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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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Past and Now Ⅶ (3)

 感覚が麻痺を起こし、自身の本当の感情を消した私柊琴美は、他人からの理不尽な行いを全て受け入れていた。ストレス発散のための暴力や暴言、嫉妬からの看過、羨望からの盗み。そして、鈴ちゃんには話さなかったが、欲求不満からの性的暴力。酷い仕打ちを受けてきた私であったがそこに痛みなど無く、あるのは千夏ちゃんを守れた安心感と達成感の二つしか無かった。

 そして次第に、私は一人や千夏ちゃんや徹君といる時間よりもいじめられる時間の方が増えており、同じくして、身体の傷も日に日に増していった。

 だがいじめられているときは何も考えなくていいため、孤独の時間が多かった私には「いじめられている方が楽なのでは」とついには思考すらも狂ってしまっていた。症状としては鬱病に近かったものの、幸い鬱病ではないと事件後医師に伝えられた。

 そんな私に嫌気がさしたのか、あの事件が起こる数日前ぐらいから徹君は、私をいじめる人たちに仕返しをするようになった。彼が不良と呼ばれるようになったのもこの頃からだろう。

 確かに彼の行動のおかげで、少しばかり私は自らの感情を一時的に取り戻したのは事実である。しかし、それが要因で更にいじめがエスカレートとまでは、正義感の強い彼は想像していなかったのだろう。

 更に過激となったいじめに、最初の頃は普段通り感情を消し我慢できていたのだが、徹君がわざわざ守ってくれているにも関わらず、何一つ出来ない自身の無力さや感じていなかった精神的な苦しみに再び壊れていった。

 そしてそれに追い打ちをかけたのが、あの日の事件であった。

 事件当日のお昼休み、お手洗いから帰ってきた私の机の中に一つの手紙が入っていた。いつものことならば、メモの切れ端に呼び出し内容が書かれているのだが、その手紙はしっかりと封筒に入ってあり「柊琴美」と宛先まで書かれてあった。

 しかし、この時が初めてというわけではなかった。こういう形で私に手紙をよこすのは、私に好意がある人間、つまりは告白の手紙である。

 いじめが始まってからもこういった告白の手紙はあったものの、その数は減っていた。そして告白手紙を貰ってのは実に一ヶ月ぶりであった。誰かの悪戯ではと中身を確認したが、正真正銘の告白の手紙であり、この日の放課後にと呼び出しまで書かれてあった。

 ただ、極力他人とは深い関係にならないように接していた私は付き合う気などなく、指定の場所に行くつもりはなかった。けれど、久しぶりの告白手紙に少々嬉しく感じてしまった私は、無視は良くないと自身の言葉でお断りを入れることを決めてしまったのだ。

 そして、私は浮かれてしまっており気付いていなかったのだ。いつも入っているメモの切れ端がないことを。もし私の良心が働かず且つメモの切れ端がないことに気付いておれば、あの事件は起きなかったかもしれないが、今となってはどうしようもない。

 授業中に謝罪内容をメモに構成し脳内で練習を繰り返していれば、放課後などすぐにやってきた。脳内練習は完璧であり、私は自信満々に呼び出された美術室にやってきたのであった。告白を断るのに自信があるなど普通であれば考えられない話ではあるが、他人に好意を持っていなかった私にとってはむしろ当たり前のような考えであった。

 集合場所に来たものの呼び出し主の姿…そもそも人の姿など教室にはなく、仕方なく私は油絵の匂いが籠もる美術室で、壁やまだ未完成の作品を見て回ることにした。私が様々な分野にそれなりに知識があるのは、こういった待ち時間などに色々と学んでいるため。まぁ、「それなり」なので曖昧な点も多々存在するため、専門家に比べれば知識は浅い。

 そうして作品を見ている最中、私はふとあることに気付いてしまった。作品のどれも美術部の作品であることが記されていたのだが、その全てが女の子の作品であり、男の子の作品は一つも無かったことだ。気付いたときには知らなかったのだが、私たちの中学の美術部には当時男子生徒は誰一人としていなかった。男友達などいないに等しい私は、それを上手いこと利用されてしまったというわけだ。

