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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
117/440

ラディレンドルブルット

●登場人物

・ココロ…アスビティ公国公爵の娘。お転婆で甘えん坊な女の子であったが、始まりの存在と出会いANTIQUEのリーダーとして旅立つ事になった。

・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。頭脳明晰、スポーツ万能、冷静沈着。その上勇気と優しさを併せ持つが幽霊が最大の弱点。


・マヌバラ…ラディレンドルブルットの女中頭。

・ジュディ…ラディレンドルブルットの女中。

・御者…ラディレンドルブルットの御者。



前回までのあらすじ

 追い掛けてくるレヴレントを振り切り何とか崖の上まで戻る事ができたシルバーは、行きがかり上助ける事になったエイクから現在地を聞き愕然とする。何とそこは自分がココロと共に旅立ったアスビティ公国北端と国境を接するジルタラス共和国南境界線付近だと言う。

 今日までの旅がほぼ振り出しに戻った事にショックを受け、自分達をここへ追いやったフェズヴェティノスへの恨み言を吐くシルバーに部下であるガイの激励が飛ぶ。

 立ち上がる事すらできない重症を負ったガイは、決して弱音を吐かずシルバーに誰かを恨んでいる暇があったら今すぐにでも出発しようと持ち掛ける。

 ガイの不屈の闘志に触れたシルバーは励まされるが、旅立とうにも肝心のココロが行方不明になったままだ。怪我をしたガイの治療の為にはアクーの知識とキイタの灯の能力は不可欠だ。そう考えたシルバーは、アクー一人にここの守りを託す不安と戦いながらも一人ココロと大地を捜す為に出掛ける決意を固める。

 しかしそんな彼らの前に、シルバーとエイクを追って崖を這い上って来たレヴレントが襲い掛かって来た。シルバーの剣がその身を裂き、アクーの矢が脳天を射貫き、キイタの炎が全身を焼いてもレヴレント達は死ななかった。

 一切の攻撃が通用しないレヴレント達は次々に崖を登り群れとなって襲って来る。今まで戦った事のない敵を相手に三人は徐々に劣勢を強いられる事に…。








「到着でございます」

 相変わらず低い御者ぎょしゃの声にココロはハッとして顔上げた。気が付けば馬車は停まっていた。

「ここは?」

「ラディレンドルブルットでございます」

「ラディ…え?」

「お足元にお気をつけてお降りください」

 御者ぎょしゃがそう言うと同時に左手のドアが外から引き開けられた。馬車の外はまだ暗かった。

「お早く」

 なかなか降りようとしないココロに御者ぎょしゃが声を掛ける。心なしかあせりをふくんでいるように聞こえる言い方であった。

「大地、大地着いたよ。降りるよ」

 頭を抱えたまま動かない大地にココロは優しく声を掛けた。

「あ…」

「え?」

「アレは、もういない?」

 大地の言う「アレ」とはさっきの幽霊達の事だろう。確信の持てないココロはそっと御者ぎょしゃの背中を見た。肩越しに向けられた彼の顔が無言でうなずく。

「大丈夫みたい、いないって」

「本当に?」

 恐る恐る上げられた大地の顔はすっかり血の気が失せていた。その顔を見たココロは小さくため息をつくと大地に背を向け、馬車の外に体を半分乗り出して周囲を見回した。

「ココロ、ココロ!」

 大地が慌てたようにココロの服をつかむ。

「大丈夫」

 ココロはゆっくり馬車から地面へと降りた。気が付けば周りが見える。さっきはあれ程真っ暗であったが今はぼんやりとではあるが視界が利いた。どうやら夜明けが近いらしい。

「ほら、大丈夫だよ」

 朝霧あさぎりの立ち込める中でココロは未だに馬車から降りようとしない大地に向き直ると、大きく両手を広げて見せた。

「本当に?」

 大地がもう一度聞くと、御者ぎょしゃが再び声を掛けてきた。

「時がございません。どうかお早く、どうか」

 先程までの落ち着いた声と打って変わり、切羽詰せっぱつままった口調で大地をうながす。その声に背中を押されるように渋々と大地は馬車から地面へと降り立った。その背中で馬車のドアが荒々しく閉められた。

「うひゃぁ!」

 ドアの閉まる大きな音に驚いた大地は、ココロに抱き着くようにして振り返った。馬車は降りた二人の客には目もくれず物凄ものすごい早さで走り去って行った。まるで、何かに追い立てられ、逃げ去って行くようなスピードであった。

