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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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Past and Now Ⅷ

「それからしばらくして、千夏ちゃんを尾行していた徹君がやって来たの。見たことない顔で私と千夏ちゃんを見た後、彼はあの高校生に殴りかかって骨折までさせて。それで、折れた際の叫び声で先生が様子を見に来たって訳。これが、私が千夏ちゃんにしてしまったことなの。」


 窓を叩きつけていた雨は徐々に勢いを弱め、いつの間にか外からの雨音は消えていた。いつもなら眠りについているはずの深夜零時の室内は、お茶の香ばしい香りと木の優しい香り、それに通夜のような重苦しい空気に包まれていた。

 私の話のつまらない話を眠ることもなく聞いてくれた鈴ちゃんは、「その後は」と尋ねてくる。それについても、私は鈴ちゃんに話をして上げた。

 先生が手配した救急車に運ばれた私たちは、そのまま病院に送られ軽い手術を受けた。刃先で傷つけられた刺し傷は約二週間ほどで完治したのだが、お腹の傷と深く刺された太ももの傷だけは完治するまでにかなりの時間を必要とした。また未だに、お腹の傷だけはスウッと綺麗な痕が残っている。ただ注意深く見なければ分からないほどうっすらとしており、誰かに見られるような心配はいらない。

 一方で、私が誤って傷つけてしまった千夏ちゃんはというと、救急車で運ばれている最中に気を失い、その後五日間、目覚めることはなかった。医師から話を聞くと、左肩から左胸にかけて斬られた傷はかなり深く、たとえ手術が成功しようにもしないにしろ、傷痕は一生残るだろうと伝えられた。

 そして、千夏ちゃんの右額の傷痕。あれは私が千夏ちゃんを斬りつけた後、それでも私を心配する千夏ちゃんを突き飛ばしてしまった際に、机の角でぶつけてしまい出来た傷だ。こちらも同様一生消えないと医師に伝えられ、眠る千夏ちゃんに何度も泣きながら謝罪した。

 事件の二日後、目覚めた私はあの惨状がフラッシュバックし、同時に襲ってきた喪失感と虚無感で完全に心を閉ざしてしまった。この一ヶ月後、私はいわゆる心的外傷後ストレス(PTSD)を発症したことを医師の診断によって伝えられた。

 心的外傷後ストレス(PTSD)とは、強烈な心的外傷体験をきっかけとして怒りや不眠といった症状が持続する状態のことだ。これにはおもに四つの症状が存在し、あの日の記憶がフラッシュバックのもその一つ。他には原因となった事柄を避ける回避症状や認知と気分の陰性的変化、反応性の著しい変化といったものがあり、私は生憎、この全ての症状を今後発症していくこととなった。

 これにより、今まで以上に他人と接することを拒んだ私は二ヶ月近く、両親や妹の琴葉とすら会話をしなくなっていた。勿論、千夏ちゃんや徹君に対してはそれ以上の時間を費やすことになったわけだが、その頃には私は、もう誰のことも信用できなくなっていた。二年生に進級する頃には他人に話せるようにまでは回復したが、それでも信じようとまでは思いもしなかった。

 またこの事件の影響を受けたのは私だけでなく、周りの人々にも多大な影響を与えた。

 まずは私をいじめていた三年生方の先輩たち。彼等、彼女たちは高校の推薦枠を得ていたのだが、それらは全員剥奪され一般試験で受験する羽目となった。ただあの副生徒会長以外、推薦を貰っていた高校に受かることは出来ず、滑り止めで受けていた高校に入学するも一年足らずで退学する人も数人いた。

 そして、あの事件の首謀者とも言えるあの高校生というと、高校を退学させられた後傷害罪で逮捕。少年院に収容されたとニュースで報道されていた。しかし、何故彼が私の現状や千夏ちゃんについて知っていたのかまでは分からないまま事件は終止符を打たれた。その後徹君個人で調査していたが、手がかりという手がかりは全くなかったとか。

