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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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けれど、それでも、だから Ⅷ

 打ち上げ花火が終わりを迎えた頃、私たちはやっと元の場所へと戻ってきた。鈴ちゃんと二人でいる時間がとても短く感じていた私であるが、時間にするとざっと四十分強。動かないはずの私たちが例えお手洗いに行っていたとしても長すぎる時間だ。

 きっとアリスちゃんあたりに変なことを言われるだろうと考えていたが、戻ってきた私と鈴ちゃんに対し誰も何も訊いてこず、ただ「おかえり」と声をかけてくれた。その対応に私と鈴ちゃんは顔を見合わせてはお互い不思議そうな表情を浮かべたが、後日千夏ちゃんの発言で、全員が戻ってくるのが遅かったことが判明した。

 ただそのとき、飲み物の購入を頼んだ二葉姉妹の姿はどこにもなく、香奈ちゃんや咲ちゃんに訊いても行方が分からないと首を振った。

 その場にいた二人を除く全員が不安そうに辺りを見渡したのだが、アリスちゃんと千夏ちゃんの二人は特に気にする様子はなかった。二人曰く、「姉がいるから心配ない」とのこと。

 確かに、舞ちゃんの一番の理解者であろう愛ちゃんであれば、何がなんでも妹の舞ちゃんを守るだろうし、彼女であれば運動部に所属している人以外であれば無傷だろう。彼女を狂人のように話しているが。

 しかし私には、アリスちゃんと千夏ちゃんが到底愛ちゃんがいるだけの根拠で心配ないと言っている気がしなかった。()()()()()()()()と、私には感じたのだ。

 もちろんこの場で問い掛けてもよかったが、何を隠しているか分からない以上、最悪この場の雰囲気が乱れてはと考え、「愛ちゃんがいるから大丈夫だよ」と二人の意見に便乗し気付いていないふりをした。けれど私は間違っていなかった。もし私があの場で二人を探しに行くと言って、万が一私が彼女たちを見つけていたとすれば、第三者である私が目撃することであの姉妹の関係は姉妹では済まされなくなるほど壊れていただろう。

 一方鈴ちゃんはというと、アリスちゃんと千夏ちゃんの心境を悟ることはなくどこだどこだと周囲を見渡している。まぁ見渡すといっても、身長の低い鈴ちゃんが見えるのはせいぜい数メートルが限界だろう。そんな近場にいればアリスちゃんや千夏ちゃんであれば簡単に目視できる。例え目視できたとしても二人は口を開かないだろうが。

 ただこの場で彼女たちを待っていることは人の波もあり長時間居座ることもできず、私たちはアリスちゃんと千夏ちゃんの根拠のない発言を頼りに帰路に就くことにした。夏祭り会場の最寄り駅に着くまで姉妹からのメッセージが届いていないか時折確認していたが、二人からのメッセージが届くことはなかった。しかしさすがに駅に着いた時には心配になった私は、遂にアリスちゃんの目の前で愛ちゃんに電話をかけてしまった。そんな私を止めに入るかとアリスちゃんをふと見てしまったが、彼女はそんな私を止めることなく「どうぞ」と不敵な笑みを向けてきた。その笑みに少し引き笑いを返した私は、愛ちゃんが電話に出ることを願いながら夜空を見上げた。夜空は雲一つない星空であるが、私は二人の安否で心は曇り空であった。


「もしもし?」


 十回目のコールで諦めたかけていた私は電話を切ろうとしたのだが、電話越しから愛ちゃんの元気な声と周囲の人たちの賑わった声が聞こえてくる。まだ夏祭り会場にいる様子で私は引き返そうと足を会場の方へと向けたが、そんな私を察したのか、愛ちゃんは次に「心配するな」と口にした。


