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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
128/440

幽霊

●登場人物

・吉田大地…土のANTIQUEに能力者に選ばれた地球の青年。博識で冷静。熱い心と勇気を併せ持つが、唯一幽霊だけは大の苦手。

・シルバー…鋼のANTIQUEに能力者に選ばれたアスビティ公国の公軍隊長。公爵令嬢であるココロに忠実であるが実質的にはリーダーとして活躍している。


・クロウス…ラディレンドルブルット近衛隊の隊長。

・ジーン…同じく副隊長。

・マノエ…ラディレンドルブルットの女中で馬房係の娘。

・ビルター…ラディレンドルブルットの御者兼馬車管理係。


前回までのあらすじ

 伝説の王女エミカを探す為ソローニーア内部へと入ったキイタ、アクー、エイクの三人に、ただの飾りだと思われていたよろいが襲い掛かって来た。

 アクーが何本もの矢を射かけるが一向に効果がない。凄まじいパワーで大剣を振るうよろいにアクーは追い詰められていく。

 そんな中キイタは見つけたヴィゼレットに導かれるままエイクと共に岩壁の上にある秘密の小道へと入り込んでいく。エイクに呼ばれ合流したアクーを最後尾に暗い小道を行く三人。その前にはまるで三人を案内するかのようにヴィゼレットが歩いて行く。

 一瞬ヴィゼレットの姿を見失ったキイタとエイクは足を速めた。その時、暗い洞窟どうくつ内に二人の悲鳴が響き渡る。その声に走り出したアクーは、突如とつじょ真っ暗な闇の中へと飛び出してしまった。崖になっている事に気が付かなかったのだ。

 真の闇の中、着地地点すら見えない闇の深淵しんえんに落ち込みながら死をも覚悟した瞬間、アクーの身に異変が起きた…。








 あれ程までに朽ち果てていたはずの馬車が、御者’ぎょしゃ)と名乗る男に顔を向けたほんの数秒の間に真新しく美しい姿に変わってしまっていた。

 シルバーはもう一度 黒衣こくいの男を振り返った。不審ふしんに満ちた目が自分を見つめている。

「どうした?何故答えぬ?よもや貴様、マウニールの!」

 そう言って御者ぎょしゃは長いマントの隙間すきまから剣ののぞかせた。

「待て!待ってくれ!私は怪しい者ではない!旅の途中はぐれてしまった連れを探してここまで辿たどり着いたのだ」

「ならば何故正面でそうたずねぬ?コソコソとこのような裏庭で!」

「通りすがりの村人に聞いたのだ!そう、確かハブルート村の者だと言っていた。彼が私の連れらしき二人が立派な黒い馬車に乗るのを見たと言ったのだ、だから私は馬車の残した車輪 あとを追った。あなたの言う通り正面らしき門は見た、しかし車輪のあとはこちらへ続いていた。だから私はここまで来た!そして馬車を見つけたのだ!」

 一気にまくし立てたシルバーは呼吸を整えるようにそこで一度言葉を切った。相手は相変わらず表情を見せないまま、剣のつかんだまま微動びどうにしない。フードの隙間すきまからのぞく目は、シルバーを値踏ねぶみでもするように鋭く向けられていた。

「私の名はシルバー。ご推察すいさつの通り軍人だ。あの馬車に刻まれるは片陰かたかげのアステリア。御国おんこくの大国、アガスティア王国とお見受けする。知りはしないだろうか?私の連れは若い娘と、黒髪の青年の二人であるのだが…」

 シルバーがゆっくりとそうたずねてもなお黒衣こくい御者ぎょしゃは剣を見せたまましばらくシルバーを見つめていた。やがて男は静かに剣を懐に戻すと、ようやく構えを解いた。

