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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
133/440

祈りの乙女

●登場人物

・キイタ…火の能力者。ANTIQUEの存在におびえ自覚が不足していたがここまでの旅を通し覚醒し、現在は最強のANTIQUEを宿す能力者として成長した。

・アクー…水の能力者。過去の記憶を一切持たず、それを取り戻そうと仲間になった能力者。初めてできた仲間と言う存在を守る為必死に戦う。


・エイク…偶然その場に居合わせた事からキイタとアクーの道案内をする羽目になった地元の青年。

・エミカ…三百年前戦争終結を願い自ら洞窟へと入り込み平和の祈りを上げ続けて来たアガスティア国王の第一王女。現代では伝説となっている存在。

・ミニート…百年以上前に全滅したとされるヴィゼレットと言う小動物。キイタ達を導くように洞窟内を歩き回る。


前回までのあらすじ

 暗闇の中高い崖の上から墜落してしまったキイタ、アクー、エイクの三人であったが、何とか大きな怪我けがもなく互いの無事を確認し合う事ができた。

 そんな三人の前を小さなヴィゼレットが相変わらず道案内をするように歩いて行く。その後について歩く三人の目の前に壮大な景色が広がった。エメラルドグリーンに輝く大小いくつもの池で構成された地下水脈の湖。これこそソローニーア、「悲しみのほとり」と呼ばれる洞窟どうくつの正体だった。

 三人は水に浸かり傷を洗い流した。暫しの休息を楽しむ三人を見つめ、謎の小動物ヴィゼレットはただじっと座り込んでいた。まるで三人の傷が癒えるのを待ってでもいるかのように。







 涼しげな音を立てて流れ落ちる水の中をザブザブと歩き対岸に辿たどり着いたアクーは一番に岸へと上がった。続いてエイクがい上がる。最後にキイタが岩場に手を掛けた。

「あ、キイタかり」

 アクーが言いながら振り向き手を伸ばす。

「はい」

 太ももまで水にかったキイタが手にしたカンテラをアクーに渡すと、アクーはそれをかかげ前方を照らした。相変わらずヴィゼレットが自分達を待つようにこちらを振り返っている。

 かたくなに否定し続けていたが、今やアクーもあの小動物が自分達をどこかへと導こうとしている事を疑わなくなっていた。

「ありがとう」

 エイクの手を借りて岸へと上がったキイタが礼を言う。

「おい、アクー!」

「え?」

 エイクが怒気どきふくんだ声で呼ぶのに、アクーは振り返って答えた。

「お前、かりより先にキイタに手位貸せよ!」

「え?だってれたら困るじゃん」

「いいのいいのエイク、ありがとう。私は大丈夫だから」

 キイタが慌ててエイクをなだめる。

「よくないよ!あのなあアクー、女の子に手を貸すのなんか常識だろうが!」

「常識?」

 アクーはきょとんとした顔で小首をかしげた。この辺りはいつものアクーだった。ポーラーと出会ったばかりの頃のアクーは自分の名前どころか、服の着方、ナイフの使い方さえ忘れていた。

 ポーラーと過ごした数か月の間に何とか人並みの生活が送れる程度までには成長したものの、女性に対するマナーなどは全く身についていなかった。仲間を守る為に敵に挑みかかるのはどちらかと言えば本能から来る行動に近かった。

 発光バクテリアの事などを知っているかと思えば、体の小さな女の子に手を差し伸べる程度の一般常識にはうとかった。そのギャップに周囲の人間は戸惑とまどいを覚える。

 記憶を一切失くしていると言う事情を承知しているキイタにとっては何も気にならなかったが、エイクはそれが気に入らなかったらしい。

「エイクいいの。それよりほら、ヴィゼレットがまた私達を待ってるわ。行こう」

 キイタは笑顔でエイクに言うと、仏頂面ぶっちょうづらの彼を追い越し先頭に立って歩き出した。憤懣ふんまんやるかたない様子で後を追ったエイクは、追い越しざまアクーをにらみつけて行った。

「まったく」

 言われたアクーはまだエイクの怒りの意味が理解できず少し困った顔を見せた。

 輝く水が放つ光が背後に遠のいていく。やがて再びカンテラのかりに頼らなければ足元が覚束おぼつかないようになってきた。

 炎のかりが岩の壁に三人の影を大きく映し出す。その先には相変わらず迷いなく歩くヴィゼレットの影がれていた。

 突然先頭を歩いていたキイタが立ち止まる。

「どうした?キイタ」

 その背にぶつかりそうになったエイクが慌てて止まりたずねた。

「どこに、行くんだと思う?」

 キイタは前を行くヴィゼレットを見つめたままポツリと言った。

「どこって…、そりゃ出口じゃねえの?」

 エイクのその言葉にキイタが振り返る。

「え?」

 そのきびしい表情にエイクが戸惑とまどった声を出す。何も言わずエイクの顔を見つめていたキイタがその瞳をアクーに移す。見返すアクーの顔も何かに気づいたような表情をしている。

