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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
135/440

レメルグレッタ

●登場人物

ANTIQUE

・ココロ…始まりの存在に選ばれ仲間を捜す旅を続ける十四歳の公爵令嬢。

・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。幽霊が苦手。

・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた元軍人。ココロへの忠誠心が高い。


レヴレント

・クロウス…幽霊であるレヴレントが生み出した幻の城ラディレンドルブルットで近衛隊長を務めている。

・マヌバラ…ラディレンドルブルットの女中頭。城に残された王妃の世話をする為現世に残った幽霊。

・マノエ…ラディレンドルブルットで働く若い女中。国に置いて来た家族友人を気遣う優しい娘。



前回までのあらすじ

 ジーンを撒いて二人きりになった大地とシルバーであったが右も左もわからず途方に暮れていた。そこに現れた女中のマノエに、彼女が幽霊であると知りつつ案内を頼むシルバーに大地は驚いく。

 しかしマノエの案内のお陰で怪しい箇所を見つけた二人は微かに聞こえるココロからのテレパシーを頼りに城の奥へ奥へと入り込んでいくのだった。

 一方一人謎の階段を下りたココロはその先に巨大な地下空洞を見つける。日の光が一切入らない地下空洞にも関わらず、そこには常識外れに大きな巨木が一本聳え立っていた。

 数百本と思える細い枝が絡み合ってできた巨木はその身内から眩い緑の光を放っていた。複雑に絡んだ枝の奥、その木の中に七人目の能力者が囚われているのだと確信したココロは巨木の幹に取り縋り声を掛ける。

 そんなココロの前に近衛隊長のクロウスと女中頭のマヌバラが揃って姿を現すのだった。







 張り切って先を行くマノエを先頭に、大地とシルバーは立ち入り禁止エリアの廊下を進んで行った。明り取りの窓のついた明るい廊下を離れるに従い段々と周囲が薄暗くなってくる。

「ここから先は本当に私も一度も入った事がないんですよ」

 廊下がT字路になった場所まで来ると、マノエは立ち止まり言った。真っ直ぐに前へ伸びる廊下と、それと接して左に伸びる廊下。いずれも先は暗すぎてどうなっているのかわからかった。

「どっちへ行く?シルバー」

 幽霊であるマノエの存在にもすっかり慣れたのか、大地がシルバーに決断をゆだねた。シルバーは思案顔しあんがおで二方向に伸びる廊下を見比べた。

 どちらか一方にしぼるのは難しかった。悩む素振そぶりを見せながらも、頭の中では必死にココロの声をキャッチしようと気持ちを集中していた。

 確かにココロの声をとらえる事はできた。しかし、はっきりと会話の内容が聞き取れる程の音質ではない。それにどちらの方向からより強く発信されているのかもつかみきれはしなかった。

 だが、ここで大地と二手に別れるのはリスクが高過ぎる。シルバーはそう判断していた。

 ハクザサの助言を常に念頭に置いているシルバーにとって、今目の前に伸びる絨毯敷じゅうたんじきの立派な廊下も全てレヴレントの作り出したまやかしだ。実のところ、どちらへ行こうとその先に部屋がある訳でも、出口がある訳でもない。

 大地と手分けをしたところでただ無暗むやみにありもしない城の中を彷徨さまようばかりで、いよいよ行方不明者が増えるだけだ。

 ココロを見つけ、救出する手段はただ一つ。大地と言う心強い仲間と一緒にピンポイントでココロのいる場所に辿たどり着く以外にはない。

 だからシルバーは、ここで前に進むか左に折れるかの選択をしなくてはならなかった。間違える事は許されない。

「ん?」

 闇に隠れる長い廊下の先をじっと見据みすえていたシルバーは、何かに気が付き声を出した。左に折れた廊下の先、目を凝らしてよく見れば何かが見えてきた。

 シルバーは大地にもマノエにも何も言わないまま、そちら側の廊下に向かって大股おおまたで歩き始めた。

「そっちなのね」

 質問に答えてもくれないシルバーに、怒る様子もなく大地は素直に後に従った。マノエも興味半分についてくる。

「あ、ジーンさん…」

 大地がつぶやいた。長い廊下の奥、突き当たりに近衛隊このえたい副隊長のジーンが手を後ろに組んで立っていた。学校の朝礼などでよくやる「休め」の態勢た。

 どうやらシルバーにはこの廊下の一番奥にたたずむ金色のよろいかすかながらに見えたらしい。それがジーンとまではわからなかったものの、大地の目には単に暗い廊下にしか見えなかった事を思えば、シルバーの視力、若しくは暗視能力は確実に大地よりも高いと言えた。

