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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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好きだから Ⅰ

 出会って間もない頃、私にとって先輩は憧れの対象だった。困っていた私を、先輩は自身を代償に私を助けてくれた。けれど痛そうな顔一つせず、腰を抜かした私に声をかけてくれた。そしてボロボロの手を気にすることなく、私を家まで送ってくれた。ただ身長が小さい私は様々な人に子ども扱いをされ、この先輩も結局は私を()()()()ことでしか見ていないと決めつけていた。

 結論から言うと、先輩は私のことを今でも子ども扱いしている。だけども私は、先輩からの子ども扱いを嫌だとは一度も感じなかった。

 先輩は私を子ども扱いすると同時に、私を一友達として気安く接してくれた。そんな先輩に甘えてしまい、先輩についての様々な秘密を知ってしまった。そしてそれが、先輩に対する親近感が湧いたことによって、いつしか憧れが好きに変わっていた。

 我慢を知らない私は先輩に告白するも当然の如く玉砕。けれど諦めることなく、私はアプローチをし続けてきた。先輩がいるという理由だけに入学したが進展することは一度も無く、気付けば一ヶ月が経っていた。


 ******


 体育祭三週間前はまだ春らしい気温が続いているも、桜の散った木には緑が生い茂り春が終えたことを私たちに伝えてくる。ただその翠緑が、身体を動かす私たちに涼しさを与えてくれる。

 五月。制服に着替え終えた私たちは財布を握りしめ、いつも行く屋上に寄ることなく食堂へと足を踏み入れた。この時期になると個人練習ということで屋上が貸し出されており、そこでお昼を食べる私たちは退去せざるを得ない。それのため、この期間中は食堂でお昼を食べることにした。それに、ほとんどお弁当か購買のパンが主なお昼の私たちには、食堂のご飯が食べられる良い機会である。

 食堂の扉を開けると美味しそうな香りとひんやりとした空気が私たちを包む。ただ体育終わりに清涼剤を使っていた私たちには少々肌寒いぐらいであったが、食堂に入れば話は別だ。


「うっわぁ、思った以上に人いるなぁ。」

「同意見。けど一応二階もあるから、きっと座れなくもないよ。」


 愛ちゃんとアリスちゃんはその人の多さに感心しながら食券を購入すると、「席探しておくから」と言って早足気味に駆けていった。残された私たちも各々食券を購入し料理を受け取ると、愛ちゃんとアリスちゃんの行方を捜索した。携帯を使えればすぐ居場所が分かるのだが、何せここは学校内。堂々と使用するのは千夏ちゃんぐらいであろう。ちなみに千夏ちゃんは、今日はクラスの子と食べるといってこの場にはいない。見た目などもありまだクラスに馴染めていないと思っていたのは、どうやらいらない心配みたいなようだ。


「おぉいっ。ここだよぉっ!」


 周りのことなど気にしない愛ちゃんは大声で私の方に向け声をかけると、その横に座っているアリスちゃんと共に手を振り始める。それを迷惑そうに見る人もいたが、それが愛ちゃんだと知るとため息をつき再びお昼を再開していた。どうやらもう、愛ちゃんは()()()()()として見られているらしいが、本人は例えそれに気付いたとしても改善することはしないだろうし、そもそも鈍感なので気付きもしないだろう。妹の舞ちゃんが可愛そうである。


「愛ちゃん。せめてもう少し声のボリューム抑えられない?愛ちゃんの声なら充分届くから。」

「なんでだ?私への愛の力か。」

「いや全然違うから。」


 完全否定した香奈ちゃんはさり気なくアリスちゃんの横に座った。本当、こういうところは抜け目がないというか。


「なら私は、お姉ちゃんの前に座りますが、琴美さんと鈴さんはそれで構いませんか?」


 一年前と比べハキハキと話せるようになった舞ちゃんであるが、やはり敬語は健在である。とはいえ、舞ちゃんから敬語を除ければ違和感を感じるのは目に見えて分かっているため、舞ちゃんには正直このままでいてほしいのが正直なところだ。

