悲しみの畔
●登場人物
・キイタ…西の大国と呼ばれるンダライ王国の第二王女。火のANTIQUEに選ばれ能力者として仲間になった。人見知りで気の弱い少女。
・ガイ…アスビティ公国公軍の分隊長を務めていた男。雷のANTIQUEに選ばれた能力者。がさつだ気は優しく怪力の持ち主。
・アクー…イーダスタ共和国の森の中で意識不明で倒れていた少年。水のANTIQUEに選ばれていた。非常に冷静で博識だが過去の記憶を失っている。
・エイク…行商の帰り道にレヴレントに遭遇した不運な青年。行きがかり上キイタ達を安全な場所まで案内をする役目を担った。
●前回までのあらすじ
ジルタラスの荒野で突如レヴレントと呼ばれる死霊に襲われる能力者の一行。シルバー、キイタ、アクーの三人は必死にこれと交戦するも剣や弓はおろか命を持たぬレヴレントにはANTIQUEの能力すら通用しなかった。
不死身の敵に徐々に追い込まれていく仲間達にガイも怪我を押して参戦しようと覚悟を決めたその時、地平の彼方から昇る朝日に照らされたレヴレント達は一瞬にして砂へと姿を変え、消え失せてしまった。
落ち着きを取り戻した一行は偶然にも巻き込まれた一般人であるエイクからレヴレントの正体について話を聞く。彼によればそれは且つてこの地で死に絶えたアガスティアの近衛兵士達だと言う。
アガスティアとは宿敵マウニールとの戦争に敗れた過去に栄えた王国の事である。敗れたアガスティア、勝利したマウニール共にこの戦争で余りにも多くの犠牲者を出してしまい、生き残った両国の国民は手を取り合い、永久に戦争を放棄した平和な公国を築いた。そこまで話しを聞いたシルバーは何故か一人ココロと大地を捜しに行くと言い残し仲間の元を離れる。
キイタ達はその平和な公国こそココロ、シルバー、ガイの故郷であるアスビティ公国の事である事をガイの口から教えられる。
その時ガイがポツリと言った。もしエイクの言う通りレヴレントの正体が三百年前に滅ぼされたアガスティアの近衛兵士ならば、攻略の方法はあると。
「何とかなるって…」
ガイの意外な言葉をアク―が繰り返す。すぐにガイが澄ました顔で続けた。
「ただし、あくまでもレヴレントの正体がアガスティアの近衛兵だったとしたらの話しだぞ?」
「ガイ、詳しく聞かせてくれない?」
キイタがガイの顔を覗き込むようにして言った。
「ああ…」
ガイは頷くと、一度みんなから目を逸らし静かに呟いた。
「ソローニーアだ」
「え?」
レヴレント、レメルグレッタに続きまたしても聞き慣れない言葉が出てきた事にアク―が戸惑った声を出した。
「ああ、“悲しみの畔”の話か」
そう声を上げたのはエイクだった。
「エイクは知っているの?」
「うん、この場所には負けた国の王様が逃げ込んだレメルグレッタのの他に、もう一つ大きな洞窟があってね。そこには“祈りの乙女”の伝説が伝わっている」
キイタに訊かれたエイクが答える。
「戦禍がこの国に及んだ時、一人の少女が深い洞窟に入ってそこで不眠不休のうえ食事も採らず平和の為に祈り続けたんだそうだ。少女は浄化した体を神に捧げ、一身に苦痛を請け負う代償として多くの人々を苦しみから解放してほしいと願い、祈り続けた…。やがて戦争が終わり平和が訪れた時、人々は少女を救い出そうと…、例え救えなくともせめて遺体だけでもしっかりと葬ってやろうとその洞窟に入ったんだけど、何度挑戦しても必ず洞窟の中で迷い、結局少女の姿は二度と見る事はできなかったって言う…、まあ、そう言う伝説。その少女が入って行った洞窟の名前がソローニーアと言うんだ。ソローニーアは当時の現地語で、“悲しみの畔”と言う意味を持つんだよ」
「その洞窟と言うのは本当にあるの?」
キイタがエイクの顔を見て訊ねると、エイクは頷いた。
「うん、レメルグレッタもソローニーアも実在する大きな洞窟だよ」
「エイクの話はまるっきりの伝説なんかじゃないんだ…」
