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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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滴る雨と白衣の光 Ⅲ

 琴ちゃんが変貌してしまったあの事件から数ヶ月後、私は高校という名の新たなるステージへと踏み込んでいた。あの事件のこともあり名の知れぬ高校にすればと中学校の教師たちには言われていたが、それを理由で進路を決められるのは違うと判断した私は、当初琴ちゃんが通うはずであった高校に進学した。もしあの事件がなければあの高校で三人が再会していたかも知れないが、今となっては後戻りが出来ない話である。

 高校に入学した当初から私は琴ちゃんや他の人たちを傷つけたとして避けられてはいたが、琴ちゃんたちのことを思えばどうとでもなった。だから私は、例えどんなに自身が傷つけられても何とも思っていない、むしろこれは私に課せられた罰だと認識していた。

 そんななか高校に入学してまもなく私は一つ上の先輩に喧嘩を売られ、私が落ちこぼれるキッカケが訪れた。それはその先輩が琴ちゃんを馬鹿にしたのが原因であった。私のことを愚痴っていたまでは我慢できたのだが、琴ちゃんの悪口を聞いた途端、私の何かが吹っ切れてしまった。琴ちゃんは悪くない、なのにどうして琴ちゃんを悪いように言うの、と。

 気がついた時には私はボロボロになった彼女に跨がっており、更には彼女の首を力強く絞めていた。苦しそうに「助けて」という彼女の顔は、今でも夢になってまで出てきている。

 恐怖のあまりその場から逃げ出した私は、自分の手で人に死の恐怖を味わわせるまで追い込んだことに対し恐くて仕方が無く、そんなことをした自分自身を認めたくなかった。

 けれどしばらくして、私を染めていた負の感情は薄まっていき、琴ちゃんを守ることが出来た達成感のようなモノを感じてしまっていた。守られていたばかりであった私には、その偽善の感情に飲まれてしまったわけである。

 以来私は琴ちゃんを悪く言う人を傷つけてきた。いけないことだとは思ってはいたが、それよりも正義を遂行したことに私は喜びを感じ、次第に無関係に人を直接的に傷つけるようになっていた。それは元々仲の良かったクラスメートでさえ、私は自分の欲求のために傷つけた。あのときは誰かを傷つけることにためらいはなく、思い返せば思い返すほど自身の行いが馬鹿らしく感じてしまい後悔の日々を過ごしている。

 暴力は振っていたものの、お酒やタバコのように身体を壊すことは一切しなかった。私の身体は私のモノである以前に両親がくれた大切なモノ。例え私に危害を加えるあの父親であっても、親から貰った身体を傷つけるわけことは万死に値するというもの。そういった考えが私にはあった。

 だというのに他者を傷つけることに躊躇いなどなくなっていき、私の周囲は私から避けるようになった。そして私の周りには()()()()()人たちが集まっており、悪さばかりするようになってしまった。

 躊躇いはなくなったものの、心のどこかで自身の行いが悪いことは分かっていた。けれど彼女たちは、琴ちゃんや徹君のように私の価値を評価してくれた。誰かに自身の行いが正しいと言って欲しかった私にとって、それは嬉しい以外何者でも無かったのだ。そんな彼女たちを、もう同じ過ちを繰り返したくないと私は決意したのだ。しかし一年後、現実は思うようにはいかなかった。

 私が集まっていたグループは自身を含め八人と少し多め。そのうちの一人、私よりも少し背の小さな女の子と私は一緒にいた時間が他の六人と比べて圧倒的に長く、琴ちゃんと徹君を除けば親友と言える仲であった。そして私が荒れ始めた頃に話しかけてくれた女の子だ。

 名前はど忘れして覚えてはいないが中学校の頃から素行が悪かった彼女は、私たちのグループで一二を争うほどの女の子で、警察沙汰になるような事件を起こす常習犯であった。

 しかし彼女は、私と出会った頃から脱ヤンを考えていたのだ。元々誰かに認めて欲しいからと私と同じような理由で不良になってしまった彼女は、なったことで両親や他人に迷惑をかけてしまい、そのことを後悔していた。私にも「なるべきではない」と助言をして貰ったこともあり、私は警察にお世話になるほど荒れることはなかったわけだ。