 利用されてしまったというのは、勿論私をいじめていた人たちにである。

 奇妙な空気に気味の悪さを感じた私は、手紙主には失礼だがと教室から出ようとしたのだが時すでに遅し。教室の中で息を潜めていた人たちが出てくると、その一人の男の子が容赦なく私のお腹に拳をたたき込んできた。避けようと思えば避けられなくもない距離であったものの、鈍い私はもろに拳を受けてしまったのだ。おかげで、塞がっていたはずのお腹の傷口がパックリと開いてしまった。

 教室外にまで聞こえるような悲鳴を出しながら当然の如くのたうち回る私に、先ほど私を殴ってきた彼は今度は蹴りを腹部に入れ、私の悲鳴を止めた。苦痛のあまり声が出なくなったの方が正確だろうか。

 とにかく、苦痛で声が出せなくなった私はお腹を抑えたまま動くことが出来なかった。開いた傷口は流血を始め、ワイシャツに染み広がっていくのが肌上から感じられると同時に、私の身体は異常なほど熱を発し、滲み出る汗が止まることはなかった。


「これが柊琴音の娘っすか。たいそう可愛らしい顔立ちしてるっすねぇ。あ、別に好意があるわけじゃないっすよ。」


 私に暴行を加えてきた男の子は近寄ってくると私の前でしゃがみこみ、チャラい口調で話しかけてきた。髪の半分を金色で染めており、耳には歪な形のピアスまでしている。そしてよく見ると、彼の制服が学ランであったためすぐに他校の生徒であることが分かった。おまけに学ランの左胸には高校名が記されており、彼が高校生であることもついでに分かった。


「けど、あんな手紙ごときでほいほいやって来るようじゃぁ、この先危ないっすよ。何せお兄さんみたいな危ない人は世の中にウジャウジャいるっすからねぇ。」

「…えっ?」

「ん?あぁそうか。あの手紙のことっすよね。勿論手紙(あれ)は俺の手作りっすよ。つまり偽物ってこと。さっきも言ったっすけど、君に好意は微塵もないっすよ。ただ、興味はあるっすよ。」


 と彼は横になっている私に顔を近づけてくると、先ほどまでの笑顔から一変、見せられないほどのゲスい表情で私を見てきた。その表情はまさに、化け物そのものであった。


「どうすれば君を壊せるのか、お兄さんは凄く気になるんすよ。」


 舌なめずりをする彼は一度立ち上がると、後ろで見守っていた三年生の先輩に何やら合図を送る。それに頷く先輩方が私を取り囲んだところで、私は一度意識を失ってしまった。

 ただ意識を失っていた時間は短く、目が覚めたときはまだ外は夕陽で橙色に染まっていた。それ以外も特に変わったことはなく、未だに腹部からは赤黒い鮮血が流れており制服の四分の一ほどを染めていた。

 そんな中、唯一変わったところがあるとすれば、私が椅子に座らされロープで縛られていたことぐらいだろう。確かに最初は驚きもしたが、いつもの仕打ちに飽きたのだろうと当時の私はその状況を受け入れていた。

 とはいえ、さすがにあの状況が危険であることぐらいは何となく察しており、もしものためにとロープの結び目に指をかけておいた。幸いだったのは、この結び目が彼等の確認不足で緩く結ばれていたこと。結果から言ってしまうと、このおかげで私はロープから抜け出すことができた。


「思ったより目覚めるの早かったっすね。…ってか、早すぎだし。もう少し女子中学生と戯れてたかったすけど、立場上長居はできないんすよねぇ。」


 そう口にする彼はある三年生から手を離すと、再び私に近寄ってきた。輪郭の整った女の子のような顔からは決して人を傷つけない印象を持っているが、そんなものただの見た目にしか過ぎない。現に彼は、私に暴行を加えてきている。しかも遅いとはいえ、それを補う以上の力からして、かなり喧嘩には手慣れているのだろう。


「自己紹介をすると、お兄さんはどこにでもいる平凡な高校生っす。で、最近面白いことがなくて飽き飽きしていた矢先、彼女たちから誘われて今に至るわけ。そりゃぁ最初は興味なかったっすけど、柊琴音の娘だと知れば別っすよね。」