「どしたの?どしたのよ二人とも、怖い顔しちゃって」

「祈りの乙女…」

 アクーの言葉にキイタが無言でうなずく。

「え?」

 エイクは訳がわからず怪訝けげんな顔をした。

「エイクもアクーも言っていたけど、野生動物のヴィゼレットが何かしらの意図いとを持って人間の道案内をするなんて、普通なら考えられないわ」

「ああ、そりゃそうだね」

「ヴィゼレットは、高貴な人に飼われる事が多いって言っていたね?」

 アクーの問いに再びキイタが無言でうなずく。

「え?何々?」

 話しについていけないエイクが二人の顔を交互に見ながらいてくる。それに答える事なくキイタは前方を振り返った。そこにはやはりヴィゼレットがいた。三人が動き出すのを待つように、じっとこちらを見つめている。

(話しは終わったかい?)

 その目はそう問いかけているように見える。

「アクー」

「うん」

「私もそう思うわ」

「…うん」

「何を?何をそう思うの?」

 いてくるエイクにキイタは、ヴィゼレットと見つめあったまま静かに答えた。

「あの子は、私達をエミカ王女の元に導こうとしているんだわ」

 エイクはもう何もかなかった。三人はそれぞれの想いを胸にじっと前方の小動物を見つめている。

 そんな人間達の想いをよそに、ヴィゼレットは微笑ほほえましい仕草しぐさで青く美しい毛並みの手入れをしている。

「確かに薄気味悪いや」

 アクーが強がった笑いをふくんだ声でつぶやいた。ふと顔を上げたヴィゼレットが澄ました顔で再び歩き始める。キイタは言葉もなくその後を追って歩きだした。

 アクーは自分の前にたたずむエイクの肩をかるくポンと叩いた。

「ホント、訳のわからない事だらけだね」

 そう言って微笑むとアクーはキイタに続いた。しばら呆然ぼうぜんとしていたエイクは我に返ると、慌てて二人を追いかけた。

 道はじょじょ々にけわしくなってきた。傾斜けいしゃゆるいが短いスパンでアップダウンが増えてきた。道幅が狭くなり、それにともなって天井も低くなり始めた。

 そんな道をスイスイと進んでいくヴィゼレットの後ろ姿だけを見つめながら、三人は無言で足を進めた。細く狭いうえに、道は左右にうねり始めた。

 大きなカーブではその都度つど姿を見失い、そのたびに三人はヴィゼレットを求めて足を速めた。

 何度目のカーブであったか、やはり一瞬ヴィゼレットの姿を見失った三人がけ出そうとしたその時、道の先から声が聞こえた。

 先頭を行くキイタがハッとして立ち止まる。すぐ後ろで男二人も立ち止まった。三人は息を殺し、恐る恐る曲がり角まで近づくと耳を澄ました。

「ミニート?ミニートなの?」

 そう聞こえた。女性の声だった。キイタは緊張しきっていた。にぎった拳は汗でれていた。エイクとアクーはそっと目を見交わす。再び聞こえた声に、三人の緊張は更に高まった。

「ああ、やっぱりミニートね。一体どこへ行っていたの?お願いよ、私を一人にしないで…。え?」

 声が止まる。今度はキイタが後ろの二人を振り返る。三人の目が一瞬の内に交錯こうさくしたその瞬間、闇を切り裂くような鋭く高い音が響き渡った。ヴィゼレットが鳴いたのだ。それも、今までにない程の大きな声で。

