けれど、それでも、だから Ⅶ(2)
「んん~~~おいひぃぃ。」
歩きながら串に刺さった唐揚げを頬張るアリスは幸せそうな声を漏らしながら、一つまた一つと口の中に入れていく。しかしハムスターのようにアリスの頬が膨らむことなく、まるで飲み込んでいるかのように食べ終えている。鈴が大食いのエキスパートであれば、アリスは早食いのエキスパートだろう。ちなみに、私は分類するほどのような特徴は何一つ無い…はずだ。
「食べ歩きなんて行儀悪いよ…っ言いたいけど、今日ぐらいは許してあげる。」
渋々承諾する私も、アリスに甘えるように「あーー」と口を開けて唐揚げを入れてくれるよう頼んだ。今日の夏祭りが、私とアリスにとって今年最初で最後の夏祭りである。いつものように態度悪くしていれば、必ずどこかで楽しい時間にヒビが入る。今年は一回限りの夏祭りで、そんな苦い思い出は作りたくはない。
とはいえ、変に甘え過ぎるのは逆に不自然だとアリスに引かれるかもしれないので、いつもに比べて少しだけ、私はアリスに甘えようとしている。
もちろん、可能であればアリスと二人きりの場面では甘えたいのが本音だ。しかしそれは私らしくなく、そんならしくない私をアリスがどう思うのかと考えると、少し恐くなってしまう。アリスであれば「どんな香奈でも受け入れられる」と言ってくれるだろうが、だからといって甘えられるわけではない。それは私の問題でなく、アリス自身の問題にある。
「今日はまた積極的だね、香奈。欲求不満?」
「…私だって、恋人みたいなやり取りの一つや二つはしたいお年頃なの。だから、早く食べさせて。お腹空いているんだし。」
「はぁい」と嬉しげな返事をしながら、アリスは私の開いた口の中に唐揚げをぽこんと入れてくれた。一人暮らしになると揚げ物を食べたくても、油の処理などの問題からなかなか作ることは少ない。の結果、お総菜の揚げ物で済ませることが多いが、やはり出来立てが食べたいといつも感じている。
口の中で溢れ出る肉汁に「熱っ」と思わず吐き出しそうだったが何とか堪え、涙を浮かべながら食べ終えると、全く関係の無いアリスを涙目で睨みつけた。これをよくアリスは、ポコポコと食べられるものである。
「私のだけど、これ飲む?」
とビーチバックから水色のタンブラーを取り出すと、私に差し出してくれた。有無を言わずそれを受け取ると、私は三口ほどありがたくいただいた。氷が入っていたのか、中の麦茶は冷えてはいるがこの夏の夜には少し物足りない冷たさ。しかし、口内の温度を下げるには充分な冷たさだ。
「ん…。ねぇ、何じっと見てるの?」
タンブラーの飲み口から口を離した私は、その姿を眺めるアリスを再び睨んだ。それでも笑顔を絶やさないアリスは、もう立派な変態だ。…今更か。
「…昔の香奈なら、間接キスになるって飲むの躊躇っていたなって、ちょっと懐かしくなってさ。」
「…ばか。」
タンブラーを押し返して照れを隠す私。アリスの言う通り、付き合い始めて一年目の頃の私は間接キスはおろか、手を繋ぐことさえ躊躇っていた。以降はこれではいけないと私が決心したため恥ずかしさを感じながらも何とか色々と進展できてきたが、内心は破裂しそうなほど動悸は激しく、始終羞恥心で身体が火照っていた。それは今でも変わらず、現在進行形で鼓動は不安定である。
「それに比べて、アリスはいつも何ともなさそうじゃん。たまにそういった表情することあるけどほんとたまにだし。私のこと好きなのかそうでもないのか分からなくなることあるんだけど。」
「嫌いになるはずないじゃん。だって私、香奈のこと愛しすぎて依存してるぐらいだよ。」
「その発言も誤解招くから止めて。」
アリスが手で握ってある唐揚げの刺さった串を取り上げると、そのままアリスの口の中に突っ込みしゃべれないよう口を封じた。申し分程度のサングラスで星城院アリスだとバレないよう変装はさせているが、髪色や声質でバレてしまう可能性は大である。そんな状況下で、私とアリスの関係を露わにするような爆弾発言は控えてほしいものである。
