二度目の会合
●登場人物
ANTIQUE援護部隊
・アリオス…元はガイの部下だった男。現在は隣国ンダライへと亡命を果たし、国防主力戦術部隊の小隊長に就任している。
・ロズベル…シルバーの同僚で第二警備隊々長。アテイルの第二小宮襲撃の際に現場に居合わせた事から事件に関わる事となった。
・ブルー…元はシルバーの部下だった。アテイルと直接戦った経験を持つ隊士。現在は新設された特殊遊撃班の班長に就任している。
・ウルカ…アスビティ公国公軍大臣の娘にしてデューカ守備隊第三分隊長を務める女性隊士。剣の腕は隊の中で勝てる者がいない程。
・ハリス…元はガイの部下。援護部隊の最年少隊士。四年前の戦争で兄を失ってから医学に興味を持つように。現在は戦場医療部隊である特別行動騎馬隊第一分隊に配属されている。
・コスナー…元はガイの部下。現在は山岳隊である特別行動騎馬隊第八分隊の筆頭隊士。
・エミオン…元はガイの部下。現在は火砲隊となった特別行動騎馬隊第四分隊の役員班長の地位に就く。
・ユーリ…元はガイの部下。コスナーと同郷で同じく山岳隊である特別行動騎馬隊第七分隊に籍を置く。
・マーニー…ンダライ王国シュナイドリッツC小隊々長。穏やかな口調に優しい笑顔を絶やさない男だがなぜか部下達からは非常に恐れられている。
・レバルフト…ウルカが分隊長を務めるデューカ守備隊第三分隊の役員班長。ドナル公爵の遠縁にあたる貴族。
前回までのあらすじ
訓練の名を借りたマルコとアッカラの戦いはマルコの勝利で決したかと思われた。しかしアッカラは想定を無視した卑劣な方法でマルコの手から逃れると、仲間の助勢を受けて一気に立場を逆転させた。
しかし、アッカラの仲間達からの一方的な攻撃に手も足も出ないマルコを救ったのは、彼を嫌っていた筈のシュナイドリッツA隊の兵士達であった。
力ずくでこの泥仕合を治めたアリオスはマルコとアッカラの戦いを総括し始めた。その中でアリオスは意外な事に卑劣な手を使い続けたアッカラや彼に助成しマルコを寄ってたかって攻撃したC隊の兵士達をも高く評価したのだった。
納得のいかないA隊の兵士達だったが、アリオスの真意を聞き全員が黙り込む事に。アリオスは来るべき魔族との戦いにおいては今回のアッカラのように執念深く勝利に拘り、生き抜く事、相手を倒す事が何よりも大切なのだと言う事を部下達に伝えようとしていた。奇しくもそれは母国アスビティで且つての部下であるパッキオが特殊遊撃班の隊士達に教えていた先鋒の心得と全く同じものであった。
突然現れたアッカラの上官であるC小隊々長のマーニーはアリオスの隊長としての資質に感銘を受け、全面的に支持する事を誓うのだった。
「我が国は…」
マーニーは再びアリオスを振り返ると静かな声で語り始めた。頭上からは部下達の元気な掛け声が微かに聞こえてくる。
「あなたの祖国と違い戦争放棄を謳ってはいない。我らはいつ何時戦場に駆り出されても良いよう準備を怠りはしない」
この男もまた祖国アスビティを軽んじ、大国の誇りを胸に自慢話でも始めるつもりかと、アリオスは探るようにマーニーの顔を見つめながら黙っていた。しかし予想に反しマーニーは自嘲するような笑いを零すと口を開いた。
「とは言え、実際は戦争と呼べるような争いはこの十年以上起きてはいません。あのアッカラだって粋がってはいますが、実際の戦場に出た経験などないのですよ。まあ、それは勿論悪い事ではないのですが…」
「しかし遠からず戦は起きます、必ず」
アリオスがやや強い口調で言うと、マーニーの目から笑いが消えた。
「アリオス殿」
「は」
「あなたの提唱していた鎮圧術、ですか?確かに戦場の状況によっては非常に有効的だと私も思います。どうでしょう?A小隊からなどと言わず全小隊に取り入れていただいては」
「それは、無論結構だと思いますが」
「それでは早速今夜にでも各小隊の長を集め会議を開きましょう。私が招集します。鎮圧術の基本概念から教えてやってください」
マーニーからの願ってもない申し出にも、アリオスは慎重な態度を崩さなかった。
「大変ありがたいお話しではありますが、しかしその必要性をいきなりご理解いただけるものかどうか…」
