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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
132/440

ひとときの休息

●登場人物

・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた少女。西の大国ンダライ王国の第二王女であり自分の国を滅ぼし掛けたアテイルを強く憎んでいる。

・アクー…水のANTIQUEに選ばれた少年。過去の記憶が一切なく自分の正体もわかっていない。何故かフェズヴェティノスに深い嫌悪感を覚えるがその理由も定かではない。


・エイク…近所の村に住む青年。ひょんな事からキイタ、アクーと行動を共にする事となってしまった。



前回までのあらすじ

 大地の話しからココロが第七の能力者を捜す為単独行動をしている事を知ったシルバーは大地を促しすぐにココロを見つける為行動を起こし始めた。

 一方「王妃の寝所しんじょ」へと続く階段が開いてしまっている事を知ったラディレンドルブルット女中頭のマヌバラと近衛隊長のクロウスはたまたまやって来たジーンに階段の守護を託しココロが向かった暗い地下へと降りて行った。

 漸く一階へと降りて来た大地とシルバーは何とかココロの声を捉えようと城内を歩き回る。元いた食堂の方へ向かう二人の前に、若い女中であるマノエが現われた。








 エイクは目を開けた。そのつもりだった。しかし、目の前に広がる光景は目を閉じている時と変わらぬ漆黒しっこくの闇だった。余りの暗さに自分が目を開けているのか閉じているのかさえ判然としなかった。

 しばらくじっと動かぬままその闇を見つめ続ける。じょじょ々に記憶が鮮明になってきた。

 確か姿を消したヴィゼレットの姿を追ってキイタと一緒に走り出した。しかし走り出した先ががけか何かになっていたのだろう、自分はそのまま岩でできた急峻きゅうしゅんな坂を落ちたのだ。

 意識が戻ってくると共に体のふしぶし々に宿る痛みが感じられてきた。どうやら滑落かつらくと言うよりは派手に転げ落ちたらしい。あちこちに打ち身とわかるズキズキとした痛みがある。

「キイタ…」

 エイクの口をついてその名前がこぼれた。そうだ、一緒に落ちたキイタはどうなった?同じ場所から落ちたのだ、必ず近くにいるはずだ。なのに全く気配がしない。気を失っているのか?

