とある晴れたちょっとだけ平和ではない日
「「香ぁ奈っ。海に行こっ。」」
四日ぶりに顔を合わせた私の恋人のアリスは、インターフォン越しに馬鹿なことをほざいていた。昼間だというのに、アリスはまだ寝ぼけているらしい。
「アリス、寝言は寝てから言った方が良いよ。」
「「寝ぼけてないよぉ。昨日は仕事なかったからしっかり寝たし、今は最高に気分が良いよ。」」
いや、そこまで訊いてないし。それに昨日休みだったのなら、連絡の一つでもしてくれば良いのに。
「…で、それに至った経緯は?内容によっては行ってあげてもいいけど・・・。」
「「じゃ、話すから玄関開けてよ。こんなところで私を野放しにしていたら、香奈も迷惑だと思うよぉ。」」
悪戯そうにインターフォンのカメラを覗くアリス。彼女の言う通り、一度それでマンションの住民に多大な迷惑をかけている。もし同じ過ちを起こしてしまえば、私の住む場所がなくなる可能性がある。そのときは、アリスの家にでも同居という形で居候する予定だが、そうなる予定は一切ない。
「…分かった。すぐに出るから待ってて。絶対に騒ぎになること起こさないでよ。」
「「はいはぁい。分かってるって。」」
いえいっとピースサインを送るアリスに呆れて返す言葉が見つからず、私は何も話さずに玄関に向かう。つい除き穴から様子を覗ってしまうのは、念には念をがモットーの私の祖母の影響。まぁ今見えるのは、女優らしからぬ変顔で待っているアリスなので見なくてもいいが。むしろ見せないでほしい。
「あのね…。一女優として、その顔はどうかと思うんだけど。」
玄関の扉を開けながらアリスに軽く注意するが、「ゴメンゴメン」とアリスからは反省の色が見えない。相変わらず、お気楽なこと。
「でもでも、私の変顔見られるのは香奈ぐらいだよぉ。そう思うと良くない?」
「良くない。可愛い顔台無しになるから止めて。それに変顔よりも、もっとアリスの笑顔を見せてよ。その、久しぶりに会ったんだし。」
私はアリスから視線を逸らすと、右手で左腕をぎゅっと掴んだ。以前までは二週間近く会わなくても何とかなっていたが、ここ最近はそうもいかず、五日が限界になっている。何故かは分かっていないけど。
そんな見るからに寂しそうな様子の私言葉に、美白のアリスはポッと顔を赤色に灯し、「えへへ」と少し困ったように笑った。アリス曰く私の照れは毒らしいが、人の愛を毒扱いはどうかと思う。
このぐらい乙女な顔をしてれば、文句なしで可愛いんだけどな。
「それで、海に行きたい理由は?」
私がアリスに抱く気持ちを伝えても良かったが、これ以上言えばアリスが調子に乗ることを知っているわけで、本題に戻すのが最適。調子に乗った先も知っているが、経験した身としては今それを起こすのはかなり厄介になる。特に外はある意味戦場と化すだろう。
「そ、そうだったねぇ。特に理由はないけど、気分転換にどうかなって。香奈のことだから、花粉が何とか言って引き籠もってそうだしさ。」
気恥ずかしそうなアリスに痛いところを突かれ、胸がきゅっと締め付けられる。
「…ご名答。春休みになってからはほとんど外に出てないし、出ても近所のスーパーかコンビニ程度。もうほとんど引き籠もりみたいなものかな。」
「わりと重症だねぇ。」
「花粉症じゃないアリスには、私の気持ちなんて一生分からないよ。」
視線をアリスに向け少々怒り気味に話す私。それを可愛いモノを見ているかのように、うっとりと私に見とれるアリスは携帯を取り出そうと、私を見たままブラウンのショルダーバッグに手を突っ込んでいる。私の一瞬の隙を突いて写真に納める気だろう。そんなもの見せる気はないけれど。
「…でもまぁアリスからのお誘いだし、海行こうかな?だいぶ家に居るの飽きてきたし。」
「えっ、本当っ?」
