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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
113/440

ターニングポイント

●登場人物

・ロズベル…第二小宮付警備隊第二分隊の隊長。剣一振りで三人の敵の首を飛ばすと言われる怪力の持ち主。

・ブルー…特別行動騎馬隊特殊遊撃班の班長。人一倍責任感が強くシルバーからの信任も厚い優秀な青年。

・ウルカ…アスビティ公国公軍大臣であるケシミの娘でありデューカ守備隊第三分隊長を務める。

・パッキオ…ブルーの下で副班長を務める。戦闘のみならず参謀としても優秀な男。

・ハリス…医学の知識を持つ若年の隊士。ウルカに淡い恋心を抱いている。

・コスナー…面倒見のよい兄貴分。山岳地域の出身でロープ術に長けている。

・エミオン…臆病でお調子者だが火薬の知識を買われ火砲隊の役員班長を務める。

・ユーリ…コスナーと同郷でやはり山に強い。理解力に乏しく発言は天然である。


・ケシミ…アスビティ公国公軍大臣。息子を公軍に入れたいと願いつつ娘しか産まれなかった為三女のウルカを公軍に入隊させた。

・チャーザー…公軍大臣補佐官室の室長で筆頭補佐官。その怪しい言動からアテイルのスパイではないかと疑われている。



前回までのあらすじ

 ロズベルの話しから事態は想像以上にひっ迫していると感じた援護部隊の面々は、どのようにしてそれをココロの父親であるドナル三世公爵に伝えるべきか頭を悩ませる。

 ブルーの右腕であるパッキオはドナルからの信頼が厚いケシミにまず事の次第を理解してもらうべきと提案する。そのうえで自分はンダライへ渡ったアリオスへ手紙を書き、アスビティの現状を伝える。

 そうして自身の側近であるケシミと隣国の執政官であるポルト・ガスの双方から言われれば、ドナルは更に魔族との戦いを進めるだろうとパッキオは予想した。

 ケシミ大臣に詳細を話す役目はココロから話しを聞き、実際にアテイルと戦った事もあるブルーに任される事となった。ケシミと話す為の段取りは娘であるウルカが引き受け、援護部隊二度目の会合は終了となった。

 解散し、食堂へ戻ったロズベルは、そこに以前療養中のブルーを襲おうとした治安部隊々士の顔を見つける。突然逃げ始めた男を追い掛ける援護部隊の面々。

 やがて逃げる男の前に現れたのは援護部隊がアテイルと疑ってやまないケシミの補佐官を務めるチャーザーであった。

 チャーザーはハリスとロズベルに追われ逃げてくる治安部隊の男を彼らの目の前で無言の内に一刀両断に切って捨てるのだった。







 れた泥をき散らすような音をたててチャーザーに切られた治安部隊々士の体は廊下に崩れ落ちた。

 チャーザーは転がる死体を冷徹れいてつな目で見下しながら、おびえて声も出せない警護の隊士に抜き身の剣を無造作に突き返す。

 息を切らしてたたずむハリスはゆっくりと隊士の死体に近づくと、そのかたわらにしゃがみ込んだ。調べるまでもなく倒れた隊士は既に絶命してる。

「ハリス!」

 背後から荒い息と共にハリスを呼んだのはようやく追いついたロズベルだった。その後も次々と足音が集まってくるのが聞こえる。追ってけつけてきたブルーやウルカ達が到着したのだろう。

 だがハリスはそんな仲間達を振り返りもせず、目の前に立ったまま動かないチャーザーを見上げた。チャーザーも何も言わずハリスを見つめ返している。

「何事だ?」

 チャーザーの立つすぐ横にある扉が開かれ、中から男が一人顔を出す。それはウルカの父、公軍大臣のケシミであった。ケシミはドアの前に立つチャーザー、そしてその足元に転がる隊士の血まみれの死体を見て言葉を失った。