「んぐ…。だって事実だよ。香奈がいない家で一人寂しく香奈の写真フォルダ開いてはにやついて、録音や録画で私専用の簡単なMAD動画作ってるし、成長過程を保存しているし。」
「初耳だし、そこまでやっているの知りたくなかったんだけど。」
本人(私)に許可無く盗撮や録音録画をしているのは知っており、そこに関しては言っても無駄なので近年は注意喚起程度だったが、この域まで達するとまでは思ってもなかった。これは依存と一言で済ませられる話ではない。
「まぁまぁ、でもこんなことをするぐらい香奈のことが好きだってのは証明できたでしょ?何なら、私の口からより証拠を見せた方が…。」
「絶っ対やめて。本気で怒るよ。」
と言うも私の表情はいつも通り真顔で、けれどそれが本気であることをアリスは分かってくれている。その証に、ビーチバックから携帯を取り出そうとした手が止まっている。
「さすがに、この場では見せないよ。私の性癖がバレるし。」
「正体がバレるよりはいいんじゃない?それに、他人の性癖なんて興味ないと思うけど。」
「私は興味あるよっ。」
両手でピースサインを作ると腕を上げ、ぺろっと小さく舌を出した。バカっぽいその姿に大きなため息を吐いてしまったが、それでもそのバカらしさが可愛いと感じたのも事実だ。
「…分かった分かった。アリスの勝手にしなよ。」
適当に話を切り上げるとアリスが手にする唐揚げの串を奪い取り、今度は息を吹きかけ冷ましながら唐揚げを口にした。先ほどは熱すぎて味が分からなかったが、まぁ可も無く不可も無い至って普通のどこででも食べられそうな唐揚げであり、感想が「普通に美味しい」しか思い当たらなかった。
「…今日の香奈、なんかすんなりしてるね。素直というか、忠実というか。」
「そりゃ、今年はこれがアリスとの最初で最後の夏祭りなんだし、少しぐらいわがままになっても罰当たらないでしょ。」
「さすがにわがままの一つや二つで罰なんて当たらないと思うよ。」
苦笑しつつ残りの唐揚げを食べきったアリスは、ちょうど横に並んであるたこ焼きの屋台に興味が移行した。本当、よく食べるものである。にも関わらず体型が変わらないのはずるい。
「それに、今まで私のわがままで香奈を振り回してきたんだから、むしろ罰が当たるのはこっちだよ。」
「…今日どちらかをしんみりさせるような話したら、ただじゃ済ませないよ。」
「ごめん」と言いかけたところで口をつぐみ、「ありがとう」と言い換えるアリス。「ごめん」がしんみりさせる言葉だと悟ったみたいで、もちろんそれも対象である。
「…それじゃぁ私が話題振るから、アリスはそれに…。」
「待ってっ。」
いつになく大きな声で待ったをかけるアリスに、私は「おわっ」と小さな声を漏らして驚いてしまった。
「どうしたの?お腹空いたの?」
「それもなんだけど、今日香奈に渡したいモノがあるんだ。」
「渡したいモノ?ロケ先のお土産とかそんな感じの?」
私の予想に頭を横に振るアリス。サプライズプレゼントかと考えたが、高校に入学する以前、アリスの少々値のするサプライズプレゼントに困り果ててしまいなるべくこういうことはしないで欲しいと話し、以後それとなく事前に渡すと話してくれているためその選択肢はすぐに除外した。
しかし、この選択肢以外に可能性のある選択肢はなく、考えた末、「じゃぁ何なの」と若干キレ気味な態度でアリスに突っかかってしまった。内心後悔で今すぐにでも謝りたいが、どうしてもいつもの癖で謝れない。こういう態度は今日は取らないと決めた矢先の出来事である。
「その、香奈に大事な話があるの。夕方にでも話せば良かったのかもしれないけど、その時は私、まだ話せる勇気が無かったから…。」
例え大事な話をするときでも大半はニコニコと笑顔を見せるアリスだが、今回はそんなことはなく、緊張している様子を見せている。その証として、先ほどから髪の毛に触れる頻度が増えているのが分かる。しかも、誰でも分かるぐらいに。
「…けど絶対に今話すべき事だと思うから、香奈に話してもいいかな?」
