第一の能力者 ~ゲンム~
自分の生きる国と星。そしてその星々の浮かぶ青い宇宙。
そこに生きる者達は飽くなき探求心をもってその先にあるとされる未知の世界を知ろうと挑み続けてきた。
しかし、人がどれ程の科学力をもってしても図り知る事のできない世界がある。見る事のできない世界がある。
それは地球とは遠く離れた宇宙の彼方に浮かぶ一つの惑星かもしれない。時や空間を隔てた異次元と呼ばれる場所にある世界かもしれない。
その世界は確かに「そこ」に存在はしていたけれど、そこへの行き方は誰にもわからなかった。だから、これらの世界が交わり合う事は決してなく、そこに暮らす人々が出会う事もありえない筈であった。
全てを生み出す破壊により宇宙が生まれたその瞬間、同時に時の流れが生まれた。その後 培われる全ての現象の根源となる始まりの存在。
やがて光と共に闇が生まれた。強烈な衝撃が生み出す重力、紅蓮の炎が巻き起こす激しい風。雷を引き連れて水が生まれ、氷が生まれ、大地とその大地に抱かれた金が生まれ、そこに…、生命が生まれた。
時、光、闇、重力、火、風、雷、水、氷、土、金、生命…。これらこの世を構成する十二の存在を、あらゆる世界の人々は、古の頃よりこう呼んだ…
「ANTIQUE」 と。
いつからか少女はそこに立っていた。光の加減で薄い桃色に見える髪は肩に掛かる程度にまで伸びていた。少女の名はココロと言った。
少女と言っても彼女の暮らすアスビティ公国の女性は十五歳をもって大人とみなされる。十四歳になったココロは間もなく成人を迎える矢先であった。
彼女は今、見覚えのない場所に一人立ち戸惑っていた。そこは自分が十四年間を暮らした緑豊かなアスビティ公国とは似ても似つかぬ荒涼とした大地であった。
空は黄土色に濁り、人の声はしない。足を掠める風の冷たさに、初めて自分がひどい格好をしている事に気がついた。
アスビティ公国を治める公爵の娘、プリンセス・ココロとは思えぬボロボロの服を纏い、膝から下の両足は剥き出しのまま、足先には靴すら履いていない。
色のない世界、音のない世界。そして何より、ココロにはここに立つ直前の記憶がなかった。
(そうか…これは夢だ。自分は今、夢の中にいるのだ)
驚き戸惑いながらも、ココロはどこか冷静にそう考えていた。
(だけど――――。)
体に当たる風や砂、ここにあるすべてが夢とは思えない現実感を伴って感じられた。砂塵に埋もれて色を失った世界は、建物や橋などの瓦礫でできている。
何を思ったのか、突然ココロは一つの建物に向かって数歩走り出した。その瞬間、今まで彼女の立っていた場所に前触れもなく巨大な火球が降り注いだ。
背後からの爆風にココロの小さな体は吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。
(痛い――――――!)
背中に強烈な痛みとひどい熱を感じた。
(何でこんなに痛いのだろう?これは夢ではなかったの?)
