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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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Past and Now Ⅸ

 昨日と同じ屋上で一人夕焼けを見ていた私は、携帯電話を取り出し時刻を確認する。校内での携帯電話の使用は校則で禁止されており、そもそも自動でインターネットが繋がる設定だと学校のインターネットに繋がりすぐにばれてしまう。

 しかし、以前アリスちゃんから聞いた話によれば、学校の屋上、しかも第一校舎限定で学校横に隣接する飲食店のインターネットに接続できるらしく…。あ、できた。

 試行錯誤の末、電波が一番良い奥のフェンスに私は移動しており、時刻を確認するだけの予定であった私だったが、ついつい携帯電話を弄ってしまっていた。とはいえ、ゲームなどの必要ではないアプリは一切入っていないので、暇を潰せるようなモノは全くないに等しい。最近では、何は一つぐらいゲームでも入れてやろうかと考えているが、どれが良いかなど当然、私が知るわけがなく…。


「人には校則守れって言うのに、自分は守らないのは良くないと思うぞ。」


 後ろからの声に思わず携帯を落としそうになるが、ギリギリなところでキャッチし「ふぅー」と息をつく。


「千夏ちゃん。脅かすのは止めてよね、携帯落としかけたじゃん。」


 と怒りつつも笑う私に、千夏ちゃんは不思議そうにこちらに視線を送ってくる。無理もない。昨日は千夏ちゃんに再会を果たすも、私は千夏ちゃんに対しかなり反抗的な態度を取ってしまったのだ。それが一日でこの豹変ぶりに疑問を抱かないわけがない。


「…それでこそ琴ちゃんだよ。昨日あの後、いいことでもあったのか?」


 口に咥えていたタバコ…ではなく棒付きキャンディーを取り出した千夏ちゃんは、私に近づきながらそう話しかけてくる。昔の千夏ちゃんからだと予想だにしない格好だが、昨日見たこともあり少しばかり耐性が付いてしまっている。これが良いことなのか悪いことなのか定かではないが。


「…まぁね。遠回りをしすぎた、それだけだったみたい。」

「よく分からないけど、琴ちゃんがいいんだったらそれでいいんじゃない?…ってか琴ちゃん、花粉大丈夫なの?」

「あ、うん。ここ二日凄い花粉少ないからさ、春の空気吸えて嬉しいんだ。千夏ちゃんも、確か花粉症だったよね。」

「…あぁ、そうだったな。その、去年からピタリと止まって全然大丈夫なんだ。自然治癒?だと思うけど、おかげで春は楽になったっていうか。」

「…ずるい。」

「何でだよ。ってか私を呼んだ理由、訊かせて貰ってもいい?」


 一瞬昔のように戻ったような和やかだった空気は、生温かい風とともに去って行く。お互いの顔からは笑顔が消え、手にしていた携帯電話をスカートのポケットにしまい込んだ。


「…私ね、千夏ちゃんにちゃんと話さないといけないんだ。…まずは、ごめんなさい。」


 先ほどとは打って変わり少々冷たい風が黒と金の髪を靡かせ、その風に運ばれた私に言葉に千夏ちゃんは一切表情を変えなかった。


「私が千夏ちゃんに嘘を付いてきてしまったせいで、千夏ちゃんを傷つけてしまった。弱いままではいけないと意地を張ったから、千夏ちゃんに迷惑をかけた。そのことについては、本当、ごめんなさい。」


 髪を気にすることなく頭を下げる私に、千夏ちゃんは「そこまでするなよ」と私の頭を無理矢理上げさそうとする。力強いが、鈴ちゃんに比べればまだ耐えられる方だ。


「そこまでする必要があるんだよっ!だって優しくて格好良かった千夏ちゃんがこうなってしまったのは、私が千夏ちゃんに甘えていたから、依存していたからだよ。私がこうも弱くなければ千夏ちゃんは今頃、教師を目指して努力していたかもしれない。私のせいで千夏ちゃんは、千夏ちゃんは…。」

「…何もかも琴ちゃんのせいじゃないよ。私がこうなってしまったのは、私自身のせいなの。」


 千夏ちゃんの言葉に頭を上げた私は、どういうことなのか千夏ちゃんに問いただす。千夏ちゃんは落としてしまった棒付きキャンディーをポケットティッシュで包み込むと、若干表情を歪めながら悩んでいた末、ボロボロのブレザーに付いてある胸ポケットに渋々入れた。一般の不良であればポイ捨てするのが当たり前だが、それをしない千夏ちゃんにはまだ善意が残っているのだろう。


「…琴ちゃんにも話したことがなかったんだけど、私は高校に入学した頃に喧嘩を売られたんだ。本当はするつもりはなかったけど、琴ちゃんの悪口を聞いた途端、私の中で何かが切れたんだよ。それで気がついた時には、ボコボコになった相手の首を絞めてたんだ。」

