それぞれの思惑
●登場人物
・シルバー…鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。アスビティ公国公軍で若くして大隊長まで務めた優秀な軍人。融通の利かない堅物だが気持ちは優しい。
・ゴムンガ…アテイル四天王と呼ばれる首領格の一人で「剛の竜」の異名を持つ。人間離れした体格と怪力の持ち主。しかし戦いにおいては冷静で知略に長けた戦士。
・ダキルダ…アテイルの斥候。四天王を補佐する為にプレアーガ全土を飛び回る。旅の当初からココロに纏わりつく厄介な存在。クロノワール曰くアテイルの種族ではないらしいが、その正体は今だ不明。
・ハクザサ…フェズヴェティノス、オウオソの民の中でも特に優秀な戦士で構成された十一騎の一人。唯一白い体を持つ烏天狗で岩石すらも一刀両断にする剣の技量から「イシキリ」と言う異名で呼ばれる。
・アカツキ…同じくオウオソ十一騎の一人。赤茶けた羽毛で覆われている。
●前回までのあらすじ
ガイはキイタとアクーにアスビティ公国のもう一つの史実を伝える。それは「ソローニーアの乙女」の話しだった。
三百年前、マウニールの討伐隊がアガスティア国王一家を襲った際に一人レメルグレッタを出ていたアガスティア第一王女エミカは敵国マウニールの兵士を護衛として世界の平和を祈り深い洞窟に入った。
そこで平和と引き換えに自らの肉体を神に捧げた彼女の行動からその洞窟は悲しみの畔を意味する現地語、ソローニーアと呼ばれるようになった。
暴れまわるレヴレントがエイクの言う通りアガスティア国王を守ろうとする近衛兵士の霊ならば、ソローニーアに入ったエミカ王女の祈りを成就させる事でその呪いは解ける筈。これこそがガイの語るレヴレントの攻略作戦だった。
三百年前に死んだ王女を見つけ出し祈りを成就させると言う余りにも奇想天外なガイの発想に呆れ果てたアクーは怒りだすが、僅かでも可能性があるならばやってみるべきだとするキイタの言葉に渋々ソローニーアへ向かう事を承諾するのだった。
「何だと?今何と言った?」
巨大な山のような背中を見せたまま、アテイル四天王の一人ゴムンガは抑えた声で問い返した。その声音からは読み取れない大きな怒りを感じたダキルダは、一瞬声を詰まらせた。
「ク、クロノワール様からの命令です」
顔を伏せ、ダキルダは何とかそれだけを言った。重苦しい沈黙が場を支配する。ジルタラス共和国の外れ、ANTIQUE討伐の為未だに陣を解かずにその到着を待ちわびてきたゴムンガは、ダキルダの持ってきた指令に驚愕した。
「この場を退けと言うか?」
「いえ、陣を解けと仰っている訳ではなく次の指示を待て、と」
「…」
再びの沈黙の後、ゴムンガが静かに口を開いた。
「理由は?」
「…」
今度の質問にダキルダの答えは返らなかった。ゴムンガはニヤリと口元を歪ませた。
「兵隊に理由を伝える必要などない、と言う事か?クロノワールめ、何か思い違いをしているな」
「思い違い、でございますか?」
ダキルダが恐る恐る問い返すとゴムンガは漸く振り返り言った。
「小僧、貴様もよく覚えておけ。我ら四天王に上下などはない。悪知恵の働くズワルドは作戦 参謀、実行部隊が俺とメロの二人。そして、状況を見極め適切な指示を出す司令塔がクロノワールだ。我らはそれぞれに得意分野を生かし合理的な戦いを進める為のチームであり、決して上官と部下の関係ではない」
「わ、わかりました、ゴムンガ様」
誰が相手でも臆する事などないダキルダであったが、どうにもこのゴムンガと言う男は苦手であった。
見た目の通り粗野で、怪力だけが取り柄の木偶の棒ならばどうと言う事はなかった。それならば、過去に配下としていたアテイルのエルーランや直情型のメロ、野獣の性質を持ったフェズヴェティノスなどで経験済みだった。
しかし、このゴムンガと言う男はそんな単純な連中とは違った。理知的で理論的、慎重な思考型で冷静沈着。
その上で度を超す体格と、その体を包む鎧の如き盛り上がった筋肉。そんな体の上に乗った顔はまるで鬼そのものと言った形相だ。大きな口から発せられる地の底から響くような低い声。その全てが圧倒的な迫力を持って圧し掛かってくる。
このミスマッチはどうにも不気味で底の知れない恐怖をダキルダに感じさせた。もしかするとクロノワール以上に恐ろしい男かもしれない、そんな風にも思えた。