そう思いながら必死に両手を地に着けた。痛みと恐怖に顔を歪めながらゆっくりと身を起こす。その時、今まで完全なる無音であったこの世界に突然大きな音が響き渡った。それもココロの頭の上、遥か上空から。
甲高い、まるで錆びた機械の軋むような、或いは動物があげる断末魔のような、思わず両手で耳を塞ぎたくなる不快なその音の正体を見ようとココロは地に倒れたまま顔を空に向けた。
彼女はそこに信じられない光景を見た。黄土色に黒を溶かしたような気味の悪い空を飛び回る、何匹もの動物と思える影があった。
長い首、長い尾、巨大な胴体とその背には大きな翼。鋭い爪を備えた手と足…。
それが一匹となく、二匹となく。時折あの嫌な嫌な音のような声を上げて空を回っていた。
(あれは、あれはまるで昔絵本で見た邪悪なドラゴンそのもの…。そんなバカな、そんなバカな!だってドラゴンなんて架空の生き物の筈。)
見開いた目を逸らす事もできないまま、ココロは目の前に展開する光景を自分の中で必死に否定した。
しかし、そんな彼女の思いを嘲笑うように一匹のドラゴンがその長い首をココロの方へと巡らせてきた。
標的を見つけたらしい天空の竜は、人を恐怖に竦ませる大きな羽音を一つたてると、彼女の倒れる大地に向かって降下を始めた。
迫り来るドラゴンは徐々にスピードを増し、まっすぐにココロ目指して突っ込んで来る。やがてあの嫌な声をあげながら大きく開けた口にココロを一飲みにできる距離まで近づいてきた。
「助けて!助けて!助けて!」
声にならない悲鳴をあげながらココロは必死に頭を抱え、もう一度地面にひれ伏した。
その直後、ココロの上をまるで台風のように凄まじい風が通り過ぎていった。轟音と共に突風が吹き抜けたその後で、恐ろしい悲鳴が上がった。
振り返ればすぐ後ろで、今襲ってきた巨大な竜が再び天高く飛び去ろうとしている。鋭い爪の生えた後足には人と思しき姿がしっかりと捕らえられていた。
「探せ!この辺りにはまだいる筈だ!」
恐怖のあまり立ち上がる事さえできないでいるココロの背後で今度は恐ろしい怒鳴り声がした。声の方を見ると、瓦礫の上にその主が立ってる。そいつは続けて叫んだ。
「人間は一匹たりとも逃すな!皆殺しにしろ!」
指揮を執るように叫んでいるのは、全身が長く黒い毛で覆われ、まるで人間のように二本の足で立つ狼だった。指示を飛ばす度に揺れ動く黒く長い体毛。胸の部分だけ、銀色の毛が混じっている。
その狼の命令を聞いて現れたのは同じような異形の者達ばかり。どれも獣と人を掛け合わせたような姿で地面の匂いでも嗅ぐように頭を振りながら次々と瓦礫の下から湧いて出て来きた。
「いた!」
「見つけたぞ!」
そんな叫びの後には決まって絶望の悲鳴が上がり、奴らの人間狩りが順調に進んでいる事がわかった。
ココロは自分を奮い立たせ、必死になって一度目指した建物に向かって再び走りだした。
後ろは振り向かなかった。自分は追われているのか?見られているのか?狙われているのか?わからなかったし、考える余裕もなかった。
(夢じゃない?夢じゃない?夢じゃない…の?)
走る度に冷たい空気を吸い込んで起きる胸の痛みはとても夢とは思えなかった。
ココロは泣いていたかもしれない。いや、きっと泣いていた筈だ。こんな恐怖は生まれて以来経験した事がない。
もしかしたら走りながら大声で叫んでいたのかもしれない。気が狂いそうだった。それでもそこに向かって走る事だけはやめなかった。
やがて辿り着いたその建物。近くで見れば、それはもうとても建物と呼べるものではなかった。
廃墟―――。いや、既にただの瓦礫の山と言ってもよい程その建物はひどく破壊されていた。
それでも僅かに残された壁に刻まれた一つのレリーフ。
「そんな…」
今にも崩れ落ちそうな壁に彫り込まれたレリーフを見つけたココロはそう呟く、とがっくりと両膝を地につけてしまった。
やや下弦気味に描かれた細い三日月。その月に包まれるようにある左右色の違う一つの星。
それは今から凡よそ三百年前、「二弦の月」を御旗に立てたマウニール王国と「片陰のアステリア」を冠としたアガスティア王国とが、両国々民の血と悲しみの果てに築いた平和の公国。ココロの生まれたアスビティ公国の国章、「ヘルブストレリャ」であった。
自分の育った公爵宮。ただの瓦礫となり果てた国の象徴を見たココロは、深い深い絶望の闇へ向かいゆっくりと沈んでいった。
次にココロが目覚めた時、彼女は暗い部屋の中で柔らかなベッドの上にいた。
(ああ―――)
ココロは体を起こし、そのまま両手で顔を覆った。額も、寝巻きに包まれた体も水を浴びたように汗をかいていた。
唐突に顔を上げる。窓に掛かったカーテンの隙間から僅かな光が差し込んでいた。
ココロはゆっくりとベッドから下りると窓辺へ近づき、そっとカーテンを開けてみた。そこには明けきらぬ不思議な色の中に見慣れたアスビティの町が広がっていた。
(よかった―――、やっぱり夢だった…)
両手できつくカーテンを握り締め、俯きながらココロは今日も窓の外に当たり前の風景が広がっている幸せを噛みしめた。
「どんな夢だったの?」
突然だった。暗い部屋の中で声がした。
「え?」
場所はココロの寝室。夜も明けぬこんな時間にココロ以外の誰かがいる筈もない。
驚いたココロは振り向き、部屋の中を見渡した。しかしどこにも声の主を見つける事はできなかった。
(気のせい?)
