壁の先
●登場人物
・キイタ…火のANTIQUEに選ばれた能力者。大国ンダライの第二王女であるが性格は大人しく極度の人見知り。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた能力者。殆どの記憶を失っており、それを取り戻す事を旅の目的としている。
・エイク…ひょんな事からキイタとアクーを伝説の洞窟へと案内する事になってしまった地元の青年。
前回までのあらすじ
姿を消したココロと大地を捜し仲間と別れ後を追うシルバーはこの土地にある筈のない森を抜けラディレンドルブルットへと辿り着いた。そこで彼が見つけたものは朽ち果てた一台の馬車だった。
馬車の横腹に描かれた紋章からその馬車が三百年前にこの土地で全滅したアガスティア国王のものであると知ったシルバーは驚きに声を失う。
そんなシルバーに突然フードで顔を隠した大柄な男が声を掛けて来た。何とか言い逃れようと振り返ったシルバーの目の前には、一瞬の内に姿を変えた立派な馬車が置かれていた。
その頃、案内の兵士をココロの元から引き離す為一人部屋を出た大地は食堂へと案内され、そこで兵士に名を訊かれる。
大地の身の上を聞いた兵士は自分はラディレンドルブルット近衛隊の隊長であるクロウスだと名乗る。そしてもう一人、腹心の部下であり副隊長を務めるジーンを紹介される。
一方、思惑通り兵士がいなくなった廊下に抜け出たココロは頭の中に響く第七の能力者の声を頼りに暗い城の中を彷徨い歩く。
徐々に大きくなっていく能力者のものと思しき謎の声。ココロが進むごとに大きくなっていくその声が伝えようとしている言葉を知ったココロは衝撃の余り動けなくなってしまう。
ココロの頭の中に直接響くまだ見ぬ能力者の声、それはこうココロに次げていた。「タスケテ」と。
「アクー!後ろ!」
キイタの叫びにアクーは振り向く事なくすぐ隣に立っていたエイクを突き飛ばすと、自分も横に飛び退った。
アクーとエイクが立っていた場所に凄まじい力で振り下ろされた何かが轟音を立てて地面を割った。
「あわわ…!」
アクーに突き飛ばされたエイクはぽっかりと口を開けた洞窟の壁から外へ墜落しそうになり、慌てて石の柱にしがみついた。
「危ねえなぁ!アクー!」
叫びながら振り向いたエイクはそこに見えた物が何なのか理解するのに暫く時間を必要とした。そこには、鎧がいた。
さっきまで何をしてもまったく動く事のなかった飾りの鎧が、アクーとエイクの間を縦に割るように剣を地面へ打ち付けた格好のまま止まっていた。
「な、何だ?なんでこいつ、こんなところに?一体誰が?」
エイクが矢継ぎ早に浮かんだ疑問を口にしていると、剣を振り下ろした姿で止まっていた鎧が、軋んだ音をたてて動き始めた。
半分ほど体を起こした鎧はそこで突如その首を右へグルリと回した。エイクの方を睨んだように見えた。
「ひっ…!」
びくりと体を震わせたエイクが甲高い声を出す。鎧はゆっくりと身を起こすと、ギシギシと音を立てながらエイクの方へ近づき始めた。
「こっちだこの野郎!」
言いながら放たれたアクーの矢は見事に鎧の左足、膝の関節部分に突き刺さりそのまま前へ抜けた。しかし、それでもエイクへ迫る鎧の動きは止まらなかった。
「え…?」
一瞬驚いた声を上げたアクーだったが、すぐに気を取り直すと第二の矢を番え、射った。矢は狙いを外す事なく肩と背中をつなぐ隙間に突き刺さる。
アクーは立て続けに第三、第四の矢を打ち込んでいく。いずれも見事なまでの正確さで肘や腰など鎧の弱点をついて突き刺さるが、それでも鎧の動きは止まらなかった。
「何だこいつ、何だこいつ、何だこいつ!アクー!何とかしてくれ!」
泣きながら叫ぶエイクに向かい、正に鎧が剣を振りかざしたその時、突然飛んできた真っ赤な炎の帯が鎧の左 頬を叩いた。キイタが咄嗟に撃ち放った炎が見事に命中したのだ。
