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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
志抱くコンフェッション
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Past and Now Ⅱ

 始業式の翌日。いつも通りに起きた私だったが、鈴ちゃんはまたしても私よりも先に起きており、更には、すでに登校したと置き手紙を鈴ちゃんの部屋の勉強机に残していた。理由は書かなくても明確。一年生の顔を拝みに行ったに違いない。

 そのため、朝は久しぶりにとても静かで、私は上機嫌である。ただ、鈴ちゃんがいないのは心細く、結局私も昨日ほどではないが、早めに学校に行くことにした。本日は花粉警報が発令中のため、いつも以上に重装備になるも、丸一日辛い思いをするのであれば我慢できる。

 いつもは鈴ちゃんとの会話しながらの登校のため、学校に着くまで片時も言葉を発することはなく、上機嫌である私はその静けさに耐え来られなくなりそうだった。四年前から使っているイヤホンを耳にしているが、片耳が一切聞こえなくなっている。

 中学時代はこうした静けさが当たり前で特に気にしてはいなかったが、今となっては退屈以外何者でもない。鈴ちゃんと出会ってからは毎日が戦争みたいな日々で、喧しい空気に慣れてしまったのだろう。


「琴美ちゃん、おはよ。って、すごい対策しているね。」

「おはようごさいます、琴美さん。」


 そのため、香奈ちゃんと舞ちゃんとの会話は、良くも悪くも昔の私を思い出す。


「二人ともおはよう。…珍しい組み合わせだけど、どうしたの?」


 正門で二人に出会った私はイヤホンを外すと、二人にマスク越しに声をかけた。香奈ちゃんと舞ちゃんが一緒にいることは珍しく、例え二人が同じ場所にいたとしても、そのどちらかの連れがいることが大半。とはいえ、私も人のこと言える立場ではないが。

 あと相変わらず、凄い鼻声だな私。


「鈴と同じ理由。三人とも共犯だろうね。今頃窓際でスタンバイしていると思うよ。」


 呆れ気味に話す香奈ちゃんに、舞ちゃんはこくこくと頭を縦に振る。愛ちゃんは昨日、新入生が見られなくて悔しがっており、鈴ちゃん同様、先に学校に来ているだろうとは思っていた。それにアリスちゃんの追加もお見通し。…香奈ちゃんと舞ちゃんが二人でいるところまでは予想していなかったが。


「考えることは同じ、か。」

「でも、愛ちゃんが誘ったって舞ちゃんが。」


 香奈ちゃんが横にいる舞ちゃんに目を向けると、恥ずかしそうにおどおどする舞ちゃん。昨晩、鈴ちゃんが自身の携帯画面を確認して嬉しそうにしていたのはこれが原因なのだろう。


「二人はついて行こうとは考えなかったの?私は、起きたときにはすでに、先に学校に行くって連絡があったから無理だったけど。」


 私と鈴ちゃんとの関係及び同棲していることは、香奈ちゃんを除いては未だ誰にも話していない秘密。故に、家での出来事を話す際は言葉を選ばなければならない。でなければ、私たちの関係がバレてしまい、今後の学校生活に支障が出てしまう。それは互いが望まない結末。


「連絡が入っているだけでもマシなもの。アリスなんか、私が家を出たタイミングでメール入れてきたの。今日学校で会ったら、絶対に怒ってやる。」

「私に予告されても。」


 一年前に比べかなり表情豊かになった香奈ちゃんは、拳を合わせるなり不敵な笑みを顔に浮かべる。香奈ちゃんのことなので本気で殴るつもりはないだろうが、今にも殴ってきそうな笑みに、舞ちゃんは手にしていた指定鞄で顔を隠す。その気持ち、分からなくもない。