ショルダーバッグから手を出したアリスは両手で私の手を握ると、ぐいっと顔を近づけ宝石のような目で私を見つめてきた。これで嘘だと言えば、ほぼ確実にアリスは落ち込むだろう。けれど、私はそこまで酷いことをしたことはないし、今後もないだろう。アリスは度々私を落ち込ませるけれど。
「本当本当。だから離れてくれると・・・。」
「ありがとぅっ。香奈大好きぃ!!」
「うわっ。きゅ、急に抱きつかないでよ。誰が見ているか分かんないんだから。」
嬉しそうに頬を擦りつけるアリスは主人に甘える子犬のように愛しく、私は一度周囲を確認してからアリスを抱き締めてやる。嬉しいのは私もだ。会えない日が続き、何をしようにもついアリスに会いたいと考えていた。アリスにこの事を伝えれば、アリスは嬉しさのあまり息が詰まりそのまま窒息してしまうだろう。まぁそれ以前に、私が生き恥を晒したくないので言わないけれど。
「…それじゃぁちょっと着替えてくるね。さすがに外で部屋着は嫌だし。」
と言ったものの、実際はアリスの横にいられるような格好になるため。ベージュの無地スカーチョに黒のカットソー。それにジーンズジャケットのアリスの横にいるのは、それなりの服装をしなければアリスの株を下げてしまうことになる。本人は気にはしないだろうが、私が気にして勝手にやっていることだ。もし何か言われたとしても、やらないわけにはいかない。
「おっけぇ。じゃ、私外で待っているから着替えておいで。」
親指をぐっと立てて見送ってくれるアリスに軽く手を振ると、私は自部屋に向かって行った。
「海だぁぁぁl!!」
アリスはジーンズのジャケットと白いスニーカーを脱ぎ捨てると、叫びながら海へと駆けていった。夏の定番である台詞を三月下旬に聞くとは、思ってもみなかった。いつもなら「叫ばない」と怒るところだが、三月ともなると海には人の姿が見当たらないため、今日は怒らないでおく。
ちなみに、服装は迷いに迷った結果、アリスの要望ということでいつもの制服ブレザーの下に無地のグレーのパーカーを着用している。私らしくない格好だが、有名女優の土下座を見てしまえば、断る方が逆に失礼というものだ。…アリスの願いとあらば、別に土下座しなくとも見せて上げたのに。
にしても、アリスはこの時季の水温知っているのかな。
海水温が一番低い時期は意外にも三月。卒業するから制服で海に入ってやれっと意気込んだ挙げ句、翌日風邪引くのは馬鹿がすること。実際中学の卒業式後、アリスと鈴は海に飛び込み風邪を引いている。馬鹿は風邪を引かないとかよく言われるが、アリスや鈴のように例外は存在する。
「ひゃぁ寒いっ。香奈もおいでおいで。」
スカーチョの裾が海水に当たらない浅瀬で、夕日をバックにこちらに大きく手を振ってくるアリス。前にアリスが主演していた映画で同じようなシーンを見たことがあるが、画面越しよりも生で見る方が圧倒的に可愛い。映画では夏だったためミニスカートの花柄ワンピースだったが、これはこれで有りだ。
「あんまり長い間浸からないでよ。風邪引いて仕事出来なくなったら、他の人に迷惑かかるんだから。」
「大丈夫っ。私こう見えて丈夫だから、風邪なんてコテンパンにしてやる。」
そう言い切り、私の方に向けてギリギリ当たらない程度に水をかけてくるアリス。数歩ほど下がった私はその場にある小石を拾うと、アリスの近くに投げてやった。今日は濡れる気でいると行きに言っていたので容赦しない。
想像よりも少しだけ重かった小石が水しぶきをあげ底に沈んでいく。そしてその水しぶきをかぶったアリスは「うひぁ!?」と飛び上がり、私の元へと戻ってきた。ちょっとやり過ぎただろうか。
「もぉ香奈ぁ、手加減してよねぇ。風邪引いたらどうするのよ。」
やり過ぎたとはいえ、つい数秒前に風邪をコテンパンにすると言ったのはアリスなんだけど・・・。
「ゴメン…。」
それでも私が謝ってしまうのはいつもの癖というか。
「まぁでも、濡れたい気分だったし好都合なんだけどね。ありがと。」
