
易々とその剣を受けたシルバーは一歩詰め寄ると、クロウスの顔に自分の顔を近づけ言った。
「ならば今こそ、その日の約束をお果たしください!」
「何!?」
「今こそ、アガスティアの血を引く者の為にお働きください!アガスティア第二王女ココロ様の血を引く者の為に!」
シルバーがそう言うのを聞いたココロは、突然その身に纏った臙脂色の外套を脱ぎ捨てると大声で叫んだ。
「我が名はキイタにあらず!我こそはアガスティアの血を継承する者なり!我が兵よ、この紋章の元に我は命ずる、剣を納めよ!」
その声に戦場に立つ全員の目がココロに向けられた。
「あれは…」
「あの紋章は…」
キイタやアクーと戦っていた兵士達の口からそんな声がが漏れる。そして遂に、一人の兵士が叫んだ。
「片陰のアステリア!」
兵士達を見下ろす位置でココロは胸を張り、ここぞと服に刺繍された紋章を見せつけた。
「片陰の、アステリア…」
シルバーと競っていたクロウスの手から力が抜けていく。
「う…ん…」
「あ!王妃!」
大地の声にココロが振り向く。エルフィンが軽く額に手を当てながら身を起こし始めた。
「騙されるな…」
そんな声に全員が振り向く。見ればジーンが怒りに満ちた顔で拳を震わせている。
「ジーン…」
「三日月と星を象るなど、ふざけるにも程がある…。騙されるな!あれは片陰のアステリアにあらず!真っ赤な偽物だ!」
怨敵マウニールの紋章と共に並び描かれる二色の星。それはアガスティアの紋章ではなく、現アスビティ公国の国章だ。いち早くその違いに気が付いたジーンは、益々怒りを募らせ、突進を始めた。
「おやめくださいジーン殿!」
叫ぶシルバーの前にガイが立ち塞がる。しかし怒りに燃えたジーンを満身創痍のガイでは抑えきれなかった。
ガイの巨体を吹き飛ばしたジーンは猛然とシルバーに襲い掛かる。その剣を受けたシルバーは尚も叫んだ。
「お聞きくださいジーン殿!アガスティアはマウニールと手を結んだ!戦争は終わり、二国はより強固盤石なる国を築かんと手を取り合ったのです!」
「そのような世迷い事を!」
「あの方の名はココロ様!戦争終結後の姫!ココロ様の血と名を正式に継承するお方です!」
「この上ココロ様の名までも騙るか!」
目にも止まらぬ速さでジーンは何度も何度もシルバーの剣を上から打った。息をもつかせぬ連続した攻撃に、シルバーは防戦一方で押し切られている。
「ココロ様…」
一方でシルバーの話を聞いていたマヌバラは、呆然とした様子で上を見上げた。そのココロは自分に背を向けると、再びエルフィンを起こしに掛かっている。
「王妃!エルフィン王妃!」
エルフィンの黒く長い睫毛が揺れ、その瞳がゆっくりと開く。
「王妃!」
「…キイタ、殿?」
エルフィンがココロの顔を認め小さく呟く。
「お目覚めですか、王妃!」
「ココロ!」
大地の声にハッとしたココロは振り返った。狭い階段の途中、視界全てを覆うようにマヌバラが立っていた。
「くっ!」
大地は咄嗟に右手でマヌバラの脇腹めがけて拳を繰り出した。しかし、それはあっさりと掴まれ、防がれてしまった。
「お願いマヌバラさん、邪魔をしないで。もう、終わりにしましょう…」
「どのようにして?王妃がお目覚めになったからと言って、それでどうするおつもりか?長々とあなた達の歴史を語り、それをご理解いただこうとでも?」
マヌバラが歯を剥き出す。不敵に笑ったようだ。
「それを我等がただ黙って見ているとお思いか?キイタ様」
「私はキイタではない。我が名はココロ!」
ココロが強い眼差しと共に言うと、マヌバラは一瞬 怯んだように僅かに身を退いた。
「マヌバラ?」
エルフィンがまだ半分夢の中にいるような声を出す。
「王妃様…。まだ、お目覚めになるには早過ぎます。どうぞ今一度お眠りください、今一度」
「だめよ!王妃、もう寝てはいけない!」
ココロが叫ぶ。
「お黙りなさい!」
マヌバラが思いもかけぬ大きな声を出した。
「王妃の寝所を犯す狼藉者、退治してくれる!」
ココロの横面でも張ろうと言うのか、マヌバラは巨大な手を振り上げた。確かに、それが当たればココロの体は奈落の底へと消えてしまうだろう。そしてこの狭い場所に、ココロが逃げ隠れするような所はなかった。
大地は焦った。しかし自分の手を鷲掴みにするマヌバラの力は、どう足掻いても振りほどく事ができなかった。
「ココロォ!」
大地の声が空しく地下空洞に響いた。何とか進軍を食い止めようと必死に能力を発動するアクーとキイタ、痛みの為に立ち上がれずにいるガイ、ジーンの猛攻を受け続けていたシルバー。全員が大地の叫びに目を向けた。
「さあ今こそ、我らの仲間に!」
全身を緑に染めた化け物となり果てたマヌバラが、歓喜にも似た声を出し今正にその手を振り下ろそうとしたその時、謎の声が三度空洞内に響き渡った。
(我が名はエミカ)
マヌバラの手が止まる。
(我が兵達よ、剣を引きなさい)
マヌバラ、クロウス、ジーン、そして多くのアガスティア兵士達の動きが止まる。みな一様に戸惑った顔で周囲を見回していた。
(カンサルク王息女にして、アガスティア国王第一王女の名の元、皆に命ずる。我が兵達よ、剣をお引きなさい!)
