探索
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれたアスビティ公国公爵令嬢。強力なテレパスと予知能力を持つ。
・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた能力者。ココロの声に呼ばれこの世界へとやって来た地球人。
・キイタ…大国ンダライの第二王女。火のANTIQUEに選ばれた少女。
・ガイ…アスビティ公国の公軍隊士だった男。雷のANTIQUEに選ばれ仲間になった。
・アクー…水のANTIQUEに選ばれた少年。殆どの記憶を失っている。
・エルフィン…ココロと大地が迷い込んだラディレンドルブルットの城主の妻。
・エイク…ひょんな事からキイタ達と行動を共にする事となった青年。
●前回までのあらすじ
待機命令を出され怒り狂うゴムンガ。重傷を押して再び単身ANTIQUE打倒に向け動き出したメロ。そんな二人の様子を聞かされたクロノワールは遂に腹心ダキルダに自らの迷いを吐露する。自信家の彼らしくもなく今現在行われている魔族のプレアーガ侵攻作戦に不安を感じているようだった。
そんなクロノワールのもう一つの懸念はレヴレントを攻略すると言い置いて姿を消した主君シュベルの事だった。
一方襲い来るレヴレントから逃れ思いがけず逃げ込んだラディレンドルブルットで一夜を明かしたココロと大地は翌朝城の主カンサルク王との謁見へと向かう事となった。
二人の前に現れたのは王の妃エルフィン王女であった。王は体調を崩し臥せっていると言う。明るい性格らしいエルフィン王妃はココロを公爵令嬢と知るや態度を改め実に楽しそうに彼女の話しを聞いた。
黙って横に座る大地の目にも、二人の会話は和やかな様子に見えた。しかし、笑顔で箸を続けるココロは何故か自らを「アスビティ公国が公爵の娘キイタ」と名乗るのであった。
「どうじゃ、キイタ殿。よろしければ御国が話、もっとこのエルフィンに聞かせてはくれぬか?」
「王妃様にお悦びいただけるような話もあるとは思えませんが、それでもよろしければ…」
「恐れながら」
笑顔のエルフィンが口を開きかけたところで隊長らしき兵士が割り込んできた。水を差されたエルフィンはあからさまに不機嫌な顔でジロリと彼を睨んだ。
「何じゃ?」
「は、誠に恐れながらお客人には朝食の用意が整っております」
「おお、そうか。それでは続きはその席で…」
「生憎ではございますが、陛下におかれましては溜まった公務が待機しております」
「………」
澄ました顔で言う兵士に益々機嫌の悪い表情でエルフィンはため息をついた。
「キイタ殿」
「はい」
「聞いての通りじゃ。このような仮住まいになって尚雑務が後を絶たぬ。どうであろう、よろしければ今夜の食事を共にしては貰えぬであろうか?」
「それは過分なるお申し出大変恐縮に存じますが、遊び半分とは言え公務の最中。できますればできるだけ早くに出立いたしたいとかように考えております」
エルフィンの誘いをココロがやんわりと辞退すると、エルフィンの表情は見るからに失望の色に染まった。
「その代り」
そんなエルフィンを執り成すようにココロはすぐに言葉を続けた。
「公用を済ませし後は帰路にて今一度王妃様のご尊顔を拝しに立ち寄りたい所存にございます。その折には、もっと王妃様にお悦びいただけるような土産話をたくさん用意しておきたいものと思っております」
ココロがそう言うとエルフィンの顔が見る見る晴れやかに輝きだした。
「誠か?」
「はい」
「誠、帰国の前に立ち寄ってくださるか?」
「王妃様がお許しくださるならば」
「無論じゃ。おお、キイタ殿楽しみにしておるぞ」
エルフィンがそう言うとココロはさりげない動きで静かに椅子から立ち上がった。それを見た大地も慌てて立ち上がる。押された椅子が不愉快な音を立てた。ココロがチラリと大地の方へ顔を向けるのを見て大地は軽く頭を下げた。
「ではキイタ殿、如何にも心残りではあるが再訪を心からお待ち申し上げる。何より、道中お気をつけて」
「暖かいお言葉、何よりのお守りでございます。王妃様にあられましても、再会のその日まで何卒健やかにお過ごしくださいますようご自愛願います。国王陛下にも心からお見舞いを申し上げます」
「おお、おお、何とできた姫であろうか。私にもキイタ殿と同じ年頃の娘が二人おりますが、少しは見習ってもらいたいものじゃ」
「とんでもございません」
そう言って高貴な女二人は気持ちの悪い声で笑い合うと、再会の誓いをくどい程に立て合いながら別れた。
