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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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けれど、それでも、だから Ⅲ

 頭を冷やすために海に入ったものの、三十分もしないうちに海から出てきてしまった。冷え切った身体にとって夏の日差しは冬であればカイロに近い存在だが、カイロにしては熱量が高くやられそうになってしまう。あと十度ぐらい下がってくれればカイロとしての役目を果たせるのかもしれないが、いずれにせよ太陽をカイロと考えている時点ですでに暑さにやられてしまっている。まぁすでに暑さのせいで私らしくない行動を取ってしまっているが…。


「お、ことみん。今年は泳がないとか言ってたけど、何だかんだ泳いでたんだ。」


 などと一人で考えている内にいつの間にか荷物を置いた場所に戻ってきており、パラソルの下ではアリスちゃんがつい数十分前の出来事を忘れているかのように、味の違うかき氷を二つパクパクと食べていた。まだお昼までは少し時間があるが、だとしても午前中からかき氷二つは私にはかなりきつい。


「うん。ちょっと頭冷やしてた。」

「?まぁいいや。ほれ、ちこうよれ。」


 とどこぞの時代劇で出てくる殿様のように手に持つスプーン状のストローで私を手招きしてくるアリスちゃんに、私は若干呆れ気味のため息を返すものの、真夏日の太陽の下にずっといるわけにもいかず「分かりました」と半ば仕方なしにアリスちゃんの横に座った。


「あ、ことみんもかき氷食べる?間接キスになっちゃうけど。」

「私そういうの気にしないから、イチゴの方を一口いただこうかな。」


 私のお願いに「うんっ」と輝かしい笑顔をまき散らしてきたアリスちゃんは、人目を気にすることなく「あーん」と言いながら私の口元にスプーンを寄せてきた。ここまでアリスちゃんは「星城院アリス」を上手いこと隠し通してきており、そんな安心しきったアリスちゃんの遊び心を私の発言で揺らしてしまったのだろう。

 周囲が私たちの様子をチラチラと見ており、早く食べてしまわなければ星城院アリスだとバレるのも時間の問題。しかし、例えクラスメートになったとしてもアリスちゃんのファンである私には、この状況は嬉しくも何だか他のファンの方々に申し訳なくなるというか…。


「えいっ。」


 そこにしびれを切らしたアリスちゃんは強引に私の口にスプーンを突っ込み無理矢理食べさせると、満足げな表情をこちらに向けてくるが、心の準備が出来ていなかった私は満足など出来なかった。


「…んぐっ。ちょっと、無理矢理はやめてっ。」

「だってぇ、ことみんが焦れったいからさ。つい…ね。」


 とウィンクをしながら可愛らしく頭を小さく傾け舌先を少しだけ見せるアリスちゃんに、不覚にもきゅんとしてしまった私は鈴ちゃんに申し訳なくなり思わず大声を出して鈴ちゃんに謝ろうと立ち上がるも、それを感じ取ったアリスちゃんに腕を掴まれた。そして「やめといたら」と瞳で語りかけるアリスちゃんに、私がやめない理由などなかった。


「まぁ私もさ、少し浮かれていたとこあったし、ここはお互い様って事で。」

「原因はアリスちゃんにあると思うけど、まぁ言ってても仕方ないか。」


 小さくため息を吐くも、きっとアリスちゃんには聞かれていないだろう。もし聞かれていれば、きっと今頃「なんでため息なんかするの」と問い詰められているだろう。訊いてこないということは、聞かれていない証拠である。


「それでさことみん。今日のことは本当ありがとね。」

「今日?私、アリスちゃんに何かした…。」


 言いかけた寸前で私は思い出し、「どういたしまして」と私は返事をするとアリスちゃんに向け微笑んだ。

 アリスちゃんが仕事の関係で夏祭りに香奈ちゃんと行けるのは今日この日だけであり、事情を知らされた私はアリスちゃんと香奈ちゃんが二人きりになれるようアリスちゃんと作戦を考えたのだ。とりあえず作戦はまだ決行していないが、お昼過ぎ頃から徐々に動き出す予定だ。


