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貴女の存在がかわいくて、私はただただ見とれてます。  作者: あんもち
必然デスティーノ
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貴女と私の過去とこれから。Ⅰ

  三月に入れば、春は目前。花はつぼみを開き、生き物は眠りから目覚め、新たな生活の始まりを知らせる時期。春は暖かくて好きという人は多いが、花粉症を持つ私のような人間にとっては厳しい季節だ。

 ただぞれと同時に、春は別れの季節。先日までいた三年生の先輩方の姿はどこにもなく、校舎はどこか、寂しげな空気に包まれている。放課後なら尚更だ。あまり先輩方と関わりがなかった私だが、そんな私も、心にぽっかり穴が開いたような、そんな感覚を目の当たりにしていた。

 しかし、あと一ヶ月足らずで進級する私たちに寂しさに浸る時間はほとんどなく、卒業式の三日後には新クラスの発表が行われた。

 私たちの通う学校は、二年になる際のみクラス替えが行われる。とはいえ、各々が自身の今後を考え文理選択するため、小学や中学のような教師が勝手にクラス替えをする、というわけではない。 

 結局、最後の最後まで考えた私は悩んだ末文系クラスに入ることにしたが、その選択が本当に良かったのか、私は三日前まで考えていた。

 というのも、アリスちゃんに香奈ちゃんに二葉姉妹、それに鈴ちゃん。私を含む全員が、同じ文系クラスに進むことになったからだ。香奈ちゃんは進学クラス、愛ちゃんは体育系列へと進むと思っていたので、バラバラになるとばかり考えていた。顔には出さなかったがそのことを耳にした私は、心底安心してしまった。

 しまったと考えるのは、今まであれば考えもしないから。それこれも、もうじき出会って一年が経つ鈴ちゃんのおかげ。きっと鈴ちゃんに出会わなければ、あの時の責任に押し潰され腐り切っていたかもしれない。

 出会った頃は、幼さが残る雰囲気だったが、今は頼りにしていることが多くなり、私の心の支えになっている。まだまだ私無しではだめなところもあるが、そこら辺を含め、鈴ちゃんのことを愛しく思っている。

 職員室前に設置してある提出箱にクラスの科学基礎のワークを置き、私は職員室を後にする。科学基礎の担当は二三年生の進学クラスのある第一校舎の三階。私たちの教室がある第三校舎と繋がっているとは言え、間に第二校舎があるため結構距離がある。おまけに三階の渡り廊下は現在補強作業中で通り抜け禁止となっている。体力がついてとはいえ、普通に辛い距離だ。


「…っしゅっ。」


 誰もいない廊下の中心でくしゃみをした私は、ポケットティッシュで鼻を拭く。花粉対策用の眼鏡をかけているものの、肝心のマスクを忘れている。保健室は空いておらず、財布は自宅。緊急時用のポケットティッシュは今のでラスト。事態は最悪である。


「…放課後まで頑張ったけど、さすがにもう限界…。鈴ちゃん連れて、早めに帰ろ。」


 鼻をかんだティッシュをゴミ箱に捨て、鼻をすすった私は早足気味に教室へと戻っていく。

 まだ夕陽が沈む様子はなく、空きっぱなしの窓から運動部の掛け声が聞こえてくる。一段と声が大きいのは、きっと愛ちゃんだろう。運動部の一年生で一番声が大きい、というのは学校内では有名な話。


「琴美ぃ。」


 階段から降りると、鈴ちゃんが自身と私の鞄を持って待っていた。


「鈴ちゃん、教室で待っていて良かったのに。」


 そう言って私は鈴ちゃんから荷物を受け取ると、中身を確認する。帰宅する準備など一切していなかったので、当然帰宅準備してくれたのは鈴ちゃん。入れ忘れがある可能性は十分にあるのだ。それが原因で一度、宿題を教室に置きっ放しにしたまま帰宅したことがある。


「だって、早く琴美に会いたかったもん。」


 中身を確認する私の横で、鈴ちゃんはそう笑顔で返答してくれる。いつも家で顔を合わせているというのに・・・変な鈴ちゃん。


「はいはい。よし、それじゃあ帰ろっか。」


 鞄の中身を確認し終え、私と鈴ちゃんは足並みを揃え家へと帰っていった。

 途中、鈴ちゃんは心配そうな目で「大丈夫?」「しんどくない?」と私に何回も尋ねてくる場面があったが、私は大丈夫だと何回も嘘をついた。

 もちろん嘘だと知っている鈴ちゃんは、私の荷物を無理矢理持とうとしたり、一つだけ空いている座席に座らせようと、鈴ちゃんなりに労ってくれる。以前なら、「いいからほっといてっ」と怒ることがあったが、今では言うとおりに従っている。渋々だが。

 とはいえ、あれといいこれといい、鈴ちゃんには様々な場面で感謝している。信頼している、と言い切れないものの、もうほぼ信頼仕切っている。今のまま行けば、あの日のことを話す時期はもうまもなくになるだろう。幻滅するかもしれないし嫌われるかもしれないのは覚悟している。

