それぞれの思い
●登場人物
・ココロ…アスビティ公国公爵令嬢にして、全宇宙を魔族から守るべく選ばれたANTQUEの能力者のリーダー。
・吉田大地…ココロのテレパシーをキャッチし、魔族と戦うためプレアーガへとやって来た地球の少年。高校二年生。
・シルバー…ココロのテレパシーをキャッチしたANTQUEの能力者。ココロの住むアスビティ公国の隊士。
「なるほどね」
ココロがすべてを話し終えるのには一時間と要さなかった。しかし、その内容に大地はまるで長い長い物語を聞き終えたような気持ちになってため息をついた。
「で?」
「え?」
大地の問い掛けに、ココロとシルバーは同時に問いで返した。既にゲンムとデュールはその姿を消していた。テテメコだけが、小さな体を胡坐をかいた大地の膝に預けてちんまりと座っている。
「さっきゲンムが言っていた。これからの事は自分達で話し合って決めろって。この後の事って、何か考えがあるの?」
大地はいたって冷静にココロとシルバーを均等に見ながら話した。そのあまりの冷静さにシルバーが声を荒げる。
「貴様、それだけか?」
「何が?」
「姫の、今の話を聞いてもっとこう、気遣うような事は言えないのか!」
「…。同情してほしいの?」
あくまでも冷静に大地が答える。
「大変だったなぁとは思うよ?でも俺らに今必要なのは、それぞれが持つ情報を共有化して、次の行動を決める事でしょう?傷の舐め合いをしている場合でもないと思うけど?」
シルバーの色白の頬がみるみる朱に染まり始めた。
「そう言う問題ではないだろう貴様!貴様には感情と言うものがないのか!」
「やめてシルバー」
ココロが慌てて止めに入る。
「ダイチの言う事が正しいわ。私達は急いで決断しなくてはならない」
そう言われてもシルバーは治まらなかった。
「いいえ姫!我々はこれからお互いに命を預けて戦わなくてはなりません!私は!私は、心底信用できない奴と、仲間を気遣う事もできないような奴と共に戦う事はできません!」
「それはあんたの持論だろ?俺がそれに従う必要がどこにある?別にあんたがリーダーと言う訳じゃなし」
「その通りだ、だがお前がリーダーでもない!」
「お願いシルバー、もう黙って」
「………」
ココロの一言でシルバーは口を閉じたが、暫く怒りに満ちた目で大地を睨み続けていた。大地も大地で一歩も退かず、シルバーを睨み返す。
シルバーは突然大きくため息をつくと、大地に背を向けるように浮かせかけた腰を荒々しく床に下ろした。大地もシルバーから目を背ける。
そんな二人の間で、ココロがおろおろとした様子で、何もできずにいた。漸く三人になったと言うのに、いきなり険悪な雰囲気になってしまった。
このダイチと言う異世界の少年は、徹底的にシルバーと相性が悪すぎる。そう思うとココロは胸の中に重たい鉛でも飲んだような気分になった。
「今度の件でひどい目にあったのは、何もココロだけじゃない」
暫くの沈黙の後、大地がぼそりと言った。シルバーが背を向けたまますぐに切り返す。
「お前が一体どんな目にあったと言うのだ!今の姫の話よりも、どんなひどい体験をしたと言うのだ、えっ!?」
「…ココロと俺と、どっちの方がひどい目にあったかなんてそんなもん、比べようもないさ。だけど俺だって大切な人を失った…」
自分の名前を叫びながら闇に飲まれていったましろを想いながら大地は言った。
「それに、もしかすると俺自身が今度の事件を引き起こした張本人かもしれないんだ…」
大地が続けてそう言った時、再びシルバーは大地に顔を向けた。
「…。どう言う、事だ?」
事と次第によってはたたっ切る勢いで訊いてくるシルバーの声に、ため息をつきながら今度は大地が話す番となった。
「いいよ話すよ、聞いて。同情してもらう為じゃない。情報を共有する為だ」
大地はココロとシルバーの二人に顔を向けると、決心したように話し始めた。六年前、ましろが消えたあの日の事を。
静かな部屋の中にカタカタと音がなり続けている。大地の話しを聞き終えたシルバーが、鎧を鳴らして小さく震えているのだ。
「じゃあ」
