逃走の果てに
●登場人物
・ココロ…始まりの存在に選ばれた能力者。強力なテレパシストで仲間を集めながら旅を続ける。
・吉田大地…土の能力者。ココロに呼ばれ時空を超えて仲間になった唯一の地球人。
・シルバー…鋼の能力者。最も早く仲間になった能力者。戦闘時には常にリーダーとして先陣を切る。
・キイタ…火の能力者。ANTIQUE最強と呼ばれる火の能力を操る体も気も小さな少女。
・ガイ…雷の能力者。元はシルバーの部下であった男。気が優しくいつも真っ先に敵に向かっていく。
・アクー…水の能力者。イーダスタの深い森の中で記憶を失くしたまま暮らしていた少年。
●前回までのあらすじ
フェズヴェティノス達の行く手を阻んだ黒い光の壁。それはココロ達能力者の宿敵、アテイルの使者であるダキルダが生み出したものであった。
激しい追撃の末、追う者追われる者双方が気づかぬ内にイーダスタ共和国を抜けていた。国境線に壁を築いたダキルダは、この先ジルタラス共和国はアテイルの管轄する国であると宣告し、フェズヴェティノスの侵入を拒んだのであった。
ダキルダ一人に翻弄され臍を噛んだフェズヴェティノス達の前に首領であるオヤシロサマが現われる。オヤシロサマは真の闇の王であるシュベルが始めた現宇宙侵攻の戦いから身を退き、この地上に安住の地を見つける為の旅に出ると宣言する。
これに反しオヤシロサマの孫娘であるハナはあくまでも人間と関わる事を目的にANTIQUEを追う事を決意。
一族の長と別れハナについて行く事を決めたのはシキとして共に歩んで来たタマとヒカル。ANTIQUEに強い恨みを持つラプス率いるオオグチの一族。まだ戦い足りないと言う理由で十一騎と呼ばれる精鋭のみを残した戦闘集団、モリガノ率いるオウオソの民であった。
誰を敵と定める事もなくこの地に残った少数 精鋭のフェズヴェティノス達の新たな戦いが始まろうとしていた。
結果的にダキルダに救われた形となったココロ達能力者の一向は、しかし、そうとは知らずその後も必死に馬を走らせていた。
ココロの背中にはキイタがしがみついている。彼女のすぐ横には大地とアクーを乗せた馬が疾走していた。
目に見え、肌に感じる距離に仲間がいるのは心強い限りであったが、主力となるシルバーとガイの姿が見当たらない。
背後に迫るフェズヴェティノスの気配にココロは馬の速度を落とす事ができずにいた。いつの間にか湧き出た厚い雲に星の光も遮られ、ココロの走る平地は闇に包まれていた。
「ココロ!」
突然キイタが鋭くココロの名を叫んだ。その声にハッとしココロは、前方により大きな闇を見つけ慌てて手綱を引いた。広大な平地は無限に広がり続けるものだといつしか思い込んでいたのだ。
しかし蹄を噛ませる平地はそこで唐突に終わり、先の見えない下りとなっていた。その先が緩やかな坂道なのか切り立った崖なのかすら、この闇の中では見極める事ができなかった。
それでもこの距離であれば止まる事ができる。そう判断したココロは馬に急制動を掛けた。その途端馬の蹄が地を滑り、その体を大きく横に倒した。
「きゃあぁっ!」
悲鳴と共にココロとキイタは冷たい地面に投げ出されてしまった。
「うぅわ!」
耳に届く大地の声に、彼もまた同じく転倒したのだとわかる。しかしそれだけでは終わらなかった。転倒した二頭の馬と地に投げ出されたココロ、キイタ、大地の三人はそのまま地面の上を滑り平地の切れた闇の中へと飲み込まれていった。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
「うわあぁぁぁぁっ!」
「大地!ココロ!」
咄嗟に転倒する馬の背から飛び降りたアクーが一人、闇に落ちていく三人の姿を見た。慌てて崖の淵に這いよったアクーは、眼下に広がる闇に向かい必死に仲間の名を叫んだ。
「ココロ!大地!キイタ!ココロ!返事をして、ココロ!」
暫くするとアクーの見下ろす十m程先で小さな明かりが灯った。
「キイタ!?」
その明かりがキイタの灯す火の能力と知ったアクーは大声で彼女の名を呼んだ。
「アクー?」
