Past and Now EXⅠ
「お、不良ちゃんじゃん。昨日ぶり。」
そう言って紙の束を担ぎながら咲ちゃんが近づいてきた。
「…昨日ぶりって、他クラスだとそれが普通だよ。あとこれあげる。」
私は咲ちゃんに缶の抹茶ラテを渡すと、「気前いいな」と喜ばれる。まぁ私にとっては、間違えて購入してしまったため、処理してくれる人に出会えて良かったと感じているのだが。
「そのプリント、生徒会のモノ?」
「ん?っあぁ、そうだ。今度の校内アンケートの用紙さ。各教室に配布してるけど、量が多くて困るんだよなぁ。」
咲ちゃんは苦笑いを浮かべながら口にすると、早々飲みきった缶をすぐそばにあったゴミ箱に入れた。
「…手伝おうか、私。ちょうど開いてるし。」
いつもは放課後ほとんどいない唯先生がいたため、先ほどまで教室で舞ちゃんたちと勉強していたのだが、舞ちゃんたちが帰ってしまい先生までどこかに行ってしまったため、休憩がてら教室から出ていたのだ。テストが終わって尚勉強など、私にとっては拷問と同レベルだ。
「お、そうか?助かる。残りは生徒会室に…いいや、私もついて行くよ。どれか分からないだろうし。」
咲ちゃんに「こっちだ」と言われ生徒会室までついて行くと、生徒会室内には誰一人いなかった。
「ねぇ、どうして誰もいないの?」
「あぁ、私と同じで各々配ってるんだよ。基本は三人一校舎なんだけど、近いし力もあるからで一人でやってたんだ。まぁ人手不足もあるし、誰かが重荷を課さないといけないんだよ。」
私は長机に残ってある紙の束を担ぎ上げ、再び咲ちゃんの元に戻ってくる。
「去年の様子からだと、人手不足になるはずないのに不足してるの?」
「まぁな。私が生徒会長になったことをよく思わない人がいてな、それで止めてしまった先輩方や同級生がいたわけ。けど、そうなることは事前に把握していたし、おかげで被害は最小限に抑えられたから、さほど困ることはないかな。」
生徒会室から出た私たちは各教室にアンケート用紙を配布しながら、何だかんだでしていなかった自己紹介とともに、何気ない会話を続けていた。
咲ちゃんの本名は水瀬咲。成績優秀で武術全般を得意としており、その中でも弓道の実力は折り紙付きの実力である。おまけに琴美に負けない美貌の持ち主であり彼女が如何に有名かが分かる。…まぁ、琴美の方が可愛いけれど。
だが咲ちゃんにも女の子らしい点はもちろんある。例えば、両親に内緒でおしゃれもすれば編み物もするらしく、それなりに料理も出来るとか。本人の口からなので事実かどうかは分からないが、ほぼ初対面の人間に嘘を付くなど普通であればあり得ないため、きっと本当のことだろう。
私の自己紹介も簡単に済ませた頃になれば、持っていた紙の束はすでに無くなっていた。髪の毛を黒くさせられた際は敵でとしか見ていなかったが、話を聞く限り悪い人でないだろう。そして何となく、雰囲気や趣味から琴美に似ていると感じてしまっていた。…琴美の方が断然好きだけど。
「そういえば、鈴は琴美さんとどんな関係なんだ。結構仲よさそうだけど。」
いつの間にか私を名前で呼んでいた咲ちゃんであったが、それよりも私は彼女の発言にビクリと反応してしまった。
「え、そ、そうかなぁ。」
「友達にしてはスキンシップ激しく見えるし、どちらかというと恋人?みたいな。」
追い打ちをかけるように咲ちゃんに、私は誤魔化そうと言い訳を考えていたが良い言い訳が思い浮かばず、私は黙る以外することがなかった。沈黙は事実を物語り自身の首を絞めているだけであるが、下手な嘘は更に首を絞めることになる。
とはいえ、「実は琴美とは恋人の関係なの」と暴露したところで、それを真に受ける人などいないに等しい。もしいるとすれば、私たちと同じ境遇者ぐらいだろう。
「…私さ、琴美とは幼なじみでさ、それで一年前に再会したの。」
「理由はそれだけか?」
「多分ね。元々スキンシップは激しい方だったし。」
一応事実を述べた私の話を聞いてくれた咲ちゃんは、なるほどぉと無駄に語尾を長く伸ばした。信じてもらえていないような様子ではあるが、間違えたことは一切話していない。
