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ANTIQUE  作者: OOK&YOK
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真なる敵

●登場人物

・アリオス…ANTIQUEの能力者を陰ながら支える援護部隊えんごぶたいの一人。故国アスビティを捨て隣国のンダライへと渡った。現在はンダライの国防主力戦術部隊の小隊長を任されている。

・マルコ…同じく援護部隊の一人。年齢は若く、体格にも恵まれてはいないものの、戦闘にあってはアリオスに次ぐ実力者である。

・アッカラ…ンダライ国防主力戦術部隊であるシュナイドリッツC隊の二等兵。剣術は優れているものの短気で喧嘩けんかっ早く素行そこうが悪い。

・マーニー…アッカラの所属するシュナイドリッツC小隊の小隊長。



前回までのあらすじ

 ココロが生まれ育ったアスビティ公国と国境を接するンダライ王国。そこはつてアテイル四天王の一人メロの策略により滅亡寸前にまで追い込まれた西の大国であった。

 ンダライの第二王女であるキイタが四人目の能力者としてココロ達と共に旅立った後、国主こくしゅ不在のままその政権は代行執政官のポルト・ガスが信頼する大臣達と共に執り仕切っていた。

 故国アスビティを捨てンダライへと亡命したアリオスとマルコはANTIQUEの存在を知る貴重な人材として好待遇こうたいぐうをもってこの国に迎えられていた。いつの日か魔族 殲滅せんめつの為に共に戦おうと握手あくしゅを交わしたアリオスとガス。現在は国主こくしゅと国を守る兵士と言う立場で再会を果たしていた。

 人間達が手を組まない限り人が魔族に勝利する事は不可能と考えるアリオスは、その為にンダライがアテイルによって壊滅寸前にまで追い込まれた経緯を世界に向けて発信するべきだと進言する。プレアーガを牽引けんいんするフェスタルド、クナスジア、ミルナダと言った大国を動かすにはンダライが魔族から受けた傷をさらし、我が事として受け止めてもらう他ないと。

 しかしそれは同時にガスが国王夫妻を暗殺した自らの罪を告白する事に他ならない。それを公表すればガスが社会的に抹殺される事はまぬかれない。そうと知りつつ進言するアリオスもまた苦しんでいた。

 一方、アリオスが小隊長に任命されたシュナイドリッツA隊の屋内訓練場では同じシュナイドリッツのC隊に所属する二等兵アッカラがなぐり込みを掛けておりちょっとしたさわぎになっていた。

 外国人であるマルコをうとんじたアッカラが私闘を吹っかけていたのだ。この事件をきっかけに部下達が自分を認めていない事を知ったアリオスは何を思ったかマルコとアッカラの私闘を訓練と称し容認した。

 模造刀もぞうとうを使った本番さながらの戦いが始まった。勝負は終始マルコ優勢のまま進んで行く。負けを認めないアッカラは執拗しつように勝負を挑んで来るが、遂にマルコはアッカラの体を封じ、その喉元のどもとに剣先を突きつけたのだった。







「お前は二度死んだ」

 剣を突きつけたままマルコが言う。その額には大粒の汗が浮き出ていた。観戦していた両小隊の兵士達は言葉を発するのも忘れこの戦いに魅入みいられていた。

 どう見ても優勢なのはマルコだ。しかし、それと渡り合っているアッカラの身体能力もまた彼らの想像を絶した常識外れの動きだった。

「ぬぅわあぁぁぁ!」

 突然アッカラが獣のような雄叫おたけびを上げると、自由な左手で突きつけられたマルコの剣を鷲掴わしづかみにし、横に押しやった。当然、この剣が訓練用の模造刀もぞうとうであるがゆえに成せる行為であり、もしこれが本物の剣ならば飛ばされるのは剣をつかんだアッカラの指の方だ。