「舞がさ、少し人酔いしちゃってさ。それに人混みもあってなかなか動けそうにないから先に帰ってもらってて大丈夫。」


 でも…と私は夏祭り会場がある先を見たが、歩道はその夏祭りから帰る人々で混み合っている。たとえ二人を回収できたとしてもこの場にすぐに戻ってこられるかは分からない。それに私自身も既に人酔いになっているため、何かしら愛ちゃんに迷惑をかけるだろう。であれば答えは一つである。


「…分かった。でも、もし何かあれば連絡してね。」


 もちろん、いつもの行動や発言から愛ちゃんにすべて丸投げすることは心配でしかない。しかしながら、舞ちゃんのことになると姉らしい彼女である。舞ちゃん自身も私がそばにいるよりも、家族である愛ちゃんが近くにいるのが安心であろう。

 私の答えに愛ちゃんは「わかった」と返事をした。私の回答を知っていたかのような元気な声はそばにいたアリスちゃんにもはっきりと聞こえており、苦笑いを浮かべながら「元気なこと」と呟いていた。本来の意味通りだとは思うが、若干嫌味に聞こえるのは気のせいだろう。

 そのまま通話を切った私は鈴ちゃんたちが待つ方へと足を向けたが、やはり二人のことが気になり再び視線を会場の方へと戻した。当然二人の姿などどこにもなく、愛ちゃんとの通話を切る前に告げた言葉をそのまま彼女にメールを送りそっと携帯をしまった。




「舞、少しは落ち着いたか。」


 飲み物を買いに出てものの数分で人酔いで疲れ果てた舞の頭を撫でながら、手で口を押える彼女に声をかけた。当の本人はベンチに座っており、未だ辛そうな表情を浮かべてはいるが「大丈夫だよ」と返事をした。私のことを思って言ってくれているのだろうが、こちらとしては逆効果である。

 琴美に頼まれたお茶を取り出すと、蓋を開け舞に手渡した。既に花火は打ち終わり、私たちの前を人々はぞろぞろと帰路につき始めている。このまま舞を連れ琴美たちとの集合場所に向かうべきなのだが、現状の舞を歩かせることは難しいだろう。私が背負って連れて行くことも考えたのだが、振動で反って舞の体調を悪化させてしまうだろう。

 小さく頷いた舞はペットボトルを受け取ると、そのままゆっくりと飲み始めた。それと同時に携帯の着信音が微かに聞こえ、私はズボンのポケットに閉まってあった携帯を取り出した。琴美からの着信だった。要件は何となく分かるが琴美のことだ、例え着信を拒否したところで電話をかけてくるだろう。


「ったく、心配性だな琴美は。」


 とはいえ数十分ほどこの場に居座ったまま連絡の一つもしていない私に非があり、琴美が心配するのも無理はない。今起きていることを伝えればいい、ただそれだけだ。


「もしもし?」


 平然を装いながら元気よく電話に出るが、何故か琴美の声は聞こえてこなかった。もう一度声をかけようとしたが、彼女のことだ。今頃電話をかけている私を目で探しているのだろう。

 ただ、私と舞はまだ会場内にいる。携帯越しから僅かに聞こえる踏切の音から、琴美たちは既に会場を後にしているとみていいだろう。


「心配するな。舞がさ、少し人酔いしちゃってさ。それに人込みもあってなかなか動けそうにないから先に帰ってもらって大丈夫。」


 今から琴美たちが会場に向かってくるとしても、帰宅する人々と逆方向を歩くことになる。私たちが駅に向かう以上に時間がかかることは明白であり、なにより琴美や香奈も人込みは基本苦手な人間だ。舞ほどではないとはいえ人酔いする可能性だってある。もしかすると、既に人酔いしているかもしれない。そこまでして、友達に無理してまで私たちを迎えに来て欲しいとは思わなかった。それに…。


「…分かった。でも、もし何かあれば連絡してね。」


 少し間を開けてから、琴美はしぶしぶと返答した。お節介焼きの琴美にとって、私と舞を二人きりにさせるのは不安なのだろう。無論「私」に対する不安だと思うが、一応これでも舞の姉である。舞のことであればおふざけなしでしっかり姉を全うしている。…はずだ。そのことは琴美だって何となく分かっている。