「キイタ様におかれましてはお疲れのところ、我が主の目通りをお受けいただき大変恐縮に存じます。この後はどうぞ、食堂へとご案内をさせていただきます」
名残惜しそうにエルフィンが部屋から出ていくのを確認した隊長がココロの傍に寄りそう声を掛けてきた。
「ご面倒をお掛けいたします」
如何にも自然な所作でココロが応対すると、一人の兵士が前に進み出た。しかし、隊長らしき男は彼を片手で圧しとどめ言った。
「公爵令嬢となれば案内は私が行おう。キイタ様ご退室の後は全員持ち場へ戻れ」
「はっ!」
命じられた兵士は短く答えると素早く列へと戻って行った。
「それではキイタ様、こちらです」
そう言って男は案内に立って部屋の出口へと進んで行った。ココロも静々とその後に続く。そんなココロの後ろ姿を見ながら、大地は感心して大きなため息をついた。
普段アッパラパーな感じも見られるココロだがなるほど、一応は一国のお姫様としての礼儀作法とか変な裏声とかは習得している訳だ。
そんな事をポケっと突っ立ったまま考えていた大地は、残された兵士からの咳払いに我に返ると、ヘコヘコ周囲に頭を下げ愛想笑いを振りまきながらココロ達を追って部屋を後にした。
「申し訳ありませんが」
長い廊下を進み、自分達の部屋がある階へと向かう螺旋階段が見えてきたところで、ココロが前を行く兵士に声を掛けた。
「は?」
「食事をいただいた後はすぐに出立したいと考えております。できれば着換えて参りたいと思うのですが、一度部屋に立ち寄らせていただいて構いませんか?」
ココロがそう言うと案内に立った隊長らしき兵士は恐縮して頭を下げた。
「これは気が付きませんで。無論、仰せのままに。それではどうぞ、部屋へご案内申し上げます」
螺旋階段を昇り部屋へと続く廊下を歩く間、大地は再びたくさんの肖像画を見上げながら歩いた。昼間の光の中で観る歴代国王を写し取ったそれらの肖像画は、松明の火の下で見るのとはまた違った趣があった。
そんな事を思いながらココロを見るが、彼女はもう絵を見る気がないのか、俯き加減に黙々と歩いている。その横顔は何かひどく塞ぎ込んでいるようにも見え、大地は少し心配になった。
「それでは、少しお時間をくださいね」
案内の兵士を廊下に残したまま、愛らしい笑顔で言ったココロは静かに部屋の扉を閉めた。
部屋に入った途端、ココロは窓際へと移動し外を眺め始めた。大地はそんなココロの背中に向かってようやく解放されたような気安さで声を掛けた。
「いやぁ、驚いたよ。やっぱあれだね、王妃様とかに会っても全然動じないのね。さすがはお姫様だなーって本気で感心しちゃったよ。何だか俺の知ってるココロじゃないみたいで…。あ、そう言えば何で自分の事キイタとか名乗ったの?」
大地はずっと疑問に思っていた事を訊いてみたが、ココロからの返事はなかった。不審に思った大地がココロを見ると、彼女は先程から変わらぬ姿勢のまま窓の外を見続けている。
「ココロ?」
先程階段を上がる時に見せた暗い表情を思い出した大地は急に心配になり、ココロの横まで移動してその顔を覗き込んだ。
「ココロ!」
ココロの横顔を見た刹那、大地は驚いて声を上げた。大地の声にココロは慌てて顔を背けたが、見紛う筈もない、ココロの顔は溢れ出た涙で濡れていた。
「一体…」
「何でもない、何でもないの…。本当よ大地、心配しないで」
啜り上げたココロは上を向いて零れる涙を堪えるようにして答えた。
「大地…」
「え?」
「お願いがあるの」
ココロは背中を見せたまま大地に言った。
「何も言わずに、何も訊かずにこれから私の言う通りにして。みんなのところへ帰る為に、絶対に必要な事だから」
そう言うとココロは大地を振り返った。涙はもう止まっていた。代わりにココロの目は今までに見た事がない程の決意に燃えていた。
「言ってみて」
「まず第一に、今後この城の人達の前で私の事をココロと呼ばないで、絶対によ」
「なんで…」
「何も訊かないで。お願い、黙って私の言う通りにして」
「………」
「お願いよ大地…」
「わかったよキイタ」
大地はため息をつくとベッドに腰掛けた。
「君はアスビティ公国公爵令嬢のキイタ様だ。で、他には?」
ココロの真剣な目を見た大地は言われた通り何も訊き返さずににココロの作戦に乗る事にしたらしく続きを促した。すると突然ココロは大地の横に座り、その肩に手を置いた。
「え?」
ココロの突然の行動に戸惑った大地の頭の中に突然ココロの声が流れ込んできた。どうやらこれから先はゲンムの力を使い、テレパシーで会話を進める気でいるらしい。
(私はこれから声の主を探す為にこの城の中を見て回る)
(声の主?それって、あの、す、ての人?)
