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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
123/440

王妃

●登場人物

・ココロ…ANTIQUEのリーダーである始まりの存在に選ばれた公国公女。

・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の高校生。


・クロノワール…四種の魔族の一つ、アテイルの首領。

・ダキルダ…アテイルの斥候として尽力する正体不明の魔族。


・エルフィン…レヴレントに襲われたココロと大地を助けてくれた城の城主の妻。



●前回までのあらすじ

 奇妙な声に目を醒ましたココロは自分の頭の中に聞こえてくる声を必死に聞いた。ココロに起こされた大地にはまったく聞こえないその声は七人目の仲間のものではないか?大地はココロにとにかく集中して一言でも聞き取るように促す。

 しかしひどい雑音の中にココロが辛うじて聞き取れた相手の言葉は「ス」そして「テ」の二文字だけであった。そんな二人の元へ昨晩部屋へと案内してくれた女中頭のマヌバラが訊ねて来た。城主が挨拶を求めていると言う。それを聞いたココロは何故か大急ぎで身支度を整えると、公女として最低限の姿へと着替えをすませ、尚の城主の元へと向かうのだった。

 一方そんなココロと大地の行先を探し求めるシルバーは、乾いた荒野の中に突然現れた巨木の聳える森に戸惑いを覚える。しかし、フェズヴェティノスであるアカツキに言われた言葉を胸に彼はその巨大な森へと飛び込んで行った。








「ふっ…、そうかゴムンガめ怒り狂っていたか」

 ダキルダからの報告を受けたクロノワールは自嘲気味じちょうぎみな笑みを浮かべてつぶやいた。

 場所はANTIQUE一行がとどまるジルタラス共和国。夕日の射す岩場の上に立ち、クロノワールは途方とほうに暮れたような声でダキルダの名を呼んだ。

「なあダキルダよ」

「は」

「何かが、狂い始めている…。そうは思わぬか?」

「………」

 クロノワールが何の事を言いたいのかつかみきれないダキルダは黙っていた。

「人間を駆逐くちくし現世界の覇権はけんにぎるなど、もっと容易よういな事ではなかったか?それもその前哨戦ぜんしょうせんでしかないプレアーガの攻略など、私の想定の中ではとうに終わっているはずであった。思いの外早く始まりの存在が同じこの地で動き始めた事で余計な作戦が増えはしたものの、それとて当初は十分に想定の範囲内であったのだ」

 背中のまま話し続けるクロノワールに、ダキルダはやはり返事ができずにいた。想定想定と言うが、あくまでもクロノワール個人の中で組み立てた独りよがりな想定でしかなかったのではないか?当然口には出さないものの、ダキルダはそんな事を考えていた。

「ゴムンガにはあれ程までに事を急ぐなと言い聞かせたのだが…。こうなれば全体的に組み立て直すべきなのかもしれぬな」

「組み立て直す?」

「うむ、唯一ズワルドの闇の量産だけはある程度順調に進んでいる様子ようす。とは言え、未だ人間達への拡散かくさんにはいたっていない。シュベル様のお力をお借りできればそれこそ実に容易よういな話なのだが、時の狭間はざまにおられるシュベル様のお手をわずらわせる事を避けようとここまで仕上げてきたのだ…。しかし…」

 クロノワールは珍しく弱気に聞こえる小さなため息をつくと、ようやくダキルダを振り返り続けた。

「そのシュベル様ご自身があろう事か自ら地へと降りられ、レヴレントの攻略などと言いだす始末しまつ。おかげでこのクロノワール、この地より動く事もままならなくなってしまった」

腹案ふくあんがございますれば何なりとお命じください。このダキルダ、全力をもってご期待に応えてご覧にいれます」

 そう言って顔を上げるダキルダの目を少しの間クロノワールは黙って見つめた。どの位経った頃か、クロノワールはふとその目線をらした。

「いや、具体的な作戦はこれから考える。これを一時的な停滞ていたいとみなし、このままし進める事も捨てた訳ではないのだ。ところで、メロはどうしている?まだ、動けずにいるのか?」

