貴女と私の過去とこれから。Ⅲ
徹君と別れた後、近くのスーパーで晩ご飯の材料を購入し、私は家に帰ってきた。「ただいま」と声をかけても、私の声が反響するだけ。鈴ちゃんはともかく、妹の琴葉の反応がないのは珍しい。まだ帰宅してないのだろうか。
と思ったのもつかの間、食材の入ったスーパーの袋を下ろす際に、私の視界に琴葉の学校靴が入ってくる。家に帰っていて反応がないとすると、琴葉はシャワーを浴びているか自部屋かリビングで寝ているかだろう。県総体を控えており、近頃部下値で忙しいらしい。頑張るのは良いがほどほどに・・・などと私が言っても、説得力は皆無なのだが。
リビングに入ると、ソファーには琴葉が猫のように丸まって眠っていた。どうやらシャワーも浴びていたらしく、邪魔だと言って切ったショートの髪の毛がまだ少しだけ濡れている。拭き取ってやりたいが、気持ちよさそうに眠る妹を、姉である私は起こすことが出来なかった。
とりあえず癒やしを得るため、シャッター音が鳴らないアプリで琴葉の寝顔を一枚だけ撮っておく。アリスちゃんに勧められ入れたアプリなのだが、当初私はこのアプリを使うことを拒否していた。盗撮をしているようで、あまり気分が良くなかったからだ。
なら何故使っているのか。早い話、私もアリスちゃんのように目覚めてしまったからだ。現在、私がこのアプリで撮った枚数は百枚弱で、盗撮と言える写真は七割ほどとかなり重症化してしまった。
ーアリスちゃんの気持ちが分かったけど、いい加減やめないと、そのうち誰かにばれちゃうよね。ー
携帯をポケットにしまい、琴葉のもちもちしたほっぺたを指先で突いてやる。マシュマロみたいな琴葉のほっぺたは、鈴ちゃんと再開する以前から私の癒やし道具だ。
ほのかに香る琴葉のシャンプーが私の鼻孔くすぐると、私までもなんだか眠くなってくる。だめだだめだと自身に言い聞かせ、頬をパチンと叩く。目が覚めたのは良かったが、少々強すぎたらしく、痛みがじわじわと強くなるのが感じられる。うぅ、痛い・・・。
時刻は七時過ぎ。外はもう真っ暗で、一人で外出するにはちょっと危険。お腹も空いてきた頃となり、私はソファーから離れ、夕食の準備に取りかかった。今日の晩は焼き鯖にほうれん草のおひたし、それに昨晩作り置きにしていたきんぴらと朝ご飯に近い献立にする予定。お弁当にも入れており連続となってしまったが、別に私は気にもしない。
ちなみに、魚を焼く前にグリルを温め、鋼の部分に少量油を塗っておいた方が、皮がひっつくことなく焼けるのでお試しを。
「ただいまぁ。」
午後十時をまわった頃、玄関からお疲れ(だと思われる)鈴ちゃんの声が聞こえてくる。リビングのテレビ前のテーブルで宿題を終わらせていた私は一度切り上げ、玄関へと通じる扉を開けた。
「おかえり鈴ちゃん。ご飯温めたらすぐだけど、先にお風呂入る?」
鈴ちゃんの元へ駆け寄った私は、鈴ちゃんの持つ指定鞄を持ってあげる。うん、なんか妻っぽい。
「お風呂もいいんだけど、先にご飯かな。お腹空いて死にそうだし。」
「一食ぐらい抜いても、そう簡単に死なないよ。一週間ぐらいなら保つんじゃない?」
「そんなに待ったら、精神的に苦痛ぅ。」
両手をお腹にあてる鈴ちゃんについ口元がほころぶ私。後で調べてみたが、人類は理論上、水分さえあれば絶食しても二ヶ月から三ヶ月ぐらい生きることが出来るらしい。人類の生命力は計り知れないが、試そうとは思えない。
鈴ちゃんが私の前を通ると、甘い香りが鼻を突く。とあるスイーツ店で働いているらしいが、それがどこにあるかは分からない。何度も本人に訊いたのだが、その度にいろんな手で誤魔化している。一体、何を隠しているのか見当も付かない。もしいかがわしい店なら、鈴ちゃんをとっ捕まえて店を燃やす予定だ。
