能力の発動
●登場人物
ANTQUEの能力者
・ココロ…アスビティ公国令嬢にしてANTQUEのリーダー、「始まりの存在」のバディに選ばれた少女。十四歳。
・吉田大地…土のANTQUEに選ばれた地球の少年。冷静沈着だが少々ドライに過ぎる面がたまに傷。十七歳。
・シルバー…鋼ののANTQUEに選ばれた能力者。アスビティ公国隊士で、剣の使い手。頑固すぎるのが欠点。二十八歳。
アスビティ公国警備隊
・ロズベル…第二警備隊の隊長。年齢はかなり上だが、シルバーとは同僚である。
・ブルー…警備隊第八分隊分隊長。シルバーが最も頼りにしている若い隊士。
シルバーが宿の裏にある馬小屋に着いてみると、予想に反して、そこに隊士の姿はなかった。薄暗い静寂の中で、シルバーは暫し佇み周囲の様子を伺った。
(そんな筈はない。近くにいるはずだ、必ずいる…)
シルバーがなかなか小屋の中への一歩を踏み出せずにいると、宿の表の方で再びどよめきがあがった。どうやらココロが隊士達の前に姿を現したようだ。
ぐずぐずしてはいられない。大地は任せろと言っていたが、彼の力がいか程か未だにわかってはいない。その反面、第二小宮付隊士達の実力をシルバーは嫌と言う程よく知っていた。
壁にかかった鞍を外すと、ブルーに貰い受けたアスビティの馬の背に乗せる。続いて小屋の中を見回すと、最も体が大きく丈夫そうな牡馬を見つけた。黒毛のその馬に合う鞍を付け、両肩の荷物をその背に乗せた。
(よし、姫、今参ります)
ココロが宿から姿を現すと、待ち受けていた隊士達の間から軽いどよめきがあがった。ココロは大地を引き連れるように静かに、ゆっくりと彼等の前に進んで行った。
「何だ貴様は!?」
ココロの後に立つ大地に向かい、ロズベルが厳しい声を出す。
「や~、どぉも。あ、俺、怪しい者ではありませ~ん」
大地が両手を広げて愛想笑いを返した時、隊士達の後から女の金切り声が聞こえた。
「その男も仲間だよ!もう一人の奴と一緒にいたんだ!」
声の方を見ると、宿の主人とこそこそ話していたあの従業員の女が大地を指さしながら叫んでいた。
(おーおー、誇らしげな顔しちゃってまぁ、やだねぇ~)
両手を挙げたまま苦虫をか噛み潰したような顔で女を見ていた大地に、ロズベルが声を掛ける。
「おい、貴様、貴様!」
「え?あ、はい。俺?」
「貴様だ、姫様から離れろ!」
「あ~~~、はい、OK。今離れるから」
そう言いながら、やはり両手を挙げた姿勢で、大地はゆっくりとココロから遠ざかるように後退る。大地とココロの間が十分に開いた時、ロズベルの後にいた隊士数名が大地に向かって動きだした。
「手出しはならん!!」
大地を捕らえようとしている事を察知したココロが厳しい声を上げた。素早くロズベルが片手を上げると、動き出した隊士達が立ち止まる。大地はそっと息を吐き出した。
「姫、これは一体どう言う事でしょうか?」
ロズベルが低く抑えた声でココロに問い掛ける。
「どう言う、とは?」
ココロが惚けた声で訊き返す。
「昨夜、小宮で起きた事はご存知の筈です。小宮は、燃え尽きました」
「それは、残念な事をしました」
「ロッドニージ殿は亡くなられましたぞ!」
堪りかねたように叫んだロズベルの言葉にココロは、足元の地面が揺らぐ感覚を覚えた。
(何と言った?今、何と言った…?ロッドニージが…死んだ…?)
