援護部隊の苦悩
●登場人物
ANTIQUE援護部隊
数奇な運命のめぐり合わせにより誰よりも早くANTIQUEや魔族の存在を知ってしまった十人のアスビティ軍人達により構成された集団。隣国ンダライに亡命を果たしたガイの部下であったアリオスにより命名された有志の隊であり公式な部隊ではない。その為所属や立場もまちまちである。
・ロズベル…アスビティ公国第二小宮付警備隊第二分隊々長。第二小宮がアテイルに襲われた際の現場責任者であった男。人情に熱く涙脆い。
・ブルー…アスビティ公国特別行動騎馬隊特殊遊撃班の班長。シルバーが最も頼りにする男としてココロからの信頼も厚い。
・ウルカ…アスビティ公国公軍大臣であるケシミの娘にしてデューカ守備隊第三分隊長を務める公軍唯一の女性隊士。
・パッキオ…元はガイの部下。巨体禿頭の恐ろしい見た目に反し気は優しく頭脳明晰。現在はブルーの元特殊遊撃班の副班長に就任している。
・ハリス…元はガイの部下で援護部隊の最年少。医学の心得があり現在は特別行動騎馬隊第一分隊に所属。敬愛するウルカの部下になる事を望んでいる。
・コスナー…元はガイの部下。隊の中堅どころで若手の良き兄貴分。機転が利き頭が良いが気性が荒く口が悪い。かなりの酒豪。
・エミオン…元はガイの部下。隊の中で一番の俊足を誇るが臆病な性格。火薬の取り扱いに長け、新設された火砲隊である第四分隊の役員班長に就任。
・ユーリ…元はガイの部下。大きな体に似合わず大人しい性格。その天然振りから年下からもいじられているマスコット的存在。
●前回までのあらすじ
久しぶりに中央へと登央したロズベルの口から語られた話は援護部隊の仲間達に大きな衝撃を与えた。ロズベルの調べでアテイルの襲撃後、第二小宮では二十四名もの隊士が所在不明である事が判明した。
ココロを連れ旅立ったシルバーや、シルバーに倒されたフルゥズア、その他当日の戦いで倒された五匹のアテイルを除いても十六名の隊士の行方はようとして知れない。そこでロズベルは自らが立てた仮説を元にベディリィ湖の周囲を掘り返してみた。
ロズベルの予想通り地面からはアテイルに殺された隊士ものと思われる十一体もの遺体が発見された。他に発見しきれていない遺体がある事を想定すれば、行方のわからなくなった二十三名の隊士はすべて、いつの間にかアテイルと入れ替わっていたと考えるのが妥当とロズベルは結論づけた。
ロズベル率いる警備隊第二分隊とシルバーが隊長を務めていた第三分隊の全隊士を合わせれば五十名。その内実に半数に近い二十三名の隊士がいつの間にかアテイルに取って代わられていた事になる。
この比率をそのまま中央に持ち込む事はできないと言いつつも、アテイルの計画が想像以上に進行していた事に仲間達は恐怖を覚えるのだった。
ロズベルがいなくなった席は重たい沈黙に包まれていた。彼の報告を聞く限りいくつかの不穏な予測はできたが、そのいずれもが確証のない話ばかりである。
「とにかく、ロズベル隊長の話しにあった第二小宮の現状と、少なくとも一匹はこのアスビティの首都に敵が入り込んでいる事を公爵閣下に知らせるべきだ」
長い沈黙を破り口を開いたのはハリスであった。
「だがアリオスの話しでは閣下は既にそれをご承知であると言う事だぞ?」
コスナーの言葉にアリオスの言葉を思い出したハリスは無言で俯く。
「承知していながら、なぜ閣下は何もしないんだろう?」
エミオンが素朴な疑問を口にすると、すぐにパッキオが静かな声で答えた。
「派手に動いてみろ、そうと察した敵は一早くアスビティを去り、敵を捕らえる機会は永久に失われる」
皆はその言葉に納得して頷く。ドナルは味方にすら内緒で密かに敵を追い詰めようとしているのだ。
「一体、どんな作戦をお考えなのでしょう?」
ウルカが国主の身を案じ呟いた言葉にブルーが反応した。
「どのような作戦があろうと、いつまでも隠密になどと悠長な事は言っていられないでしょう。ハリスの言う通り、事は公爵の想像以上に切迫していると言う事実をお伝えするべきだ」
「だけどアテイルは第二小宮から撤退したんだよね?だったら、この中央にいる奴らだって…」
ユーリが希望的観測を口にしたが、すべてを言い終わる前にウルカがそれを否定する言葉を挟んだ。