「うわ!」
すぐ目の前で爆発のような炎が上がりエイクは目を瞑った。
「エイク!早く、こっち!」
そんな声に顔を上げると、キイタが洞窟の奥で手招きをしていた。地を這うようにエイクは必死にキイタの方へ走り出した。
態勢を崩した鎧は、それでも炎の当たった場所からまだ煙をあげながら走り去るエイクを追って顔を巡らせた。
「エイク大丈夫?」
走り寄ってきたエイクに両手を差し伸べてキイタが叫ぶ。転びそうになりながらキイタにしがみついたエイクは、そのままの姿勢で叫んだ。
「何でこっちに呼ぶの!」
「え?」
「こっち行き止まりでしょお!」
「あ…」
エイクの言葉にキイタは背後に聳える岩壁を見上げた。そんなキイタにエイクが叫ぶように言葉をぶつける。
「どっち行くの!?」
「わわわわかんない!」
「どうするの!」
「あー、どうしよう!」
両手を取り合いながら叫ぶキイタとエイクに向かい、鎧が再び動きだした。しかし二、三歩歩いたところでアクーがその行く手に立ち塞がった。
「止まれ!僕が相手だ!」
そう叫んだアクーの右手には、ポーラーの残した白刃の剣が握られていた。
「アクー!」
「こいつはレヴレントだ!僕達の武器は効かない、僕が引き留めている間に二人は逃げて!」
アクーはそう叫ぶと自ら鎧に向かい果敢に飛び掛かって行った。鎧の足元を滑るように行き過ぎながら、刃の立ちそうな膝部分にナイフを突き刺す。それを見たエイクが咄嗟に自分達が歩いてきた洞窟入り口の方へ向かって走り出した。
次の瞬間、鎧が銀色に光る剣を一振りし再び地面を叩いた。砕かれた岩が横をすり抜けようとしたエイクめがけて何個も飛んでくる。
「うわあああ!」
エイクは身を屈め、頭を庇ってしゃがみ込んだ。
「エイク!」
アクーは叫びながら立ち上がったが、その時には既に鎧はアクーへと目を移し立ち塞がっていた。
「こいつ!」
言いながらアクーは輝くナイフを逆手に持つと、その柄尻に左手を添えた。一気に相手の顔まで飛び上がり、喉元に突き刺すつもりだった。とは言え、相手がレヴレントとなればどのような攻撃も効き目は期待できなかった。
頭を抱えしゃがみ込んでしまったエイクと、額に汗を浮かべながら鎧と対峙するアクーを交互に見ながら、キイタはどうすべきなのか判断できぬままただオロオロとしていた。
ピューっ!
そんなキイタの頭の上から、まるで笛を強く吹くような音が聞こえた。ハッとして見上げたキイタの目に、岩の上からあのヴィゼレットが小さな頭を覗かせている姿が映った。
大きく輝く黄色い目が、じっとキイタを見下ろしている。ヴィゼレットは一度キュっと目を細めると、さっとそこから姿を消した。
「あ…」
キイタは走り出したヴィゼレットを求めて岩壁の上を見た。岩壁の更に奥にその姿を見つけた。
「そこ、上れるの?」
我知らず呟いたキイタは思い出したようにエイクの傍に駆け寄ると、その肩を抱いた。
「エイク!しっかりして、怪我はない?」
「あ、ああ、大丈夫」
と、エイクが顔を上げた時、アクーの雄叫びが洞窟の中に響き渡った。見れば彼は信じられない跳躍力で鎧の肩に飛びついていた。
「エイク!あそこを見て!」
キイタはエイクの注意を向けると、ある一点を指さして言った。指さす先は岩壁の右端。ただの亀裂のようにしか見えないが、連続性を持ってジグザグに上へと向かって伸びている。そして、その行き着く先はバンク状の岩が長く横に伸びていた。
そのバンクの下には恐らく隙間がある。小さなヴィゼレットが入れたからと言って人が一人入れるとは限らない。下から見上げた状態ではその庇の下がどうなっているのか様子は見えなかった。
しかし、少なくともあの鎧ではあそこまで岩壁を登るのは不可能。もし自分達があそこまで上がる事ができたら巨大な体格をした鎧がそこに入り込んでくる事はないだろうと思えた。
