ゴーストキャッスル
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれ、ANTIQUEのリーダーとして仲間集めの旅に出た公爵令嬢。
・吉田大地…ココロの声に呼ばれ現れた土の能力者。唯一の地球人。
・シルバー…最も早くココロの前に現れた鋼の能力者。
・クロウス…三百年前に滅んだアガスティア王国近衛隊の隊長。
・マヌバラ…アガスティア王国王妃付き女中頭。
・ジーン…クロウスの部下で近衛隊副隊長。
前回までのあらすじ
洞窟から聞こえる悲鳴に怪我を押して現れたガイはそこに立つ白銀の鎧を見つけた。無言のまま襲い掛かって来る鎧と激戦を繰り広げるガイ。
しかし先のフェズヴェティノス黄色の巫女ヒカルとの戦いで体中あちこちを骨折したままのガイはいつも通りの戦いが展開できない。しかも自慢の剣は既にフェズヴェティノスとの戦いで使い物にならなくなっており、頼みのウナジュウはガイの負傷に併せて体力を失いANTIQUEの能力を発動する事ができない。
全身に走る痛みに耐え戦い続けるガイは、鎧の正体が三百年前に終戦の祈りを捧げる為に洞窟へと入ったエミカ王女を守る為この地に残ったマウニールの騎士、ゲドマンである事を看過する。
ガイの必死の訴えに自らの命が既に朽ちている事を悟ったゲドマンは、自身と洞窟に掛けられた呪いを解くと、自らの”誓いの剣”とエミカ王女の身をガイに託し、静かに光の玉となって消えて行った。
姿を消したキイタ、アクー、エイクの三人の身の安全とゲドマンに託されたエミカ王女の祈りの成就を胸に誓い全身に走る激痛に抗いながらガイは一人暗い洞窟奥深くへと進みだすのだった。
「キイタ様がいなくなったとは一体どういう事だ!」
慌てふためく二人の女に、クロウスは怒鳴るように言った。その声に女達は更に怯えた表情になり、震える声で報告した。
「お仕度に余りにもお時間が掛かるので、こ、声をお掛けしたのですがお返事がなく…、失礼ながら中に入りましたところ、お部屋のどこにもお姿が見えませんでした…」
(始めたな…)
女達の話を聞いた大地は、内心にやりとほくそ笑んだ。しかしシルバーも含め、ここにいる自分以外の全員がココロの作戦を知らない。ここは自分もその流れに乗らねば、と大地は声を上げた。
「おお、何と言う事だ!我が姫キイタ様は一体いずこへ!?」
頭を抱えながら椅子を蹴って立ち上がる何ともひどい演技であったが、混乱しているクロウスは特に不自然とも思わなかったらしく急いで大地を宥めた。
「落ち着かれよ大地殿、城の中におられる限りキイタ様に危険はない」
「でもここは城でしょう?武器庫みたいなところもあるんでしょう?ああ、もしもキイタ様がうっかりそんなところへ迷い込みでもしたら!」
「お一人でお部屋を出られ、迷われたのでしょうか?」
ジーンも少し狼狽えた声でクロウスに聞いた。
「うむ…」
クロウスは一瞬 顎に手を当てて考え込むような素振りを見せたが、すぐに顔を上げるとジーンに命じた。
「手の空いている兵士を招集し、城内を隈なく捜索させよ」
「は!」
「俺も行きます!」
「私も」
ジーンが隊長へ返事をすると、間髪入れずに大地とシルバーも名乗り出た。ジーンはそんな二人に答えた。
「いえ、これから兵士の招集も必要ですし、小さな城とは言えそれなりに中は複雑です。どうかお二人はここで…」
「そうは参りませぬ!」
ジーンに皆まで言わせずにシルバーが答えた。すぐに大地も続く。
「そうだよ、俺達はキイタ姫の部下だ。こんなところで待ってなんていられないよ!」
言われたジーンは戸惑った顔でクロウスを見た。クロウスは軽く頷くと言った。
「主君の行方が知れぬと言うのだ、じっとしていられない気持ちは理解できる。ジーン、お二人にも同行してもらえ」
「わかりました、それではお二方」
言われた大地とシルバーは頷くと、ジーンの後に続いて食堂を出て行った。それを見送ったクロウスは、報告に来た二人の女中に目を落とすと静かな声で命じた。
「女達にも声を掛け、手の空いている者はキイタ様の捜索を手伝うように触れて回れ」
「は、はい!」
返事をした二人はあたふたと部屋を出て行った。次にクロウスは朝食の配膳の為に初めからいた年配の女中を振り返り言った。