「冗談だって。アリスのことは殴るかもだけど、舞ちゃんは殴らないから。」


 と安心させようとする香奈ちゃんなのだが、大分怯えている舞ちゃんは鞄を下ろそうとしなかった。香奈ちゃんがいくら弁解しようとも、しばらくは鞄を下ろしてくれないだろう。愛ちゃんがいればすぐなのだが…。こういうときこそ、パートナーがいればどれだけ楽か。私の場合はあまり期待は持てないが、助けになってくれることは間違いない。


「香奈ぁ。舞を泣かしたら愛が黙っていないぞ。」

「な、泣かしてなんかない。…ってか、いつからそこにいるの。」

「ん?今。」


 聞いたことがあるような声が耳に入り、その声の先に振り返れば、目の前には昨日初めて知り合った咲さんの姿がそこにあった。右の二の腕位置に付けている腕章には、我が校の紋章が描かれている。


「せ、生徒会は朝から忙しそうですね。その…お疲れ様です。」

「ありがと。まぁ忙しいには朝ぐらいだな。放課後は思ったよりもやることなくて、部活行ってても大丈夫なわけだし。繁忙期は別として。」


 咲さんが口にしたことは本当で、生徒会は普段案外やることがなく暇を持て余してしまう。そのため、大事な会以外ならば無断で欠席したとしても特に迷惑をかけることはない。他人と関わりたくなかった私にとっては、生徒会は正にユートピアそのものだった。体育祭前などは尋常じゃない忙しさだが。

 鞄を下ろした舞ちゃんはまだ少し香奈ちゃんが怖いらしく、私の横にぴったり引っ付いてくる。その姿は幼い頃の妹琴葉とそっくりである。今もまだ私に引っ付いてくる事はあるが、中学生にもなれば回数は激減する。


「琴美さん、だったよな。何か、凄い重装備だけど。」


 咲さんに呼ばれ、私は「おはよう」と軽く会釈をする。


「あぁ、おはよ。で、琴美さん。生徒会に入る気はない?昨日会ったばかりだけど、琴美さんとは何か気が合いそうなんだよな。そういった人生徒会内部には少なくてさ、良かったらって思ったんだけど。」

「…お誘いありがとう。けど私、まだやり残していることあるから。その件は保留でも大丈夫かな?」

「…よく分からないけど、いいよ。楽しみに待っているから。」


 咲さんの台詞はどう考えても、私がいつか生徒会に入るような言いぐさである。私が私でいるためにも生徒会には入りたいと思ってはいるが、そうなると鈴ちゃんと…。って、何考えてるんだろ私。こんなにも、私は弱かったっけ。自分で自分のことが嫌いになりそう。というか、嫌いだし。


「あ、そういえば、あの三馬鹿たちはもう教室にいたけど、何か理由があるのか?」


 若干腐りかけていた私に尋ねてくる咲さん。答えようと口を開いたが、すでに香奈ちゃんが先に説明し始めていた。開いた口をゆっくりと閉じ、私は舞ちゃんと、二人の会話が終わるのを見守っていた。


「なるほどな。一年の顔を見たいがため、朝早く来てるって訳か。気持ちは分かるけど、関わる子なんて一握りしかいないのにな。…アリスは別として。」

「本人は嬉しいかもだけど、困るのは私。関わるなとは言わないけど、加減してくれるとありがたいというか。」


 嫌そうに話す香奈ちゃん。学校には二十四時間警備員がいるわけでないので、アリスちゃんの周りには時々、道を妨害するほどの人だかりが出来ることがある。香奈ちゃんが話したとおり、本人は自信のファンと交流することができ嬉しいらしいが、アリスちゃんの子守係の香奈ちゃんにとっては、あまり喜ばしくないらしい。それは二人が付き合っているのが理由である。

 アリスちゃんと香奈ちゃんは、私と鈴ちゃんみたく幼なじみで恋人同士。そして私たちよりも特殊な世界で過ごしている。私たちには話してくれたが、私たちの関係同様、誰にも知られてはいけない秘密の恋。その事を知らないアリスちゃんの大勢のファンに、愛する恋人が触れられるのが嫌なのだろう。私がもし同じ立場ならば、全力でファンを鈴ちゃんから引き剥がすわけだし。