 現実にはあり得ないアッカラのこの行動におどろいたマルコは大きなすきを作った。アッカラは剣をはじき飛ばした左手のこぶしをがら空きになったマルコの腹に叩きこんだ。

「ぐふっ!」

 まともに鳩尾みぞおちに一撃を食らったマルコの体が崩れる。その一瞬のすきを見逃さず、アッカラはマルコに踏みつけられていた右手をその足の下から抜き取ると、両手でマルコの髪の毛をつかんで引き寄せた。腹筋の要領ようりょうで起き上がりざまに強烈な頭突きを食らわす。

 目から火花が散るとは正にこの事だった。軽い脳震盪のうしんとうを起こしたマルコがるのを見たアッカラは渾身こんしんの力を込めてその体を突き飛ばした。

「剣を!」

 アッカラは首をひねり叫びながら手を差し出した。アッカラの右手にC小隊の仲間が慌てて剣をにぎらせる。それを見たマルコの中で何かがブチ切れた。余りにも汚いアッカラのラフファイトに怒りが沸点ふってんに達したらしい。

 訳のわからない叫び声を上げながらマルコは猛然もうぜんと倒れたままのアッカラにつかみかかって行った。両手で思いきり振り下ろした剣はアッカラの横払いにはじかれたが、返す勢いで柄尻えじりをそのこめかみに叩きこんだ。

「ぎゃああ!」

 動物めいた叫びを上げながらアッカラが地を転がって逃げる。息を切らせてようやく上げた顔は、左目脇付近にばっくりと口を開けた傷口から流れる鮮血で半分が朱に染まっていた。

 マルコは自分自身も脳震盪のうしんとうを起こしてふらつく足を踏ん張り、更に動けずにいるアッカラに向かっていつくばるようにけ寄った。

 しかしアッカラの元まで辿たどり着く前にマルコの体は突然右から受けた衝撃しょうげきに吹っ飛ばされた。

「あ!」

 この戦いを見ていた男達の中から数人が驚きの声を上げた。アッカラの仲間であるC小隊の一人、いやに身幅みはばの広い巨漢きょかんがマルコに体当たりを食らわせたのだ。

 突然乱入したC小隊の兵士はそのまま地に投げ出されたマルコにけ寄ると、倒れたマルコの胸倉むなぐらつかんで引き起こし、強烈なフックを入れた。

 その途端とたん、複数のC小隊の兵士達が雪崩なだれ込むように走り寄り、寄ってたかってマルコをなぐりつけ始めた。手も足も出ないマルコはただ身を丸め、全身に襲い来る衝撃に必死に耐える事しかできなかった。

「お、おい…」

「お前らそれはねえだろうが!」

 目の前で始まった集団リンチに思わず叫んだA小隊の兵士達がやはり輪の中心にけ寄り、あっという間に小隊同士の激しいなぐり合いが始まったしまった。

「ま、こんなところだろう」

 黙って成り行きを見守っていたアリオスがつぶやく。

「止めて」

 アリオスに言われたタスニットは唖然あぜんとした顔をアリオスに向けて言った。

「今、ですか?」

「さすがに無理があるか」

 愉快ゆかいそうな笑顔を作ったアリオスはテーブルの上に投げ出していた足を床に降ろすと静かに立ち上がった。

「し、小隊長…」

 狼狽うろたえるタスニットを余所よそにアリオスはたんたん々と乱闘の輪の中に入って行く。いきなり目の前で相手をなぐりつけている一人の兵士の襟首えりくびを掴むと、力いっぱい後方に引いた。

 アリオスは無言のまま引き倒された兵士となぐり合っていたもう一人の兵士の顔面を固めたこぶしで殴りつける。なぐられた兵士は折れた歯を飛ばして後ろ向きにひっくり返った。