怯えたようなキイタの声が返ってくる。
「キイタ大丈夫?ココロは?」
そう言いながらアクーが見つめるキイタの炎が周囲を照らすように左右に揺れた。
「うん、大丈夫。みんな無事」
キイタの声にアクーはひとまず息を吐き出した。
「上がって来られる?」
再びアクーが声を掛けると、キイタに代わり大地の元気な声が返ってきた。
「俺達は大丈夫だけどぉ、馬が…」
「馬が?」
「あ、いや馬も無事なんだけど、ちょっとここを上がるのは難しそうだ。このまま下っていくしかなさそうだよ」
「そうか…」
呟いたアクーはすぐに決意すると、三人のいる崖下に向かって体を滑り下ろしていった。降りてみれば大した高さではなかった。アクーはすぐに三人の傍に駆け寄ると馬の様子を見た。
馬は二頭とも既に落ち着きを取り戻し、しっかりと立っていた。その背に積まれた荷物も大方無事であるように見えた。
「いやあ、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ…。あ、イテテ…」
大地が擦りむいた肘をキイタの火にあてて顔をしかめた。
「怪我をした?見せて」
大地はそう言うアクーに自分の肘を突き付けた。目を近づけて傷の具合を確かめたアクーはいきなり傷口を軽く一つ叩くと冷たい口調で言った。
「こんなもん舐めときゃ治る」
「あてっ!なんだよひでぇなー」
「ココロ怪我は?痛いところはない?」
アクーは大地の抗議を無視して急いでしゃがみこんでいるココロに駆け寄った。呆然としていたココロはアクーの呼びかけにハッと我に返った。
「う、うん、大丈夫みたい…。ちょっと、びっくりしちゃって、テヘヘ…」
そう言うとココロは照れたように笑った。その口調にアクーもほっとした顔を見せた。
「アクー」
立ち上がったアクーは大地の声に彼を見る。
「唾つけられないよ、これ」
大地が必死に自分の肘に向かって舌を伸ばしているのを見たアクーは、何も言わず目を逸らすと、今自分が滑り降りてきた岩肌を見上げた。
「地面が、凍っていたんだ…」
「ああ、だからあんなに走り辛かったのか!」
イーダスタの森を抜けた頃から感じていた違和感の正体を知った大地が納得した声を出した。その声と一緒に真っ白な息がその口から零れる。
「寒いね、もう少し火を大きくしようか?」
キイタは仲間達の中心にくるように手を翳し、少しだけ火を強くした。
「夜明け前のこの時間が一番冷え込むのかもしれないね。まだ雪が降る季節ではない筈だから…」
星のない空を見上げながらアクーが呟く。そこへ頭上から馬の蹄の音と共に、ココロの身を案ずるシルバーの声が聞こえてきた。
「ココロ様!ココロ様ぁ―!」
「シルバー!」
「アクー?そこにいるのはアクーか!」
「そう、僕!大丈夫、みんなここにいる!」
「どうしてそんな所に?」
「馬が足を取られて、みんなでここに落ちちゃったんだ!でも大丈夫、誰も怪我はしていない!」
「したってば、ほら」
すぐ横で大地が擦りむいた肘をなぜか誇らしげに見せてくるのを完全に無視してアクーは叫んだ。
「シルバー、フェズヴェティノスは!?」
「よくわからんが、追っては来ていないようだ。諦めたらしい」
「諦めた?奴らが?」
ダキルダに行く手を阻まれているとは夢にも思っていないアクーはシルバーの言葉に納得がいかず考え込む表情を作った。
「どうやってそこへ行けばいい?」
すぐに訊いてきたシルバーの声にアクーは思考を中断した。
「あ、左右を見て。どこかから馬のまま降りられる緩やかな場所はないかな?」
「わかった、降り口を探してみる。ただ、ガイが…」
「え?」
「あの大蛇との闘いでひどく負傷したらしい」
「何だって!?」
「ガイが?」
シルバーの言葉にキイタが悲痛の声を出す。しゃがんでいたココロも飛び跳ねるように立ち上がった。
「僕もそっちに行く!上と下からそれぞれ道を探そう!」
「わかった!」
うっすらとした曇り空を背景に微かに見えていたシルバーの影が立ち去ったのがわかった。
「アクー、私も!私も行く」
キイタがすぐに名乗りを上げた。しかしアクーはそれを押し留めて言った。
