Past and Now Ⅰ
春の朝はまだ肌寒く、スカートから露出する肌に風が当たれば、世の男子学生ども恨みたくなってしまう。それがいいと男子学生は声を揃えて言うだろうが、もう少し私たちの気持ちを知ってほしいもの。とはいえ、男子学生の夏の辛さを知らない私たちも同罪なのだろう。
私や鈴ちゃんが登校する時間あたりは少々うるさい校内も、一時間前となればその静けさは異常。誰一人も教室にはおらず、私と鈴ちゃんが一番乗りとなった始業式。未だ花粉は私を悩みのタネだが、今日は対策しないで良いほどかなり落ち着いている。ここまで落ち着いているのは、私が経験した中では初のこと。
窓を開き終え大きなあくびをした鈴ちゃんを膝枕で休ませてあげれば、最初は恥ずかしそうだったものの、二分もしないうちに眠りの世界へ入ってしまう。私よりも早く起き、早々に準備を終えたことは感心するが、毎日してくれれば遅刻もしないのだが…。ま、そこら辺も含めて好きなんだけど。
全開の窓から心地よい風が入ってくると共に、桜の花びらをどこからか運んでくる。その一枚が鈴ちゃんの口元に落ちれば、誰も居ない教室を見渡してから口で拾い、「何しているんだろ」と顔を火照らせながら独り言を呟いてしまう。ほんと、何しているんだか。
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私柊琴美は、どこにでもいる普通の女子高生。入学当初はかなりはっちゃけた紹介をしたが、それが今では黒歴史である。いや、内容自体は紛れもない事実…のはず。
一年前、私は小学生になる前に別れた幼なじみ、多田鈴、通称鈴ちゃんと再会した。そして同時に、私の母親承認のもと鈴ちゃんとの同居生活が始まった。最初は不安だらけで喧嘩も多々あったが、今ではそれも随分と改善された。
また、私は鈴ちゃんと正式にお付き合いをさせてもらっている。一度保留にし気まずい期間があったが、
それでも好きでいてくれた鈴ちゃんに気持ちを伝え、私たちは付き合い始めたのだ。未だその件でのすれ違いがあるものの、毎日鈴ちゃんと過ごせる幸せを痛感している。
そして私には、忘れたくても忘れられない苦い過去がある。まだ鈴ちゃんはおろか、誰にも話したことがなく、それを話すのが今年の目標である。付け加え、小学生の頃からの付き合いの飯塚徹君に手伝ってもらい、私はあの人との再会を果たし自身の言葉で謝罪する目標も掲げている。
ただ現在、彼女の行方は不明で、メールアドレスも変更されている。分かり次第出会おうと徹君に約束したのだが、それがいつになるかは見当が付かない。
それでも、私は彼女に謝らなければならない理由があるわけで…。
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「よぉ琴美。今日はまた早いな。新学期だからわくわくしてんのか。」
愛ちゃんは相変わらずの男口調で、うとうとしていた私に声をかけてきた。寝ぼけて視界がぼやけているものの、少し照れくさそうな舞ちゃんが、愛ちゃんの肩からひょこっと顔を出しているのが確認できる。
「鈴ちゃんが早く学校に行こうってうるさかったからね。何しろ、新入生の顔を拝みたいらしいよ。って言っても、今は眠っているんだけど。」
「ほらっ」と、二葉姉妹に私の膝枕で眠っている鈴ちゃんを見せて上げる。
「良い寝顔なこと。…にしても、鈴随分思い切ったな。なんか、鈴らしくないというか。似合うけど。」
「邪魔だからってバッサリ切っちゃってね。」
「鈴らしい理由だな。」
まぁ邪魔という単純すぎる理由だけで、髪を切るのはどうかと思うが。
笑みを浮かべた愛ちゃんは自席に鞄を置くと、私たちの近くへと椅子を運んでくる。同様に、後ろにいた舞ちゃんも椅子を運んできた。
「で、琴美は鈴を寝かしつけていたってわけか。」
「まぁね。でも私もつられて眠りそうだったんだよね。まぁ、タイミングいいとこで愛ちゃんが声かけてくれたから眠らずに済んだんだけど。」
「私が琴美だったら、容赦なく殴ってたかな。」
「お姉ちゃん、物騒だよ。」