「キ…」

 もう一度名前を呼ぼうとしたエイクの声が止まった。何かが聞こえた。動物の声だ。

 あの笛を吹くようなヴィゼレットの声ではない。もっと大型の動物。声というよりは、獰猛どうもうな肉食獣がうなるように低くのどを鳴らすグルグルと言う音…。

「キ、キイタ…?」

 エイクの全身にどっと汗が流れ始めた。すぐ近くに何かがいた。恐ろしく凶暴な何かが…。

「キイタ?キイタ!」

 返事はない。下手に大きな声を出したらその瞬間近くにいる猛獣が襲ってくるかもしれない。そんな恐怖にエイクは必死ながらも抑えた声でキイタの名を呼んだ。

「キイタ!」

「エイク…」

「キイタ!よかった無事だったんだね?」

 闇の中からキイタのか細い声が返ってきた。真の闇の中に一筋の光を見つけたようにエイクは更に必死に話し掛けた。

「ケガは?痛いところはない?」

「エイク…」

「何?どうしたの?」

「お…、お願いだから…、私の上からどいてぇ!」

「ええっ!?」

 言われて初めてエイクは自分の体がキイタを下敷きにしている事に気が付き、慌てて身をずらした。

「痛ぁ~い…」

 闇の中でゴソゴソとキイタが動く様子がわかった。

「ごめん、ごめ…」

 慌てて謝ろうとしたエイクの耳に、再びあの動物のうなり声が聞こえてきた。

「ひゃっ!」

 エイクは甲高かんだかい声を出すと、闇の中を必死に手探りしながらキイタの体を探した。

「何?どうしたのエイク?」

「何かいる…。何か大きな動物が、近くに…」

「え?」

「本当だよ、聞こえなかった?今のうなり声…」

 しばらくの沈黙。どうやら闇の中でキイタもその声を聞こうと耳を澄ましているようだった。しかしエイクが聞いたようなうなり声はもう聞こえてはこなかった。

 その時、闇の中にポッと小さな明かりがともった。それは本当に小さな明かりであったが、自分の指先すら見えない闇の中ではまぶしい程にエイクの目を射た。

 目を細めて見れば、キイタが手に小さな火を持っている。少なくともANTIQUEの能力を知らないエイクにはそう見えた。

 キイタはその小さな火を頼りに、ウロウロと地面を照らして回った。

「あった」

 キイタは小さくつぶやくと、慎重な足取りで動き何かを拾い上げた。それはがけから落ちる時に手から飛んだカンテラだった。

「使える…」

 キイタのそんな声に続き、大きな光が闇を溶かすように広がった。

 エイクは体の痛みも忘れいずるようにしてキイタのそばに寄った。キイタがゆっくりと周囲を照らす。耳にも意識を集中していた。しかし、エイクの言うような大型の動物の姿はどこにも見当たらなかった。

 手にかかげたカンテラで周囲を照らしていたキイタが突然鋭く息を吸い込むのがわかった。次の瞬間キイタは叫んでいた。

「アクー!」

 キイタが照らし出した一角にアクーが呆然ぼうぜんとした顔でしゃがみ込んでいた。

 アクーにけ寄るキイタにエイクも慌ててついて行く。そんな二人にも気がつかない様子でアクーはまばたきもせず、そこにしゃがみ込んでいた。

「アクー、アクー!」

 呼んでも動かないアクーの体をキイタが乱暴にすると、彼はようやくゆっくりと顔を上げた。

「あ…、キイタ…」

「アクー…、よかった…」

 心配し過ぎたキイタの声が涙声に変わる。その後ろからエイクもアクーの顔をのぞき込んで言った。

「大丈夫かアクー?怪我けがは?」

 聞かれたアクーは、まだ心ここにあらずと言った表情のまま、それでも何とかうなずいて答えた。

「え?あ、ああ、大丈夫だ…。君は?」

「ああ、あっちこっちぶつけたみたいだけど、まあ」

「そうか…。キイタは?」

「うん、私も大丈夫」

「そうか…、よかった…。よかった…」

「アクー?」

「お前、本当に大丈夫なのか?」

 どこか遠くを見るような目のままつぶやくアクーの様子を不審ふしんに思ったキイタとエイクが心配そうに声を掛ける。

「え?」

 言われたアクーがまるでスローモーションのように顔を上げたその時、洞窟どうくつの中に高い音が鳴り響いた。

「うわ!」

 エイクが驚いて音の方を振り向く。キイタも同じく目を向ける。そこには、姿を消していたヴィゼレットが、行儀よく両手をつくような姿で三人を見ていた。

「あ、あいつあんなところに!」

 エイクの声は軽い怒りをふくんでいた。どうやら自分達ががけから落ちたのはあのヴィゼレットのせいだと言う思いがあるらしい。

 そんなエイクの気持ちも知らぬ顔でヴィゼレットは、一度キュッと目を細めると三人に再び背を向けて歩き始めた。

「あ、行っちゃう…」

 キイタが細い声でつぶやくと、それが聞こえたかのようにヴィゼレットは一度振り向き、もう一度目を細めた。

 そんな仕草しぐさを見たキイタとエイクはお互いに目を見交わす。

(どうする?)

 二人の目はそれぞれそう言っていた。このままあの小動物に導かれるまま進んでいく事に逡巡しゅんじゅんする思いもある。そんな二人の後ろでアクーがゆっくりと立ち上がった。

「アクー…」

 キイタが見つめたアクーの目は、もういつもの彼のものだった。アクーはカンテラの光を映した青く輝く目をキイタからヴィゼレットが向かった先へ向けて言った。

「行くしかないだろう?ここまで来たら。今更いまさら来た道を戻ろうったって、僕達が落ちたあのがけを登る事なんてできないんだから」

 言いながらアクーは自分の背後を親指で指した。言われたキイタは無意識に振り向き、カンテラをかかげた。

 ぼんやりと浮かび上がったがけにエイクと一緒に声を失う。よくもまあここを転げ落ちてこの程度の怪我けがで済んだものだ。そう思える程 急峻きゅうしゅんな坂が、文字通り目の前にそそり立っていた。