「許可制じゃなくていいから、話すなら話してほしいし、話さないなら話さないで結構だし。」
と私が言っている最中に、アリスはビーチバックの中に手を突っ込むとくじ引きを引いているかのようにガサゴソと何かを探していた。一体どういう入れ方をすればそんな探し方をしなければならないのかと考えているうちに、どうやら見つけたらしくビーチバックの中から手を出した。しかし、手紙か何かかと思っていた私だったため、アリスが何も手にしておらずただ拳を作っていたのは正直言って驚きしかない。
「忘れたの?」と声をかけると、アリスは再び頭を横に振り「手、出して」と威勢のない声で私に命令した。どうやら忘れたようではなくしっかり握っているようだが、それにしても手の中に収まる程度のモノなど、私は十円程度の飴玉ぐらいしか想像できない。
新手の嫌がらせだろうかとアリスの言う通り手を出すと、アリスは握ってあったモノを私の手にソッと置いたくれた。触れた瞬間その縦長い形から飴玉でないことは分かり、更に冷たさと重みから何となく予想が付いた私は、アリスが渡してくれたソレを目にした。
アリスから渡されたのは、どこにでもあるような普通の鍵であった。ただその鍵がなんなのかは、全く見当が付かなかった。
「…教室の鍵?」
「ううん。その鍵は、私の家の鍵だよ。」
アリスが口にした答えに「えっ」と顔を上げる私。そして次に私が言った台詞は「どうして」の一言だった。
「春休みに話した通り、この夏休みで主演映画の収録が終わるの。それで、以降はある程度活動しつつも勉強に励もうかなって思っててね。」
「…それと合い鍵は関係ないと思うのだけど。」
春期休暇中にアリスと海に行ったあの日、私はアリスにとあることを知らされた。それは前々からアリスが悩み続けていたことで、その結果として現在撮影している主演映画以降、ドラマや映画の主演は控え勉学に励むことを決意したのだ。このことについてはいずれ話さなければいけなくなるのだが、本人曰く「今はその時ではない」らしい。
「…確かに今までの分を取り返すためにも、しっかりと勉強しないといけないのは私自身が分かっている。でも同じぐらい、今まで香奈といられなかった時間を、この後一年半で埋めたいの。」
「…アリス。」
「わがままなのは分かってる。けど、それでも、今は少しでも香奈といられる時間が私は欲しいの。」
熱弁するアリスに心を奪われる私。アリスが女優という業界に入ってから私とアリスは付き合い始めたが、恋人らしいことは世間の学生カップルに比べれば明らかに出来ていなかった。キスですら去年の今頃が初めてで、周りとの差は一歩二歩のところではない。
それに私自身も、出来れば今まで共にいられなかった時間を埋めたいと思っている。二人の考えが同じ今、私の承諾の一言でその願いは叶えられる。けれども…。
「今は、受け取れない。」
そう返事をすると私はアリスに鍵を返し、「ごめん」と小さな声で謝った。そしてしばらくの沈黙の後、私は重い口をゆっくりと開いた。
「…きっと以前の私なら、アリスといられるだけの理由で同棲を決意していた。」
少々雲がかかった表情をしていたアリスにそういった意志があることを伝えると、アリスはほんの少しだけ表情が明るくなった。しかし私の発言が過去形であることに気付き、明るかった表情はすぐに元に戻った。
「その気持ちは今だってあるし、何なら今日からでもしたい。だけど、私がいればアリスはきっと、勉強できなくなるから…。」
「私しっかりするよ。例え香奈が誘惑してきたとしても、やれと言われれば私は…。」
「違うのっ。アリスじゃなくて、私が…保たない。」
その保たないの意味を理解するのに数秒かかったアリスの顔は、ぽかんとバカみたいに口を開けたまま硬直していた。そして気付いた途端唇をきゅっと噛みしめ目を大きく見開くと、「へへっ」と軽く頭を掻きながら恥ずかしそうな素振りを見せてきた。
「あ、アリスが恥ずかしがってどうすんの。私の方が、恥ずかしいし…。」