「嫌に客人の多い日かと思えば成程、あの者達の連れであったか」

「心当たりがおありか!?」

 シルバーが勇んでくのを男は片手を上げて制した。

「いや、お待ちくださいシルバー殿。失礼ながら御国名おんこくめいと役職を教えていただきたい。これは決まりなのだ、気を悪くしないでくれ」

 男の言葉を聞いたシルバーは、ふっと肩の力を抜くと答えた。

「いや、それは勿論もちろん…。我が国の名は、ア、アスビティ公国と言う。私はそこの警備隊、隊士の任にいている者」

「ふむ、アスビティ公国の、警備隊だな?」

「ああ」

「すまんがここでしばらくお待ちを。何、長くはかからぬ、一応確認が必要でな」

「わかった」

「結構」

 そう言うと黒衣こくい御者ぎょしゃはシルバーに背を向け、奥へと歩いて行った。一人その場に残されたシルバーは、周囲を見回してみた。

 あれ程黒ずみ、荒れ果てていた館自体が今や住民の存在を感じさせる明るい雰囲気に変わりつつあった。

(日没と共に目覚めていく訳か…。それではやはり、あの男も…)

 男の消えた庭の奥からかすかに人の話し声が聞こえてくる。ボソボソとした低い声はさっきの男として、話している相手はどうやら女のようだった。それは余りに生々しく、何の変哲へんてつもない日常の雰囲気に感じられた。

(目に見えるものが真実とは限らない、か…)

 ハクザサの助言がなければここに見えるもの聞こえるものが全て現実ではないなどとどうして信じられただろうか?

 しかし彼らは三百年前に滅び去ったアガスティアの国民。ごく普通に今を生きているように見えながらも、実は彼らの時は三百年前から止まったままなのだろう。そう思えばあわれすら覚える。

(彼らは知っているのだろうか?自分達がもう…)

 シルバーがそんな風に考え始めた時、奥から御者ぎょしゃが帰ってきた。マントのフードは脱ぎ去り、黒いひげおおわれた強そうな顔を見せている。

「お待たせした。昨夜お着きになられたお客人は確かにアスビティ公国の令嬢キイタ様と付き人の大地殿と確認された。無礼をおびする。さあ、女中に案内をさせよう」

 髭面ひげづらに似合わぬ愛想のいい笑顔で御者はシルバーを手招いた。それに対してシルバーはわずかに眉根まゆねを寄せた。

「キイタ様?」

「さよう、御国おんこく領主殿りょうしゅどののご息女そくじょ、キイタ様と聞きおよんでおるが、何か?」

「い、いえ…」

 シルバーは戸惑とまどった。キイタはンダライ王国の王女。そのキイタとはさっきまで一緒にいた。ココロ自身が自分でキイタと名乗ったのだろうか?だとすれば、ココロには何か思うところがあったのだろう。

「どうやら間違いはないようです。面倒を掛けました」

「いや、こちらこそ手間を取らせた。この地に来て以来 平穏へいおんな日々を送っているとは言え、未だ戦争の真っ最中でな。何かと神経質になっておる」

「当然の事。突然に訪れたこちらこそ申し訳ない」

(と言う事は、マウニールの討伐隊とうばつたいが攻め込むより以前の記憶のままここにとどまっているのか…しかし…)

 御者ぎょしゃの後に続きながらシルバーは記憶の中の歴史を紐解ひもといてみた。

(確かアガスティアの国王一家が国を出たのが六月、ジルタラスに入ったのは七月だ。その後、二月ともたず九月の初旬しょじゅんには討伐隊とうばつたいに攻め滅ぼされたはず

 取り急ぎレメルグレッタの洞窟どうくつに身をひそめ、そこで生活をしていたと伝わっている。この様な立派な館を建てるいとまなどなかったはずだ。

 そんな事を考えながら歩くシルバーの耳に、馬のいななきが聞こえてきた。目をやれば、馬房ばぼうに黒毛の立派な馬が数頭つながれていた。そのそばで灰色の服に身を包んだ女が一人、馬に飼葉かいばを与えている。