 無理だと言ったアクー一人なら、それでもここを再び登れたかもしれない。しかし、キイタとエイクにはとても無理だと思えた。

「ほら行こう。また見失うよ?」

 呆然ぼうぜんと背後を見上げる二人を尻目しりめに、アクーは一人さっさと先に行ったヴィゼレットの後を追い始めた。

「あ、待ってよアクー!」

 キイタが慌ててアクーを追いかけ始めるのを見て、エイクも一緒に足を進めた。

「まだ下るのか…」

 ヴィゼレットの後を追ってしばらく歩いたところでアクーがひとちた。言う通り、三人が歩く道はゆるやかに下る坂道になっていた。前を行くヴィゼレットは短い脚をチョコチョコと動かしながらその道を下っていく。

「しかしそんな訳ないと思っていたけど、ここまで来るとあいつが俺達を案内しているって言うキイタの話しも本当なんじゃないかって思えてきたなぁ」

 器用に段々になった坂道を下っていくヴィゼレットの後ろ姿を見ながらエイクがあきれたような声を出す。

「そうでしょ?」

 同意を得たキイタが元気な声を出す。

「いや、あくまでそう見えるだけで本当にそうだとは思わないけどさ」

「まだそんな事言ってる」

「だって…」

「ねえ」

 キイタとエイクの軽い言い争いにアクーの声が割り込んだ。何だ?と言う顔でキイタとエイクがアクーを見るが、彼は背中を見せたまま二人に言った。

「さっきから気になっているんだけどさ、あいつ、あのヴィゼレット、大きなしっぽが邪魔してよく見えないんだけど…」

「ん?」

「後ろ足が、なくない?」

「え?」

「そんなバカな!」

 エイクが大きな声を出して否定した。段を下るたび、ヴィゼレットの可愛らしい尻が上下にピョコピョコとねる。それに合わせて細い体の割に大きすぎる尾がれる。その動きは後足が地面をっているからなのだろうが、確かにその後足ははっきりとは確認ができない。

「まあ確かによく見えないけど…。でも足がなかったらあんなひょいひょい歩けないでしょうがよ」

「そうかなぁ?うん、まあ、そうだよね」

 釈然しゃくぜんとしないまま、それでもエイクの言い分が正しいと思ったアクーは素直に自分が言った事を取り下げた。

「あ…」

 更にしばらく歩いたところで、突然エイクが立ち止まり、顔を上げた。

「何?」

 キイタがエイクの顔を見上げて聞く。

「本当だ、水の音がする!」

「あ、本当だ」

 そう言うキイタとエイクを、アクーは驚いた顔で振り返った。

「今?」

「あ、いや…、さっきは全然わからなかった。アクー、お前って耳いいのな?」

「普通だよ」

 キイタはアクーのそばに寄るとエイクに聞こえない程度の声音でそっとささやいた。

「これもハルの能力かしら?」

「さあ?」

「おおお!見ろよ!」

「うわぁ…」

 大きな声を出してエイクが指さす方を見たキイタも感嘆の声を上げたまま後の言葉を失った。そこには巨大な空洞が広がっていた。なめらかな鍾乳石しょうにゅうせきが段々畑のように階段状に下っており、その段ごとに大小無数の池ができていた。

 地下水が流れ込んでいるのか、豊かな水はそこに留まらずあふれては下の段へと流れ落ち、ほんの小さな滝を形成していた。

 しかも、その水の全てが信じられない程美しいエメラルド色に輝いていたのだ。その光はまばゆく、キイタの持つカンテラも用を為さない程に周囲を明るく照らし出していた。

「何だ何だ何だこれぇ?何だこれぇ?」

 言いながらエイクは突然走り出すとそのまま目の前の比較的ひかくてき大きな池に飛び込んだ。

「何だぁぁぁ、これぇぇぇ!」

 大声ではしゃぎながらエイクは両手ですくった輝く水を派手に天井に向けてき散らした。自分に向かって振り落ちてくる水を全身に受け、エイクは大声で笑っている。

「これがなげきの洞窟どうくつ、ソローニーア…」

 アクーは池のふちひざをつくと、うそのように青く光る水に手を差し入れてみた。

綺麗きれい…」

 キイタはそう言ったきり声もないようだ。正に絵の具を溶いて人工的に作り上げたかのようなエメラルドグリーンの水を呆然ぼうぜんとした顔で見つめている。心なしかその顔が上気して見えた。