 そんな彼女は、とある男の子に恋をしていた。私にもそのことについて話しはしてくれたのだが、相手の名前など相手を特定できるような情報は何一つ話してはくれなかった。そのため私は、彼女が好きになった相手のことを何も知らず、その相手と親しく話していた。その光景を、バッチリ彼女に見られていたのだ。

 最初の頃は彼女も我慢できていたらしいが、彼とのメールのやり取りが激減した高校二年の夏。ついに我慢の限界にきた彼女は、私にナイフを突きつけたことにより喧嘩が勃発した。その際に彼女が好きな相手が彼だと知り、喧嘩をしたくなかった私は必死に誤解を解こうとした。けれど私の言葉は一切通じず、私は覚悟を決め彼女に殴りかかった。

 お互い相手の実力や癖を知っていたため、緊張が切れた瞬間負けが決まるような喧嘩は長期戦となり、服や髪、それに身体もボロボロであった。そして私は止めたい一心で殴っていたが、次第に喧嘩を楽しんでしまっており、気がついた時には他の連中に止められていた。

 結果的に言うと私は彼女との喧嘩には勝ち、後日誤解も晴れたらしい。しかし喧嘩相手の彼女は私に顔面をボコボコにされてしまい、二学期に入ってもしばらくは登校してきていなかったらしい。「らしい」と曖昧な表現になってしまっているのは、私はこの日からしばらくの間学校に戻ってきていないからである。

 我に返った私の拳は所々皮膚が剥がれてしまっており、私のモノか彼女のモノか判断できない血で赤く染まっていた。おまけに腕や首にはナイフで傷つけられた際の傷が数カ所あったのである。全て浅いモノでほとんどがもう癒えているのだが、首筋辺りの傷は未だに癒えていない。

 そしてこの喧嘩の最中、私は彼女に腹部をナイフで刺されていたのだが、痛みに鈍感だったのか一切気付いていなかった。ただもし、この傷がなければ私は唯ちゃん…小坂唯には出会わなかっただろう。

 まるで戦場のような光景を目にした私が全て自身の行いだと理解したのはほんの一瞬で、頭の中が真っ白になった私は連中の腕を振りほどくと、逃げるようにしてその場から走り去っていった。彼女たちは私を引き留めようと追いかけてきたが次第に私と彼女たちの差は開いていき、私が初めて振り返ったときには、もう彼女たちの姿はどこにもなかった。あれが彼女たちとの別れだと思うと、何とも身勝手な別れ方である。

 私は、再び己の過ちで大切な仲間を傷つけてしまった。そして目を背けたくなるような彼女の有様を思い返す度に、あの日の絶望しきった琴ちゃんと重ねてしまい吐き出してしまっていた。何度も何度も思い返しその度に嘔吐し、家に帰った頃には胃の中は空っぽで、胃液が少量だが口から漏れていた。

 そんな負け犬のような姿に、母親はおろか、あの父親でさえまるで私を私ではないかのように唖然とした表情で見つめていた。それが、私が家出を決した理由だ。親にあんな表情をさせた私が、もう両親と共に暮らすことなど例え両親が良くても私が許せなかった。

 私は両親を払いのけ自室から財布と携帯だけを握りしめ、再び家を出て行った。母親は私が家を出るまで何があったのか問いただしてきていたが、そんな母親に私は何一つ話すことはなかった。ただ家を出る前に小さく「ごめんなさい」とだけは伝えておいた。もうきっと、家には戻ってこないと思っていたからだ。

 私はこの時、家出すると共に自殺をすることも決心した。私は二度も自身の過ちで他人を傷つけてしまった。ならその根源となる私が消えれば、もう誰も傷つかなくなるとバカな考えをしてしまったわけである。

 死に対してもちろん恐怖を感じており、電車内では恐怖のあまり手足が痙攣しているかのように小刻みに震えていた。ただ自身がいなくなることで誰も傷つかないで済むのなら、私は喜んで死んでみせる。そう言い聞かせることだけが、恐怖で怖じ気づきそうな私を癒やす手段であった。

 無論道中、私を心配して救いの手を伸ばしてくる人たちも多からずいた。警察に通報しようかと携帯を取り出す人もおり、その度に私は彼等から全力で逃げた。それが原因で腹部の傷は大きく広がり、私の意識は徐々にだが朦朧としていた。ただそれが、気付かないうちに刺された腹部の傷からだとは思ってもいなかった。