ココロの名を叫びながら煙の中、階段を上がっていくロッドニージの背中が思い起こされる。
ココロの体から急激に力が抜けていったが、それでも必死に倒れそうになる自分の体を支えた。
「姫、何が起こっているのですか?」
ロズベルが、元の抑えた声に戻って訊ねた。
「それは…言えぬ」
「シルバーは、いずれへ?」
「言えぬ」
「この男は何者ですか?」
「言えぬ!」
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「言えぬ!言えぬのだ、ロズベル!」
「なぜ言えぬのです!?」
最早ココロはロズベルを見る事もできず、ただ同じ言葉を繰り返していた。限界だな、これ以上ココロはもたない。大地はそう思った。隙をついて男達が飛び掛かれば自分もココロもあっと言う間もなく捕縛されてしまうだろう。
大地は自分の脇に立つ警備隊の隊士達の顔を見回した。シルバーが腹心だと言ったブルーの姿を視界に捕らえたところで目を止める。
気配を感じ、大地の方を見たブルーは正体不明のその男が自分を見つめている事に驚きの表情を見せた。彼と目が合った事を確信した大地は、他の者に気付かれない程度の小さな動作で頷くとあらぬ方に目を向けた。
ブルーもつられるようにその目線を追って顔を向ける。宿の脇に裏手へ続く細い道があった。ブルーはもう一度大地を見、その目をココロへ移した後、再び大地に目を戻した。
――何だ?この男は私に、何を伝えようとしているのだ?――
ブルーは、何かが起きそうな予感に落ち着かない気分になった。
「おい、姫様が出て来られたようだぞ」
馬小屋の薄い壁を隔てて、思いのほか近くに聞こえた男の声にシルバーは体の動きを止めた。
「俺達も正面に行った方がいいのかな?」
「シルバー隊長も一緒だろうか?」
「ちょっと、様子を見てみるか」
どうやら隊士達であろう、そんなやり取りが続く間、動きどころか息まで止めていたシルバーは、遠ざかっていく足音を聞いて大きくため息をついた。
やがて隊士達の足音が完全に聞こえなくなったのを確認すると、再び馬の準備に取り掛かる。その時だった、シルバーは今までまったく気が付かなかった気配を背中に感じた。
「あーあ、まったく、しょうがねぇなぁ」
背後の気配はそんな事を言った。シルバーは冷静にこの状況を判断し、少なくとも動揺を表に見せたりはしなかった。
「絶対にここを離れるなと厳しく言われていたのによぉ」
シルバーは確実に自分に向かって語り掛けているその声に聞き覚えがあった。そこで、何でもない風を装いながら後を振り向き、その相手に言った。
「何だお前まで来ていたのか、アローガ」
果たして、振り向いたシルバーの目の前にいたのは第三警備隊副隊長のアローガであった。
「いえね、上司の不始末は自分で処理しろってロズベル隊長が言うもんで。で、隊長はその馬でまた逃亡の準備ですかぃ?」
「おいおい、不始末とか逃亡とか、随分と人聞きの悪い事を言ってくれるじゃないか」
そう言って笑うとシルバーは、敢えてアローガへ背を向け再び馬の準備を始めた。
「そう言いますが隊長、あなた今じゃすっかりお尋ね者ですぜ」
シルバーはわざとらしくため息をつくとアローガに言った。
「アローガ、頼むよ」
「フルゥズァが殺られました」
「……………」
「隊長が?」
「理由はわからないが、フルゥズァが姫を襲おうとしたのだ。私は姫をお守りし、とにかく危地から遠ざけようとここまでお連れした」
「なるほど」
「嘘じゃない、アローガ。今、姫が表でそう説明されている筈だ。私も今から行く、すまんがその馬を連れてきてくれ」
シルバーは自分の馬を指さして言いながら、アローガに指示を出した。
「おや?こりゃぁ、うちの小宮の馬じゃないですか」
「慌てていたのでな、咄嗟に借り受けた」
そう言ってシルバーは誰のものとも知らぬ体の大きな馬に跨った。
「さぁアローガ、共に参ろう、我らが姫のもとへ。何、あらぬ疑いはもう解けているであろう」
しかし、そんなシルバーを見上げるアローガの目は冷たかった。アローガは一つため息をつくと言った。
「ええ、そりゃお供はしますがね。隊長、すまねぇが馬からは降りてくれませんか」
「…なぁ、アローガ…」
「頼みますよ隊長、あたしにも立場ってもんがありましてね」
今度はシルバーがため息をつく番だった。
「わかったよ、アローガ。しかし、悲しいもんだな、部下にここまで疑われるとは」
「誤解しないでくださいな隊長。あたしゃ隊長を疑ったりはしていませんよ?」
「そうか、それはありがたいな」
と、ちっともありがたくなさそうに言いながらシルバーは馬を降りた。
「じゃ、参りましょうかい」
そう言うとアローガは馬の手綱を引いて先に歩き出した。
「なぁ、アローガ」
馬小屋の出口から表へ出ようとしたその時、シルバーはアローガの背に話かけた。
「えー?」
気怠そうに振り向いたアローガは、次の瞬間目を剥いた。シルバーの手にした剣の柄が、深々と彼の鳩尾に食い込んでいた。
「ぐ、ふ…」
苦しそうな声を出してアローガはその場に腹を抱えて崩れ落ちた。
「すまんアローガ。先を、急ぐのだ」
言うと同時にアローガの手から手綱を奪うと、今降りたばかりの馬の背に再び軽々と飛び乗った。シルバーはすぐにココロへメッセージを送る。
「なぜ何もかも言えぬのですか?姫!」
一方、宿の前では、相変わらずロズベル隊長がココロを問い詰めていた。
「何も言えぬでは父上に報告もできないではありませんか!」
「父へは私が手紙を書きます!公文書として認めます!ですからそれを―…」
(姫―――!)