「それでも、それが必要となる敵がいるのでしょう?」
穏やかな口調ではあるが、マーニーの顔に先程までの笑顔はなかった。アリオスが答えずに黙っていると再びマーニーが口を開いた。
「あなた、何を知っておられる?」
アリオスも表情を消したままマーニーを見つめ返す。事情を知る仲間は多いに越した事はない。アリオスはこの紳士的な小隊長にすべてを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。
いや、マーニーだけではない。本当は末端の兵士に至るまで、軍事に携わるすべての者に知っていてほしかった。それが叶わないまでも、せめてマーニー他、小隊長級の人間には事の次第を承知していてほしかった。しかしアリオスはやはり持ち前の慎重さで即答を避けた。
「マーニー殿。貴殿はンダライの塔がこの国の意思決定機関として機能していた頃、どこで何をされていた?」
「今と何も変わりませんよ。ただ、あの当時我ら軍の人間は一切の情報をシャットアウトされていました。我らがンダライの塔へ赴く事は許されず、この王宮隣接の基地内に留め置かれていました…。いえ、正直、放置軟禁と言ってよい扱いでした」
「放置?」
「ええ、そうです。当時すべての大臣が一時解任され王宮は無人となっていました。そんな中、私達には何の指示もなく、明確な説明もなされぬまま国の軍事費だけが次々と削減されていきました。我々には質問も発言も許されず、ただ粛々と日々訓練を繰り返していました」
アリオスは無言のままマーニーの言葉の真偽を図ろうと考えを巡らせていた。目の前に立つ、軍人にしては線の細いこの人当たりのいい男は果たして味方なのか、敵なのか?
「アリオス殿?」
「は」
呼ばれた事に気が付いたアリオスは慌てて顔を上げた。
「私にだけは教えてはいただけまいか?今、この国で起きている事を…」
アリオスは迷った。マーニーに対する評価はまだ定まっていない。感覚だけで言えば今すぐにでも頼りにしたい人柄に思えた。しかし敵はあの忠義の男、ポルト・ガスさえも狂わす術を持っている。
「申し訳ない、私の口からはまだ…」
アリオスは心から頼ってしまいたくなる弱い思いと、完全たる勝利の為の慎重さの狭間で揺れ動く何とも複雑な表情で歯切れ悪く答えた。
「そうですか、なるほど…」
少しの間アリオスの目を覗き込むように見つめていたマーニーは、一度目を瞑ると、元の笑顔に戻って言った。
「しかし、先程アッカラ二等兵にも言った通り、一日も早く執政官自らの口よりご説明いただけるよう、進言を続けるつもりでおります」
アリオスが慌てて付け足す言葉にマーニーは何度も頷いた。
「それは私も共に尽力いたしましょう。アリオス殿」
「は」
「慣れぬ土地、不便も多かろうが受け入れた我々にも戸惑いはある。しかし、私個人はその戸惑いはもう捨てた。他の者が何と言おうと、私は貴殿を絶対的に支持させていただく」
「心強いお言葉」
アリオスが軽く頭を下げると、マーニーはまるで少年のような笑顔で言った。
「それにしてもアスビティ特別行動騎馬隊士としての腕前、拝見したいものだ。いずれ手合わせをいただければありがたい」
顔を上げたアリオスも口元を綻ばせて答えた。
「望むところ。私とて有事の際は先陣を切る所存。後続の指導で終わる気は毛頭ござらん」
「楽しみだ」
「はい」
二人の軍人は裏表のない正直な笑顔で見つめ合った。
「さて、あいつらちゃんと走ってますかね?いかがです?一緒に睨みを効かせに参りませんか?」
「それは名案。参ろう」
アリオスとマーニーは旧知の友のように肩を並べ、地上へ続く階段を登って行った。
同日夜――――。アスビティ公国公共館 付帯の従事者専用食堂は夕飯時と言う事もあり賑わっていた。
質より量、公費で満腹になるうえに公務終了後は酒も出るとあって、特に寮暮らしの独身公軍隊士達にとっては格好の溜まり場であった。
酒も飲まず、大急ぎで夜食を掻っ込んでいるのは、これから徹夜の夜勤業務に就く隊士か、まだ仕事の終わらない事務系隊士、公共館係員などであろう。