顔を隠すように視線を地面に向けようとしたその時、アリスは何を考えて行動に移したのか、前のめりになると私の頬に急にキスしてきた。思わず顔を上げた私はアリスを突き放すと、「何してるのっ!?」と大声で問いただした。周囲はそんな私の声に視線を動かしてきたが、そのすぐに鳴り響いたドンッという打ち上げの音と少し間を空けてから夜空に光り輝く花火に、私のことなど一瞬にして興味を無くし空に舞い散る花火に夢中であった。そちらの方がありがたいのだが、花火に負けてしまったのは少し複雑である。
「…分かった。香奈が嫌なら強要はしないよ。そこまでさせてまで一緒に暮らすのは、私も苦しいところあるし。」
スッキリと諦めたような発言だが、アリスの瞳は悲しそうで涙ぐんではいないものの、一押し二押しすればぽろりと涙が出てきそうな、それほど悲しそうな瞳をしていた。
「…けどあり…。」
「けどそれって、私が勉強できなくなるからでしょ?」
何かフォローをいれようと口を開いたが、アリスの一言に言葉が詰まり、またアリスの質問に言葉が詰まっていたこともあり「あ、うん」と声が枯れてしまったかのような声を出してしまった。しかし、そんなへんてこな声にアリスは反応することはなく…。
「なら勉強も恋愛も両立できるように成績上げるから、香奈と同じぐらいにまで成績上がったら、同棲のこともう一度考えてくれてもいい?」
私がアリスとの同棲を断ったのは私の諸事情のこともあるが、そのせいでアリスが勉強に力を注がなくなるのではと考えたからである。仕事とプライベートのメリハリがしっかりできているアリスにとって、私と同棲したとしてもその習慣からさほど今までと変わらぬ生活をしていけるのだろうが、問題があるのはこちらで、そのせいでアリスに迷惑をかけてしまうのは申し訳なく感じる。同棲することで私がアリスの成績向上する手伝いが出来るメリットもあるが、それを踏まえてもデメリットの方が今はでかい気がする。
そんな私のことを考えてくれたのか、ただただ考え無しの発言か、アリスは私の手をぎゅっと握りしめると期待の目をこちらに向けながらそう口にした。アリスの話していることは確かに私が悩んでいた種であり、アリスの成績が私と同じぐらいであれば心配などしない。だけども…。
「…分かった。ただし、私と同じぐらい成績上げることが第一条件だということは忘れないでよ。」
「そんなも無理じゃん、できっこないって。」
「…ついさっき決心したんじゃないの?」
…だけど今は、心配することよりもアリスを信じることに私は心の中で決めた。アリスは私の幼なじみであり、私の恋人でもある。そんな彼女に対して四六時中心配するよりも先に、信じてあげるのが恋人として今できることである。
「…それにしても、花火始まっちゃったね。早く買い物済ませてみんなのとこへ…。」
と握られた手を離し、私がアリスに背を向けようとしたとき、アリスがぐいっとカーディガンの裾を引っ張りながら「待って」と私の足を止めてきた。まだ話したいことがあるのだろうかと思いつつも、アリスの本音を聞いてあげられれるのは私ぐらいのため「どうしたの?」と返事をしてあげた。すると…。
「もう少しだけ、香奈と二人きりでいたい。」
アリスは少々恥ずかしそうに甘えてきたのである。その不意の甘えに思わずアリスへの愛情が胸に溢れ、良い意味で苦しくなってしまった。ただそのような素振りを見せることなく、「なら、もう少しだけ二人でいようか」と恋人繋ぎになるようにアリスの手を握ってあげた。久しぶりの恋人繋ぎに「恋人みたい」と当たり前のことを口にしてしまったアリスは、きっと動揺しているのだろう。
「みたいじゃなくて、恋人でしょ?」
「…だねっ。」
顔を見合わせたまま私とアリスは笑い合い、繋いだ手を離すことなく十分ほどだけ二人きりの時間を過ごした。休み時間と同じぐらいの時間のはずなのに、まるで誰かが弄っているかのように時間が経つのは早かった。
それでも、その十分ほどの時間ですら私とアリスにとってはとても大切な時間で、早いと感じつつも濃い十分を私とアリスは過ごした。全てを忘れて。




