鎮圧術
●登場人物
・ブルー…アスビティ公国元第二警備隊第八分隊長。シルバーが最も信頼する部下でココロからの信頼も厚い。ANTIQUEと魔族の存在を知る数少ない隊士。また実際にアテイルと剣を交えた人物でもある。
・パッキオ…アスビティ公国元特別行動騎馬隊第四分隊々士。ガイの分隊長時代の部下で四年前のクナスジア戦争の生き残り。ブルーと同じく数奇な運命によりANTIQUEの戦いに巻き込まれた。
・シャンデル…新設された特別行動騎馬隊特殊遊撃班に配属された優秀な隊士。体が大きくプライドが高い。
・ヒャルダ…同じく特殊遊撃班の隊士。自身を鍛える事に非常にアグレッシブな青年。
・メルフ…同じく特殊遊撃班の隊士。非常に目端の利く観察眼の鋭い男。
●前回までのあらすじ
フェズヴェティノスの軍団に追われ夜の荒野を疾走していたココロ達一行は気づかぬ内イーダスタ共和国を出て隣国のジルタラス共和国へと入り込んでいた。
フェズヴェティノスとの戦闘で重症を負ったガイの治療をする為木の一本も生えない不毛の荒野で一夜を明かす事を決めた。
フェズヴェティノスであるラプスからアクーが聞いた真の闇の王と異名を取るシュベルの存在に不安を募らせる大地やシルバーに対しココロとキイタは敵が誰であれ倒すだけだと語気を荒げる。二人の少女に勇気づけられた男達は、改めて自身の目的と魔族との戦いに強い覚悟を決めるのだった。
魔族を倒す為にも主戦力であるガイの一日も早い復活を望む大地は、焚火を熾す為の薪を探そうと仲間の輪を離れる。ココロはシルバーの執拗な制止を振り切り大地と行動を共にする。
そんなココロの頭の中に謎の声が聞こえて来た。もしや七人目の仲間の声ではないかと考えた大地とココロは暗闇の中その声の主を求めて彷徨い歩く内、足を滑らせ漆黒の崖下へと落ちてしまった。
秋を深めた青空に勇ましい掛け声が木霊する。広大な演習場の中、数十名の男達が刃を殺した剣を手に模擬練習に勤しんでいた。
アスビティ公国特別行動騎馬隊に復帰したブルーは、彼らを見下ろす高台でその様子を見つめていた。
「班長」
ブルーの背後から声を掛けて来たのは巨体の隊士、今はANTIQUEの一員となったガイの且つての部下であるパッキオだった。
「パッキオ殿」
振り向いたブルーが少年のような笑顔で答えると、パッキオは太い眉毛を寄せ、盛大に皺を作った。
「また…。今やあんたは俺の上官だ、殿はよしてくれ」
言われたブルーは照れたように頭を掻いた。
「やあ、なかなか慣れないものですね」
「ものだな」
「ああ、と…。慣れないものだな」
素直に言い直すブルーにパッキオはやれやれ、と言った感じで苦笑いを浮かべた。
「それでどうです?新設部隊の様子は」
「うむ…。皆腕に覚えのある者ばかりだ。剣技、馬術においては申し分ない」
「何だか煮え切らない言い方ですな、何か不安でも?」
「いや…」
問われたブルーは頼もしく訓練に励む隊士達を見渡しながら歯切れ悪く呟いた。パッキオはそんな若い班長の横顔を静かに見つめた。
「特別行動騎馬隊特殊遊撃班…。各分隊から選りすぐった精鋭三十二名の新設部隊」
ブルーの横に並んで同じように訓練の様子を見つめながらパッキオが呟く。ブルーは隊士達の訓練から目を逸らす事なく応えた。
「明らかに魔族との決戦を意識した部隊だ。公爵様自らの発案と聞いた。アリオス殿には戦う気はないと仰せながら、我らが領主様は来るべき魔族との闘いを意識しておられる」
「そうかね?」
あからさまなパッキオの疑いの言葉にブルーは彼の顔を見た。