(そう、すての人よ)
(だったら俺も…)
大地がそう言いかけると、ココロは首を横に振った。
(それはダメ。声の主は私一人で探す。大地はあの扉の前にいる兵士を何とかどこかへ遠ざけて欲しいの)
(でも…)
(大地にはゲンムの力で状況を伝える、私の声を待って。多分この城の中にはANTIQUEの能力を阻害する悪い気が満ちている。そのせいでどんなに近くにいても私の声が聞き取りにくいかもしれない。だから、とにかく集中して私の声を聞き逃さないで、いい?)
(…わかった)
(それともう一つ)
(まだ何か?)
(よく聞いてね大地。これからこの城の人達が何を出したとしても、決してそれを口にしないで)
(え?)
(城で出されたものは水一杯にも手を付けないで。お願い、約束して)
(わかった、わかったけど…)
真剣な顔で理解不能な事を話し続けるココロに、大地は益々不安の色を濃くした。
(ありがとう大地。大丈夫よ、無理をする気はないから安心して)
そう言うとココロはにっこりと大地に微笑みかけた。今までにない大人びた、少し寂しそうな笑顔だった。その表情が余計に大地の不安を煽った。そんな大地の気持ちが伝わったのか、ココロは安心させるように最後に言った。
(大地、私達二人で新しい仲間を連れて帰るわよ、みんなのところへ)
その言葉は心配を払拭する以上の心的効果を大地に齎した。大地はぎょっとしたような顔で目を見開いた。ココロはもう一度口元に笑みを浮かべると、大地の目を見つめたまま力強く頷いた。
「いやぁ、参った参った」
そう言いながら大地はココロの荷物を手に部屋の扉を開けた。案内の兵士が慌てて顔を上げる。
「いかがされた?」
「女の子の支度ってやっぱ時間が掛かるねえ。着替えるから出て行ってくれって言われちゃったよ」
「なるほど」
「できればさあ、俺を先に案内してくんない?そんでお嬢様のところには女中さんを一人案内に回して欲しいんだよね、正直付き合ってられない」
大地が呆れたような声で言いながら親指で背後の扉を指さすと、兵士はクスリと笑いながら言った。
「誠、女の事は私もよくわからん。よろしい、貴殿を案内し、代わりに女中を迎えに来させるとしよう」
「ありがとう」
「では参ろうか」
「うん、あーぁ、腹減ったぁ~」
大地は大きく伸びをしながらわざとらしく大声を出した。そんな大地の声を扉に耳をつけて聞いていたココロは、やがてその扉を細く開けるとそっと廊下を覗き見た。
兵士に何やら話し掛けている大地の声が遠ざかっていく。彼らの姿は既に見えなくなっていた。
それを確認したココロは押し開けた扉の隙間から素早く廊下に抜け出すと、足音を殺して大地達が向かったのとは逆の方へ進み始めた。
「ここから見るだけでも既に道が何本かに分かれているね」
洞窟の入り口から中を覗き込んだエイクが言った。ソローニーアと呼ばれる洞窟の入り口は下から見上げた時には然程大きく感じなかったが、こうしてその場に立ってみるとさすがの迫力を感じさせた。
ソローニーアに限らずこの辺りの洞窟全てに言える事だったが、天井部や壁部分などは完全に塞がれてはおらず、所々大きな穴が口を開けている。その為、外の光を取り込んだ洞窟内は思った程に暗くはなかった。
持っては来たがまだこれは必要ないな、と、手にしたカンテラに目を落としながらアクーは思った。
「一番大きな道を行くのがやっぱりいいのかしら?」
キイタが奥へ真っ直ぐと続く道を指さして言う。
「どうだろう?みんなが通りそうな道は結局みんなが迷った道なんじゃないの?」