 「わかった」と簡単な返事をすると通話を切り、私は再び舞の様子を伺う。まだ顔色は悪いものの、つい何分か前に比べると良くはなっている。それでもお茶を飲んですぐ口を手で覆っている。

 ただ私たちもこの場に長居はできない。だんだんと帰っていく人数は少なくなっていき、屋台の片付けも始まっている。眩しかった電気も暗くなりつつあり、徐々に舞の表情も見えなくなっていく。このままあと数分もすればいずれ真っ暗となり、それこそ帰宅できなくなるかもしれない。更には会場は私たちが通う高校周辺に比べても田舎と二文字が合い、終電を逃してしまう可能性だってある。


「舞、そろそろ帰らないと帰れなくなるけど、歩けそうか?」


 私の問いにまたも小さく頷く舞は辛そうに立ち上がると、大きく深呼吸をする。そして歩き始めた舞であったが、足枷が付いているかのように重たそうに足を動かしている。そのような舞の後姿を見て、私は心が締め付けられそうになった。


「舞、ストップ。」


 舞の足を止めた私は舞に渡した飲みかけのお茶を飲み干すと、近くにあったゴミ箱に放り込む。そして舞の前に向かうとその場にしゃがみこんだ。


「ほら、背中に乗りなよ。今なら琴美たちもいないし遠慮することはないだろ。」


 幸い、駅近くにあったロッカーに昼間着用した水着などの荷物は置いてきている。そのため私も舞も手荷物は財布と携帯ぐらいで大きな荷物は持っていない。たとえ何かしらカバン等を舞が所持していたとしても、日ごろトレーニングしている私にとっては誤差である。

 舞は狼狽えるものの、しばらくして私の背中に身体を預けてくれた。私よりも大きな膨らみに一瞬戸惑うもなんとか理性を保ち、そのまま舞を背負って立ち上がった。実の妹相手に何を考えているのやら。


「ありがとう。昔もこうして、お姉ちゃんがよくおんぶしてくれたよね。」


 囁き程度のボリュームで話しかける舞に「そうだな」と懐かしみながら、私は舞を担ぎ歩き始めた。まだ私たちが幼かったころ、よく家の近くの森に探検と称して入り込んでは、夕方頃になるといつも舞は泣きじゃくっていた。大きな虫がぶつかってきた、やら疲れたやら子供らしい理由でだ。当時から私は動かなければ死ぬのではと両親に言われるほど活発で、それに半強制的に舞を連れて行っていたのが主な原因だ。…というか、それ以外の原因などないだろう。

 そんな舞を私はいつも背中を貸し、一緒に家まで帰っていた。私のわがままに付き合わせたお礼ということにしていたが、今考えると本当わがままである。更には背中を「貸していた」というなんとも上から目線。姉失格である。


「…今思い返すと、私やばいな。」


 そうぼやいた私であったが、無論近くの舞の耳に聞こえないわけがなく、舞は「本当だよ」とため息をついた。ただその声は、先ほどに比べると若干の回復が見えた。


「お姉ちゃんは、いつもわがままだった。ニンジンが嫌だと言って私のお皿に入れてくるし、私と遊びたいと言って、体調の悪い私を外に出したり…。」

「…ごめんな、姉らしくなくて。」


 やばいとかの次元ではなかった。


「…けどそれ以上に、お姉ちゃんは私に優しくしてくれた。服に付いた虫を取ってくれたり、足を怪我して動けなくなった私をこうして背負ってくれたり。わがままで困ったお姉ちゃんだけど、私はお姉ちゃんのことが…。」


 何かを言いかけようとした舞であったが、その口を閉ざすと束の間の静寂が私たちを包んだ。舞が今どのような顔で何を口にしたかったのか私には見当つかないが、言いたくない発言だったのだろう。もしくは疲れて眠ってしまったのかもしれない。朝からずっと動きっぱなしだ。舞の体力であれば無理もないだろう。 