「何で?何でここの水青いの?だし、何で光ってるの?」

 浮かれた声でいてくるエイクは服のまま池の中に座り、腰まで水につかかっていた。ひじや顔などさっきの落下でりむいた傷を洗い流している。

「バクテリアだね」

 アクーが冷静な声で答えると、エイクは派手な水音を立てて立ち上がった。

「え、何?バクテリア?何それ、バイ菌?」

 真剣な顔でいてくるエイクにアクーは軽い笑い声を立ててから答えた。

「いや、別に体に入っても毒じゃないから大丈夫。まあ、ゴクゴク飲むのはあまり推奨すいしょうはしないけどね。キイタ、君も怪我けがをしているところがあったら洗い流した方がいい」

「うん」

 そう言ってキイタは恐る恐る両足を水につけると、両手でひざを洗い始めた。二人が水の中で傷をいやしている内に、アクーは今いる巨大な空間の先を見た。

 この水の流れの対岸に当たる場所で、あのヴィゼレットが座ったままじっとこちらを見つめている。まるで自分達が休息を終えるのを待ってくれているかのようだった。

「それにしてもアクー」

 エイクの声にアクーがそちらを見る。エイクはまるで風呂にでも入るように水にかりながら自分の方を見ている。

「お前は全然 怪我けがしてないのな?」

「え?ああ、うん」

 気が付くと足を洗っていたキイタもその手を休め、自分を見上げている。

「いや、僕は勢い余って空中に放り出されちゃってね。二人みたいに坂道を転げ落ちたんじゃなくて、地面まで真っ直ぐに墜落ついらくしたんだよ」

「いや、おかしいおかしい。だったら猶更なおさら俺らより重症のはずでしょうがよ?」

「うまく着地できたみたいで」

「あの真っ暗な中で?」

 エイクのその言葉を聞いた途端とたん、アクーの頭の中にあの時の事がフラッシュバックされて蘇った。

 色のないぼやけた世界、見えるはずのない範囲まで見渡せる視界…。空中に放り出されたあの瞬間までは、エイクの言う通り何も見えない真の闇だった。落下が始まった途端とたん突然その景色が目の前に広がった。

 あれは一体何だったのか?そのおかげで着地地点までの距離をはかる事ができた。それでもそれ相応そうおうの衝撃を覚悟した。しかし実際自分はこうしてかすり傷一つ負っていない。

「正直言うと、よく覚えていないんだ…」

「覚えていない?」

「うん…」

 それがいつわらざる本音だった。あの色のない世界が見えた瞬間からキイタにり起こされるまでの記憶が全くない。

 イーダスタの森でポーラーと出会う以前の記憶は確かにないが、今回のように部分的に記憶が失われる事など今までにはなかった。少なくともポーラーとの生活が始まってから以降の記憶は全て鮮明に残っている。

「まあほら、アクーは私達なんかと違って身体能力が高いから」

 物思いにふけるように黙り込んでしまったアクーに代わり、キイタが助け舟を出した。

「身体能力高いったって、限度があるでしょうよ」

 エイクが更に続けようとした時、またヴィゼレットが高く鳴き声を上げた。

「休憩は終わりだって」

 キイタが笑いながら水から上がった。

「あいつ…、本当に俺達を待っているみたいだな…」

「だから、そうだって言ってるじゃない」

「何だか薄気味悪いぜ。っつうか、お前達と会ってから訳のわからん事ばっかりだ」

 エイクはそう言って両手にすくった光る水で派手に顔を洗うと、何も言わずに立ち上がった。








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