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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
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死者の歩く夜

●登場人物

・ココロ…アスビティ公国公公女でありANTIQUEのリーダー、始まりの存在に選ばれた少女。

・吉田大地…土のANTIQUEに選ばれ地球からやって来た少年。



前回までのあらすじ

 ロズベルが見つけたブルー襲撃の犯人は彼と一緒に追い掛けていたハリスの目の前で公軍大臣筆頭補佐官であるチャーザーの手により斬殺されてしまった。

 チャーザーのこの行動が筆頭補佐官としての職務から来るものなのかはたまた正体を知られた者への粛清なのかは判然としなかった。が、いずれにせよロズベル達は重要な手がかりを失った事に変わりはなかった。

 しかしこの事件をきっかけにケシミ公軍大臣への協力要請のきっかけを掴んだウルカは咄嗟の機転を利かせ父親であるケシミを公務室に軟禁すると、話しを始めるのだった。

 一方その場で解散した男達であったが、ブルーはチャーザーの行動を目の前で見ていたハリスの様子がおかしい事に気が付く。だがハリスは何も話そうとはしないのだった。







「いったたたた…」

 誤って足を踏み外し崖下に転落したココロは、顔をしかめながら上体を起こした。どうやらほんの少しの間気を失っていたらしい。しかし、受けた衝撃の割に体に感じる痛みは然程さほど感じなかった。

 何も見えない暗闇の中、手に伝わる感覚でココロは我が身の無事の原因を知った。冷たく硬い地面ではなく、柔らかい布地の感覚。

「大地っ!」

 漆黒しっこくの闇の中、宙に放り出された自分の体を咄嗟とっさに抱き留めた大地は、そのままココロの体をかば下敷したじきになったのだ。どの程度の高さから落ちたのかわからなかったが、ココロの体を抱いたまま硬い地面に叩きつけられた衝撃は相当であったに違いない。

「大地!大地!」

 守られた自分ですら意識を失っていたのだ、その下敷したじきとなった大地はかなりの重症を負っていると想像できた。恐怖にも似た感覚に、ココロは必死で大地の名を叫んだ。

 答えのない大地の名を更に叫ぼうとした時、突然ココロの口は何者かの強い力で正面からふさがれた。

「ココロ!静かに!」

 闇の中ではっきりとはわからなかったが、どうやらそれは大地の声で間違いないらしい。やがて口に当てられたあたたかかな手がゆっくりと外される。

「大地…、無事だったのね、よかった…」

 一気に安堵あんどが押し寄せたココロは涙声でつぶやいた。

「しっ!ココロの荷物がいいクッションになったよ。それよりあれ、あっち」

 安心して冷静になったココロは、ようやく周囲に目を向ける余裕を取り戻した。しかし「あれ、あっち」と言われても、この暗闇の中では大地がどこを指しているのかまったくわからなかった。

 大地の指すものが何か明確にはわからなかったが、彼の声の調子から何となく辺りを点け上げた目線を移していく。と、前方の岩場の陰から薄い緑色の光がのぞいているのが見えた。

 大地の上におおいかぶさったまま、身動きもせずにその光を凝視ぎょうししているとココロの耳に何かが聞こえてきた。

 低い低い、人間のうめき声のような音。それは、崖から転落する前に大地と聞いたあの音であった。

 声もなく、ゆっくりと大地が身を起こすのが分かった。その時になって初めて自分がまだ大地の体に身をゆだねたままであった事に気が付いたココロは慌てて自分も起き上がり、大地の上からどいた。

 息を殺し、大地が正体不明の光を見つめているのが闇の中でもわかる。ココロもつられるようにもう一度その光に顔を向けた。

 ANTIQUE達の放つ光よりはやや弱いようである。美しくはあったが何か寂しく、見ているだけで言いようのない不安が胸の中に広がっていく、そんな冷たい色の光であった。