「そこにいるのは、誰?」

 間違いなく同じ声であった。しかしそのりんとした一声は先程までのか弱く、はかなげなものとはまるで違った。

 三人はいたずらを見つかった子供のような心境で、何もできずただ闇にうずくまっていた。

「そこにいるのはわかっています。隠れていないで出てきなさい。ミニートに導かれここまで辿たどり着いたのであれば何も恐れる事はありません。さあ、こちらへ」

 それでもキイタはじっと動けずにいた。エイクもどうしていいかわからず、意味もなく目を泳がせていた。そんな中、アクーが無言で岩陰いわかげから進み出た。

「アクー!」

 エイクが慌てて名を呼ぶがアクーは冷静に彼を手で制すると、ゆっくりとした足取りで進んで行った。

 取り残されたキイタとエイクは咄嗟とっさに目を見交わすとうなずき合い、アクーの後から恐る恐る岩陰いわかげを出た。

 トンネル状になった洞窟どうくつを歩いていく。先には光が見えた。アクーは慎重しんちょうに、しかし堂々とその光に向かって歩き続けた。

 キイタとエイクはおっかなびっくりと言ったていで手を取り合いながらそんなアクーの後ろに続く。

「さあもっとこちらへ、この光の中へ…」

 まぶしくて見えないが、光の中から声が導く。その光の手前で、アクーが立ち止まる。胸を張り、気丈に振舞ふるまっているがアクーもかなり緊張しているようだった。

「どうしましたか?遠慮なくお入りなさい。生憎あいにくと事情があり私の方から出向く事はできないのです。さあ、もっと私の近くへ。その顔を見せてください」

「ア、アクー…」

 すぐ後ろで、エイクの少しおびえたような声が呼ぶ。しかし、その声に答える事なくアクーは一度目をつむると、静かに息を吐きだした。

 次に目を開けた時、アクーの中に迷いは消えていた。アクーはそれでも慎重しんちょうを保ったまま静かに光の中へと踏み出した。

「アクー…」

 一人進んで行ったアクーの背中を追って行こうとするキイタの手を、エイクが強くにぎった。

「待って、少し様子を見よう!」

 エイクが殺した声で言う。一瞬その顔に目を向けたキイタは、すぐにアクーの背に目を戻した。エイクの言う通りそのまま動かずにアクーの背中を見つめ続ける。

 光の中にたたずむアクーの背中はピクリとも動かない。いや、よく見るとその体は小刻こきざみに震えているように見えた。

「あ…」

 アクーがようやく声を発した。と思ったが、それきり再び黙り込んでしまった。

「アクー?」

「アクー!どうしたんだ!」

 キイタとエイクが交互に声を掛ける。それでもアクーは二人を振り返る事なく、軽く上を見上げるような姿勢のまま動かない。

「あ、あなたは…」

 アクーの口から再び言葉がこぼれた。今、アクーの目の前に誰かがいるのは間違いがなかった。それは恐らく先程の声の主だ。

「あ、キイタ!」

 こらえきれなくなったキイタは強引にエイクの手をほどくと、アクーのいる光の中へと飛び込んで行った。

 キイタはそこに見た光景に再び言葉を失った。大きな目をこれ以上ない程に見開き、アクーと同じように体を震わせたまま動けなくなっていた。

 初めに目に飛び込んできたのはアクーの向こうに見える巨大な岩、いや、ただの岩ではない。形こそ岩のように武骨ぶこつではあったが、その岩はまるで宝石のように色づき、輝いていた。

 明るい、明るい緑色の石。まるで春の新芽のように柔らかく、優しい、暖かな色の石。その石が、小山のように目の前にそそり立っていた。

 その石の山を見上げた先に彼女はいた。つややかな髪をなびかせ、美しい黒目がちな目でじっと自分を見下ろしていた。

 石の輝きのせいか豊かな髪も、透き通るような肌も美しいみどりがかった色をして見える。そして、何よりも驚いたのは、その女性は緑色に輝くその岩の上に立っている訳ではなく、その美しく輝きながら透き通る岩の中に入っていたのだ。

 正確に言えば、体の半分以上がその岩と同化していた。岩から出ているのは右肩から上と、左手は手首から上だけがまだかろうじて動くようであったが左腕はその指先が自分の胸元にくるように曲げられたままの形で岩の中で固まっている。

 ふわりとふくらんだ身を包む服は、まるで緑の水の中で揺蕩たゆたうような形で時を止めている。

 キイタは呆然ぼうぜんとした顔を彼女に向けたままフラフラとその足元に近づいていく。自分を追い越していくキイタにも気が付かないように、アクーはまだ言葉もなく、岩と同化した少女を見上げたまま立ち尽くしていた。

 緑に輝く透明な岩のたもとまできたキイタは、間近にその不思議な少女の顔を見上げた。笑うでもなく、怒るでもない。全てを受け入れ、飲み込んでしまうようなそんな表情をしている。

 心の底から安心感がいてくる。泣いて、わめいて、全てをさらけけ出してすがり付きたいような思いにられる。

「これは…」

 最後に足を踏み入れたエイクもまた石にとらわれた少女を見上げ言葉を失った。しかし呆然ぼうぜんたたずむアクーにも、少女の近くまで寄ったキイタにもそんなエイクのつぶやきすら耳に入っては来なかった。