「あんたが動けるようになり騎馬隊への編入が決まった。同時に俺もだ。表向きそれなりの立場に就かせたかったが、現在の行動騎馬隊全十三分隊の中に空いているポストがなかった」
パッキオが淀みなく話すのを聞きながら、今度はブルーが口元に苦い笑みを浮かべた。
彼らがアスビティに帰国してから半月以上が流れていた。ブルーの傷はまだ完全に癒えた訳ではなかったが、立ち上がれるようになるまでにその処遇は決められていたらしい。
特別行動騎馬隊への編入、復帰。併せて新設部隊が設置されブルーはその部隊を取り仕切る班長、パッキオはそれを補佐する副班長を拝命した。
役職名こそ班長、副班長となっているが、それは且つてのガイやアリオスと同じく分隊長、副分隊長と同格であった。
「班長に不安がないってんなら一つ、俺の不安を聞いてくれ」
「聞かせてくれ」
「魔族との闘いを意識した新設部隊と言いながら、未だにこの班の具体的な存在理由は公表されていない。活動内容も、権限もだ」
「それは今、ウルカ殿の父上を筆頭に政府が話し合っている」
「俺が言いたいのは、魔族対策として遊撃班を設置しておきながら実のところ国はまだ姫の話を本格的に信じてはいないように見えるって事だ」
「パッキオ、法改正や調整には時間が掛かるものだ」
ブルーが静かな声でパッキオを諫める。パッキオは大きくため息をついた。
「政治の難しい話は俺にはわからん。ただ、慣れ親しんだ分隊から突如移動を命じられたあいつらも、自分達が何の為に集められたのか知らないままこうして訓練を続けている」
ブルーの足元にしゃがみ込んだパッキオは、型通りに剣を振るう若い隊士達に顎をしゃくりながら続けた。
「それを取り仕切るのは境界警備小宮で分隊長をしていた若造と、失礼。それに、四年間も生死不明だったこのおっさんだ。さて、果たしてあの中の何人が本心から納得してこの班に入ったと思われる?」
パッキオの語る不安はそのままブルーの不安でもあった。今目の前で懸命に剣を振るう隊士達。既に冬の空気が漂う中、汗を飛ばして訓練に励む男達は、一体どのような思いで今この場にいるのだろうか?そんな事を考えながらブルーは部下となった隊士達の姿を見つめた。
「納得できなきゃいずれ不満が募る。それはそのまま俺達への不信へと変わる。どれだけ個々の腕が立っても、上下の信頼が確立できていないチームは闘いには勝てない」
パッキオはブルーの不安を煽るような事ばかりを言う。しかし自分の中の不安を認めず、誤魔化していたブルーに対し、言い辛い事を言い、課題を明確にする事で逆にその不安は小さくなっていた。
なるほど、パッキオ。あのアリオスが信頼を置く訳だ。この男が傍にいてくれる以上、今後も自分の大いなる力になってくれるであろう事は間違いがないと確信できた。
「もし…」
ブルーが何も言わずにいるとパッキオは再び口を開いた。普段はまったくと言っていい程 喋らない寡黙な男であったが、必要を感じた時には誰よりも雄弁になる。
「国が本気で姫の手紙にあった事を信じ、対応しようとしてこの遊撃班を組織したのだとしたら…。なぜここにいるのが俺とあんただけなんだ?」
ブルーはチラリとパッキオの顔を見下ろす。
「確かに、実際に魔族と剣を交えたのはあんただけかもしれんが、俺達は姫やンダライの代行執政官の話しをしっかりと聞いている。なのになぜ、俺以外の連中はここに配属されなかった?」
パッキオと共に公軍に復帰した他の仲間達、コスナー、ハリス、エミオン、ユーリはそれぞれ別の部隊へと振り分けられていた。
「それは…」
ブルーはパッキオの顔を見ながら言った。
「事情を知るものが広範囲に散っていた方がよいとの判断であろう」
ブルーの言葉を聞いたパッキオは一瞬 呆気にとられた顔をした後、派手に吹き出した。
