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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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Past and Now Ⅶ (1)

 私自身が誰かにこの話をするのは、後にも先にも鈴ちゃんぐらいだろう。例え後の人生でこの話を聞かせたとしても、私はきっと「昔はこんなことがあったんだ」とまるで懐かしい青春時代を思い出しているかのような口調で話しているだろう。

 だからこそ、正々堂々正面で話せる内に、鈴ちゃんに何一つ隠さず全て吐いてやることを決めた。きっと鈴ちゃんは聞き終わった後、「別れないか」と話題を振るだろうが、それは覚悟の上である。そのぐらいの気持ちでなければ、私は永遠に話せない気がする。


「…私ね、鈴ちゃんにずっと隠していたことがあるの。けれどそれを知ってしまったら、鈴ちゃんは私のこと嫌いになる。だから、今まで話せなかったの。」

「…だけど話さなければ、私は今までと変わらない。自分自身に約束したの、いつか鈴ちゃんに話すって。それが、今日なの。」


 辛そうに話す私に何一つ言葉を発しない鈴ちゃんは、いつも以上に真剣な目で私を見てくれている。そして「知ってた」と返され、瞬間罪悪感が一気に押し寄せてくるも、ある程度予想は付いており「そうだよね」と小さく返事をする。罪の意識で心臓が張り裂かれそうだが、これから更に傷口が開くと思えば我慢できる。今ここで我慢できなければ、話している最中に私は泣き出すか狂乱しだすかするだろう。…私自身が狂乱する姿など、想像すら出来ない。


「鈴ちゃんに嫌われるのは怖いし辛いことだけど、これ以上隠す方が辛い。だからせめて、鈴ちゃんが私を好きでいてくれる間に、私は真実を全て、鈴ちゃん話すから。」

「…私が変わってしまったのは中学一年生の時。つまり今から、約四年前の話なの…。」


 通夜のように静かな空は次第に雲行きが怪しくなり、私が話し始めた頃には、窓を叩きつけるような本降りとなってしまった。雨音は時間が経つにつれ大きくなるが、その音に気にすることなく私は隠していた過去を曝け出したのであった。



 ******



 花粉が飛び始める三月の初め。別れは突然で、鈴ちゃんは知らぬ合間にどこかへ旅立ってしまった。一緒の学校に通えるとばかり思っていた当時の私はそれがかなりショックな出来事で、いつ頃かまでは覚えていないがわりと引きずっていた記憶がある。

 その頃は非常に大人しかった私は人見知りで、友達と言えるのは鈴ちゃんだけであった。そのため、小学校に入学しても友達を作ることが出来なかった。まぁ正確に言えば、作らなかったが正解だろうか。

 以前にも話したと思うが、私の母、柊琴音は私が生まれる前はアイドルとして、生まれてからは女優として働いている。しかもそれなりに名高いために、私の出産もそれなりに報道されていたらしく、物心つく前にテレビに出演していたこともあったらしい。

 それにより私の名前も知っている人は多く、「あの子と仲良くすれば私の母に会える」と安直な考えから、私に興味が無いにも関わらず仲良くなろうと試みる人もいた。

 そんな上辺だけの友達関係であれば作らない方がマシだと考えに至った私は、例え優しく接してくれようと、それ以上に関わりを持とうとは考えなかった。他にも理由はあるが、それが友達を作らなかった直接的な要因だとは思っている。

 そして鈴ちゃんと別れ四ヶ月が過ぎても、未だクラスに馴染めていなかった私は度々学校を休んでおり、よく母親に心配をかけていた。面白くもない学校生活なら行ったって無意味と当時の私は考えていた。

 だがそんな私に転機が訪れたのは、入学して半年が過ぎたときであった。


「おまえ、友達いないのか。」


 一人で飼育小屋に行こうとした最中、お昼休みが始まって間もないというのに、声をかけてきた男の子はすでに泥だらけであった。しかし、必要以上に他人と接することを拒んでいた私は最初、彼の言葉を無視して素通りしようとしていた。


「…おまえの母さんが有名なことは分かっているし、そのせいで友達作っていないのも分かってる。」


 泥だらけの男の子が口にした言葉に足を止めた私は振り返ると、彼は私に手を差し伸ばしていた。


「俺にとって、そういうのはどうだっていいんだ。俺はそういうの抜きで、おまえと仲良くしたいんだ。」


 当初私は彼を「変な人」としか認識していなかったが、同時に私と本気で仲良くしたいことが分かった。だから私は、彼の申し出を断ることはしなかった。

 それが、飯塚徹との出会いだった。

 彼はそれ以来、ことある事に私に話しかけてきた。宿題を見せて欲しいやら、スポーツの人数あわせに来て欲しいやらと様々。

 けれど他の人と違うのは、私を「柊琴音の娘」とではなく「柊琴美」として見てくれたこと。鬱陶しいぐらい私に声をかけてきたのはさすがにめんどくさいと思ってしまったが、それでも私を私として見てくれることが何よりも嬉しかった。また今は若干落ちぶれた彼だが、可愛らしい時代もあったというわけだ。