「すまぬがマヌバラ殿を呼んできてくれ」
「かしこまりました」
女中は軽く頭を下げると静かに退室する。一人残ったクロウスは何を思うのか、その眉間に深い皺を刻んだ。
「どこから捜すんです?」
大股で前を歩くジーンに小走りでついて行きながら大地が訊ねる。
「とにかく、まずはお泊りになられた部屋へ行きそこを起点に捜してみましょう。食堂とは反対の方向に向かわれたのか、或いは階を間違われたのか…。」
そう言うとジーン、途中にあった扉を強く叩いた。すぐに扉が中から開かれ、同じような鎧を身に纏った若い兵士が顔を出した。
「これは副隊長!」
慌てて姿勢を正す兵士を手で制し、ジーンは手短に指示を出した。
「昨夜から投宿されているアスビティ公国令嬢のキイタ様がいなくなられた。どうやら迷われているらしい。すぐに城内を調べろ。他の者にも伝え、手分けをして捜すのだ、急げ!」
「はっ!」
兵士は短く返事をすると、急いでその場から立ち去った。
「大地殿、シルバー殿、ご覧の通りこれから大勢の兵士がキイタ様をお捜しいたします。入れる場所も限られている事ですし、程なく見つかる事でしょう。ご安心ください」
ジーンは兵士へ命令した時とは打って変わって優しい笑顔になると二人に言った。
「だと良いのだが…」
シルバーが浮かない顔で答えると、ジーンはますます笑顔を作り二人を元気づけるように言った。
「さあ、まずはキイタ様のお部屋へ行ってみましょう」
彼は再び大股に歩きながらココロの部屋へ行く為 螺旋階段へと向かって言った。
「キイタ様がいなくなられたと?」
呼ばれて食堂に入ってきたマヌバラはクロウスの顔を見るなり言った。
「ああ」
椅子に座ったままクロウスが答える。彼はマヌバラの後ろに控える女中に目を向けると言った。
「ご苦労だった、ここはもういいから君もみんなと一緒にキイタ様を捜してくれ」
「はい」
女は短く答えると、一つ頭を下げてから部屋を出て行った。食堂の中はクロウスとマヌバラの二人だけになった。
「どう言う事でしょうか?」
年配の女中が出て行くと、マヌバラがクロウスに訊いた。
「お着換えをされたいとのご希望であったので女中を迎えに行かせ、私は大地殿のみをこの食堂まで案内した。ところが女中が部屋に行ってみると既に…」
「お一人で、どこへ行こうとされたのかしら?心細い事でしょうね」
「…」
マヌバラが心配そうな声を出すのにクロウスは答えない。その顔を見れば何か難しい事を考えているような険しい表情をしている。
「クロウス殿?」
「ん?ああ…」
名を呼ばれたクロウスはハッとしたように顔を上げた。
「そうだな、心配な事だ」
「まあ、城内におられるのであればすぐに見つかりますでしょうが…」
「うむ…」
マヌバラの声にクロウスは相変わらず歯切れの悪い声で答える。そんな彼の態度を不審に思ったマヌバラが訊いた。
「何を心配しておられる?クロウス殿」
言われたクロウスは我を取り戻したように顔を上げたが、またすぐにその顔を足元へと向けてしまった。
「うむ…キイタ様の失踪が故意か偶然かはさておき…。よもや、王妃のところへ…」
クロウスがそう言いかけるとマヌバラは吹き出した。
「まさか、王妃のところへは何人たりとも入る事などできませぬ。誰一人入れぬよう厳重に…」
マヌバラはそこで言葉を切った。今言いかけた事など、クロウスにも十分にわかっている筈だ。それでも彼の沈んだような顔は一向に晴れる様子がない。
「まだ何か心配が?」
「大地殿に聞いたのだ…。彼らの国、キイタ様のお国の領主殿…。名を、ドナルと言うらしい」
「ドナル…そ、それではまさかマウニールの!」
余りの驚きに大きな声を上げたマヌバラの顔を無表情な、冷たくも見えるクロウスの目がじっと見つめる。ほんの短い間その目を見つめ返していたマヌバラは、何かに気が付いたように慌てて目を逸らした。
「そんな事はない…。そんな事は、あり得ないのでしたね…。私とした事が一体何を…、何をバカな事を…」
独り言のように呟くマヌバラから小さなため息と共に目を逸らしたクロウスが低い声で言った。
「そう、そんな事はあり得ない。しかし私とて世界を広く知っている訳ではないが、それにしてもアスビティなどと言う名の公国、今までに聞いた事もない」