途中から話をエイクに譲っていたガイが再び話し出した。
「その証拠に、この辺りで祈りの乙女と呼ばれている少女の正体もはっきりしている」
「え、本当に?俺の聞いた話じゃ、当時のジルタラス人の女の子って事しか…」
エイクが言うとガイは一つ小さく笑った。
「なるほど、そんな風に伝わっているんだ。いや、違う。祈りの乙女は、現地人女性なんかじゃないんだ。それは、国王と一緒に逃げ落ちてきた国王の娘。アガスティアの第一王女の事だ」
「そうなの?」
「ああ。アスビティではこれは伝説ではなく史実として伝わっている。マウニールの討伐隊が、逃亡したアガスティア王家を追ってジルタラスに入って間もなく、激しい攻撃の為に一家とはぐれた国王の長女、エミカ王女。彼女は数人の兵士と共に敵に追われ、岩山深くへと迷いこんだんだ」
ガイは公軍入隊当時に習った国家創建の歴史を思い出しながら語った。
「味方は次々に倒れ、追われたエミカ王女は後にソローニーアと呼ばれる洞窟の入り口までやってきた。そこで二人の兵士と出会うんだ。それは自分を守る為についてきたアガスティアの兵ではなく、敵国であるマウニールの兵士だった」
ガイの語る話に、いつしか三人は言葉もなく聞き入っていた。
「二人の兵士の内、一人は老齢の男。もう一人はまだ若い新人の兵士で、名前を…、何て言ったかな?あ~…そう、オルテジアだ。二人の兵士は少女が敵国の王女エミカだと知ると、殺さずに捕らえようとした。しかしエミカ王女は二人にこう言った。自分は何とか今起きているこの戦いを終わらせたい、その為に自分ができる事は神へかしずき、祈る事だけだと…」
話し続けるガイにキイタが気が付いたように湯冷ましの入った器を手渡した。ガイは微笑んでそれを受け取ると、中身をゆっくりと喉に流し込んだ。
「エミカ王女は元々神に使える巫女の資質を色濃く持っていたと伝わっている。まだ若い敵国の王女の決意を聞いた二人の兵士は感動し、同感した。しかしそれと同時にこの場を逃れる為の口上と疑う事も出来た。そこで年取った方の兵士、う…ん、これもはっきりしてるんだが、すまん名前は忘れた。その兵士がこう言うんだ。無益な戦いを終わらせたいのはこちらも同じ。しかし、ここでみすみすあなた様を解き放つ訳にも参りません。ついては、このまま自分もこの場に残り、敵味方構わずあなたの祈りを邪魔だてする者あればこの身をもって阻止いたしましょう、と」
ガイは再び手に持つ器からぬるい湯を口に運び、唇を湿らせた。
「若いオルテジアは反対した。しかし、年取った兵士はそんなオルテジアに言ったんだ。敵とは言え高貴な身分の、それも自分の孫とも変わらぬ齢の少女が平和の為にその身を投げ出そうと言うのを捨てておく訳にはいかない。老い先短い自分はここで敵国の姫と運命を共にする。若いお前はすぐに仲間の元へ取って返し、この先に敵の姿はないと報告しろ。そして揺るぎない平和の訪れを確認するまで今日見た事を誰にも言ってはならない、と…」
話し疲れたのかガイは空を見上げるように一度上を向いた。日はもう随分と高く昇っていた。雲は多いが、冬を前にした清々(すが)しい空気が髪を撫でた。
「幸いオルテジアはこの戦争を生き残り国へ帰った。後年、彼はこの日起きた事を一冊の書物に残している。ただ、それが世に公表されたのは彼の死後だから国民がエミカ王女の最期を知るのはそれからまだ暫く経ってからだ。だからエイクが言ったようにエミカ王女を救おうと人々が洞窟に入ったんじゃなくて、アスビティ公国が創建された後に歴史家や探検家がエミカ王女の姿を求めて洞窟に侵入した、ってのが事実でな。しかし洞窟に入った誰もが道に迷い、結果オルテジア文書の真偽の程は今もって解明されていないのは確かだ」
ガイの語る長い話しに聴いている誰もが無言を貫いていた。
「戦争なんだから当たり前だけど…。悲しい話だね」
やがてエイクががポツリと言った。