 おだやかな日に照らされた頭上では鳥達が賑やかな声を上げている。ついさっきまではそんな馬の声も、鳥の声も一切聞こえてはこなかったと言うのに。

「マノエ殿」

 シルバーを案内して来た御者ぎょしゃが、甲斐甲斐かいがいしく馬の世話をする若い女に声を掛けた。その声に女が立ち上がりながら振り向く。

「こちらは昨夜到着されたアスビティ公国ご令嬢キイタ様のお連れの方だ。すまんが、案内をしていただけるか?」

「かしこまりました。キイタ様でしたら先程王妃様との謁見えっけんを済まされ、丁度ご朝食の席につかれているはず。それではどうぞ、食堂へご案内いたしましょう」

 マノエと呼ばれた女は前あてで手をきながら、やはり愛想あいそのいい笑顔でシルバーの前に立った。

「そ、それは助かる」

 朝食と聞いたシルバーはますます々混乱した。混乱したまま後ろを振り向いた。燦燦さんさんそそぐ明るい光。見上げれば空は抜けるように青かった。

 御者ぎょしゃを待っている時は確かに黄昏時たそがれどきであったはず。馬車の停まっていた裏庭の入口からこの馬房ばぼうまでのわずかな距離を歩く間に、時間は夕刻から朝へと変わってしまった。

 振り向いたシルバーは笑顔で自分を見送る御者ぎょしゃと目が合い、軽く頭を下げる。御者ぎょしゃは相変わらず笑顔のまま何度もうなずいていた。

(館の外と内とでは昼夜が逆転している…)

 そう確信したシルバーは軽い足取りで自分を先導する若い女の背に目を向け更に思った。

(彼らは気づいてはいないのだ…自分達がもう、この世の者ではないのだと言う事に。)

(夜になればまた土塊つちくれに魂を宿し、新たな仲間を求めて歩き回るに違いない…)

 エイクの言った言葉が脳裏のうりに蘇る。太陽の光に弱いレヴレントは、夜の訪れと共に力をつけ歩き回る。つまり、この館の住人は現実の夜を迎えると同時に目覚め、活動する。ただ、生前の記憶のまま自分達の活動時間を昼、ととらえているのだろう。

 自分は…、いや、この中にいるはずのココロや大地もふくめ生ある我らは今、そんな幽霊達の生み出すいつわりの時間軸じかんじくの中に足を踏み入れてしまっているのだ。

(ココロ様…、ココロ様聞こえますか?シルバーです)

 シルバーは試しにココロへメッセージを送ってみた。その途端とたん、何とも言えない不快ふかいなノイズ音が頭の中を鋭くつらぬいた。

「うっ…!」

 あまりに強烈な雑音にシルバーはつい声を出してしまった。それを聞きつけたマノエが驚いたように振り向く。

「兵隊さん、どうしたの?」

「い、いや…夜をてっして走って来たのでな、少々疲れたようだ…。大丈夫、心配は無用だ」

 シルバーがそう言うと、マノエは歯を見せて笑い、からかうように言った。

「あら、アスビティ公国の兵隊さんは弱いのねぇ、アガスティアの兵士は一晩寝ない位ではビクともしないわよ?それじゃあビルターさんにすごまれたら、さぞかし恐ろしかったでしょう?」

「先程の御者ぎょしゃ殿は、ビルター殿と申すのか…」

 そう言いながらシルバーは正面から自分を見上げるマノエをじっと見た。まだあどけなさの残る若い娘であった。美人とは言えなかったが、はつらつとした気に満ちている。

 シルバーはふと思った。アクーやキイタと共に岩場で戦ったレヴレント達は皆恐ろしい姿をしていた。肉はげ落ち、骨をき出しにした正に歩く死体と言う様相ようそうであった。

 それに対し、フードを外した御者ぎょしゃのビルターと言い今目の前で笑うマノエと言い、その姿はそれが命を持たぬ幽霊などとはとても信じる事のできぬ程美しい姿をしている。

 肌の質、みずみず々しい肉体、服のしわ、良く動く目、口…。どれをとっても生きている人間と何変わる事のない生き生きとした姿だった。

 シルバーはそっとマノエの肩に手を触れた。何思うところもない、無意識の行動だった。

「え?」

 びっくりしたような声を出したマノエに、シルバーは我に返り慌てたように言った。

「あ、すまぬ…。ゴミが…」

「あらやだ本当?アスビティの兵隊さんは、弱いけど優しいのね」

 そう言ってマノエはさっきよりももっと目を細めて笑った。

さわれる…)

 シルバーはますます戸惑とまどった。土塊つちくれに魂を宿したあのレヴレント達は、倒せないまでも剣で打つ事ができた。しかし、この館の中にいる生きた人間と見紛みまがう彼らには、果たして剣が通用するのだろうか?