「そもそもアテイルは大国ンダライを調略する為に隣接しているアスビティにも人員を配置したとアリオス様は言ってましたよね?」
「そのンダライの調略は寸でのところで姫達の活躍によって阻止された…」
コスナーが後を引き取る。
「アテイルは姫を奪還しようと第二小宮を襲ったが果たせず、姫はシルバー隊長と共に姿を消した」
更にハリスが後を続けるとコスナーとハリスは無言で目を合わせた。
「ンダライの調略に失敗したアテイルはこれを諦め撤退。それと同時にその援護として入り込んでいた第二小宮はその必要を失い同じく撤退した」
コスナーとハリスの言葉を受けブルーがまとめるように言った。
「そうなると中央からいなくなる理由はないよね?」
エミオンの言葉にユーリが情けない顔をする。やはり状況は希望的とは程遠いようだ。
「でもアリオスはアテイルはンダライ程アスビティを重要視していないと言っていた」
ハリスが言うとウルカがすぐに賛同した。
「そうね。ただ、ココロ姫がANTIQUEのリーダー的存在だと知って急遽注目されるようになったと」
「ギース外務大臣とチャーザー補佐官は怪しいとも言っていた」
「アリオスが間違っていたとしたら?」
エミオンの言葉にパッキオが厳しい声を出す。その目はウルカに向けらていた。
「そんな…」
「あり得なくはない。アリオスの話しは予想でしかない、奴だって間違う事位あるさ」
「パッキオの言う通りだ。我々はこの国の現状について実は何一つ確証を持ってなどいないのだ」
ブルーが苦悩に満ちた声で言った。
「閣下に動いていただくべきだ…」
更にブルーが独り言のように呟く。
「それが賢明だな。だが、誰が猫に鈴をつけに行くかだ」
おかわりをもらったロズベルが席につきながら話に加わってきた。
「ブルーや俺だってそうやすやすと閣下にお目通りが叶う訳じゃねえ。そう言う事ができそうな奴に頼もうとしたところで、誰が味方で誰が敵なのか皆目わからねえときている」
「誰か、俺達の代わりに公爵閣下に進言してくれそうな人は…」
「しかも信頼がおけそうな人でね」
コスナーの言葉にハリスが追随する。
「あの人は?あの…何だっけ?補佐官の…」
エミオンが必死に記憶を呼び覚まそうと渋い顔で言うと、すぐにウルカが答えた。
「チャーザー?」
「ち、違うよ、まさか!そうじゃなくって、もう一人の方、ほら…」
「ああ、もしかしてシュリか?」
ロズベルが二杯目の酒を啜りながら言う。
「あ!そう!シュリさん!」
「補佐官じゃなくて書記官だろう?」
「ああ、あの人かぁ」
とユーリも思い出したように虚空を見つめる。
「確かにシュリ殿ならば我らに好意的ではある」
「人柄も良さそうだし、確かに信用できそうっすね」
「筆頭書記官の奴なら閣下出席の会議の場にも顔を出す筈だ」
「エミオン、お前にしてはいい所に目をつけたな」
ブルーとハリス、それにロズベルが賛意を示し、パッキオが珍しくエミオンを褒めたがコスナーは少し不安げな顔で言った。
「確かにいい人っぽいけど、ただ何となくなあ、線が細いと言うか…、弱っちい感じなんだよな」
「それに彼はギース外務大臣付きの筆頭書記官ですよ?」
ウルカが続けた言葉に、みなハッとした顔を見合わせた。
「優しそうな顔して、実はアテイルとか?」
ユーリが冗談にもならない事を口にする。全員の視線が複雑に交差した。恐怖にも似た不安が場を支配し始める。
「じ、じゃあさ、ウルカさんのお父さんは?」
ハリスが不安を掻き消そうとするかのようにとりわけ元気な声を出した。
「父?父は…」
「お父さん、怪しい感じなの?」
身を乗り出して無神経に聞くユーリの頭を後ろからパッキオが叩いた。
「いえ…私の見る限り父はいつも通りなのですが…。私が言うのもなんですが、父はいわゆる“保守派”で、余り新しい事をしたがらないの」
「それはよくわかる…」
ハリスがウルカに聞こえないようにぼそりと呟いた。保守派、言い換えれば頭の固い頑固者と言う事だ。
「それに、私が不安なのは父についている筆頭補佐官がチャーザーであると言う事」
「そうか、そうでしたね」
ブルーが暗い声で答える。筆頭補佐官ともなれば大臣とは家族以上に一緒にいる時間が長い。ケシミ公軍大臣の口からチャーザーの耳にどんな情報が漏れ伝わるかわからない。