「まぁ、私がアリスの行動に一々指図するような権利なんてないし、どうしようもないんだけどね。」


 諦めたようにため息をつくと、香奈ちゃんは何かの気配に感じたらしく、第一校舎を見上げた。

 一度それらしい話はしたが、改めて説明しよう。私たちの校舎は第一から第四、それに旧校舎も合わせ計五つの校舎が存在している。第一校舎は進学、特進コースの二三年生の教室で、第二校舎と第三校舎半分は総合コースの二三年生の教室。残る半分は進学コースの一年生の教室で、最後の第四校舎は総合コースの一年生の教室となっている。それぞれの校舎を結ぶのは一階と三階の渡り廊下が付いており、おまけに各校舎に靴箱が設置していると非常に便利。それ以外の設備もかなり便利で、第一校舎の圧倒的大きさに不満を持つ生徒ですら黙らざるを得なくなる。

 そしてその第一校舎を見上げる香奈ちゃんに続いて、私と舞ちゃん、それに咲さんも校舎を見上げた。すると、こちらに向かって大きく手を振る三人の姿がそこにあった。左から、鈴ちゃん、愛ちゃん、アリスちゃんの順で並んで…。


「それに、私はアリスの笑顔を見られたらそれで…って琴美ちゃん!?急に膝ついてどうしたの?」


 アリスちゃんに手を振りかけて香奈ちゃんだったが、私がしゃがみ込んだことにいち早く察知し、私と同じようにしゃがんでくれた。


「具合悪い?保健室まで行けそう?」

「別に体調が悪くなったわけでは…。」

「じゃぁ一体…。」


 私は激痛が走る胸を左手で抑えながら、右手で何かあったのかとこちらを心配そうに見ている鈴ちゃんたちを指差した。その指の先を、香奈ちゃん、舞ちゃん、咲さんが見つめた途端、咲さんを除く二人は口を動かしていたが、驚きのあまり声が出ていない。そんな二人とは対照的に、まるで知っていたかのような平然な態度をとる咲さん。昨日、鈴ちゃんを連行した際に、何か吹き込んだに違いない。

 ただ頭の中が真っ白な私は、しばらく放心状態に入り込んでしまった。十秒ほどで息を吹き返すと立ち上がり、逃走を図ろうとした咲さんの腕を強く掴んだ。鈴ちゃんのせいで逃げられないように腕を掴むコツを覚えてしまったため、いくら私よりも強い(はずの)咲さんでも、抜け出すのは至難の業だろう。

 抵抗を続けた咲さんだったが、私の執念と殺気を孕んだ視線にとうとう諦め、「降参降参」と掴まれていない方の手をヒラヒラと動かした。やはり、何か隠しているみたいだ。


「…私だってちゃんと説明したし、直接不良ちゃんの髪を触らせた。他の生徒会の人もちゃんと地毛だって分かってくれた。」

「ならどうして。どうして鈴ちゃんは黒髪になってるの。あんなの、私の知っている鈴ちゃんじゃない。顔が似ているだけの別人だよ。」


 私が見てしまったモノ、それはいつもの金髪ではなく黒髪となってしまった鈴ちゃんの姿だった。鈴ちゃんは立ち上がった私を見て安心しているようだが、こちらは全くの正反対。


「…本人が話す予定だったんだけど…。そのな、生徒会の顧問も認めてくれたんだよ。ただ、新入生の悪い手本にならないためにも、今日だけ黒髪にしてもらったんだ。本人も、一日だけならって了承してくれたんだよ。」

「私の了承は?私の了承無しに、鈴ちゃんを黒髪に染め上げたわけ?普通、第三者の意見も尊重するべきじゃないの?」

「どこまで黒髪が嫌なんだよ。」


 黒髪が嫌というわけではなく、鈴ちゃんの黒髪姿が嫌なのだ。幼い頃から見慣れているその金色の髪は、ピッグテール(故)に次ぐ鈴ちゃんの存在理由(アイデンティティー)である。それすらも消し去ることは、鈴ちゃんの存在が抹消されたのも同じ。一緒に登校できないし、髪は染められているし…。もう泣きそう。


