ロズベルの話
●登場人物
・ロズベル…アスビティ公国第二小宮付警備隊々長。
・ブルー…元警備隊分隊長。現在は特別行動騎馬隊特殊遊撃班の班長。
・ウルカ…アスビティ公国デューカ守備隊第三分隊の女分隊長。
・ハリス…元特別行動騎馬隊第四分隊の隊士。現在は第一分隊に配属。
・パッキオ…同じく。現在は特殊遊撃班副班長。
・コスナー…同じく。現在は第八分隊筆頭隊士。
・エミオン…同じく。現在は第四分隊役員班長。
・ユーリ…同じく。現在は第七分隊に配属。
前回までのあらすじ
ンダライに渡り主要戦術部隊の小隊長に就任した元特別行動騎馬隊第四分隊副分隊長のアリオスは同じく小隊長であるマーニーに対し熱い友情を感じつつも完全に信じ切る事が出来ずに複雑な思いの中にいた。
その頃、久しぶりに公国中央に戻ったロズベルの音頭で集まったアスビティに残るANTIQUE援護部隊の面々は公爵宮従事者食堂の中庭で二度目の会合を開こうとしていた。
ウルカの後を追ってきた彼女の部下であるレバルフト役員班長はデューカ守備隊第三分隊長であるウルカが庶民の集まりである騎馬隊や警備隊の隊士達と食卓を共にしている事を不愉快に思い会合の邪魔に入る。
しかしレバルフトは怒ったコスナーに左腕一本で倒されると、ウルカに命令され渋々とその場を離れて行った。
貴族だけで構成されたデューカ守備隊の現実を見せつけられたハリスは、それでもココロ達ANTIQUEの為守備隊への編入したい想いを曲げる事はなかった。そんなハリスの態度を見た援護部隊の面々は決意も新たにロズベルが第二小宮から持ち帰ったと言う話しを聞こうと彼の顔を見つめるのだった。
みんなの注目を集めたロズベルは、手にしたジョッキを静かにテーブルに置いた。暫くその態勢のまま何も語りだす気配がない。
「隊長?」
余りにも長い沈黙にすぐ隣に座るユーリが声を掛けると、ロズベルは漸く顔を上げた。
「おお、すまん。何から話せばいいのか迷っちまってな」
「纏ておいてくださいよ」
「うん、そうしたつもりだったのだがいざ話すとなるとなぁ」
そう言って夜空を見上げる素振りを見せたロズベルの左手は相変わらずジョッキの把手を握りしめていた。。
「一か月前、第二小宮へ戻られるとおっしゃった時、アリオス殿から何か手掛かりを掴んでほしいと頼まれていたのでは?」
ブルーが助け舟のつもりで最も聞きたい内容をさりげなく切り出す。ロズベルはもう一口酒を啜るとブルーの顔を見て答えた。
「ああ、俺達はあの後すぐに出発しようとした。ところが例によって補佐官殿が現れ、翌朝公軍大臣と今後の事を話し合うようにとお達しがあった」
「父と?」
ウルカの問いにロズベルは無言で頷く。
「別に不自然な事ではないですね。殆どの武器は燃やされ、建物も全壊してしまった第二小宮は問題が山積の筈ですから」
ブルーが補足する。
「そうなんだ。とにかく警備隊の常駐場所すらなくなっちまった。取り敢えず町の集会所に仮の詰め所を作ったがいつまでもそんな所にいる訳にもいかん。あそこらの出身の者は実家に戻れば済むが、半数以上の隊士は故郷を離れて配属された奴らばかりだったし」
「隊長の足止めをしたのはチャーザー補佐官でしたか?」
ブルーの隣に座るパッキオが今日初めての一言を発した。
「そうだ」
ロズベルが頷くと、一瞬全員が考える表情を見せた。アリオスの推理では外務大臣のギース、ケシミ公軍大臣付きのチャーザー補佐官はアテイルのスパイである可能性が高かった。
「で、結局俺達が第二小宮に辿り着いたのはその日の夕方…、いや、もう夜になっていた。その間に小宮の瓦礫や廃材は綺麗さっぱり片付けられてしまった後だった」
「じ、じゃあ何の手掛かりも掴めなかったって事?」
エミオンが身を乗り出して聞く。
「あのなぁ、何の手掛かりも掴めませんでしたって言いに俺がわざわざここまで来ると思うか?」
「そりゃそうですよね、失礼しました」
エミオンが舌を出して謝る。
「では、何か見つかったのですか?」
今度はウルカが食いつくように訊く。
