三人目の能力者
●登場人物
・ココロ(14)…惑星プレアーガの西国、アスビティ公国令嬢にして能力者のリーダー。
・吉田大地(17)…土のANTIQUEに選ばれた地球の少年。魔族との戦いに参加する為プレアーガへとやってきた。
・シルバー(28)…アスビティ公国公軍隊士。鋼のANTIQUEに選ばれた能力者。
●前回までのあらすじ
再びココロの声をキャッチした大地は、何とかココロのいる場所に辿り着こうとンダライの町を走った。偶然にもそのすぐ傍に居合わせたシルバーは、それが三人目の能力者とは気づかず、大地を置き去りにココロのもとへと去って行ってしまった。
三人は微妙にすれ違いながらも、プレアーガ西諸国ンダライ王国にて今まさに集結しようとしていた。
「姫!シルバーです、戻りました!」
ココロの部屋の前で、シルバーが声を掛ける。気は急いていたが、声を抑える事は忘れなかった。
部屋の中から足音が近づいてくる。慌てている、と言う様子がありありと伝わって来る足音だった。内側から勢いよく扉が開けられ、そこには青い顔をしたココロが立っていた。シルバーは素早く部屋の中へ入ると、すぐに訊ねた。
「姫、その後、土の能力者からは?」
ココロは黙って首を横に振った。
「そうですか…」
それから暫く二人の間に気まずげな沈黙が流れた。
「無事に、ここを見つけられるとよいのですが…。私がこの宿の名前を知らなかったものだから」
「いえ、私がそれを察知し、姫に伝えるべきでした。私の落ち度でした」
ココロとシルバーが、それぞれ自分を責める言葉を言い合ったところで、再び部屋の中に重たい沈黙が訪れた。そうやって座るでもなく、二人が部屋の真ん中に佇み、どれ程時間が過ぎただろうか?
「シルバー」
「姫」
二人は同時に声を出した。
「あ、ごめんなさい。どうぞ」
「いえ、姫の方から」
「うん…私、宿の前で待ってみようかと思うのだけど…」
ココロの言葉に、シルバーは少し驚いたような顔で言った。
「ちょうど今、私もそれを言おうと…。いえ、下へは私が参りましょう。どうか姫はこのままこちらに」
言いながらシルバーは既に扉に向かって動き始めていた。
「姫はダイチにメッセージを送ってください。そして、もし連絡がとれたら、彼にこう伝えてください。この宿の名は、“ア・グランツェ・ツェンマ”であると」
シルバーの言葉にココロは無言で頷いた。扉に手を掛けたシルバーは、その格好のまま動きを止めると、遠慮がちな声でココロを呼んだ。
「姫…」
大地の出現に気合の入っていたココロは、シルバーの控え目な声に顔を上げた。
「土の能力者が現れたせいで途中になってしまいましたが、私に何か御用でしたか?」
シルバーは改めてココロを振り返ると訊いた。大地の声が聞こえる前、自分を呼んだココロの声は切羽詰まっていた。恐らく新たな仲間はその時のココロの声をキャッチして、声を掛けて来たのであろう。
「あ…」
ココロは急にもじもじとした態度で俯いてしまった。
「姫?」
「ああああのね、その…。また、夢を見たの…。怖い夢を…、それで…」
シルバーはじっとココロを見つめたまま動かなかった。
「その、ごめんなさい。私、取り乱してしまって…」
たかが夢の為に、まるで実際に敵に襲われでもしたかのような声でシルバーを呼び出してしまった。その事を酷く後悔したココロは、しどろもどろに謝った。
「え?」
突然自分の体が優しく包み込まれる感覚にココロは顔を上げた。シルバーが静かに自分を抱きしめていた。
「姫が謝る必要などどこにもありません。姫が必要と思えば、いつ何時であろうと、どのような理由であろうと、いつでもこのシルバーをお呼びください」
「シルバー…」
音もなくココロから離れたシルバーは、優しい笑顔を見せると小さく頷いてみせた。
「下へ参ります。戸締りを忘れずに」
戸惑うココロにそれだけ言うと、シルバーは滑るように部屋の中から消えていく。扉が閉められるとココロはすぐに鍵をかけ、ゆっくりと窓辺に歩み寄った。
二階の部屋からは宿の前の広場を見渡す事ができた。中心にある水の涸れた噴水を囲むように店が並んでいたが、寒々しい秋風が吹き抜けるばかりで人通りはない。
(ダイチ…異世界の仲間…どうか無事にここまで辿り着いて)