そのアリスの反応に、私は眉をひそめ芝居かかったような笑顔のアリスをじっと見つめた。普段のアリスなら「可愛いから許す」とか「香奈だから気にしてないよ」と私をからかうような一言を付け加えるのだが、今日はそれがなくどこか異様に大人しい。良いことに違いはないのだけれど、私にとってそれは違和感としか言い表せなかった。
「よっしゃぁ。飛び込むぞぉ!!」
私の視界から顔を消したアリスは意気込み、海に勢いよくダイブする。ただ、どうも私には無理をしているように見えてしまう。ずぶ濡れで海の中から顔を出すアリスは気持ちよさそうだが、私は気持ちよくもないしむしろモヤモヤする。
「ほらほら、香奈も一緒に入ろっ。冷たいけどさ、思っている以上に気持ちいいよ。」
身震いをしているアリスの説明など皆無に近く、それよりも私は、アリスにいつもの数倍増した鋭い視線をぶつけた。
しばらくはアリスも白い歯を見せていたのだが、ふっと息をつくと苦笑を浮かべ、両手を軽く上に上げ降参のポーズを取った。やはり、私に何かしら隠し事をしていたらしい。
「やっぱり、長年の付き合いになると嫌でも気づいちゃうよね。」
「本っ当、嫌なほどね。で、どうしたの。」
アリスは海に足を付けたままくるりと身体を夕日に向け、大きく息を吸い込んだ。途端、私の脳内に危険信号が点滅した。止めようとアリスに近づこうとしたが時すでに遅し。
「…私星城院アリスはぁ、来年冬公開される映画の主演に決まりましたぁ!!そしてぇ、その収録が終わり次第、私はぁ…ぁあ!?」
と最後の最後に、アリスの声を打ち消すほどの急な強風が私たちを襲った。外れそうになった眼鏡を両手でぎゅっと固定していると、風でバランスを崩したアリスがぺたりとその場で尻餅をついた。「あぁ、下着がぁ!?」と叫んでいるが、それ以前にもう下着は濡れているだろうし今更である。
「濡れたい気分だなんて言ったのはアリスよ。まぁこうなることは予想済みだし、どうせ替えの下着も持ってきて無いんでしょ?」
海に足を入れた私に向け期待の眼差しで首を縦に振るアリス。その反応も予想の範囲以内だ。
「…全く。アリスは私がいなかったら、絶対にまともに生きてこられて無いんだから。」
「香奈が私のそばに居るって分かってるから、香奈に甘えたくなるんだよ。」
独り言のつもりで呟いていた言葉を、アリスは聞き逃していなかったらしい。えへっと舌を出したアリスに今度こそ聞こえないボリュームで「ばかっ」と口にすると、私の家に置いてあったアリスのレース柄の白の下着一式をいつも登校時に使用するリュックから取り出した。私たちの中ではよくある話なのだが、主直なところ下着を置いて帰るのは止めてもらいたい。
「あ、やっぱりその種類のやつ香奈の家にあったんだ。いやぁ、どこにいったか分からなくて探してたんだよね。」
「探してたんだよねじゃないわよ。私だからある程度許しているけど、他の子の家とかではやらないでよね。」
「心配しなくとも、香奈以外の人にはやらないよ。あと、ありがとね。」
受け取ったアリスは立ち上がり辺りを一度見渡すと、「よしっ」と呟いてからカットソーを脱ぎ始めた。
「ばっ、ばかっ。何でこんなとこで脱いだりするの。更衣室があるんだからそっちで着替えてっ。」
リュックを浜辺に捨て当然のごとく止めに入った私は、アリスが握るカットソーの袖を握りしめた。周りを確認したのはこのためか。
「っていうか、さっきからアリス変だよ。あんまり私のことからかわないし、何か無理してそうだし。そんなアリス、私見ていたくないからちゃんと話して…ってきゃ!?」
私がまだ話しているというのに、アリスは何故か私を抱き締めてきた。抱き締められるのは嬉しいものの、全身びしょ濡れでほぼ半裸状態ではしてほしくなかった。というか、何故こんなタイミングで抱き締めてきたのか、私は半裸状態のアリスよりもそちらに興味があった。