椅子を一度置き拳を合わせる愛ちゃんに、舞ちゃんは半ば呆れ気味にそう口にした。愛ちゃん本人は冗談のつもりだろうが、私と舞ちゃんが抱く愛ちゃんのイメージだとやりかねない。
「…そういえば、愛ちゃんたちも今日異様に早いね。朝練?」
「始業式にも朝練とかされたら、私でも過労死するぞ。」
口元をを歪ませる愛ちゃんだったが、学年トップの持久力保持者なら半日ぐらい踊っていても平気だろう。代償として、翌日の授業は全て死んでいるだろう。いや、いつものことか。眠っていない事の方が少ないだろう。
「琴美はさ、あの噂知っているか?」
「あの噂?」
私の側に椅子を寄せた愛ちゃんは顔をぐいっと私に近づけると、キラキラと瞳を輝かせる。こういうとき、例え知っていても「何も知らない」というのが大人の対応というモノ。噂話が好きな鈴ちゃんから学んだことだ。
ただ今回ばかりは聞いたことがなく、「知らない」と正直に答えた。愛ちゃんの瞳の輝きが増したのは、誰かに話したかったからだろう。鈴ちゃんと全く同じパターンで正直笑いそう。
「そうかそうかぁ。琴美は知らないのかぁ。じゃ、この私が教えてしんぜよ。」
その後のちょっとした煽りも鈴ちゃんと同じでちょっとばかり苛立つも、気持ちを押し殺した私は「お願いっ」と手を合わせた。鈴ちゃんの煽りに比べれば、まだ我慢は出来る。
「そんなに懇願しなくても。ま、琴美が知っていても話すけどな。」
なら、知っている?と聞かなくてもと口にしそうになり、口から出かけた言葉を唾ごと飲み込んだ。
「ちなみに二つ話があるんだけどよ、どっちから先に聞きたい。一つは私たちにわりと関係することで、もう一つは直接関係はしないことだけど。」
「なら前者で。」
私が小さく手をあげると、愛ちゃんは「了解」と舞ちゃんが座ったのを確認してから話しを始めた。
「前によ、生徒会決める選挙があったろ。」
「うん。確か、今日始業式で発表されるんだっけ。で、それがどうしたの。」
私たちの学校では三学期から新生徒会となるため、二学期末に生徒会選挙が行われる。今年も従来通り行われ三学期の始業式に発表されたのだが、生徒会長は両親の都合で三月中旬に渡米。そのため急遽、臨時選挙が行われたのだ。
本来ならば、副生徒会長が自動的に会長になる仕組みなのだが、何せ副生徒会長は会長の双子の妹。そのため、会長副会長ともにいなくなったというわけだ。
「一週間前のことなんだけどよ、部活終わりにたまたま生徒会室の前通ったときにさ、次期生徒会長が決まって盗み聞きしたんだよ。で、誰がなったか分かったわけ。」
「でもそれ、今日中には…。」
「まぁまぁ。そこら辺は置いといてさ。でさ、あの咲が生徒会長になったんだよ。すなわち、私の学校生活が終わったも同然…。」
私の言葉など見向きもしない愛ちゃんは話を強行するも、後半になるに連れ声のボリュームが落ちていった。挙げ句の果てに、項垂れる愛ちゃんを舞ちゃんが慰めるハメに。もう訳が分からん。ただ…。
「…決まったのは分かったんだけど、咲さんってそのぉ、誰?」
私の言葉に、二葉姉妹は目を大きく広げこちらを見つめてきた。どうやら大分有名な人物を、私は知らなかったみたいだ。
「琴美…。あの水瀬咲のこと知らないのか?」
「な、名前ぐらいなら聞いたことあるよ。でも、名前しか知らないかな。」
「それは知らないも同じだよ。何であの害悪を知らないんだよぉ。」
そんなに言われても、知らないモノは知らない。というか、いないからとはいえ、咲さんに凄い失礼なこと言っている気がする。
「あぁもう、どうなったら咲が生徒会長になるんだよ。他にも万能な奴いくらでもいるだろ。」
「いないから私がやっているんだろ。」
頭を抱えていた愛ちゃんだったが、突如聞こえてきた声に全ての動作が停止した。愛ちゃんの心配もあったが、私と舞ちゃんは声がした教室の扉の方向に顔を向けた。
教室の扉にもたれ掛かってた女の子は、黒髪ポニーテールの私と同じぐらいの身長で比較的標準型。切れ長の目が特徴で、柔らそうな肌に高い鼻、それに整った顔立ちと、どこぞのモデルのような印象を醸し出している。
「よ、よう咲。今日は早いな。」