「ことみんにはめんどくさいことさせたね。私の私情であんなことさせて。」

「ううん。恋人と一緒にいたい気持ちを私もそれとなく理解しているから、アリスちゃんのことでもあんなに本気で悩めたんだよ。」


 私の言葉にぎょっとした目で私を見るアリスちゃんは、ほんの数秒口をポカンと開けていたが、何かを悟ったようにニコリと笑みを浮かべた。


「ことみん、何か変わったね。まるで別人になったみたい。」


 アリスちゃんの口から出てきた言葉はここ数ヶ月良く耳にする言葉であったが、それがアリスちゃんの口からとなると話は別だ。


「…以外って思ったでしょ。というかことみん、そういう顔してる。」

「え、ほんと?」

「うん、ばっちり。そこのところも変わったよね。」


 カップに残ったかき氷を二つともぺろりと完食してしまうと、アリスちゃんはカップを重ねビニール袋の中に入れてしまう。そしてもう一つのビニール袋からプラスチック容器に入ったたこ焼きを取り出すと、「長話になりそうだし、ことみんにもあげる」と言われ、私に爪楊枝を渡してきた。たこ焼きが出てきたビニール袋にはまだ何か入っているようだが、もう一度確認しておく。まだお昼にはなっていない。


「去年の体育祭の日もそんなこと話していたよ。確か前は、明るくなったとかだったと思う。」

「そんなこと私、ことみんに話したっけ。」

「自分の発言には責任持っておいた方がいいよ。」


 まぁ私が言えるような立場ではないのだが。


「…それで、私が変わったってどういう意味なの。」


 言葉のままであることは無論私も分かっているのだが、私自身、私が変わっているとは全く感じてはいない。以前千夏ちゃんに「自覚がないけど変わろうとしている」と帰り際に言われており、以来自分自身を見つめ直してはいるが、やはり自覚がないだけに理解することができない。自身に興味が無いというのもその原因かもしれないが、どちらにせよ理解できないという結果に変わりない。


「…もしことみんを傷つけてしまうような発言してしまったら、容赦なく私を殴っても良いからね。」

「私はどこぞの不良だと勘違いしてない?」


 誤解を招く発言だが、決して千夏ちゃんのことを言っているわけではないのでご理解して頂きたい。


「冗談だって。けど、そのぐらいの覚悟はしているつもりだから、まぁ気楽に聞いてよ。」

「むしろさっきの発言で、私が気楽に聞けると思ってる?」


 大きく頭を横に振るアリスちゃんに思わずため息を吐きそうであったが、出してしまう寸前で堪えた私は「いいから話してみて」と若干冷たい態度でアリスちゃんに頼んだ。少々嬉しそうなアリスちゃんだが、もうこれ以上は言ってやらない。


「…そのさ、ことみん。私ね、りんりんから聞いてしまったの。ことみんの過去について。」


 アリスちゃんの発っした言葉が私の心に重くのし掛かると共に、血の気が引いたのを感じ取った。しかし、申し訳なさそうにこちらに視線を向けるアリスちゃんに勘づかれては更にアリスちゃんを不安がらせるだけで、動揺を押し殺した私はアリスちゃんに聞こえない程度に小さく息を吐くと…。


「ごめんね。」


 そうアリスちゃんに伝えた私は、正直にアリスちゃんに話した。私がこれまで行った過ち、千夏ちゃんとの関係。そして、私がただの偽善者であることを。きっと私が話さなくとも、アリスちゃんは鈴ちゃんからある程度のことを聞いているだろうが、アリスちゃんは多分、私の口から話を聞きたいと思っていたのだろう。でなければこんなこと、私には訊いてこないだろう。

 話し終えた私は今一度アリスちゃんの表情を覗ってみる。眉一つ動かさずこちらをじっと見てくれていたアリスちゃんに、何故だかホッとした私は「これが私の過去だよ」と終わったことをアリスちゃんに伝えた。