 本来であれば舞は今日あまり泳ぐ予定ではなかった。だがどういうわけか、千夏と一緒にいた直後琴美たちと泳ぎ始めたのだ。一体彼女に何を吹き込まれたか分からないが、その疲労が今来ているのだろう。


ーほんと、何話してたんだろ。ー


 そんなことを思うと、ひしひしと寂しさが私に襲ってきた。別に今日だけの話ではない。ここ数か月、私の中で舞の存在は大きく変わっていた。

 舞は高校に入学した当初、ずっと私のそばにいた。初対面の人に話しかけることはまずなく、琴美やアリスたちと親しくなった今でも、未だどこか他人行儀である。それでも、以前に比べ自身の意見を多少話せるようにはなり、オドオドしていた姿もあまり見せず表情も少し豊かになった。ただそれと同時に、私のそばにいる時間も目に見えて減っている。

 もちろん、姉として妹の、好きな人の成長は嬉しいばかりである。だからこそ、舞が遠くに行ってしまうのではないかと不安になる。現に舞が琴美たちと話している姿を見ただけで、私の心はきゅっと締め付けられる。これが淋しさなのか嫉妬なのか分からないが、成長した舞を見て喜ぶ反面、変わってほしくない、そばにいてほしいと思ってしまっている。けれどそれこそ、私のわがままである。

 今は二人で切磋琢磨して暮らしているが、二年後、大学生活が始まれば別々の道を歩むことになる。そうなれば今まで以上に舞の存在は遠くなることは明白だ。そしていつか、舞にも恋人ができる日が来るだろう。そうして結婚すれば家を出て、舞の横には私は消えパートナーがいることだろう。舞の人生に私が介入する資格などないが、それでも私はこの先も舞と一緒に人生を過ごしたいと思っている。

 私の抱えている舞への感情を玉砕覚悟でぶつければ気持ちが晴れるのかもしれない。ただそうしないのは、舞からの回答がたとえ良くも悪くも、もう二度と今の姉妹には戻れなくなる。現状維持、それが私の願いだ。そんなものはないと知っておりながら。

 曇る脳を抱いたまま、私は眠ったであろう舞に話しかけることなく駅に向かって歩き続ける。こうしておんぶするのも今日が最後かもしれない、そう考えると目頭が熱くなってくるのを感じた。

 その間舞からは何一つとして音がなく、どうやら本当に寝てしまったみたいだ。暗い夜道を歩くのは心細いが、舞を無理に起こすことはできない。目覚めが悪いとか一度眠るとなかなか起きない、というわけではなく、単に眠らせてあげたい私の個人的な理由だ。…とはいえ、今の私の状態では何を口走るか分からないため、舞が起きていたとしても話しかけたくないという理由も添えている。

 会場から少し離れ大きめの道路に出た私は、このまま舞に悟られることなく泣いてやろうと目頭に溜まった涙を流そうとした矢先、


「…ねぇ、お姉ちゃん。」


 後ろから舞が耳元に囁いてきた。耳裏にかかる舞の温かい息に思わずびくりとし舞を落としそうになったが、ギリギリのところで力を入れなんとか落とさずに済んだ。当然舞からは「きゃっ」とお手本のような声が漏れていた。


「ごめんな、眠ってた思ってたからよ。急に話しかけられてびっくりした。」


 嘘は言ってない。実際に私は本当に舞が眠っていたと思っていた。更に考え事までしており、舞への意識はほとんどなかった。その動揺か、私の声は潤いを帯びて震えていた。

 「ごめんね」とまた少し声質が戻った舞であったが、直後何かを感じたのか「下して」と私に頼んできた。それがどういう意味か私はすぐに理解し、理解したがゆえに「だめだ」と拒否した。私の声で舞は私が今どのような表情をしているのか分かっているのだろう。だとすれば尚更である。