「何か、おかしいか?」
「いや…。いや、何もおかしくはない」
顔に笑みを張り付けたまま言うと、パッキオは尻の汚れをはたきながら立ち上がった。
「結構。前向きな考え方は嫌いじゃねえ。どんな状況であれ、こいつらをまとめるのが今の俺らの仕事だし、何があってもこいつらがまともに魔族と戦えるように育てるのが俺らの使命だ。無駄死にだけはさせたくねえし、何より姫やシルバー隊長の為だ。そうだろう?」
「ああ。ANTIQUE援護部隊、私達の事をそう呼んだアリオス殿の為にもな」
「アリオスか…」
パッキオも小さくその名を口にした。一刻も早く魔族との闘いに臨みたいと希望したアリオスは戦争放棄を盾に消極的姿勢を見せる母国を捨て、もう一人の仲間、マルコを連れ隣国ンダライへと旅立っていた。
国を壊滅寸前にまで追い込まれたンダライと、未だに明確な被害を受けていないアスビティ。国境を接したこの二国の間に横たわる魔族への意識の差は想像以上に大きかった。
パッキオは突然高台から飛び降りると、訓練最中の隊士達に向かい大声を張り上げた。
その声を聞いた隊士達は剣を収めると、一斉にパッキオの下に駆けつけ、横隊に整列した。
やがて、ゆっくりとした足取りでブルーがパッキオの隣に立った。軽く息を弾ませる隊士達の顔を見渡しながらパッキオが言った。
「どうだ?だいぶ体も暖まっただろう?みんなさすがに騎馬隊に入隊するだけの事はある。型通りの事は身についているようだな」
パッキオの含みのある言い方に一同の間に戸惑いの空気が流れる。
「だが教科書通りに剣を振るったところで戦争には勝てない!今日からこの遊撃班は、実戦を想定した訓練に移行する!」
パッキオの突然の宣言に隊士達は更に戸惑いの色を濃くした。
「取り合えず今の組み合わせのまま、鎮圧術の訓練を始めろ」
その言葉に遂に隊士達の間から軽いざわめきが起きる。
「誰が話していいと言った!」
パッキオの怒声に再び静けさが戻る。
「これから毎日、朝夕の屋外訓練は鎮圧術だ。それだけではない、馬術訓練についても早朝、夜間訓練を織り込んでいくのでそのつもりでいろ」
「副班長ぉ!」
突然パッキオの言葉を遮り進み出た男がいた。遊撃班の中では一際体の大きな男だった。身長ばかりではなく身幅もかなりあり、どこかパッキオに似た雰囲気を持っていたが頭には豊かな黒髪が揺れており、パッキオよりも随分と年若かった。
「君は?」
副班長の指示の最中に口を挟んだ男に向けてブルーが訊ねたが、答えたのはパッキオだった。
「シャンデル。元第四分隊の隊士です」
「第四分隊…?」
「はい、ガイ隊長の下、パッキオ副班長と共におりました」
「第十一遠征大隊には参加しておりません」
パッキオが補足する。つまりこのシャンデルと言う隊士は四年前のクナスジア遠征には従軍していないと言う事らしい。
「それで、何か意見でもあるのかな?シャンデル隊士」
ブルーは澄ました声でシャンデルの顔を見ながら言った。
「いや、意見って言うか…。鎮圧術って言やぁ、殺人技だ」
「それは正しくない。相手を行動不能にする術だと習いませんでしたか?」
「だからそれはつまり殺すって事でしょう?」
「殺さなくとも動きを封じる事はできます」
「班長、それは綺麗ごとですよ。教えてください、何だって俺達はそんな殺人技まで仕込まれなきゃいけないんです?教科書通りじゃ戦争に勝てないって、一体誰と戦争するって言うんですか?この国が」
「侵攻はなくとも国防はある」
ブルーが答えるがいかにも詭弁にしか聞こえなかったようで、シャンデルは顔を背け笑った。
「おかしいか?」