寂しい昼下がりの風景を見下ろしながら、ココロは祈るような思いで念じた。
シルバーが一階のロビーに降りた時、そこにはフロントカウンターの中に宿の主人がいるきり、他に人の姿はなかった。主人の後ろから働く物音が聞こえるのは宿の従業員が立てているのだろう。
手持ち無沙汰を感じたシルバーは宿の外まで出てみる。昼時の柔らかな日差しの中、朽ちかけた噴水の縁石に煙草を咥えた老人が一人、ただ時が過ぎるのを待つだけと言った風情で腰掛けている。
相変わらず活気のないそんな景色を見ている内、うら寂しい気分になったシルバーは、そっと背後を振り仰ぐ。
二階の窓辺にココロが立っているのが見えた。ココロもシルバーに気づき、二人は目を見合わせた。ココロは顔いっぱいに不安の表情を貼り付けていた。
(私も、あんな顔をしているのだろうか…)
そんな思いに駆られたシルバーは、それではいけないと自分を叱咤する。
(これから新しい仲間を迎えるのだ。どのような人物かはわからないが、戦いに臨もうとする戦士を不安にさせてはならない。安心して仲間になってもらえるように、私がしっかりしなくては)
そんな使命感から、シルバーは敢えて表情を引き締め、力強く宿の前に仁王立ちをして、来るべき相手を待った。
前を睨むように見据え立っていると、宿を出て右に延びる道から激しい呼吸音が聞こえてきた。不審に思い、シルバーが目を向けると、先程の失礼な異国の少年が息も絶え絶えと言った様子でこちらに向かってくるのが目に入った。
「あ…おっさん、何だ、この宿、にいたの?」
「おっさんではない。私はまだ二十八だ」
大地から目をそ逸らし、正面に向き直ったシルバーは不機嫌な声で言い返した。
「十分おっさんじゃねーか」
「何か言ったか?」
「いえいえ、何も~」
「随分とまた、時間が掛かったな?」
(うわ、嫌味くせ~)
「ここに用があるのだろう?もう行け、こう見えて私は忙しいのだ」
(な~にが、ただ突っ立てるだけじゃないのさ)
そんな事は勿論口には出さず、大地は、
「そいじゃ、そーさせてもらいます~」
と言いながらシルバーの横を抜け、宿の薄暗いロビーの中へと入って行った。入ったところで大地は唖然とした。
(これが、この町で一番大きな宿だって?まったくオンボロじゃないの)
「いらっしゃい」
大地の姿を見た店の主人らしい男が愛想もやる気もない声を掛けてきた。見れば男の横に、この店の従業員らしい若い女が立っていた。どうやらたった今まで主人と話していたが、大地が入ってきたので急いで話すのをやめた、と言った様子だ。
「ああ、ごめんなさい、ちょっと、休ませて」
大地はロビーにあった、所々生地が薄くなって今にも布が破れそうな年代物のソファに腰を下ろした。
(もしここにココロがいなかったら、この町にある他の宿をあの主人に聞いて、あとは片っ端から訪ねて歩くしかないな~)
そんな事を考えながら呼吸が落ち着くのを待っていると、カウンターの中で若い女が主人に何やら耳打ちをして奥に引っ込むのが目に入った。
(何か、やな感じ)
そんな風に感じたが、自分には関係ないとすぐに思い直し、大地は早速ココロへのアプローチを始めた。
(ココロ、大地だよ~)
応答はすぐにあった。
(ダイチ!よかった、無事だったのね)
宿の外に立つシルバーもココロのその声を聞き、慌てて意識を集中させる。
(うん、無事。疲れたけど。今この町で一番大きいって言う宿に到着した。もしここに君がいなければ、他の宿の場所を聞いて探しに行く)
(ダイチ、よく聞いて。私が今いる宿の名前は、“ア・グランツェ・ツェンマ”よ)
ココロの声を聞いた大地は急いで周囲を見回したが、宿の名前を示すものを見つけられなかった。すぐにソファから立ち上がると宿の外へ飛び出し、入り口に立つみすぼらしい看板に書かれた宿の名前を見た。その瞬間、大地の顔いっぱいに笑顔が浮かんだ。
(ビンゴだよ、ココロ)
(え?)
(俺は今正に、君のいる宿の前に立っている)
一瞬、ココロは絶句した。
(本当に?)
シルバーは大地と背中を合わせるように立ち尽くしている。彼にはココロの声しか届いていない。土の能力者と会話をしているらしい事はわかるが、その内容までは掴めずにいた。
(ああ、本当だよ、間違いない!ココロは今どこにいるの?すぐにそこに行くから!)