「は?」

「ん?」

「ク、クロノワール様は、ご存知ではないのでありますか?」

「何の事だ?」

「メロ殿にあっては痛みも消えたものか、傷を隠す(ため)甲冑かっちゅうを身にまとい、既にマニチュラー殿と何やらくわだてを…」

「何だと!」

「これは失態しったいでした。よもやクロノワール様が存じ上げないとは知らず…」

 深く頭を下げるダキルダの恐縮した姿にクロノワールは次の言葉を飲み込むと、固く目を閉じて空をあおぐように顔を上げた。

くわだてとは、どのようなものであった?」

「は…。しかとは聞いてはおりませぬが、新たな軍団を召喚しょうかんするべくそのような相談を…」

 ダキルダの返答にクロノワールは再び小さなため息をつき、つぶやいた。

「ANTIQUEだ…」

「は?」

 クロノワールの声にダキルダは下げていた頭を上げ、その顔を見た。

「ゴムンガもメロもANTIQUEを目のかたきにする余り我を失い、我が手を離れて動き始めてしまった…。彼らにとってANTIQUEとはそれ程までに大いなる存在、と言う訳だ」

「大いなる、存在…?」

「奴等と我らアテイルとの確執かくしつは今に始まった事ではない。今にして思えば、同じプレアーガにあって始まりの存在が動き出してしまった事こそが全ての元凶げんきょうか…」

 独り言のようにつぶやくと、クロノワールは遠く輝く夕日に目を細めながら何事かを思案しあんしている様子ようすであった。

あるいは、舞台を変えるか…」

「プレアーガを放棄ほうきされると?」

放棄ほうきではない。一度ANTIQUEどもと距離を置き、足固めをしようと言うのだ。最終的にはプレアーガもまた手中に落とす。しかし着手しようと動き出した矢先、ANTIQUEと同じ地にあっていきなりぶつかるのでは如何いかにもが悪い」

「しかし、いかがなものでしょうか?今更いまさらANTIQUEと距離を置くと伝え、ただでさえ待機命令にご立腹のゴムンガ様、私的な恨みにとらわれておられるメロ殿が果たしてご納得されるものかどうか…。それにシュベル様の起案きあんでもある他の種族との共闘にあっても、ここまで作戦を遂行すいこうした今になってアテイルだけが離脱するとなれば遺恨いこんを残す事になりかねぬのでは…」

「うむ…」

 プレアーガから離れ、ANTIQUEのいない場所から攻略こうりゃくを進め直そうとするクロノワールの提案に、なぜかダキルダは執拗しつように反対した。これまで、ここまではっきりとクロノワールに対して意見した事はなかった。

 ダキルダの説得に、指先をあごにあてて考え込んでいたクロノワールが顔を上げた。彼はダキルダを見るとすずしげな笑顔になって言った。

「ダキルダの言う事はもっともだ。確かに共に動こうと言ったところで他の種族が納得はすまい。それに、シュベル様の身を守らねばならない。どのみちこのジルタラスでの局面が落ち着くまでは動きようもないしな」

「は…、賢明なご判断と思います。いかがでしょうこのダキルダ、今すぐにでもメロ殿の動向について確認を取って参りますか?」

「いや、ダキルダ。お前は私のそばにいてくれ。よもやゴムンガがシュベル様の前で暴れるような事もなかろうが…。いずれにせよレヴレントを倒し、ANTIQUEにも近づこうとなさっている。万が一の時には我らの手でお救いせねば」

「かしこまりました」

「それにしても、シュベル様は一体何をなさろうとしているのか…」

  そう言うとクロノワールは、再び沈みゆく太陽へと目を向けた。



 然程さほど広くもない石造りの部屋の中に、数十人の甲冑かっちゅう姿の男達が整列していた。左右をそんな兵士達に囲まれた部屋の真ん中辺りでココロは両膝りょうひざを、大地は片膝かたひざをついてそれぞれ城主の登場を待っていた。

 床につけたひざから石の冷たさが伝わってくる。そんな姿勢になれていない大地は息苦しくなりチラリと隣のココロを盗み見る。ココロは平然とした様子ようすで静かに目をつむっている。

 そんなココロの態度に、大地は少し違和感いわかんを覚えた。と言うのも、この部屋に案内された時、立ち並ぶ兵士の姿を見たココロはひどく動揺どうようしたように動きを止めてしまったからだ。

 見れば顔は色を失くし、ただでさえ大きな目をいつも以上に見開き、気のせいか体も小刻こきざみに震えていたように思う。

 案内してきてくれたマヌバラが声を掛けうながさなければそのまま部屋の入口で石にでもなってしまうのではないかと思う程の取り乱しようであったのだ。

 それが、今では嘘のように落ち着き払っている。一体、あの時のココロの態度は何だったのであろうか?確かに狭い部屋に詰め込まれたような兵士の姿に圧倒はされたものの、ココロの態度はそれに驚いたと言うよりは何かにおびえているようにすら見えたのだったが。