「ちょっと大地」

「な、何?」

「苦しいんだけど」

「わかってる、わかってるけど…、ごめん」

 いつまでも抱き着いて離れない大地にココロがいい加減うんざりしたような声を出したが、それでも大地はココロから離れようとしなかった。

「なっさけねーな、大地」

 まだわずかに震えの残る大地の右肩からテテメコがひょっこりと顔を出しからかい始めた。

「う、うるせー!」

「全然怖くねえし、あーかっちょ悪、だっせー、うっぜー、はぁんかくせー」

「黙れ!」

 大地は右肩に乗るテテメコの頭を力いっぱいこぶしなぐりつけた。

「はは~ん?痛くもかゆくもございませんがぁ?」

「むかつく…」

「大地」

 二人のどつき漫才まんざいのようなやりとりを無視してココロが声を掛けてくる。呼ばれて振り向いた大地は、ココロと同じ方向を見て驚いた。

 明けきらぬ夜の闇と立ち込める朝霧あさぎりに隠され今まで気が付かなかったが、二人の目の前には優に五mは超えていると思われる巨大な鉄柵てっさくの門がそびええ立っていた。

「ここは…」

 ココロの横に並んで立った大地は口を開けたまま門を見上げながら言った。どうやらテテメコとのやりとりのお蔭で多少正気を取り戻したようだった。

「ラディレンドル、ブルット…」

「え?」

 ココロのつぶやきに大地がその横顔に目を向ける。ココロも大地の顔を見て答えた。

「さっきの御者ぎょしゃさんが確かそう言っていたはず

「ラ、ラ…何だって?」

「正確な発音は私もよくわからないけど…。確か西諸国の古い言葉で、“城”を意味する単語だったと思う」

「城…?一体誰の?」

「わからない、こんな辺境の地に…。随分ずぶんと古そうだけど、今も人は住んでいるのかしら?」

「あれじゃないかな?この辺の地主さんとか、領主さんとか、村長さんとか…。城って、必ずしも王様や殿様が住んでいる家だけを指す言葉でもなかったりするし」

 大地の言葉を聞いているのかいないのか、高い門を見上げながらそれでもココロは無言で何度かうなずいていた。

 その時だった、二人のすぐ目の前でカチャカチャと金属の触れ合う音がし始めた。

「あひゃぃ!」

 一度は冷静さを取り戻した大地であったが、突然聞こえてきた音にビクリと体をらすと再びココロに身を寄せて来た。

 やがてびついたような重々しい音を辺りに響かせながら、目の前の巨大な門がゆっくりとこちら側に向かって開き始めた。濃い霧(霧)の向こうに、ユラユラと揺(霧)(ゆ)れているのはどうやら火の灯された蝋燭ろうそくの灯りらしかった。

「お待ちしておりました、旅のお方」

 きりの中から若い女性の声が聞こえてくる。

「外は危険です。さあ、中へ」

「危険?え、危険なの?」

 燭台しょくだいを手に門の近くにたたずむ若い女の言葉に大地が食いついた。

「入ろココロ、早く入ろ、危険なんだってぇ、さあ入ろう」

「ちょ、大地押さないでよ、入るから」

 ココロの背中を押しながら大地はいそいそと門の内側へと入った。グレーの服をまとった女は、自分の前を行き過ぎる二人を笑顔で見ていた。やがて二人が完全に敷地しきちの中に入ったのを確かめると重々しい鉄扉てっぴを再び厳重げんじゅうに閉じた。

「ようこそ旅の方、私はジュディ。どうぞこちらへ、城内へご案内いたします」

門を施錠せじょうした女が鍵束かぎたばをジャラリと鳴らしながら笑顔で振り向いた。女は再び二人を追い抜くと先に立って歩き始めた。

 そこには巨大な木がおおかぶさるように何十本も生えており、鬱蒼うっそうとした森を作っていた。

 あれ程までに荒涼こうりょうとした景色の続いたこの国の片隅かたすみ、なぜここにだけこんなにも巨大な木がたくさん生えているのか。庭木などと言う生易なまやさしいものではない、正に森と言っても過言ではなかった。大地とココロは妙な緊張感に包まれながらジュディの案内に従って石畳敷いしだたみじきの小道を歩いた。

「あれ?」

「え?」

 突然声を上げた大地にココロが振り返った。

「どうしたの大地?」

「うん、いや…。あそこの窓…、誰かがいたような…」

「え?」

 見ればそこには巨大な石を組み上げて作った建造物があった。二人が見上げる先にはいくつかの窓が並んでいたが、今それらは全てカーテンがかかり、中をうかがう事は出来なかった。