「ああ、もぉ!」
突然ユーリが大声をあげて頭を抱えた。
「どうすりゃいいんだよ!シュリさんはギースの傍にいるしケシミ大臣の近くにはチャーザーがいる!これじゃ危なっかしくてどっちにも話なんかできないじゃんよ!」
「まさか、これも奴らの作戦の内かねえ?」
「まさか…」
コスナーの言葉にエミオンが否定の言葉を吐くが、それも自信なさげな弱々しい声であった。
ブルーは悔し気な顔で空を見上げた。一体誰になら頼めるのか?信頼が置け、公爵閣下に近く、傍に怪しい人物がいない人間。少なくとも自分が何か頼み事ができそうな人達の中にそんな条件を兼ね備えた人物は思いつかなかった。
「いや…」
暫くの沈黙の後、声を出したのはパッキオであった。皆の目が彼に向けられる。
「ここは素直に考えてやはり我々が持つコネの中で最も閣下に近しいのは公軍大臣だろう」
静かに上げられた目がウルカを見つめる。
「けど、ケシミ大臣の傍にはチャーザーが…」
言いかけるユーリの言葉をすべて聞き終える前にパッキオが続ける。
「そこも含めて、ご理解いただくしかあるまい。この件については一切他言は無用。その危険性も重々に説明する必要がある。立場は考えず、話をしていいのは我ら援護部隊の一員だけと、そう承知していただかなくてはなるまい」
「なかなかに難問だと思うぜ?」
ハリスが眉間に皺を寄せる。
「それでもやるしかない。まずは何故、閣下が今回このような改革をされたのかをウルカ殿から説明していただき、ブルー班長との謁見の機会を作っていただく」
「私が?」
ブルーが驚いた顔で訊き返す。
「立場的には最適でしょう。ロズベル隊長は明後日にはここを発ってしまう」
「まあ、確かに…」
突然多弁になったパッキオに戸惑いながらもロズベルが頷く。
「同時にアリオスへ宛てて手紙を書く」
「手紙?何て?」
ハリスが不審そうに訊き返す。彼の顔を見ながらパッキオは言った。
「代行執政官殿から、今一度我が公爵様へ文を書いていただくのだ。閣下は先の手紙から現状は把握しておられる。しかし、その程度が分かっておられぬ。だから、一刻の猶予もならない事を伝えていただく」
「ポルト・ガス代行執政官と私の父との双方から閣下を説得すると言う事ですね?」
ウルカの言葉にパッキオは無言で頷いた。
「ウルカ分隊長とブルー班長には大任を押し付けるようで申し訳ないが…」
「申し訳なさそうには聞こえないな」
「そうですか?」
ブルーの皮肉にパッキオは表情も変えずに答えた。
「やれますか?ウルカ分隊長」
ブルーはウルカの顔を見ながら訊いた。思わぬ重荷を背負わされたウルカは苦し気な表情を作った。
ハリスを守備隊に編入させろと言う難題もまだクリアできていない内から更に問題を重ねようと言うのだ。ここにいる誰よりもその難しさはウルカが一番よくわかっていた。
「詳細な説明は私がいたします。何とか、面会の機会を作っていただければ…」
ブルーが懇願するようにウルカに向かって言う。
「…。どうやら他に手はないようですね。わかりました、父の事は私にお任せください」
「分隊長…、ありがとうございます」
ブルーが漸くほっとしたような笑顔で頭を下げた。
「いえ、一介の隊士であるハリスがあれだけの覚悟を口にしたのです。私だって、負けてはいられません」
「おお」
言われたハリスがおどけた声を出す。
「と言う事は、暫くは二人の頑張りを待つしかないって事かな?」
エミオンが仲間の顔を見回しながら言うと、すぐにパッキオが口を開いた。
「俺達にもやるべき事はある。配属された各隊で理解者を集める事だ。アテイルとの本格的な戦闘に入る前に、実際戦場に立つ隊士達には奴らの事を理解してもらう必要がある」
「なるほど」
「だからと言って慌てるなよエミオン。中にはアテイルが化けた敵がいるかもしれないんだからな」
パッキオに指摘されたエミオンは急に背を伸ばすとゴクリと唾を飲み込んだ。
「当面俺達は配属先で信頼できる奴と怪しい奴とを見極める活動を続ける訳だな?」
「そう言う事だ」
コスナーの質問にパッキオは力強く答えると、ブルー、ロズベル、ウルカの顔を順に見ながら訊いた。