 ヘラヘラと笑う彼は学ランの裏ポケットに手を入れると、中から折りたたみ式の小型ナイフを取り出した。普通なら怯えて助けを呼ぶ状況なのだが、私は一切動じなかった。以前にも先輩方にはナイフを突きつけられたことがあったが、それらは全て偽物であった。それ故、例え高校生であろうと本物のナイフを使っているわけがないと安易に思ってしまっていたのだ。


「それにいくら壊そうとしても壊れない人間なんて、今まで沢山の人を壊してきたお兄さんにとっては、いつまでも傷つけられる玩具みたいな()()っす。そんなモノ、見逃すわけにはいかないっすよね。」


 彼はナイフを一度持ち直し、スカートから露出している私の太ももをそのナイフの刃先でちょこんと触れてきた。その刃先の冷たさから本物だと瞬時に理解した私の身体は凍り付いたように固まり、止まることを知らなかった温い汗が身体の中へ吸い込まれるように流れを止めた。

 しかし、彼に悟られないよう表情だけは変えなかった。彼の目的は私を壊すこと。それが達成できれば私はお役御免で解放されるかもしれないが、彼の様子からだとむしろそれはチュートリアル。私の絶望した顔を見ながら再び暴行するだろう。もしそうでなくても、後ろで様子見している先輩方の餌食になるだけで、選択肢などもはや無いに等しかった。故に私は耐えるという一番駄目な選択をしてしまったのだ。

 耐えるということは、彼の目的が達成されていないことを意味している。つまりは、通常振るわれている暴力以上に傷つけられるということになる。どちらにせよ傷つけられることは確かであるが、その度合いがいつも通りか過剰かの違いであったため、ここで壊れた()()でもしておけばいつもの暴行程度で済んでいたかもしれない。

 私の無表情に顔色一つ変えない彼は一度ナイフを折りたたむとため息をつき、私の耳元にソッと口を近づけると、三年生方に聞こえないような声のボリュームで話しかけてきた。


「どうしてそんなことまでして、千夏のこと守ってるんすか。」

「えっ…。」

「だから、どうしてこんな仕打ち受けてまで、新島千夏を守る必要なんてないんじゃないかってことっす。」


 彼の言葉に「友達だから」と答えようとした私であったが、何故かその言葉が出なかった。それは腹部の傷の痛みや彼への恐怖からなどではなく、私が千夏ちゃんに嘘を重ねてきた結果、いつしか千夏ちゃんを本当に友達だと言えなくなってしまっていたのだ。

 千夏ちゃんを守るために必死であり自らの感情を消した私は、自分の本当の気持ちに気付いてやれていなかった。それ故千夏ちゃんに対する罪悪感が募っていき、友達でいることに限界や恥ずかしさを感じてしまっていた私は、千夏ちゃんを友達だと認識しなくなっていた。そのことを気付かされた、まさにその瞬間であった。


「…お兄さんも()()()()()経験してきたっすから、多少は君のこと分かってるつもりっすよ。…けど、同情なんてことは一切しないっす。だって君は、俺の玩具っすから。」


 そう訳の分からないことを口にする彼に声をかけようとした途端、太ももから感じたことのない冷たさと倦怠感に襲われた。次第にそれは熱を持ち始め、それがナイフに刺された影響だと知っても尚、私はことの重大さに気付いてなかった。何せ刺されたにも関わらず、痛みなど一切無かったからだ。

 そしてナイフを抜かれてすぐにそこの箇所から血が流れ始め、声が凍るほどの激痛が太ももから身体全体に駆けていく。その痛みに悲鳴を上げそうになった私であったが、恐怖で声が出ず金魚のように口をパクパクと動かすことしか出来なかった。

 それを面白そうに見つめる彼はナイフに付いた私の血を一舐めするが、味がご所望でなかったらしくすぐに吐き出していた。私に話しかけてみたり血を舐めたりと、彼は当時の私ですら異常だと感じていたが、その異常さに何故だか同類だと位置づけている私が存在していた。その経緯は本人の私ですら今でも分かっておらず、謎は深まっていく一方である。