「わかったのなら言え。俺はクロノワールの出す指令には絶対的な信頼を置いている。奴が待てと言うのならば従おう。しかし!俺は待ち続けたのだ、俺の予想を覆しANTIQUEの連中がテリアンドスへ向かった時でさえ俺はここで待ち続けた!待ち続け、ようやく奴らが手の届く場所に現れた今になっての攻撃待機命令には、どのような意図があるのか?それを俺様にわかるように説明しろ。貴様の口から出た待機命令など明確な理由がなければ信じる事なぞできはせん」
上から覆い被さるように顔を近づけてきたゴムンガからダキルダは体を仰け反らせて身を退いた。
「申し上げます、こ、この指令には、シュベル様が関わっておいでです!」
我知らず怯えた声で伝えられたダキルダの言葉に、ゴムンガの表情が一瞬で変わった。
「シュベル様だと?」
身を起こしダキルダから離れたゴムンが呟いた。
「はい。実は今、シュベル様はこの地に降りておられます」
「どう言う事だ?」
「は。どうやら自分の意のままにならぬ種族をANTIQUEより先に自らの手で消滅させようとのお考えのご様子」
「意のままにならぬ種族?」
「この地に取り付く悪霊の類、レヴレントの事です」
ゴムンガの目がダキルダから離れた。何かを推し量るようにその瞳は小さく揺れていた。しかしそうした表情も僅かな時間で消え、ゴムンガは口元に不気味な笑みを浮かべた。
「意のままに、ならぬか…」
そう呟くと再びダキルダに背を向け歩きだした。
「ゴムンガ様?」
彼の行動の意味を掴みきれないダキルダは戸惑った声をその壁のように広い背中へ掛けた。ゴムンガの歩み去って行く先にはザシラルにいるズワルドから贈られた機械族、エクスヒャニク達が相変わらずガチャガチャと音を立てガラクタのように集まっていた。
ゴムンガはエクスヒャニク達のいる傍)に聳える巨大な岩山の前まで来ると、おもむろに背中に背負った重々しい剣を抜き放った。
ダキルダの腕では一抱えもありそうな柄を両手で握ると、精神を集中したゴムンガの気が高まっていくのが離れた場所にいてもわかった。
やがて頂点に達したゴムンガの気迫はその体から迸り、周囲の空気をビリビリと震わせ始めた。比喩的な表現ではない。事実、彼の足元に転がる小石などは小さな羽虫のようにその体を震わせ、跳ね回り始めている。
「これは…」
まずい、ダキルダはそう直感しゴムンガから距離を取ろうと身を退いた。その時だった、ゴムンガが静かに剣を持った両腕を頭上に掲げ始めた。
ダキルダは目を疑った。さっきまで彼の足元で小さく跳ね回っていた小石達が、ゴムンガが両腕を上げるのに合わせ重力を無視してゆっくりと浮き上がり始めたのだ。
それと呼応するようにゴムンガの両足が踏みしめる地面がベキベキと音を立ててひび割れ始めた。まるで上から想像を絶する圧力で圧し潰されているようであった。どう言う理屈なのか、ゴムンガの体が僅かに沈み始めているのだ。
何が起きているのかはさっぱりわからなかったが、とにかくここにいてはいけないと感じたダキルダは瞬時に自分の体を黒く輝く光の玉で包み込んだ。
ダキルダが緊急避難の姿勢を取ったその瞬間、ゴムンガが気合いと共に剣を握った両腕を右袈裟から振り下ろした。
後方へ振りぬいた剣が起こす突風のような衝撃にダキルダの方へ向かって凄まじい勢いで地面が抉れ始めた。
砕けた地面が走るように襲い掛かってくる。咄嗟に宙に避難したダキルダはその後の地獄のような光景を上空から見下ろす事になった。
ゴムンガの一振りが起こした剣圧により既に一部のエクスヒャニクの集団が金属の破片に変わっていた。従うべき主君からの突然の攻撃に戸惑うエクスヒャニク達の頭上で不気味な音が響き渡る。
ゴムンガの狙いは初めからエクスヒャニク達などではなかった。空気を切り裂いた彼の剣は、数千年の時をかけ地上に聳えた巨大な岩山を根元から崩したのだ。
絶叫を上げるエクスヒャニク達の上から、瓦礫と化した岩山が容赦なく襲い掛かる。機械人間達がなす術もなく巨大な砂煙の中に飲み込まれていく。
彼らの司令塔とされるクロノワールが剣の竜と呼ばれる以上、クロノワールの剣技は群を抜いていると思われたが、この一撃を目の当たりにしたダキルダにとって、知恵と経験、そして山をも砕く剣の腕を持つゴムンガは間違いなくそれ以上の存在だと思えた。正に、剛の竜と呼ばれるに相応しい、凄まじいまでの破壊力であった。