「父上!」

「ウルカ!お前こんな所で何をしている!い、いや、それよりこれは一体どう言う事だ、チャーザー君!何があった?」

 問われたチャーザーは冷静な態度をくずす事なく答えた。

「どう言う事かは私にもわかりません。この隊士の挙動きょどう不審ふしんであった為 成敗せいばいいたしました」

不審ふしん…?」

 ケシミが蒼白そうはくな顔でき返す。

「君達は見ていたな?それに君も」

 チャーザーは護衛の隊士二人に言った後、未だに立ち上がろうとしないハリスの顔を見下しながらいた。

「は…」

 まだ驚きから立ち直れないでいる隊士の一人が何とか声を出した。

「それにしても、問答無用で一刀両断とは少しやり過ぎでは?」

 ハリスがしゃがんだままチャーザーに向かって言い返す。

「このような時間に大臣居室前での暴挙ぼうきょ…。何をされても文句は言えまい。君達が即行動に移していれば命まで取る必要もなかったかもしれないがな」

 皮肉を込めた声でチャーザーは二人の護衛に言った。言われた二人は一言もなく顔を伏せた。

「ロズベル隊長…、このような所で一体何を?」

 目の前に立つロズベルにチャーザーがたずねる。

「いやぁ、久々に中央に来たもんで気の合う仲間達と飯を食って帰るところだったんだが、妙にコソコソと官邸に入って行こうとするこいつを見かけてな、声を掛けたらいきなり逃げるみたいに走り出したので何となく追いかけてきたんだ」

「なるほど。するとやはりこの男、何かやましいところがあったのだろう。大臣の護衛を増やせ。許可なく近づく者には容赦ようしゃをするな。それと、死体を片付ける要員を手配しろ」

 ロズベルの話しを聞いたチャーザーは即座に判断を下すと、扉の前に立つ護衛の隊士に命じた。命令を受けた隊士は大きく返事をするとすぐにそれに従うべく走り去っていった。

「それにしても見事な腕前ですなあ、補佐官殿」

 陽気にも聞こえる声でロズベルが言うとチャーザーは澄ました顔で答えた。

「恩師のすすめで補佐官の道を選びましたが、こう見えて元は皆さん同様、隊士志望でした」

「それはそれは…」

「大臣につかえる身として、今も修練はおこたってはおりません」

「相手は丸腰ですよ?」

 ハリスが立ちあがりざま挑みかかるように言った。チャーザーは表情を変える事もなく言い返す。

「正式な訓練を受けている訳ではないのでね。そこまで確認はできなかったし、倒す以外の技術など持ち合わせてはいないのだ」

「やり過ぎです」

「武器の有無を確認している内に大臣が襲われたらどうする?責任の取りようもないだろう」

「しかし…」

「こらこら、若いの。言葉をつつしめ」

 そう言ってハリスをたしなめたのは他でもない、ロズベルであった。

「補佐官殿の言う事はいちいちもっともだ。俺はこいつが不審ふしんな行動を取っていたので追いかけたんだ。君だってそうだろう?え?」

 ゆるく、力の抜けた声でロズベルはあくまでもこの場を穏便おんびんに済ませるつもりのようだ。

 すると、そんなやり取りを聞いていたチャーザーが何かに気が付いたようにハリスの顔を見ながらつぶやいた。

「君は確か…遠征軍の生き残りの…」

「そうです」

 即座に答えた声に全員の目が集まる。声の主はブルーであった。彼の後ろにはパッキオの巨体が見えたが、何故かコスナー、ユーリ、エミオンの三人は見当たらなかった。

「私は元境界警備第二小宮付警備隊々士でした。分隊は違いましたが、ロズベル隊長には当時 随分ずいぶんと世話になりまして。此度登央こたびとおうされたと聞き、旧交を暖めるべく一席設けました。私の下で副班長を務めるパッキオ、それにパッキオと共に四年振りに帰国した彼の同席も許可しました」

 ブルーはハリスの顔を指さしながら言った。よどみなく話す間、チャーザーは一度もブルーから視線を外す事はなかった。ブルーもまた、柔和にゅうわな笑みをたたえたままチャーザーを見つめ続けた。