 ココロは無意識の内に大地の体に手を伸ばした。触れたのはどうやら彼の左腕であるようだった。触れた瞬間ココロはそのそでを強くにぎった。

 ふっと軽く息を吐く音。大地が小さく笑ったようだ。それが聞こえた次の瞬間、そでつかむココロの手に大地の右手が重なった。

「大丈夫だよ」

 その手はそう言って自分をはげましているように感じる暖かさがあった。

 大地はココロを安心させるとその光の原因を調べようと決意し、ゆっくりと立ち上がろうとした。

「あっ、痛!」

 大地が悲鳴に似た声を出す。

「大地?」

 立ち上がろうとした大地の体がくずれるように再び尻餅しりもちをつくのがわかり、ココロは慌てて支えようと手を伸ばした。

「ありゃりゃ、足、ぐねってやっちゃったみたい…」

「ぐね?」

捻挫ねんざっぽいね、折れちゃいないみたいだけど…」

「うそ、右?左?」

「右の足首」

「歩けそう?」

「うん、ゆっくりなら…」

 そう言うと大地は、今度はさっきより慎重しんちょうに立ち上がった。ココロもそんな彼に手を貸しながら一緒に立ち上がる。

 とにかく、冗談のように真っ暗だった。すぐ足元がどうなっているのかさえよくわからない。そんな中、二人は互いに肩を貸し合いながらぼんやりとれる緑色の光に向かい歩き始めた。

「あれは一体何かしら?」

「さあね。それにこの、人の声みたいな音…」

 大地の言ううめき声のような奇妙な音は、光に近づくにつれますますはっきりとその耳に届いてきた。

 二人は、何とか光がれ見えて来る大きな岩まで辿たどり着いた。この岩の向こうに光の正体があるはず、そう思いながらそっと顔を半分出してのぞき見る。

 そこにはいくつかのかたまりがあった。その一つ一つが薄い緑色の光を放っていた。これらが発するその光がぼんやりと見えていたらしい。

 光る岩?最初に見た時、大地はそんな風に漠然ばくぜんと考えた。しかし違う。それらはわずかだがゆっくりとれている。風になびくようにユラユラと。

 ふわふわと舞うように細長い糸の束のようなものが見える。闇にたたずむ光を放つ物体の頂点付近から、たくさんの糸が垂れ下がり、それが風に吹かれてれている。大地とココロはもっとよく見ようと、岩にかじり付くようにして身を乗り出した。

 やがて、そのれる糸のようなものの正体がわかった時、大地の全身を吐き気をもよおすような悪寒おかんが突き抜けた。

「あ…」

 そう言って絶句した大地はズルズルと身を預けていた岩からすべり落ちるようにしてしゃがみ込んでしまった。

 光を放ちながら立っている物体の頂点かられ、うごめいている糸のようなもの。それの正体がわかるにつれ、それが生えている物自体の正体が何かわかった。いや、わかってしまったと言うべきか。いっそわからないままの方がよかったと大地の胸に大きな後悔にも似た感情がき起こった。

 糸のように見えていたそれは間違いようもない、長い長い髪の毛だ。緑色に不気味に輝きながら立ち尽くす複数のそれは、全て人間の形をしている。

 そう思ってみれば、両手をだらりと下にらした何人もの人間が自分達に背を向けて立っている姿がはっきりと認識できた。

「大地!?」

 突然腰を抜かしたようにしゃがみ込んだ大地に驚いたココロが声を出す。その瞬間、今まで聞こえていたうめき声のような音がぴたりと止んだ。

 はっとした大地とココロは、緑に光る人物達に目を向けた。相変わらず自分達に背中を見せて立っている。うめき声は失せ、周囲は完全なる静寂せいじゃくに包まれている。

 言いようのない緊迫感きんぱくかん)に包まれたココロと大地は、顔中に嫌な汗をかきながら一歩も動けずにそのたくさんの背中を見つめ続けた。

 十、いや、それ以上だろうか。まるで人形のように動かないでいた人間達が次の瞬間、一斉いっせいに振り向き始めた。

 大地とココロが息を飲む音が闇に響く。ゆっくりと振り返った彼らの顔が冷たい光の中に浮かび上る。妙に生々しくれて光る眼玉が二人の姿を捕らえる。しかし、その顔は肉も皮もげ落ちた髑髏どくろそのものであった。