そう思いかけた時、また声がした。
「気を落ち着かせて。ちゃんと見える筈。あなたには私が見える筈だから」
(そう言われても…)
声は確かに聞こえるが、部屋のどこにもその姿は見えない。
「ここだよ。ほら、こーこ」
右から左へ、一通り部屋を見渡す。今度は左から右へ…。壁際のガラスケース。お気に入りのティーセットや、叔父にもらった異国の人形などが飾ってあるそのケースの上が、小さく薄桃色に光っている。ココロはその光に近づいて行った。
それはいた。足を組んで、微笑みを浮かべてココロを見つめている。光の中に、いや「それ」自体が薄く光の膜を纏っているように見えた。
そしてまた、光が言葉を発した。
「あなたに私はどう見えている?」
ココロは改めて光を見つめた。そこに何かの形が浮かび上がる。人の姿をしている。髪の長い、少女の姿だ。大きさはせいぜい三十cm。胸元に大きな赤い石のついた飾りが輝いていた。
その飾りを金の鎖で吊り、首から提げているのだが、少女の小さな体にはあまりにも不釣り合いな大きさだった。
大きな目はまるで瞳しかないかのように黒く、深い。小さな鼻の下では可愛い口が今、優しい微笑みを浮かべていた。
背中には白い翼をつけ、生意気な感じでちょこんとケースの上に座りココロを見上げていた。いつか絵本で見た妖精の姿にそっくりだ。
「ふぅん」
小さな少女は何かに納得したように大きく頷くと、また続けて訊ねてきた。
「で、私の名前は?私の名前を言ってみて」
(名前も何も、こんな生き物を見たのは初めてだし…。もしかして私はまだ夢の中にいるのかしら?)
そう思った時、突然ココロの頭の中に一つの言葉が弾けた。
―ゲンム―
「ゲンム?なるほど、ゲンムね。私の名はゲンム」
そう言うと妖精は音もなくふわりと浮き上がり、ココロの上を飛び越した。彼女が飛んだ軌道を追うように光が尾を引いて暗い部屋の中を走る。
「私の姿を見、私の声を聞く。私をゲンムと名付けたアスビティ公国公爵の娘プリンセス・ココロ。私はあなたをバディと定めた」
(バディ?)
「そう、相棒だ。そんなに不安そうな顔をしないの。これは夢ではない。実はそんなに不思議に思ってもいないだろう?大丈夫、今のところ私の姿はあなたにしか見えていないし、私の声はあなたにしか聞こえていない」
そう言えば、さっきから何となく会話が成立している。その間もココロは一度も口を開いていなかった。それに、ありえないゲンムの姿を目の前にして不思議にも感じていない自分に気がついた。
「じゃあ、ちょっときょとんとしているみたいだから自己紹介をしようね。私はゲンム、最古のANTIQUEよ」
(あんてぃーく?)
「そう、ANTIQUE。この世のあらゆる現象を司る…、まぁ、言ってみれば自然界の精霊のようなものかな?私達には目に見える実体はないし、声も名前もない。普段あなた達は単なる自然現象としてしか私達を感じる事はない」
ゲンムはふわふわと窓辺を漂うように舞いながら話しを続けた。
「光、闇、重力、火、風、雷、水、氷、土、金、そしてあなた達生命…。これら自然現象を司るANTIQUEは私を入れて全部で12種存在する」
(あなたは?あなたは何を司るの?)