「…なるほど…」

 そう言いながら先に視線を外したのはチャーザーだった。動かしたその目線の先に、父親に寄りうようにして立つ史上初の女分隊長の姿が映る。

「ウルカ隊長も、その席に?」

「んな、まさか!」

 間髪かんはつ入れずに笑いを含んだ大声を上げたのはロズベルだった。

「俺達が飲んでたのは公共館ここの食堂だぜ?守備隊の女隊長殿がいる訳ねえじゃねえか」

 チャーザーは相変わらず表情のない目つきでウルカを見つめる。一瞬、狼狽うろたえたように顔を伏せたウルカはそれでもすぐに顔を上げるときっぱりと言った。

「私は公務を終え、父と共に帰宅しようと声を掛けに来ただけ…。そこでこのような事に巻き込まれたのだ」

 その言葉にチャーザーがうなずきかけた時、ウルカは止めどなく言葉を続けた。

「それで、いつまで父の居室の前にこのようなものを転がしておくつもりだチャーザー筆頭補佐官!」

「あ、いや…」

「身をていして父を守ろうとしたその姿勢には礼を言う。しかし、公務執行区画こうむしっこうくかくにあってこのような暴挙は決して容認ようにんはでんきんぞ」

 チャーザーの眉間みけんに困ったようなしわが浮く。彼が今日初めて見せた人間らしい表情であった。

「とにかく、一刻も早くここを綺麗きれいにしろ。それと、父の護衛をする隊士がそろうまで大臣の帰宅は見合わせる」

「そ、そんな、いいよウルカ…」

 突然の娘の剣幕けんまくに驚き、ケシミがおびえたような声を出す。

「公軍大臣が狙われたのだとしたらこれはゆゆ々しき問題だぞチャーザー補佐官。明日の朝一番で守備隊及び治安部隊にて会議を開く。今夜の内に招集しょうしゅうをかけたまえ」

「は…」

「そこにはあなたにも同席をしていただく、襲撃犯の心当たりと当面の対応について意見を求めるから、そのつもりで用意をしておけ」

「いや、しかし…」

「問答は無用!これはすべてに優先する事項と心得よ!」

「ウ、ウルカ…」

 まくし立てるように自分の部下に命令を下し続ける娘に、ケシミ大臣はオロオロしたような声を出す。

「護衛がそろったら声を掛けろチャーザー補佐官。君自身の声で頼む。それまで何人なんぴとたりともこの部屋に入る事は許さん、いいな!?」

 言うやいなやウルカは誰の返事を聞く事もなく父親を部屋に押し込むように連れていくと、荒々しくドアを閉めた。そのドアの前に取り残されたチャーザーは思わぬ叱責しっせき呆然ぼうぜんとした顔で立ち尽くしていた。

「…さて」

 軽く咳払せきばらいをしてロズベルが声を出した。

「俺らは~、そろそろ行くとするか?」

 その言葉にチャーザーは驚いたようにロズベルを振り向いた。

「そうですね」

 ブルーもおだやかな声で賛同する。

「て、手伝ってはくれないのか!?」

 チャーザーが打って変わって感情をあらわにして叫ぶが既に背を向け歩き出したロズベルは肩をすくめて答えた。

生憎あいにくだがそりゃ俺達の仕事じゃあねえ。エリート集団の守備隊様にお任せするわあ」

「ちょ!そ…っ!」

 慌てて引き留めようとするチャーザーを尻目しりめに四人はそのまま立ち去って行った。後に残されたチャーザーは足元に転がる治安部隊々士の死体を見下し、いまいま々し気に舌打ちをした。





「ウルカ…これはどう言う事だ?父さんは何が何だか…」

 ウルカに部屋に押し戻されたケシミ公軍大臣は、ドアノブを抑えたまま動こうとしない愛娘まなむすめの背中に声を掛けた。しかし問われたウルカはすぐには答えず、急に振り向くと部屋の一番奥へと向かって歩き出した。