 しかしそれまでに、私にはやっておかなければならないことが山積みであった。しかも、それを鈴ちゃんに悟られることなく。


「鈴ちゃん。明日の放課後、別行動になっても大丈夫?」


 自宅の鍵を解錠しながら鈴ちゃんに聞いてみる。


「明日は私バイトだし、全然構わないよ。にしても、琴美から別行動しようなんて・・・。何かあったの?」

「え、まぁ旧友に会うだけ。あまり長居するつもりはないから、七時ぐらいには帰れるかな?鈴ちゃんも、バイト終わったら早めに帰ってくるんだよ。寄り道は禁止っ。」


 私の警告に「分かった分かった」と軽い返事をした鈴ちゃんは、私よりも先に家の中へ入っていった。靴を脱ぎ散らかす癖は、出会ってから未だに治っていない。

 大きめのため息をついた私は靴を脱ぐことなく携帯を開け、約三ヶ月前に連絡して以来一度もメールがない人物に「明日放課後、付き合って」と簡潔な文章を送信した。

 鈴ちゃんには嘘を付くことにはなるが、翌日の放課後、私はある人物と顔を合わせることにした。


 ******


「はぁ・・・。」


 放課後、私は鈴とバイト先のカフェに向かっている最中だった。いつもはおしゃべりな鈴のおかげで、バイトの行き帰りはそれなりに楽しい。たまにアリスを怒らなければならない内容もあるけれど。

 しかし、そんな鈴が放課後になった途端、今のようなため息を二分に一度行っている。そして何より、まだため息以外で口を開いていない。明らかに異常だ。

 琴美ちゃんに関することだと思うのだが、学校で別れるまで、二人に変な素振りはなく、嘘を付くのが苦手な鈴の本日の行いを思い返しても、そんな様子はなかった。

 とはいえ、こんな鈴の姿は珍しい。ここまで元気のない・・・というより死んだ顔をしている鈴は、私は数回見たぐらい。特にあの時…。

 今思い出すだけで涙が浮かびそうだが、それを堪え、私は鈴の頭を優しく撫でた。こうして鈴の頭を撫でるのはいつぶりだろうか。


「鈴、さっきからため息ばっかだけど、何かあった?」


 私はいつもより声のトーンを少し落とし、鈴に尋ねてみた。鈴は「大丈夫だよ」と笑顔を向けるが、すぐに顔の表情が暗くなる。何かあったのは確実だ。

 ただ、変に追求しすぎて鈴の機嫌を悪くするかもしれない。鈴とは長い付き合いのため、彼女が自身の私情に首を突っ込まれるのが嫌なことを、私はよく知っている。


 ーけどやっぱり、気になる・・・。ー


「ねぇ鈴、わかってるから。鈴が何か考えてることぐらい。いい加減、話したらどうなの?」


 ついつい上から口調になる私に、一瞬睨むような視線を送ってくる鈴。

 その場で立ち止まった私たちは数秒ほど睨み合いを行った末、諦めた私は再び歩き始めようとした。

 しかし、「待って」と声をかけてきた鈴は唇をきゅっと閉め、私の制服袖をがっちりと握った。


「その、ちゃんと話すから・・・。私を、私を・・・。」


 袖を握る鈴の力が強くなるのを感じた私は、何も話すことなく鈴をぎゅっと抱きしめる。()()()以来、鈴を慰める係は私となっている。アリスでもいいのだが、仕事でいないことが多いので、半ば強制的に任命された。

 この現場を琴美ちゃんやアリスに見られたら、多分ただじゃ済まないだろうなどと考えながら、また私は鈴の頭を優しく撫でてあげた。というか、白昼堂々歩道で抱きついているこの状況が、ただで済むとは思えないが。


「大丈夫大丈夫。私たちはいるし、()()()()()()()()()()()。だから、話してみて。」


 私の言葉に頷く鈴は、私に耳打ちしてくれた。

 一つは、今日の放課後、琴美ちゃんが別行動をとろうと言われたこと。琴美ちゃん関係だろうと薄々感じていたことや琴美ちゃんと鈴が別行動をとることなど、鈴がバイトを始めてからはしょっちゅうあったので、琴美ちゃんからというフレーズを除ければ特に何か感じることはなかった。

 それに、近頃琴美ちゃんに対する鈴のスキンシップは過剰になっている。少し距離を置きたいと琴美ちゃんが考えてもおかしくはないだろう。これを気に、鈴が正常に戻ることを願いたいと、二つ目の話を聞くまでは思っていた。

 しかし、二つ目の話を聞いた私は、何故鈴が先ほどまで死んだような表情だったのか、何故琴美ちゃんに必要以上のスキンシップしているのか、その理由が分かってしまった。

 青ざめた私は鈴を抱きしめる腕を緩め、二歩下がり距離を置いた。無言の私たち


「ってことは鈴・・・。」

「うん。()()()()()ってこと。」


 瞬間、私の世界は停止した。ほんの数秒で戻って来るものの、鈴の突然の発言に頭の中が真っ白になった私。それとは対象的に、発言した本人はつい一分前に浮かべていた表情が嘘みたいに、晴れやかでスッキリとした顔に変わっていた。そんな鈴にむかつくのは、鈴のことを大切に思っているから。