遅れてゆっくりと顔の方向を変えた愛ちゃん。どうやら、これが愛ちゃんの言う噂の水瀬咲さんなのだろう。なるほど、これだけ美人さんだったら、有名になってもおかしくない。
「今日も、だろ。それに早いのは愛も同じ。むしろ、そこの三人が何故こんな時間に来ているのか知りたいんだが。」
愛ちゃんを見ていた咲さんの視線が私たちに向けられると、不審そうに眺めてくる。当然だ。何も部活に入っていない私たちが、こんなに朝早く登校するなど普通おかしい。何かあったと考えるのが妥当というもの。
「…ま、たまにはこういうこともあるだろうし、あんまり深追いはしないでおくよ。…それで、愛は二人に私の何を話してたんだ。怒ったりしないから、話してごらん。」
愛ちゃんを子供扱いする咲さんに、ふと誰かに似ていると感じた私。それが一体誰なのかは定かではないが、とにかくどこか懐かしく感じている。
「話したところで、だろ。咲が生徒会長になってっしまったって話だよ。これでいいだろ。」
「あぁ。愛が生徒会長様に楯突いたってことが充分分かった。一週間、食堂出禁だな。」
「…生徒会にそんな権限があれば、咲を私周辺から永久追放するのに。」
変な言い合いを始める二人。権力の無駄遣いとは正しくこれのことだが、私が言える立場ではない。中学生の頃はその謎の権力を使用して、普段なら入れないような場所で食事をしたことが少なからずあったわけで。今思えば、存分に謎の力を使ってたな私。
「…で、舞のことは分かるんだけど、そこに座っているのと寝ているのは誰なんだ。」
「たまに話すだろ。ほら、座っている方が柊琴美。で、寝ている方が多田鈴。」
咲さんは私の方へ歩み寄ってくると、顔を思いっきり近づけ珍しい生き物を見ているかのように観察してくる。ドンっと後ろから押されればキスしてしまいそうな距離だというのに、咲さんは顔色を変えることはなく、私一人が恥ずかしい思いをさせられている。いや、決してやましいことを考えているわけではなく、ただただこの距離感にドキドキしているわけで。
「…何しているの、琴美。」
自然に目を瞑ってしまった矢先、眠りから目覚めた鈴ちゃんが私と咲さんを睨みつけてくる。多分私たちの会話が鈴ちゃんを目覚めさした原因だろう。
「お、なんだ不良。もうお目覚めかい?」
「これは地毛っ。いいから、琴美から離れてっ。」
身体を起こした鈴ちゃんはかなり強引に咲さんを引き離すと、咲さんを敵視する。確かに咲さんが悪いのだが、私も同罪みたいなモノ。
「鈴ちゃん。いくらなんでも失礼だよ。ほら、ちゃんと謝って。」
「琴美は私のモノなのに、傷つけようとしたこの人が悪い。それに琴美も琴美だよ。琴美の顔を見て良いのは私だけなんだから。」
「私を美術品か何かに例えないで。」
起きたと思えばこれである。
「大変だな、保護者も。」
「保護者じゃないけど、まぁ似たようなものかな。」
鈴ちゃんにポケットから取り出したバタークッキーを渡し機嫌を取り戻させると、椅子から立ち上がりスカートを叩く咲さんの側に近寄る。
「さっきはその、鈴ちゃんが迷惑かけてゴメンね。愛ちゃんが紹介してくれたけど、柊琴美です。怪我とかしてない?」
「大丈夫。こちらこそ、何かごめん。知っているとは思うけど、水瀬咲だ。よろしく。」
自然と手を差し伸べれるのは、普段から心掛けているのだろう。「よろしく」と言って、私はその手をぎゅっと握った。見た目だけだと思っていたが、やはり肌が柔らかい。別に太っている訳ではなく、きっと肌のケアをしっかりしているからだろう。
「重ね重ねになるけど、本当ゴメンね。鈴ちゃん、私のことになるといつもあんな感じなの。」
「愛されているんだろ。いいことじゃん。」
「ならいいんだけど…。」
愛されているのは分かるが、過剰になるところは控えてほしい。私が迷惑というより、他人に迷惑がかかる。
握手を交わしているだけだというのに、鈴ちゃんはこちらをじろじろと見ている。最近私のことをよく見ていてくれるのは嬉しい限りだが、こうして握手をしただけでも怒ってしまうことがある。何か焦っているようにも見えるが、鈴ちゃんのことだ。単なる嫉妬だろう。
