芽生えた気持ちⅢ
午後の部は二人三脚から始まった。二人三脚には香奈ちゃんと舞ちゃんが出ている。二人とも運動は私よりはよいものの、苦手であるため少し心配であった。
しかし、そんな心配は必要なかったらしい。二人はトップでゴールしたのだ。これには私、鈴ちゃん、アリスちゃん、愛ちゃんも驚いた。
二人はゴールしてからハイタッチをしていた。舞ちゃんは相変わらずの女神のような笑顔だ。一方香奈ちゃんは、最初はムスッとしていたが、舞ちゃんの笑顔を見てクスッと笑っていた。
それを狙ってかのように、アリスちゃんがデジカメで写真を撮りまくる。あとで送ってもらえると言われたが、携帯に送信できるかが知りたい。
私はそれを見てから少しため息をついた。私の借り物競争は次の次だ。借り物の内容は目の前にある紙をめくって、書いているものを借りてくるだけらしい。
ただ、借りてくるものについては毎年変わっているみたいで、何が出てくるかはわからない。
ちなみに…去年は校長先生の奥さんの眼鏡と言うものがあったらしい。
私はできるものなら簡単なものを引きたい。何年生のハチマキとか、帽子とか。
私はテントから出てアリスちゃんにハチマキを結ばれる。憂鬱な私に気合いを入れると言っていた。
「アリスちゃん、ちょ、ちょっときついかなぁ?なぁんて…」
私はついつい弱音をはく。けれども…
「そんなこと言ってたら、この前撮ったことみんの寝顔、みんなに送信するよぉ。」
「こ、この悪女め。」
「悪女で結構だよぉ。」
アリスちゃんは笑って言うが、先ほどよりもハチマキが絞まる。多分、まぁまぁ怒っているのだろう。
「これで…よし!」
アリスちゃんがそう言い絞め終わる。私が少しだけ上にあげようと思い手を出したが、びくともしない。どうやら、頑丈に結んでいるのだろう。
「アリスちゃん…」
私はアリスちゃんを見る。アリスちゃんは私の視線に気がつき、私を笑顔で見る。私が理想とした人物は悪女だと今更ながら思い知らされる。
私がため息をついたあと、アリスちゃんが私の耳元に近づいてきた。
「ねぇねぇ、ことみん。」
私の耳元でアリスちゃんが小声で尋ねてくる。昔はアリスちゃんにこんなことをされるのが夢であったが、大半の夢は一ヶ月以内に叶っている。
「どうしたの、アリスちゃん?」
私も周りには聞こえない程度の声で反応する。
すると、アリスちゃんはクスッと笑う。一体、なにに対して笑っているのか、検討もつかない。
「りんりんとは仲直りできたんだね。前より明るくなった気がする。」
私はそうアリスちゃんに言われドキッとする。他人がわかるぐらい、私は今感情を表に出しているのだろうか。
仲がいい人以外にはあまり感情を表に出さない私はすこしだけ焦る。もしかしたら、アリスちゃんは私と鈴ちゃんがキスをしたこともわかるのかもしれない、と。
「そ、そう?い、いつも通りだけどなぁ。」
私は先ほどより声が少しだけ大きくなる。嘘をついているのがバレバレである。
アリスちゃんは私の反応を聞くなり、またクスッと笑う。
「いつもじゃないよ。昨日まで死んだ魚のような顔してたじゃん。」
そんなに顔がやばかったのかと私は思い、恥ずかしくなる。けれど、先ほど鈴ちゃんとキスをした時よりかは恥ずかしくない。
そんなことを考えていると、鈴ちゃんとキスをしたときの記憶が脳裏をよぎる。それと同時に唇の感触もあの時みたいに感じる。