「一昨日連絡が入ってね。あの人、すごく泣いてた。他人の事情なのにね。変なの。」

「いつかはくると思っていたけど、予定よりも早いかなぁ。あ、でもすぐには難しいって。それに、高校生活はちゃんと最後まで過ごすよ。()()()の話だけど。」

「それと、このことは他言無用ね。特にアリス。あのときみたいに泣きつかれても困るし。あ、琴美にもね。下手したら、アリスよりも酷いかもしれないし。」


 笑ったり、驚いたり、弱った顔をしたり・・・。鈴の表情が変わる度、私の心には重りのような物がのし掛かってくる。言葉をかけようにも、言葉が見つからない。

 私の様子に気づいた鈴は悪さを企んでいるような顔に変わると、私の頭をぽんぽんっと叩いてくれる。私から鈴の頭を撫でることはあっても、その反対はほとんどない。記憶にあるだけで、片手で数えられる程度だ。


「へへぇ。アリスのまねぇ。」

「なっ、あ、アリスはこんなんじゃ・・・。」

「少しは落ち着いた?」


「へっ?」と反応した私ににこっとした鈴は、後ろを向き数歩歩くと、再びくるっとこちらに顔を向けた。


「香奈が案外泣き虫なのは知ってるよ。あの日は泣いてなかったけど、アリスから大泣きしてたって聞いてるよ。私のこと馬鹿とか何とか言ってるけど、やっぱり、香奈は優しいね。」

「や、優しくなんかない。それに、優しいのは鈴の・・・。」

「でもね香奈。これはもう、私や香奈が何とかしても変わらないの。もし賭けに負ければ、そのときはそのとき。仕方がないこt・・・。」


 私は鈴がまだ話しているというのに、鈴に近づき右頬を思いっきり平手打ちした。見よう見まねのため、さほど痛くはないだろうが。

 尻餅をついた鈴は叩かれた頬を抑え、ゆっくりと立ち上がる。周辺はあまり人が通っていないが、こちらを不安そうに見る視線は当然ある。制服を着た女子高生が公共の場で喧嘩・・・。明日はきっと説教を食らうだろう。

 などと思う間はなく、鈴は叩かれたというのに、私にまた笑顔を向けた。


「急にどしたの香奈。他の人に迷惑だし、何しろいきなり打たなくても・・・。」

「鈴はどうしてそう簡単に諦めれるの?悔いはないの?そんなので、人生楽しいの?ねぇ鈴、どうなの。」


 半泣きの私を見るなり笑いを堪えようと必死な鈴。しかしすぐに限界が来たらしく、ぶはっと笑い始めた。この状況下で笑える鈴に、私は涙を流したまま呆然としていた。

 しばらくして笑い疲れた鈴は一度息を整えると、私の目の前に来る。そして、私の目に溜まったままなかなか流れない涙を、小さくて細い指で取ってくれた。


「ぶっちゃけ、怖いよ。賭けに負けてしまうこと考えると、夜も寝れないときあるし。今だってほら、手震えてるし。けど分かっているからこそ、今を全力で楽しめると思うんだ。だから、香奈の質問の答えは楽しいがアンサーかな?かと言って、諦めてなんかはないよ。琴美を残してなんてできないからね。」


 鈴の言葉を聞いた私は、鈴の強さを改めて実感した。鈴は私のように過去に縛られたり、未来について深く考えていない。ただ今を全力で楽しむ、それが鈴の強さの源なのだろう。そして、鈴の諦めない心もまた、強さの理由。

 あれ以来、鈴は私やアリス以上に強くなった。支えている側だった私たちは、今となっては支えられる側になっている。


 ーこれも、鈴の母親の願いだったのかな。-


 空を見上げた私は目を閉じ、鈴の母親に言われた最後の言葉を思い出す。つい一年と数ヶ月前だが、まだ顔も名前も声も鮮明に覚えている。


「戻ってくるまで、ね。」

「何?独り言?」

「そんなとこかな。」


 私は目を開き鈴に微笑むと、「行こっ」と鈴に手を差し伸べた。ここにやってくるまでは、泥だらけになった鈴の手を引いて、よく一緒に帰っていた。確か中学の卒業式の日も、泣きっぱなしの鈴の手を握って・・・。いや、あれはアリスだったな。女優らしからぬ顔で泣いてたっけ。


「何笑ってるの香奈?壊れた?」

「ううん、何でもないよ。」


 握ってくれた鈴の温もりを感じつつ、私は昔みたいに鈴の手を引いて、バイトへと向かって行く。


 ーで、結局琴美ちゃんの行き先、鈴は分かったのかな?ー


 鈴の法を振り返って見るが、鈴は「何?」と笑顔で頭を傾げた。多分話している内に忘れたパターンだろう。まぁその程度なら、後で琴美ちゃんと喧嘩することはないだろう。あんまり喧嘩するような組み合わせではない気がするけど。




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