キイタは賭けに出た。もしあそこを抜けられたとしたら別の場所に出られるかもしれない。例え抜けておらずあそこがただの窪みだとしても、そこに留まり、安全な高台からアクーの矢とキイタの炎で壊れるまであの鎧を攻撃する事ができる。
最悪、人一人しか入れないような場所であればとにかくエイクを非難させ、自分は地に降りてアクーと共闘すればいい。
瞬間的にキイタがそこまで考えた時、アクーの叫び声が響き渡った。どうやら鎧に捕まったアクーはその小さな体を放り投げられてしまったようだ。
壁に叩きつけられる瞬間身を反転させ、すぐさま攻撃に移るアクーを見たキイタは、急かすようにエイクに言った。
「エイク!あそこの角、見えるわね!あそこから上に上がれる!」
「上に?」
「上に道があるの、ついてきて!」
言うが早いかキイタは脱兎の如く壁に向かって走り始めた。
「キイタ!」
訳が分からないままエイクは立ち上がると、キイタの後を追って走り出した。先に岩壁に辿り着いたキイタが、両手両足を使って壁をよじ登り始めた。そこに至って漸くエイクはキイタが何をしようとしているのかぼんやりと理解した。
「まじかよ…」
昨晩に続きまたしても急峻な岩壁をよじ登る羽目になりそうどエイクは泣きそうな顔を作った。
キイタの下した判断に疑問を抱きつつも、他に道を見出せないエイクは続いて壁に取り付いた。
何度か狙いを外し、相手の身に着けている甲冑本体を叩いたアクーは、自分の持つ小さなナイフがその鎧を貫くのは無理だと言う事を嫌と言う程思い知らされた。
敵の振るう巨大な剣とアクーのナイフが刃を合わせる。動きの速さで行けば圧倒的にアクーに分があった。だが、明らかにウェイトの差があり過ぎた。相打ちになっても吹き飛ばされるのはいつも軽く小さいアクーの方だった。アクーはみるみる体力を奪われ、遂に肩で息をし始めた。
「アクー!」
そんな彼の耳に自分を呼ぶ声が聞こえた。ハッとして声の方を見る。行く手を塞いでいると思われた岩壁の上の方で、エイクが大きく手を振っている。
「ここ!こっちに道がある!登って来い!早く!」
石を踏む音にアクーが目を戻すと、鎧が大きく剣を振りかぶっていた。素早い動きでこれを躱したアクーは、すぐに白刃の剣を腰の鞘に戻すと敵に背を向け岩壁に向かい走った。
これを追いかけ、すぐに鎧も動きだす。アクーは軽い身のこなしでキイタとエイクが十分以上かけて登り切った岩壁をものの数秒で制覇した。
登り切った場所はトンネル状に道となっていた。下から見上げていては絶対に見つける事の出来ない道であったが、来てみればアクーやキイタならば立って歩ける程の高さがあった。
「アクー!こっち!」
灯りの射しこまない道の奥からエイクの呼ぶ声が聞こえる。アクーは暗い中、急いで声のする方へと進んだ。進む程に天井が低くなってきている。アクーは段々に姿勢を低くしながら進み、遂にエイクのもとに辿り着いた時には、完全にしゃがんだ状態であった。
「エイク、怪我は?」
「俺は平気だ。アクーは?」
「大丈夫」
「静かに」
エイクとアクーの会話にキイタの声が割り込んできた。暗い中良くは見えないが、どうやらエイクの前にはキイタが同じようにしゃがんでいるようだった。
「見て」
キイタが前方を指さしたようだった。それすらもよくわからない程、トンネルの中は暗かった。その暗いトンネルの奥で光る、二つの灯りが見えた。金色にも見える二つの明るい光点は、よく見れば小さく動いている。
「あれは?」
アクーの質問にキイタがすぐに答える。
「ヴィゼレットの目よ、私達を見ている」
「あいつがここを教えてくれたんだよ」
「ヴィゼレットが?そんなバカな…」
「バカなとは俺も思うさ。でもま、結果的にはそうなった」
もちろん偶然だとわかっている口ぶりでエイクが答える。自然動物のヴィゼレットが三人の人間を助ける為にここを教えたなどとはアクーにもとても思えなかった。その時、三人の方を向いていた黄色い二つの光がふと動き始めた。