 今、マノエの体に触れる事は出来た。と言う事は物理的攻撃ができる、そう考えていいのだろうか?考えれば考える程シルバーの頭は混乱した。

 とにかく、ココロは自分の事をキイタだといつわり、まだこの城の中にいるのだ。ココロはああ見えて非常に頭の回転の速い賢い女性だ。それは、第二小宮で晩餐ばんさんの席についた十三人の隊士の中から敵を見破る為に各自に思い出話をさせようとした姿からもわかる。

 そんなココロが何かをしようとそんな方法を取ったのならば、自分もその作戦に乗る他はない。シルバーはそんな風に考え、少なくともココロ達と合流できるまでは穏便おんびんに話を合わせていくべきだとの結論に達した。

「兵隊さんのさぁ」

「シルバーだ」

 再び案内に立って歩き出したマノエが言うのに、シルバーは名乗って返した。

「じゃあシルバーさんの国は、どんな国?遠いの?」

「…そうだな、随分ずいぶんと、遠いな」

「そうなんだ」

 声は笑っているが、先に立って歩くマノエの背中にかすかなさびしさを感じたシルバーは口を開いた。

「お国へ、帰りたいか?」

「え…?ううん、王妃様のお世話をするのは楽しいし、光栄な事よ。それにここには争いがないから…。ただ…、たまたまお城で働いていたからそのまま女中頭のマヌバラさんについてここまで来たけど、あんまり急だったので父ちゃんにも母ちゃんにも、弟にもお別れもできなかったし。一緒に働いていた仲間もほとんど国に残してきてしまったので、気にはなります」

 国をなつかしむようなマノエの仕草しぐさをシルバーはじっと見つめた。

「国じゃあ戦争がひどくなっているだろうし、父ちゃんも母ちゃんも友達も、みんな死んじゃったんだろうな…。ただ、せめて幼い弟には生きていて欲しいなって思います。だってね、まだ本当に小さかったの。そりゃあ、いつかは帰りたいですよ?いつか、戦争が終わって平和になったら…。その時にはね、どんな姿でもいい、生きてさえいてくれたら、そうしたらきっとまた会えるからって…。そんな風には、思いますけどね」

 無邪気むじゃきにも聞こえるマノエの言葉に、シルバーの胸は水を溜めたように痛んだ。既に、想像もつかない程の長い時が流れ去ったのだ。マノエの両親や幼い弟が仮にあの戦争を生き延びていたとしても、もはやこの世にはいない。帰る事のできなかったこの娘を、国に残された親は、兄弟は、親族友人達はどれ程心配しただろうか?

 今こうやって話すマノエ自身、既にこの世の者ではないのだ。故郷をなつかしみ笑顔で話すこの娘もあの日、冷たい洞窟どうくつの中で、攻めかかる敵に追われ恐怖と絶望の中でこの若い命を散らしたのだろう。

 この娘はどんな最期を迎えたのだろうか?怖かっただろうか?苦しかっただろうか?痛くはなかっただろうか?本当は今すぐにでもその事実を伝え、親兄弟の待つ安住あんじゅうの地へと向かわせてやりたい。シルバーは、胸にき起こるそんな思いを強く抑え込みながら、マノエの後から長い廊下を歩き続けた。

 真っ直ぐに続く廊下には、暖かな秋の陽ざしが明るく差し込んでいた。



「しかし、聞けば聞く程、素晴らしいお人のようだな、アスビティの領主りょうしゅ様と言う方は」

「まったくです」

 クロウスが感心したような声を出すと、ジーンも相槌あいづちを打つ。ラディレンドルブルットの食堂ですっかり意気投合した大地と二人の兵士は、ココロの到着を待つ間まるで古い友人同士のように話し込んでいた。