 キイタは見開いた目で少女を見上げたまま震える両手を胸の上に合わせると、そのまま最上の敬意を示すようにひざまづいた。

 一国の王女であるキイタにとって滅多めったに見せない仕草しぐさであった。無意識にそうせざるを得ない程のこうごう々しさを少女はまとっていた。

「エミカ…」

 かすれた声がキイタの口からこぼれると、少女の表情が少しやわらぐのが感じられた。キイタは慌ててつばを飲み込むと、改まったように再び口を開いた。

「エミカ王女とお見受けいたします…」

「確かに、我が名はエミカ」

 少女が静かな声で答える。キイタは恐縮したように首をれた。

「こ、これはンダライ王国が第二王女、キイタと申します。そのヴィゼレットに導かれ、御前おんまえに参上いたしました」

 キイタの言葉にエミカは美しい額をひそめた。

「ンダライの?ンダライに王女がおられるとは知らなかった」

「はい、アガスティアの時代には確かにおりません…」

 その言葉にエミカはますます眉根まゆねを寄せ混乱の様子を見せた。

「エミカ様に、聞いていただきたい話がございます。エミカ様にとってはとても受け入れがたいお話とは存じますが、多くの民を救う為でございます。どうか…、どうかお心を静かに。どうか最後まで、私の話を聞いていただきたく…」

 ひざを折り、うつむいたまま懇願こんがんするキイタの小さな体を見つめていたエミカの口元に、小さな笑みが浮かんだ。

「このヴィゼレットは私の道ずれ。名を、ミニートと言います。長い間誰の立ち入りも許してこなかったこの場所にミニートが自ら導き招き入れたのであれば、私はあなたを信頼し歓迎いたします」

「光栄に存じます」

「おやめくださいキイタ様。大国ンダライの王女ともなれば私達は同じお立場ではございませんか。さあ、お顔をおあげになって。このような姿ではあなたのそばまで参る事もかなわず無礼とは思いますが…。どうかお聞かせください。多くの民を救う為に、今私が聞くべきお話を」

 キイタは歯を食いしばり、体を震わせた。顔中を汗が流れる。何と言ったらいいのだろう?

(この方はまだ祈っておられる。あの歴史上最大にして最悪と名高いアガスティア、マウニールの戦いを終結させようと、三百年の時を超え未だに祈り続けている)

 しかしその戦いは既に終わっている。キイタは頭の中で必死に声にすべき言葉を探そうと歴史を整理し始めた。

(あなたが自らの命を投げ出し救おうとした父王の、王妃の、幼い弟君達の、あなたを守ろうとした兵士達の、そして愛すべき多くの国民達の命を飲み込み、アガスティアの敗北を持って戦争は終わっているてん。そして時は流れ、あなた自身既にこの世の者ではないのだと、それを私はどう伝えたらよいのだ?)

 キイタは流れ落ちる汗の中で自問自答じもんじとうり返した。体が震える。今、自分は伝説に触れている。それどころか、その伝説終末のにない手となっている。思わぬ大役を背負い込んだキイタは答えの出ぬ問いに混乱の極みにいた。

「キイタ殿?」

 エミカが優しい声で問いかけてくる。優しい声、何て優しい声。

 私はできるのか?ンダライを救う為に双子の姉であるイリアを捜し出し、あの大国を元の姿に戻すのだと、そうココロや大地の前で打ち上げてはみたが、今目の前にいるこの少女は、今の自分といくつも違わぬこの少女は文字通り国を救おうとその身をささげ、こんな姿になりながらも三百年、このどことも知れぬ洞窟どうくつの奥で未だに祈り続けている。

 そうして伝説へと昇華しょうかしたこの娘のように、私はンダライの王女として民を救えるのか?そしてANTIQUEの能力者としてこの世界を救えるのか?

 キイタは閉じていた目を開いた。フェルディの炎より尚赤い決意の火がその瞳の中にたぎっていた。

(まずは、この方をお救いしなくては…)

 キイタの頭にごくシンプルな答えが導き出された。そうだ、何も知らぬまま三百年。未だに終わる事のない祈りを捧げ続けるこの少女を私は救いたい。

 誰の為でもない、自分自身が今心からこの少女に救いをもたらしたいと思う。もういいのだと、そう言ってあげたい。

「エミカ様…」

 そう言ってキイタは、ゆっくりと顔を上げた。美しい少女が透き通るような笑顔で自分を見下ろしている。何と美しい事か。自分はなれるのだろうか?この人のように、なれるのだろうか?

「戦争は終わりました」

 そんな始まりで、キイタはエミカに事実を伝え始めた。ゆっくりと、伝え始めた。
















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