「恥ずかしい話だがな。マウニールとアガスティアの戦いは被害者の数だけで見ればプレアーガの歴史上 屈指の激戦だった。今の話は一国の王女が辿った末路として有名な悲劇だが、この戦いで残されたエピソードは他にもたくさんあるんだ。どれもこれも誇れるような話じゃあない。醜くって、悲しくって…。だからアスビティは他のどの国よりも戦争を憎み、公国として現在も戦争放棄を掲げ続けているんだ」
「やっぱり戦争はいけないね。絶対に起こしてはいけない…」
キイタがポツリと言った。旅の途中に出会った戦争難民であるアリオス達に、いつか国へ帰り戦争のない国を作ってみせると約束した事が思い出される。
国へ帰る事ができると地にひれ伏して号泣した屈強の男達、その嗚咽が耳に蘇るようでキイタは涙が滲むのを覚え、慌てて顔を三人から背けた。
「戦争の後、勝ったマウニール王国の国王は生前退位をし、若い王子にその地位を譲った。王座を譲り受けた長子ドナルは、国王の座を捨て公国の領主となった。その妃となったのがレメルグレッタの洞窟から逃げ出したアガスティア王国第二王女であるココロだ」
「ココロ?」
今まで黙っていたアクーが意外な名前に驚いた声を上げると、キイタが思い出したように言った。
「ああ、そう言えばいつだったかココロの名前は歴史上の偉人にあやかってつけられたって…」
「それが初代ココロ妃の事だ。敵国の王子の元へ嫁いだココロ妃はそれでも深く夫を理解し、夫婦手を携えて国家創建に尽力したと言う。実はアスビティ公国 創建後間もなくドナル一世は若くして病死してしまうのだが、残されたココロ妃は彼の遺志を継いで国家運営に邁進した。アスビティの礎を作ったのがドナルなら、それを実現していったのは妃であったとされる。だから今でも初代ココロはアスビティ公国 創建の母と呼ばれ、それこそ伝説的な存在として語り継がれているんだ」
ガイが話し終えるとアクーが大きなため息をついた。
「いやぁ感心したよ、いやホント。正に国に歴史ありだね。しかもそれを語るのがメンバー随一の脳筋野郎だってところが二重の驚きを伴って感動すら覚えたよ」
「ん?…褒められたか?俺」
「褒めてる褒めてる。褒めてるし話しはべらぼうに面白かったけど、そろそろ本題に戻ろうよガイ」
「本題?」
「や、やだなぁ、肝心なのはアスビティ公国の歴史でなくってあのレヴレント達をどうにかしよぉ、って話の方でしょう?」
「おお、そうだった!」
「そう言えば」
「つい話に引き込まれちゃって…」
アクーの指摘にガイのみならず、キイタとエイクまでがハッと気が付いたような声を出した。
「しっかりしてよみんな。で、ガイの言うレヴレントを何とかできるかもしれない方法、ってのは?」
「うん。つまりソローニーアだ」
「………え?」
「エミカ王女を見つけ出す」
真剣な顔で自分を見つめて言うガイにアクーはすぐに答えを返せずにいた。
「え、え~~~っと。ガイ、僕はそのぅ、レヴレントの攻略法を聞きたいんだけど…」
アクーが言うとガイはキョトンとした顔を上げた。
「どうしたアクー、急におバカさんになっちゃったのか?」
「あはは、そうかもぉ。わかるように言ってもらえるかな?」
「しょうがねぇなあ、いいか?エミカ王女は戦争を終わらせようと祈りの乙女に身を変えた」
「うん」
「しかし今もってなおアガスティアの兵士は幽霊となって戦っている」
「うん」
「俺が思うにあのレヴレント達にとって戦争はまだ終わっちゃいないんだ。だから、国王達の傍に近づこうとする奴等に見境なく襲い掛かるんだよ。自分達が既にこの世の者ではない事にも気が付かず、未だに忠義を果たそうと剣を振るっているんだ」
「な、なるほど…」
「つまり…」
「つまり?」
「エミカ王女の祈りはまだ成就されていない」
「はあ」
「エミカ王女を見つけ出し祈りを成就させる。アガスティアの兵士達に役目が終わった事を悟らせ、この地を離れてもらうんだ。そうすりゃ戦う事なくレヴレント達は一気に姿を消すだろう?万事解決、万々歳って寸法だ」