 大地はココロから目を外し、顔を伏せたまま左右を囲むように立つ兵士達を見た。皆 そろいの甲冑かっちゅうを身に着けている。

 それにしても不思議なのはそのよろいの形だ。かぶとまではつけていないものの、それは大地がテレビや本でよく見る、いわゆる日本の鎧兜よろいかぶととよく似ていたのだ。

 籠手こて手甲てっこう、その他肩あての部分や太腿ふとももを守るような形状のもの。大地の家にあった五月人形もあんなのをつけていた。確か、大袖おおそでとか佩楯はいたてとか言うのではなかったか?

 先頭のリーダーらしき男は剣を持っている。りのある長刀だ。こちらも見るからに日本刀のような形をしている。

 改めてパラレルワールドの妙を感じながら、大地は正面に目を移した。自分達のかしずくく前には椅子が二脚並んで置かれている。やがてここに、国王夫婦が座るのだろう。その背後に開けられた窓から差し込む夜明け間もない日の光が、主不在の二脚の椅子に注がれていた。

 一体あとどれだけこの姿勢のまま待たされるのだろう?そんな思いに大地が小さくため息をついたその時であった。

皇后陛下こうごうへいかのおなりです!」

 そんな声が部屋に響いた途端とたん、両脇に立つ人形のように微動だにしなかった兵士達が一斉いっせいに手にした剣を胸元へそろえ、陛下出迎えの姿勢を取った。

 それと同時にココロが静かに頭を下げる。それを見た大地も慌ててココロを真似てぎこちなく頭を下げた。待つ程の事もなく石の床を踏む高らかな靴音くつおとが響き、自分達の前に置かれた椅子へ誰かが腰かける気配がした。

「旅のお方、大変お待たせいたしました。どうぞお顔をお上げになって」

 上品ながら明るい、どこか無邪気むじゃきな女の声がして、大地は恐る恐る顔を上げた。二脚並んだ椅子の向かって左側に、黒い服を身にまとった女が一人 肘掛ひじかけに手を置いて座っていた。興味深そうに身を乗り出してこちらを見ている。

「お目にかかれて光栄です、王妃様」

 ココロがいつもの彼女らしくもないしおらかな声で言った。顔には優雅な笑顔をたたえている。顔を上げてはいるが、その右手でまとった外套がいとうの前をしっかりとおさえている。

(あれじゃあせっかく着替えたのに服が見えないじゃないか)