「気持はありがたいけどキイタ、君が一緒だと自分のペースで動けない。本当はその明かりが欲しいところだけど、今は一刻も早くシルバー達と合流したい。君はここでココロを守っていてあげて」
「でも…」
「キイタ」
なおも食い下がろうとするキイタを背後から大地が呼んだ。
「ここはアクーに任せて、俺達はガイの休める場所を作ろう」
「頼むよキイタ」
まだ納得がいかない表情のキイタに、アクーは笑顔で声を掛けると風のような速さでその場から立ち去って行った。
「どうせ俺らじゃアクーの足には着いて行けっこないんだからさ」
キイタの傍に歩み寄った大地がそっとキイタの肩を叩いて言った。
「ほら、それより毛布を降ろしたりお湯をわかしたり。俺達にできる事をしようよ。手伝って」
「うん、わかった」
大地の言葉に漸く頷いたキイタはすぐに馬の傍に駆け戻って行った。
自分達の落下した位置から見て左手に進路を取ったアクーは自分の勘の良さに満足していた。岩肌が剥き出しになってはいたが自分の選んだ道は比較的広く、そして緩やかな上り坂になっていた。
(この道なら馬でも降りて来られる)
踏みしめる岩の表面は滑らかで、勢いよく飛び移ると足を滑らせかねなかった。もともと摩擦の少ないすべすべとした岩肌なのだろう。もしかすると地下水脈が走っているのかもしれない。濡れたように表面を光らせる足元の岩を見ながらアクーはそんな事を思った。
森に住んでいる頃は川に洗われた巨大な岩から岩へ飛び移っていたアクーにとって、この程度は難所とも呼べなかった。何よりシルバーの言うガイの負傷が気になり自然と走る足にも力が籠った。
右に見える崖を登ってしまえば一足飛びに先程までいた平地に出られる事はわかっていたが、今のアクーには馬の通れる場所を探すと言う使命があった。焦る気持ちを抑え、アクーは敢えて迂回する道を選んでいた。
やがて目の前に今までよりも急な坂道が見えてきた。アクーは一気にその坂道を駆け上る。登りきるとそこは下へ落ちる前に走っていた平地であった。見上げれば、広く空が広がっている。アクーは後ろを振り返り、今自分が登ってきた坂道を見下ろした。
(ちょっと急だけど、広さは十分だし何とかなるかな?)
そんな事を考えていると、近づいて来る密やかな蹄の音が聞こえてきた。アクーはそちらに顔を向け、声を掛ける。
「シルバー?」
「アクーか?」
やがて漆黒の闇の中でもそうとわかる程近くに馬に揺られたシルバーが現れた。アクーはすぐさま駆け寄ると、シルバーの後ろでぐったりと馬の背にもたれかかるガイに近づいた。
「ガイ…」
アクーが声を掛けると、うつろな目をしたガイが顔を上げた。この闇の中でも浮かんで見える程、その顔色は白かった。額に脂汗を光らせながらも、ガイは不敵にニヤリと笑った。
「よぉ、相棒」
「やめてよ気持ち悪い」
「つれねえなあ」
そう言うとガイは再び顔を馬の背に埋めてしまった。
「まあそんな口が利けるんだから心配はなさそうだね。シルバー、そこ、みんなの所へ行ける」
アクーは振り向いて自分が登ってきた辺りを指さした。
「本当にココロ様は無事なのか?」
「大丈夫」
「…そうか」
言うとシルバーはアクーが示した辺りを目指して馬を進めた。
「あ、最初だけ急だから気を付けて!馬から降りた方が…」
アクーが忠告しかけている内にもシルバーはその急で足元の滑る坂道を難なく馬のまま下って行った。
「…さすがぁ」
アスビティ公国特別行動騎馬隊の大隊長を務める程の腕前は伊達ではなかった。驚きから立ち直ったアクーはガイを乗せた馬の轡を取るとゆっくりと坂を下り始めた。
シルバー達三人がココロ達と無事合流を果たしたのはその十分程後の事であった。彼女達は数枚の毛布を重ねて地に広げ、湯を沸かして負傷したと言うガイを出迎えた。
シルバーとアクー、大地の三人掛かりで馬の上からガイを降ろすと、毛布の上にその大きな体を横たえた。時々ガイが苦し気な呻き声を上げる。
「ガイ!」