「私のせいだよね。」


 決して舞のせいではないが、舞のことで悩んでいたため違うとも言い切れない。回答に戸惑う私に、舞は話を続けた。


「お姉ちゃんは私のことを大切にしてくれて、それはとても感謝してる。けどね、時々それが負担になってるのかもしれない。」


 舞はそう言いながら無理やり私の背中から降りると、そのまま後ろから抱きしめてきた。周囲に人がいないとはいえ、いきなり抱きつかれては私だって困惑する。そもそも舞は、自分からスキンシップすることなどほとんどない。


「それは私がよく分かっている。お姉ちゃんに頼って、甘えてばっかりで、いつかお姉ちゃんがいなくなる時のために自立しないとは思ってるの。けど…、私は、お姉ちゃんと一緒にいたい。」


 私を抱きしめる舞の腕が小刻みに震えており、声もくぐもった色に変わっている。首筋から伝わる涙の量が、今まで悩み続けてきた舞の想いだろう。

 私だって、できることならこれからも舞と共に過ごしていきたい。沢山笑って、泣いて、喧嘩して、歳を重ねても人生を謳歌していきたい。家族としても、姉妹としても。

 だけどそれは叶わぬ願いなのだ。舞にとって私の存在は「大切な姉」なのかもしれないが、私にとって舞の存在は「好きな人」である。私たちはごく普通に仲の良い姉妹であって、私が特別意識しているだけであり舞にその感情はないだろう。このままずっと二人でいられることが当たり前、なんて思っておりそれは今も叶うならそうしていきたい。

 けれど、私と舞の考えがすれ違っている時点で、この願いが叶うことなど到底ないのだ。たとえ私と同じ意味で舞が私を好きだとしても、私たちは姉妹である以前に家族なのである。それ以上を、恋人になることを望めば、私たちは後戻りできなくなる。それに、もし家族にバレればそれこそ、私たちの関係基家族が壊れてしまう。

 …答えなど最初から決まっていたのだ。私がしっかりしていればいい、現状維持、ただそれだけの話だ。そんなもはないと断言しながらも、そんなものに甘えてしまう。バカな話だ。けれど舞がいるから、舞のために努力しなければいけない。私は…舞のお姉ちゃんなのだから。


「…私だっていたいさ。」


 けれど私は、


「だって、舞のことが、好きだから。」


 この溢れる想いに嘘をつくことができなかった。

 舞を想うこの気持ちは恋なのだろう。ただ舞と恋人でもいたいが、それと同じぐらい今まで通りの普通の姉妹、家族でもいたい。ただ舞と離れたくないから、何かと理由付けして舞との関係を繋ぎとめているだけであり、恋というにはあまりにも強欲的で独占的である。

 それでもこの想いは、私にとっては恋なのだ。もう、嘘はつけない。全部、舞に話そう。


「私も舞と一緒にいたい。けれど私の好きは家族の好きじゃない、そういった意味で好きなんだ。」


 今まで溜まりに溜まっていた想いが爆発し、私自身ですら歯止めが利かなくなっている。心臓が引き裂かれそうで、喉仏を絞められたかのように息苦しい。我慢していた涙腺もすでに決壊している。

 それでも舞への気持ちが治まることはなく、私は舞に抱きしめられながら、今まで悩んできたことをすべて吐いてしまった。舞と離れるのが怖いこと、舞のことを愛していること、けれど今まで通りの姉妹でもいたいこと。そのすべてを話している間、舞は「うん」と相槌を打ってくれるだけで何かを聞いてくることはなかった。

 一通りすべてを話し終えた頃には、到底舞には見せられないほど顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、声も枯れ喉奥がヒリヒリと痛む。それでも話したことにより多少気が楽になったのか、心が軽くなったように感じる。ただ、そんな悠長なことは言ってられない。