「何だか、ついて来いと言っているみたい…」
キイタがポツリと呟く。
「警戒しているだけだよ」
「だとしたら、あんなに早く動けるのよ?どうしてさっさと逃げ出さないの?」
「それは…」
エイクはキイタの反論にすぐには答えられなかった。
「ヴィゼレットは物凄く頭がよくて、人なつっこい動物だと伝えられているわ」
「だから簡単に人に捕まって殺されたりするんだ」
「それは…」
無意味な口喧嘩が始まりそうな雰囲気に、アクーが慌てて仲介に入った。
「まあまあ、とにかくついて行ってみようよ。あいつが行けるって事はこの先に道が続いてるって事なんだから」
「これ以上狭くなったらどうする?人間が通れるような所じゃなかったら?」
「そうしたら戻ればいいさ、それともやめて今すぐ戻るかい?」
アクーが背後を指さす仕草をすると、エイクは一つ身震いした。ここから戻ると言う事は再びあの鎧と相まみえる事になるのを思い出したのだ。
「いや、行こう」
「そうこなくっちゃ」
三人は半ば這うようにして先を進んだ。時々小さな二つの光が瞬く。前を行くヴィゼレットが振り返っているのだ。そんな仕草は、キイタの言う通りまるで三人の道案内に立っているようであった。
トンネルはエイクの心配とは裏腹に然程進む事なく再び天井が高くなってきた。三人はまた立ち上がり歩く事ができた。
光はなく、道も触れる壁もゴツゴツと武骨な岩肌を剥き出しにしていたが、それでも自然にできた道とは思えない程歩きやすかった。
「どこまで続くんだろう?」
エイクが呟くがそれに答えられる者はいなかった。天井が高くなってきた事が出口が近い証拠とは誰にも言えなかった。何と言ってもここは遭難多発地帯であるソローニーアだ。
「水の匂いがする…」
「え?」
どの位進んだ時か、突然アクーがポツリと零した。エイクが立ち止まり、アクーを振り返る。
「音も…」
アクーの言葉に先頭を進んでいたキイタも立ち止まったようだ。二人とも黙って鼻を効かせ、耳をそばだてた。
「全然わかんないぞ」
エイクが不審そうな声で言うが、アクーはそれを無視して続ける。
「地下水脈…いや、もっと大きな…湖沼か?だとすると…」
「あ…」
アクーが独り言のようにぶつぶつと呟いている最中に、突然キイタが声を上げた。
「どうした?」
「ヴィゼレットが、急に」
「いなくなったの?」
「やばいじゃん、見失ったら道わからなくなるよ!」
「追いかけよう!」
「走ると危ないよ!キイタ、エイク!」
アクーの注意も聞かず、キイタとエイクはヴィゼレットを追って駆けだした。その直後だった、闇の中、耳を聾する程の悲鳴が聞こえた。
驚きに一瞬硬直したアクーだったが、その声がキイタとエイクのものだと気が付くなり自分も全速力で走り出した。
「キイタ!エ…え?」
エイクの名前を呼び掛けて、アクーの言葉は止まった。突然足場がなくなり、アクーの体は宙に放り出されたのだ。
「うわ…」
アクーの体は垂直落下を始めた。内臓が浮き上がるいやな感覚が体の中を貫く。
(しまった!)
キイタやエイクのように悲鳴まではあげなかったものの、アクーは闇に落ちていきながら決して冷静ではなかった。身体能力に優れたアクーは相当な高さからでも怪我する事無く着地する自信があった。しかし、こう暗くては着地地点すら見極められない。
(せめて、せめて周りが見えれば!)
そう思った瞬間だった。突然アクーの視界が開けた。地面が見える、それどころか顔を向けなければ絶対に見る事のできない横の壁まで視野に飛び込んできた。
その画像は明確ではなくぼやけており、その上一切の色がなかった。突然の異変にアクーはパニックになりかけた。しかし見えた地面は思いの外近い、すぐに着地となる。考えている暇はなかった。アクーは身を捩り、やがて来る衝撃に備えた。