その食堂の前庭にあるテーブルに肘をつき、ぼんやりとそんな室内の光景を眺めていた特別行動騎馬隊第八分隊筆頭隊士となったコスナーは、入り口を入ってくる大柄な男に目をとめ大きく手を振った。
「ロズベル隊長!ここ、ここ!」
コスナーの呼び掛けに気が付いたロズベルが食堂から前庭へと出てくる。とうに日も暮れ、吹き抜ける風に寒さが身に染みた。そのせいか庭園は室内と打って変わり閑散としている。
「隊長お疲れ様です」
立ち上がり礼儀正しく頭を下げたのは、新設された遊撃班の班長に就任したブルーだ。その隣では、同じように頭を下げる巨漢のパッキオがいた。
「おお、ブルー」
「先程は」
言葉少なに答えるブルーにロズベルは心底嬉しそうな顔を見せた。見ればひと月以上前、この公共館で知り合った面々が顔を揃えていた。
火薬使いのエミオン。コスナーと同じく山岳隊に編入されたと言うユーリもいた。皆季節的にはまだ早い、公軍支給の分厚い外皮に身を包んでいる。
「取り合えず飲み物でも取って来られたらどうです?まだ全員は揃っていないですし」
コスナーが食堂の方に顎をしゃくりながら言う。そう言われてみれば守備隊のウルカと、医療隊に配属されたと言うハリスの姿が見えなかった。
「じゃあ、そうするか」
ロズベルは寒さに肩を竦めながら速足で食堂の方へと戻って行った。
「相変わらずなんだかバタバタした人だねえ」
食堂に入っていくロズベルの姿を目で追いながらエミオンが愉快そうに呟く。
「その割には時間守らねえし」
コスナーがため息をつく。
「一体どんな話を持って来られたのだろうか?」
ブルーが湯気の立つカップから一口飲み物を啜ると言った。
「随分と慌てていましたからね」
昼間、講義室前の廊下でロズベルと会った時の事を思い出しながらコスナーが言う。
「第二小宮で一体何があったのか…」
「あの人が随分慌ててるのなんていつもの事だと思うけどね」
「違いない」
エミオンが茶化すのにコスナーが吹き出した。
「それにしても…」
今まで黙っていたユーリが光で満たされている食堂の中を見渡しながら独り言のように言う。
「ハリスとウルカさん、遅いなあ」
五人がそんな話をしているところへ食堂の方から盆に特大のカップを載せたロズベルが慎重な足取りで再び近づいて来るのが見えた。
「いやぁ、待たせた待たせた。ウルカ分隊長とな、ハリスも来たぞ」
「え?」
「今カウンターに並んでいる」
どうやらみんなロズベルに気を取られ、二人が食堂に入ってくるのを見落としていたらしい。
「それよりロズベル隊長、それなんすか?」
ユーリがロズベルの前で盛大に湯気を上げる巨大なカップを指さして言う。
「これか?これはお前あれじゃないか、林檎の蒸留酒を湯で割ったもんだよ。中央に来たらこれを飲まんとな」
「酒飲むんすか?」
エミオンが素っ頓狂な声を上げる。
「あん?それがどうした?」
「今日は大事な話があるのでは?」
ブルーやんわりとした口調で訊ねる。
「ああ、あるよ。それが?」
テーブルについた五人は言葉を失くしてお互いの顔を見た。
「何だみんなその顔は?大丈夫だ、こんなもん一杯呑んだ位で話ができなくなる訳ないだろう!このクソ寒いのに飲まずにいられるか!」
言うとロズベルは、派手な音を立てて熱々の酒を啜った。
「まあ、いーけどね」
自身も相当な酒豪であるコスナーが苦笑混じりに呟く。エミオンは呆れたため息をついた。
「ごめんなさい、遅くなりました」
テーブルに盆を置きながら言ったのはウルカだった。デューカ守備隊支給のベージュのロングコートを身に纏っている。その胸元には分隊長を表す細い二本線が刺繍されていた。
「お、お揃いで登場だね」
ユーリが冷やかす。見ればウルカの後ろにはハリスが立っていた。
「私が迎えを頼んだの。ここへはあまり来た事がないので」
言いながらウルカが席に座ると、他にも席は空いていたが、ハリスは当然のようにウルカの横に腰掛けた。お蔭でコスナーは少し体をずらさなくてはならなかった。
「まあ確かに、デューカ守備隊の女分隊長が来るような場所ではないよなぁ」
皮肉な笑いを浮かべながらロズベルが言う。
「来た事がない訳ではないのですがこの時間は初めて。随分と活気があるのですね?」