クロウスは突然椅子から立ち上がった。不安の目でそれを見上げたマヌバラが訊く。
「何を?」
「どうにも怪しく思えてならん。今一度、王妃 寝所の入り口を確かめよう」
「階段を?心配などしなくとも階段の場所は我ら二人以外は城内の者ですら知らぬ事」
「それでも、不安で仕方がないのだ…」
そう言ってマヌバラを見返したクロウスの顔は、本人の言う通り不安一色に染まっていた。
螺旋階段を昇り、ココロと大地が宿泊した部屋がある階に辿り着いたジーンは、後ろをついてきている筈の大地とシルバーを安心させようと、しきりに声を掛けながら長い廊下を歩いた。
真っ直ぐに伸びる仄暗い廊下を相変わらずの大股で躊躇なく歩き、迷う事なく部屋の前までやって来た。
「…そんな訳で、このような仮城であれば然程部屋数も多くはなく、全て見て回るにしても私の部下達が一斉に掛かればあっという間です。さあ、部屋につきましたぞ。まずは中を改めさせていただいてもよろしいかな?大地殿…」
そう言って後ろを振り返ったジーンはそこで言葉を失ってしまった。今の今まで自分のすぐ後ろを歩いているものとばかり思っていた大地とシルバーの姿がそこにはなかった。ただ一直線に伸びる長い廊下があるばかり。ジーンは驚きのあまり瞬きも忘れ、茫然とその廊下を見つめた。
「大地殿?…シルバー殿?」
暗い廊下に一人ポツンと残されたジーンは二人の名前を口にしてみた。しかし、姿の見えない者の名を呼んでみたところで、返事など返ってくる筈もなかった。
ジーンの前から姿を消した当の大地とシルバーは、ジーンのいる階の一つ下の階の廊下にいた。ジーンの後ろから一緒に螺旋階段を登っていた大地は、突然シルバーにこの階へと引きずり込まれたのだった。
「何でこんなところに隠れるの?」
シルバーの行動の意味がわからず大地は訊ねた。
「静かに。大地、お前はどこまで知っているのだ?」
「知っているって、何の事?」
「ココロ様の作戦だ」
「ああ」
大地は笑顔を作った。ココロは新しい仲間を捜す為に一人で出掛けて行ったと言えば、シルバーがどんなに驚くかと考え少し愉快な気分になったのだ。しかしシルバーは厳しい顔のまま大地の答えを待つ事なく質問を重ねた。
「この城の王妃と謁見したと言ったな?」
「そうだよ」
大地は頷いた。
「何だかそんなに広くない陰気な石造りの部屋だったけど、この城の兵士がずらっと並んでてなかなか迫力があったよ。ココロも一瞬 度肝を抜かれたみたいで部屋の入り口で固まっちゃってさあ」
大地はその時のココロの目を見開いた顔を思い出しながら楽しそうに話した。それに反してシルバーの顔は益々青ざめ、固くなっていった。
「王妃様ってのがまた以外と気さくな人でね、アスビティの事をたくさん聞きたがっていた。部屋は余り明るくなかったけど、窓から差し込む朝日に王妃様の王冠がキラキラ反射して、そりゃあ綺麗だったよ。ココロもアスビティの国章が入った服に着替えてさ、礼儀正しく振舞ってた。あんなココロを見たのは初めてで…」
無邪気に話す大地の顔を、シルバーが睨むように見つめた。
「朝日だと?」
「うん」
「大地、お前わかっているのか?」
「何が?」
シルバーは、必死に恐怖に耐えるような口ぶりで言った。
「この城にいる者達が全て、既に生きてはいないと言う事をだ」
「…え?」
長い沈黙の末に出た大地の声に、シルバーは大きくため息をついた。
「やはり、わかっていなかったのか…」
「え?ちょ、待ってどう言う事?生きてないって…」
シルバーは気を取り直したように顔を上げると大地の目を見つめて言った。
「王妃と会った時、兵士達が並んでいたと言ったな?」
「う、うん」
「皆 鎧をつけていたか?」
「うん、鎧、着てた…」
「その鎧に、星の印が書かれていただろう?さっきのクロウスや、ジーンもそうだったように」
言われて見れば確かに、全ての兵士が同じ鎧をつけていた。そして、その胸には例外なく大きな星の絵が描かれていたのを大地は思い出した。
「あれは片陰のアステリア。今から三百年前に滅んだアガスティア王国の国章だ」
「はい?」