…私、なに考えているの?今は借り物競争よ。
私は頭のなかで言い聞かせる。アリスちゃんは何をしているのかという目でこちらを見ている。
「おーい、ことみん。戻っておいでぇ。」
アリスちゃんの一言で私は現実に戻ってこれた。あと少しで私は戻ってこれなかっただろう。
「ありがと、アリスちゃん。」
私はアリスちゃんにお礼を言うが、アリスちゃんは「なんでお礼をするの?」という顔をしている。私はそれに対して何も言わなかった。
「「借り物競争に出場する生徒は南門に集合してください。」」
集合のアナウンスがなっていることに私は気がついた。
「もう行っちゃうんだねぇ、ことみん。」
アリスちゃんが物淋しそうに言う。
「そんなこと言って、私の写真を撮りまくるんでしょ?」
「もちろん!」
まさかの即答である。さすがの私も少々驚いたが、平常運転だと私は思った。
私は南門に体を向けた。
「わかってると思うけど、悪用だけはやめてよね。」
「わかっているって、ことみん。ことみんの一生懸命に走っている姿とか、ことみんが転けている姿とか全て写真にして、私のアルバムに…」
「行ってくるね。」
私はアリスちゃんが話しているにも関わらず、南門に向かう。アリスちゃんは私が言ったあとも、よだれを垂らしながら荒い息で喋っていた。
アリスちゃんは男の子には興味がなく、女の子にしか興味がない子だ。そして、女の子の写真を撮りまくるのが彼女の趣味だ。基本的には私たちの前でしかそんなことはしない。さすがに、お仕事中はお仕事を真剣に取り組んでいるため、それどころではないらしい。
けれど、いくら私たちだけからと言って盗撮するのはやめてほしい。街に出掛けたらどうなることやら…
私がそんなことを考えていると、私の腕を引っ張る人がいた。私は後ろを振り向く。するとそこには、鈴ちゃんがいた。
「鈴ちゃん。」
思わず口に出してしまうが、すぐにあの光景を思いだし、私は恥ずかしくなる。
私はアリスちゃんに束ねてもらったポニーテールをいじりながら鈴ちゃんを見る。いつも何も結んでいないので、違和感しかない。
「それで、どうしたの、鈴ちゃん?」
私は鈴ちゃんに尋ねる。すると、鈴ちゃんは左のミカンのゴムを外した。
「琴美、後ろ向いて。」
私は鈴ちゃんに言われるがままに後ろを向く。
すると、鈴ちゃんはアリスちゃんが束ねてくれたポニーテールを崩した。
「ちょっと、鈴ちゃん?何してるの?時間がないから…」
「なら、少しじっとしててよ、琴美。」
私は鈴ちゃんに怒られ少しシュンとなる。仲直りしたばかりなので、喧嘩はあまりしたくない。ここは私が引こうと思った。
鈴ちゃんが私の髪をイジりだしてから二十秒が経った。鈴ちゃんはふっーっと言い、私の髪から手を離した。私は鈴ちゃんの方を見る。
「何したの、鈴ちゃん?」
私は鈴ちゃんにイジられた髪を手に取る。髪は先ほどと変わらないポニーテールだ。だが、束ねているゴムがアリスちゃんから貰った普通の黒色のゴムでなかった。代わりに、鈴ちゃんのミカンのゴムが使ってあった。
「これって…」
私は鈴ちゃんを見る。鈴ちゃんは少し照れていた。
「さっき私に元気、分けてくれたでしょ?それは私の気持ち。頑張っててこと、だよ。」
鈴ちゃんはそう言うとテントの方向に向く。
「んじゃぁ、頑張ってね、琴美ぃ!」
鈴ちゃんはそう言うと走って戻っていった。
…励ましてくれたのかな?