と言ったシルバーの声もその体同様、僅かに震えを帯びていた。
「お前が、“闇”を開放したと言うのか?」
二人から顔を背け壁を見つめていた大地が、ゆっくりとシルバーを見る。
「…そうだよ。俺とましろが闇のANTIQUE、”ネビュラ”が封印されていた祠を開けた。そしてネビュラは、本来 一心同体である筈の光のANTIQUEを置き去りにして、ましろを連れ去ったまま時空のどこかに姿を消したんだ。魔族の復活がその闇の暴走に起因するのだとしたら…今この全宇宙を危機に陥れたのは俺って事になる」
突然シルバーが立ち上がった。
「シルバーだめ!!」
シルバーとほぼ同時に立ち上がったココロは、そう叫びながらシルバーの前に、大地を庇うように立ち塞がった。大地は変わらず、床にあぐらをかいたままだ。そんな大地を怒りに満ちた目で見下ろすシルバーの右手は、しっかりと剣の柄を握っていた。
「下がりなさい、シルバー!命令です!…お願い、落ち着いて…」
それでもシルバーの血走った目は、大地から離れなかった。剣を抜こうとする右手もそのままだ。大地は大地で、まったく興味がないと言った無表情で横を向いたまま動かない。
「シルバー…わからない?」
そう言ったココロに、漸く目を向けたシルバーは、驚愕した。目の前に立つココロの頬に、幾筋もの涙が流れているのを見たからだった。
「姫…」
それでも、大地はまったく動かず、顔をあげようともしなかった。
「あなたは、自分自身のとった行動が世界を滅亡させてしまうかもしれないと言う重圧の中で、逃げもせず、時空を超えて戦いにきた大地の辛さが、わからない?」
そう言われたシルバーの瞳が、動揺したように左右に振れた。
「私なら耐えられない。きっと、その剣で殺してもらえた方が、どれだけ楽だろうかと考えると思うわ」
シルバーは、苦しそうに顔を歪めると、大きく吐き出した息と共に震える右手をゆっくりと剣から離した。ココロに頭を下げるとそのまま振り向き、窓の外を向いた。
「大地…」
ココロが涙を拭きながら、背中越しに呼びかける。
「同情した訳じゃ、ないからね」
「わかってるよ」
大地が短く答えた。
「俺は、自分の知っている事を話しただけだ。シルバーは?あんたは何か話せる事はないの?」
しかし、窓辺に立つシルバーの背中は無言のまま一切の会話を拒絶していた。
「ま、いいや。で、ココロどうなの?この先の事で、君には何か考えがある?」
「うん…私も色々考えてはみたの」
ココロが、やや自信なさげな声で答え始めた。
「正直、ゲンムと出会って一ヶ月、誰からも応えがなかった事で、私は自分の能力を疑ったわ。でも、あなた達に会えた。今は、何も疑問はない。私の声はみんなに届いているんだって確信した」
「うん。それで?」
「それで、逆に二人に訊きたいんだけど、私がメッセージを送り始めたのが、ひと月前…、二人に私の声が届いたのは、いつ頃の事?」
ココロの質問に、あらぬ方を向いていたシルバーも顔を戻した。先に質問に答えたのは、シルバーだった。
「…私が姫の声を聞いたのは、姫がメッセージを送り始めた時期とそうは変わらないと思います。ただ、立場上なかなか自由に小宮の外には出られませんでした。それに…」
シルバーはそこで一度呼吸を整えるように言葉を止め、またすぐに続けた。
「デュールが、小宮の中に敵がいると私に伝えてきたので、何とかそれを暴こうと手を尽くしておりました。結局、姫がご到着されるまで何も掴む事はできなかったのですが…」
「ダイチは?」
ココロが大地を振り向きながら訊く。
「俺?俺がココロの声を聞いたのは今日だよ」
「今日!?」
「うん」
「どうして?ゲンムは私の声は時空を超えて仲間に伝わると言っていたわ。どうしてそんなに時間が掛かるの?」
「ココロの住む世界と大地の住む世界は、似ているようで実は全然違 時間軸の中で存在しているんだ」
突然、大地の膝の上に座るテテメコが口を挟んできた。
「違う、時間軸?」
「そう、考え方はいくつかあるけど…。例えば時間の経過の仕方が違うとかね。このプレアーガに住むココロやシルバーにとってのひと月は、大地にとってはたったの一日」