 ココロが声もなく両手で口をふさぐ。おぞましく、見たくもないみにくいその姿から、しかし目をそむける事ができない。

「あわ…あわわわわ…」

 大地の震える口から言葉にならない声がれた。大地は目に涙を浮かべ、立ち上がれぬままずりずりと後退する。

 いつの間にか止んでいたうめき声が再び聞こえていた。さっきよりも大きい。この化け物達が発しているうめき声であるのは疑いようもなかった。

 やがてゆっくりと先頭の化け物が二人に向かって動き始めた。それを皮切りに他の十数体の化け物達も体を左右にらしながらゆっくりと近づいて来る。一歩踏み出すごとに長い髪がふわふわと頭の上でれた。

「うわあああぁぁぁ!」

 絶叫ぜっきょうしたのは大地だった。その声に我に返ったココロが振り向くと、大地は痛む足を引きずりながら背中を見せ走り出していた。

「ちょ、大地!?」

 その時だった。突然動き出した大地とココロを威嚇いかくするように化け物達が一斉いっせい咆哮ほうこうを上げた。甲高かんだかい、女性の悲鳴のような、金属のこすれ合うような…。空気を切り裂く恐ろしい声であった。

 叫んだ化け物達は今までの動きからは想像もできない早い動きで腰に手を当てたKと思うと、全員が同時に剣を抜き放った。

 よく見ればどの化け物も甲冑かっちゅうらしきものを身にまとっているのがわかる。肉がなくなり、骨をき出しにした五指でつかんだ剣を振りかざしたそれらは、大股で二人に迫ってきた。



 ココロに命じられフェズヴェティノス襲撃に備え警戒していたシルバーの耳にも、その金切声のような絶叫ぜっきょうは届いていた。瞬時に身をひるがえしたシルバーは、飛ぶような勢いで仲間の元へと戻った。

 そこではカンテラを手にアク―が立ち上がっており、その横で同じくキイタも立ち尽くしていた。二人とも声の聞こえた方に顔を向けている。

「アク―!今の声は?」

 け寄りながらシルバーは叫んだ。アク―が不安げな顔で振り返る。

「わからない。でも、何だか悲鳴みたいに聞こえた」

「ここを任せる、私はココロ様を探しに行く!」

 想定外の事態にキイタもアク―もシルバーを止めようとはしなかった。

「持って行って!」

 アク―は咄嗟とっさに手にしたカンテラをシルバーに差し出した。

「すまん!」

 言葉少なに礼を言ったシルバーは奪うようにカンテラをつかむと躊躇ためらう事なくココロと大地が向かった方へけだした。

 すぐに二人が落ちた崖っぷちに辿たどり着いたシルバーは、必死の形相ぎょうそうで周囲を照らした。しかし小さなカンテラが照らし出す範囲はたかが知れている。そこにココロと大地の姿を見つける事は出来なかった。

「ココロ様ぁ―――!」

 叫んでみたが返事はない。その時、シルバーの足元がわずかに崩れた。軽い音を立てていくつもの小石が闇の底へと落ちていく。

「まさか…」

 シルバーは手にした灯りを足元の闇にかざした。ぼんやりと浮き上がる岩肌は、滑り台程度の角度で下へと続いていく。二人は下にいる、シルバーは何故か瞬時にそう確信した。

 まきを探して意図的いとてきに下りたのか、誤って滑落かつらくしたのかはわからなかったが足元に広がる闇の中に二人がいる事を疑わないシルバーは迷う事なく先の見えない闇に向かい身を躍らせた。

 