アクーが惑わせるような事を言う。
「う~ん…。でも何のヒントもないし、取り敢えず外の光が入っている内は迷子になりようもないと思うのよね」
「ご尤もだね」
キイタの言葉にエイクが賛同する。アクーはそんな彼の横顔をジロリと見て言った。
「で、エイクはどこまでついて来るの?」
「もう少し、もう少しだけ。キイタの言う通り明るくて広い道にいる限りは安心だからさ」
エイクは緊張感のない笑顔で進んで前を歩いて行く。魔族との戦いに関係のない一村人であるエイクにとって、伝説のソローニーアは格好の観光対象なのだろう。アクーはため息をつくと遅れて後に続いた。
キイタ、アクー、エイクの三人が特に険しくもない平坦な石の道をプラプラと歩いて奥へ進んでいる頃、一人留守番よろしく残されたガイは痛みが治まってくるのに合わせ、じっとしているのが辛くなってきていた。せめて入り口まで、と自分に言い聞かせながら三人が登って行った岩の斜面をゆっくりと登って行った。
衝撃を与えぬようゆっくりと歩く分には特に痛みを感じる事はない。しかし、体は重く、息が切れる。何よりウナジュウの能力を一時的に失った事で義手である左腕が全く動かない事が苦痛であった。
ただぶら下がっているだけの鉄でできた義手は、怪我をしたガイにとっては根元からちぎれ落ちそうな程に重たかった。
長年に渡りANTIQUEの力で我が手のように自由自在に使いこなしてきた左腕がただの物体になってしまった事は、肩に掛かる義手の重さ以上に胸の内に重くのしかかった。
ようやくソローニーアの入り口付近までやってきたガイは、そこで杖代わりについてきた愛刀を転がすと、苦しそうに呻きながら地面に座り込んだ。ソローニーアの入り口を背もたれにして一息つく。
「いやはや…。まるでおじいちゃんだな」
自由の利かない体を持て余しながら独り言ちたガイは、肩越しに洞窟の中を見た。
案外に広い。三人が進んで行った幅の広い道が外からの光を受けぼんやりと見てとれる。勿論、ガイが見た時には既に三人の姿はより洞窟の奥へと消えた後であったが。
ガイはもう一つ大きなため息をつくと空を見上げた。見事なまでに岩だけでできた山が頭上から覆い被さるように聳えている。
渡る風は冷たかったが、不自由な体で山道を登ってきた今のガイには心地よかった。ガイは背中を岩に預けたまま静かに目を閉じた。
ガイが我が身も顧みず洞窟の入り口まで登ってきているとは夢にも思っていないキイタ達は、特に異変もないまま奥へ奥へと進んで行った。
左手に続く壁には時々枝道のようにも見える小さめな穴が開いている。このまま進んでいいのか、所々に現れる小さな穴を潜ればいいのか見当もつかなかった。
ただ、右側の壁は細い岩が天井から床まで柱のように建っているだけで広く開けた外の世界が見渡せた。そこから見える景色が三人の心から緊張感や恐怖心を消していた。まるで散歩でもするように三人は洞窟の奥へと進んで行く。
「見て」
やがて道の先に床から数十㎝程の岩が突き出た場所に差し掛かった時、キイタが前方を指さしながら声を出した。
「ん?ああ、まるで柵みたいな石が下から生えてるね。まああれ位 跨げるけどさ」
エイクはキイタが行く手を阻むように横たわる石の壁を指さしたものと思い込み、気楽な声で言った。
「そうじゃなくて、その横。右側、ほら何かある…」
「右側?」
エイクとアクーは揃って目を細め、キイタが指さす方を見た。
「ほらあれ、何か…ううん、違う…。誰かいる!」