「後学の為にも是非ぜひお教え願いたい。御国おんこく領主殿りょうしゅどののお名前は何とおっしゃるのです?」

 ジーンが興味深そうに大地にたずねる。今までたくみな話法で笑いを取っていた大地の表情が、笑顔を張り付けたまま氷ついた。

「名…前?」

 大地がひきつった笑顔のままき返すと、クロウスもジーンも期待に満ちた顔でうなずいた。

 そんな二人の顔を見た大地は頭をフル回転させた。確かここに来るまでの旅の途中で、ココロのお父さんの名前を何度か耳にしたはずだ。しかし、大地にとって直接関わりのないその名前は深い深い記憶の奥の引き出しにしまい込まれてしまっている。

 何だっけ、何だっけ、何だっけ?大地は笑顔のまま何とかその記憶を引きずり出そうと必死に考えた。アスビティが国として誕生するよりもはるか以前の時代を生きていたクロウスとジーンに対して真実を伝える必要はなかった。事実、ココロが自身をキイタと名乗ったところで誰一人疑いもしなかったのだ。彼らにとってンダライ王の子供の名前はキイタではないのだから。

 しかし、目の前の二人が実は三百年前に既に死んでいる幽霊などとは夢にも思っていない大地は下手な嘘をつく事でどんな惨事さんじが起きるのか想像もできずにいた。

(確か、えっと…。待てよ、落ち着け俺、聞いた、聞いたはず、確かに聞いた…。何だっけ?わめく?なげく?しかる?怒る?怒鳴どなる?怒鳴どなる…?)

「ドナル!そう、ドナル!…様、へへへ」

 何とか正解をひり出した大地は、安堵あんどの為脱力し、椅子の背もたれに身を預けながら意味の分からない笑い声をらした。

「あ、あれ?どうしたの?」

 大地の笑顔とは裏腹に、今度はクロウスとジーンの表情が硬く変わっていった。二人はそっと顔を見合わせている。

「こんな事もあるものか?」

 大地に顔を戻したクロウスが打って変わって暗い声を出した。

「な、何が?」

 何か思わぬ失敗をしたのか?大地の額に冷たい汗が浮かんできた。

「これも偶然であろうか?今、正に血で血を争う我らが怨敵おんてきマウニール王国 皇太子こうたいしの名もまた、ドナルと言う…」

「え…?」

 クロウスの生きた時代ではまだ皇太子こうたいしであったドナルは、この後王位を継ぎアスビティ公国初代領主となる。現代のアスビティにあって領主を務めるココロの父、ドナル三世の五代前の領主の事であった。

 五人目の領主にして、初代ドナルの名を継ぐ者が国主となっていたのは不運な偶然であったとしか言いようがないが、そのような歴史的背景についても知識のない大地にとってはわかりようもない話であった。

 いずれにせよ、たまたま一夜の宿を貸した客人の暮らす国の支配者の名と宿敵の子の名が同じと言うのは、偶然と言うには余りにも不自然だった。今まで旧友のように打ち解けていたクロウスとジーンの表情に、瞬時にして大地に対する不信の色が濃くにじみ始めた。

「そ、それはそれは…。何とも愉快ではない偶然ですねえ」

 冷や汗をかきながらも大地は何とかそう答えた。ジーンがチラリとクロウスを見る。そのクロウスは、ただ無表情にじっと大地の顔を見つめた。

 しばらくそんな気まずい空気が食堂を満たしていたが、最初に口を開いたのはクロウスであった。クロウスはニヤリと口元をゆがめると言った。

「誠、妙な偶然もあったものだ」

「で、ですねえ」

「隊長…」

 何か釈然しゃくぜんとしないものを感じたらしいジーンがクロウスを呼んだその時、若い女の声がそんな不穏ふおんな空気を破るように割り込んできた。

「失礼します!」

 いやに元気なその声に大地は顔を上げた。女中の服を身にまとった若い女が入り口に立っていた。

「新しいお客様をお連れいたしました」

 そう言う愛嬌あいきょうのある顔をした女中の後ろからのっそりと入ってきた大男を見て、大地は椅子をって立ち上がった。

「シルバー!」

「大地!」

 大地の顔を見たシルバーも大きな声を出した。驚いたような、安心したような、嬉しいような、何とも複雑な顔をしていた。

「大地、こ…」

「キイタ様はね、今着替えをなさっているんだよ!お手伝いしようと何度も申し上げたんだよ?なのにキイタ様は一人でいいってがんとして聞かないのさ。一人で大丈夫、一人でやれるって。ひどいと思わない?せっかく朝食を用意してくださると言うこの人達をこんなに長い事お待たせして。まったく我が主君ながら呆れるやら情けないやら」