視線に気づいた咲さんは小声で「愛されているな」と囁くと、握っていた手を離した。一瞬バレたかと冷や冷やしたが、そういった素振りはなく一安心。ただ、彼女に知られるのは時間の問題である。そういう点では、愛ちゃん同様害悪かもしれない。
「さてと、私はそろそろお暇させてもらおうかな。ただし、そこの不良ちゃんはお持ち帰りさせて貰うよ。」
咲さんはそう口にすると、油断していた鈴ちゃんの腕をがっちり掴んだ。あの鈴ちゃんですら、「離して」と振りほどこうにも振り切れないのだ。さすがは運動部と言ったところ。
って関心している場合じゃない。
「咲さん。鈴ちゃんは髪の色はあれだけど、中身はそれなりにいいから決して、不良とかギャルとかじゃないんだよ。だから離してあげて。」
「それなりにって、言い切れないのかよ。」
言い切れないというわけではないが、言い切れるような根拠が見つからない。かといって、鈴ちゃんは見た目はあれだが根は良い子。それだけは胸を張って言える。
「と言ってもな、そういう理由で逃げられたことがあるって顧問から聞いているんだよなぁ。地毛なんかはこの位置からよく分かるし信じるよ。だからこそ、今後他の生徒会に捕まらないよう保険かけとくのは一つの手だと思うけど。」
私に提案を持ちかけてくる咲さん。確かに、鈴ちゃんの髪色問題については、わりと前から「不良」など「ギャル」などと言われ続けている。本人は誤解しても仕方ないと笑っているのだが、傷ついているぐらい見れば分かる。それを打破するためにも、生徒会に正式に認められれば、今後誤解されることは少ないだろう。
また今日から新入生がやってくる。悪い手本とならないためにも…。そうするなら、染めた方が早いのでは。いや、言ったしまえば染められる可能性が出てくしまう。そうすれば、今度こそ鈴ちゃんは鈴ちゃんでなくなってしまうだろう。
「あの、咲さん。髪染めるだけは止めてください。鈴ちゃんが鈴ちゃんでなくなるんで。」
鈴ちゃんがすぐそこにいるというのに、私は咲さんに耳打ちする。見なくとも、鈴ちゃんの視線が身体に突き刺さる。
「大丈夫だ。そこは私が何とかする。上手くやってみせるさ。」
踵を返した咲さんは、鈴ちゃんが言葉を発する前に連れて行ってしまう。廊下からは「裏切り者ぉ」と雄叫びに近い声が聞こえてきた。むしろ私、助けて上げた側だと思っている。
「…鈴拉致られたけど大丈夫か。無事で済む気がしないぞ。」
やっと終わったかと言わんばかりに、愛ちゃんは大きなあくびを一つ。それが連鎖を起こし、舞ちゃんも可愛いあくびをまた一つ。
「私も同意見。でも、何とかしてくれるって言ってくれたことだし、待つ以外の選択肢は私にはないよ。」
「ま、そうだけどよ。…にしてもこの学校、生徒会は厳しいんだよな。校則内でも人として、女の子として駄目だとか。保護者か。」
「愛ちゃんにはちょうど良いと思うけど。」
足を男の子のように開いていれば、誰だって注意したくなる。現に注意したいし。
「それにしても、ちらほらだけど登校してきたな。確か入学式も今日だったし、一年見られるって事だろ。」
と愛ちゃんは窓の方へ駆けていったが、正確には私たちの始業式が終わってから入学式のため、私たちが一年生を目にするのは基本的には明日。運が良ければ今日中にでも見られるかもだが、高望みはしないのが最適。一刻も早く、それを伝えなく…。
「お、そういえば、もう一つの話なんだけどさ。」
「え、き、急だね。」
「いや、普通だと思うけど。」
不思議そうに見つめてくる愛ちゃんには、これが普通らしい。
舞ちゃんの反対に耳を貸すことなく机に座った愛ちゃんは、先ほどよりも少し入念に辺りを見渡す。教室には私たち三人を含め計五人。つい一分前と人数自体は変わらないがため、その噂があまり他人には知られてはいけない内容であることが感じ取れた。
極めつけに、愛ちゃんは「おいで」と私と舞ちゃんに手で合図を送ってくる。私たちに関係ないと言ったばかりに、内容が不安である。
私と舞ちゃんはやられるがまま愛ちゃんの辺りに集まると、鈴ちゃんを寝かしつけていた際に座っていた椅子に腰をかけた。舞ちゃんはずっと座りっぱなしだったからと言い、椅子には座らなかった。