 その徹君はというと、私や千夏ちゃんを守れなかったことを悔やみ続け、私に顔を見せる度「ゴメン」と深く謝罪してきていた。そして私に手を出した男の人たちに暴力を振るうようになり、いつしか不良のレッテルを貼られるまでになった。つまり彼が不良になってしまった要因は、私が心配をかけすぎてしまったからである。

 そんな中、一番影響を受けたのは千夏ちゃんだ。この事件は最初、現場で狂っていたあの高校生が全て悪いとされていたのだが、お人好しの千夏ちゃんは目覚めて初めての取り調べに対し、「私が命令した」と嘘の供述をしたのだ。

 ただ普通に考えれば、あの場で怪我をしている千夏ちゃんが首謀者になれるはずはなく嘘だとすぐバレるし、何しろ私を含む現場にいた人間に訊けば一発である。

 しかし、警察は何も疑いを持つことなく、千夏ちゃんを共犯として一度は逮捕されたのだが、千夏ちゃんの母親の示談交渉の結果、すぐに釈放された。その示談相手は無論、この私だ。

 千夏ちゃんとの母親とは昔から仲良くしていただいたため、容姿も口調も未だに覚えている。そんな顔馴染みが目の前で泣きながら土下座している姿も、嫌なぐらい脳にへばりついている苦い記憶だ。

 釈放された千夏ちゃんは早々、私の元に尋ね「ありがとう」と涙ながらに私にお礼をしてくれた。しかし、悪いのは私であるにも関わらずただ千夏ちゃんが謝っているのを見ているだけの私は、千夏ちゃんに対する罪の重さを痛感した。

 釈放された千夏ちゃんであったが外部からの目は痛く、「少年院に入れるべきだ」といった声は後を絶たなかった。真実を知るのはあの場にいた人間のみ。千夏ちゃんが嘘の供述をしていることなど、他の人が知るはずは無かった。

 ただそんなことを一切気にしていなかった千夏ちゃんは事件後、私に積極的に話しに来てくれたのであったが、私は逃げるようにして千夏ちゃんから隠れるようになった。それは、謝ろう謝ろうと考えていた私にとって、千夏ちゃんの積極性はむしろ私を焦らすような形になり、それが原因で千夏ちゃんに謝れない日々が続いたのだ。


「そして結局、私は謝れないまま千夏ちゃんは卒業、徹君は道を外してしまったというわけ。自身の弱さに失望した私は、他者も認める“絶対的価値”を得るために“柊琴美”を自らの手でこの世から消したの。…これが、私が今まで鈴ちゃんに隠してきた全て、私の罪だよ。」


 鈴ちゃんに全てを話し終えた私は、ほんの少しだけ開いてあったカーテンを閉めに立ち上がる。雨音はもう聞こえなくはなっていたが、外はまだパラパラと小雨が降っている。


「…幻滅したでしょ。」

「え…。」


 私の言葉に顔を上げる鈴ちゃん。その表情からは戸惑いが見られるが、私は気にすることなく再び外の方に視線を向けた。鈴ちゃんと目を合わせたくないのは、ただたんに今目を合わせるのが怖いからだ。


「えって…。私の話聞いてきたでしょ。私がどれだけ、千夏ちゃんや徹君に迷惑をかけてきて、それで何一つ謝っていないんだよ。」

「それは…。」

「いいんだよ、同情なんかしなくて。…私は他者に依存しすぎたせいで、その人を傷つけてしまったの。鈴ちゃんにだって、この先傷つけてしまうことがあるかもしれない。…だから鈴ちゃん、もうこんな私なんか忘れて早く…。」


「別れて」と口にしようとした矢先、立ち上がった鈴ちゃんに無理矢理こちらを向かされ、間を開けることなくパチンっと頬を叩かれた。今まで鈴ちゃんに叩かれたことは勿論無く、ショックのあまり少々放心状態に陥ってしまった。


「…どうして私に話してくれなかったの。頼りないことぐらいは分かっているけど、これでも私、琴美の恋人なんだよ。手助けだってするし慰めだってする。琴美が欲することなら私、何でもしてあげるのに。…それとも、話してくれなかったのは、まだ私を信頼できて…。」