「こらこら大地殿、主君をそんなにけなすものではない」

 事情を知らないシルバーが余計な事を言わないように大地は一気にまくし立てたが、その様子を見かねたクロウスが席を立ちながらやんわりとたしなめた。

「大地殿、こちらの方は?」

「え?ああ、彼の名前はシルバー。俺達の旅に同行していた一人です。俺がお嬢様の話相手なら、この者は、そうだな…、ま、用心棒ってところですかね?無口で無粋ぶすいな男なんですが、剣の腕は滅法めっぽう立ちましてね」

「おい、大地…」

「こちらはね、この城の近衛このえ隊長のクロウスさんと副隊長のジーンさん。本っっっ当によくしてもらっているのよ。さあシルバーからもお礼を」

 そう言って大地は話を合わせろと言う想いを強く載せてシルバーの目をじっと見つめた。シルバーは戸惑とまどったようにそんな大地の目を見つめ返していた。

 その時、突然食堂内に大きく吹き出す音が響いた。

「これマノエ、はしたないぞ。客人の前で無礼であろう」

 笑い出したのはマノエだった。どうやら一晩寝ないだけでふらつくような軍人を指して、大地が剣の腕が立つなどと紹介したのが愉快ゆかいだったようだ。不躾ぶしつけに吹き出したマノエにクロウスがまゆひそめてたしなめた。

「す、すいません、クロウス様」

「マノエ、ここはもうよい。馬の世話に戻りなさい」

「はあい」

 そばにいた先輩女中に言われたマノエがちょっとつまらなそうに返事をし、きびすを返した。

「マノエ殿」

 食堂を出て行こうとするマノエにシルバーが声を掛けると、彼女は目を大きくして振り向いた。

「案内をありがとう」

 シルバーが言うとマノエはにっこりと笑い、体をシルバーに向けると両手でスカートをつまみ、貴族のように頭を下げた。

「こちらこそ、優しくしていただいて。ご滞在中はどうぞごゆっくり」

 そう言って頭を上げたマノエは、もう一度いたずらっ子のような幼い笑いを浮かべた。

「ああ」

 シルバーも微笑んでうなずき返す。

「さあマノエ」

 客人の、しかも帯刀たいとうした軍人に馴れ馴れしい態度で接する後輩に、先輩女中は狼狽うろたえた声を出した。マノエが出ていくと、シルバーは改めてクロウスへと顔を戻し軽く低頭した。

近衛隊このえたいの隊長殿とか。この度は連れが飛んだご迷惑をお掛けしたようで」

「いや、お気になさらず。客人を迎えるのは当家の趣味のようなものでな。王妃は事のほかにぎやかなのがお好きであるのだ」

「恐れ入ります。馬車の紋章もんしょうを拝見いたした。片陰かたかげのアステリア、世界に名高いアガスティア王国の城に助けられるとは我が姫も幸運の持ち主と感心していたところでありました」

 マノエの明るい声のお陰かシルバーのさりげないお世辞に気を良くしたのか、おかしかった部屋の雰囲気が元のなごやかさを取り戻し、クロウスの顔にも笑顔が返って来た。

 その時、食堂へとけこんでくる激しい足音に、全員が顔を食堂の入り口に向けた。

「大変でございます!」

 見れば二人の女中が顔色を失いながら飛び込んで来るところであった。

「何事だ、そうぞう々しい!」

 ジーンがきびしい声でしかり飛ばすが、二人の女中はそれにも関わらず取り乱した様子で叫ぶように言った。

「恐れながら申し上げます!キイタ様が、キイタ様がいなくなられました!」






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