「アガスティアは三百年前、マウニール王国に攻め滅ぼされた王国だ。勝ったマウニールと敗れたアガスティアが手を組んで作り上げたのが、今のアスビティ公国だ」
「え、え~っと…」
「ココロ様は身に着けた正装をその場で披露されたか?しなかったのではないか?」
しなかった。ココロは臙脂色の外套を脱ごうともせず、しっかりとその前を抑えたまませっかく着替えた国章入りの正装をけっして王妃に見せようとはしなかった。
「アガスティアの片陰のアステリアに対し、マウニールの国章は二本重なる三日月を模った“二弦の月”。その二つの国が一つになってできたアスビティ公国の国章は、細い三日月の右下に陰陽二色に塗り分けられた星を配した“ヘルブストレリャ”だ」
突然始まったシルバーの国章講座に、彼が何を言いたいのか全く理解できない大地は混乱した顔を見せた。そんな大地の表情を見たシルバーは、自分の興奮を抑えるように顔を背け一つ小さく息を吐くと続けた。
「恐らくココロ様は、王妃との謁見の場でそこに並ぶ兵士達の鎧に描かれた国章をご覧になり、全てに気づかれたのだ…。同じ片陰のアステリアを付けた自分のお姿を見せれば面倒な事になると、そう判断されたに違いない」
大地はシルバーを見つめる目をゆっくりと足元へと落としていった。背を壁に預け、ずるずると崩れるように廊下に座り込む。そのまま膝に顔を埋めたまま動かなくなってしまった。
「キイタ様の名を騙ったのも同じ事。彼らの時代では王の娘、アガスティア第二王女の名が同じココロ様なのだ。現代のココロ様の名は、その初代ココロ妃にあやかってつけられたもの…。しかし、ここで二色の星を身に着けたココロを名乗る女性が現れれば要らぬ混乱を招く…。歩く死人である彼らを刺激したくはなかったのだろう」
黙り込んでしまった大地の様子にも気が付かずシルバーは独り言のように続けた。
「問題は、それに気付かれたココロ様がそうと知りながらこの城の中で一体何をなさろうとしているのかと言う事だ…。大地、お前何か…」
と、蹲る大地に目を落としたシルバーは、そこで初めて大地の異変に気が付いた。
「大地、どうした?」
大地の傍らにしゃがみ、その肩に手を置いたシルバーは驚いた。
「お前…震えているのか?」
シルバーの言う通り、大地の体は震えていた。小刻み、などと言う生易しい震え方ではなかった。
「一体…」
そう言いかけたシルバーは、大地がブツブツと何かを呟いている事に気が付き、顔を近づけた。
「何で…」
どうやら大地がそう言っているのが聞き取れた。
「何で、何でココロは何も教えてくれなかったんだ?気が付いていたのに、何で…?」
「大地、どうしたしっかりしろ」
シルバーが言うなり突然大地は顔を上げると取りすがるようにシルバーの腕を掴んだ。シルバーが面食らう程、それはもはや抱き着くと言っていいような勢いであった。
「お、おい大地…」
「嘘でしょう?嘘だよね?さっきまで一緒にいたジーンも、話していたクロウスさんも、みんな…、みんな幽霊だって言うの?そんなの嘘だ!信じられない!」
「大きな声を出すな!いいか、聞け大地。確かに今のあいつらを見る限り私だって信じ難いがこれは事実なんだ!その証拠に現実の世界では今は夜だ!」
そんなシルバーの言葉に大地の動きが止まった。
「いいか、奴らの正体はレヴレントと呼ばれる亡霊だ。奴らは陽の光に弱い。だからあいつらはこの城の中では昼夜を逆にし、生前のように活動の時間を日中の如く装っているんだ。お前とココロ様はそのレヴレントが作り出した偽りの時の中に踏み込んでしまったんだよ!」
「うわああぁぁぁぁっ!」
シルバーの説明に、突然大地は頭を抱え絶叫し始めた。シルバーは慌ててその口を押えると周囲を見回した。
暫く様子を窺ったが、どうやら城の者達に気づかれる事はなかったようだ。シルバーは安堵のため息をつくと大地から手を離した。
「大地…、お前まさか、幽霊が怖いのか?」
シルバーは再び膝を抱え震え出した大地に意外そうな声で訊ねた。大地は答えない。答えない事が、答えだった。
「何て事だ…」
そう呟いたシルバーは強く大地の腕を掴むと無理やり自分の方を向かせた。
「まさかと思うが大地、お前…、今みたいな姿をココロ様に見せたのか?ココロ様の前でも、こんな風に怯えて震えたのか?」