「誰もいないじゃない、カーテン閉まってるし」

「いや、俺が見たらカーテンが丁度閉じる所だったんだよ」

「またぁ、もぉ。枯れ尾花の類じゃないの?」

「やめてよ。気のせいだったかなぁ?」

 生まれて以来最大級と言っていい程の恐怖を味わった直後だ、過敏かびんになっているだけなのかもしれない。大地はそんな風に考え、特に気にもせず前へ進んだ。

 建物は見えているのにその入り口は未だに見えて来ない。門から玄関までこんなに時間が掛かるなど、現代日本に暮らす大地には考えられない事だった。

 ココロは二人を先導して歩くジュディの後ろ姿をじっと見ていた。灰色のワンピースの上から白い前掛けをしている。どう見てもメイド服であったが異様にデザインが古い。歴史の教科書にでも出てきそうな服だ。

 あの荒涼とした風景を見る限り、文明の発達が進んだ国とも思えない。これが主流なのか、それともえて古いデザインを着こなす事が流行っているのか。若く、スタイルのいい娘とその如何いかにも古めかしいデザインの服との間にココロは妙な違和感を感じた。

「お待ちしてました、って言いましたね?」

「は?」

 突然ココロは前をジュディに声を掛けた。彼女は歩みをゆるめ、半身を向けてき返してきた。

「私達が門の前にいた時、お待ちしていました旅の方、みたいな事言いませんでした?」

「あ、はい」

 歩みを止めぬままジュディは軽く微笑みながら答えた。

「なぜ私達が来るのが分かったの?」

「なぜ、とかれましても…。ここはこのような辺境、ご来客は大変珍しい事で。ごくまれに旅の方がひと夜の宿をお求めになったり、道に迷った方が助けを求めに来られたり…」

 それは質問の答えにはなっていなかったが、おっとりとした口調で話す女の話しをココロはしばらく聞いてみようと思い口を挟まずにいた。

「そんな折には、予兆よちょうがあるもののようです」

予兆よちょう?」

「はい」

予兆よちょうってどんな?」

「さあ、私などはただの女中に過ぎませんもので…。当邸とうていの女中頭にお客様をお迎えに上がるよう命じられるばかり。その詳しい仕組みなどはとんと知ってはおりません」

「ふ~ん…」

 今一つ納得のいかなかったココロは気の抜けたような返事をした。

「ああ、ご覧ください。あちらが玄関となっております」

 軽く振り向いたジュディが優雅に差し伸べた手の先にはやや開けた場所があり、そこに巨大な建造物が見えてきた。その中心にはこれもまた相当に重々しい木の扉がはめ込まれていた。

 ジュディは長いスカートをつまむように持ちながら石段を登って行った。登る間は、火のついた蝋燭ろうそくをやや後方に向け、大地とココロの足元を照らしてくれていた。

 大地とココロの二人が石段を登り切ったのを見届けたジュディは扉に取り付けられたノッカーを三度ならした。彼女が軽く身を退くと、木の扉が内開きに引き開けられた。

「ようこそお越しくださいました」

 開かれた扉の奥ではジュディと同じく灰色の服を身にまとった中年の女が立ち、にこやかに二人を出迎えた。中年の女の後ろには更に二~三人の同じ服を着た女達が手に手に火のついた蝋燭ろうそくを持ってたたずんでいる。

 出迎えてくれた女の柔らかな笑顔に比べ、後方の女達は皆一様に押し黙り、顔を伏せていた。蝋燭ろうそくの灯りが作り出す陰に隠れ、うつむけられたその表情は読み取れなかった。

 城の決まりとは言えこのような時間に訪問を受けたのだ、誰も彼もが上機嫌でいられる訳もないだろうとココロはさして気にも留めなかった。

「さあ、どうぞ中へ」

 言われるまま建物の中に入った大地はその暖かさに、改めて外の気温が低い事を思い知らされた。ほぅっと体から緊張が解けていくのがわかる。

「お疲れな事でございましょう。お部屋へご案内いたします。小さなものですがお風呂もついておりますよ。ほこりを落としていただきましたら軽いお食事をご用意いたしましょう。さあさあ、こちらへ」