「ウルカ」

 大きな執務机しつむづくえの後ろの大窓を隠すカーテンをウルカは薄く開いた。漆黒しっこくの闇がその向こうに広がっていた。

「なあウルカ、頼むから何とか言ってくれ。たった今、わが軍の隊士が一人死んだんだぞ!」

 その声に大きなため息で答えたウルカは、カーテンを元通り閉めると突然父親をにらむように振り返った。一瞬、男かと見紛う程の鋭い眼光にケシミは声を詰まらせた。

 ウルカはつかつかと大股で父親に近づくと無言のままその腕を取り、机の方に引いて行った。

「おい?おいおい、何のつもりだウルカ?」

 ケシミのそんな問いには答えず、ウルカは椅子を引くと手でそれを指しながら部屋に入って以来初めて声を出した。

「お座りください」

「ウルカ…」

「お座りください!」

「座る!座るよ…何なんだまったく…」

 ブツブツと不平を吐く父親の声を無視してウルカは壁際のキャビネットに歩み寄ると、躊躇ちゅうちょなくその戸を引き開けた。

「おいウルカ、一体何の真似まねだ?」

「何の真似まね?」

 そう言いながら振り向いたウルカの口元には恐ろしくすら見える笑みが浮かび、その手には琥珀色こはくいろに輝く液体の入った美しいびんにぎられていた。

「見くびられたものですなあ、私が何も知らないとでも?」

 ウルカは執務机しつむづくえの上にグラスを一つ置くと、びんの中に入った液体を並々とそそいだ。

「父上も人が悪い。父上が公務終了後にこうして一杯やっておられる事は先刻承知せんこくしょうちです」

「公務終了後だ」

勿論もちろん、そうでしょうな。さ、まずは一杯空けられ、落ち着いてください」

「私は落ち着いている!お前の方こそ少し落ち着いたらどうだ?」

 言い返されたウルカはじっと父親の目を見ていたが、フッと一つ息を吐くと指先でグラスを持ち上げた。

「言われてみれば、その通り」

「おい!」

 慌てて立ち上がったケシミの静止も聞かず、ウルカはグラスの中の液体を一気にあおった。白く美しい喉が液体の流れ落ちるのに合わせてグビリと音を立てて動く。

「ふ――――――――っ。さあ、父上の番ですぞ」

 大きく息を吐いたウルカは空になったグラスに再び酒をいだ。

「さあ」

 じっとグラスを見つめたまま動かない父親をウルカがうながす。ケシミはため息をつくと、開き直ったようにグラスをつかみ上げウルカと同じように一気にそれを胃の中へと流し込んだ。

「お見事」

 茶化ちゃかすような笑顔でウルカが言うとケシミは荒く音を立ててグラスを置いた。

「何のつもりだ?」

「お話しがあります」

「また例の編入へんにゅうの件か?言っておくが…」

「全くの、的外まとはずれでもありませんが…」

 父親の言葉を断ち切るようにウルカは話し始めた。

「父上、事はそれ以上に、いやはるかに重大です」

「?」

 ウルカの今までに見た事もない真剣な眼差しに、ケシミは不審ふしんがりながらも言い返す言葉を失くしていた。

「父上…。父上は此度こたびの閣下直々による組織改革、どのような理由があっての事かお分かりになっておられますか?」

「何?」

「しぃっ!ご辛抱しんぼうを。まずはウルカの話を、どうか話を聞いてください…。どうか、最後まで…。お願いでございます」

 立ったままウルカは父親に深く頭を下げた。薄暗い部屋の中で椅子に掛けたままケシミはそんな娘の姿を声もなく見つめた。廊下からかすかに騒がしい声が聞こえてくる。チャーザーに両断された隊士の死体を片付けているのだろう。

 ケシミは机の上に立つびんを手元に引き寄せると、もう一杯グラスにそそいだ。琥珀色こはくいろに輝く液体で満たされたグラスを口元まで運んだケシミは、しかしそれに口をつけぬまま再び今度は静かに机の上に置いた。

「…わかった…聞こう」

 父親のあくまでも冷静なその言葉にウルカはね起きるように顔を上げた。背もたれに体を預け、両手を組んだ父親は長きに渡りこの国の防衛を任されてきた公軍大臣の顔になっていた。





 一方、そんな騒ぎの中から真っ先に立ち去ったコスナー、ユーリ、エミオンの三人は再び食堂の前に戻ってきていた。

「何何何何?何で俺らだけ戻って来たの?」

 エミオンがコスナーの背中に向かって質問を浴びせる。ロズベルとハリスが突然食堂を飛び出したと聞いたコスナーは、すぐに何か重大な事が起きたのだと察した。見ればブルーとパッキオも同じ事を考えているようだった。言葉はいらなかった、すぐに自分もロズベルの後を追って走り出していた。

 どうやら誰かを追いかけているらしい先を行くロズベル、ハリスに遅れる事数秒後、角を曲がったコスナーは二人が追いかけていた相手が話題の男である公軍大臣付き筆頭補佐官チャーザーの手により一刀のもとに切り殺されるのを見た。

 咄嗟とっさに身を退き今曲がって来た角に隠れた。すぐ後ろについていたウルカが飛び出していくのを止める事は出来なかったが、遅れてやってきたユーリとエミオンの二人を必死に食い止めた。そのまま三人は身を隠したまま廊下の先で展開する話に耳を澄ませていたのだ。