「ええ、おかしいですね。大体この遊撃班ってのは何です?近々戦争でも起こるんですか?」
「それは我々一隊士が考える必要はない」
「班長…」
「シャンデル」
更に言葉を重ねようとしたシャンデルをパッキオが呼んだ。
「それで、お前は結局何が言いたいんだ?」
「あ?」
「怖いのか?」
「はあ?」
「鎮圧術が殺人技だって?ああ、そうだよ」
「パッキオ副班長…」
自分が必死に否定してきた事をあっさりと覆すパッキオにブルーが軽く頭を振る。
「未熟な奴が仕掛ければ相手を殺してしまう」
「あなたなら相手を殺さずに動きを封じられると言うのですか?」
「まあ、一対一なら自信はあるが。試してみるか?」
パッキオが上着を脱ぎ去るとシャンデルはニヤリと笑い、一歩前に進み出た。
「場所、開けろ」
シャンデルが事の成り行きを呆然と見つめていた仲間達に言うと、隊士達はハっとしたように身を退いた。
「言っておきますが」
自信満々にパッキオの前に進み出たシャンデルは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「俺は副班長のように優秀じゃないですからね、下手をしたら殺しちまうかもしれませんぜ?」
「結構だ。殺す気で来てもらわんとお前を叩きのめす言い訳にならんからな」
シャンデルの脅しとも取れる物言いにも臆する事なくパッキオは涼しい顔で言い返した。
「ほぉう…」
シャンデルは相当腕に自信があるのか、パッキオの言葉にひどくプライドが傷ついたらしく顔色を変えた。
クナスジア遠征にこそ選ばれなかったものの、パッキオ達が不在にしていた四年の間に公軍内では一、二を争う腕前に成長したシャンデルを知る他の隊士達はハラハラとした顔つきで成り行きを見守っている。
「班長、これを頼みます」
パッキオはそう言うと腰に下げた大刀を鞘ごと傍らのブルーに預けた。
「心得た」
ブルーがそれを受け取るのを見たシャンデルが眉間に皺を寄せる。
「何のつもりだ…」
「あ?」
「剣を使わずに戦う気か…」
シャンデルの静かな声の中に恐ろしいまでの怒りの感情が渦巻いていた。それを意にも介さず進み出たパッキオは、二人を囲むように立っている隊士達に向けて大きな声を出した。
「いいか、よく聞け!鎮圧術とはまっとうな戦いが展開できなくなった時に、その場を切り抜ける為の技だ。よって、ありとあらゆる場面が想定される」
パッキオは隊士達一人一人の顔を見つめ理解を促しながら話した。
「戦場にあっては剣を奪われる事もある!折れてしまう事もある!例えそうなっても生きて帰る為の術だ、よく見ておけよ!」
パッキオはゆっくりとシャンデルの顔を見た。
「お前は剣でかかって来い。遠慮はいらんぞ、丁度いいハンデだろ」
聞いていた隊士達の顔が今まで以上に蒼白に変わる。シャンデルは最早怒りのあまり言葉すら出ない状態である。
「さあ、始めるか」
言うとパッキオはシャンデルと七m程の距離を取って正対した。準備運動よろしく首を回すパッキオを睨みつけながらシャンデルが陰に籠った声を出す。
「後悔するぞ…」
「誰がだ?お前がか?」
どうした事か、普段控えめで目下の者に対しても世話好きのパッキオにしては珍しく、このシャンデルにはやけに煽るような事を言い続けた。
俯いたシャンデルはイラついたように足元の地面を右足で何度も均した。胸を張ると、左手で剣の柄を握った。怒りの為に見開かれた大きな目が血走っていた。
「班長、始めてくれ!」
パッキオから目を逸らさぬままシャンデルが叫ぶように言った。
「うむ」
頷いたブルーが右手を上げる。
「訓練始め!」