「一ヶ月が、たったの一日?」
シルバーが、訳がわからないと言う風に繰り返す。
「或いは、時空を超えた時、つまり大地の住んでいた地球と言う名の世界から、プレアーガに移動する時、僕や大地にはそれが数分にしか感じられなかったけれど、もしかすると時間にしてひと月位、流れちゃったのかもしれないね」
「ええ!?」
テテメコの説には大地も驚きの声を上げ、膝に座るテテメコを思わず見下ろした。
「はっきりした事は僕にもわからないさ。時空を超えるってのは、そんな事が起こっても不思議はないって話だよ」
そこでテテメコは話すのをやめた。最早何を聞かされても驚かない程の経験をしてきた三人であったが、そんな彼らでさえ、今のテテメコの話には言葉を失くした。
「…つまり、未だにココロの声が届いていない世界にいる能力者もいるかもしれないし、今現在ここを目指している最中の奴もいるかもしれないって事か…」
沈黙を破り大地が呟いた。
「地球からプレアーガへの移動に要する時間が約一ヶ月だったとすれば、それ以上のタイムラグのある世界から来る奴もいるかもしれないって事だ。あくまでもプレアーガの時間軸で事が進んでいる以上、別世界の奴が声を聞いてすぐに行動を起こしたとしても、実際は到着までに何ヶ月も掛かるかもしれない訳で…。こりゃぁ、気の長い話だな」
「仲間の大半がプレアーガに存在する事を願うばかりか…」
シルバーも絶望的な声を出した。
「でも」
ココロが話しを引き継ぐ。
「例え他の仲間がみんなプレアーガの人間であったとしても、シルバーのように事情があってここに来られない人だっているかもしれないでしょう?」
「…確かに」
大地とシルバーが目を見交わしながら頷く。
「本来ならね、みんな私の声を聞いて、ゲンムのもとへ集まるのが摂理なんだって。そうゲンムは言ったわ。それが本当なら、私はどこかでメッセージを送りながらみんなの到着を待てばいい訳だけど…」
「何らかの理由で、その場を動けない者もいる…」
シルバーが、自分自身と照らし合わせて呟く。
「うん、そう。実際、私が自分の家を出た途端、こうして二人と巡り合う事ができた。だから、このまま仲間を捜して私自身が動いた方が次の仲間に出会える確率は上がると思うの。ダイチがそうだったように、私を目指してくれている仲間は、私がどこにいても必ず探し出してくれる。だったら、私が動く事に大きな問題はない筈よね、違う?」
「いいと思う」
大地がすぐに賛成の意を表明する。
「実際、敵が既にココロを始まりの存在としてつけ狙っているのなら、それを回避する為には、動き回っている方がいい」
「確かに。ココロ様を一つところに留まらせお守りするには、国を挙げて今起きている事を理解する必要がある…。それはかなり難しいだろう」
これに関しては大地とシルバーの意見は一致したようだった。
「今のココロの作戦で行こう。それで、まずはどこを目指すの?」
「うん。同じ動くなら、なるべく人のたくさん集まる所へ行きたい。その方が安心だし、人が多くいる場所の方が能力者と会える可能性も高まる気がするの。だから、まずはこのンダライ国の首都、ハンデルの町を目指したいと思う。どう?シルバー」
ココロは、敢えてシルバーを振り向きながら彼に意見を求めた。
「姫の、仰せのままに」
「よかった、ありがとう」
ココロはにっこりと微笑んだ。
「でも…」
大地が口を挟む。
「何だ貴様、姫の提案に不満があると言うのか?」
「いや基本的には賛成だよ。だけど、アスビティ公国には既に敵が入り込んでいた。このンダライ王国でも同じ事が起きているとは考えられない?」
ココロとシルバーが同時にハっとした顔をする。そんな二人の様子を見て大地は続けた。
「もしそうだとしたら、俺達はみすみす敵の手中に飛び込む事になる。人が多い場所を目指すと言う考え自体はいいと思う。だけど、その行動はできるだけ隠密でなきゃいけない」
「どうしたらいい?」
不安気な声で訊いてくるココロの顔を見ながら大地は答えた。
「まず、ココロのそのお姫様みたいな格好はどうにかした方がいいね」
「みたいではない、ココロ様は正真正銘の姫なのだ」