「え…。」

「最初は自分自身が恐かったし、認めたくない自分がいたんだ。けれどそんな負の感情よりも、琴ちゃんを守れた達成感に次第に私は溺れてしまっていたの。」


 苦笑いを浮かべながら、まるで嘘を述べているかのようにスラスラと話してくれる千夏ちゃん。だと言うのに私は、千夏ちゃんの話を嘘だと思うことが出来なかった。今千夏ちゃんが見せる目は、本当のことを話す際に見せる輝きを持っているからだ。


「そこから私がこうなるまでは時間の問題だった。琴ちゃんの悪口を話す人のみに向けられていた拳は、いつの間にか関係ない人にまで向いていて…。私の周囲にはそういった人たちが集まり始め、知らないうちに一人前の不良になったわけさ。まぁ父親があんなのだし、血は争えないってことだよ。だから、こうなったのは琴ちゃんのせいじゃない。正義を背負っていたはずが、いつの間にか汚名を背負っていた、それだけのことだよ。」

「千夏ちゃん…。」


 淡々と話してくれた千夏ちゃん。口角は小さく上がっているが、その瞳はとても寂しそうな色をしていた。そんな千夏ちゃんにかける言葉が見つからず、私は口をほんの少し開けたまま千夏ちゃんを見ることしか出来なかった。


「…私はさ、琴ちゃんのことを今でも大切に思っている。確かに私のせいで琴ちゃんを振り回し、挙げ句あんな目にあわせっちゃったけど、私の片隅ではいつも琴ちゃんがいた。琴ちゃんは私にとって、生きる希望なんだ。」

「生きる、希望…。」

「そう。だから私は、こうなってしまった姿を琴ちゃんにさらしたくなかった。琴ちゃんにはずっと、憧れるお姉さんとして見てほしかっ…。」

「そんなの、今も変わらない。」


 千夏ちゃんの発言中に重ねて声を出したので、千夏ちゃんは少し面食らったように目を大きく開く。しかし、この事態に一番驚いたのは私で、突然出てきた言葉に思わず「あっ」と声を漏らしてしまう。ただ発言に間違えはなく、私は一度唇を噛みしめ覚悟を決めた。そうだ、私は千夏ちゃんにちやんと話さないといけないのだ。


「私にとって千夏ちゃんは、いつまでも優しくて格好いい、私の憧れなの。引っ込み思案な私に新しい世界を見せてくれたのは、他でもない、千夏ちゃんなの。」

「私がどれほどの迷惑を千夏ちゃんにかけてきてきたのは分かっている。分かっているけど、それでも私は…。私は、千夏ちゃんともう一度仲良くしたいのっ!!昔のように、私は戻りたいのっ!!」


 積もりに積もっていた気持ちを全て千夏ちゃんに吐き出し、荒れた息を整える。運動場から響いてくる部活動生の声にも勝るようなその声量に、ほんの数秒間私たちと運動場は静寂に包まれていた。

 しかしその後、部活動生は気にすることなく練習を再開し、再び響いてきた声に私たちはお互い少し驚いてしまう。

 そのことにお互いが同時に気付き、しばらくしてこれもまた同時に私たちは笑い始めた。昔に比べれば下品な笑い方になってしまった千夏ちゃんではあるが、その可愛らしい笑顔は未だ健在である。


「ったく、琴ちゃんには敵わないな。今も昔もさ。」

「それって…。」

「分かった。元々私もその気だったわけだし、私たち、昔のように戻ろうか。」


 千夏ちゃんに問いかけようとした私であったが、千夏ちゃんの答えに千夏ちゃんへの質問は脳から飛んでいった。


「…そんな簡単に決めていいの?私に合わせてなんかなくて、千夏ちゃんの思っていることでいいんだよ。そんな無理に…。」

「これが私の本当の気持ち。私は琴ちゃんとまた、一緒に笑い合いたい。さっきも話したけど、元々その気で琴ちゃんに会いに来たわけだし、もし琴ちゃんがもうあの頃には戻りたくないって言ってれば…。」

「そんなこと言うはずないっ。私だって琴ちゃんと、、」

「ならそれでいいじゃん。お互いの気持ち、一致してんだしよ。」


 千夏ちゃんは私の両頬を抓り、「返事は」と私に問いかける。コクコクと頷く私に満足そうに笑顔を溢す千夏ちゃん。この笑顔に私は幾度なく助けられ、それはきっと今後も変わらないのだろう。


「…って琴ちゃん!?どうして泣いてるの?私なんか、琴ちゃんの気に触るようなことしたか?」


 私は涙を流したまま顔を横に振り、「全然っ」と千夏ちゃんをぎゅっと抱きしめた。この場に鈴ちゃんがいれば嫌な顔をして私を睨んでいただろうが、今は多分教室の方で舞ちゃんとかと待機しているだろう。それにもしものために、一応唯先生という保険はかけてある。