 私と鈴ちゃんは顔を見合わせると頷き合い、「大丈夫だよ」と伝え席に着いた。私と鈴ちゃんの関係からすれば、むしろありがたいことである。

 舞ちゃんが腰掛けるのを確認した愛ちゃんは、「それじゃぁいただきます」と言って食べ始め、それに続いて鈴ちゃんとアリスちゃんも「いただきます」と食べ始めた。少し乗り遅れた私と香奈ちゃんと舞ちゃんであったが、三人で合掌し「いただきます」と声を揃えた。


「んっ!美味しい。学食ってあまりそういうイメージなかったから、ちょっとビックリだな。」


 不適切な発言があるものの、アリスちゃんからすれば褒めている。その証にこの発言以降、アリスちゃんは黙々と食べ続け、彼女が言葉を発したのは食べ終えてからのこととなる。


「どうしたの鈴ちゃん?さっきから手動いていないけど、食欲ない?」


 何口か口にしていた鈴ちゃんであったが、急にピタリと手を動かすのを止めてしまった。鈴ちゃんが食欲が湧かないことは希にあるちはいえ、やはりいつも美味しそうにご飯を食べる鈴ちゃんだ。心配の一つや二つはするものだ。


「全然。むしろお腹空いてて死にそう。」

「だったらどうして…。」

「確かに美味しいけどさ、琴美のお弁当の方が断然美味しいから、それがお昼に食べられないのは恋しいというか…。」


 体育大会の練習の疲れからか、油断していた鈴ちゃんは思わず口を滑らしてしまいハッとした表情を浮かべた。普段の会話レベルの声のボリュームであったため、もちろん他の人たちにも聞こえているわけで…。


「鈴の弁当って、琴美が作ってあげているのか?」


 愛ちゃんが質問しないはずがなく、香奈ちゃんは「やってしまった」と言わんばかりに頭を抱え、私の視線から外れてしまった。


「…ま、まぁね。鈴ちゃんの両親は忙しくて鈴ちゃんは料理ができないの。だから幼なじみの私が一肌脱いだわけなの。」


 動揺で言葉を詰まらせていた鈴ちゃんに助け船を与えると、それに便乗してくれた鈴ちゃんはコクコクと頷いてくれた。料理ができない以外は基本的に事実のため、決して嘘を付いているわけでもない。ただ両親が忙しいのかだけは、真実だとも嘘だとも言えない。そもそも鈴ちゃんはこの一年、両親については曖昧な回答しかしておらず現状がイマイチ掴めていない。


「なるほどなぁ。琴美も大変そうだな。」


 感心する愛ちゃんに、私はただただ苦笑いをすることしかできなかった。


「でも確かに、学食よりも舞の作るご飯の方が断然美味しいもんな。鈴の気持ちが分からなくもないよ。」


 愛ちゃんのことなので自然と口から出た言葉なのかもしれないが、褒められた舞ちゃんはご飯を詰まらせ心臓の辺りをドンドンと叩いていた。もしこれが意図的であれば、妹に対し酷い仕打ちである。


「ありがとね、琴美。」


 鈴ちゃんは私の耳元でそう囁くと、お礼にと唐揚げを一つ分けてくれた。別に唐揚げを分けて欲しいがためではないが、私は鈴ちゃんからの唐揚げをありがたくいただいた。…それにしても、学食よりも私のお弁当の方が美味しいと言ってくれたのは心の底から嬉しく今にでも抱きつきたい一心であったが、今の空気上それは危険で自らの欲望を抑えつけた。