訓練の開始前にはお互いが正対し、一礼をして始めるのが公軍全体の決まりであり習わしであった。それに則りシャンデルは深く腰を折り、礼の姿勢を取った。
顔を上げると同時に腰の剣を抜き去り襲い掛かるつもりだった。いくら訓練用の模造とは言え、その重さと硬度は本物の剣と何ら変わる所はない。シャンデルの力で振った剣が体に当たれば骨の一本や二本は砕ける。突けば刺し貫く事もできたし、脳天に振り下ろせば相手の命を絶つ事だって容易にできた。
そんな事を考えながらシャンデルが顔を上げようとした時であった、見守る隊士達の中から驚いたような声が上がった。
「あ、危ない!」
その声にシャンデルはハッとした。次の瞬間、顔に何かが浴びせかけられた。咄嗟に背けるが間に合わなかった。目に凄まじい痛みが走り、シャンデルは一瞬で視界を奪われた。
パッキオは訓練開始の礼を待たず、手にとった砂を思い切り投げつけてきたらしい。そう思い至ったシャンデルは怒りに任せ腰の剣を抜き放つと、闇雲前方に向け横に薙ぎ払った。
目にも止まらぬ速さで繰り出されたシャンデルの剣を掻い潜ったパッキオは、がら空きになったシャンデルの鳩尾に力いっぱい拳を叩きこんだ。
呼吸ができなくなったシャンデルの動きが止まる。突きだされた顎にパッキオの突き上げるようなパンチが入る。
鉛のようなパッキオの拳を顎に受けてもシャンデルは倒れなかった。よろよろと後方に下がる彼の霞む目に、追い打ちを掛けに迫るパッキオの姿が朧げに映る。
近づいてくる亡霊のように歪んだ相手に向け、シャンデルは右上段から剣を斜めに振り下ろした。固唾を飲んで見つめる隊士達の口から大きなどよめきが吐き出された。何とパッキオは両手を合わせ、まるで合掌でもするような格好でシャンデルの剣を挟み込んで止めたのだ。
頭上で止めた剣を素早く体の右下へと捻り込むと、その剣を掴んだシャンデルの右手首を膝で蹴り上げた。
「うぎゃぁ!」
激痛に思わず悲鳴を上げながらシャンデルが剣を離す。降ろした左足を軸に体を回転させたパッキオは、振り上げた右足でシャンデルの厚い胸板を正面から力の限り蹴った。
シャンデルの巨体が吹っ飛び、今度こそ背中から地に倒れこんだ。すかさず飛び掛かったパッキオは、奪い取った剣を逆手に持つと倒れたシャンデルの顔面めがけ思い切り振り下ろした。
シャンデルの顔の左脇 僅か一㎝の場所に剣が深々と突き刺さる。シャンデルは恐怖に固まり、汗だくのまま瞬きもしなかった。その顔を見たパッキオは、表情一つ変えず素早く剣を地面から抜き取った。
シャンデルの顔のすぐ傍で抉られた砂利が舞う。思わず顔を背けたシャンデルが慌てて目線を頭上に立つパッキオに向けなおした時、パッキオは左足で思い切りシャンデルの腹を踏み下ろした。
「がへっ…!」
シャンデルの口から声とも思えない妙な音と共に唾液が飛び散る。体を折り、浮き上がった彼の顔にパッキオはまるでボールでも蹴るように左足のつま先を叩きつけた。この一撃でシャンデルは意識を失ったらし、まったく動かなくなってしまった。
「そこまで!」
ブルーの冷静な声が響くと、パッキオは完全に伸びてしまったシャンデルを見下すように一瞥し、息の乱れも見せず隊士達の前に進み出た。
「卑怯だろ?」
パッキオはニヤリと笑うと部下達に向かって言った。
「それがどうした!」
言うとパッキオはシャンデルから奪い取った剣を彼らの足元に向かって投げつけた。慌てて身を退く隊士達の前で剣が地に突き刺さり、屹立した。