「鉄くさいにおいは好きだから味もいけると思ったんすけど、やっぱりおいしくないっすね。」


 その台詞に後ろにいた先輩方も怯えていたが、私の視線を気にしでかい態度を取っていた。事件後彼女たちも、彼があそこまで狂気じみた人物だとは思ってもみなかったとか。それが嘘か誠かなど、今ではどうでもよい話である。

 ともかく、太ももを刺された私はやっとの思いで「痛い」と悲痛の声を出すが、これもまた彼に聞こえない程度のボリュームでぼやくように発した。ただ身体は正直で、ロープの結び目にかけている指は痙攣を起こしたように震え、殺されてしまうのかと死への恐怖に怯えていた。


「で、どうすっか刺された気分は。まぁそこまで深くは刺してないっすから、よくて一月程度で治るはずっすから心配しなくても大丈夫っすよ。ま、これから傷は増えていくんすけどね。」


 彼は不敵な笑みを浮かべると、私の露出する肌に先ほどよりも浅い刺し傷をいくつも付けてきた。刺される度、裁縫中に指をさしてしまった際に出るぷっくりとした血が刺された箇所にでき、他の場所を刺す頃には肌を伝って床に落ちていく。それを繰り返している内に、私の周りの床は汗と血が点々と付着していた。

 油絵の独特な匂いと血生臭さが充満した室内は、初冬を迎えようとしている十一月半ばだというのに蒸し暑く、先輩方や彼の汗がそれを物語っている。そしてその蒸し暑さがよりいっそう室内の匂いを汚し、少しでも匂いを鼻に通せば嘔吐しそうな最悪の状態を作り上げていた。その威力は壮絶で、目の前で私を傷つける彼ですら時より吐きそうになるほど。

 また、開いた腹部の傷から流れ出ていた血はいつしか止まっていたが、凝固した血がベッタリと付いたワイシャツが傷口を簡易的に塞いでいるだけのため、お腹に変な力を加えることが出来なかった。もしこのタイミングで大声を出してしまえば、お腹への負担から再び血が体外に漏れ出してしまう恐れがあった。失血致死量には達していないのは確実ではあったが、この時私はすでに貧血の症状が出始めており、無理が出来ない状況に立たされていた。

 ただそんなことお構いなしに、彼は吐き気を抑えながら私を傷つけ続けた。チクチクと針で突き刺されているような感覚に似ており、痛いというよりこそばゆく、普段受けている暴行に比べればいくらでも我慢できた。

 それが彼の怒りを買ってしまったのだろう。次第に苛立ちを露わにした彼は、刺すペースが上がり始めていた。それに伴い、こそばゆかった感覚は薄れ、あまり感じていなかった痛みがだんだんと強くなっていた。何か嫌な予感がする、そう思った矢先の出来事であった。

 しびれを切らした彼は有無を言わず、私の左脚の太ももにナイフを突き刺した。最初に刺されたときと同じ、いやそれ以上の痛みが私の全身を包み込んだ。こういった嫌な予感が的中してしまうのは、今も昔も変わらず自身が憎いというか。


「…なんで、なんであんたは壊れないんだよっ!!」


 口調が変わった彼はナイフを一度たたむと、近くにあった机を次々に力強く蹴り飛ばしていった。その机は先輩方に向かって派手に飛んでいったが、彼が気にかけるような様子は見られなかった。


「なんでここまでして、あんたは千夏を守ろうとすんだよ。そこまでして守る必要なんてないだろっ。」


 彼は若干狂乱気味に髪を掻きむしると、凄い形相でこちらを睨みつけた。それに異様なほど反応した先輩方は彼を止めようと身体を動かそうとしたが、蹴飛ばされた机がそれを邪魔していた。


「だからいい加減、壊れろっ!!」


 彼はそう叫ぶとナイフを刃を出すと、それを私に向けてこちらに走ってきた。そしてこの状況が危険だと察知しロープをほどこうとかけておいた指を動かそうとしたが、貧血からか焦りからか、指を思うように動かすことが出来なかった。

 そんな私の頭の中に、これまでの出来事が川が氾濫したかのように溢れ出てきた。これが所謂走馬燈かと思うと、突然死に対する恐怖がこみ上げ、我慢していた涙がついに出てしまった。