 更に足を進めるとアリオスは行く手をふさぐ兵士達を次々となぐり飛ばし、ある時は蹴り倒しながら乱闘の中心へと向かって行く。

 やがてアリオスは仰向あおむけになったマルコの頭を立ったまま何度も踏みつけているアッカラを見つけると、表情も変えずにその股間こかんを蹴り上げた。

 目をいてアッカラが前屈かがみに崩れ落ちるのを見たアリオスは次にマルコの上に馬乗りになって彼をなぐり続けるC小隊の巨漢きょかんあごを軍支給のブーツの爪先つまさき容赦ようしゃなく蹴り上げた。巨大な体が一瞬宙に浮き、後方に吹き飛ぶ。

「訓練終了ぉ――――――――――っ!」

 突然響き渡ったアリオスの大音声だいおんじょうなぐり合っていた兵士達の手が一斉いっせいに止まる。シンと静まり返った兵士達を見回したアリオスはひょうひょう々とした態度で言い放った。

「どうだみんな?勉強になったか?」

 兵士達は皆、この男は何を言い出したのだ?とでも言いたげな顔でアリオスを見つめている。その一人一人の顔を見回しながら、アリオスが言う。

「訓練は終了だ、いつまでも手を離さない連中は全員まとめて懲罰ちょうばつを課す」

 静かだが迫力のあるアリオスの声に、相手の胸倉むなぐらつかんでいた者達は慌ててその手を降ろした。

「結構結構。みんなよく見ていたな?ではここで今の戦いを振り返り、総括してみようではないか。みんなも見た通りアッカラは、のどき切られてもまだ戦う事をやめなかった。それも二度も!何故なぜか?それは、まだ戦えたからだ」

 マルコもパンパンにれ上がった顔をアリオスに向けた。

「その上 素手すでで刃をつかみ、振り払い、尚且なおかつ剣を渡せと仲間に助勢じょせいを頼んだ」

 自分の卑怯ひきょう振舞ふるまいを指摘されていると感じたアッカラは、アリオスに蹴られた股間こかんをおさえたまま黙ってうつむいていた。

「一方マルコはそんなアッカラの戦闘に苛立いらだち、剣のつかを思い切り相手の顔面に叩きつけ、深い傷を負わせた。大怪我おおけがをしたアッカラに追い打ちを掛けようと近づくと、今度はC小隊の連中がこの戦いに割って入り寄ってたかってマルコ一人を滅多打めったうちにし始めた」

 アリオスの言葉に今度はC小隊の兵士達がにがにが々し気に顔を伏せる。そんな事は一向お構いなくとうとう々とアリオスは続ける。

「すると今度は何が起きたか?そう!それを見ていたA小隊の連中まで乱入して御覧ごらんの通りの大乱闘だ!」

「で、ですがC小隊の連中は汚すぎる!」

「そうだそうだ!」

「何を!」

 A小隊の兵士達の言葉にC小隊の一団がいきり立つ。再び一触即発いっしょくそくはつ不穏ふおんな空気が場を満たした。

「まーあ、待て待て」

 執成とりなすアリオスの声が響く。

「なあ、アッカラよ」

 アリオスはうつむいたままのアッカラに声を掛ける。呼ばれてもまだアッカラは顔を上げられずにいた。

「見事な戦いぶりだった」

 優しさをふくんだ思いもよらない言葉に、アッカラが顔を上げる。マルコも驚いて身を起こしかけ、走る痛みに顔をしかめた。

「ええ!」

 A小隊から不満気な声が上がる。それを無視してアリオスは続けた。

「それにC小隊の連中も見事なチームプレイと言わざるを得まい」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ小隊長!」

 A小隊から抗議こうぎの声が上がった。

「あんな汚い戦い方の、どこが見事なんだよ!」

「汚い?」

 アリオスは声の方に顔を向ける。その迫力に抗議こうぎしたA小隊の兵士達は思わず顔を伏せる。

「では聞くが、お前達はなぜマルコを助けに入った?」

「だ、だってよぉ、ありゃいくら何でも…」

「お前達だって思っていたのではないのか?余所者よそものの新人は気に食わんと。ここらで一発痛い目にでも合ってもらわなきゃ気が収まらんと。だったらその新人がC小隊の連中になぶり殺しになるのを、黙って見てりゃ良かったじゃねえか」