「大地、あいつら、何?」

 岩陰に身をひそめた大地のそばけ付けたココロは、息を切らせて震える大地に訊いた。その胸にはしっかりとココロの荷物が抱きしめられていた。

「あ、あれは…。間違いなく…ゆ、ゆ、ゆ…」

 切れ切れに大地が言葉を吐く。どうやら相当 動揺どうようしているらしい。今までどんな敵の前でも果敢かかんに戦いを挑んできた大地にしては非常に珍しい状態だった。

「う~~~~~~~~っ!」

 突然大地は大きな声を上げると、顔を胸の荷物に埋めた。

「大地?大地どうしたの!大丈夫?」

 どこか痛むのかと心配したココロは慌てて大地の肩に手を置いた。

「俺、俺、戦うの怖いけど、それでも相手がどんな奴でも絶対逃げない覚悟はできてるんだよ?ココロ」

「う、うん」

「で、でもね、でもね、あのね、そのね、俺ね」

 早口でまくし立てる割に一向に話しが進まない大地の口ぶりから彼がパニック状態におちいっている事が分かった。

「大地落ち着いて、深呼吸して」

 ココロが必死になだめると、大地は硬く目をつむり、震える息を吐き出した。

「俺、俺…その、ゆ、幽霊だけは、だめぇ!」

 泣きそうな勢いでカミングアウトする大地に、ココロは目を見開いて絶句する。

「そ…ちょ、やだ、そんな…だめぇ、とか言われても…」

「怪獣とか平気!恐竜とか大好き!妖怪も大好き!でも、でも…お化けはダメなんですぅ!」

「え、え~~~っと…」

 再び荷物に顔を埋めて震えている大地に、ココロはどうしていいのかわからず途方とほうに暮れた。とにかく、敵の様子を知ろうと、ココロは大地をそのままにそっと岩陰から顔を出してみた。

「きゃあ!」

 ココロの絶叫ぜっきょうに大地が顔を上げる。見れば、身を退いたココロのすぐ目の前まで幽霊が迫っていた。地面に尻をついてしゃがみこんだココロの顔をのぞき込むような姿で立っている。

「ぎゃ―――――――――――――――――――――っ!」

 叫んだのは大地だった。その声に幽霊がぐるりと顔だけを大地に向ける。大地は捻挫ねんざの痛みも忘れたように立ち上がると岩陰を出て走り始めた。

「ちょっと大地!置いていかないでぇ!」

 ココロはすぐに立ち上がると右足を引きずりながら走り去る大地の後を追った。ココロに向かい手を伸ばしかけていた幽霊はゆっくりと身を起こし、二人の背中を見つめている。

 身長はかなり大きい。シルバー、いや、ガイと匹敵する大きさだ。ボロボロではあったがよろい一揃ひととそろいを身に着けている。生前はこの国の兵士であったのだろうか。そんな彼の後ろから、ぞろぞろと別の幽霊達が集まってきた。

 集合した幽霊達は再びゆるやかな足取りで二人を追い始めた。どうあってもココロと大地を逃がす気はないようであった。

「うわぁ!」

 闇の中を必死に走っていた大地は地面に足を取られ転倒した。すぐにココロが追いつく。崖の上では一切の植物は見られなかったが、大地が転んだこの場所には草が生えていた。

 夜露よつゆれながら、それでも必死に立ち上がろうとする大地の肩をココロが強くにぎった。

「大地!大地逃げないで、戦うの!」

「無理無理無理無理無理!」

「無理じゃない!テテメコの力を発動して!」

「無理無理無理無理無理!」

「ANTIQUEの戦士でしょぉ!」

「はうはうはうはうはう!」

 大地は口をパクパクさせながら首を振る。これはだめだ…。ココロは絶望のため息をついた。大地の過去に何があったかは知らないが完全に戦意を喪失そうしつしてしまっている。今までこんな風になった大地は見た事がなかった。

 れる草地に座ったままひざに顔を埋める大地の姿になす術もないココロは、何かを求めるように闇を見回した。

 そんな彼女の耳に車輪が地面をむ大きな音が聞こえてきた。ハッとしたココロはその音の源を見つけようと更に目を凝らして周囲を見た。

 暗闇の中に小さな灯りがれている。あの幽霊が発する光ではない。黄色く、人工的で暖かな光だった。

「あれは…」

 ココロは近づいて来る灯りに向かい無防備に立ち上がった。やがて信じられない唐突とうとつさで彼女の前に一台の重厚な馬車が停まった。黒く、大きな馬が四頭もつながれた豪華な馬車であった。

 ココロと大地の目の前に横付けされた馬車の扉がゆっくりと開く。中から誰かが開けたのだろうか?ココロは突然現れた馬車を呆然ぼうぜんと見上げていた。

「お早く」

 低い男の声がココロをうながすように言った。馬車の中から聞こえたようだ。と言う事はやはり誰かが乗っているのだろうか?