が、香奈ちゃんも同じところでバイトしていると聞き、その心配はなくなったものの、やはり気になって仕方がない。もしかすると、徹君が見た何かが起こりうるかもしれない。
ー私だって、鈴ちゃんに話してないことあるけど、やっぱり、隠し事されるのは嫌だな。ー
私の不安など知らない鈴ちゃんは先にリビングに入ると、ラップをかけておいた皿に気づいたらしく、リビングからはレンジを使っている音楽が流れ始めた。
「琴美ぃ。冷蔵庫に入ってるプリン、食後に食べてもいいよね。」
元気な鈴ちゃんの声が玄関まで響いてきた。お疲れだとはいえ、鈴ちゃんのパワーは限界という言葉を知らない。もし私が「今からコンビニでお菓子買って来て」とお願いすれば、多分鈴ちゃんは財布を握りしめ十分あたりで帰ってくるはずだ。・・・本音を言えば、買ってきてもらいたい。
「いいけど、食べ過ぎて眠くならないでよ。また宿題忘れたら、放課後居残りなんだよ。」
リビングに戻った私は鈴ちゃんに警告し鈴ちゃんの鞄をソファーに置き、宿題をいったん片付ける。まだ少し残っているが、入浴後にちゃちゃっと終わらせれる程度なので、急いでやる必要性はない。それよりも、鈴ちゃんの顔を見ていたい。変態がましい言い方だけど。
「ちょいちょい琴美。」
宿題を片付けている最中、鈴ちゃんを呼ぶ声が私の耳に入ってくる。完全には片付け切れてないが、鈴ちゃんを無視するわけにはいかず、私は声がする方向に顔を向ける。
「どうしたの鈴ちゃん。何か用?」
私の視線の先にいた鈴ちゃんは私に近づくなりソファーに座ると、鞄からクッキーの入った袋を取り出した。焦げている箇所がいくつもあるが、バレンタインに貰ったチョコに比べればかなりの出来だ。鈴ちゃんから貰ったチョコに、決して難癖つけるわけではないけれど。
「昨日バイト先で作ったんだけど失敗してね、売り物にならなくなっちゃったの。で、店長に特訓してこいって言われて持って帰ってきたわけ。味見したんだけどよく分かんなかったから、料理上手の琴美ならと思って。駄目なところがあったらバンバン言って。」
そう言われ鈴ちゃんに袋を手渡され、丁寧にラッピングされたリボンを解く。焦げていることを除けば、至って外見は普通。においを嗅ぐも、危なそうな香りは一切しない。むしろほんのり香るバターが、私の食欲をそそる。
適当に一つ指で摘まみ、口の中にぽこんと放り込んだ。私が作る物よりも堅い気がするものの、気にならない程度。味も悪くなく、焦げたところさえなければきっと、店長さんも大目に見てくれたはずだ。ただ・・・。
鈴ちゃんは期待の眼差しでこちらをじっと見つめている。鈴ちゃんにしては上出来で、それは本人も思っているだろう。あまり私がどうこう言いたくはないが、アドバイスを求めている以上仕方がない。
「焦げたところを除けば、かなり上出来。店に売られてもおかしくはないよ。何だけど・・・。」
私の言葉に嬉しさを隠すことなく鈴ちゃんの表情は明るくなるが、「だけど?」と復唱し心細そうな目で訴えかけてくる。鈴ちゃんに申し訳ない気持ちになるが黙っていても仕方ないので、私は重い口を開けることにした。
「その、シンプルすぎないかな。鈴ちゃんのバイト先がどういった感じのお店か知らないけど、カフェだし学生とか女性だと思うんだ。だったらもう少し、花を添えてみてもいいかな?アイシングとかチョコペンとかでさ。」
私のアドバイスに「デコるねぇ」と、鈴ちゃんは人差し指を頬にあて何やら考え始めた。鈴ちゃんのクッキーが却下された理由。それは味でも形でもなく、見た目である。