「違うっ!!」


 深夜であるに関わらず、私は鈴ちゃんに向けて大声でそれを否定した。


「鈴ちゃんのことを信頼していないわけじゃない。私はこの一年、鈴ちゃんのおかげで変われたの。誰とでも本音を話せるようになってきたし、私は私自身を取り戻せた。だから話せなかったの。またあのときみたいな同じ過ちを繰り返したくなかった。」

「だからこれ以上、鈴ちゃんの迷惑になりたくなかったし嫌われたくなかったの。けどそれと同等なぐらい、私は鈴ちゃんに必要とされて欲しくて、愛されて、執着されたかった。弱くて空虚な私は、私を満たしてくれる存在、鈴ちゃんが欲しかったの。それだから私は、鈴ちゃんに話さなかったし嘘を付いてきた。そんな私が、私は嫌いなの…。」


 その場で顔を手で隠し項垂れた私はしゃがみ込むと、自身の弱さに泣き出しそうになってしまう。私のエゴで鈴ちゃんを傷つけるのが怖く、それだけの理由のために、私は鈴ちゃんにずっと嘘を通し続けた。間違いを犯していることぐらい分かっていて、自身に対する嫌悪感に押しつぶされていく日々が続いてあり、それは今でも変わらない。


「琴美は弱くなんてない。琴美は私に元気をくれる強い…。」

「そんなの嘘に決まっているじゃん。私は誰よりも弱くて、ただ自分の価値を誰かに証明して貰いたかったの。柊琴音の娘とでではなく、柊琴美として見て欲しかったの。だから私は、鈴ちゃんに強い私を、柊琴美を見せていたの。」

「けれど私は、そんな自分に嫌気がさしたの。優しくしてくれる鈴ちゃんに嘘を付いている自分が、その優しさに縋ってしまっている私が…。だからそんな私を、どうして鈴ちゃんは好きでいてくれるのっ。私が鈴ちゃんの立場なら絶対、愛想尽かしちゃうのに…。私のことを、好きでいてくれ…。」


 私が顔を露わにした途端、鈴ちゃんは正面から私を抱きしめ、その小さな胸を私の胸に擦り合わせてきた。隙間無くぴったりと抱きしめる鈴ちゃんの早まる鼓動が私の肌上から感じ取れ、私の鼓動も鈴ちゃんの肌に伝わっていく。


「…琴美が嘘を付いてしまうのは、私を傷つけたくないからなんでしょ。それって、私を大切にしているからで、嫌われたくないって思うのは、私のこと好きでいてくれているからでしょ。」

「…え。」

「嘘を付く人間は悪い人間とお人好しな人間の二種類に分けられるの。私はさ、琴美はお人好しだから嘘を付いているのだと思っているよ。」


 鈴ちゃんは更に抱きしめる力をよりいっそう強めながら、暑苦しいぐらい身体を引っ付けてくる。入浴からかなり時間が経ったとはいえ、肌の温度と動揺から私の体温はみるみると上がってきていた。背中が汗でじんわりと滲んできているのがその証拠である。


「他人の気持ちを理解していて、それを救うために琴美は嘘を付き続けているんでしょ。それはどんな嘘よりも清らかで、とても儚い嘘なんだよ。」

「だから、私は…。」

「私だって前にも話したけど、琴美に必要とされてほしいし愛されてほしいよ。けど、嘘を付いてまで琴美に好きになってほしくないの。そんな琴美、私は嫌いだよ。」


 突然の鈴ちゃんからの嫌い宣言に、汗の流れがほんの数秒止まったように感じられた。直接的な表現ではなかったので傷は浅いが、それでも言葉の重みにやられそうになる。

 私は千夏ちゃんのことについて鈴ちゃんに話す前、彼女に嫌われる前提で話をしようと考えていた。けれどそれは浅はかな考えであり、こうして身に染みて鈴ちゃんに嫌いだと言われることがこれほど私を苦しめるとは思いもしなかった。