「エミカ様!」
「エミカ王女…」
再び兵士達が口々にその名を呟く。ガシャンと言う大きな音にシルバーが振り向くと、呆然とした顔のジーンが剣を取り落とし、震えていた。
「まさか…、そんな…」
クロウスが言葉もなくゆっくりと立ち上がる。彼らの見上げる頭上では眩い光が今、一つ所に集まりつつあった。
一か所に集まった光はその輝きを失わないまま、人の形へと姿を変えていく。それは少女の姿をしていた。それを見た途端、ジーンが両の膝を地面につけた。
「エミカ様」
そう言って頭を下げる。
光を纏った少女は宙を漂い静かにココロ達の前に移動した。マヌバラが慄いたように身を退く。
「母上…」
「エミカ…」
三百年の時を超え再会を果たした母娘は静かに見つめあった。
「母上、私の姿が見えますか?」
「見えます、見えますよエミカ…。何故、あなたはそのような…」
するとエミカはにっこりと微笑み、母親に向かって言った。
「それは母上とて同じ事。どうぞ、ご自分のお姿をよくご覧ください」
その言葉にエルフィンは自らの両手に目を落とし、そして驚愕した。その手が透けて向こう側が見えていた。
エルフィンは静かに顔を上げると、光に包まれた愛娘の顔を見た。
「私は、死んだのですね?」
エミカが無言で頷く。エルフィンの丸い頬に涙が伝った。
「お前も…」
再びエミカが頷く。その顔はあどけなくも優しい笑顔のままであった。すっとエミカの手が伸ばされる。
「さあ母上、参りましょう。お迎えが参ります」
「エミカ…」
エルフィンの震える手が差し出される。
「ベッドはこれでよし」
王妃の寝室の掃除をしていた女中のマリーは元気な声を出すと、後ろにいるジュディを振り向き声をかけた。
「ジュディ、枕を取って」
「枕?ああ、これね?」
ジュディはベッドメイクの為に一度外しておいた枕を手に取ると、マリーを振り返った。手を伸ばしてくるマリーの顔を見たジュディはショックの余り手にした枕をそのまま足元に取り落とした。
「マ、マリー…、まあ、あなた、あなたのその顔…、一体何があったの?」
目の前に立つマリーの顔はまるで老婆、いや、数百年前に死んだミイラのような容貌に変わっていた。
「あ…」
茶色く変色し、一切の水分を抜き取られたような顔のマリーが掠れた声を出した。まるで枯れ木のような手を伸ばし、ジュディを指さしている。
ぎこちない動きで近づいてくるマリーに恐れをなしたジュディは数歩後ろに下がった。すぐに背が壁に当たる。
「あなたこそ…」
マリーの僅かに歯の覗く口からしわがれた声が漏れた途端、彼女の体は一瞬にして砂と化し崩れ去った。
ジュディは声にならない悲鳴を上げて両の手で口を覆った。微かな違和感を感じる。
(あなたこそ…)
マリーの呟いた言葉が頭の中をよぎる。ジュディは恐る恐る自分の両手を見る。まるで枯れ木のような二本の腕。微かにそれと判る爪が諦め悪く張り付いている。
それが自分自身の手である事を認めるまで数秒の間があった。ジュディは慌てて後ろを振り向いた。そこには壁に掛かった鏡があった。
鏡の中から、まるで数百年前に死んだミイラのような顔が自分を見つめ返している。
「いや…」
そう言ったつもりだった。しかし、声は出なかった。
「いやあああああああああっ!」
ジュディは喉を震わせて掠れ切った音を発した。その瞬間、壁の鏡は一塊の砂となって落ち、それと同時にジュディの体も同じように砂へと還った。
二人分の灰色の服が無残な姿で落ちている。そのすぐ脇で、たった今整えたばかりのベッドが砂へと変わっていく。
ジュディが取り落とした枕も、王妃の為に無理をして運んだ大きな鏡台も、僅かな服やそれを掛けていた棒も、床に敷かれた絨毯も、鏡を失った壁も、灰色の服が落ちている床も、その部屋に入る為のドアも…。全てのものが次々と砂となって消えていく。
城のあちらこちらで女達の悲鳴が聞こえた。ザーっと何かが流れるような音がする度、城の中から何かが消えていった。
裏庭ではボロボロの外套が風に吹かれ、その傍には朽ち果てた剣が一振り、殆ど砂のようになって落ちていた。
馬をつないでいたらしい轡のようなものもあった。四輪の豪華な馬車が、元の姿も想像できぬ程のあり様で傾いている。
鳥の声も聞こえず、城を囲む塀も崩れ去っていた。そんな中、ジルタラスでは考えられない巨木達だけが消える事なく取り残されていた。
地下空洞の内部に連続して大きな音が響き渡る。その度に地面が揺れた。
「何だ…?」
不安げな顔で頭上を見上げていたアクーが呟く。キイタもエイクもその恐ろしい音に声も出せずにいた。
「時が、動き始めた…」
「え?」
クロウスの呟きにしゃがんだままのガイが訊き返す。答えたのはシルバーだった。
「城が消えているのだ。まやかしのラディレンドルブルットが…」
嘆きの洞窟、レメルグレッタのその上に建てられたラディレンドルブルット。
迷い人を救い、報われぬ魂達を慰め続けててきた幻の居城は、そこに住まう王妃の目覚めと共に今、永遠にその役目を終え姿を消した。