確かに、シンプルなデザインの方が好みの人も少なからずいる。しかしカフェで売られるとなると、お客は一般的に女性が多い。となると、可愛らしいデザインの方が確実に売れるだろう。
また物によれば何かしらの味がついているものもあり、シンプルなものよりも形味のバラエティが豊富になる。そう考えると、デコレーションはやはり大切な行程なのだろう。
「そんな難しく考えなくても、それこそシンプルにバーンと出してみたら?駄目な物は駄目だって言ってあげるから。」
私の提案に頭を悩ます鈴ちゃん。そこまで難しいことではない気がするが。
「あ、ならカラフルなチョコを上に置いたら、見栄えも・・・。」
「入れるのはいいけど置くのはちょっと、ね。」
多分鈴ちゃんの言うカラフルなチョコは、某チョコ菓子のことだろう。入れるのは?と言ってしまったが、今思えばアレだとサイズが大き過ぎてクッキーに適さないだろう。ごめんね、鈴ちゃん。
「まぁ考えるのは食べながらでも出来るし、ぱぱっと晩ご飯食べちゃったら?夜遅い時間の食事は健康に悪いよ。」
了解でありますっ!と鈴ちゃんは私に敬礼すると、私も返してあげる。また何かの影響だろう。
当初、漫画雑誌をパラ見するだけだった鈴ちゃんは、今では色んな漫画を読んでいる。その影響で、漫画で出てきた台詞を日常会話で使うことが増え、語彙力も達者になっている。恋愛モノも読んでいるらしいが、他のモノに比べると日常での使用は少ない。いや、別に期待とかしている訳では・・・ないこともない。
キッチンへと向かって行く鈴ちゃんを見送り、私もダイニングテーブルへと足を動かす。椅子に腰掛け鈴ちゃんを待つこと十秒、鈴ちゃんは晩ご飯をトレイにのせトコトコと戻ってきた。「魚じゃん」とか「またきんぴら」と愚痴でもこぼすかと想像していたが、特に愚痴ろうとする様子は感じられない。嬉しい限りだ。
「そういえばさ琴美。私たち、出会ってあと一ヶ月足らずで一年になるね。」
座り際に鈴ちゃんは私に話しかけると、いただきますと言って焼き鯖の骨を箸で丁寧に取り除き始めた。この過程が嫌いなだけで、鈴ちゃんは焼き魚を食べるのを拒む。めんどくさいのは知っているが、それを除けばおいしいだけが取り柄になるのに。
「そうだね。一年って長く聞こえるけど、案外短いんだよね。・・・年取ったんだな、私。」
「琴美はまだまだ現役の女子高生だよ。三十歳手前の人みたいなこと言わないでよね。」
何故そこで怒るのだと口にしたかったが、絶賛鯖解体中の鈴ちゃん。怒る気持ちが分からなくもない。
バレンタインの頃から考えていたことだが、私と鈴ちゃんが出会ってもうじき一年になろうとしている。いきなり鈴ちゃんが現れ今日からお世話になるなんて言われ、最初はどうなるか心配しかなかった。
ほぼ毎日ハプニングに襲われたりして不安な日々の連続だったが、日に日にそれは緩和されていき、頼りなかった鈴ちゃんも鈴ちゃんなりに私の支えになってくれた。
そんな鈴ちゃんに心を惹かれ、九月に告白。晴れて私たちは恋人となった。一緒にいることぐらいしか恋人っぽい行いは出来なかったけど、あんなことを起こした私にとっては、それで十分幸せだった。
「鈴ちゃんはさ、この一年はどんな一年だった?」
「そんなの、琴美中心の一年だったよ。」
鯖の骨抜き作業を終えた鈴ちゃんに尋ねると、即答で返してきてくれた。私が何を言うか知ってただろ。
「それは嬉しいけど、具体的にはどうだったの?初めて経験したこととか。」
「うーん・・・。琴美と再会出来たことでしょ。琴美と昔みたいに遊べたことでしょ。あ、琴美と恋人になれたこともっ!」
・・・何か違う気がするが、嬉しいからよしとしよう。
一つ私との思い出を話す度、指折り数える鈴ちゃんは決して自身のことではないのに、いつもみたく笑顔を私に振りまいている。その表情を見ていれば、早くご飯食べてとは言いにくい。冷めると美味しくないのだけど、仕方ないか。