「だから、急に抱きつくのは本っ当止めてっ。心臓に悪…。」
「ゴメンね、香奈。香奈にはいつも迷惑かけてさ。」
耳元から聞こえたアリスの声は弱々しく、今にも消えてしまいそうなボリュームだった。わずかにだが、私を抱き締める手が震えているのが背中から感じ取れる。
それが一体何を意味するかは私には分からないが、私がやれることはただ一つ。黙って抱き締め返すことだ。
「…昔からずっと悩んでいたんだけどね、一昨日の仕事でやっとその答えが出たの。私が今有名だとしても、いつかは廃れて消えていく。そうならないためにも、私は様々なモノを形にして残していきたいの。」
「…うん。」
アリスのその言葉に、私はアリスが伝えようとする内容を伝えられるよりも先に悟ってしまった。前々から、この件についてはアリスから何度も何度も相談されていた。いつかアリス自身が決意する日がやってくるとは思っていたが、それが今だとは思いもしなかった。
予想よりも早かったものの、決まったことは喜ばしいこと。ただ本音を言えば、それはある意味カウントダウンの始まりの合図でもあり、心の底から喜ぶことは出来なかった。
「…だからね、香奈。本当・・・ごめんなさい。」
「泣かないでよ。まだ時間はいっぱいあるんだから、それまでに沢山思い出作れば良いでしょ。それで再会したとき、こんなことあったねって笑お。」
アリスは泣きながら「ゴメンね」と何度も口にしては、私を締め付ける腕を更に私の身体に巻き付ける。これ以上締め付けられれば骨が折れてしまうが、私の前でしか本気で泣くことが出来ないアリスを放って置くわけにはいかなくて。
アリスは最初気分転換にどうと誘ってきたが、どうやら私に決意表明をするため、わざわざ人がいない海を選んだのだろう。確か鈴のときも、よく分からぬ理由を付け人目のつかない場所で泣いてたっけ。あのときは急なことで私も泣かずにいられなかったが、今回は色々知っていたため覚悟は出来ていた。だからこそ、今アリスを宥めることが出来るのだろう。
「…鈴には話したの?最悪、出会えないかもしれないんだし、ちゃんと話すべきだよ。あぁ見えて、アリスこと心配していたようだし。」
アリスには鈴には話さぬよう口止めされていたが、これでも小学生の頃からの縁だ、話さないわけにはいかないと思い、およそ一年前、私は鈴にアリスの心境について語った。
アリスと同じでよく笑う鈴だったが、アリスや私のことになるといつも真剣に話を聞いてくれた。他人を構っている時間など無いというのに、嫌なところはやはり、鈴の両親の影響なのだろう。
「…やっぱり話したんだ。」
「ゴメン・・・。」
「別に怒ってなんかいないよ。鈴は私のことより、自分のことを大切にしろって言っているのだけど、両親に似ているのかな。」
落ち着きを取り戻したアリスは私と同じ考えを口にすると、腕を解き、両手を私の肩に優しく置いた。その肩からは、アリスの手が小刻みに揺れているのが感じ取れる。
「香奈…。わがままでごめんなさい。でも私、ちゃんと見つけたの。本当にしたいことを。」
「うん。」
「だから、これからも色々迷惑かけるしもしかしたら悲しませちゃうかもだけど、それでも・・・。私と一緒にいてくれる?」
頬から流れる涙を気にすることなく、アリスは精一杯の笑顔を見せてきた。それでも手の震えは止まることを知らず、私はアリスの手を上から覆うように握ると、その手をアリスの胸の辺りにまで持っていった。
「そんなこと言わなくても、私はアリスのそばにいる。言ったじゃん。アリスがいないと私、生きてられない…ってちょっとアリ…きゃ!?」
アリスは私の手を振りほどくと再び私を抱き締め、そのまま後ろに体重をかけ、私ごと海へと身を投げ出した。瞬間身体の体温は一気に奪われ、春とは思えない寒さが骨の芯まで染み渡ってきた。