「…でも私は、琴美には幸せになって欲しいの。どんな形でも琴美にとってそれが幸せなら、私は喜んで琴美に尽くすよ。それが嘘を付き続けることでも、琴美が受けてきた仕打ちを受けさすことでも、私を嫌うことでも。琴美が幸せになるなら私は…。」

「私は、殺されてもいいよ。」


 見えてはいないが鈴ちゃんが笑顔になったのだけは感じ取れ、悪寒が身体を包み込む。


「殺すって、私そんなこと…。」

「私は受け入れることしか出来ないからさ、ほら、琴美の好きにしていいよ。」


 私から腕をほどいた鈴ちゃんは、両手を広げ私を受け入れる体勢をとり、「おいで」と言って目を閉じた。唇をぐっと噛みしめていることから、鈴ちゃんの本気度がビシビシと伝わってくる。


「…そんなこと、出来るわけ無いじゃん。私は、鈴ちゃんのことを愛してるんだよ。そんな相手を直接傷つけるなんて、私にはでき…。」


 ないわけがなかった。私はこれまで鈴ちゃんに数え切れないほどの嘘を付いてきた。それを自分の都合が良いように自身を肯定し、鈴ちゃんを傷つけていることに気付きながらも目をそらして…。いや、もしかするとこれも、己の行いを認めるための口実かも…いや…でも…。

 …そうか私、気付いていなかったけど、もう自分のことすら…。


「そうだよ。琴美は今まで、私を傷つけに傷つけたんだよ。それを今更、なかったことにはできないし背けることだって出来ないんだよ。」


 信じられないように…。


「だけど私は、琴美のことを愛しているんだよ。」


 項垂れていた頭を上げると、目の前にいる鈴ちゃんはにっこりと微笑んでいた。


「どうして、笑っていられるの。私は、鈴ちゃんを傷つけ…。」

「琴美はさ、私が嫌いだって言ったとき、かなり落ち込んでいたよね。それってつまり、私に嫌われたくない、本気で私のことが好きだっていう証拠でしょ?」


 鈴ちゃんが一体何を言っていることに理解が追いついていない私であったが、鈴ちゃんの言葉にコクリと弱々しく頷く。その反応にも嬉しそうな態度を見せる鈴ちゃんは、再び私のことを抱きしめてくれると「これで分かったでしょ」と耳元で囁いてきた。何に対する物言いか分からず、思わず「何に対して」と馬鹿正直に尋ねてしまった私に、鈴ちゃんは「鈍いなぁ」と苦笑いを浮かべていた。


「私が琴美を好きでいる理由。それはね、琴美が私のことを本気で好きでいるから、それだけだよ。」

「…私が、好きだから?」

「そう。誰かを好きでいる理由なんて、とても単純で当たり前なことなんだよ。相手が自分を大切にしてくれる、それだけで充分過ぎる理由なんだよ。」

「ってこれじゃぁ、私のこと好きでなけりゃ好きにならないって言っているみたいだね。ごめん、訂正するから少し待って。」


 またも私から離れると、何やらぶつぶつと呟きながら訂正内容を考える鈴ちゃんに、意表を突かれた私はポカンと口を開く。その数秒後にはその光景がなんだか面白おかしく、ついクスッと笑ってしまい、その後声を発しながら顔をクシャクシャにして笑った。


「何で笑うのさ琴美っ。こんなにも私が真剣に考えているのにさっ!!」

「だ、だって。鈴ちゃんの真剣な表情、新鮮で面白いというか…ふふっ。」


「あぁ、また笑った!」と鈴ちゃんはこちらに指をさしながら怒ってくるが、私は止めることなく笑い続けた。そして私は、鈴ちゃんに敵わないことを改めて理解させられた。

 今は「私が鈴ちゃんを好きだから好き」と言ってくれているが、もし私が鈴ちゃんのことが嫌いだとしても、鈴ちゃんは私のことを愛してくれるというだろうし、私が大切にしていないと言っても、鈴ちゃんは私のことを大切にしてくれるのだろう。