「さっきも話したけど、私たちには直接は関係しないことなんだ。けど条件として、関わらないこと。これさえ守っておけば、今後の生活に支障は…。」
「ちょ、ちょっと待って。そんなに危ない話なの?」
「そりゃ、あの特進に入る子だぞ。危なくないわけないだろ。」
一応説明はしておくが、私たちの学校は二年生から総合学科、進学科、特別進学科の三つに分かれることになる。総合学科は基本私立大や専門学校を目指すコースで、進学科は少し偏差値の高い私立大と国立大を目指すすコース、そして特別進学科は難関大を目指すコースとなっている。各学科の方針はこんな感じだが、特別進学科に籍を入れた生徒が専門学校を目指せないことはないし、その逆も認められている。
更に学科に分けた後、今度は系列を選択しないといけないが、三年になる前ならば途中で変更することも可能と比較的優しい。
ちなみに、私たちは進学科の文化系列を選択している。つまり、それこそ普通の位置にいるということだ。後日知ったが、あの咲さんは特別進学科の理数系列。イメージとはズレていたが、これはこれでありというか。
「それで、その編入生がどう危ないの。聞いた感じは、勉強の出来る子としか浮かばないんだけど。」
テスト等で良い成績保持者ですら入るのを拒む特別進学科、略して特進。これに入ったら最後、娯楽が全て勉強になると文化祭実行委員だった頃に先輩から聞いている。実際、その先輩のクラスメートは「勉強は私の彼氏だ」と真顔で言っているらしい。
とにかく、そんな組織みたいな場所に入るのは相当の覚悟とやり遂げる忍耐力が必要となる。つまり編入してくる彼女は、頭が良くそれなりの覚悟が出来ていて…。つまり変態。
「いやいや奥さん、見る目ないですね。彼女が危険なのは勉強もですが、他にもいくつかあるのですよ。」
近所にいそうなおばさま口調の愛ちゃんはへらへらと笑っていたが、正気に戻った途端、私と舞ちゃんにぐいっと近づいてきた。本日二度目となると、ある程度は耐性が付くもの。
「これも咲が生徒会長に決定した後に見たんだけどな。その編入生、見た目がいわゆる不良だよ。髪は金髪で服はボロボロ。なんだけど、これが凄い顔が良いんだよ。私が男で見た目さえ見なければ付き合うんだけどなぁ。」
危険な話かと思いきや、後半は少し路線を踏み外したようで、良いのか悪いのか理解できなかった。まぁ彼女の人柄が何となく分かったので及第点としておこう。本当、情報は少ないけれど。
「あ、あと唯ちゃんと仲良さ気だったから知り合いか何かだと思う。だから詳しいことは、唯ちゃんに聞いた方が早いかもな。」
唯ちゃんというのは、私たちが前の担任小坂由唯先生のこと。白衣の似合う若手の教師だが、担当科目はまさかの日本史で趣味はプロレスやホラー映画鑑賞と謎多き女性だ。あと最近、プロレス技を使用できることが判明した。…しかし、小坂先生と仲が良いとなると、やはり編入生は筋金入りの変人なのだろう。勉強が出来る不良…。もはやネタか何かである。
「ま、そういったところかな。…ってとこで、ちょっとお手洗いに行ってくる。」
そう言い捨て、愛ちゃんは颯爽と教室から出て行った。そこまで我慢していたのなら、途中で退室しても良かったのに。
教室に取り残された私と舞ちゃんは目を合わせると、二人同時にクスっと笑った。きっと、舞ちゃんも私と同じ事を考えているのだろう。
「琴美さん。お姉ちゃんが戻ってくるまで、お話しませんか。その、琴美さんがオススメしてくれた映画見ましたし、反省会という題目で。」
「反省してどうするの舞ちゃん。けど、舞ちゃんとも話したかったし、映画でもそれ以外のことでも話そうっ。」
その約五十分後。二年生の始まりを告げる始業式が行われた。その間、生徒会長の発表があり体育館内はどよめいていたが、内容を知っていた私たちは平然と始業式が終わるのを待っていた。
そして連れ去られた鈴ちゃんは、始業式が始まる二分前に私たちの元へと戻った来てくれた。ただすでにクタクタで、生徒会長発表最中に唯一ぐっすりと眠ったいた。その実力は勝にプロである。
そんな平和な二年の始まりだったが、翌日、私に不幸が襲いかかったきた。