「みんなここで一日の憂さを晴らすのさ」
ハリスが苦笑を浮かべた顔で言う。
「飯食ってまだこれから仕事の奴もいるしね」
コスナーが後を引き取る。
「そうなのね。私は当直業務を免除されているのでちっとも知らなかったわ」
「当直室は相部屋しかないからね。公軍唯一の女性隊士を一緒に泊める訳にはいかねえもんな」
エミオンが少し下卑た声を出すがウルカには通じていないようだ。
「いずれにしても公軍出動の要請は一早くお父上の元に行くのでしょうから、特に問題もないのでしょう」
ブルーがウルカを見ながら笑顔で言った。
「ええ」
ブルーに答えながらウルカは背後の食堂を振り返った。溢れる光の中、大勢の男達が笑ったり怒鳴ったり、ある者は仕事の書類らしきものを片手に食事をしたりしている。
公軍大臣の娘として生まれ育ったウルカには馴染みのない光景であった。しかし、そんな中にあって、由緒正しき貴族の家系にある者しか配属を許されないデューカ守備隊々士の顔は一つとして見当たらなかった。
「あら?」
その時、暖かい食堂を出てこちらへ近づいて来る一人の男がいる事にウルカは気が付き声を上げた。
「ウルカ分隊長」
そう声を掛けてきたのは、ウルカと同じベージュのコートを着た男であった。ウルカのコートが襟の一部を赤く染めた革張りがされているのに対し、男のそれはベージュ一色であった。
これはウルカが分隊長だからか、それとも女性であるからなのかはその場に居合わせた誰にもわからなかった。
ただ、ほぼ全員が一斉に男の胸元に目をやった。細い一本の線が刺繍されている。これはウルカの次席である事を示していた。恐らく副分隊長か、そのすぐ下の分隊部長、いずれにしても役付きの隊士である事は間違いがなかった。
「このような所で一体何を?」
男は露骨に不愉快そうな顔を作るとウルカに訊いて来た。
「あなたこそ、珍しい所で会いますね」
「追ってきたのです。分隊長がどこぞの若い隊士とこのような場所へ入るのを見かけたもので」
男はチラリとウルカの隣に座るハリスを見た。ハリスは素知らぬ顔で別の方を向いている。
「皆さん、彼は私の隊で役員班長を務めるレバルフトです」
「お見知りおきを」
「レバルフト?」
お座なりに頭を下げたレバルフトにロズベルが声を上げた。
「レバルフトって、あのレバルフト家か?公爵様の遠縁に当たる」
「お察しの通り」
「こりゃ驚いた、純血じゃねえか。正真正銘、貴族の中の貴族だぜ」
「何、そこの三男坊ですよ」
「いやぁ、それにしたって大したもんだ」
ロズベルの大袈裟にも聞こえる驚き振りに気を良くしたのか、レバルフトの表情が僅かに和んだ。
「そう言うあなたは以前治安部隊にいらしたロズベル隊長ではございませんか?そして奥におられるのは遊撃班のブルー班長」
ブルーは無言のままレバルフトに一礼した。レバルフトはその他の名も知らぬ男達の顔を見回し、戸惑った声を出した。
「ウルカ分隊長、教えてください。これは一体どう言う趣旨の集まりなのです?」
「どのような集まりでもありません。公務終了後に酒席を共にしているだけです」
「そうですか…。それは大変興味深い。それでは是非私も同席を」
そう言うとレバルフトは断りもなくウルカの左隣に空いていた椅子に手を掛けた。しかし、それを引くよりも早くロズベルの手がその椅子を抑える。
「おっと、あんたの事はよくわかったよ。だが、ここは悪いな、遠慮してもらえるか?班長さんよ」
「役員班長です」
「どっちでもいい」
「…」
椅子の背もたれに手を掛けたままレバルフトはロズベルの顔を睨みつけた。ロズベルも下から上目遣いに睨み返す。一瞬にしてピリピリとした緊張感が場を支配した。
「分隊長…、何かお困りの事はありませんか?」
レバルフトがロズベルから目を離さないまま背後のウルカに問い掛けた。
「私が?何を困ると言うのです?」
「ここに、無理に同席させられているのでは?」
「言っている意味がわかりません」
「失礼ながら、デューカ守備隊の分隊長がいる席とは思えません。不本意で参加しているのであればこのレバルフト、身を呈してお守りいたします」
「本当に失礼だな」
コスナーが苦笑する。