「っはぁ。アリスっ、私が制服だって分かってやったの?今からクリーニング出しても、明後日の始業式には間に合わない…。」
「ありがとね、香奈。こんな私を好きでいてくれて。」
海に入った際に腕が解け、私はアリスに馬乗りし軽く平手打ちをお見舞いしてやろうかと構えたが、切なそうな笑みのアリスにその気など失せさせられる。
「…当たり前じゃん。アリスが私のことを愛してくれるから、それと同等なぐらい愛さなくちゃ失礼ってもんでしょ。」
確かにと涙と海水でぐちゃぐちゃになったアリスはクスクスと笑う。制服は濡れに濡れ髪も乱れきっているが、今はそれよりも、アリスが元気を取り戻してくれたことにただただ安心していた。
ー本当良かった。アリスも、ちゃんと自らの道が決まって。でもやっぱり、少しの間は離れることになるんだよね。ー
自らが決めた道を進むには、何かを犠牲にしなくては前進できない。それは私にとってもアリスにとっても辛いことで、出来ることなら同じ道を歩んでいきたい。
けれど…。
「お互いのためにもこれから色々頑張って、また会ったときに胸張っていかないとね。」
どれだけ辛くともその後のことを考えれば、まだ耐えきれる。二人で幸せになるためにも、これは一つの難関ポイントで、越えなくてはならない壁。
だからこそ、私たちは大学は違うところに通うと決め、アリスは今何を目指すかを決めてくれた。
「さてと、じゃ帰りますか。こんな格好で電車に乗ったら、他の人たちは驚くだろうけどね。」
「だね。…アリスが嫌だって言うんだったら、今日はどっか泊まって帰ってもいいよ。それなりに、その気ではいたわけだし・・・。」
もしがアリスが大丈夫と言っても、私が嫌なので泊まるけど。…そもそも、全身ずぶ濡れの私たちを駅員は乗車させてくれないだろう。された方が逆に困るし。
「香奈ってさ、たまぁに私よりも肉食になることあるよね。」
「な・・・。そ、そういうことじゃないし。でそれで、泊まるの泊まらないのどっt…。」
「勿っ論泊まりまぁす。」
立ち上がった私の両足に抱きつくアリスは嬉しそうに私の足に頬を擦り付ける。一歩間違えれば犯罪モノだが、相手が常習犯のアリスになると呆れて通報する気にもなれない。アリスが男でなくて本当良かったと、スキンシップされる度に思う。
「なら帰る準備するよ。後ろ向いとくから、下着着替えてよ。アリスは胸あるんだから、ノーブラなんてしてたら垂れるんだから。」
「ノーブラはさすがにだけど、着替えは別に見られて大丈夫なんだけど。」
「そういう問題じゃないから。」
後ろを向いた私はアリスの着替えが見られぬよう辺りをかなり厳重に見渡している間に、ぱぱっと下着を着替え終えたアリスは大きくのびをし「おっけぃだよ」と声をかけてくれた。一応振り返って確認するのは、ちゃんと着替えているかどうか。うん、ちゃんと着ているようだ。脱いだ下着を手にしていることだし。
「それじゃ、この辺りで泊まれそうなところ見つけよっか。」
「ふふっ、香奈。今夜は寝かせ・・・。」
「あぁ私疲れたから、シャワー浴びたら寝ちゃお。」
「酷っ。」
だから、私は泊まる気があるだけでイチャイチャする気は無いんです。ほんとはちょっぴりあるのだけど。
それでも艶のある声で誘うアリスを無視し、浜辺に投げ捨てていたリュックを背負うと、少々不満そうな表情を見せるアリスがしょぼしょぼと私の元へやってきた。そこまで期待していたのか。
今日はきっとアリスの期待には応えられないだろうが、出来る範囲で応えようとアリスの手を握りしめ、「行くよ」とアリスを引っ張った。見なくとも視線で感じる、アリスの嬉しそうな瞳を放っておいて。
後にこれが原因でアリスは前代未聞の行動を取ることとなるが、今はそんな考えなどアリスにはなく、握る私の手の温かさを感じながら小さく「ありがと」と私に伝えた。