国中に響き渡るような轟音と、視界を覆う砂埃(すなぼこり)がようやく収まった時、巨大な岩山は波にさらわれた砂の城のようにその半分を崩されていた。
抜き身を片手に下げたままゴムンガはその瓦礫の山に一歩踏み出した。彼の踏む足元には無残に押し潰されたエクスヒャニク達の残骸が散見された。
空いた片手で大きな岩を動かしたゴムンガは、その下から両足を失ったエクスヒャニクを掴みだした。まだ頭脳は生きているらしく、目を光らせながらこの突然の暴挙の意味を問いただしていた。
ゴムンガがそれに答える事はなかったが、その背中から滲み出る感情をダキルダは嫌と言う程感じた。
(にじ) ゴムンガは怒っているのだ。ANTIQUEへの攻撃を待たされた事になのか、自分達アテイルがシュベルにとって「意のままになる種族」だと言われた事に対してなのか、理由はわからなかったがとにかく彼は怒っていた。
やり場のないその怒りを目の前の岩山にぶつけた結果が、この大惨事と言う訳だ。ダキルダは背中に冷たいものが走るのを感じた。
「小僧!」
「はっ!」
突然背中越しに呼ばれたダキルダは咄嗟に返事を返していた。
「こいつをズワルドの元へ送れ。新たな兵隊を寄こすように伝えさせるのだ」
「か、かしこまりました…」
すぐに返事をしたダキルダはゴムンガがゴミのように投げ捨てたエクスヒャニクの元へと舞い降りると、その体を黒い光の玉で包み込んだ。
「聞いたね?ズワルド殿にちゃんと伝えるんだよ?」
今にも電池が切れそうに明滅する壊れたエクスヒャニクの目を見ながら、ダキルダは言い聞かせた。すぐに皮肉な笑いを含んだゴムンガの声が飛んでくる。
「急ぐ事はないぞ、当分出番はないだろうからな。その代り、時間をかけてじっくりと戦闘向きの奴らを寄こすように伝えさせろ!」
「だってさ、わかったかい?ちゃんと伝えて、君はその体をザシラルで治してもらうといい。行っておいで」
ダキルダがそう言って両手を上げると、エクスヒャニクを包み込んだ光の玉は音もなく宙へ浮き上がり、次の瞬間シャボン玉が割れるようにその場から消え去った。
半壊したエクスヒャニクを無事送り出したダキルダは無意識にゴムンガの姿を探した。去って行く彼の大きな背中が少し離れた所に見える。
恐ろしい男だと改めてダキルダは思った。ズワルドに使いを出すと言う命令は遂行した。これ以上あの男を追いかけ、更に話し掛ける気にはなれなかった。
あちこちで押し潰され、破壊されたエクスヒャニクがショートを起こし火花を散らしている。そんな阿鼻叫喚の地獄の真ん中に佇んだままダキルダは黙って去って行く巨大な背中を見つめ続けた。
突然響き渡った足元の地面を揺るがす程の大音響に、シルバーは慌てて馬の手綱を引いた。
「何だ!?」
音源を見定めようと周囲を見回したシルバーであったが、目に見える範囲で特に異変は起きていなかった。そうしている内に正体不明の轟音は長い余韻を引きながらやがて消えていった。
「今のは…」
シルバーは暫くそのままの姿勢で不安げに周囲を見渡していたが、それ以上何も起こりそうもない事を悟ると一度馬から地面に降り立った。
足元の地面にじっと目を凝らす。ある、間違いなくまだ新しい車輪の痕が確認できた。ここに来るまでにももう何度もこのような作業を繰り返していた。
シルバーが走る道はココロと大地が消えた現場を離れる程しっかりとしてきていた。そこに残された車輪の痕も薄いながらも消えずに続いている。この分なら見失う事なく二人が行き着いた場所まで追跡できそうだった。
胸を支配する不安の中に僅かな希望を見出したシルバーは、再び馬の背に乗ろうと手綱に手を掛けた。その時、自分の走る道の先、一人の男が立っているのが目に入った。
シルバーは一度手にした手綱を離すと、軽いため息をついた後その男に向かい道を歩き始めた。相手はやや崩した姿勢で腕組みをし、シルバーが近づいて来るのをただ動かずに待っている。
広い袖口を絞った、どこかの国の民族衣装のような恰好をしている。それに背中に背負った短めの剣。
それはイーダスタからこのジルタラスに至る間、散々に自分達を苦しめてきたフェズヴェティノス、オウオソの民であった。
それも数多いるオウオソの中で唯一の白羽の姿は見間違う筈もなく、大地を翻弄したイシキリの異名を持つオウオソ、ハクザサであった。