「これはシルバー殿、大地殿も…。心配しましたぞ、突然と姿を消されてしまわれたので」

 ジーンの方でも大地達に気が付いたらしく、姿勢をくずさぬまま笑い掛けてきた。

「それは申し訳ない。方々珍しく目を奪われている内にはぐれてしまったようだ。こちらのマノエ殿に案内を頼み、引き続きキイタ様をお捜ししている」

「それは不便ふべんをお掛けいたしました。生憎あいにく私は今ここを離れる事ができませぬゆえ、引き続きその者と捜索をお続けいただければと」

「なるほど。して、貴殿はここで一体何を?」

「何と言う程の事もござらぬが、この場所は普段城の者も立ち入りを規制しているエリア。キイタ様捜索の折、うっかりと奥まで入り込む者がおらぬようここで見張れとの命令を受けた」

「ほう…。して、その後ろの階段は一体どこへ?」

 問われたジーンはいささか困ったような顔で答えた。

「はあ、それが自分にもよくわからんのですよ。私自身ここまで足を運ぶ事などないので、このような階段、見た事も…」

「シルバー…」

 ジーンの言葉を聞いた大地が緊張をはらんだ声でシルバーの名前をつぶやく。

「声をとらえたか?」

「はっきりとは…。でも、間違いなくさっきより強い」

「私もそう思う」

「じゃあ…」

「ああ、間違いない。姫はそこにおられる」

 大地とシルバーの話をそばで聞いていたジーンとマノエの顔が怪訝けげんそうにくもる。

「ジーンさん、ごめん。そこを通してもらえる?」

 大地が事もなげに言う。

「え?」

「俺達、その階段を下りたいんだ」

 そんな大地の言葉にジーンは吹き出しながら答えた。

「これは申し訳ない。だが、それはできないのです。お二人はおろか、城の者すら通すなと隊長から命令されていましてな」

「そうですか。それでは、猶更なおさら捜しに参りたい」

 そう言うシルバーに、ジーンは困惑気味な顔で答えた。

「いや、ご心配は無用。たった今隊長のクロウスと、女中頭のマヌバラが下りて行った。ここはお任せください」

 それでもまだかろうじて口元に笑みを残していたジーンであったが、その後のシルバーの返答にその笑顔は完全に消えた。

「どうしてもと申されるのなら、力づくでも通していただく」

「シルバー殿、お察しください」

 ジーンはまだ丁寧ていねいな口調をくずさず説得を試みた。しかしシルバーと大地、二人の真剣そのものの目に、ようやくそれが冗談などではない事を悟ると、左手を剣のて、静かな口調で言った。

「どうか、お退きください」

「大地、ここは私が引き受ける。下にいる者は多くはなかろう。石でできたこの城の中では、私よりもお前の土の能力の方が性に合っているはずだ」

「わかった」

 言うと大地は心持ち身をかがめ、両手につばを吐きかけた。

「シルバー殿…」

 ジーンは悲しそうな顔で今度は右手で、しっかりと剣をつかんだ。



 ココロは緑の光を放つ木を背に、じっと二人の亡霊を見上げていた。いどみ掛かるようなココロの目を見つめていたマヌバラが小さくため息をついた。

「このまま何も知らずにご出立しゅったついただければ良かったものを…」

「マヌバラ殿」

 余計な事を口走りかけるマヌバラをたしなめるようにクロウスがきびししい声を出す。しかしマヌバラはそんなクロウスにあきれたような笑顔を見せると続けた。

「このご令嬢は既に気が付いておりますよ」

「何?」

「そうなのでしょう?キイタ姫。あなたは偶然にここへ迷い込んだ訳ではないのでしょう?」

 肉体的にも、ANTIQUEの能力者としても戦闘向きではないうえ、武器の一つも持たないココロは二人の発する迫力に押され、木の裏側へ隠れようと、じりじりと後退を始めた。