 やがてチャーザーに命じられた護衛の隊士がやってくるとわかった段階で、コスナーの指示により三人はその場を離脱したのだった。

「コスナー、俺も全然何が何だかさっぱりこれっぽっちもわからないんだけど」

「今のマラソンって何の意味があったのさ?」

 ユーリとエミオンが交互に質問を重ねてくる。眉間みけんに深いしわを刻んだ険しい顔のままコスナーは二人の顔を見つめた。

「コスナー…」

 その顔色の悪さに二人は口を閉ざした。やがて目をらしたコスナーは、らしくない低い声で話し始めた。

「俺にもよくはわからないが…。ロズベル隊長とハリスは誰かを追いかけていた。男だ」

「治安部隊の奴でしょ?」

 ユーリがこともなげに言った。

「治安部隊?」

 エミオンが驚いたような声でユーリを見る。

「うん、隊長いきなりあの辺で飲んでた治安部隊の連中にガンくれ始めてさあ。そしたら急に一人食堂から出て行こうとした男がいてね」

「おい…」

 エミオンがその時の状況を身振り手振りを交え話すユーリに声を掛けるがユーリは話をやめなかった。

「そしたらロズベル隊長、いきなりそいつに向かって“おい、お前!”とか大声出し始めちゃってさあ」

「おい、ユーリ…」

「かわいそうにビビっちゃったのかなあ?隊長に呼ばれた途端とたんそいつピュ―――って走り始めてね、ホント、ピュ―――って!」

「バカかお前!」

「そう、それでバカが…、ん?な、何だよバカって」

 ユーリが顔いっぱいに不服を表しながら言い返す。見ると、自分を見つめ返すエミオンの顔色もまたコスナー同様血の気を失っていた。

「どったの?」

「ロズベル隊長が治安部隊の隊士を見て追いかけてたって事は、そりゃお前、犯人を見つけたって事じゃあないのか?」

 額をおさえながらコスナーが力ない声で言った。

「犯人?」

「ああ、もうだから!」

 察しの悪いユーリにイラついた声を出したエミオンはユーリの顔を引き寄せると、声を落として言った。

「ブルー班長を襲った治安部隊の隊士だろ!アテイルが化けた!」

「……………。」

 しばらく思考が停止したように無言だったユーリは、事の重大さに気が付くと目を大きく見開いた。

「そうだよ、そう言う事だろ?驚いたのはわかったから、絶対でっかい声出すなよ?そのまま黙ってびっくりしてろ」

 ユーリは慌てて両手で自分の口を押えると顔を真っ赤にしながら何度も何度も頭を縦に振った。そんなユーリを見て逆に冷静さを取り戻したエミオンは、兄貴分のコスナーに向かって言った。

「でもアテイルを追いかけて行ったんなら、俺達だっていた方がよかったんじゃないの?みんな公務終わってるし、誰も武器なんか持っていないんだぜ?」

「その必要はない、奴は死んだ」

 相変わらず白い顔のままコスナーがつぶやいた途端とたん、エミオンは左手をまだ自分の口を押えているユーリの手に重ねた。同時に空いている右手で自分の口もふさぐ。

「しかも…、そいつをぶっ殺したのはあのチャーザーだ」

 更に続けたコスナーの言葉にエミオンは今度は両手で自分の口を押えた。夕飯時を過ぎたとは言え食堂の周りにはまだたくさんの隊士達がいた。そんな所で大声を出して注目を浴びるのは得策ではないと考えるだけの知恵は回ったようだった。