言うとガイは力強く右手の親指を立てて見せた。対照的にアクーの顔からはみるみる表情が消えていった。
「どうよ?」
意を得たりと言った笑顔で訊いてくるガイの額にアクーはそっと手を当てた。
「ん?この手は何だ?」
「いや、おかしいな?また熱が上がったのかと思ったんだけど」
アクーが言うとガイはいきなりその手を払い飛ばして叫んだ。
「どう言う意味だ!」
「どうもこうもあるか!期待した僕がバカだったよ!本当におバカさんだったよ!何だそれ?ちょっと気の利いた面白話か?三百年前に死んだお姫様に会いに行って、幽霊の気持ちを収めてやっとくれとお願いしに行くって?お前どんだけ頭悪いんだよ!?」
一瞬でもガイの言うレヴレント対策を本気で聞こうとした自分に腹が立ったアクーは怒りのまま捲し立てた。ガイが満足に動けないのをいい事にその頭をペシペシと何度も叩く。
「痛ぇ!痛ぇなこの野郎!ちょ、ちょっと待て、話しを聞け!」
「ほほう、この上まだ僕に話しを聞けと?いまだかつてない程の時間の浪費をしたうえ、間抜けな期待に究極の自己嫌悪に陥っているこの僕に、今度は一体どんな素敵な物語りを聞かせてくれ気だこの野郎!」
「アクー、アクー!暴力はダメ!怪我人、怪我人!」
ギリギリと万力のようにガイの頬を抓りながら言うアクーをキイタが必死に止めている。
「イテテテテテテテ!ま、待て!だって、レヴレントがいるだろうが!」
頬の肉を捻じり切られる恐怖に慄きながらガイが喚く。
「あ?」
低い声で言うとアクーはようやく手の力を緩めた。痛みから解放されたガイは両手で自分の頬を撫で擦りながら大きなため息をついた。
「レヴレントがいるって、だから何だよ?」
アクーが冷たい声で言うのを聞いているのかいないのか、ガイはまるで何かを確認するように右腕の肘を何度も曲げたり伸ばしたりし始めた。そうしながら彼は答えた。
「いや、だから俺だってまともな時ならこんなお伽噺みたいな事ぁ言いやしねえよ。でもよ、今って何一つまともじゃあねえだろうがよ?」
「何が言いたいの?」
「何がって…、じゃあお前、甲冑姿の亡霊が夜な夜な歩き回っちゃ人様に襲い掛かるなんて、そんな話し聞いたらどう思うよ?え?それだけじゃねえ、美人の娘が狸やら蛇やらにポンポン変身するわ、自然の精霊が俺の横で一生懸命に怪我を治そうとしているわ」
そこでガイはふと、おとなしく聞いているエイクの顔を見ると言った。
「この辺、お前ついて来なくっていいからな?」
「え?あ、うん…。何の事やらさっぱり」
エイクの返事に一つ頷き返したガイは再び顔をアクーに戻すと続けた。
「お前はあの亡霊達と戦ったんだから今更幽霊の存在を否定はしねえよな?実際、今日まで俺達が経験した事はどうだ?何一つまともな事なんかありゃあしねえ。そんな時に常識に捕らわれる奴の方が俺はどうかしてると思うぜ?」
ガイの反撃にアクーは言葉を詰まらせ、たじろいで身を退いた。
「根拠だってある。エイクの話からあの亡霊の正体はかつて滅亡したアガスティア王国の兵士が今もなお主君を守ろうとしている姿だって可能性が出てきた。その可能性に賭けるなら!それを封じ込める事ができるのはエミカ王女の祈りを置いて他にはない」
話の内容は荒唐無稽な夢物語である事に変わりはない、しかしここまで理論立てて話されると確かに他に方法はないように感じられてきた。
「ハっ!いいいいや、いいや!危うく言いくるめられるところだった!」
アク―は激しく首を左右に振ると気を取り直して言い返した。
「なるほど、確かに浮かばれない霊を昇天させるのが一番の方法かもしれないけど、でも、エミカ王女がその洞窟で本当に祈りの乙女になったかどうかの確証なんてないでしょう?」
「まあな」
アク―の反撃にガイはしらっとした声で答えた。