 このような時間にこのような場所にこのようなタイミングで現れた馬車を無条件で信じる程ココロも世間知らずではない。当然警戒の感情がき起こり一、二歩その身を退いた。

「時が、ありませぬ」

 再び同じ男の声が聞こえてきた。それと同時にココロの耳にまた例のうめき声が聞こえてきた。慌てて見回すと後ろの方からいくつもの緑色の光がユラユラとれながら近づいて来るのが見えた。

 ココロは足元にうずくまる大地に目をやった。幽霊との距離は思ったよりも近い。怪我を負ったうえにこの状態の大地を連れてこの闇の中、これ以上逃げ切れるとは思えなかった。

「大地!」

 意を決したココロは大地が転んだ時に投げ出した荷物をひっつかみ、大地の腕を取ると叫んだ。

「大地立って!ほら早く!あいつらに追いつかれる!」

 呼吸を荒くした大地がココロの手を借りて何とか立ち上がる。その顔は涙でれていた。

「大地しっかり!早く!ほら立って!乗るの!」

 ココロは渾身こんしんの力を込めて大地の体を馬車の中に押し込んだ。後から自分も乗り込むと急いで扉を閉める。

 バンッ!突然大きな音と共に馬車がれた。後ろを振り返ったココロは愕然がくぜんとして声を失った。

 馬車の後部に取り付けられた小窓いっぱいに緑色に光る手が幾十いくじゅうも張り付いていた。そのどれもが肉と皮を失い、骨のき出しになった手であった。どう考えても命あるものの手ではなかった。

 幽霊達は口々に低いうなり声をあげながら馬車に取りつこうと次々に手を伸ばしてくる。

「出して!」

 ココロは前に座る御者ぎょしゃに向かって叫んだ。

「時が迫っております。飛ばしますので、しっかりとおつかまりください」

 肩越しにそう注意した御者ぎょしゃの声は、先程ココロに早く乗り込むよううながした男の声と同じだった。そう気が付いた瞬間、馬車は大きく一つれると急発進した。

 慌てて大地の肩を抱き寄せたココロは、もう一度振り返って後ろを見た。振り落とされた輝く化け物達が急激に遠ざかり、闇に飲まれていく。

「大地、大丈夫。もう大丈夫だから」

 まだ小さく体を震わせている大地を抱きしめながらココロは言い聞かせるように何度もつぶやいた。

 ガラガラと車輪が回る音と地面をねる振動が二人に伝わってくる。幽霊達を振り切ったと言うのに馬車はスピードを落とそうとはしなかった。


あれ――?


 ふとココロは疑問に思った。今、馬車の中には大地と自分の二人しかいない。大きく豪勢ごうせいな馬車ではあったが人が隠れる場所などあるはずもない。早く乗れと言ったのは今馬をあやつっている御者ぎょしゃだったとして、では、この馬車の扉を内側から開けたのは一体誰?

「ラディレンドルブルットへご案内いたします。もうしばらくご辛抱しんぼうを」

 頭に浮かんだ疑問に注意を向けようとした時、不意に御者ぎょしゃが声を掛けてきたためココロの思考はそこで停止した。

 今はとにかく、あの恐ろしい化け物の魔の手から逃れる事が出来た。傷ついた大地を休ませる時をかせぐ事ができた、それだけで十分であった。

 突然現れ二人を救った漆黒しっこくの馬車は夜道とは思えぬ速さで闇の中をけ抜けて行った。










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