私は戻っていく鈴ちゃんを見た。
「ありがと、鈴ちゃん!!」
私は鈴ちゃんに聞こえるぐらいの大きさで言った。こんなに大きな声で物を言ったのは久しぶりだ。久しぶりすぎて、私は言ったあとむせてしまう。
鈴ちゃんは声が聞こえたのか、振り返った。
「私も頑張るから、琴美も頑張るんだよ!!」
鈴ちゃんも大きな声で言った。けれど、私とは違いむせていない。大きな声をいつも出しているんだなと思う。
鈴ちゃんは私に向かってピースをし、再びテントへと戻っていった。
私は鈴ちゃんが束ねてくれた髪を触る。そして、鈴ちゃんのヘアゴムに触れる。ほんのりと鈴ちゃんが使っているシャンプーの香りがする。私のとは違うラベンダーの香りだ。
…鈴ちゃん…私決めた。鈴ちゃんが私のために走るのなら、私は鈴ちゃんのために走るよ。
それが、私が鈴ちゃんのためにできることだった。
私は手から髪を離した。そして、南門へと向かっていった。
南門に来て五分が経とうとしたとき、前の競技の順位が発表されていた。いよいよかと思うと、私は変な緊張をし始めた。足が小刻みに震えている。
どうしよ…走れないかも…
そんなことを考えていると、私の競技が始まるアナウンスが鳴っていた。それと同時に中に入っていく。私は慌てて走る。
私はその時、初めて横を見た。私は六番なので、一番内側である。横の人たちはみんな私よりは早いと思うと、緊張が更に高まる。
どうしよどうしよどうしよどうしよ…
私の頭のなかは焦りでいっぱいだった。もはや、スタートできるかが問題だった。
私は前の人にぶつかってしまう。いつの間にかコースに着いていたらしい。私は前の人に「ごめんなさい。」と謝っておいた。
私は十組中八組目なので、最後の方に走る。だから、前の人たちの借り物が何かがわかるので、そこから推測する時間はある。
けど…
今の私にはそんなことやっている暇はないんだよぉ。
私は緊張を抑えるだけで精一杯だった。私は心臓に手を当てる。心臓の鼓動が手から伝わる。鈴ちゃんとキスをしているときよりかは酷くはないが、そんなことを考えてしまうと余計に心臓が締め付けられる。
「あのぉ…柊さん?」
私の名前を誰かが呼んだ。私は声の方に振り向く。声の主は横の人だった。何故名前を知っているかは今は知りたくない。
「早く立って。競技始まるよ。」
私はそう言われ前を見る。すると、前には誰もおらず、いたのは私だけであった。もう私の組まで来たらしい。時間が経つのが早く感じる。
「えっ、あ、は、はぃ!?」
私は緊張のあまり変な声が出た。私は恥ずかしく、ゆっくりと立ち上がった。横の人は優しい人らしく、私を心配そうに見る。私は小声で「大丈夫です。」とだけ伝えた。
「それでは始めます。」
先生がスターターピストルを空に向かってあげる。私は走る準備をする。けれど、全く走らない私は早く走る方法など一切知らない。緊張もしており、もはや精神はズタボロだ。
「位置について…」
横の人たちが走るポーズをとる。私もそれを見よう見まねでやる。
「用意…」
先生がそう言ったとき…
「琴美ぃぃぃぃぃ!!頑張れぇぇぇぇぇ!!」
鈴ちゃんがテントから大きな声で応援したのだ。これには先生も驚き、謝ってスターターを鳴らした。
その横の人たちは驚いたが、スターターの音を聞くなり走り出す。私もそれに付いていくように走り出した。
運動場の真ん中まで走って行くが、その出前ほどで私の体力が悲鳴をあげる。階段を駆け上がった疲れがまだ残っているのだろう。
私は何とか真ん中に着く。けれど、横の人たちはもうカードをめくっており、それぞれ物を借りに行っている。
私は残っていたカードをめくる。残り物には福があるはずだ、必ずいいものだ。
そこに書かれてあったのは…
体操服とハチマキ以外で今同じものを着用している人
私はそれをめくったとき、頭が真っ白になった。同じものを着用した人など、果たしてこの中にいるのだろうかと。
私はとりあえず、靴下を見ようとしたとき…
「琴美ぃ!!」
鈴ちゃんの声が聞こえ、私は目線をあげる。あげたときには、私は手を握られていた。鈴ちゃんだ。
「鈴ちゃ…」
「走るよ、琴美。」
えっ?