ガイが横になるとすぐにココロが駆けつけ、心配そうにその顔を覗き込んだ。自ら湯に浸し固く絞った布でガイの口の周りに残る血の汚れを拭き取る。
「へへ…、女があんまり強く抱きつくもんで…」
苦し気な息の下でガイが無理に笑顔を作る。その言葉でアクーはガイがあの大蛇に巻き付かれた事を知った。
「ガイ…」
ガイのこの状態も結局は自分を助ける為に取った行動の結果なのだとココロは胸を痛めた。そんなココロの心情を悟ったガイが更に笑顔で話し掛ける。
「や、やめてくださいよ、そんな顔すんのは…、ココロ様らしくもねえ。大丈夫、俺はこんな事じゃくたばりゃしねぇって」
「アクー、どうだ?」
シルバーに訊かれたアクーは無言で立ち上がると、ガイに背を向けた。すぐに大地とシルバーがその傍に集まる。
「少なくとも肋が何本かはいってる。呼吸をするのも辛い筈だ。自力で立てないところを見ると腰か、背骨にも損傷があるかもしれない。あと、左足も折れてるね。あれには添え木が必要なんだけど…」
「それが…」
大地が情けない声を出す。
「火を起こそうと思ってキイタと一緒に薪を探したんだけど、この辺、枯れ枝どころかそもそも木が全然生えてないんだよ」
「この岩場じゃ無理もない」
シルバーが低い声で言う。
「荷物の中に何か変わるものはないかな?」
「探してみる!」
大地はそう言うとすぐに馬の所に駆け寄って行った。
「胸の骨折は、私にしてくれたようにきつく晒を巻いて…」
「いや」
シルバーが言いかけるのをアクーが途中で遮る。
「口から出血している。折れた骨が刺さったか、あの蛇に潰されたのかはわからないけど、恐らく臓器を損傷している。圧迫するのはよくない。ガイの顔、見た?右側が大きく歪んでいる…。あれは頬骨が折られているんだよ。凄まじい力だったに違いない」
それを聞いたシルバーがスっとアクーに背を向ける。自分の無力さを痛感したアクーが俯きながら言った。
「まあ、首の骨が折られなかったのが唯一の救い…」
言いかけたアクーの言葉は、突然起きた大きな音に途中で掻き消された。ガイの傍にいたココロとキイタ、添え木を探していた大地も顔を上げ、音のした方を見た。
シルバーが唸り声を上げながら鞘ごと抜き取った自慢の大刀を激しく岩に叩きつけていた。
「シ、シルバー?」
シルバーの突然の奇行に驚いたアクーが呟く。シルバーは一度 睨むようにアクーを見た後、大股でガイに近づいた。
「やはり、私が残るべきだった!」
シルバーは心の底から悔しそうにそう叫ぶと、がっくりとガイの傍にしゃがみ込んだ。
「シルバー…」
鋼の体を持つシルバーならばヒカルの攻撃にも耐える事ができたであろう。それをガイに任せココロを追った自分をシルバーは今更ながらに責めているのだ。
ヒカルと戦ったのがシルバーであったならここまでの被害はでなかった筈…。それは、ここにいる全員が感じていた。それだけに誰もそれ以上彼に声を掛ける事ができずにいた。
「冗談でしょ…」
そう言いだしたのは他でもない、傷つき、荒い息を吐くガイであった。
「あのでっかい体をシルバーの剣でちまちま切り刻んでたら、勝負はいつまでたってもつきゃしねえっすよ…。あれは、ウナジュウの能力で一気にぶっ倒すのが正解…。負けない事より、勝つ事を考えなくちゃ…。でしょ?」
「ガイ…」
大怪我をした当の本人に慰められた形のシルバーは、そう言ったきり言葉を失った。そんな且つての上官の顔を見ながらガイは青白い顔を歪めて笑みを作って見せた。
「大丈夫、俺にはウナジュウがついてる…。こんな怪我は、一晩寝てりゃ治りますって」
強がって笑顔を見せるガイの傍にアクーが近づいてきた。
「確かに、この状況じゃあANTIQUEの力だけが頼りだ。とにかく動かずにじっとしていて。いいね?」
「は~~~~い」
ガイはおどけるように返事をする。強気な発言を繰り返してはいるが、相当に痛む筈だ。シルバー、アクー、ココロも、キイタも一様に泣きそうな表情でガイを見下ろしていた。
「あのぉ…」
「何だ?」
遠慮がちな声を出したガイに、シルバーが身を乗り出して優しく聞き返す。
「そう見られてると、寝れないんっすけど」