「シルバー、私は姫ではないわ」
「…失礼しました。しかし、国を代表する公爵家の令嬢である事は間違いがございません」
「それと」
ココロとシルバーのやりとりを無視するように大地が言う。
「シルバーのその、“姫”って言うのも、もうやめた方がいいな」
「何を言うか貴様、姫は、姫ではないか」
「俺のこの格好も、この世界じゃ目立ちすぎる。次の町で俺にも何か服を買ってくれ」
シルバーの抗議を聞き流した大地が、白いワイシャツに、学校規定の黒いズボン姿の自分を見下ろしながら話を進める。
「それともう一つ、シルバーの服についているその月と星のマークは何?」
問われた瞬間、シルバーは急に誇らしげに胸を張り大地の質問に答えた。
「これは我がアスビティ公国の誉れ高き国章だ」
「そうか、じゃあその服も今すぐ脱いで処分しちゃって」
「な、な、な…」
あっさりと言ってのける大地に、再びシルバーの顔色が真っ赤に変わり始める。
「何を言うか、貴様ぁ!国よりお預かりしたこの正規服を、す、す、す、捨てろだと!?」
「そうだよ」
「シルバー」
シルバーの爆発を予見したココロが慌てて彼を宥めようと声を掛けたが、最早シルバーは止まらなかった。
「いいえ姫!これは公軍隊士である私への、いや、我が公国への侮辱です!黙ってはいられません!」
と、大地は膝の上のテテメコを床におろし、静かに立ち上がった。大きなため息をついて、体ごとまっすぐにシルバーに向き直ると、シルバーとは対照的に落ち着いた声で話し始めた。
「俺は、さっき見たんだ」
「何を?何を見たの、大地」
シルバーを押しとどめながら、ココロが顔だけを大地に向けて訊ねた。
「下のカウンターにいたこの宿の主人に、女の従業員が何やら耳打ちをしていた」
「それが何だと言うのだ。貴様、話を逸らす気か!」
「その二人が話しながら見ていたのはシルバー、あんたの姿だよ。俺の到着を待つ為に宿の前に立つあんたの後ろ姿を見ながら、二人は何やらこそこそと話し合っていたんだ」
ココロもシルバーも、大地が何を言おうとしているのか掴みきれず戸惑った顔で黙り込んだ。
「さっきのココロの話を聞いて考えてみた。起きた状況だけを見たら、一体どんな結果になるだろうかと」
大地はいきり立つシルバーから目を逸らさないまま自分の考えを展開し始めた。
「仲間だと思っていた隊士達が突然襲い掛かってきて、お城に火をつけた」
「城じゃない」
「シルバー、いいからそんな事。それで?ダイチ、続けて」
「みんなはとにかくお姫様をお助けしようとココロの部屋に向かった筈だ。けど、そこに姫様の姿はなく、隊士の死体がひとつ、転がっていた」
突然、大地の足元で重たい音がした。何事かとみれば、大きな石が一つ落ちている。石の姿に戻ったテテメコだ。大地は屈み込んでそれを拾うと、ズボンのポケットにしまいながら話しを続けた。
「後で調べてみれば、姫様と一緒に一人の隊長も姿を消していた。そう、シルバー、あんたの事だ。これらの状況を分析した君達の国の…軍隊か、警察か知らないけど、そう言う人達はどう思ったかな?」
シルバーは、いつの間にか剣から離した両手を強く握り締めていた。段々と大地の言わんとする先が見えてきたココロも、不安気な顔でシルバーを見上げる。
「恐らくはこうだと思う。反逆を企てた隊長が城に火を放ち、姫様を攫おうとした。それに気づいた姫の幼馴染である若い隊士は、果敢に隊長に立ち向かったが敵わず返り討ちにあってしまった」
「貴様…」
「俺の言う事が正しければ、今日の夜明けと同時に国中、或いは近隣国にまで、おふれが出回っている筈だ。公国の姫を攫い、逃亡を企てた大反逆者シルバーを見つけた者は、ただちにアスビティ公国まで報せろ、と」
「反逆者だと…貴様、私を!」
「誤解しないでよ、俺はそんな事は思わない。あくまでも事情を知らない連中がその状況を見た時にどう考えるかを推理しただけだ」
「フルゥズァが姫を襲ったのだ!いや、フルゥズァに化けた敵がだ!だから、私はそれを排除した!姫をお守りしたのだ!」
「わかっているよそんなことは!!」