「レバルフト班長、私の友人に無礼が過ぎます」
「友人?彼らが?」
レバルフトは体を起こすとウルカを振り返り大仰に驚いて見せた。
「慎みなさい。少なくともこの中のお二人は私と同様分隊長に班長、お一人はあなたより上位の副班長ですよ?」
「とは言え騎馬隊に、警備隊ではないですか」
「レバルフト!」
レバルフトのあからさまに相手を侮蔑した言い方にウルカは絶叫に近い声を上げ、椅子を蹴って立ち上がった。
「ウルカさん」
追って立ち上がったハリスが今にも掴みかかりそうなウルカの肩に手を置いた。
「貴様!」
それを見たレバルフトは予告もなくハリスの顔面めがけ拳を突き出した。ウルカを突き飛ばし身を下げたハリスは、間一髪これを躱す。空を切ったレバルフトの右手が、高い音を上げて止まった。
ハリスの後ろでいつの間にか立ち上がっていたコスナーが左手一本でレバルフトの拳を掴み止めていた。
コスナーは顔色一つ変えずにそのままレバルフトの手を捻り(ひねり)上げようと力を籠める。そうはさせまいとレバルフトも押し返すが、渾身の力を籠めようと、コスナーの左手一本にさえ敵わなかった。
目を見開いたコスナーの頬がブルブルと震える。それと同時に痛みに屈したレバルフトの膝が折れ始めた。
「コスナー、コスナー!」
後ろからエミオンが羽交い絞めをするようにコスナーを止めに入る。コスナーはそのまま左側に放り投げるようにしてレバルフトの手を放した。レバルフトは無様に地面に倒れ込んだ。
必死に起き上がったレバルフトは痛む右手を擦りながらコスナーを睨みつけた。
「な、何て無礼な男だ!庶民の分際で…」
「いい加減にしなさい、レバルフト!」
怒りの形相でコスナーを睨んでいたレバルフトは自分を怒鳴りつけるウルカの顔を見ると言った。
「分隊長、付き合う相手をお選びください。お父上がお嘆きになりますぞ」
「行きなさいレバルフト、これ以上私に恥をかかせるな!」
「分隊長!」
「あと一言でも発してみなさい、懲罰にかけます!これは命令ですレバルフト、行きなさい。行け!」
有無をも言わさず闇を指さすウルカに、悔しそうに歯ぎしりしたレバルフトは右手を庇い背を丸めながら逃げるようにその場を去って行った。
レバルフトがいなくなるとコスナーは無言のまま椅子に身を投げ出し頭の後ろで手を組んだ。大きなため息を一つつく。何もしないくせにとりあえず立ち上がっていたユーリもゆっくりと座る。
「コスナー、大丈夫?」
「あ?何がだ」
ユーリの問いにコスナーは珍しく不機嫌を隠そうともせず答えた。
「皆さん、申し訳ない!出来の悪い部下の非礼は代わって私が謝罪いたします」
「ウルカ分隊長に謝ってもらう必要はありませんよ」
レバルフトに何を言われようと立ち上がるどころか声さえ発しなかったブルーが優しい声で言った。
「出来が悪いってのは確かにその通りだけどな」
コスナーが低い声で呟く。
「コスナー!」
ウルカの気持ちを思い計ったエミオンが咎める声を出すが、コスナーはプイと横を向いてしまった。
「さ、もういいから座ろうウルカさん。ね?」
ハリスがウルカの両肩を抱き、椅子に掛けさせる。ウルカはこれ以上ない程しょげ返っていた。
「そ、それにしてもあれだね?コスナーめっちゃ強いね?ね?」
重くなった空気を変えようとユーリがわざとらしく大きな声を出したが、思いがけずロズベルがそれに乗った。
「おお、確かに凄かったな。片腕一本で余裕勝ちだったじゃねえか」
しかし、言われたコスナーは喜ぶ様子も見せず白けきった声を出した。
「俺は凄くねえ。俺が強いんじゃなくてあいつが弱すぎるんだ」
場を盛り上げようとしたユーリはコスナーの身もふたもない言い草に口を閉ざした。手を組んだままコスナーはウルカを見つめた。
「ウルカさんよ、正直俺は心配だぜ?あれが公爵様のお命を守っている守備隊かい?」
「し、守備隊の第三、第四分隊は直接交戦の前提にありません。自然と、あのような人員が集まるのです」
「つまりは貴族のバカ息子達の受け皿になっていると言う事?」
「…強く、否定はしません…」
「チッ!胸糞悪ぃ…。おい、ユーリ!」
「な、何?」
突然名前を呼ばれたユーリは慌てて顔を上げた。