「まあ、アリオスが期待するような直接的な物証ははっきり言って見つかっていない。あいつが言っていたような化け物の腕とかな。とにかく小宮 跡は何もかもすっかり片付けられてしまっていたからな」
「では一体何を?」
「うん、結局間接的なものになってしまうのだが…。ブルーお前あの日、一体何人のアテイルを切って捨てた?」
「あの日?第二小宮が襲われた日ですか?…明確には覚えておりませんが、恐らくは三人…」
「そうか。俺はすぐに撤退命令を出し全員を橋向うまで避難させてたのでな、結局直接アテイルと切り結んではいないんだ」
「で、それが?」
パッキオが先を促す。
「ああ、俺は中央の連中が帰るとすぐ生き残った警備隊第二、第三分隊の連中を集めた。そして一人ひとりに今のと同じ質問をしてみた…。結果、確実に倒したアテイルの数は五匹」
「何だよ、じゃあブルー班長の倒した三匹の他は二匹しか倒せてねえのか?」
コスナーが少しがっかりしたような声を出す。ロズベルは頷き、コスナーの顔を見た。
「ところがあの後、行方知らずになった隊士の数は全部で二十四名だ」
「え?」
「どう言う事?」
ハリスとユーリが同時に声を発する。
「勿論、その中には姫と一緒にその場を離れたシルバーや、シルバーが倒したフルウズァに化けた奴も含まれているから、襲撃の時に倒した五匹と合わせて七人の行方は判明していると言う事だ」
「それでもあと十七名もの隊士の行方が分かっていないと?」
ブルーが険しい顔で聞く。
「多分あの時倒された敵はもっと多かったと思う。だがそれも奴らの死体をすっかり片付けられちまった今となっては明確にはできない…しかし…」
ロズベルは誰の顔も見ないまま、また一口酒を呑んだ。その目は遠くあの日の出来事を見ているとしか思えなかった。
「あの襲撃の後、生きていた筈の奴まで消えている」
「ん?それって、どう言う?」
ロズベルの言った言葉の意味がよくわからずハリスが訊き返す。一度ハリスの顔を見たロズベルはその目をブルーに移した。
「ブルーは覚えているな?俺達はあの襲撃のあった次の日、国境を越えた」
「え、ええ、あの時はその…。申し訳ありませんでした」
「よせよせ、終わった事だ。俺の方こそ事情がわからず悪い事をした。結果はお前が正しかったんだ」
「な、何?何かあったの?」
ユーリが自分の左右にいるブルーとロズベルの顔を交互に見ながら言った。
「俺はな、第二小宮が襲われた時すぐに姫の身を案じ姫のご宿泊されていた部屋に部下を送り込んだ。ところが姫の居室のあった二階は激しく火が回っていたんだ。それでも部下は姫の無事を確認する為、決死の覚悟で炎上する二階へと進んで行った」
ロズベルの語る壮絶な境界警備第二小宮最後の夜。その情景を思い浮かべ、聞いている誰もが言葉を失っていた。
「結局、姫を助けに行った二人の隊士は姫を見つける事なく二階の窓からベデリィ湖に飛び込み何とか脱出をした。後に聞き取りをした結果、姫の部屋に向かう途中の廊下で姫付きの教育係ロッドジーニ殿が、そして姫の部屋では…、第六分隊筆頭隊士のフルゥズァが共にこと切れていたとわかった」
その時の惨状を唯一知るブルーは黙って目線を下げた。夜の山中馬を駆り、姫と隊長の姿を求め走ったあの時の不安が昨日の事のように胸に去来していた。
「特にフルゥズァの死体は左肋の下を真一文字に切り裂かれ、胴体が二つに分かれる寸前であったと…。漸く現場が落ち着いた頃に点呼を取った。数人の隊士が姿を消しており、その中にはシルバーの名もあった」
余りにも生々しい話に、炎にまかれる小宮の焼け落ちる匂いまでも錯覚する程であった。
「早い話、俺らは現状を見てシルバーが姫を連れ去ったものと判断しちまった訳だ。そして、それを止めようとした若き隊士フルゥズァはシルバーに返り討ちにあったと」
「だって、シルバー隊長以外にも姿を消した隊士はいたんでしょう?」
ハリスがロズベルに訊ねるがロズベルは首を横に振った。
「フルゥズァの傷跡を見る限り、シルバー以外には考えられなかった。残念ながら俺も含め、あれだけの芸当をやってのける腕の持ち主はシルバーの他にはいやしない」
「よくよく誤解を受けやすい人だな、あの人も…」