「そうは行かねえよ!そりゃ、マルコの事は、あれだけど…。でもCの連中はさすがにやり過ぎだろ?」

 A小隊の兵士達の言葉を聞いたアリオスはふっと口元をほころばせた。

「結局お前ら案外い奴らだって事だな?さて、ではここで諸君等に問おう。今の勝負、勝ったのはどっちだ?」

 アリオスの質問に再び場内が静まり返る。誰もが周りの顔色をうかがい答えを発せずにいた。

「マルコだ」

 そんな中、A小隊の中から小さな声が聞こえた。

「ん?」

「そうだ、マルコだ」

 再び別の声。

「そうだ!誰が見たってマルコの勝ちだ!」

 今度は確信を持った大きな声が響いた。この声を皮切かわきりにA小隊の陣営じんえいからそれに賛同するいくつもの声が上がった。

「あーわかったわかった、もういい」

 アリオスは騒ぐ部下達を黙らせると、今度はC小隊の陣営じんえいに顔を向けた。

「お前達はどうだ?」

 しかし聞かれた彼らは顔を伏せるばかりで答えなかった。それを見たアリオスはアッカラの前に歩み寄り、腰をかがめて同じ質問をした。

「ならアッカラお前にこう。今の勝負、勝ったのは誰だ?」

 アッカラの苦しそうに左右に泳ぐ目が、ふと半身を起こしたまま自分を見つめるマルコの目とぶつかった。しばらくその目を真っ直ぐに見つめていたアッカラは一つ長い息を吐き出すと、静かに言った。

「俺…」

「ん?」

「………」

「どうした?アッカラ」

 アリオスに更にかれたアッカラは悔しそうに唇をみしめうつむいたが、次の瞬間には顔を上げ、アリオスをにらみつけるように真っ直ぐに見ながらはっきりと言い放った。

「俺の負けだ!俺の負けだよ!」

 それを聞いたアリオスはニヤリと笑うと身を起こした。

「素直じゃないか」

「うるせえ!俺だってこれで勝ち名乗りを上げる程…」

「ぶっ飛んじゃあいねえか?」

「チッ…!ああ!」

 アリオスに言われたアッカラは再び顔をそむけるといまいま々しそうに答えた。

「誰でもない、本人が認めたんじゃ仕方があるまい。今の勝負はマルコの勝ちだそうだ」

 アリオスはおどけた仕草でその場にいる全員に聞こえるように言い、そして続けた。

「たしかにマルコの剣術はアッカラより勝っていた。流れるような動き、そこに一切の無駄はなかった」

 アリオスの言葉にC小隊の兵士達は悔しそうに顔を伏せる。

「だが一方でアッカラの第一刀の踏み込みは見事だった。一気に間合いを詰めるあの動きは相当の勇気がなくては不可能。あんな踏み込みはアスビティで長く軍人をしていた俺も見た事がない。あの先手には相手も度肝どぎもを抜かれひるむ事間違いなしだ。」

 突然自分がめられた事にアッカラは怪訝けげんそうな表情を上げた。

「とは言え…」

 二人の技術をたたえたアリオスは再び声の調子を落として独り言のようにつぶやいた。全員の目が彼の顔に向けられる。それを認めたうえでアリオスは続けた。

「ところでみんなにこう。お前らは一体誰と戦う気だ?アスビティ、シュードル、あるいはテリアンドスと言った近隣諸国きんりんしょこくか?それとも海を渡った超大国フェスタルドか?だとしたら、マルコのしなやかな動き、アッカラの大胆だいたんつ素早い踏み込み。これらは非常に有効だから全員が是非ぜひ見習ってほしい」