「私?私は12のANTIQUEの中で最も早く生まれた始原の者、“始まりの存在”だ。何を司るのかと聞かれると、私を表現する言葉はちょっとあなた達の言語の中にはないかなぁ?」
ゲンムは中空で静止しながら顎に手をかけて首を傾げた。その姿は愛らしく、ココロはこんな異常な事態にも関わらずつい微笑んでしまった。
「まぁ、強いて言えば時、とか音、とか…。あなた達が睡眠中に見る夢とか幻とか、欲とか感情とか…まぁ、他の11の自然現象のどれにも分類されない目に見えないような現象事象、活動、働きなんかの全てをまるっと引き受けているような感じ?わかる?」
(うーん、わかるようなわからないような…)
「なら、わからなくてもいい。それを理解してもらう事はそんなに重要な事ではないから。とにかく私はこの宇宙の誕生と同時に時の流れと言う働きとして生まれた。私はこの世の始原にして根源。そんな私は他のANTIQUE達を呼び集める“声”を出す事ができて、他のANTIQUE達の声を聞く事ができる唯一の存在」
(声?)
「そう、声」
言うとゲンムはまた一段と高く舞い上がり、天井付近で止まった。
「声と言っても、あなた達が声帯を震わせて出す音とは違うよ?私の“声”は、それぞれのANTIQUE達に直接届く。時も、距離も、空間すらも関係なく。あらゆる場所に存在するANTIQUE達を一箇所に呼び集める事ができるのは12のANTIQUEの中ではこの私だけ。みんな私を目指して集まってくるのだ」
(なぜ、ANTIQUEを呼び集めるの?)
「………」
ゲンムはもったいぶるように一度 沈黙した。
「それに答える為には、まずはさっきの質問に答えてもらわないとね。では、もう一度質問をする。ココロ、今あなたはどんな夢を見た?」
ココロは不愉快を隠しもせずに顔を顰めるとゲンムから目を逸らした。
(…思い出したくもない。詳しく話したくなんかない。でも、一言で言うならば…)
「アスビティ公国の、滅亡…」
ココロは初めて声に出して最も言いたくない言葉を口にした。
「声は出さなくて大丈夫。あなたの声はちゃんと私に聞こえるから…。そうなんだ、この国の滅亡をね」
天井付近から見下ろしていたゲンムが静かにココロの顔の前まで降りてきた。
次の瞬間、その可愛らしい顔からは想像もできない程恐ろしい言葉がゲンムの口から零れた。
「ところがねココロ。あなたが見たものはアスビティだけの滅亡ではないのだ。この世界、アスビティ公国を含む、あなた達が”プレアーガ”と呼ぶこの世界全体の滅亡なのだよ。いや、悪くすればこの宇宙に浮かぶ全ての星の、もしかしたらこの宇宙そのものの滅亡を、今あなたは見たの」
ココロがその恐ろしい言葉の意味を理解しきる前に続けてゲンムが言い放った。
「更に悪い事に、ココロの見たその夢は単なる夢ではなく予知夢なんだ」
ゲンムは再びココロから離れさっきまでいた天井付近へと舞い上がった。
「あなたの予知した滅亡の未来が間もなくやってくる…。それを回避する方法はただ一つ。今それぞれの場所にいるANTIQUE達を私の元に集める事」
ゲンムは続けて詳しい説明を始めた。
「今、12のANTIQUEの一つ、闇のANTIQUEが暴走を始めている。その理由ははっきりしない。しかし、それが原因で3つの悪しき種族が目覚めてしまった。長い時の中で闇の奥深くへと封じ込められていた筈の邪悪な存在。あるものは宙を舞い、あるものは地を這う」
ココロの脳裏に悪夢の中で見たドラゴンや人の言葉を話す獣達の恐ろしい姿が甦った。