「どこへ行かれます?ご令嬢」

 後ろへ下がろうとしたココロの耳元で低い声がささやいた。一瞬の内に全身に鳥肌が立つ。

 慌てて身をひるがえしたココロの目の前に、長い髪をらしたクロウスが無表情な顔で立っていた。

 見上げる高さにいたはずの彼は一瞬の内にココロの背後に姿を現したのだ。音もなく、姿も見せず。これ一つをとっても彼らが既にこの世の者ではない事を証明していた。

 驚きと恐怖の余り無様ぶざまに悲鳴を上げて尻餅しりもちをついたココロだったが、その思いと裏腹に相手を睨みつける眼にはまだ力を宿していた。

「あなた達は、何もわかっていないわ」

「我々が?一体何をわかっていないとおっしゃる?」

「あ、あなた達はもう…、もう…」

「死んでいる」

 突然言葉の先を取られたココロは、ハッとして声の方を向いた。マヌバラがゆっくりと階段を下りて近づいてくる。

 目の前にはクロウス、背後からはマヌバラ。二体の亡霊に挟まれたココロは慌てて立ち上がると、距離を取ろうとじりじりと後退し始めた。

 ゆっくりと、限りなくゆっくりとマヌバラは近づいてくる。しかし目の前に立つクロウスはさみしそうな顔でうつむいたまま動きはしなかった。

「そう、とうに気が付いておりますとも。私達は既に死人しびと。今ここにあるこの体が、本当はもうこの世どこにもないと言う事位」

 歩みを止めぬままマヌバラが話し続ける。

「しかし、それが何だと言うのでしょう?私達はここに取り残された。体は朽ち果て、記憶は薄れていく。ただ、ただ強く誓った忠誠だけが今も私達をここにとどめているのです。そうなのだとしたら…」

 マヌバラがココロの正面に立つ、右手にはクロウス。ココロを頂点に三角形を描いた三人の距離は等しくなっていた。

 マヌバラが、にっこりと優しい笑顔を作って言った。

「全てを忘れ、全力で生きたその時を続けていけばよい…。皆で仲良く、共に残された王妃のお側にはべり…。私達をしばり付ける遠い日の約束を果たし続けていればよい…」

「それでこんな…、こんなありもしないお城を建てて、ままごとのようにうその毎日をり返していると言う訳?」

 気圧けおされながらもココロは持ち前の負けん気でマヌバラに言い返した。

「ままごととは、言われたな」

 クロウスが低い笑い声をらす。

「そうじゃない!ラディレンドルブルット?よく言うわ、あんなお城はみんな幻。実際はここがあなた達の住処すみか、そして戦場そして…、死に場所よ」

 言われた言葉にマヌバラもクロウスも笑顔を消した。マヌバラは悲しげにうつむき、再び表情を失くしたクロウスは静かに巨木を見上げた。

 ココロが指摘してきする通り、地上に建つ城はまがい物だ。この冷たく暗い、ただ広い以外に何の取柄とりえもない救いようもなく陰鬱いんうつとした洞窟どうくつだけが、国を落ちび敗走した国王軍の唯一のり所。レメルグレッタであった。

「みんな、ここで死にました…。戦争を終わらせる代償にささげられたカンサルク国王陛下の死は、このラディレンドルブルットにより一層いっそう濃い血の匂いを運び込んだ…」

「追撃隊の襲撃を生き残った人達はみんな、カンサルク王を追って自害したのね?」

 ココロは自分の知り得る史実を紐解ほもときながら言った。しかしマヌバラは再び口元に笑みを浮かべて言った。顔はうつむけたまま、静かな声だった。

「みんな、ではございません」

「え?」

「みんながみんな国王への忠誠の元、自ら命を絶った訳ではないのです。特に、私達 女衆おんなしゅうはどちらかと言えば国王陛下よりも皇后陛下こうごうへいかにおつかえする事が使命。兵士達のように死して尚国王をお守りせよと死の道を選んだ者など、むしろ少ない位。第一からして、エルフィン王妃自身が自害はなされなかったのだから」