 そう言うとアリオスは突然自分を囲む輪から抜け、先程まで座っていた椅子の所まで戻ってきた。そこには相変わらず不安げな顔のタスニットが立ち尽くしていた。アリオスは椅子を引き、再びどっかりと腰を下ろした。

「だが…」

 足をテーブルに乗せ、手を組んだアリオスが静かに言う。全員がそんなアリオスの顔を黙って見ている。アリオスは小さく左右に首を振りながら言った。

「お前等の敵はそんなもんじゃあない。見事な体捌たいさばき?鋭い踏み込み?そんなもんで倒せる相手じゃねえ。これだけは保証する、今度の敵はそんな常識が通用する奴らじゃないんだ」

「小隊長、一体…?」

 タスニットがその場にいる全員の思いを代弁するように声を出した。

「俺が本当にみんなに見習ってほしいのはアッカラが今の戦いで見せた執念しゅうねん深さだ。マルコの形振なりふり構わない相手を倒そうとする思いだ。そして、仲間を助けようとした両小隊の行動だ。いいか?今日の訓練は名誉あるシュナイドリッツとは到底とうてい思えない惨憺さんたんたる有様ありさまだった。しかし今必要なのはそう言う戦い方なんだ。何が何でも相手を倒して生き残る。どうしてもかなわない時は、一人でも多く敵を道連れにして倒れる。そんな泥臭どろくささだ。これを俺達が生まれたアスビティでは、鎮圧術ちんあつじゅつと呼ぶ」

鎮圧ちんあつ、術…」

 まだ立ち上がれずにいるマルコがかすれた声でり返す。しくも捨て去った祖国で元部下のパッキオが自分の部下に教え込もうとしている鎮圧術ちんあつじゅつを、アリオスもまた新たな部下達に伝えようとしていた。

「そうだ。どんなに無秩序むちつじょに見える戦法にも明確な兵法がある。今日の訓練は最低最悪だ、こんな事をり返していれば身が持たん。そうだろ?アッカラ」

「こんなもん、かすり傷だ!」

 未だに出血の止まらない傷口を抑えたアッカラが強がりを言った。

「よく言うぜ、もしマルコの手が数㎝狂っていたら片目を失うところだったんだぞ?」

 呆れた声を出したアリオスはすぐに表情を引き締めると、自分の部下達の顔を見回しながら低くきっぱりとした声で言った。

「明日からA小隊は、今言った鎮圧術ちんあつじゅつの訓練に入る」

 アリオスの言葉にA小隊の兵士達から小さなざわめきが起きた。

「まずはA小隊うちで始める。納得のいくものが見せられるようになったら順次他の小隊長達にも推奨すいしょうするつもりだ」

「なんなんだ…」

 アッカラが傷口を抑えたままふらりと立ち上がった。そばにいたC小隊の仲間が慌てて肩を貸す。

「なんなんだえらそうに!来る早々A小隊の隊長に収まって、何かってえと執政官室しっせいかんしつに呼ばれ俺達に指図しやがる!テメエの言っている敵ってのはどこのどいつだ!テメエは何を知っていやがる!」

 食い掛かってくるアッカラにアリオスは座ったまま冷静な声で答える。

「お前達だってわかっているはずだ。この国はつい先日まで転覆寸前てんぷくすんぜんだった。ンダライの塔が崩れ去り何とかそれを回避かいひできたものの、俺達はこのンダライを二度とこんな危機におとしいれる訳にはいかんのだ」

「それと泥臭どろくさい戦いと何の関係がある!ンダライの塔が建っている間、俺達はお役御免やくごめんだったんだ!トチ狂った政治家の間抜けな政策のせいだろうが!俺達軍人には何の関係もねえ!!」