「この涙は悲しくて流しているんじゃない。千夏ちゃんと再び手を取り合えることへの喜び、嬉し涙だよ。」


 昔に比べ華奢な身体付きになった千夏ちゃんに更に抱きしめる力を加え、体全体でその嬉しさを千夏ちゃんに伝えた。私の鼻に触れた千夏ちゃんの髪の毛からはタバコの匂いが少々染みついているが、それを紛らわすかのようなラベンダーの香りがいっそう懐かしさを思い出させるとともに、緩くなった涙腺は崩壊し目からは滝のように涙が出始めた。


「千夏ちゃん。ごめんね、ごめんね、ごめんね。私が…私が弱かったからぁ。」

「…人は誰しも孤独で弱い生き物で、だからこそ他のどんな生き物よりも強い。それに孤独は、優れた精神の持ち主のあらがえない運命だし、それは同時に強者の証ともなる。…だから琴ちゃんは、誰よりも弱く誰よりも強い人間だと、私は思うよ。」

「うぅ…。千夏ちゃぁぁん。」


 私は千夏ちゃんを抱きしめたまま、彼女の耳元で情けない声を出しながら泣きじゃくった。ここ一年、確かに泣くことが多くなったように感じるが、声を上げてまで泣いたことはほとんどなかった。


「琴ちゃん、うるさい。」

「だって、だって、だっ…。」


 次の言葉が出ずに「だって」を連呼する私を千夏ちゃんは私の頭を両手で包むと、そのまま千夏ちゃんの胸の中に引き寄さられる。そして「こうすれば、声、聞こえないだろ」との千夏ちゃんの一言に、私は遠慮することなく大声を上げて泣いた。

 吹っ切れたように泣いていた私はいつしか泣き疲れ、千夏ちゃんの胸に顔を埋めたまま赤ちゃんのようにスヤスヤと眠ってしまった。しかし千夏ちゃんは私を起こすことなく、完全下校のチャイムが鳴っても尚、私を寝かしてくれた。チャイムすらも聞こえなかった私の耳であったが、千夏ちゃんの優しい声での子守歌だけは、微かに耳に入ってきていたが、目覚める前まで気付くことはなかった。

 この二日間で私は、千夏ちゃんや鈴ちゃんに教えられ、そして今私が何をすべきかを認識させてくれた。誰かに依存しなければならない私は、きっとこの世で一番孤独を嫌う人間なのかもしれない。けれどそれと同等、私は私が依存する人間を大切にしたいが故、その人と距離を取ることを自らが望むこの世で一番孤独な人間だろう。それは人間の心理であり、例え私のように弱い人間や千夏ちゃんや鈴ちゃんのように強い人間であろうと、決してあらがえない人間の宿命、運命なのであると。

 だから私は、これからも弱い私、柊琴美として生き続けることにした。それは一見、何も変わっていないと思うかもしれないし、私自身もこの選択が間違っていないか正直不安でしかない。

 しかし、変に変わろうとして失敗に終わっている経験がある私は、あえて変わることなく弱い自身と向き合うことで、本来の私を知り、向き合い、改善することが可能になり、己を理解することに賭けてみようと思う。

 それが何年、何十年先になるか分からないが、答えがでるその日まで、私は今までの私、柊琴美と向き合っていく。これが私がすべき行動、「弱い自身と向き合う」ことだ。

 後日談となるが、仲を取り戻すことが出来た私と千夏ちゃんは、昔のように何事もなく会話したりと以前のように戻っていた。次第にアリスちゃんたちとも仲良くなり、お昼ご飯は千夏ちゃんを含む七人で食べることとなった。舞ちゃんや香奈ちゃんは千夏ちゃんに対し少々他人行儀だが、きっといつか仲良くなるだろう。

 鈴ちゃんはというと、その後もかなり敵意を剥き出しており、私と千夏ちゃんが話している最中は嫌そうに見つめてきていた。だが断固拒否しているわけではなく、たまに二人で仲良さ気に話しているところを見かけ、二人に比べれば少しだけ仲が良い。…が、口喧嘩の大半は二人で行われているのだけは勘弁して欲しいところだ。

 そして千夏ちゃんはボロボロになっていた制服を新調し、ボサボサだった髪の毛もストレートに直してくれていた。私たちに気を遣っての行いだとは思うが、髪の色は金色のままであった。千夏ちゃん曰く、「自身の過ちは自身が背負う」とのこと。千夏ちゃんらしいと言えばらしいが、ギャルに見えるは多分禁止ワードだろう。

 だが、まだ千夏ちゃんに対する謎は多く、その謎を解決するためにも後日、私と千夏ちゃん、それに徹君の三人で一度集まることが決まった。日時等はまだ一切決まっていないが、昔の三人が集まることだけは決まっており、そこは素直に嬉しく感じた。

 あと、この話は全く別になるが、私と千夏ちゃんが再会を機に、鈴ちゃんの体調が不定期ではあるが崩すようになった。幸い一日で治ることが多くさほど心配はしていないが、それでもやはり恋人として、私は前よりも気持ち長く鈴ちゃんのそばにいることにした。後に体調を崩してしまった理由を聞くことになるが、高校二年生の一年間は、今後の私の人生で最も濃厚な一年となってしまうのであった。

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