 鈴ちゃんのメンタルはダイヤモンドよりも硬く、どんな道具を使っても鬱陶しいぐらい頑丈だ。そのメンタルがあったからこそ、何もかも否定していた私と正面を向いて話して来ることができ、こうして私に決心をさせてくれた。鈴ちゃんがいなければきっと今頃、私は同じ過ちを他の誰かに犯していたかもしれない。

 そして私は教えられた。私はただ、他人からの無償の愛に飢えてきただけだと。それがたまたま鈴ちゃんで…。いや、それが鈴ちゃんだったからこそ、私は彼女のことを心の底から「好き」だと断言できるのだ。

 私は、孤独を埋めるために嘘を付き続け、そこに自分の都合上良い方向に理由を後付けしただけ。それだけのために、様々の人たちを傷つけてきた。だから私は、しっかりと落とし前を着けなければならない。


「…鈴ちゃん、ありがと。愛してるよ。」

「…~~っ!!な、何当たり前のこと言ってるのっ。馬鹿っ。」


 微笑みながらの私のお礼に、耳まで真っ赤に染めた鈴ちゃんは、照れ隠しに冷え切ったお茶を飲んでむせてしまった。これにはさすがに、私も慌ててしまう。


「だ、大丈夫鈴ちゃん?落ち着いて深呼吸しよ。ほら、吸ってぇ。吐いてぇ。」


 私のかけ声に合わせて深呼吸をし終えた鈴ちゃんはテーブルに置いてあるティッシュケースに手を伸ばすと、何枚か紙を取り唇を摘まむように拭き取った。相変わらずの小さな唇は可愛らしく、今にも触れたくなるような艶付きを保っていて…。


「…琴美。ずっと私の顔見てるけど、何か変なもの付いてる?」

「…えっ!?あ、いやぁその。やっぱり可愛いなって見てただけ。」

「だ~か~ら~、そういうこと急に言うの止めてよね。心臓に悪いからさ。」


 何とかこの場を誤魔化すことが出来た私は、心の中で大きな安堵の息を吐く。別に嘘を口にしたわけではなく、たまたま表現不足が故に誤解されただけである。…とはいえ、こうして嘘を付くのも、もう卒業になるだろう。


「それじゃぁ、もう夜も遅いことだし眠ろっか。」

「…なんだけど。今日はその、鈴ちゃんに多大な迷惑をかけていたでしょ?だからその…今日だけならね、一緒に眠って…。」

「元からその気でいます。何なら私、勝負下着だって…。」

「黒のやつでしょ。何を期待しているかは知らないけど、明日も学校なんだし早く寝るよ。」


「何で知っているの!?」と驚く鈴ちゃんであったが、あくびをしていた私には全部聞き取ることが出来なかった。まぁ簡単に説明するなら、新品は一度洗濯するのが鈴ちゃんの習慣で、黒の下着はその一回しか洗濯されていなかったからだ。鈴ちゃんの注意不足もだが、何よりそのことを覚えていた自身が恐い。

 質問攻めされた私は二人分のコップを手にし、キッチンにへと逃げてきた。鈴ちゃんの折れない精神に助けられてまだ三十分も経っていなかったが、その執念深さに少しばかり嫌みを覚えた。とはいえ、嫌いになることはこの先、きっとないだろう。


「…本当、ありがと。」


 キッチンの水廻りに落ちる水滴をかき消すように洗い物を終え、洗面所でまぶたを冷やし終えた私は、先に寝る支度が出来たであろう鈴ちゃんがいる自室へと入った。

 先ほども何かしら期待していた鈴ちゃんだったので、「今夜は寝かさない」とか何とか言うであろうと待ち構えていたのだが、部屋に入ればそこにはもう、ベットで眠ってしまっている鈴ちゃんの姿があった。期待外れではあったが、私にとってはむしろ好都合である。

 部屋の電気を消した私は鈴ちゃんが眠るベットに入り込むと、布団を鈴ちゃんに掛けてあげる。そして「おやすみ」と額にキスをした私は、そこから僅か一分ほどで夢の世界に入り込んでしまった。

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