「あとはあとはぁ・・・。言い切れないから、何か紙に書いてもいい?」
「いえ、気持ちだけで結構です。」
さすがに止めに入った。
ちぇっと鈴ちゃんは拗ねたような顔になるが、きんぴらを口に入れるなり、再び笑顔に戻った。声には出来ないが、鈴ちゃんはチョロい。
こうしたことを知れたのもこの約一年、鈴ちゃんと共に過ごしてきたからだろう。幼なじみから同居人、そして恋人へとランクアップした私たち。少女漫画の十八番のパターンにただ隣にいたい。恋人になるには充分すぎる動機で私たちは構成されている。
けれど、私たちは互いに隠し事をしている。それは私たちの関係を築く上で必要な要素でもあり、互いが互いのことを心配して不安になる要素でもある。
ただそれがあってこそ、私は鈴ちゃんを、鈴ちゃんは私を大切にすることが出来た。互いの領域には不必要に入らず干渉しない。もやもやすることはあるけれど、きっとどちらかが変に入り込んでいたら、私たちはとっくに別れているはずだ。
・・・それも、もう少しで話すことになるはずだけど。
黙々と鯖の身を食す鈴ちゃんは私が視界に入ったのか、ん?とこちらに顔を向ける。どんな食べ方をすれば、ほっぺに鯖の身を付けれるのやら。
「どうしたの琴美。私の顔に何か付いてる?」
「あぁうん。しっかりと付いてるよ。」
私はほっぺに付いてある鯖の身を指でさすと、それを頼りに鈴ちゃんは鯖の身の散策を始めた。見つけるまでの時間、およそ五秒。
「ってゆうか、琴美が取ってくれたら良かったじゃん。ほら付いてるぞ、みたいな台詞付きでさ。」
「私は学園モノのイケメン彼氏キャラじゃないから、そういう役割は任せるよ。」
と断りつつも、やってみたいと本心は叫んでいる。しばらく黙って貰いたい。
鈴ちゃんの食事している姿を見ている内に、小腹が空いてきた私はいつの間にかポケットに入れていた鈴ちゃんが作ったクッキーの袋を取り出すと、中から適当に二枚ほど取りだした。健康のために悪いので食べたくはないが、本能が私の意志よりも強く、そのまま口に入れ噛みしめてしまう。明日の長距離走、全力だろうなぁ。
「ねぇ琴美。さっき琴美が私に質問したものとは違うけどさ、琴美はさ、二年生になったら何かしたいこととかある?」
鈴ちゃんに質問され、不意に思いついてしまった返答に、思わずクッキーを飲み込んでしまう。胸をどんどんと叩く私は鈴ちゃんから飲みかけのコップを受け取ると、心の中で謝罪しつつ、お茶を一気に飲み干した。
「琴美大丈夫?息してる?あれだったら背中叩こうか?」
「ごほごほ・・・。加減してくれるなら。」
鈴ちゃんの力の強さを具体的に言い表すことは出来ないが、とにかく、鈴ちゃんの力は強い。しかも、出会った頃に以上に。鈴ちゃん曰く、「バイトが原因でしょ」らしいが、一体カフェで力仕事などあるのだろうか。
鈴ちゃんのおけげで落ち着きを取り戻した私は、一言お礼し飲みきってしまったコップにお茶を注ぐ。
「で、えーと、二年生になってからの抱負でもいい?」
私の言葉に頭を傾けた鈴ちゃんは、抱負という言葉に疑問を抱いてるのだろう。つい二ヶ月前にも同じことで悩んでいたような・・・。
お茶を注ぎ終えたと同時に、鈴ちゃんは曖昧に頷いてくれる。そんな鈴ちゃんに前のめりでコップを手渡すと、席に座ってから口を開いた。
「まずは将来何したいか決めることかな。候補は決めているから、その辺かなって考えてるんだとね。」
「琴美頭いいんだし、何にでもなれるよ。」
「そこが問題っていえば、全国の学生に申し訳ないんだけど。」
鈴ちゃんの台詞に、私は苦笑いすることしか出来なかった。