「勝手な事を言いましたが、いかがでしょうか?そんな感じで」
「不安はありますが、具体的且つ現実的な案だと思います。パッキオ副班長の意見以上のものは出ないでしょうね」
ウルカが諦めたように言った。
「あなたのように優秀な方がいてくれて本当に助かります」
ブルーもすぐ隣に座るパッキオを顔を見て言った。
「恐れ入ります」
パッキオが軽く頭を下げると、何故かコスナー、ハリス、エミオン、ユーリの四人も誇らしげな顔で笑った。山賊仲間が上官に褒めらるのが自分の事のように嬉しいようだ。
「ところでアリオスに宛てた手紙ってのは誰が書く?」
「それは、言い出した俺が書きましょう」
ロズベルの質問にパッキオがすぐに答える。
「うむ、それがいいだろうな。頼んだぞ」
「お任せください。明日の内には郵送に出しましょう」
パッキオの答えにロズベルは頼もし気に頷くと、座をまとめるように大きく一つ手を叩いた。
「よぉし!取り敢えず方針も決まった事だし、今回の集まりはこれでお開きとするか?」
「また、こうして話す事が出来るでしょうか?」
ウルカがロズベルを見ながら訊ねる。
「そりゃあ、必要が生じればまた集まるしかないだろう。もっとも俺は基本第二小宮にいるからな、中央の事はみんなに頼む他ないんだが…」
「可能な限り連絡を取り合いましょう。ロズベル隊長にもできるだけ進捗状況はお知らせするようにします」
ブルーがロズベルを安心させるように言う。
「頼むよ」
ロズベルのその一言でANTIQUE援護隊と自ら名乗る、アスビティの仲間達による二度目の会合は終わりを迎えた。
暫しの雑談の後、手元の飲み物が無くなったのを機に誰からともなく席を立ち始めた。手に手に空いた食器を持ち、揃って食堂の中へと戻って行く。
暗い中庭から食堂の中に戻って来た面々は、皆一様にほっと溜息をついた。室内の暖かさに改めて冬の到来を実感した。
「それにしてもハリスはさあ」
「ん?」
仲良く並んで食器をカウンターへ返しに来たハリスに、ユーリが声を掛ける。
「ハリスは、あれじゃなかったの?ウルカさんの事が好きだから守備隊に入りたいんじゃなかったっけ?」
「そうだよ」
ユーリの聞き辛そうな質問にハリスはあっさりと答えた。
「うーん、っつうと、さっきのあれはウソ?」
「さっきのあれ?」
ハリスは、きょとんとした顔をして足を止める。
「だからほら、さっきの…公爵閣下のお傍でその身をお守りしたいーって言う」
「ああ…」
ハリスは会合が始まって間もなく乱入してきた守備隊のレバルフトをウルカが追い返した後、自分の身を案じるウルカに対して言った言葉を思い出して言った。
「ウソなんかじゃあないよ。どっちもウソなんかじゃない…。俺はウルカさんの傍にいたい。キイタ様の為に戦いたい。前線に赴かれた姫に代わって、閣下をお守りしたい…。全部、全部本当の気持ちで、一つだってウソなんかついちゃいないよ」
「…そっか」
「何?ダメ?」
「は?何が?ダメなんかじゃないよ。ないよってか、お前、凄いよな。お、俺なんかどっちかっつーと…、ん?ハリス、どしたの?」
話の途中でハリスの顔を見たユーリは前を見たまま動かないハリスに不審げな声を出した。
「隊長が、固まってる」
「はい?」
ハリスの意味不明な言葉にその視線を追うと、ロズベルの大きな背中が石のように動かずそこにあった。
「隊長どうしたんです?んなとこでボーっとしてられると邪魔なんすけど」
一点を見つめたまま動かないロズベルにユーリが声を掛ける。ハリスもロズベルの傍に来て彼の見つめる先を見た。そこには仕事が終わったのだろう、数名の若い隊士達が酒を飲みながら陽気に話し込んでいた。
「なあ」
突然ロズベルが楽し気に話している隊士達を見つめたまま呟いた。
「あいつら、治安部隊の連中だよな?」
「あ~、そうっすね。それがどうかしましたか?」
すると談笑していた若い一団の一人が顔を上げた。自分達を見つめるロズベルの着るコートを見た彼は、別隊とは言えそれが上席にあたる隊士だと気づき、笑顔のまま気さくに会釈をした。
それに気が付いた仲間達も一斉にロズベルを見る。彼等が同じように笑顔で頭を下げる中、ロズベルに背を向けて座っていた若い男だけは振り向きロズベルと目が合うなりすぐに顔を背けてしまった。