初めて、大地がシルバーに負けない大声で言い返した。その迫力にココロは身を縮め、さすがのシルバーも口を噤んだ。
「落ち着いてよシルバー。俺はわかってる、全部わかってるよ。でも、俺の考えが正しかったら、多分この宿の主人は今頃、君達がここにいる事をアスビティに通報しているはずだ。敵が入り込んでいる、アスビティ公国にね」
「そうしたら、すぐに敵が襲ってくる」
「ここまでの話は、きっと俺達にとって絶対必要だったと思う。俺は何が起きているのかを知った。君達は俺が仲間の一人だと納得できた。この後は、できるだけ早く、そして密やかにここを出発する方がいい」
「…私に…」
目に見えて肩を落としたシルバーが、途方に暮れたような声で呟いた。
「この私に、軍人を捨てろと言うのか?私の祖父も、父も軍人だった…。アスビティ公国の軍人だ!子供の頃から軍人の家に育ち、私自信、十五の歳に仕官して以来今日まで、アスビティに忠誠を誓い、侯爵様に忠誠を誓い…、国を守る事だけを考えて生きてきたのだ…。そんな私に、この国章を、捨てろだと?逆賊の汚名を着せられ、公爵令嬢誘拐に仲間の殺害容疑までかけられ、部下や仲間の追跡から逃げて暮らせと、そう言うのか?」
大地に、と言うよりは自分自身に問い掛けるようにシルバーはぶつぶつと言い続けた。
「辛いだろうなぁ、と言うのは何となくわかるよ」
大地の言葉にシルバーは、怒ったような目を向けたが、何も言い返しはしなかった。そこで大地は続けた。
「俺がこの世界に来てまだ数時間しか経っていないけど、あの道端であんたに会うまでに何人かの人を見かけた。収穫した野菜を運ぶ老夫婦、腰の曲がったお婆さん、この涼しい中、裸同然の格好をした子供を2~3人は見たかな?とにかくみんな貧しくて、疲れたような姿をしていた」
「前はそんな事はなかったのよ」
ココロが、なぜか弁明するように言った。
「一年程前に先王が亡くなられて、この国は急に変わってしまったの。活気のない、無気力な国に」
「へぇ、それはそれで興味深いけど。とにかく、そんな町の中で、立派な国章を付けた軍服を纏って、そんなに大きな剣をぶら下げているのなんかシルバーだけだった。わかるよね?二人とも、目立ち過ぎるんだ。君達が生まれ育った所は、世界でもほんの一握りの人間しかいる事のできない場所だ。この世界は君達なんかより数万倍も、数十万倍も多い人数の平民で成り立っている。俺達はこれから、その世界の中を敵に見つからないように移動する。偉くも凄くもない、ただの旅人にならなくちゃいけないんだ」
再びシルバーは深く項垂れた。部屋の中は、不自然な程の静寂で満たされている。やがて、シルバーが俯いたまま、小さく呟いた。
「…私が…」
「軍人を捨てて、何になるのかって?戦士になるんだよシルバー」
大地の言葉にシルバーが顔をあげた。
「アスビティだけを守る軍人を捨てて、この世界を、全宇宙を守る戦士になるんだ」
シルバーは大地を見つめた。大地もシルバーを見つめる。どの位そうしていただろうか?長い沈黙にしびれを切らした大地が話し出した。
「アイデンティティーが崩壊するのが苦しいのは理解できる…だけど…」
大地が言い終わるより先に、シルバーは大地に背を向けると、頑なな声で言い放った。
「貴様に従う謂れはない!」
「シルバー」
シルバーの頑固さにいい加減 苛ついた声で大地が言いかけた時、突然シルバーは振り向くと、同時にココロの前に片膝をついた。
「姫、残された私の命、すべてをあなたにお捧げいたします。どうかお命じください。このシルバー、どのような屈辱にも耐え、姫の仰せに従います!」
戸惑ったココロは大地を見た。大地はただため息をついて肩を竦めるばかりだ。ココロは目の前に跪くシルバーに向かい、言った。
「シルバー、本日只今をもって、アスビティ公国第三警備隊隊長の任を解きます。これよりは私、アスビティ公国公爵子女、ココロ直下の非公式隊士として、大儀成就の日までつき従う事を、ここに命じます」
「一命を賭けて、お使い申し上げます!」
ココロの言葉が終わると、シルバーはより一層深く頭をさげ応答した。