 女が歩き出すと一人の女中が先導するように灯りをかかげて動き出した。他の女達は道を開けるように音もなく身を退いた。

「あなた達ぐずぐずしないで。すぐにお客様のお食事を温めなさい」

 中年の女はその場に残った若い女達に命じると、再び愛想のよい笑顔になって大地とココロを奥へと案内し始めた。

「人手が足らないもので、失礼をいたしました」

 先を歩く女が言い訳がましく言った。

「何かとご不便をお掛けする事もあろうかと思いますが、ご滞在たいざい中はどうぞゆっくりとお体をお休めくださいね」

「あ、いえ、どうも…」

 ココロは恐縮して答えた。暗く長い廊下を歩くと、やがて石でできた螺旋らせん階段が現れた。二人の女は何も言わずにその階段を登り始めた。大地とココロも黙って後に続く。

 階段を登る途中途中の壁には松明たいまつかかげられ、そのすぐ脇には決まって大きな肖像画しょうぞうがが飾られていた。どれも立派な服を身に着けた男性の絵であった。

「これは?」

 肖像画しょうぞうがを見上げながらココロがたずねる。

「はい?ああ、この肖像画しょうぞうがでございますか?当家代々の城主でございます」

随分ずいぶんと歴史が深いのですね?」

「はい、それはもぉ…。とは言え、元よりこの地に根付いていた訳ではございませんが…」

 嬉しそうに言い出した女であったが、最後の方は少しさびしそうな声で言った。

「逃げてきたのでございますよ。悪魔のごと侵略しんりゃくに追われ、命からがら…。城主とおきさき、そのご家族を連れてこの国へと渡り、ここに立てこもったのでございます。身の回りの世話をする為の女中を連れては参りましたが、城主の御身おんみをお守りする近衛このえの兵士を優先した為、今もまだ女手が足りていないのでございますよ」

「へえ…」

 言いながらココロは妙に思った。一国の主が国を追われ逃げ出す羽目はめになるような戦争など、少なくともこの西諸国内ではこの数十年起きてはいないはずだ。

 あったとすればさっき庭を案内してくれたジュディや今先頭を行く女が生まれるよりも前の話しだ。話をする中年の女でさえ生まれていないか、生まれていたとしてもまだ赤ん坊であったはず

 一体、彼女は何の話をしているのだろうか?それともこの城の城主は、どこかココロも知らない遠い国から海を渡ってここへ逃げてきたとでも言うのだろうか?

「さあ、こちらへ」

 階段はまだまだ上へと延びていたが、その途中にぽっかりと口を開けた出口を女は手で指し示した。出口の向こうには長く暗い廊下が続いている。やはり所々に松明たいまつかかげられ、今度は歴代城主のきさきや娘達であろうか、女性の肖像画しょうぞうががずらりと飾られていた。

「既に両国はその国民の大半を失う大戦争でありました。お互いに自らの勝利によって戦争はすぐに終結するものと思っておりましたのに…。力ある王国と王国の戦いにはなかなか終止符を打つ事ができず、最新兵器の投入も実行されました。兵士のみならず、女、子供、老人に至るまであまねく多くの国民が命を落としました」

 らめく炎に浮き上がる、可憐かれんにして美しい女性達。壁には火に照らされた自分達の影が色濃く映しだされていた。

 仄暗ほのぐらい廊下を進みながら、反響をともなって語られる女の話しを聞いていた大地とココロは、何とも夢をみているような変な気分になってきた。

「しかし、長きに渡り続いた戦争にも遂に終わりが近づいて参りました。もはや当方の存続は風前の灯…。この上は、例え領土を奪われようと国民を殺されようと、国王の血を継承する者が生き残ればと、再興さいこうの道に希望を見出しわずかの兵だけを共に脱出計画」

「国民を…捨てたの?」

 眠りに落ちる直前のような何とも言えない感覚の中で、ココロは何とかき返した。そんな自分の声ですら、遠くきりの彼方から聞こえてくるように頭の中で反響していた。

「いいえ。王は最後まで国民を守り戦い抜くご覚悟でございました。国家 再興さいこうの為の脱出計画が持ち出された際には、自分の妃と幼い王子、それに二人の娘だけを逃がし、自らは先頭に立たち敵国へ最後の一撃を食らわせるべく前線へお向かいになるとおおせでした。勿論もちろんきさきもこれを運命と受け入れ、永久の別れを覚悟されたのです。ところが…、生き残った国民達はこれを許しはしませんでした。王を逃がす為その身をたてとして戦う者が後を絶たず…。これ以上戦闘を長引かせれば無駄にとうとい国民の命を無駄にするばかりであると、王は家族と共に国を離れる決断をされました。国王が守ろうとした国民に国王自身が守られる形になったのは、何とも皮肉な話ではございますが」