「りんりんからある程度のことは聞いてたけど、まさかことみんにそんな過去が…。」

「私がやってしまったことだし、責任は全て私だよ。それでアリスちゃん。私のこと…。」

「けど、やっぱりことみんのこと、私は好きだな。」


 思いもせぬアリスちゃんの言葉に「えっ」と声を漏らしてしまった私。それに対するものか、アリスちゃんも同じく「えっ」と声にした。


「さっきの話聞いてたでしょ。こんな人間のクズみたいな私のことなんて、好きでいられるはずがないじゃん。」

「それじゃぁりんりんからの好意も、嘘だって言えるの。」

「それは…。」


 言えるわけがなかった。それは鈴ちゃんが、私の過去を話してもなお、私のことを好きだと言ってくれたからだ。今のアリスちゃんのように。


「それに香奈たちに話したとしても、多分彼女たちはことみんのこと嫌いにはならないよ。絶対にね。」


 何を根拠にそこまで言い張れるのか、アリスちゃんは自身気な表情を浮かべると、手にしている爪楊枝でぱくぱくとたこ焼きをいくつか口の中に入れた。時間が経って冷えているのか、ただバカなのか分からないが、バカでもさすがに熱さのひとつは分かるだろう。


「そんなわけないじゃん。こんな私でも分かるよ、この事をみんなに話したら、嫌われることぐらい。」


 俯いたまま膝を抱えて縮こまる私にかける言葉が見つからないのか、アリスちゃんは何も言わず私の肩に頭をそっと乗せてきた。濡れた銀髪は冷たく重く、少しだけ体温が戻った私の身体を再び冷やしてくる。けれど何故か、それを嫌だと私は感じていなかった。むしろ懐かしく思うも、何故懐かしく思ったのかまでは分からない。


「そういうところが、ことみんが変わったなって私は思うよ。」

「…どういうこと。」

「んーー…。私たちのことをちゃんと見てくれるところが、かな。」


 アリスちゃんは私に向けてそう口にすると、私の肩から頭を上げ再びたこ焼きを頬張った。私にあげるとか何とか言っていたくせに、もう容器の中には二個しかたこ焼きが残っていない。本気で私にあげる気があったのだろうかと疑問に思って…なんて呑気に考えている場合ではない。


「私が、みんなを見ている?」

「そう。その一年のときまではさ、何か私たちに遠慮しているのかどうか知らないんだけど、本当のことみん、柊琴美を見せてくれていないように感じたんだよ。」


 真実か嘘かは話しているアリスちゃんにしか分からないが、アリスちゃんの言う通り、私は進級するまでの一年間、恋人である鈴ちゃんにすら心を開くことがあまりなかった。それを肌で感じていたであろう鈴ちゃんにはすぐにバレてしまっていたが、アリスちゃんにバレるとは思って…。

 いやよく考えれば、アリスちゃんには勘づかれてしまったのではないかと疑心暗鬼してしまうことが度々あった。それにアリスちゃんは私の本心を知っている鈴ちゃんと幼なじみ。私に内緒で情報提供が行われてもおかしくはないだろう。

 しかし私は、アリスちゃんに問おうとはしなかった。はぐらかされるのは目に見えている以前に、今は私が口出しできる状況ではない。


「だけど二年生になってから、ことみんが変わってきているのが何となく分かるんだ。ちーちゃんのおかげかりんりんのおかげかは分からないけど、今のことみんはもう昔とは違う柊琴美に変わっているって。」


 アリスちゃんの笑顔に思わず目を逸らした私は、小さく「私には分からないよ」と愚痴るように呟く。それをしっかり耳にしていたアリスちゃんは私に笑顔を向けたまま、私の髪の毛に優しく触れ、そのまま頬にくっつけてきた。これも何かの影響だと思うが、正直なところ良い意味でも悪い意味でも心臓に悪いので止めてほしいのが本音である。


「…私は変わらない弱い私と向き合っているだけで、変わろうなんて思っていない。けど…、私は…。」

「そのままで大丈夫だよ。ことみんは自然と変わってる。焦らなくても、私もりんりんも分かってるよ。」


 ついポロりと本音が出てしまいそうなところで、まるでそのことを分かっていたかのようにアリスちゃんは止めに入ってきた。それ以上は言わなくて良い、アリスちゃんはそう顔で私に伝えてきた。