私はそう思った矢先、鈴ちゃんは私を引っ張って走った。私の競技なのに、鈴ちゃんが全力で走っている。
私は「どうして?」と尋ねようとしたが、鈴ちゃんのペースに合わせるのが精一杯だった。そもそも、ペースが合わないのだが…
鈴ちゃんは足が早く、一人また一人と抜いていく。その光景に周りからは歓声があがる。
鈴ちゃん…早すぎるよ…
私がそう思ったとき、私は何かにつまずいた。私は鈴ちゃんの手を握ったまま転けそうになった。 鈴ちゃんが頑張ってくれたのに…
私は諦めていたが、鈴ちゃんは違った。鈴ちゃんは転けそうな私をギリギリのところで止めてくれた。正確には、私の手を握られて思いっきり引っ張り、私はその勢いで足が一歩前に出た。
うぉ?
私はその一歩で転けずにすみ、私は走り続けることができた。
「琴美ぃ、あと少しだから、もう少しだけ走って。」
鈴ちゃんはそう言うが、私の体力はもうないに近い。多分、私は止まったら動けなくなるだろう。
私はゴールをみた。どうやら、鈴ちゃんのおかげもあり、ゴールをしているのは二人だけであった。その中には、私の横にいた人がいる。人は見かけによらないのだと、私はこのとき初めて知るのだ。
そうこう考えていると、目の前にゴールがあり、そのまま私たちはゴールした。私たちの組のなかでは私たちは三位だった。私は想定もしなかった順位であったため、少し驚いている。
…私、ゴールしたんだ。
私は自分がゴールしたことにしばらく実感がなかった。
「琴美ぃ!!」
私は鈴ちゃんの声に反応し、私は振り返る。すると、鈴ちゃんは私に抱きついてきた。私はかなり動揺する。
「ちょちょちょちょっと鈴ちゃん!?」
私は鈴ちゃんを引き剥がそうとするが、鈴ちゃんに力負けする。
「やったね、琴美!三位だよ三位。よくがんばったねぇ!」
鈴ちゃんはまるで自分がやっているかのように喜んでいる。まぁ、鈴ちゃんのおかげで三位になったと言っても過言ではない。
私は抱きついている鈴ちゃんを見る。その笑顔は幼い子の笑顔と変わらない。
鈴ちゃん…
「…ありがと。」
私はボソッと小声で言う。けれど、近距離にいる鈴ちゃんには聞こえていたらしい。
鈴ちゃんは私から離れて私を見た。
「どういたしまして、琴美ぃ!」
そう言って鈴ちゃんは笑った。私も、その笑顔を見るなり笑った。
その時、私の胸の奥がチクリとした。けれど、これが初めてではない。鈴ちゃんの笑顔を見たときにたまにある。
「ねぇ、鈴ちゃ…」
「よかったね、琴美。あの時ゴムを変えておいて。」
私が話そうとしたが鈴ちゃんが突っ込んでくる。まぁ、今じゃなくてもいいのだが。
私は鈴ちゃんの台詞で、何故鈴ちゃんがテントから出てきたのかがわかった。同じものを着用している。
「あ…う、うん。」
私は返事をする。
鈴ちゃんは私の顔を見たあと、テントに向かって方向を変えた。
「なら、私は戻るよ。競技次だしね。」
鈴ちゃんはそう言い、テントに向かって行った。そうだ。鈴ちゃんの競技は次だ。なのに私と走ってれた。
…本番、戻ってくるんだよね、鈴ちゃん。
私は心のなかで鈴ちゃんに尋ねる。けれど、鈴ちゃんは振り返ることなく戻っていった。
その後、全ての組が終わり、私は退場しようとしたが、やはり体力の限界らしく、私はその場から動けなくなっていた。
そして、横の人に助けられた…今度会ったときに、名前を聞かなくてはと私は思った。