「息はしてもいいよ」

 顔を真っ赤にしながら目に涙を溜める二人を見て、コスナーがあきれた声を出す。口から手を放したユーリとエミオンが大きな息を吐く。

「な、何でチャーザーが?あいつもアテイルじゃなかったの?」

 ユーリが声をひそめながら早口でく。

「何でなんて、俺にわかる訳ないだろう?だが、治安部隊の男は切られる時まで人の姿をしていた。本当にアテイルだったかどうかなんて確証はない」

「それでも、切ったんだ…?」

 ようやく呼吸の落ち着いたエミオンが言うと、コスナーはうなずいた。

「ああ、何の躊躇ためらいもなくな。まるで一級の殺し屋並みの冷静さだったぜ」

 現場を見ていないユーリとエミオンはコスナーの言葉に唾を飲み込んだ。

「じ、じゃあチャーザーがなぜそいつを切ったのか、真相はわからないんだ?」

「筆頭補佐官として不審ふしんな人物を退治たいじしたのか、正体のばれた者は仲間と言えども用なしとして排除はいじょしたのか…」

 ユーリの質問にエミオンがそんな言い方で答えた。

「人間目線だったかアテイル目線だったのかわからない…。つまり、チャーザーの正体がアテイルかどうかはまだつかめないって事だ」

 コスナーは少し悔しそうな顔でそう言った。

「で、それで何で俺達だけ先に戻って来たのさ?」

 しばらくの沈黙の後、ユーリが最初の質問を思い出して改めてコスナーにいた。

「ん?隊長達四人なら何とかあの場をごまかせると思ったんだ。先頭に立っていたハリスはもう仕方ないとしても、あんな官邸の奥に俺達みたいな平隊士がぞろぞろいるのも変だろう?」

「そりゃ、まあ…」

「チャーザーが未だにグレーな存在なら、余り顔を覚えられたくなかったんだ。少なくとも、俺達がつるんでいるような印象を与えたくなかった」

「確かに不自然だよね。ANTIQUE援護部隊として目をつけられるのも得にはならんしね」

「さすがだなコスナー」

 そんな声に振り向くと、ロズベル、ブルー、パッキオ、ハリスの四人が立っていた。

「隊長」

「あの衝撃の現場に居合わせて、よくもまぁ咄嗟とっさにそれだけ冷静な判断が下せたもんだ」

「確かに、見事な機転だった」

 ロズベルの賛辞さんじにブルーも同意する。

「俺だって、伊達だてにガイ分隊長やアリオスの下で軍人やってた訳じゃないっすよ。そんな事より、あの後どうなったんですか?」

 コスナーが質問するとロズベルは一度チラリとブルーと目を合わせてから軽い口調でそれに答えた。

「あの後って、別にどうもならんよ。後始末はチャーザーと守備隊の連中に任せて引き揚げてきた」

「どうも、って…」

「あれ以上関わっても、余計な不審ふしんを招くばかりだ。我々はまだ、何も知らないていでいた方がいい」

 不満そうな声を出したコスナーにブルーがおだややかな声で言った。

「あれ?」

 コスナーがまだ何か言いたそうに口を開いたが、それよりも早くユーリが頓狂とんきょうな声を出した。

「ウルカさんは?」

 その問いにロズベルとブルーは一層いっそう笑顔になった。

「まあ、多少強引ではあったが、今日一番の収穫しゅうかくはそこかもしれないね」

 ブルーの答えとも言えない答えにユーリは目をぱちくりさせた。

「何だか、よくわからないけど…」

 エミオンが言うと、ロズベルが舌なめずりをする勢いで言ってきた。

「どうだ?飲みなおすか?」

「俺は別にかまいませんが…」

 酒豪しゅごうのコスナーが即答すると、ロズベルは嬉しそうに歩み寄ってきた。

「コスナーみたいには飲めないっすよ?」

「あぁ、わかったわかった」

 ロズベルはやや引き気味に言うエミオンとユーリの肩を抱くと、強引に食堂の入り口まで押していった。

「ハリス、どうした?」

 パッキオの低い声に食堂に消えていく四人の背中を見送っていたブルーが振り返る。

「え?」

 問われたハリスが顔を上げる。

「さっきから黙り込んで…。何か気になる事でもあるのか?」

「い、いや…」

 ハリスは煮え切らない態度で再び顔を伏せた。パッキオはブルーと声もなく目を合わせた。ハリスには何か思うところがあるようだ。しかし、今はまだそれを口に出す気はないらしい。