あまり言いたくはないが、私自身、自分が頭の良い方だとは自覚している。だからこそ、選択肢が多いとか他人からの期待等、生きていく上で重荷になってしまう。「自慢かよ」と言われても仕方がないが、頭が良い人はそれなりに、頭が良いことを恨んでいるはずだ。私のように。
「まぁ今は良いよ。今年中に決めるって決意してるし。それにもう一つの方が大切だし。」
もう一つ?と首を傾げる鈴ちゃんにニコッと笑みを向けた。理解してなさそうな表情の鈴ちゃんだが、食欲に負けたらしく、再び食べ始めた。私の話よりも食を優先するか、私の恋人は。今話せるような勇気はないけれど。
もちろん今年のもう一つの抱負は、鈴ちゃんに過去の話をすること。もうかなり前から話そう話そうと思っていたくせに、結局何かと自分で理由を付け停滞状態を保ったまま、今日まで過ごしてきた。いい加減こうでもしなければ、永遠に話せないまま壁の前で人生を終わらせてしまう。後悔したくないためにも私が心を開くためにも、これは私に課せられた試練とでも言おう。
「鈴ちゃん、今度はご飯が付いてるよ。」
でももし話して、鈴ちゃんに嫌われてしまったらそれはそれで後悔する。けど今は、まだ私のことを好きでいる鈴ちゃんとの時間を大切にしたい。
二年生へと進級する不安と抱負に対する心構えを抱きながら、ほっぺに付いた米粒を探す鈴ちゃんの様子を見て思わず笑ってしまった。
******
雨が降る夜空を見ると、逃げ出してきたあの日のことを思い出す。全身ビショビショボロボロな状態で野垂れ死にそうだったあの頃の私は、誰かに頼るぐらいなら死んでやるとまで考えていた。毎日書いている日記アプリにも、私らしくないネガティブ発言のオンパレードだった。世に言う黒歴史みたいなモノで、紙に書いていたら破り捨ててやろうと思ったほど。
「今考えれば、馬鹿な話だよな。」
服装や髪型に似合わない声で呟いた私はベランダに通じる窓を開け外に出る。一瞬で全身ずぶ濡れになってしまったが、後でシャワーを浴びれば問題はない。
ベランダ際にもたれかかると、んっと大きな伸びを一つする。マンションの七階飛び降りれば死ねると前までは考えていたが、今は私の喫煙所となっている。今日みたいな雨の日は我慢することになってしまうが、一日吸わないことはよくある話。
なのにタバコを取り出そうとジャージを探るのは、ベランダでいつも吸っているから。成績優秀で運動も抜群な優等生が、現在はこんなクズ野郎なわけで、何してんだろと常々思う。
「ったく、ただの落ちこぼれって言うか何と言うか・・・。こんな姿見せたら、さすがのあの子も引くだろうな。」
独り言を呟きながら一人で笑っている内に、玄関の方から鍵の開く音がした。どうやら、彼女もご帰宅なのだろう。きっと「またベランダ出て」と怒りながらも、バスタオルを持ってきてくれるに違いない。外ではちょっと厳しい性格に変えていると耳にしているが、そんな彼女の本当の彼女を知っているのは、この先も私ぐらい。
そして彼女のおかげで、私がずっと避け続けたアレの解決の機会を与えてくれた恩人でもある。お節介焼きの良い子ちゃんな彼女を出会った当初はウザいとばかり感じていたが、今となっては感謝しかない。
「あ、またベランダに出て。風邪引くからやめてって言ったでしょ。」
リビングから聞こえる声はやはり彼女だ。相変わらず、白衣がお似合いなこと。で、やはりタオルを抱えているか。
「はいはい唯ちゃん、出ますよぉ。」
犬のように頭を振り髪からある程度の水を飛ばした私は、怒りながらも微妙に笑っている彼女に飛びついてやった。
その後のお説教は予想済みだったので耳には入ってこず、彼女の顔を二十分ほど延々と眺めていた。