 次第に彼にだけは心を開いていき、他人には話せないような話も彼にだけは話していた。昔の彼は鈴ちゃんと似ているところがよくあり、それが心を開けた理由だと思っている。

 そして彼と知り合ってから二ヶ月後。私と彼が帰宅している最中に起きたのだ。


「お、徹くん。久しぶり、元気にしていた?」


 長い黒髪を揺らしながら近づいてきた少女は、私よりも身長が高く可愛らしい声とつり目が特徴的であった。徹君との付き合いはかなり長かったらしく、物心つく前からの知り合いだったらしい。ただ本人たちは「気がつけば」のこと。


「えっと、初めましてになるかな。私の名前は新島千夏(にいじまちか)。徹君の幼なじみだよ。」


 私に手を差し伸ばす、三年生の象徴である緑色の名札の少女こそ、私が傷つけてしまった人物である新島千夏、またの名を小坂千夏(おさかちなつ)である。

 彼女は当時、テレビをほとんど見ていなかったため、私を見ても特に驚きもしなかった。それどころか、徹君のガールフレンドだと勘違いしており、彼と付き合うためのアドバイスをしてくれた。結局は徹君のおかげでその疑い(?)は晴れたが、彼女は私と徹君はお似合いだとよく話していた。言うまでも無いと思うが、私はこのかた、徹君に好意を持ったことは一度たりともない。

 …と説明が遅れたが、小坂千夏こと新島千夏について色々と話しておこう。

 新島千夏、通称千夏ちゃんは私と徹君よりも()()()の上級生。成績優秀で運動もできるという優等生。おまけに美人で世話好きと、まさに理想のお姉ちゃん像である。最初はつり目のこともあり近寄りがたい存在であったが、そのお姉ちゃん気質に私は次第に惹かれていったのである。また、私の料理好きは千夏ちゃんの影響と言っても過言ではない。

 そんな千夏ちゃんは私に他人と変わらない対等に扱ってくれ、徹君と似ているようで少し違う優しさを彼女からは感じた。そして私は、二人のおかげで心を開き、少しずつ他人とも話したりしていた。この期間があったからこそ、現在アリスちゃんや愛ちゃんたちと親しく接することができたのだが、逆に言えば、この期間があったからこそ私は、あんな過ちを犯してしまったのだろう。これについては追々話しをしよう。

 誰にでも優しくて厳しい千夏ちゃんだが、家族関係は最悪であった。記憶に残っている範囲で話すが、一度千夏ちゃんの家にお邪魔したことがあり、その際に千夏ちゃんの父親は彼女を容赦なく平手打ちしたのだ。コップを落として割ってしまったのが原因だが、親であればまず子供の安全を確認するもの。しかし千夏ちゃんの父親は一切彼女に優しい言葉などかけてあげず、「早く片付けろ」と罵声を浴びせる始末。

 そして普通の女の子であれば泣いている状況にも関わらず、千夏ちゃんは泣くどころか嫌な顔一つせず、割ってしまったコップの後始末を行っていた。「私が悪いから」と笑顔で話してくれた千夏ちゃんであったが、その笑顔が作り笑いであることはすぐに分かった。

 彼女が話すには、父親はかなりの荒れ性で、妻や千夏ちゃんに対して頻繁に手を出していたらしい。今思えば、水泳の授業をうけなかったり半袖の服をあまり着ていなかったのは、父親から受けた怪我を隠すためだったのかもしれない。きっと名前を「小坂千夏」に変えたのは、養子として小坂先生のところに引き取られたのだろう。…ただ、何故千夏(ちか)から千夏(ちなつ)に変えたのかは謎である。

 とにかく大抵のことは笑顔で許してくれるが、いけないことにはとことん厳しく、そして忍耐力の強い千夏ちゃん。その千夏ちゃんの泣いている姿を見たことがある人は誰一人としておらず、彼女が泣いたときは世界が崩壊するのではと噂されるほど。

 そんな千夏ちゃん、徹君と出会った私は小学時代のほとんどを彼女たちと過ごしてきた。二人のいない生活など考えたことがない私は、鈴ちゃんと引っ越す前同様、ずっと一緒のままでいたいと思っていた。この頃から、私は他人に依存する癖がついてしまったのだろう。そのことが、あの事件を引き起こす引き金の一部だったのだろう。

 その話をする前に、まず事件が起きた中学校についてと、何故私がいじめられていたかを説明しておこう。

 私たちが通っていた中学校は、どこにでもある普通の中学校…というのは表向きで、実際はかなりいじめもあったりと校内での評判はかなり悪い。しかしいじめ等が発覚することはなく、校外からは文武両道出来る素晴らしい学校として見られていた。実際文武両道可能であり、それがいじめが発覚しなかった要因なのだろう。私の一件で校外にも評判の悪さは知れ渡ったが、依然として問題は解決していないらしい。

 そして、この中学校には所謂マドンナ的存在がいた。それが新島千夏である。そう、私がいじめられていた理由は「母親が有名」なだけでちやほやされていただけではない。学校の環境と千夏ちゃんへの依存が、私がいじめられていた理由だ。

 自分よりも優位な人間に憤りを覚えるのは人間の悲しい性であり、誰しもが一度は経験したことのある「嫉妬」である。それが歪みに歪んだ憤りこそ、まさしくいじめだ。

 これから話すのは、そんな歪んだ憤りをぶつけられ、千夏ちゃんを傷つけることになった私の罪についてである。

 事件が起きたのは、中学一年生の秋。真っ赤な紅葉が散り始める十一月初旬の出来事であった。

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