「そう、あなたの見たあの連中。あなた達のように我ら自然の成す現象の中で生まれ、進化した生命ではない。それはある日突然、唐突に、何の前触れもなく生まれた究極に不自然な存在。私達はそのように不自然な存在を決して許さない。奴らを再び闇の深淵へと押し戻し、封印する。その為に我らは集結する。私達の目的は闇のANTIQUEの暴走を止める事。しかし邪悪な連中はその間もこの世界を我が手にせんと暴れまわるだろう。奴らは我らとは違い剣を振るい、矢を射る事ができる。闇の暴走を止めるだけならば我らANTIQUEが集まれば事は足りる。しかし、闇の住人達が武器をとって襲ってきた時、それと渡り合う為の肉体を私達は持たない」
ゲンムはココロから目を逸らすと遠くを見つめるような表情で話し続ける。その横顔にさっきまでの可愛らしさを見る事はできなかった。
「邪悪な者達は闇の力がある内にこの世界の征服を成し遂げようする筈。例え闇の暴走を抑え込んだところで世界が滅んでしまっては元も子もない」
ゲンムは三度ココロに向き直ると言った。
「ココロ、あなたは子供の頃からこんな経験がなかった?ちょっと先の事がわかってしまったり、他の人には見えないものが見えてしまったり、誰にも聞こえない声が聞こえたり…」
思い当たる事はあった。良い事が起きそうでその日に限って早起きをしてみたり、どうしても通りたくない道があったり…。そんな勘の鋭いところが子供の頃からココロにはあった。
「稀にいるのだよ。どう言う訳か他の者よりもはっきりと我らの存在を感じる能力を持つ者が。我らはこの日の為に備えてきた。それぞれのANTIQUEがそんな能力を持った者達を捜し出し、バディとして選んでいる。私は私の姿を見つけたあなたをバディとして選んだ」
ゲンムは再び元いたガラスケースの上に静かに降り立った。
「あなたが今見ている私の姿はあなたのイメージでできあがった仮の姿。姿だけではなく、この声も、ゲンムと言う名前も、同じ時を共に過ごす為にココロにとって必要と思われる私をココロ自身が生み出したの。他の者からすれば、私はただ目に見えぬ時の流れでしかない」
ゲンムはゆっくりとガラスケースの上に浮き上がりココロに最後の質問を投げかけた。
「どう?」
ココロは急に緊張した面持ちでゲンムの次の言葉を待った。
「私の力をその身に宿して共に悪者退治をする?それともただこの世界が邪悪なものに征服され、滅んでいくのを見ている?」
(ひどい。そんな選択肢ってある?)
「だけどそれが現実」
そう言うとゲンムはまたあの可愛らしい仕草でにっこりと微笑んだ。ありえない者の口から語られる、ありえない程 壮絶な話は終わりを迎えようとしていた。
「では早速始めよう」
そう言った途端、ゲンムの体は今まで以上に強い光に包まれた。光は玉となってココロめがけて飛んだ。
光の玉はココロの体にぶつかると小さな音をたて、次の瞬間には赤い石へと姿を変えてココロの胸で揺れていた。
体の小さなゲンムがつけていた時はあれほど大きいと感じた石が、ココロの胸ではほんの小さな装飾品に見えた。
(なるほど。全てが終わるまであなたはその姿で常に私と共にいると言うのね?)
恐怖は感じた。夢で見た、思い出すだけで吐き気をもよおすようなあの邪悪な魔物達と自分が戦う?
不思議とたった今体験した事の全てを疑いもなく受け入れる事ができた。恐怖に引いていた筈の嫌な汗がまた体を流れだす。それでもココロに迷いはなかった。
ココロはもう一度ゆっくりとベッドの上に身を横たえると優しくゲンムの石を両手で持ち、強く念じた。
(ANTIQUEに選ばれし能力者達―――。誰でもいい、私の声が聞こえたら…応えて!)
ココロの放つ念が時を、距離を、空間を越えて全宇宙へと飛び立って行った。
この第一声が、世界を滅亡から救おうとする長い長い旅の始まりを告げる狼煙となった。