 女はそう言ってふくむような笑いをこぼした。その声を聞きながらココロは、この話をどこかで聞いた事があるような、変になつかしい奇妙な感覚を覚えた。

「皆納得の上で滅んで行ったのです。逃げ去って行く国王家族の身の安全を祈りながら、一分、一秒でも敵の足を食い止め、その目をらそうと。ただ、ただそれだけを思いながら、兵士と言わず、農民と言わず。女も老人も皆が命を燃やし、あの悪魔どもに挑み掛かり、そして消えていきました…。しかし、そんなとうとい犠牲の甲斐かいあって、国王家族はここへ辿たどり着く事ができたのでございます」

 間違いなく足は動いていたのだが、ココロは既に半分以上眠りの中にいた。歩いている、と言う感覚もなく。暖かい暖炉だんろの前でまどろみながら祖母の昔語りを聞いているような心持こころもちであった。

「さあ、着きましたよ」

 そんな女の声にハッとココロは我に返った。見ると女が一つのドアの前でニコニコと微笑ほほえんでいる。

「こちらのお部屋をお使いください。入って左奥にお風呂がございます。食事の用意ができたらお声を掛けさせていただきますね」

「何から何まで…、でも、もう、何だか私達、眠くって…」

 親切な女に礼を言いながらも、ココロは落ちてくるまぶたをどうにもできずにいた。大地も同じような状態なのか、何も言わずにふらふらと部屋の中に先に入っていく。

「まあ、そうでしたか…。空腹では、ございませんか?」

「だいじょーぶれす…」

左様さようですか…。それでは、先に少しお休みなられるのがよいでしょう」

「しゅみません…」

「もう、夜もけって参りましたからねえ、無理もございません」

「あ、あの…おばさん」

「ああ、私はここの女中頭をしておりますマヌバラと申します」

「あ~マヌバラしゃん…、その~こちらの城主様は…」

「…本日は夜も遅うございます。生憎あいにくと城主は既に休んでおります。明日、夜が明けましたら改めて挨拶あいさつがある事でしょう」

「そーですか、しょれはどうも、かさねがさね…」

 ココロは重たい頭を何とかマヌバラに下げた。

「こちらこそ気が付きませんで…。それではどうぞ、明日の朝までゆっくりとお休みください。ゆっくりと…」

 そう言うとマヌバラは深く頭を下げ返し、静かに扉を閉じた。閉じられたドアの前に立ったまま、ココロはしばらくぼぅっと動かずにいた。頭がうまく働かなかった。ただ漠然ばくぜんと今聞いた話の辻褄つじつまが合わない、と言う事だけを考えていた。

「あ~れぇ?」

 ドアの前に立ったまま、ココロが間の抜けた声を出した。

「今、夜だっけ?」

 ココロは重たい足を引きずって窓際まで歩いた。引いてあるカーテンを細く開けてみる。庭で見上げた巨木達が、ここからだと見下す位置に立っていた。

ココロは左手の方に目をやる。大きな木に隠れ見えないが、あの辺りに鉄柵てっさくの門があるはず…。しかしその先に見える地平線に掛かる空は暗く、怖い程の星がまたたいていた。

「あれ?ねえ大地、さっき、夜が明けなかったっけ?」

 そう言いながらココロは大地を振り返ったが、大地は既にベッドの上に転がり深い眠りに落ちていた。

「うう~~~~ん、何だろう?何だか…」

 気持ちが悪い。釈然しゃくぜんとしない何かが胸につかえたような嫌な気分が残った。しかし平和そうに寝息を立てる大地の顔を見ている内、そんな事もどうでもいいように思えてきた。

「まあ、いいか…」



――………ス…テ……――



 空いたベッドに身を投げ出すように倒れこんだ途端とたん、ココロの耳にかすかな声が聞こえてきた。

「ん?なぁに?」

 手をついて顔を上げる。半分以上閉じた目でじっと天井を見上げる。何も聞こえない…。隣のベッドを見るが、大地はピクリとも動かず死んだように眠っている。

「大地、何か言った?」

 そう尋ねてみたが、やはり大地の反応はない。

「す、て…?すて?」

 今聞こえた声がささやいた言葉を口に出してみる。何の事だかさっぱりわからない。しばらくぼんやりとそのままの態勢で待ったが、もうその声は聞こえなかった。

「まあ…、いいか…」

 言うが早いか、ココロはくずれるようにうつ伏せのまま枕に顔を埋めた。枕カバーはガサガサと硬かったが、中身は相当上等な羽毛でも入っているのか極めて柔らかく、落ちてきたココロの顔を優しく受け止めた。

 久しく忘れていた極上ごくじょうのベッドの感触を楽しみながら、ココロは気を失うような早さで夢の中へと入って行った。










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