「にしても、さっきの練習は厳しかったなぁ。何せお腹空いた状態だったわけで、ちゃんとした練習できなかったし…。」


 舞ちゃんを落ち着かせ終えた愛ちゃんはガッツリめの牛丼を食べており、五限は眠る気しかないのだろう。


「…っ。あいちんは朝ご飯食べてこなかったの?寝坊?」


 もうすでに焼き魚定食を食べ終えたアリスちゃんは、口元をティッシュで拭き取りながら愛ちゃんに質問する。次の仕事までの休憩時間が短いときもあるらしく、たまに癖で早食いになることがあるらしいが、無言だったとはいえそれでも少し早すぎである。


「お姉ちゃんが朝ご飯を食べなかったのは、その、私のせいなんです。」


 話そうと口にあったモノを飲み込もうとした愛ちゃんであったが、舞ちゃんが代わりに説明してくれることをいいことにご飯を食べ続けた。そこはお腹が空いていたとしても愛ちゃんの口から説明するべき状況ではあるが、舞ちゃんが原因であれば話は変わる。


「私事なんですが、最近、食欲が湧かないので朝食を抜いているんです。お姉ちゃんには気にしなくて良いと言っているのですが、私が食べないなら食べないとお姉ちゃんも朝食抜いているんですよ。」


 舞ちゃんの目の前のテーブルにはおにぎり一つしか置いておらず、それもまだほんの少し囓った程度でほとんど食べていない状態であった。誰もが見た瞬間に体調が悪いのかと想像してしまうが、顔色はいつもどおりと不調でないことが分かる。


「食欲が湧かなくても、朝ご飯は食べるべき。軽いモノでも良いからお腹に入れておかないと、作業効率も悪いし集中力も低下するよ。」


 とか説教する香奈ちゃんも食欲が湧いていないのか、目の前にある焼き魚以外は一切箸で触れていない状態であった。


「それは分かっているのですが、前にも同じようなことがあって、その際無理に食べようとして吐いてしまったのです。以来同じ事があった際はあまり食べないようにしているんです。」

「…ということは、前にも同じ事があったの?」

「はい…。だいたい一ヶ月周期で。」


 香奈ちゃんは完全に食事を止めてしまい、お皿の料理を横にいるアリスちゃんに与えた。どうやらもう食べないらしく、その残飯処理にということなのだろう。それでも嬉しそうに食べるアリスちゃんはきっと、いかがわしいことを考えているに違いない。


「…舞ちゃん。食欲が湧かない前後の日に、何か身体に変化はなかった?」

「…言いにくい話ですが、後日高めの頻度でアレが起きています。」


 顔を赤らめながら恥ずかしそうに話してくれた舞ちゃん。私も何となくではあったが、そうなのではないかと薄々は気付いていた。私自身も、アレの前後は全く食欲が湧かなく事があり体重が激減したこともあった。女の子は何もしなくても血が出ては体調を崩す、実に理不尽な生き物である。


「だからアレだって私は言ったろ?舞の健康状態に一番詳しいのは私だって、前々から説明しているだろ?」

「…ちょっと待って。愛ちゃん。もしかしてだけど、舞ちゃんの周期って…。」

「勿論把握済みだが?」


 当たり前なのではと言わんばかりの顔で首を傾げる愛ちゃんに、舞ちゃんは耳まで赤くすると思わず食べかけのおにぎりを投げようとしたため、そこは横にいた私が止めに入った。いつもは大人しい舞ちゃんではあるが、この一年間が影響か、たまにこうして暴走するようになってしまった。感情を剥き出してくれることは何より嬉しいが、暴走するのだけは止めてほしいものだ。


「別に悪用するわけじゃないし、第一同じ家に住む者同士、相手のそういう事情も知っておかないと大変じゃん?急に倒れたりするとさ。だから同居人の健康状態を把握することも、一つの重要な役割なんだよ。」


 良いことを言っているように聞こえるが、何もアレの周期まで知る必要など果たしてあるのだろうか。まぁ現に、私を見つめる視線が向いているわけであるが。教えるわけなどなく、教えてもいらない。