「…まぁどちらにせよ、私には分からないわ。誰かを好きになるとか。」
咲ちゃんの言葉に廊下の真ん中付近で足を止めてしまい、それを察知した咲ちゃんがくるりと振り返る。そして、さも何事もなかったかのように「どうしたんだ」と声をかけてきた。
「分からないってどういうこと?」
「そんなの、言葉のままだよ。私は、誰かに好意を抱いたことがないんだ。」
咲ちゃんは手首に着けてある腕時計を確認すると、「時間はあるな」と独り言を言い、すぐ側にある窓を全開した。そして咲ちゃんは外の景色を眺めながら、私に何故他者に好意を抱けないのかについて話してくれた。
咲ちゃんの両親は共働きで、帰宅してくる時間は夜遅く朝もかなり早いため、一緒に過ごすといった時間はほとんどなかったらしい。それは今も続いているらしく、彼女曰く、たまに両親の顔を思い出せないとか。いまでこそ彼女は他者からの好意を貰っているが、幼少期は貰えずそれが原因で誰かに好意を抱くことができなくなったということだ。
琴美とは全く反対の問題を抱えている咲ちゃんではあるが、話している最中の彼女の目をそれほど悲しんでいる様子はなかった。
「だから私は、誰かに好意を抱けるまでは、どれだけ相手のことを思ってもその好意は捨て去るって決めている。…だというのに、何度も何度も振られているのに諦めない根性の悪い子がいてな。」
「メンタル凄いね、その人。」
「あぁ。私が何度も断っても、折れることなく私と向き合おうとしてくれるんだ。そのおかげもあって少しだけ誰かを好きになる気持ちが分かったけど、まだまだって感じだな。」
そう見たことない笑顔で話す咲ちゃんの様子から、私は理解してしまった。咲ちゃんは誰かに好意を抱いていないわけではない、抱いた好意を全面的に否定しているだけであると。そして何となくだが、その相手はきっと同性であろう。
私や琴美のように同性であれど互いに好きでいられる人間も確かにいる。しかしこのご時世、それを気持ち悪く感じる人間だっている。ましてやそれが自身に降り注げば、否定したくなる気持ちも湧き出てくるだろう。今の私にはその気持ちを理解しうることは出来ないが、もし同じ心境であれば理解できていたかもしれない。
「まぁでも、誰かを好きでいることはとても素晴らしく、尊いことだと私は思うな。だから鈴は、そういった気持ちを大切にするんだぞ。」
咲ちゃんは窓から離れ私の頭を撫でると「これお礼な」と言ってポケットから飴を取り出した。生徒会長は真面目というレッテルがある私には、生徒会長は決してお菓子などの不要物は持ってこないとばかり思っていたが、現実はそうもないらしい。
「いつも持っているの?」
「基本はな。教室に置いてあるけど、ポーチの中にはわりと種類があるぞ。ついてくるか?」
「…いいや。琴美が待っているかもしれないし。」
私の反応に少し寂しげに「そっか」と口にした咲ちゃんは、取り出していた飴を私に手渡すと「なら私は帰るわぁ」といって生徒会室の方に足を向けた。けれど私は…。
「待ってっ!!」
咲ちゃんを呼び止めた。
咲ちゃんは振り返ってくれると、「何かあるのか」と尋ねてくる。むしろ何かあるからこそ呼び止めたわけで、何もなければそのまま帰している。
「…確かに、誰かを好きでいることは苦しいことかもしれない。でも、苦しめるだけ苦しんでみたらきっと、答えは見つかるはずだよ。」
私の言葉の意をイマイチ理解していない咲ちゃんは首を傾げていたが、「忠告ありがとな」とお礼を言うと今度こそ生徒会室に向かって行った。
「…何言っているんだろな、私。まるっきり自分に返ってくるじゃん。」
私は開けっぱなしの窓に身を乗り出すと、大きく息を吸ってそれ以上の空気を吐いた。自分で自分の首を絞めるなど、馬鹿らしい。
「向き合えてないのは、私の方だよ。」
露出する首筋に当たる風は冷たく、私に身震いを起こさせるとともに、私の携帯には一通のメールが届いた。