 携帯のメモアプリに一人一人に遺書を書いておき準備万端の私は電車から降りたのであるが、雨の中を歩いていること数分、人気が全くない小道で私は貧血で倒れてしまった。そこでやっと腹部が痛んでいることに気付き、意識が朦朧としていた原因が分かったのであるが、気付くのがあまりにも遅かった。

 立ち上がろうにもお腹の中にエネルギー源は何もなく、口を動かすことでさえままならない状況であった私は、ここで死ぬのだろうと覚悟をした。もう少しドラマチックに崖の上から飛び降りて死にたかった私であったが、酷いことばかりしてきた私を神は見下したと考えれば「仕方ない」の四文字で片付けられてしまう。

 季節外れの冷たい雨に打ち付けられていた私は痛む腹部を抑えながら、朦朧として意識でその時を待っていた。しかし、突如として脳に走ってきた琴ちゃんと徹君の顔に、私は何故だか死にたくないと涙を流していた。もうほとんど動かない腕を伸ばしながら「助けて」と言っていたあの瞬間を、私は雨に打たれる度にふと思い出してしまう。

 けれど時すでに遅く腕の力が抜けた私はそのまま意識を失ってしまい、目が覚めればそこはソファーの上であった。そして私のすぐ側に、まだ大学四年であった唯ちゃんが心配そうに私を見つめていた。今では白衣姿で大人っぽい唯ちゃんであるが、この時はまだどこにでもいる女子大生のような服装に優しい口調の女性であった。

 そんな唯ちゃんは私が目覚めても、彼女は何一つ私に質問しては来なかった。さらに身体の至る所に不細工に貼られてあった絆創膏や包帯から、唯ちゃんは私を匿ってくれたのだ。

 迷惑をかけてはいけないと家を出ようとしたものの、腹部に巻かれた包帯や胃の中に何もないことから腕すら上げられないぐらい衰弱していたため、私は唯ちゃんに傷が完治するまで間、仕方なくお世話になるしかなかったのだ。

 忙しい期間の唯ちゃんにとって私はただの重りでしかなかった。にもかかわらず、唯ちゃんは私の傷が治るまで私を見捨てはしなかった。唯ちゃんと出会って二週間が経った頃に脱げだして自殺しようとした私を、彼女は他人でありながらも涙を流し、見ず知らずの私を救ってくれた。ただ「私が救いたいから」という理由だけで。

 だからそんな見ず知らずの私を大切にしてくれる唯ちゃんに、私は少しだけ頼ってみることにしたのだ。全てを話した私にしばらく住まないかと言われたときは、確か唯ちゃんに抱きついて泣いていたような記憶がある。

 ただ私のことを心配しすぎたため、唯ちゃんは私に傷が完治するまでは学校に行くなと強く言われ、結果的に出席日数が足りなくなった私は留年をすることとなった。しかしそのおかげで、二度目の二年生を迎える前には首筋辺りの傷以外は全て完治した。その点は唯ちゃんに感謝しないといけない。

 そんな二回目の二年生を過ごしていた私に、その年高校教師に就任した唯ちゃんから朗報が届いた。それは唯ちゃんが勤める高校先、しかも唯ちゃんのクラスに琴ちゃんが進学してきたという内容であった。そして唯ちゃんは、私にある提案を持ちかけてきた。それこそが、私が琴ちゃんのいる高校に編入学しようとしたキッカケなのである。私が変わるためにも、琴ちゃんを助けるためにも。

 そして私は心を一新するため、「新島千夏(ちか)」から「小坂千夏(ちなつ)」へと改名した。一応法でいう「正当な事理」であったため正式に変えることは可能ではあったのだが、両親から頂いた名前を私の意向で易々変更するなど許されざる事であるため気分だけの改名だ。とはいえ事情を話してくれた唯ちゃんのおかげで、「小坂千夏」として生活できるようになるわけだが。

 ちなみに二度目の留年理由は、その編入学のためだけに自宅で自習していたせいで学校にほとんど行けなかったため、出席日数が足りなくなってしまったからという、こちらも二度目の過ちであった。ただ琴ちゃんと向き合うためにも、同学年になったのは間違いではなかったのかもしれない。

 こうして、全てをやり直すため全てを捨てた私は無事編入学試験を終え、琴ちゃんの元に姿を現したわけである。

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