 夫である第四代アガスティア国王カンサルク王の後を追ってエルフィン王妃は自害。そのあわれをんで最後までつかえた逃亡隊の面々は男女を問わず残らず自害した。

 そのほこり高き当時の人々の死生観しせいかんたっとび、また、その悲しい末路まつろいたみ、この地は後に「なげきの洞窟」を意味する、レメルグレッタと呼ばれるようになった。

 小さい頃からココロはそう習ってきた。ココロだけではない、およそ現在のアスビティ公国民、シルバーやガイ達軍人達もそうじてそのように教えられてきた。

 エルフィン王妃は、自害をしなかった…。マヌバラのその言葉はココロに強い衝撃を与えた。



 先に剣を抜いたのはシルバーであった。ジーンは最後まで直接的戦闘を避けるべく説得を続けた。しかしそれも徒労とろうに終わった。

「何としても、退けぬと申されるか」

「本意ではございませんが。どうあっても道をお開けいただけぬと言うのであればいたし方ございません」

 ジーンは心底悲しそうなため息をつくと、静かに腰の剣を抜き放った。

「よき、友人になれると思っていたが…。私とて軍人、上官の命令は絶対だ」

「シルバーさん!どうしたのよ!」

 突然 豹変ひょうへんしたシルバーに狼狽うろたえたマノエが取りすがる。シルバーは左手で剣をジーンに向けたまま、空いた右手でけ寄るマノエの胸を軽く押し返した。

「きゃっ!」

 どんなに加減をしたところで大男のシルバーに突き飛ばされたのだ。マノエの小さな体は簡単に弾き返され、床に倒れこんだ。

「貴様…」

 同国の子女に手を上げられたジーンの表情が悲しみから怒りの色に変わった。

「参る!」

 シルバーは剣をかつぐように構えるとその体躯たいくに似合わぬ俊敏しゅんびんさで一気にジーンとの間合いを詰めに行った。

「やめてシルバーさん!あなたではかなわない!」

 マノエが泣き声混じりに叫ぶ。大地はすきさえあれば相まみえる二人の兵士の合間をって階段をけ下りてやろうと片時も目を離さず機をうかがっている。

 左肩を突き出すように真正面から突っ込んで来るシルバーはすきだらけのように見えた。何かの罠か?一瞬ジーンは迷ったが、シルバーのスピードは迷う程の暇も彼に与えてはくれなかった。

 ジーンは考えるのを止め、がら空きになったシルバーの左肩目掛けて上段から渾身こんしんの一撃を打ち下ろした。

 寸分すんぶんたがわずジーンの刃はシルバーの左肩にぶち当たった。まともにしんに入った感触を得た。間合い、角度、スピード、全てが完璧だった。

 切っ先は見事にその筋肉 繊維せんいを裂き、骨を砕きながら稽古けいこ用の布人形のようにシルバーの体を胸まで切り開く、はずであった。

 だがジーンの想像に反して廊下には甲高かんだかい金属音が鳴り響き、ジーンの手ははげしいしびれに襲われた。

「うっ!」

 ひじまで貫く痛みに声がれる。苦痛にゆがむジーンの顔を目掛け、右からシルバーの剣が飛んできた。

 避ける事は不可能であった。そのスピード、角度…。シルバーの剣もまた同じように完璧な筋を描き、ジーンの左頬の辺りへ向かってきた。ジーンは、自分の顔が上下半分に切り分けられる恐怖に目を見開いた。

 しかし、そうはならなかった。ジーンの顔は無傷。シルバーは大きく空を切ったように剣で床を叩いていた。

(避けた…のか?)

 ジーン本人にも何が起きたのかわからなかった。しかしシルバーは自分の一刀が相手を倒せなかった事に怯 (ひる)みもせず、すぐに身を起こすとジーンの体に強烈なタックルを見舞った。

 強い衝撃に、ジーンの体が階段横の壁まで吹き飛ぶ。間髪かんはつ入れず迫り来るシルバーが、自分の腹目掛けて剣を突き刺してくるのがわかった。

 今度こそやられる。そう思った時、シルバーの体が強く当たってきた。シルバーの肩と背中の壁に挟まれたジーンは、しかし襲ってくるはずの痛みが感じられない事に思いいたった。

(外したか?)