(待ってダイチ!あなたを迎える為に今、鋼のANTIQUEの能力者が近くに行っている筈なの)
(マジで?)
大地は周りを見渡してみた。だが、そこにいるのは先程道で出会った目つきの悪い男と、噴水に座って煙草を燻らす老人しかいない。大地はもう一度宿の中に入った。
しかし、相変わらず薄暗いロビーでは、カウンターの奥から宿主の男が胡散臭そうな目つきで大地の方を見ているだけだった。
(シルバー!)
(は!)
ココロがシルバーを呼び、シルバーもすぐそれに応えた。
(ダイチが宿に着いた!私達のいる宿に!)
(何ですって!?)
(すぐ近くにいる筈なの!)
(いや、しかし…)
言いながら見回したところで、そもそも煙草を吸う老人以外、人の姿がない。慌てたシルバーは宿の中に入った。
ココロはメッセージでのやり取りでは埒が明かないといても立ってもいられなくなり部屋を飛び出した。そのまま勢いよく階段を駆け下りる。ロビーに着くなり、大声で叫んだ。
「シルバー!ダイチ!!」
その声にシルバーと大地は同時に反応した。
「ココロ!?」
「姫!!」
三人の間で、ほんの一瞬時が止まった。目の前に突如現れたまだ幼さの残る美しい少女を見つめていた大地が、凄い速さで背後を振り返る。
そこに立っているのは、宿の入り口からの逆光を背にし、顔は良く見えなかったが、長い髪、腰に下げた重々しい剣…。間違いようもない、自分に食べ物を恵んでくれた、眼力だけで人を殺せそうなあの恐ろしい男だ。
「え…」
シルバーはこれ以上ない程目を見開いて声を漏らした。
「えー…」
大地も振り向いた姿勢のままシルバーを見つめながら呟いた。次の瞬間、二人の男の口から、まったく同時に驚きと絶望に満ちた声が放たれた。
「え――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!?」
再びの静寂。
「お客さん、騒がないでくれますかぃ」
宿の主人が、迷惑そうにぼそりと言った。
部屋の中はココロの笑い声で満ちていた。その笑いはいつまでも終わらないのではないかと思える程、もうかなり長い事続いていた。
目に涙を浮かべ苦しそうに腹を抱えるココロの横で、無表情な大地と苦りきった顔のシルバーが黙ってココロの笑いが収まるのを待っていた。
「じゃぁ…」
ようやく苦しい息の中でココロが声を出した。
「じゃぁ二人とも、本当に、全っ然気がつかなかったんだ?」
「だって」
大地が答える。
「まさかANTIQUEの能力者と偶然道端で出会うなんて、想像もしてなかったし。しかもそれがこーんな怖い顔した人だなんて…」
「悪かったな、この顔は生まれつきだ!」
シルバーの受け答えを聞いたココロは、一層激しく笑いだした。
「シルバー、ダイチったらこう言ったのよ。かなり目つきの悪いおっさんが一人って、これ、あなたの事だったのよね?」
「まったくもって無礼千万な男だ」
「ごめんなさいー」
「なんだ、その言い方は!貴様、まったく反省していないだろう!」
「まぁまぁ」
大地が両手を広げて、噛み付きそうな勢いのシルバーを宥める。そんな様子を見たココロは再び笑いだした。
「姫、その、そろそろ話を進めませんと…」
シルバーが遠慮がちにココロを諭す。
「そう、そうね。でも、こんなに笑ったのは、久しぶりなんだもの、あ~…おかし」
涙を拭きながら答えるココロに、シルバーは口を閉ざした。それを言われるとシルバーも強くは叱れない。
何があってもおかしい年頃。まして、本来は底抜けに明るく、その持ち前の元気でいつも周りにいる者を笑顔にしてきた姫なのだ。
それがゲンムと出会ってからのこのひと月と言うもの、そんなココロの笑顔はなりを潜めていた。父公が病気と見間違う程に元気を失っていたのだ。
本人の言う通り、本当に久しぶりに心の底から笑ったのだろう。できる事ならこのままいつまでも笑わせておいてあげたかった。だが、そうも言っていられない。
「とにかく」
シルバーが大地を見ながら話し始める。
「ダイチ、君がどんな人間であろうとANTIQUEの能力者である以上、我々は仲間だ。言っておくが、魔族との戦いは既に始まっている。後で話すが、奴らは人間に姿を似せ、仲間のような顔で私達に近づき、油断をついて襲ってきた」
大地も真剣な表情になりシルバーを見つめ、黙って聞いていた。