「そうだよ!だって俺は幽霊が苦手なんだ!あの、あの恐ろしい姿を見ただけで…」
そう言った大地の脳裏に荒野で襲ってきたレヴレント達の姿が蘇った。糸のような長い髪を揺らし緑色の光に包まれた顔は、伸ばしてきた手は…。
大地は再び大きく震えながら顔を伏せた。そんな大地の様子を茫然と見つめていたシルバーの胸に、抑えきれない怒りにも似た感情が湧き上がってきた。
「大地、貴様…。ココロ様は一人で行くと言ったのだな?お前が何度も手伝うと言ったのに、頑なに一人でやると言って聞かなかったと、さっきお前はそう言ったな?」
「言ったよ!それが!?」
シルバーはいきなり大地の胸倉を掴むと、今度こそ彼の顔を自分に真っ直ぐ向けさせ言った。
「何故だと思う?何故ココロ様はお前を連れずに一人で行かれたと思う?」
「何だよそれ?わかんないよ!」
「お前を怖がらせない為だろうが!」
シルバーがそう叫んだ瞬間、全ての時が止まったように大地はシルバーの顔を見つめた。シルバーの息遣いだけがいやに大きく耳に響いた。
「お前がレヴレントが苦手だと言う事を知ったココロ様は、これ以上お前に恐ろしい思いをさせまいと、奴らの正体も明かさず、お前の同行も拒んで一人で行かれたのだ、それが分からんのか!」
追い打ちをかけるようにシルバーは続けた。思い当たる事だらけだった。今シルバーが言った事が全て事実なのだと完全に腑に落ちた。否定の言葉は一つとして出てこなかった。
「大地、大地!しっかりせんか!」
その言葉に顔を上げた大地の頬に鋭い衝撃が走った。左頬に宿る痛みと熱を感じる程に、シルバーに平手打ちを食らったのだと言う事が分かった。
「お前は六年前、ましろを救えなかった事を悔やんでいるのではなかったのか?だから、ドルストの町でココロ様とキイタ様がアテイルの手に落ちるのを救えなかった時、あんなにも…、涙まで流して苦しんだのではなかったのか?」
大地はハッとしてシルバーの顔を見た。
「わかっているのか大地?今お前は、怖いからと、苦手だからと言ってココロ様を一人で行かせたのだぞ?もう一度あの時の後悔を味わいたいのか?大地!」
言われる度に大地の顔は深く深く下を向いた。
「い…」
大地が手を伸ばしシルバーの腕を掴んだ。何度も首を振っている。その動きが段々と大きくなってくる。
「嫌だ…」
「大地…」
「もう二度と、あんな思いをするのは嫌だ…」
その言葉を聞いたシルバーはようやく表情を緩めると大地の腕を取った。
「そうだな。そう思うのなら私達でココロ様を救い出し、一刻も早くこんな化け物屋敷から抜け出そう」
王妃との謁見が終わり部屋に戻ったココロは泣いていた。何故だ?ココロは気が付いたのだ、自分達が既に死んでいる事にも気が付かず、未だに滅んだ故国の為、残された王妃を守る為に忠義の徒であり続けるこの城の住人達を憐れんだのだ。
決意に満ちた顔を上げた大地は、しっかりとシルバーの顔を見つめながら力強く頷いた。その顔を見たシルバーが、これ以上ない程の優しい顔で笑った。
頭の中に響く声が自分に助けを求めている。その事に気がつき説明のつかない恐怖に襲われたココロは、両耳を塞ぐような恰好で暗い廊下にへたり込んでいた。
どの位そうしていただろうか?徐々に恐怖は薄れ、強い決意が胸の中に湧き上がってくるのを感じた。
(助けてあげるー)
ココロは姿勢を変えぬまま頭の中で呼び掛けた。
(私があなたを助けてあげる…。だから教えて、あなたは今どこにいるの?お願いよ、私をあなたのいる場所まで連れて行って)
ココロがそう声の主に呼び掛けたその時だった。目の前に続く廊下の先に、更に下に下る階段があるのが目に入った。
随分と長い時間こうして一点を見つめ続けていたにも関わらず、今までまったく目に入ってこなかった階段。ココロはその階段を見つめながら、ふらりと立ち上がった。
(そこにいるの?あなたは、そこにいるのね?)
壁に手を添わせながら、ココロはふらふらとした足取りでその階段に向かって行った。
(待っていてね。私が必ずあなたを、助けてあげるから…)
やがて辿り着いた冷たい石の階段は、右へ大きく螺旋を描きながらその行く先を闇の中に沈めていた。ココロはゆっくりと足をその階段に降ろした。