ロズベルへの弁解の途中で、頭の中にシルバーの声が響き渡った。
(シルバー!)
(ご準備を!今、参ります!!)
「ダイチ!来る!」
ココロが叫ぶ。宿の裏手から激しい蹄の音が聞こえてきた。
「どうやら、穏便にはいかなかったようだな」
大地はそう呟くと、一歩目の前に立つブルーに近づき、早口に巻し立てた。
「シルバーが来る!姫を助けて!」
突然声を掛けられたブルーは、驚いた顔で大地を見た。
(あ、今の言い方だと、シルバーが悪者みたいに聞こえるか?)
言ってからそう思ったが後の祭りだ、補足説明をしている暇はない。次の瞬間にはもう、宿の角を曲がってシルバーが土埃を舞い上げながら姿を現していた。
右手で疾走する馬の手綱を握り、左手にはもう一頭、並走する馬の手綱を握っている。
「シルバーだ!」
「姫をお守りしろ!」
そんな言葉の中で、隊士達が次々と剣を抜き放った。
「テテメコ!!」
「あいよ!」
大地の叫びにテテメコが呼応した瞬間、大地の体が薄黄色い光を放ち始めた。
大地の叫びに振り返った隊士達は、そこに驚愕すべき恐ろしい光景を見た。異国の少年の右腕が、みるみる内に醜く膨らみ始めたのだ。それは正に悪魔の腕であった。
大地はものの数秒で元の5倍以上に長く、太く肥大した右腕を高々と振り上げると、躊躇なくそれを地に叩きつけた。
衝撃はなかった、地面が揺れるような事もなかった。しかし次の瞬間、数十人いる隊士達が立つ地面が突如 隆起を始めた。
馬は激しく嘶きながら地に倒れ、隊士達も立っている事ができず次々に地面に倒れ伏した。その状況に驚いたのは何も隊士達ばかりではなかった、すぐ傍にいたココロも声もなく、ただ目を大きく見開いて、次々と倒れていく隊士達の姿を呆然と見ていた。
更に驚く事には、これだけの破壊力を発揮したにも関わらず、大地の放った能力はただ一人、ブルーの立つ場所だけは何の変化も起こさなかったのだ。
「ブルー!」
ブルーは、自分の名を呼ぶ声にハっと我に返った。
「姫を!」
そう言いながらシルバーが自分に向け、曳いていた馬の手綱を投げて寄越す(よこ)す。
何も考えなかった。咄嗟に走り出したブルーは、疾走する馬の手綱を掴むとその背に飛び乗り、態勢を低くしてココロへ腕を伸ばした。
「姫―!」
「ブルー!」
次の瞬間、目にも止まらぬ速さでココロの体はブルーの腕に抱かれ、馬上にあった。
「走れ、ブルー!走れ!!」
そんな声を背にブルーは振り向きもせずに馬を走らせた。
「シルバー!貴様ぁ!」
まだ尻もちをついたまま立ち上がれずにいるロズベルが剣を振り回しながら叫ぶ。馬ごと振り向き様、シルバーも負けずに叫ぶ。
「訳あって姫と共に旅に出る!追うな!公軍の隊士達よ!」
「弓矢隊!前へ出ろぉ!」
ようやく数人の男達が起き上がり始めた。
「シルバー!!」
「ダイチ!」
シルバーは駆け寄る大地に向かって手を伸ばした。おっさん、貴様と呼び合っていた二人が、いつの間にか名前で呼び合っている事にお互いまだ気が付いていなかった。
シルバーは伸ばされた大地の手をしっかりと掴むと、一気にその体を引き上げ、馬上で自分の前に座らせた。それと同時に馬の脇腹を蹴り、一気に走り出した。
「射て、射てぇー!!」
ロズベルの声が背中で響く。
「ダイチ!頭を下げろ!」
言われた通り大地は頭を低くした。その瞬間、自分の耳元を掠めて鋭い音を放ちながら数本の矢が飛び過ぎていった。そして大地は聞いた、何本かの矢がシルバーの背に突き刺さる音を。
「シルバー!」
大地は必死に叫んだ。怖かった、相当の覚悟を持ってここまで来たが、実際に命の危機に陥った経験などなかったし、目の前で人が死ぬのなんか見た事もなかった。
「シルバァー!」
しかし、そんな必死の大地は突然強い力で上から頭を押さえつけられた。
「私は大丈夫だ。いいから、頭を下げていろ!」
「え?」
言ったシルバーの声はやけに冷静で、痛みに耐えている様子もない。しかし、確実にシルバーの背には何本かの矢が突き刺さっている筈だ。
訳が分からぬまま、大地はとにかく頭を下げて、初めて味わう疾走する馬の背に自分を預けた。