シルバーは迷いなくハクザサへ近づきながら手を油断なく剣の柄に充てた。
「やあ」
声が届く距離まで近づいた時、ハクザサが微笑みながら言った。それを合図としたようにシルバーは足を止め、周囲に意識を向けた。
「俺の仲間達は手出しはしない、安心していいよ」
相変わらず腕を組んだままハクザサがシルバーの緊張を解すように言った。
「やはり、諦めてはいなかったか」
目の前に立つハクザサの目を睨みつけながらシルバーが言うと、ハクザサは一つ小さな笑いを零した。
「まあ諦める、って言うのとは少し違うかな?君達の追跡をアテイルの斥候とやらに邪魔されてね。体の小さな…、そう、ダキルダとか言ったかな?」
「ダキルダ…」
「くだらない、まあちょっとした条約みたいなものがあってね。この土地は今アテイル、竜の一族が統括しているんだ」
ハクザサの言葉にシルバーは一気に血の気が引くのを感じた。ただでさえ不死身のレヴレントに手を焼いていると言うのに、フェズヴェティノスのみならずあのアテイル一族までこの地にいると言うのか…。
今より人数が少なかったとは言え、ンダライの首都ハンデルにおいてアテイル四天王の一人メロが率いる少数部隊を相手に苦戦を強いられた記憶が蘇る。
「そんな絶望的な顔をしなさんな」
ハクザサは眉間に皺を寄せながら苦笑いをした。
「吉報を届けに来たんだ」
その言葉に今度はシルバーが口を歪めて笑った。
「フェズヴェティノスのお前が、私に吉報だと?」
「そう思うよ?何せ我らが種族の長であるオヤシロサマは此度の戦から手を引く決断を下された、って話だからね」
「何?」
「だから、我らフェズヴェティノスは地上の覇権争いにはもう関わらないって言ってるんだ」
それを聞いたシルバーはもう一度笑いを浮かべると言った。
「それを私に信じろと言うのか?」
「それはおたくの好きにしてよ。とにかく我々は地上 征服の為に人間を殺めるような事はもうしない。とは言うものの、この地上に対し執着はある」
「何が言いたい?」
ハクザサは何だか照れたような笑い声を立てた後、シルバーに顔を向けて静かに続けた。
「人間は変わってしまった…。これからも、どこにあっても、時の流れの中で君達は変わり続けていくだろう。だとしても我らにとって住みやすい世界、それに最も近いのは結局、表向き君達人間が統べる世界だ。君達が浮かれてこの現の世を支配した気になっている陰で我らは生き栄える…。要は、今まで通りが一番と思い至ったような次第」
相変わらず組んだ腕を解かぬままハクザサは言った。戦う意思を微塵も見せようとしない相手に、いつしかシルバーの左手も剣を放していた。
「とは言え、安心はしないでほしい。我々は我々の望む世が作られる事を求め続ける。それを邪魔だてしようとする者があれば容赦なくこれを切り捨てる。それが人間であろうと、竜の一族であろうと…。だから今 渦中にいる君達から目を離す事はない。決して、目を離す事はない。我々は君達の敵ではないがさりとて味方でもない…。わかるかな?」
ハクザサの問い掛けにしかしシルバーが答える事はなかった。正直、理解の範疇を超えていて答えようがなかったのだ。黙ったままのシルバーを暫く見つめていたハクザサは小さくため息をつくと更に言った。
「まあ、わからないならいいだろう。とにかく今、我らフェズヴェティノスの一族が君達と事を構える必要はなくなったと、まあそう言う訳だ。だが…」
そこで言葉を切ったハクザサは静かにシルバーの前から身をずらした。移動したハクザサの後ろからもう一人の男が音もなく現れた。同じく、オウオソであった。
ハクザサとは打って変わり、赤茶がかった黒い羽毛で全身を覆った、逞い体つきをしたオウオソだ。
「種族の方針はどうあれ、個人的にけじめをつけたい者もいるようでね。こうしてやってきた」
ハクザサの後ろから現れたオウオソはゆっくりとした足取りで砂利を踏みながらシルバーの前に進み出た。
「これは我らオウオソ十一騎が一人、アカツキと言う者。アカツキ兄さんはね、鋼の能力者、以前君が倒した我らが同志コクヤの兄として生を受けた者だ」
ハクザサの言葉を聞いた途端、シルバーは腰を落とし左足を後方に引いた。左手は再び腰の剣を掴んでいた。しかしそれでも目の前のオウオソは両手を下したまま静かに佇むだけだった。