「それにさ、急にことみんが変わられてもさ、何か別人のように感じてしまうかもしれないから、私はいやかな。」

「…ちょっと願望入ってるよ。」

「…事実だし。」


 私の冷静なツッコミに思わず苦笑いのアリスちゃん。それを見てちょっとだけ安心した私は大きく息を吐くと、「ありがとね」とアリスちゃんにお礼を口にした。


「まぁ似たもの同士の私たちだし、ことみんもさ、きっと何とかなるよ。」


 いつも以上にポジティブなアリスちゃん。何とかなるという自分事なのに他人事のような言いぐさのアリスちゃんに対し、どこからそんな根拠のない事が言えるのだろうかと疑問に思ってしまう。しかし後先を考えすぎている私にとって、アリスちゃんのような考え方も大事なのかもしれない。

 咄嗟に思ったことなので気付くのに多少時間がかかったが、昔の他人を信じることが出来なかった私であればきっと、今のような考え方は絶対にしないだろう。

 昔であれば考えられない思考が出てくるところが、皆の言う「変わった」なのかは知らない。けれど、それが私の「変わった」であるのなら、私は「変わった」と少しだけ胸を張って言えるかもしれない。このとき私は少しではあるが初めて、自身が昔と比べて変わったのだと気付いたのである。


「それにしてもさ、香奈たち戻ってこないねぇ。どうすることみん?二人でイチャついたりしてる?」


 先ほどまであんなにも私の話を真面目に聞いてくれアドバイスのようなものも与えてくれたにも関わらず、アリスちゃんはいつもの彼女に戻ると瞳を輝かせながら私に媚びを売ってきた。よくもまぁ、すぐ感情を変化させることが出来るなと感心していたが、私は遠くから聞こえる鈴ちゃんの微かな声にふっと現実に連れ戻された。目の前にはまだ輝く瞳をこちらに向けたままのアリスちゃんがいたのであるが…。


「ごめんね、私には鈴ちゃんがいるから。」


 私はいつものように曖昧な答えを出すことなく、きっぱりとお断りをした。ここまで清々しくお断りを入れたことは今までに無く、さすがのアリスちゃんでも少々凹むのではと心配になるも、そんなことでは折れないのがアリスちゃんである。むしろ断られたというのに彼女は嬉しそうな表情を浮かべ、誰かに見られているかもしれないと言うのに私に頬擦りまでしてきたのだ。言動といい行動といい、全てが恋人同士だからこそできる行いであるが、私とアリスちゃんは断じて恋人といった関係ではない。


「アリスちゃんっ。誰か見てるか分からないし暑苦しいから離れてっ!」

「えぇことみん、私とは身体だけの関係なのぉ?」

「誤解を招くような発言も止めてっ!!」


 アリスちゃんは自身の立場を利用するといった傲慢な人間ではなく、誰とでも平等に接してくれる非常に愛想が良い人間である。しかし彼女の場合は度が過ぎることから、香奈ちゃん曰く厚かましくめんどくさい人間だとか。

 そんなアリスちゃんを似たもの同士だからだろうか、以前から感じていたアリスちゃんへの違和感に私はこのときハッキリと理解したのである。そしてアリスちゃんが一体何を隠しているのかも、私は何となく「私に近い何か」なのだと把握した。けれども…。


「…アリスちゃん。お互い頑張ろうねっ。」


 これは私が介入してはいけない、そう瞬時に確信し私はアリスちゃんにそのことを直接的に伝えるようなことはしなかった。「イチャイチャするのを?」と全く合っていない返事をするアリスちゃんについため息が出てしまうが、今のアリスちゃんの様子から大丈夫だろうと勝手に決めつけてしまった。そしてアリスちゃんの素顔について私たちは後に知ることになり、アリスちゃんは人生の決断をすることとなる。

 そんな未来のことをアリスちゃんや私は当然知らず、二人で顔を見合わせて笑っているとお腹が空いたのか、鈴ちゃんたちが戻ってきた。もうすでに疲れ切ったような表情を浮かべる香奈ちゃんと舞ちゃんには申し訳ないが、まだお昼時である。午後にもまた連れ回されるだろうが、それはきっと私もだろう。先ほどから向けられる鈴ちゃんからの期待の眼差しに、私が断れるはずなかった。

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