 一度ならず二度までも。このシルバーと言う男、スピードと度胸は一級品だが、もしかしたら剣の腕は三流以下なのかもしれない。

 何であれチャンスであった。今、自分の胸下辺りには無防備むぼうびなシルバーの背中が見えている。

 ジーンはしびれる手に渾身こんしんの力を込めると、逆手に持ちえた剣を大きく振りかぶった。

「きゃあああっ!」

 マノエが悲鳴を上げ、顔を伏せる。

「もらった!」

 ジーンは大きく叫ぶと、振りかざした剣を真っ直ぐにシルバーの背中に振り下ろした。

 その切っ先がシルバーの背中に突き立った瞬間、嫌な金切り音をともないながらジーンの剣はシルバーの体の上をすべった。

「な…っ!」

 思いも寄らぬ事に慌てたジーンは、今度はシルバーの首筋を狙った。この位置では自分の足までも貫いてしまう可能性があったが躊躇ちゅうちょしている暇はなかった。

 マウニールのよろいさえ貫くジーンの剣が通用しない装備、そんなものをこのシルバーと言う男は身に着けているのかもしれない。そこまで明確に考えた訳ではなかった。しかし、長年の訓練でやしなわれたジーンの戦闘本能が、すぐに次の一手へと体を勝手に動かしていた。

 再びの金切り音。ジーンの剣はシルバーの首を貫く事なく、やはり刃滑はすべりを起こして横にれた。

「一体…」

 何が起こっているのかまるで理解できぬまま、自分に抱き着くような恰好かっこうのまま動かないシルバーを見下ろしていた。

 やがて、そのシルバーがゆっくりと身を起こし始めた。

「あ…、ああ、あ…」

 目の前に立ち上がったシルバーの姿を見たジーンは、恐怖の余り顔中に冷や汗を浮かべて言葉を失った。

 そこに立つシルバーは、顔と言わず、髪と言わず、着ている服までもが全て残らず銀色に輝いていた。

全身を銀色に染めたシルバーの鋭い目が真正面から自分を見つめている。その瞳が鏡のようにおびえた自分の顔を映し出していた。

「ば…化け物…。化け物ぉ!」

 そう叫び振るわれたジーンの剣はシルバーの側頭部に命中した途端とたんはげしい音とともに折れ飛んだ。

 シルバーは静かな面持おももちのまま、ゆっくりと身を退いて行った。ジーンから遠ざかるごとに、シルバーが元の色へと変わっていく。そして、ジーンの手が完全に届かない距離まで下がったシルバーは既にさっきまでの人間と寸分すんぶんたがわぬ姿に戻っていた。

「化け物…。なるほど、そうかもしれません。しかし、あなたはどうでしょうか?」

「何!?」

 そう叫びながらシルバーにつかみかかろうとしたジーンは、自分の異変に気が付いた。体が動かない。

「痛みは感じませんか?ジーン殿」

(何を言っている?この男は何を言っているのだ?)

 周囲を見回す。大地が表情のない目で自分を見ている。その奥で、床にへたり込んだままこちらを見るマノエの目は大きく見開かれていた。まるで、余りにもおぞましいものを見た恐怖で声が出ないと言った具合に両手で口をおおった姿のまま、固まってしまったかのようだ。

(何だ?何か起きているのだ?くそ!何故体が動かない!この体が…)

 そう思い、自分の体を見下ろしたジーンはマノエと同じく言葉を失った。そして、やはり同じように目を見開いた。

 その目に映る光景がどうしても信じられなかった。慌てて正面に立つシルバーを見た。彼は静かに立っている、ただ立っている。両手を無防備に下ろしたまま。その手に、剣は握られていなかった。

 当然である。彼の剣は今、ジーンの腹に深々と突き刺さり、そのまま彼の体を後ろの壁に貼り付けているのだ。

「痛みは、ありますか?」

 ようやく事態を掌握しょうあくしたらしいジーンへ向かい、あくまでも静かな声で再びシルバーがたずねた。





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