コスナーが面白くもなさそうにボソリと呟く。それを聞いたエミオン、ハリスの二人が気まずそうに顔を伏せる。彼らもまた、あらぬ誤解から四年もの長きに渡りシルバーを恨み続けてきたのだ。
「まあ、それで俺は夜が明けると同時にシルバーを追跡した。ブルーはその時の追跡隊に入っていたんだ」
「私は、あの時 既にシルバー隊長やココロ姫が示し合わせて姿を消した事を知っていた。何せ、お二人に移動の為の馬を用意したのは何を隠そうこの私だ」
「だから、それを早く言っておいてくれりゃああんな面倒な事しなくて良かったんだ」
「も、申し訳ありません。しかし、まだあの時の私は確信が持てていなかったのです。アテイルと言う化け物をこの目で見、この手で倒して尚、それでもまだ信じられなかった…。それに、ロズベル隊長を本当に信じていいのかどうかも…」
今のブルーであれば何も迷う事なくロズベルにすべてを打ち明けていた筈である。しかし、あの時点ではまだロズベルどころか、シルバーの言う事にも明確な答えを見出せなかった。それ以前に、自分自身が見、体験した事もまだ夢の中の出来事ではなかったかと疑っていたのだ。
自分を公軍の中で唯一信頼していると言ってくれたシルバーでさえ、まだすべてを打ち明ける気にはならなかったのであろう。逆に言えばシルバーはあの時点で既に身内に敵が入り込んでいるのを予期していたと言う事になる。
「思えば、あの時が姫と隊長のANTIQUEとしての旅の始まりであったのだろう」
「その後お二人は仲間を集めながらンダライを縦断し、テリアンドスにいる俺達の所へ来たって訳だ」
大地、キイタ、ガイの顔を思い浮かべながらハリスが呟く。
「俺はンダライ、ダルティスの町でシルバーを追い詰めた。捕えようとしたところを何とこのブルーに裏切られまんまと取り逃がしたって訳だ」
「へ~、そんな事が」
ブルーとロズベルの冒険 譚を聞いたユーリは少し愉快そうに頷いた。
「まあ、さっきも言ったが結果はそれで正解だった訳だ。で、話しを元に戻すぞ?結局シルバーを追跡したその時にはいた筈の隊士も何人か、先月俺が中央から戻った時には姿を消していたんだ」
「と~、つまりその後から姿を消した隊士もアテイルが化けた偽物だったという訳?ですか?」
ハリスが話を整理するように訊ねた。
「それはわからん。残った連中の話ではあの時の襲撃の恐怖から、とてもあの町にはいられないと言って逃げ出した隊士が数人いたと聞いた」
「まあそれもあり得る話ではありますね」
アテイル襲撃を経験したブルーは恐怖の余り精神に異常をきたしたり、除隊を申し出る隊士がいても仕方がないと思った。
「どちらとも取れる…。本当に参っちまって隊を抜けたのか、それを口実に化け物共が小宮から撤退したのか…。ついでに言うと小宮で働いていた料理番や女房達のような隊士以外の人間はすべて無事が確認されいている」
「アテイルが化けていたのは公軍の隊士だけだったと言う事ですね?」
と、ウルカ。
「恐らく、としか言いようがないがな」
「それにしても…」
今度はブルーが口を挟む。
「警備隊第三分隊の隊士は二十八名、第二分隊は三十二名…。合わせても六十名の隊士しかいなかった筈。もし、いなくなった隊士の内シルバー隊長を除く全員がアテイルであったとしたら…」
「六十人中、二十三人…。小宮付き隊士の半数近くがいつの間にか魔族と入れ替わっていた…。そう言う事でしょうか?」
そう言うウルカの顔が蒼白になっているのは寒さのせいばかりとは思えなかった。
「その入れ替えが、一体いつ頃から始まっていたのか…」
「小宮ですらそうなら、この中央では一体何人が…」
「いや、ロズベル隊長、ウルカ分隊長も待ってください」
恐ろしい想像を口にしかけたウルカにブルーが慌てて言葉を挟んだ。
「小宮でそうであったからと言ってそれをそのままこの中央に当てはめるのは早計ではないでしょうか?襲撃後に姿を消した十六名全員がアテイルと入れ替わっていたと言う証拠はないのでしょう?」
長い時間を共に過ごした仲間がいつの間にかアテイルと言う化け物に入れ替わっていた事に気が付かなかったとあれば、それはブルーにとっても認めにくい事実である。しかしロズベルはそんなブルーの気持ちも構わず話し始めた。