「…私も舞と一緒にいたい。だから今聞いたことは全部忘れて、明日から今まで通りの姉妹に戻ろ。」


 私を抱きしめる舞の腕に触れながら、私は舞に語り掛けた。当然、今まで通りの姉妹に戻れるわけなどない。私は舞にすべてを話したのだ。実の妹を好きになる姉と同じ環境でこれからも過ごさせるというのか、無理にもほどがある。

 舞は私を抱きしめる腕を解くと私の前に立った。昔は同じぐらいだった身長も、気が付けば私の方が拳一つ分大きくなっている。背だけではない、幼かった顔も今では母親似の整った綺麗な顔になっており、細かった体付きもよくなっている。本来であれば喜ばしいことなのだが、今はその成長を見るだけで苦しい。

 顔を伏せる私であったが、その頭を両手で掴んだ舞は無理やり顔を上げさせた。少々首が痛みが走ったが、必死に堪えながらも涙がぽろぽろと流れ、唇を噛みしめる舞の表情に私は言葉を詰まらせた。

 怖かった。舞から返ってくるどんな言葉が、どれだけ優しい言葉をかけられたとしても、その良心が今の私には毒になる。


「そんな話聞いて、戻れるわけないよ。」


 舞からの言葉は分かりきったものだった。包み隠さず話すと決めた際、覚悟もしていた。けれど実際、頭の中で思い浮かべるのと口にされるのでは、心の痛みは想像以上に突き刺さる。包丁で刺されたようなズシリとした感覚に、私は思わず胸に手を当てる。大きく脈打つ心臓とキュッと絞められた喉。正常に呼吸することも忘れ、いつしか脳内は空洞ができたかのように真っ白になる。

 固まる私を涙目で見つめる舞。涙が止まることはなく、舞の着るワンピースの胸元が濡れていく。


「…私だって、お姉ちゃんのこと好きだよ。大好き。」


 絞り出すように話し始めた舞。分かっている。舞の「好き」は家族としての「好き」であって、私のような恋としての「好き」ではない。にも拘らず、何故だかほっとしてしまう私がいて、そんな自分自身に嫌気がさす。

 そう考えている矢先、舞は顔を近づけてくると私の頭を掴んだまま唇を重ねてきた。突拍子もない行動に思わず撥ね退けよう舞の肩に手を乗せたが、むさぼるようなキスに空っぽな脳がまともに働くわけがなく、私は舞を受け入れてしまった。

 なんてのは言い訳だ。舞に好意が芽生えてから、いつか今のような状況が訪れたらと欲していた。ただそうなれば間違いなく私たちの関係は壊れてしまうため、二度と考えないよう心の奥に封印してきた。高望みである、諦めろと自身に言い聞かせながら。

 だから、限界だった。食べ合うような口づけに建前や理性などとうに吹き飛んだ。堕ちるとこまで堕ちた私たちは、既に普通の姉妹には戻れないだろう。それでも私たちは唇を離さなかった。どちらかが離れようとしてももう片方が求め、結局私たちは一分ほど焦がれるようなキスを交わした。

 携帯のバイブレーションで我に返った舞は、私の頭から手を離すと「ごめんなさい」と一言告げ二歩後退する。そんな彼女に私も現実に引き戻され、己の過ちを今となって後悔する。拒むことぐらい容易だった。それをしなかったのは、私がただ舞に甘えてしまったから。


「こっちこそごめん。舞の気持ちを知りもしないで私は…」


 私の口を右手で塞ぐ舞。その表情は今にも溶けそうなほどうっとりとしているが、その瞳の奥は私同様曇り空が見える。


「私だってお姉ちゃんことが好き、愛してる。それがキスの証拠。もう、一人で悩まないでよ。私たち姉妹でしょ。」


 そう問いかける舞。しかしその言葉が、私の罪悪感をより一層高めてしまう。もう姉妹なんかではない。私たちは、その一線を越えてしまったのだ。


「私、諦めていたの。お姉ちゃんに対するこの想いを伝えることを。正直後悔はしている。もう私たちは、今までの姉妹関係には戻れない。」


 舞も自身の行動に非があると感じており、そのせいか呼吸がだいぶ乱れている。つい何分か前の吐き出しそうな舞に戻っているが、それでも舞は私をじっと見つめてくる。私よりも苦しいはずだ。けれど舞は昔のように弱音を漏らす素振りを見せなかった。