「気を悪くしてほしくはないのだが、君がANTIQUEの能力者である事をここで証明してほしい」
「ココロの声を聞いただけでは、証明にはならない?」
いつの間にかココロも笑いを収め、二人のやり取りを聞いていた。
「勿論それで十分に証明になるとは思うが…。姫を襲った者がいる以上、少なくとも姫が“始まりの存在”である事を、敵は知っていた事になる」
「うん」
「私は、敵方にも姫の声を聞く事のできる奴がいるのではないかと想像しているのだ」
「怖い事考えるね~」
「間違いであればそれに越した事はないのだがな…」
大地は自分を見つめるシルバーから、隣のココロに目を移す。笑顔を消したココロもやはり真剣な、心配そうな顔で大地を見つめていた。
「わかったよ」
大地は小さくため息をつくと答えた。
「テテメコ、出てきて」
大地がそう言うと、突然大地の体が薄黄色い光に包まれ、やがて彼の左肩から小さな男の子がひょっこりと顔を出した。前髪で両目を隠したその姿は、土のANTIQUE、テテメコである。
「これが…」
「土の、ANTIQUE…」
ココロとシルバーがそれぞれに呟く。
「名前はテテメコって言うんだ」
「テテメコ?どういう意味?」
ココロがテテメコから大地へと目を移して訊いてきた。
「意味なんてないよ。出会った瞬間にそれが頭の中に閃いたんだから」
ココロは自分がゲンムと出会った時の事を思い出した。あの時、自分もそうだった。ゲンム、と言う名前に意味などなかった。唐突にその名が頭の中に降ってきたのだ。
その時、ココロの胸に下がる石が淡い桃色に輝き始め、同時にシルバーの腰につけられたメダルが白金色の光を放ちだした。三人の放つ光が混ざり合うように音もなく部屋の中を満たしていく。
今、部屋の真ん中で車座に座るココロ、シルバー、大地三人の背後に、それぞれのANTIQUE達が姿を現した。
「よく来たな、土のANTIQUE。待っていたぞ」
ココロの背後から浮かび上がるように出現したゲンムが、その姿に似合わない威厳ある声を出した。
「うん。お待たせ、始まりの存在」
テテメコが能天気な声で応じる。
「今はゲンムと呼ばれている」
「へー、ゲンム?鋼は?」
「デュールと」
それまでシルバーの背後に黙ったまま立っていた鋼のANTIQUEが、低い声で言葉少なに答える。
「デュール?僕はね、テテメコ。テテメコだよ?バディのセンスが問われるところだと思わない?」
「なんだよ、不満かよ?」
即座に大地が抗議する。
「え?不満じゃないと思う?」
テテメコも躊躇なく切り返す。
「ずいぶんと口数の多いANTIQUEだな」
シルバーが呆れた声を出した。
「でも、かわいいわ」
ココロが微笑みながら言う。これから始まるであろう戦いに可愛らしさなど不要ではないか、とシルバーは思ったが、ココロの言う事だけに反発を表に見せず、その場を収めるように声を出した。
「とにかく、これで君が土の戦士である事はわかった。手間を取らせたな」
シルバーは大地を「能力者」ではなく敢えて「戦士」と呼んだ。どう見ても緊張感に欠ける大地とテテメコのコンビに、現状を再認識してもらう狙いだった。
「ココロ」
ゲンムが優しい声でココロに呼び掛けた。
「今日までの事を新しい仲間達に話してあげるといい。あなたの身にどんな事が起きたのか…。その上で、今後の動きをあなた達自身で話し合い、決めなさい」
「…うん」
それは、新しい仲間を迎えるにあたってとても重要な事だった。それと同時に、ココロにとっては今日までに体験した事のすべてをもう一度思い起こさなくてはならない辛い作業でもあった。
「姫…よろしければ私が…」
話し始めるのを躊躇う様子を見せたココロを気遣いシルバーが申し出たが、ココロはすぐにそれを断った。
「いえ、私が話します。最初から、全部。ダイチ、聞いて」
「うん、聞くよ」
(これは私の役目だ。こうやって集まってくる仲間に、何が起きているのかを伝え、どうすべきなのか導いていく事が、私の戦いなんだ)
ココロは一度目を瞑り、自分にそう言い聞かせると、決心したように顔を上げ真っ直ぐに大地を見つめた。静かに口を開き、あの恐ろしい夢を見た日の事から順を追って話し始める。
こうして狭い部屋の中で、人間と精霊、六人による奇妙で、長い会議が始まった。時間は既に午後になっていた。