「あちらの四人はまだ長い夜を過ごすようだが、君はどうする?パッキオ副班長」

「班長は?」

「私は体調が万全な訳でもないですから、今夜はこれで」

「では俺もそうしよう。ハリスは?」

「俺?そうだな…」

 そう言いながらハリスはなぜか後ろを振り返った。その仕草を見たブルーが優しい声をハリスに掛けた。

「今夜はもう、ウルカ分隊長は戻られないでしょう」

「え?」

 少し慌て気味にブルーの顔を見たハリスは、彼の優し気な笑顔に肩の力を抜いた。

「…そう、そうですよね…。俺も、今日はもう部屋に戻ります」

「では、先に引き上げるとロズベル隊長に伝えて来よう」

「ああ、パッキオ副班長」

 食堂に向かいかけたパッキオにブルーが慌てて声を掛ける。呼ばれたパッキオは無言で振り返る。

「外は冷えてきた、彼らはきっと室内で呑む気なのだろう…。くれぐれも、会話には気を付けるよう伝えてほしい。それと、余り目立たないようにと」

「承知した」

 言葉少なに答えたパッキオは、ブルーとハリスを廊下に残し、食堂へと入ってい行った。廊下に立ったままパッキオがロズベル達に近づいていくのをガラス越しに見ていたブルーは、横に立つハリスの顔をそっと見た。やはり何か思いつめたような表情をしている。

 やがてパッキオから話を聞いていた四人がこちらに顔を向けたのを確認したブルーは、ロズベルに軽く頭を下げ、先に下がる非礼をびた。それにロズベルが気さくに手を振ってくる。

「では行こう。明日からも何かと忙しくなりそうだ」

「そうですね」

 歩き出したブルーの後にハリスがうつむいて従う。しばらく二人は無言のまま長い廊下を歩いた。途中、誰とも行き交う事はなかった。足を止めぬまま不意にブルーが話し始めた。

「ここから、何かが動き始める」

「え?」

 思考の世界に没頭ぼっとうしていたハリスはブルーの声に顔を上げる。前を行くブルーは振り向く事も、立ち止まる事もなく背中のまま話し続けた。

わずかずつでも何かが動き始めるはずだ。今日起きた事はそう言う事だと、私は思う。この先、どのような展開になろうと今夜の事が一つのきっかけになるのは間違いがないはずだ」

 その先で廊下は突き当り、左右へと分かれていた。上級幹部であるブルーの居室は左、一般隊士であるハリスの部屋は右の廊下を進むとあった。ブルーはそこで足を止めると、初めてハリスを振り向いた。

「だから私は、私がこの世を去るその瞬間まで今日と言う日を覚えておこうと思う」

 ブルーが言わんとする事は漠然ばくぜんとしか理解できなかった。ハリスが戸惑とまどって何も答えられずにいると、ブルーは優しい笑顔を見せて言った。

「お休み、ハリス」

 そのままブルーは再び背を見せると、自室に向かい歩き去った。

「お、お休みなさい!」

 去って行く背中にハリスが慌てて声を掛ける。ブルーは背中のまま軽く左手を上げた。ハリスはしばらくその背中を無言で見送っていたが、やがて自分の部屋に向かう為、ブルーとは反対の廊下を進み、歩き去った。

 自室へ向かいながらブルーは思った。ハリスはさっきの事件について何かに気が付いたようだ。しかし確証が持てずにいるのでまだそれを口にする気にならないのであろう。

 その内容はとても気になったし、気になる事があれば確証はなくとも話してもらった方がよいとも思える。しかしブルーはえて無理に聞き出す事はしなかった。ハリスに対する絶対的な信頼があったからだ。

 ハリスは自分の崇敬すうけいするシルバー大隊長が最も信頼した旧第四分隊の隊士だ。現在は自分の下で訓練をするあのシャンデルでさえ選ばれなかった四年前の遠征部隊に若年部隊から例外的に選抜された実力者。

 よわいわずか十二歳にしてガイやアリオスの下で戦い、そのうえ数百名の犠牲を出したあの遠征先での戦いの十名にも満たないわずかな生き残りの一人だ。

 四年と言う時はかかったものの、剣や馬の技術が優れているだけであの地獄から生還するのは到底無理であったはずだ。

 戦闘技術は勿論、判断力、決断力、体力、精神力、経験、知恵、知識、そして強大な運をもあわせ持っていなくてはとても果たせる事ではない。

 そんな彼が今はまだ話すべきではないと判断した以上、ブルーはその考えを支持した。

 ハリスは仲間だ。ココロ様、シルバー隊長の悲願成就ひがんじょうじゅの為、共に命を賭けると誓い合った信頼できる仲間だ。必要と思えば胸にあるものは必ず話してくれるものと、ブルーは信じて疑わなかった。













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