「アスビティ公国ができたばかりの頃、どうしても負けたアガスティアの国民達は立場が弱かった。しかし両国の王子と王女が結婚して成った国だ。そこに横たわる憎しみやわだかまりは一早く消してしまわなくてはならなかった。敗戦国の王女と敵国の兵士による立場を超えた悲劇と言うエミカ王女の末路は両国々民の絆を深める為には丁度いい美談だ。歴史学者の中にはそれを目的とした虚構だと言う者もいた。そればかりか、実はエミカ王女はその場で惨殺されていて、その罪を逃れる為にオルテジアかその子孫がでっち上げた話だとする説もある」
ガイは今度は何のつもりかしきりに自分の左足を擦りながら淡々と救いのない話しをした。
「でしょう?そっちの方がずっと説得力があるよ!僕は断然ソローニーアに入ってもエミカ王女なんて見つけられない方に賭けるね!」
「でも…」
アク―の熱弁に水を差すようにキイタが口を挟んだ。
「え?」
「他に何かある?あのレヴレント達を鎮める方法」
「ちょっと?ちょっと何を言い出したのかなキイタまで」
「あのね、アク―」
「はい、何でしょう?」
「そんな怖い顔しないでよ。アク―の矢でもフェルディの火でも倒す事ができないレヴレントの唯一の攻略方法が、エミカ王女の祈りの成就だとするなら、試してみる価値があると私は思うわ」
アク―が言い返そうと口を開きかけるのに、キイタはそれを言わせずすぐに言葉をつないだ。
「だってね!だって、確かにそんな伝説なんかに頼ったって解決する可能性は低いとは思うわよ?でも、今の私達の力ではレヴレントを倒せない事の方がもっとはっきりとした現実じゃない?」
「ぐ…っ!」
自身が理論派なだけに理路整然と説得されるとアク―は弱かった。ガイの話しは飛び過ぎているとしても、キイタに突かれた図星はかなり響いたようだ。最早議論では勝てない事を悟ったアク―は最後の反撃を試みた。
「で、でも!じゃあそのソローニーアなんて、どこにあんのさ?その場所を誰か知ってるの?」
「ああ、それは俺が~」
今まで黙って話を聞いていたエイクがのんびりとした動きで手を上げた。
「知ってんのかよ!」
「まあ、場所は知ってる」
「で、でも例えそうでも日の高い内に着けなければ…」
「それ程遠くはない」
「………!」
エイクの言葉が止めとなり、ようやくアク―は黙り込んだ。
「エイク、じゃあそのソローニーアまで私達を案内する事はできる?」
「まあ、道はわかるけど」
「やった!」
「でもやだよ」
喜んで手を叩くキイタにエイクは感情の籠らない声で言った。
「え?」
「俺、案内なんかすんのやだよ」
「な、何で?」
「だって俺、ほら、さっきのシルバーだっけ?あの人と、君達を日のある内に安全な所へ案内してくれと頼まれたんだもの。安全な所、って言うのがレヴレントが出ない場所って言う意味なら、ソローニーアなんかに連れてけないよ」
「で、でもソローニーアはここからそんなに遠くはないんでしょう?」
「遠くはないよ。でも洞窟の中を探検する気なんでしょ?そんな事している内に日は沈む」
「でも、行った人はみんな道に迷って結局 諦めて帰ってきたんでしょ?こんな事言うのもなんだけど、どうせ私達だって…」
「例え夜になる前に洞窟から出られたとしても、そこから安全な場所まで移動している内にどうせ日が暮れる、同じ事だよ」
「あ…」
今度はキイタがエイクに言いくるめられ、押し黙る番だった。しかしキイタが論破されるやいなやすぐにガイが言った。
「ならこうしようエイク、お前は俺達を洞窟まで案内してくれればそれでいい。案内が終わったらお前はすぐ村に向かって出発しろよ。な?それなら、大丈夫だろう?」
「まあ、それなら夕方までには家に帰れると思うけど。だけど、そしたらあんた達は?」
「俺らの事は心配するな」
「でも、それじゃあシルバーとの約束を破る事になる」
「何言ってんだ、家に帰っちまえばそんなの関係ねえよ。お前はこの先二度とシルバーになんか会いやしねえんだから」