「これはおどろいたな。奴らにここまで追い込まれた国の軍人がまだそんな事を言っているとは」

「その思わせぶりな言い方をやめろ!俺はそれが気に入らねえんだ!よそから入ってきて、執政官しっせいかんのどんな知り合いか知らねえがいきなり好待遇こうたいぐうで迎えられやがって!一体どんな手を使って取り入りやがった!」

 息をはずませて自分を非難ひなんするアッカラの目をアリオスはじっと見つめた。アッカラも負けじとにらみ返す。息の詰まるような沈黙がしばらく続いた。

 と、突然アリオスが足を乗せていた長テーブルを物凄ものすごい力で蹴り飛ばした。今まで終始しゅうし冷静な態度を崩さなかったアリオスの豹変ひょうへんぶりに誰もがおびえ身をすくめた。

「さっきから聞いてりゃ、やれ待遇たいぐうだ地位だ贔屓ひいきだと小せえ男だな」

「何!?」

執政官殿しっせいかんどのにお呼ばれすれば満足か?あ?だったら俺がそのように取り持ってやろう、どうだ?そうすれば身を入れて訓練するか!」

 誰も言い返してこないと見たアリオスは静かに椅子から立ち上がった。数人の兵士がその迫力に押され身を退く。

「はっきり言おう、お前ら小者のわめく泣き言を聞いてやってる余裕はねえんだ。ポルト・ガス代行執政官はその必要があれば今すぐ戦争に突入する事もさぬとおっしゃっておられる」

「戦争を…」

 タスニットが思わずつぶやく。

「い、一体何の話だ、誰と戦うってんだ!」

 抑えきれない不安に震える声でアッカラが言い返す。

「言うべき時が来れば言う」

「今言え!」

「それこそ、執政官自らの口から聞こうではないか。一日も早く公表していただけるよう私も掛け合う。その日までお前達はただひたすら見事な死に様を迎えられるよう鍛錬たんれんを続けていればいいのだ、余計な事は考えずに」

 アリオスの言葉にその場にいた全員が言い返す事もできずに押し黙った。

「よし、ではアッカラ、マルコ、それからそこのデブと歯の折れたお前。貴様ら四人は今すぐ医療室へ行き治療を受けろ。他の者は今すぐ屋外練習場へ出て駆け足十周だ」

「は…はあ?」

「何でだよ!」

「それと医療室へ行く四人は今夜から三日間当直の飯当番だ」

「何ぃ!」

 アッカラが息を吹き返したように怒鳴どなり声を上げる。

「ふざけるな!当直でもねえのに夜まで残って飯当番なんかできるか!」

「ア、アリオス…、俺、四日後にまた当番なんだけど…」

 アリオスの突然の仕置しおきに、マルコもアッカラと同じく抗議こうぎの声を上げた。

「だったらお前は四日間の当番だ。得意だろ?喜べみんな、マルコの料理の腕はなかなかのものだぞ」

「待てよ!なんだよ、懲罰ちょうばつには課さねえといったじゃねえか!」

 アッカラの叫びに同調した兵士達が口々に叫ぶ。

「やかましいっ!!えらそうに御託ごたくを並べるんじゃねぇ!こんなみっともねえ訓練しやがって!独房どくぼうにぶち込まれないだけましだと思え!小隊長命令への反抗とみなし、駆け足三十周に割り増しだ!」