 それに比べ私は、今にも声を上げて泣き出したいほど弱り切ってしまっている。いっそこのまま死んでしまえばどれだけ楽だろうか。そんなこと、目の前にいる舞が許してくれそうにもないが。


「恋人になってほしい、なんて贅沢なことは言わない。けど私は、これからもお姉ちゃんと一緒にいたい。それだけ、それだけでいいから。」


 しかし舞も限界を迎えたらしく、咽び泣きながら力が抜けたようにぺたりと座り込んでしまった。「ごめんなさい」と連呼する舞。自身の悩みでいっぱいいっぱいだったとはいえ、私が姉らしく舞の気持ちに気付いていられれば、彼女も少しは気が楽になれたかもしれない。こうして溢れに溢れた感情を、吐き散らすようなこともなかっただろう。全て、私の失態だ。

 であれば、舞にしてあげられることは一つ。舞が私の想いを受け入れてくれたように、私も舞の想いを受け入れる。それが、今私が舞にできることだ。


「姉妹なんだから、ずっと一緒だよ、舞。」

 

 私はその場にしゃがむと、座り込んだままの舞を包み込むよう抱きしめながら、そう彼女の耳元で告げた。一瞬静止する舞であったが、すぐさま先ほどよりも大きな鳴き声を上げながら抱きしめ返してくれた。

 私たちはお互いがお互いのことを、そういう目で見ていたことを自覚していた。理解しているだけで、胸の内を明かすことを恐れていた。そちらの方が今までは都合がよかったからだ。現状の私たちの関係を壊すことなくそばにいられる、それさえ叶えられれば後は我慢してきた。

 しかしお互い、それ以上の関係を知らず知らずのうちに欲していた。だから私も舞も、今は少しほっとしてしまっている。あぁやっと報われるのだ、もう隠す必要などない。


「お姉ちゃん。もう絶対、離れないでね。遠くに行かないでね。」


 私たち関係は「普通の姉妹」。それをいつまで保てるか、壊れる日が来るとすれば今日なのだろう。無論後悔もしている。私は今までの関係をこれからも続けていきたい。ただそれよりも、今は舞と共に過ごしていくことを望んでいる。だって私たちは…


「大好きだよ、舞。」


 「仲の良い姉妹」なのだから。




 お互い落ち着いたころには終電間近となっており、私たちは急ぎ足で駅へと向かった。車内では涙と砂で汚れてしまった舞のワンピースと、私たちの赤く腫れた目元を心配そうに遠目から眺める人の姿があった。涙か汗か、頬には乾いた跡がくっきりと残っている。

 そんなことを知ることもなく、私たちはお互い寄り添ったまま眠っていた。朝から晩まで動いては、最後には二人揃って泣きに泣いた。さすがの私でも疲れ切るのは仕方ない。

 それでもどこか嬉しそうな寝顔を浮かべる私たちは手を繋いだまま、家の最寄り駅に到着するまで起きることはなかった。きっと今日のことは、お互い忘れようにも忘れられない一日になっただろう。

 ただ安心するにはまだ早い。解決していないこと、今後についてなど舞としっかり向き合っていかなければならない。どれから手を付ければ悩むほど課題は山積みである。以前の私であれば無理難題ばかりであるが、舞とならどれだけ高い壁でも乗り越えられる。そんな気がするのはやはり、私の中で舞という存在が如何に大きなものかがはっきりとわかる証拠だ。

 …恋人にはなれないけれど。

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