「こう言う時は本当によく舌が回ると言うか…」
ガイの小賢しい説得にアク―が呆れた声を出した。
「な、どうだ?」
アク―の小言を無視してガイは重ねてエイクに訊いた。
「うん…。まあ、それなら…」
「よし、決まりだ!」
ガイが片目をつぶって親指を立てる。
「でも、そう言う事なら急いでね。俺は一刻も早く村に帰りたいんだから」
「おう、早速準備をしよう。キイタ、アク―!」
「偉そうに命令しないでよ、今準備に一番時間が掛かるのは君でしょうが」
「まあ確かにな」
そう言いながらガイは愛用の剣を杖代わりにして立ち上がった。
「ガイ!立てるの?」
キイタが大きな目を更に広げて叫んだ。
「ああ、どうもさっきから痛みがどんどん引いてきてな。腕の方はもう何ともなく動く」
どうやら先程からガイが腕を動かしたり足を擦ったりしていたのは痛みが消えていったからだったようだ。アク―はそっとガイの傍に寄り添うウナジュウを見た。その視線に気が付いたウナジュウもアク―を見返す。
(当分、雷の力は期待しないでくれ)
アク―の頭の中にウナジュウの声が響いた。
「え?」
(ガイを回復させる為、力を使い果たした…。俺は少し、休ませてもらう)
そう言い終えるとウナジュウは眩い光に姿を変え、ガイの右手に光る指輪の中へと吸い込まれるように消えていった。
「足はまだちゃんとは動かねえけどな、息苦しさや胸の痛みは殆どない。これなら一人で馬にだって乗れるさ」
「信じられない…。本当に一晩寝たら治りやがった…」
そう呟いたアク―は自分の言葉にハッとした。
「い、いいいいいや、違う違う!治ってなんかいない。いいかいガイ?確かに常識じゃ考えられない位の早さで回復はしているだろうけど、治っちゃいないんだからね?万が一フェズヴェティノスと遭遇したとしても、絶対に戦ったりしちゃダメなんだからね?」
「わかってるわかってる」
「本当にわかってる?」
ガイは心配そうに自分を見上げるアク―の顔を見てため息をついた。
「今の自分がフェズヴェティノスとまともに戦える体かどうかなんて、俺自身が一番よくわかってるよ。大丈夫だ、それでも俺を見捨てずに残ってくれたウナジュウの為にも、こんな所で犬死する気はねえよ」
「犬って言うな!」
「え、何?ごめん!」
いきなり大声を出して怒り出したアク―に、その意味がわからないままガイは咄嗟に謝った。
「あ、いや何でもない…」
ガイの驚いた顔に我に返ったアク―は、慌てて顔を逸らした。
「ま、まあとにかく…」
訳がわからないままガイは気を取り直すと言った。
「戦いたくても戦えない、体も動かないがそれ以上にこいつがもうそんな状態じゃねえんだ」
言いながらガイは自分を支える自慢の大刀を軽く手で叩いて言った。
「え?」
ガイの以外な言葉にアク―が不安げな顔を上げる。
「昨夜の戦いでな、もうボロボロの鈍になっちまった」
「本当に?」
「ああ、大根すら切れやしねえだろうさ。次の町で研ぎ屋に出すか…、できれば新しいのを買う方がいいだろうな。今じゃ俺の杖以上の仕事はできねえのよ、こいつ」
「何て事…」
アク―が茫然とした顔で呟いた。
「だからよ、敵が出てきたら戦うのはお前に任せるよ、相棒」
「ちょっと―!手伝ってよー!」
一人で出発の準備を進めていたキイタが遠くから叫んだ。
「あいよ~!よ―――し、出発、出発~ぅ!」
ガイは手を振りながらキイタの方に向かう。殆ど動いていない左足を引きずりながら。
それでもアク―はキイタの声が聞こえないかのように立ち竦んだまま動かなかった。三種の魔族であるフェズヴェティノスと自慢の矢がまったく通じないレヴレント。シルバーも大地もおらず、ガイは重症を負ったまま武器もない。そのうえウナジュウの力まで封じられている。
次に敵が襲ってきた時、その戦いの先頭に立つのは間違いなく自分自身だ。そう思い至ったアク―の胸に大きな不安が渦巻いていた。