 アリオスの大声に更に不満が高まる。もはやAもCもなかった。

「グダグダ言ってんじゃねえ!更に割り増しされたいか!」

 アリオスがそう怒鳴どなった時、背後にある地上へ続く階段の方から盛大せいだいな笑い声が響いた。全員が無言で笑い声の主を見る。

「いや、いやぁ~お見事、お見事な采配さいはいですアリオス殿」

 笑いすぎてあふれ出た涙をきながら階段を下りてくるのは、真っ直ぐな黒髪を長く下した細身の男だった。

「小隊長!」

 男を見たアッカラがひっくり返った声を出す。黒髪の男はアッカラ達が所属するC小隊の隊長、マーニーであった。

「これはマーニー小隊長殿、いつからそこへ?」

 アリオスが振り向きながら言う。

「訓練開始からずっと」

 にこやかな顔を崩さぬままマーニーはアリオスの前に立った。長身のアリオスに負けず、マーニーも背が高い。

「これは人が悪い」

 アリオスもニヤリと笑いながら言う。

「いやいや、部下が数名見当たらないと思えば、こんな所で特別訓練を受けていたとは…。それにしてもマルコ一等兵の戦い振り、感心しました」

「小隊長!」

 なごやかに会話を続けるマーニー小隊長に、部下であるC小隊の兵士達がたまらず声を掛ける。

「何とか言ってください!この人はA小隊長のくせに俺達C小隊の連中にまで訳のわからねえ事を…」

「…訳は、わかると思うが?」

 笑いを消したマーニーが部下の顔を見つめ冷たい声で言う。

「は?」

「アリオス小隊長の指示はいたって正当。ぐずぐずせずにさっさと走ってこい!」

「そ、そんな~」

 マーニーの底知れない迫力に恐れを成したのか、あれ程文句を言っていたC小隊の連中が半泣きの顔で階段をけ上がっていく。

「お前らもだ!さっさとせんか!C小隊に後れをとるな!」

 アリオスの一喝いっかつに思わず背を伸ばしたA小隊の兵士達も、ドタバタと階段を登って行った。

「タスニット!」

 最後に階段を登ろうとしたタスニットの背にアリオスが声を掛ける。

「はい!」

「お前はいい。それより、彼らを医療室へ」

 アリオスは訓練場に残った四人の負傷者を指さした。

「し、承知しました」

 緊張しきった声で言ったタスニットはマルコ達に手を貸し立たせると、怪我人けがにん達を先導して階段に向かった。

 タスニットの手を借りて歩くマルコがアリオスとすれ違い様に恨みを込めたような声でつぶやく。

「兄貴よぉ」

「どこぞの柄の悪い山賊のような呼び方はよしたまへ、マルコ一等兵」

 いたずらっ子のようなおどけ顔でアリオスがそっと言い返すと、マルコは派手に舌打ちをして通り過ぎて行った。

「みっともないなぁ」

 マーニーはかばい合いながら通り過ぎて行く自分の部下に向かってあきれたように言った。

「あんまりはじをかかせないでよね」

 アッカラを始め、怪我けがを負ったC小隊の連中は皆 ねたように唇をゆがめながら無言で訓練場を出て行った。

「いやマーニー殿、出過ぎた真似まねをした。お許しいただきたい」

 地下訓練場にマーニーと二人きりになったところでアリオスは軽く頭を下げてびた。

「やめてくださいよ。こちらこそ不肖ふしょうの部下がご迷惑をお掛けしました。それより小隊長としてこの場を取り仕切った手腕しゅわん、お見逸みそれしました」

 マーニーはオーバーリアクションでアリオスのびを断ると、むしろアリオスを絶賛ぜっさんした。

「しかし、あの馬鹿者共の気持ちもわからなくもないのです。気を悪くしないでくださいアリオス小隊長。みんな不安なのですよ…。いえ、戦う事がではありません。何と戦うのか、と言う事です。そしてその戦いはいつ、何の為に起こるのかと言う事がです…」

「うむ」

 アリオスも小さくうなずいてそれに答える。

勿論もちろん軍人などと言うものは上官の、ひいては国主こくしゅの命に従いただひたすらに任務を遂行すいこうすればそれでよいのだとはわかっているのですが…。彼らも、人間ですのでね」

 マーニーは長い髪をらして部下達が消えた階段を振り返った。つられたアリオスも同じ方に目をやる。どうやら言われた通り両小隊仲良く走っているらしい。若い小隊兵士達の元気な掛け声が二人の小隊長の耳にも届いていた。













 

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