「戦場では敵に向かってお辞儀をしている暇なんぞない!隙をついて先んじて攻撃を仕掛けろ!剣を奪われたらその辺の石ころでも棒切れでも何でも武器にしろ!何も考えず、相手の動きを封じ血路を開け!何があっても生き抜け!そしてまた次の敵を倒せ!これが戦争だ!これが殺し合いだ!いいか?相手は微塵もお前達の事なんぞ気にかけてはくれんぞ!微塵もだ!そんな戦場の最前線に送り込む為にこの班は組織されたのだ!戦士の誉も高く、高貴な振舞いの中で死んでいくような奴はこの班には必要ない!そう心得ろ!」
パッキオの迫力に一言も発せずにいた隊士達の中から、一人の男がおずおずと進み出た。彼は地に突き刺さった剣の前に跪くと、恐る恐ると言った具合に手を伸ばした。
「ふ、副班長…」
「あ?」
「あ…、すみません、元一分隊の、ヒャルダです」
「どうしたヒャルダ?」
「さっきの、あの、シャンデルから剣を奪ったあの技を、私に教えてください!」
ヒャルダと名乗った隊士は、パッキオを見上げ必死の声で懇願した。
「あんな技はない!」
パッキオはそんなヒャルダに向かい言い放った。
「ええ!?」
「普段から鍛えていれば考えるより先に体が動く!」
「で、では、あれは練習されたのではなく、咄嗟に出た技だと?」
「自分自身、何をしたかすらよく覚えてはおらん!」
「大切なのは…」
呆気にとられている隊士達にブルーが近づきながら話しかけた。彼はパッキオに上着と剣を渡しながら話しを続ける。
「命がけのギリギリの戦いの中で、自分の中にある能力をどこまで発揮できるかと言う事だ。先ずは教科書通りでもいい。だがそれは型を覚える事が目的ではない。実戦の中で自らを守り、克つ相手を制圧できる技術を己が身に叩き込む為だ。そこには理念も、理想も、理屈もない。後続の仲間の為、我らの命でどこまで道を切り開けるかなのだ。覚悟したまえ、美しい戦いなどこの世に存在はしないのだと」
ブルーの言葉に精鋭と呼ばれる隊士達は口を開けたまま聞き入っていた。
「ところで…」
上着と剣を身に着けたパッキオが思い出したように呟きながら隊士達を見た。
「この中に俺がシャンデルに砂をかけようとした時、いち早く叫んだ奴がいたな?危ない!と」
隊士達は皆一様に目を伏せた。誰も名乗り出はしなかった。
「何だ?何も叱り飛ばそうって訳じゃない。いいから言った奴、手を挙げろ」
パッキオがそう言うと、彼らを囲む輪の中程で弱々しく手が挙げられた。
「元…、第九分隊のメルフです…」
「メルフか」
「す、すみませんでした、その、つい…」
「よく気が付いた!」
てっきり怒られると思っていたメルフと言う青年はパッキオの言葉に目をパチクリさせた。
「俺が砂を手に取ったところから気が付いていたな?」
「は、はあ…」
「いいかみんな、メルフは戦闘位置についた俺が手で砂を取るのを見逃さなかった。相手の不自然な行動を見つけるのは大事な事だ。行動だけじゃあない、目の動き、呼吸、足の運び…相手へのそう言う観察力を上げていく事が即ち自分の命を救う事に繋がるんだ。戦場では一瞬たりとも気を抜くな。先に隙を作った奴が負ける、負けるって事は死ぬって事だ」
「逆に、先に相手の隙を見抜いた者が勝つ。つまりは生き残ると言う事です」
パッキオに続いてブルーが言うと、隊士達の顔が赤く上気していくのがわかった。その目は輝き、二人の指揮官に対する尊敬の念が見て取れた。
「いい勉強になったようですね。これからあらゆる場面を想定した戦闘訓練を行っていく。ただ…、まあ、体だけは気を付けてくれ。訓練で怪我をして実戦に立てないようでは困る」
言われた隊士達が未だに起き上がらないシャンデルを見る。
「暫く休憩だ。手当してやれ」
パッキオが言うと隊士達は一斉に直立して二人に礼を正すと、急いで倒れたままのシャンデルのもとへと駆け寄っていった。