「隊長?」
ハリスがロズベルのただならぬ雰囲気に更に呼び掛ける。しかしロズベルは返事もせずに相変わらず若い治安部隊士達の一団を見つめている。
やがて顔を背けていた若い男は急に立ち上がると、仲間から離れる素振りを見せ始めた。一緒に飲んでいた男達が、どうしたんだ?と言う様子で彼を引き留めようとするのを振り切り、出口へ向かって行く。
速足で出口に向かいながら男は、チラリと横目でロズベルを見た。ロズベルがまだ自分を見つめている事に気が付くと、慌てて顔を背け更に足を速める。
「隊長…」
ハリスがもう一度声を掛けるのを無視してロズベルはいきなり男に向かって怒鳴り声をあげた。
「おい、お前!」
その瞬間呼ばれた男は正に一目散、と言う具合に食堂から走り出した。
「おい、これを頼む!」
ロズベルは手にした特大のカップをユーリの持つ盆の上に乱暴に置くと、食堂を出て行った男を追って走り出した。
「え?ちょっ…」
ロズベルの突然の行動にユーリが慌てた声を出す。
「ごめん、これも頼む!」
ハリスも同じく使い終わった食器をユーリに渡すと、ロズベルを追いかけ走り出した。
「な、何なんだよもぉ!」
「どうした?」
ユーリの上げた大声に食器を下げ終わったパッキオが近づいてきた。見ればブルーとコスナーもすぐ後ろに立っている。
「わかんないよ!今出て行った治安部隊の奴を突然追いかけ始めて…」
ユーリの言葉にパッキオ、ブルー、コスナーの三人は一瞬目を見交わすと、急に走り出しそのまま食堂を出て行った。
その様子を見ていたウルカも慌ててカウンターに食器を返すと、先に出て行った仲間を追って駆け出した。つられて追いかけだすエミオンにユーリが叫ぶ。
「一体何!?」
その声に振り向いたエミオンは大袈裟に肩を竦めながら叫び返す。
「わかんない!」
猛然と食堂を走り出ていく仲間を見ながら一人取り残されたユーリは、とにかく食器を返すと訳もわからず彼らが消えた方角目指して走り始めた。
「ロズベル隊長、あいつは…!」
ロズベルの横に追いつきながらハリスが叫ぶ。
「間違いない!以前ブルーを襲いに来た奴だ!」
先を走る相手の背中を睨みながらロズベルが足を緩めずに答えてきた。
「何ですって!?」
驚いたハリスはすぐに気を取り直すとロズベルを追い抜いて一気に相手との差を縮めた。
今目の前を走る相手がまだ傷つき動けなかったブルーを襲い、隠れていたロズベルの攻撃にその頭上を飛び越え窓を突き破って逃走したアテイルだと聞かされたハリスは、必死に相手を追いかけた。
いつしか一般隊士の居住エリアを抜け、官邸の奥深くへと入り込んでいた。夜だというのに煌々と灯りのつく美しい回廊をハリスは汗を飛ばして走った。
廊下は入り組み、右へ左へと曲がる。自分と同じ立場である筈の相手は、しかし官邸の中を熟知しているかのように自在にその角を曲がっていく。角を折れる度、その姿が視界から消えるとハリスは何かに煽られるように更に足を速めた。
いくつ目の角を曲がった時であっただろうか、廊下の先、走る相手の向こう側に突如三つの人影が見えた。
(あれは…!)
全速力を続け最早声も出せないハリスは、前方に佇む人影の正体を知った時、心の中でそう叫んでいた。
そこに立っていたのはウルカの父、自分達の実質的指導者であるケシミ公軍大臣付き筆頭補佐官のチャーザーであった。
そのすぐ後ろに立つのは恐らくはチャーザーの、そして扉の前に立っているのは公軍大臣を護衛をする為に従っている隊士であろう。物凄い勢いで走り寄る治安部隊々士の姿に驚いたような顔をしている。それに対してチャーザーは全く表情も変えず、怖い程に冷たい目で迫りくる男を見つめていた。
ハリスは自分から逃げようと走っていく治安部隊の男がチャーザーに向け、右手を差し出すのを見た。
「おい…!」
逃げる彼がそう叫んだのも聞いた気がした。しかし次の瞬間、ハリスは信じられない光景を目の当たりにした。その余りの衝撃につい足を止め、その場に立ち尽くしてしまった。
何とチャーザーは、自分のすぐ後ろに立つ隊士の腰から言葉もなく剣を抜き取ると、迫りくる治安部隊の男を頭から一刀両断に切り下してしまったのだ。