「別に染めたわけじゃないって。かつらだよ、かつら。心配しなくても、染めてないよ。そもそも、校則で染めるのは禁止だし、一日だけとはいえ、不良ちゃんだけ特別扱いは出来ないしな。」


 咲さんの言葉に涙が零れそうだった私は、「本当?」と涙を引っ込める。これでもし冗談だと言われれば、多分私でも殴りかねないかもしれない。

 と思っていたが、咲さんは自信気に頷いてくれた。知り合ってまだ二日しか経っていないが、その頷き方は鈴ちゃんが自信があるときのものと似ており、すぐに信じてしまい安堵の息を漏らしていた。こうも人を容易く信じてしまうようになってしまったが、別に悪いことだとは思っていない。…もし未だ他人を信じることが出来なければ、これほどまで日々の生活が楽しいと感じないだろう。

 喜悦、欣幸、親和、思慕。演技だらけの空虚な私を彩ってくれたのは、鈴ちゃん以外他の誰でもない。誰よりも小さくて幼く、だけど努力家な鈴ちゃんはいつも私をどこかへ導いてくれる。その全てが新鮮で、殻の中に閉じ籠もってばかりの私は、おかげで空へと羽ばたくことが出来た。ならば今は、その期待に応えることが私の使命ってものだ。致し方なくのようにも聞こえるが、実際意識しなくともこうして、他人を信じることが出来ている。

 だからだろううか。時より胸が痛むのは。


「にしても、不良ちゃんは話していなかったのか。昨日のうちには話しておくとか言っていたくせに…。後で説教かな。」

「その担当は私がしても良いかな?色々と訊きたいことあるし。」

「…琴美さん、目が怖いよ。」


 咲さんは白い歯をちらりと見せると、何やら辺りを見渡し始める。それは何かを探しているようにも見え、しばらくした後、咲さんは悲しげな表情を浮かべ小さくため息をした。私にはその理由が分からないが、咲さんが寂しそうなのは分かる。


「…咲s…。」

「んじゃ、私は生徒会の仕事があるから、長話はこの辺で。大分登校してきた頃だし、顧問にサボっているのバレたら、さすがの私でも怒られるからさ。」


 声をかけた私だったが、それよりも遥かに大きな咲さんの声に消されてしまう。もう一度声をかけようにも、これ以上の深追いは禁物だと私の本能が脳に訴えかけてくる。気になる私だったが、咲さんの言う通り、周囲は登校してきた生徒で群がっている。昨日「生徒会は厳しい」と愛ちゃんから訊いており、例えそれが嘘だとしても、人の多さに口を割ってくれないだろう。


「…だね。人も多くなってきたことだし、私たちも行こうか。」


 私と咲さんの間に割り込んできた香奈ちゃんは私の手を握ると、もの言いたげな目つきで私を見つめてきた。どうやら私が考えていることはお見通し、と言ったところなのだろう。これは後で尋問だな。

 そんな香奈ちゃんに無言で首を縦に振ると、一度息を吐いてから咲さんに目を転じた。


「それじゃ咲さん、私たちは教室に行くけど、仕事頑張ってね。」

「…おう、任せとけって。」


 私たちは咲さんに別れを告げると、早足気味にその場を後にした。その際私は一度、咲さんの様子を見るため振り返ってみたが、特に変わった様子は見せなかった。その姿も誰かに似ており懐かしさを感じるも、それが一体誰なのかは見当が付かなかった。

 それよりも今は、目の前から走ってくる鈴ちゃんの対応を考える方が優先だろう。黒髪の鈴ちゃんを見る度泣きそうになってしまうが、新鮮でいいかもと思ってしまっている私がいるのがどうも気にくわなかった。

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