「んっと。んじゃ、私も香奈のアレ、教えてほしいな。等価交換に私の教えて上げるからさ。」


 悪戯を思いついた子どものような眼で香奈ちゃんに欲求するアリスちゃん。そんなことをしなくとも、周期計算すれば一発で分かるが、それは鈴ちゃんも同じである。それに、アリスちゃんの場合は休日やお仕事から香奈ちゃんの完璧なデータまでは取れないだろうが、鈴ちゃんの場合、ほとんどの時間を共にしているためほぼ完璧なデータが出てしまう。そこまでして知ろうとは普通考えないが、相手は鈴ちゃん。予想の遥か上を進む彼女に、常識という言葉は存在しないだろう。…恋人に対して、ものすごい言い様だが。


「教えてあげません。…というか、アリス、食べるの早すぎ。もう少しゆっくり食べたらどうなの。」

「いやぁ。香奈に取られてしまわないかつい、ね。」

「あげた本人が取るなんてことしないでしょ。琴美ちゃんたちだってまだ食べているんだから、落ち着いて食べてよね。」


 アリスちゃん怒られている姿を横目に、私たちは食べる速度を少しだけ上げる。それに気付いた香奈ちゃんは「気にしなくて良い」と言葉をかけてくれるが、それがよりいっそうペースを上げることとなった。


「あの、すみません。」


 香奈ちゃんの一言から何秒か経った後、私たちが座るテーブルの横には一人の少女が立っていた。身長が低く黒髪お下げに眼鏡と所謂真面目キャラのような容姿だが、サイズの合わないセーターや所々の刺繍からは真面目であるとは思えず、眼鏡越しからの澄んだ目やあどけなさからは、中学の名残が残っているように見えた。浅山珠穂ちゃんである。


「あ、珠穂ちゃん。久しぶりだね。」


 私が珠穂ちゃんに声をかけると、珠穂ちゃんは深々と頭を下げる。私とアリスちゃんは一度会っているため彼女のことを知っているのだが、それ以外は「誰この子?」と不思議そうな視線を珠穂ちゃんに送っていた。人見知りであるため心配していたのだが、今日は初めて会ったときの印象とはかなり違う。


「お、あのときの一年生じゃん。どうしたの?お姉さんといいことしたいの?」


 アリスちゃんは自身の胸元のワイシャツを掴むと、トロンとした目つきで珠穂ちゃんを誘惑した。よくもまぁ恋人がいる目の前でやれたものである。その恋人は、今にも殴りかかりそうな目つきでアリスちゃんに牙を向けているが、アリスちゃんはそれに一切動じていない。


「いえ。どちらかといえばその、相談がありまして…。」

「相談?晴ちゃんには出来ない相談なの?」

「相談したのですが、晴も先輩方にも相談してみてはと提案されたので。」


 晴ちゃんというのは、以前私と鈴ちゃんがお手洗いで驚かしてしまった風崎晴ちゃんのことだ。あの日約束した学校案内は未だ行っておらず、体育祭が始まる前にでもと提案していたところだ。


「そっか。分かった、相談引き受けるよ。で、何の相談なの?友達関係とか?」

「あ、いえ。急なことなので、お時間があるのであれば放課後、私が先輩方の教室に迎えに行きます。…それと、出来れば星城院先輩と…ことみん先輩だけだと嬉しいのですが。」


 珠穂ちゃんの口からことみんという言葉が出た瞬間は驚いたのだが、今思えば私は、晴ちゃんにも珠穂ちゃんにも自己紹介をするのを忘れていたことに気付いた。遠慮がちにしゃべるわけである。

 私とアリスちゃんはお互い目を合わせると、互いのパートナーに視線を向けた。どちらも承諾のサインが降りたため、私とアリスちゃんは放課後、珠穂ちゃんに会う約束を交わすこととなったが、その間姉妹は完全に二人の空間に入ってしまっていた。正直なところ、これで付き合っていないのが不思議である。

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