「俺にも酒持って来い」
「そ、そりゃいいけど…何を?」
「ロズベル隊長と同じのでいいよ」
「わ、わかった」
機嫌の悪い時のコスナーには逆らわないのが賢明。これまでの付き合いでそれを熟知していたユーリは素直に食堂に走った。コスナーの不機嫌なため息の音がもう一度大きく響く。
少なくともユーリが戻るまでロズベルの話もお預けだ。座を沈黙が支配する。
「ハリス隊士…」
気まずい沈黙の中、ウルカがポツリとハリスの名を呼んだ。
「ん?」
ハリスは優しい声で答えるとウルカの横顔を見た。ウルカは顔を俯けたままぼそぼそと話した。
「恥ずかしながら、あれがあなたが入りたいと言っていた守備隊よ?レバルフトが特別と言う訳ではないわ。誰も彼もが階級意識の塊。例え父の許しが下りて、あなたが入隊したとしても、誰一人としてあなたを歓迎したりはしないでしょう」
「わぁ~、そりゃ苦労しそうだな~」
エミオンが心底 嫌そうな声を出す。
「それで?」
ハリスは何でもないような声で訊き返した。
「それでって、今みたいな嫌な気分を毎日味わう事になるのよ?それも一日中ずっとよ?きっと、一秒だって気も休まらないわ?」
「だから、それがどうしたの?」
ハリスは笑いを含んだ声で更に訊き返す。
「だから…」
「わからないなぁ。少なくとも俺はココロ様やキイタ姫をお守りする為に魔族と戦う覚悟を持ってここに座っているつもりだぜ?何も気を休める為に守備隊に行きたいって言っている訳じゃない」
ハリスが話し始めた所に大きなカップを載せた盆を手にしたユーリが戻って来た。ユーリはそのままコスナーの前に酒を置くと、状況がわからず近くにいたエミオンの顔を見た。
エミオンは何も言わずにユーリの席を指さす。黙って座れ、と言う事らしい。ちょっと拗ねたような顔をしてみせたユーリはそのまま自席に戻る。
コスナーは置かれた酒を啜りながらハリスの顔を見た。他のメンバーもハリスを見つめ、黙って彼の言葉を聞いている。
「ココロ様、キイタ様、シルバー隊長、ガイ隊長、それに大地…。みんな世界を守ろうと命懸けで旅をしている。世界をだぜ?その後方を援護をしようってんで俺達は集まったんじゃなかったっけか?そうだよな?だとしたら、坊ちゃん達の嫌味を聞くのが辛いからやっぱ辞めますとか言うと思う?」
みんなの顔を見ながら話していたハリスは最後に目の前のウルカの顔を見つめて言った。
「そんな半端な気持ちで加わってるんじゃないんだよ。だってしょうがないじゃん、俺が生まれた家は庶民の家だ。それは今更どうにもならない。でも俺は俺の両親の子として生まれて良かったと思っているし、誰に恥じる事もない、純正、混じりっ気なしの庶民である事を誇りに思っている。だから何も気になんかならない」
「ハリス隊士…」
「その、それ!」
突然ハリスはウルカの鼻を指さして煙たそうな顔をした。
「え?」
「もう公務の時間は終わってるんだ、その、ハリス隊士ぃって言うのやめない?」
指摘されたウルカは、なるほど、と思い立ち素直に頷いた。
「わかりました、ではハリス」
「ハリ…ま、まあいいか、俺の方が年下だし」
「あなたは、決して後悔しませんね?」
ウルカの質問に気を取り直したハリスは不敵な笑いを浮かべると即答した。
「するもんか、内部に蔓延る敵の芽を摘むんでしょう?俺は何が何でも守備隊に入り、公爵閣下のお傍でその身をお守りしたい」
真剣な目でウルカを見つめるハリスは、ぶれる事のない心情を口にした。
「わかったわ。それでは私も更に父上に交渉を続けます。守備隊も騎馬隊同様、生まれ変わるべきなのよ」
最後は自分に言い聞かせるようにウルカは呟いた。
「それでは、決意も固まった所で今日の本題に入りたい。ロズベル隊長、お願いできますか?」
ハリスの話しが終わったのを見越したブルーがロズベルに向かって言った。
「ん?おお」
ジョッキの中身を呷りかけていたロズベルは、口から酒を零しながら慌ててカップを置いた。
皆の注目がハリスからロズベルへと移る。その口からどのような話が飛び出すのか。ハリスの言葉を聞いた直後のメンバーの目は、集まった時以上に覚悟を秘めた真剣な光に満ちていた。