 ココロのむしろ決して見せまいと体を隠しているようにも思える不自然な態勢を横目で盗み見ながら大地は頭の中で思った。

「こちらこそ光栄ですよ異国のお嬢様。失礼ながら我が王は体調がすぐれぬゆえ、本日の挨拶あいさつは遠慮させていただきます」

 黒い服の女はココロの態度を気にする様子ようすもなく華やかな声と笑顔で答えた。その頭上には金色のかんむりが差し込む陽光に照らされまぶしい程に光輝いていた。

「それは心配でございます。そんな中、王妃様にあってはわざわざのお目通り恐縮いたします」

「うむ。我はこの城の主、四代国王カンサルクが妻、エルフィン」

早速さっそくにありがとうございます。王妃様にあってはこのような旅の者を手厚くもてなしていただき、深く謝意を示すところでございます」

「うむ…。しかしそなた、その物言い。いずれの国の高貴な身分とお見受けするが…」

「高貴などとは恐れ多い。これはアスビティと申す小さな公国領主が娘、名をキイタと申します」

「はへ?」

 自分の名をキイタと口にしたココロに大地は驚きの声を上げ、思わずココロの顔を見た。だがココロの咳払せきばらいに慌てて再び顔を伏せた。

「アスビティ…?済まぬ、聞いた事がないが…」

 優雅にまゆひそめたエルフィンに、ココロは屈託くったくのない笑顔を向け、静かに答えた。

「世界にかんたるアガスティア王国にまで名も届かぬ程に、小さな公国でございます」

 するとエルフィン王妃は突然 狼狽うろたえたような声で言った。

「これは無礼をした。どのような小国であれ一国の公爵令嬢をこのような…。これ、誰か急ぎ椅子を用意しなさい」

 エルフィンの言葉に微動びどうだにしなかった兵士達がざわついた。すぐにその騒ぎを静めるべく隊長と思しき男が剣で強く床を打つと、大声で命じた。

皇后陛下こうごうへいかの命である、急ぎ椅子を!」

 その声に最も出口近くに立っていた兵士二名が飛ぶような勢いで部屋を出て行った。

「お気遣きづかいなく」

 ココロは相変わらずゆったりとした態度をくずさず今も笑っている。

「それにしても、その公爵令嬢のそなたが一体何故あのような刻限こくげんに…」

「これと言う理由もございません。公務とは名ばかりの物見遊山ものみゆさんではございましたが、少々行程を見誤り、町へ着く前に日が暮れてしまいました。お恥ずかしい限りでございます」

「そうであったか。そのような幼い身で、さぞ心細かった事であろう」

 心底同情の色を濃く見せてエルフィンがそう言った時、先程出て行った兵士二人が椅子を持って再び部屋へと入ってきた。彼らに椅子を取りに行くよう命じた隊長らしき男がつかつかとココロにそばに寄るとひざを折り、低頭のうえうやうやししく右手を差し伸べた。

「ご無礼申し上げましたご令嬢。失礼ながら、お手を」

「痛み入ります」

 ココロは自然な仕草しぐさで男の手に自分の手を重ねると、優雅に立ち上がった。すぐに一人の兵士がココロの後ろから椅子を差し入れる。ココロが静かに腰かけると、手を貸した隊長は深く一礼をした。

「ありがとう」

 ココロはあくまでも優雅な姿勢をくずす事なく軽く首をかしげるようにして笑顔で答えた。

「あ、あの…」

 大地は背後から掛けられた声に顔を上げる。見れば、もう一人の兵士が椅子を手におずおずと話し掛けてきていた。

「お客人も…」

「あ、うん…ありがとう」

 立ち上がった大地は兵士の差し出す椅子に腰掛けると笑顔で礼を言った。

「それにしてもキイタ殿」

 ココロの名をキイタと信じて疑わないエルフィンが声を掛けてきた。

「はい」

「そなたの国、何と申したか…」

「アスビティ公国と申します」

「さよう、そのアスビティと言う国はどのような所であるのか?」

「これと言って特筆すべき何もない、小さな公国にございます。気候は温暖にして、強いて申せば美しい自然の残る田舎いなかでございます」

「民は、平和に暮らしておりますか?」

「軍隊を持たぬ弱小の公国。近隣強国の庇護ひごをいただきお陰様かげさまをもちましてただ、平和だけが取り柄のような国でございます」

「そうか…」

 エルフィンは深く背もたれに身を預けるとため息をついた。

うらやましい事よの…。今となってはただ、その平和だけが何よりの贅沢ぜいたくであるものと痛感するばかりじゃ」

「そうでございましょうか?」

 相変わらず彼女をよく知る大地にとっては嘘っぽい笑顔を絶やさぬまま、ココロが小首をかしげる。そんな彼女を上目遣いにチラリと見たエルフィンは急にまた身を乗り出すと、力強い声で言った。

「そうでございますともキイタ殿。覚えておかれなさい、今平和の中に生きるあなた方には理解し難い事かもしれませぬが…。平和、平和に勝る財産などこの世のどこにもありはせぬと言う事。よいですか、決して、お忘れにならぬよう」

「そのお言葉、このキイタ深く胸にきざんで参ります」

 そう言ってココロは前を合わせた外套がいとうの上から自分の胸を芝居がかった仕草しぐさで押さえた。エルフィンは再び脱力したように背もたれに寄り掛かると何度目かのため息をついた。

「誠、どのような金銀財宝にも増して今はただ、平和のみを渇望かつぼうする毎日…。そなたの父上、アスビティの領主殿はうまく国を治めておられるのですね?」

「さあ、いかがなものでしょう?娘の私から見ても少々、のんびりに過ぎるようで、いささか頼りないようにも見えますが」

「その位で丁度良いのじゃ。国民に愛され、国土をはぐくむ愛があれば…。まったく、争いなどと言うものがこの世になければ王の資質など、優しさの度合いだけではかれるものを…」

 そう言って両手に顔を埋めるエルフィンの姿からは、単にココロへのお世辞せじとしてではなく、真に平和を求めている胸の内が見て取れた。








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