「…死にたく、ない…。」


 私は恐さに耐えられなくなり目をギュッと閉じてしまった。せめて最後に、本当のことを千夏ちゃんたちに話したかったと思いながら。

 しかし、いくら経っても私の身体に異物が入ってくるような感覚は訪れず、異変に気付いた私は閉じた目をゆっくりと開いた。私と彼の間には女の子が一人割り込んでおり、彼は驚いた表情でその女の子を見ていた。そしてその女の子の後ろ姿を、私は知っていたのだ。


「大丈夫、琴ちゃん。」


 千夏ちゃんだと。


「…何しに来たんだよ、千夏。」

「何って、友達を助けに来た。」


 彼は二三歩ほど後ろに退くと、手にしていたナイフを落としてしまい私の足下にやってきた。そのナイフには真新しい血が付いており、それが千夏ちゃんの血だと理解するのに時間はかからなかった。


「千夏ちゃん!?」


 私の言葉に振り返る千夏ちゃんは笑顔を振る舞ってきたが、左腹部を痛そうに手で抑えてていた。


「大丈夫、琴ちゃん。私が来たからもう安心して。あんなのコテンパンにしてあげるんだから。」


 千夏ちゃんは強気な発言で私の気を紛らわそうとしていたが、そんなことで私の気が紛れるとは本人も思っていないだろう。自身の安全よりも他者の安全を優先する私だ。どれだけ千夏ちゃんが私以上に嘘をつくのが上手かったとしても、私は千夏ちゃんを信用しな…。


「…どうして…。」


 どうして私は…


「どうして千夏ちゃんは、私のこと助けるの?」


 千夏ちゃんのことを…


「どうしてって、友達でしょ。」


 信用できなくなっていたのだろう。


「だから安心して、琴ちゃんは私の後ろに…。」

「…私が悪いの。」


 頭の中の何かが切れた私は、動かないはずの指を動かし縄をほどき、ふらふらしながら立ち上がった。


「琴、ちゃん?一体何言って…。」

「私が悪いのっ!!千夏ちゃんに迷惑をかけたのは私が千夏ちゃんに依存していたからっ。千夏ちゃんを心配させたのは私がいつもボロボロだったからっ。千夏ちゃんを信用できなくなったのは、私が、千夏ちゃんに嘘を付いてしまったから…。全て…全て私が悪いのっ!!」


 思わず大声を出す私に、周囲は目を見開いて私を見ていた。私が信頼できている人以外の人前で大声を出したのは、多分これが初めてであった。


「琴ちゃん、どうしちゃったの?もしかして、私が悪…。」

「だから、全部私が悪いのっ!!どうして、どうして千夏ちゃんは私に優しくしてくれるのっ。私がいるから千夏ちゃんは嫌な思いしないといけないんだよ。私がいるから、千夏ちゃんは…。」


 私は足下のナイフを拾うと、持ち手を両手で握り刃先を首元にあてた。


「…私がいなくなれば、千夏ちゃんは幸せになれるんだから…。私なんて、いなくなればいいんだよ。」

「っ!馬鹿なこと言わないでっ!!」


 私の腕を掴んできた千夏ちゃんは凄まじい顔色で私を見つめると、ナイフを下ろさせようと手に力を込める。


「琴ちゃんは悪くないっ。気付いていたのに話せなかった私が悪いのっ。最初から知ってたの、私のせいで琴ちゃんがいじめられてたの。けど琴ちゃんが大丈夫って言うからその言葉に信じちゃって、こんなにも追い詰められているなんて思ってなかった。」

「だから、だから恨むなら私を恨んでっ。それでも足りないなら、私のこと傷つけたっていい。琴ちゃんの気が済むのだったら…私は何でも受け入れるよ。」


 千夏ちゃんの優しい微笑みに血の気が引いた私は、思わず持ち手を握りしめる力を緩めてしまう。そして千夏ちゃんの力に引き寄せられた私の手は…。

 ナイフを握り締めたまま、千夏ちゃんの左肩から左胸の上部を深く斬りつけてしまった…。

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