「ところが、そうでもないんだ」
「え?」
「まあ、証拠にはならないがな。ここからが今日みんなに聞いてもらいたい本筋なんだ」
そう言ってロズベルはジョッキを持ち上げた。しかし彼は既に湯気を上げなくなったジョッキを口をつける事もなく見つめたまま続けた。
「俺は中央の連中が帰ってからすぐ、残った連中に命じてベデリィ湖畔を全面的に捜索させた」
「一体…、何を?」
ブルーが不安げな声を出す。ロズベルはチラリと横目でブルーを見た後、手に持ったジョッキの中身を豪快に飲み干した。
「わかるだろ?ブルーよ。湖畔の森の中を徹底的に掘り返した…。まあ、出てくる出てくる」
「な、何が?」
ブルーの不安が伝染したかのようにエミオンが恐る恐る訊いた。
「死体だよ。恐らくはアテイルに姿を奪われた小宮の隊士達だろう。残念ながら殆どの死体は白骨化していたし、衣服は身に着けていなかった…。だから人物を特定する事はできなかった」
ロズベルは手にしていたジョッキを忌々し気にテーブルの上に滑らせた。
「いつ頃の死体かを推し量るのは難しかったがその様子からどの死体もほぼ同時期に死んでいる。殆どの奴は巨大な刃物か、動物の爪のようなもので喉から胸付近を骨まで断ち切られて絶命していた。何人かは強く胸を圧迫された痕跡が認められた。強烈な力で押しつぶされ、心臓や肺が破裂したんだろうな…」
ウルカがテーブルについた両手に顔を埋めた。
「何て事…」
「殆ど同時期に死んでいたって事は…」
心配そうにウルカの両肩に手を置いたハリスがロズベルを見ながら言う。
「ああ、どこかの時点であった筈だ。小宮内の隊士達が一気に入れ替わった時期がな…」
コスナー、ユーリ、エミオンが計ったように同時に唾を飲み込んだ。
「それで、それでその死体の数は?」
ブルーが少し慌てたようにロズベルに訊いた。ロズベルはテーブルに目を落としたまま静かに口を開いた。
「見つかった死体は…、全部で十一体…」
「十…、一…」
ブルーが絶望的な声を出す。
「姿を消した隊士の内、アテイルとして倒された奴が五匹。既に片付けられてはしまったが、恐らくもう何匹かはあの夜に命を落としている筈だ」
相変わらず顔を上げないままロズベルが静かに話し出す。
「俺は消えた十六人の隊士は、すべてアテイルに殺され、その姿を奪われたと思っている。残る五人の死体は片付けられちまったか、単に見つけられていないだけか…、或いはベデリィ湖の底深くにでも沈んでいるのだろう。明らかに死んだ時期や死因が違う死体、衣服を着ている死体は一体として見つからなかった…。それをそのまま小宮とは比べ物にならない警備体制を敷いているこの中央に当てはめる事は確かにできないだろう。だが俺はブルーを襲おうとした治安部隊の隊士とやりあった。そいつは、俺の頭を飛び越して逃げて行ったんだ…」
確実にこの公国中央にも仲間に成りすましたアテイルが入り込んでいるそれは何よりの証拠だ。
「第二小宮にはもうアテイルはいないのでしょうか?」
ハリスがロズベルの顔を見ながら訊く。ロズベルは小さく左右に首を振った。
「どうだかな。結局、後になってシルバーのすぐ下で副分隊長を務めていたアローガも偽物だったとわかった…んだろ?ブルー」
「え、ええ」
「はっきり言って本物と偽物の区別はまったくつかん。ただ、わざわざ隊を抜けて姿を消したと言う事は、敵はもう第二小宮に隠れ潜む必要がなくなったと、そんな風にも思えるんだ」
そう言うとロズベルは何故か皮肉っぽく笑った。
「思える、思える…。何一つ確信の持てる事なんかありゃあしねえ…」
ロズベルは特大のジョッキを手に立ち上がると一同の顔を見て言った。
「俺の話は終わりだ。もう一杯 貰ってくらあ。今聞いた話、これをどう扱うか話し合ってくれ。俺は、その答えを聞きに来たんだ」
言うだけ言うとロズベルは片手に食器をぶら下げ、散歩でもするような歩調で食堂に向かって行った。その背中を見送りながら残された七人の仲間は誰一人言葉を発する事が出来なかった。




